タイトル:MAT 崖の底マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/09/30 00:28

●オープニング本文


 MAT(Medical Assault Troopers)──『突撃医療騎兵隊』は、医療支援団体『ダンデライオン財団』に所属する車両班の通称である。
 南北アメリカを中心に、現地政府の手の回らぬ僻地や競合地域──文字通り『匙を投げ』られた様な地域に対して、積極的な医療支援活動を展開するダンデライオン財団‥‥その中でも、危険地帯の只中で自らの身の危険も顧みず、医師の派遣、患者の搬送、医薬品や人道支援物資の輸送等に従事する車両班の活躍は、財団の理念と理想を体現する存在として知られている。‥‥一般的には。

 北米ユタ派遣支部に属する車両班機関員ダン・メイソンは、班長のラスター・リンケと並んで、財団発足当初から籍を置く最古参の機関員である。車両の運転(だけ)に関して言えば、能力者もかくやと言わんばかりの神業的な操縦技術を持っているが、普段の素行やらやる気の無い態度やら問題も多く、特に、財団の理念を揶揄するが如き言動がしばしば見受けられる。‥‥補助機関員レナ・アンベールは自らの同僚をそう分析する。
 そんなダンではあるが、ラスターを始め班内での人望は極めて高い。神懸り的な操縦技術に加えて、不平不満を零しながらも自らの仕事はきっちりこなす気質が一目置かれる所以だろうか。実際、この自堕落な中年男と組んで(組まされて)から此の方、ミッションの実質的な成功率は100%に近く‥‥そのプロ根性だけはレナもしぶしぶ認めざるを得ないと思わないでも無い事もない気もしたりする。
 或いは、『財団員はかくあるべし』というレナの理想の対極に位置するこのダンという男こそが、財団の理念を実践面で最も体現している存在なのかもしれない。だが‥‥
 ‥‥共に仕事をするようになって一年。時折、暗い沼地の底から湧き上がる泡の様に、ダンがその内面を垣間見せる時がある。
 それはまるで深い穴の淵から深遠を覗き込むような──
 立ち入れば、その底なしの闇に自らも喰われる事になる。それが無意識に分かっているからこそ。レナはその在り様を認められないのかもしれない‥‥


 南米某国。密林の渓谷地帯。
 緑色のジャングルの只中に刻まれた一筋の茶色い傷跡。密林に切り開かれた、人が道路と呼称する泥地の上を、1台の四輪駆動車が尋常ならざるスピードで疾駆していた。
 記されたマークは『十字に蒲公英』──医療支援団体『ダンデライオン財団』の徽章。ダン・メイソンが駆るジーザリオだ。
「なんで南米くんだりまで来てっ‥‥こんな目に遭わなけりゃならんのだ‥‥っ!」
「仕方ないでしょう‥‥っ、乗りかかった、なんとやらっ!」
 文節が途切れる度に、車はカーブに大きく傾ぎ、或いは地面のこぶに跳ね、水溜りに突っ込んでいる。窓の外を森が物凄い勢いで後方へと流れ行き、眼前のワイパーは休む事無く跳ね上げた汚泥を払い続け‥‥この道とも呼べぬくねくね道を高速でぶっ飛ばし、泥にハンドルを取られながらも決してコントロールを失わないその操縦技術は、やはり只者ではないとレナに改めて認識させる。
「次のカーブが最後っ、200m先、崖沿いのルートに出ます!」
「『道幅』は?!」
「8〜12!」
 充分だ。呟くダンの声音に、変化した走行音が重なる。泥地を越え、固い地面に乗り上げたのだ。
 開ける視界。目に飛び込んできた谷がフロントガラス越しに横へとすっ飛び‥‥テールをスライドさせたジーザリオが崖の淵ギリギリを曲がり切る。次の瞬間、森を吹き飛ばすようにして飛び出してくる巨大な『トカゲ』。4本足を回転させる様にしてびちゃびちゃと汚泥の上を走り、執拗に追いかけてくるこの大型キメラこそが、ダンの言う『こんな目』の正体だった。
 大規模な出動で人手の足りなくなった出張先で、補充の医薬品を届けるという不急の任務を引き受けたレナ。不平不満を愚痴りながらも付き合いよく引き摺られて来たダンと共に一般車両で支部を出て‥‥恐らく、どこかの戦場か競合地域から流れてきたのだろう。運悪くこの血塗れになった有角のトカゲ野郎に出くわしてしまったのだ。
「‥‥奴の行く手を阻む木々はもうありません。増速してきますよ」
「こっちだってマッディな路面は抜けた。このまま振り切る」
 アクセルを踏み切り、一気に増速をかけるダン。だが、その瞬間、大きく口を開いた蜥蜴から礫弾が散弾の様に吐き出され‥‥その内の一発が後輪のタイヤを捉えた。
「チッ‥‥! 普段の装甲救急車なら‥‥っ!」
 こんな事にはならなかった。コンバットタイヤを履いていない一般車両、バーストしたタイヤが纏わり付く。
「追いつかれます!」
 レナの悲鳴もダンは聞いていなかった。起死回生を探すその目に飛び込んでくる崖の橋。そのいい加減くたびれた木製の橋にハンドルを切る。
 レナの瞳が大きく見開かれた。
「まさか‥‥!?」
「捕まってろ!」
 車体を滑らしながら橋に飛び込む四輪駆動車。いったん行き過ぎかけてから橋に入った有角蜥蜴がその足を思いっきり踏み下ろし‥‥木板を踏み抜いたキメラは橋上に激突、その衝撃は橋を粉々に撃ち砕いた。
 崩れゆく橋。それが根元から完全に折れ落ちるその直前、飛び込むようにして対岸へと辿り着く。旋回しつつ急停車。轟音が響き、土煙が沸き起こる谷を二人は暫し呆然として見続けた。
「‥‥死にましたかね? 落ちた奴」
「さぁな。とりあえず今の俺たちには関係なかろう。タイヤを交換して先に行くぞ」
「目的地の村はこの谷の向こう側。橋が落ちた以上、戻れませんよ」
 ともかく車が渡れる所を探さないと‥‥サイドボードから近辺の地図を取り出すレナを余所に、車外に出たダンは後部扉を開けて、医薬品の入った防護ケースを外に出し、前部に付いた牽引用ワイヤーを引っ張り始めた。
「何をするつもりです? まさか‥‥」
「向こう岸に渡る。逸れた傭兵連中も追いついて来るだろう。それにこいつを運んでもらう」
 無茶ですよ! とレナは慌てて飛び出した。急ぐ仕事でないというのに、どうしてこんな‥‥
「不急の仕事。だが、何か急な事態が起こって、こいつが必要となる事態になるかもしれない。或いはもうなっているかも‥‥忘れるなよ、ルーキー。俺たちの仕事はそういう仕事だ」
 もう新人とは呼べない程度に場数を踏んだレナではあったが、その言葉には素直に頷いた。無言で車内へ戻り、ウィンチを操作する。
 ケースを提げ、ワイヤーを身体に巻きつけたダンが谷へと下りる。
 煙の向こうにゆらりと揺れる影を見て‥‥ダンは無線で小さくウィンチを止めるように指示を出した。
 谷底を流れる小川のせせらぎに、ずしん、ずしん、と振動が響く。
「生きていやがったか‥‥」
 悪態を吐くダンの小声を、谷底に響く有角蜥蜴の咆哮が掻き消した。

●参加者一覧

白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
御影 柳樹(ga3326
27歳・♂・GD
寿 源次(ga3427
30歳・♂・ST
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
鴇神 純一(gb0849
28歳・♂・EP
鳳覚羅(gb3095
20歳・♂・AA

●リプレイ本文

 護衛対象から逸れてしまった。追いつくまで変な事になっていなければ良いのだが。
 傭兵たちの分乗した四駆を駆りながら祈るように呟いて。やがて、崖向こうに停車した車両に気付いて車を止めた寿 源次(ga3427)は‥‥まるで蓑虫のようにぶら下がるダンを目の当たりにして、呆然と呟いた。
「‥‥どういう状況だ、これは?」
「‥‥‥‥えーっと」
 困惑した御影 柳樹(ga3326)が無線機を手に取りレナに状況の説明を求める。経緯を聞いた柳樹はそれをかいつまんで一同に説明した。
「やれやれ。やっと追いついたと思ったら‥‥」
「だが、突発的な状況でよく凌いだものだ。流石に場数が違うということか」
 微苦笑を浮かべる鳳覚羅(gb3095)と、感心したようにダンを見遣る白鐘剣一郎(ga0184)。無茶をする、と源次は呆れた様に呟いた。だが、ダンデライオン財団の理念を形にするには、こうあるしかないのだろうか。
「人の命を助ける為に、自分たちの命を懸ける‥‥矛盾かな? でも、それは私たちも同じだよ」
 何やら柳樹と話していた響 愛華(ga4681)がそう言って車内へ駆け戻る。柳樹はウィンチのワイヤーロープを引っ張り出すと、それを自らの身体に巻きつけ始めた。
「‥‥あの蜥蜴を逃がしたのはこちらの失態。谷底を渡り、薬を受け取って来るさぁ」
「‥‥やるしかないか」
 柳樹の言葉に、鴇神 純一(gb0849)は覚悟を決めた。
 職業柄、この手のロープ降下には慣れているが、問題はやはり大型キメラだ。谷底に蠢くキメラの影と、地を震わせて響く咆哮──純一は笑みを一つ浮かべると、幸運の呪いだろうか、ライターにキスをしてから急いでワイヤーを巻き始める。
「冗談じゃねぇ。こんな所で駄目になったら、今までの苦労が水の泡じゃねぇか」
 須佐 武流(ga1461)が覚醒しながら柳樹へと歩み寄る。そして、ワイヤーを巻いた柳樹の肩をがしりと掴んだ。
「車の自重にも耐えるワイヤーだ。人2人位は問題ないだろう」
 そう言う剣一郎もまた、盾を後ろに回してロープと純一とにしがみ付く。剣一郎と武流は、柳樹と純一が薬を取って帰るまで有角蜥蜴を引きつけておくつもりだった。
「わしは他のルートを探して下りる。ウィンチによる昇降が駄目になるとも限らんしの」
「桜さん、無理はしちゃダメだからね!」
 愛華の言葉に見送られ、『瞬天速』を使用した綾嶺・桜(ga3143)の姿が掻き消える。そのまま大地を疾走する桜。再び消えてさらに先へと進んでいく‥‥
「響さん」
 名を呼ばれ、愛華は慌てて振り返った。崖の淵に立つ覚羅がその手を大きく振っていた。4人が降下準備を終えた合図だった。
 頷く愛華と、そして源次がウィンチを操作してワイヤーを送り出す。源次は無線機を手に取ると、向かい側のレナに連絡を入れた。
「今から薬の回収に向かう。合図があったらダンを下ろしてくれ。それと上空に『ハゲタカ』が集まり始めている。絶対に車からは出ないように」
 それを聞いた覚羅が上空を仰ぎ見る。空の青を背景に円を描いて宙を舞う嘴鳥──長く鋭い嘴を持つ鳥型キメラは、確実にその数を増しつつあるようだった。


 多分に運の要素も絡んだ事ではあるが。結果だけ言えば、4人は降下20秒後に有角蜥蜴に気付かれた。
 柳樹が閃光手榴弾を投擲するのと、近づいて来た蜥蜴が拡散礫弾を4人に撃ち放ったのはほぼ同時だった。回避も防御も出来ずに撃ち据えられる能力者たち。追撃をかけようとする蜥蜴の足元で、高所から通常より遠くへ届いた閃光手榴弾が炸裂する。
「先に行く。薬とダンたちは頼むぞ」
 え? と柳樹が聞き返した時には、剣一郎と武流は既にワイヤーを手放していた。
 岩だらけの地面は着地に適とは言い難い。迫る地面。剣一郎は全身をバネにして落下の衝撃を吸収しつつ、前へ跳んでの回転受身で力を逸らす。軋む身体に走る激痛‥‥それでも流れる様に起き上がった二人はそのまま蜥蜴に突っ込んでいく。
「お前の相手は俺だ‥‥来い!」
「天都神影流、白鐘剣一郎。参る!」
 蜥蜴の左右に分かれた二人がそれぞれ、まだ朦朧としている蜥蜴の横腹に飛び込んだ。武流の蹴りが流れるような美しい軌跡を描いて叩き込まれ、剣一郎が踏み込みと共に最上段から月詠を敵の脚部へ振り落とす。
 返って来た衝撃は予想に反したものだった。ぐにゃり、としたゴムの様な感触。爪と刃は蜥蜴の肉を切り裂いたものの骨までは届いていない。この図体で落下しながら、無事だったのはこれ故か。
 一方、ワイヤーを解いて谷底に降り立った柳樹と純一は、暴れる蜥蜴を余所目にダンのいる反対側の崖に向かって岩の河原を疾走していた。
 コースは純一が先導する。ワイヤーでの降下時、『探査の目』で地上を観察した純一は、岩の高低差や川の浅瀬等、微かな変化を丹念に捜索し、一番距離が短く走り易そうなルートを検索していたのだ。
 怪獣じみた咆哮に首を竦めながら、戦場の傍らを駆け抜ける。剣一郎と武流の二人は上手く蜥蜴の気を逸らせたようだ。もし、その質量に任せて突撃されていたら、こっちまで一気に蹂躙されていただろう。
 危なげなく崖下へと到達した柳樹と純一は、無線でレナにダンを下ろすよう伝えた。ぶらぶらとぶら下がったダンが下りてくる‥‥純一はニヤリと笑ってそれを出迎えた。
「いよう、相変わらずのピンチじゃないか。毎度毎度良くやるぜ」
 もっとも、そういうのは嫌いじゃないがな。そう心中で付け加える。小っ恥かしいから口には出さない。
 ダンから受け渡された医薬品のケースをしっかりとたすき掛けにして、純一は大きく一つ息を吐いた。‥‥これでようやく半分だ。これから来た道を戻って、ウィンチで崖上へと戻らなければならない。
「一人で大丈夫さ?」
「‥‥まぁ、なんとかなるだろう。なに、俺は運は強い方だ」
 言い終えた瞬間、戦場から物凄い激突音が響いてきた。突撃した蜥蜴が反対側の崖に激突したのだ。
 崩れる岩片をも物ともせずに暴れ続ける有角蜥蜴。3人は呆然とそれを見遣り‥‥冷や汗を一筋垂らした純一が、乾いた笑顔でグッと親指を立てて見せる。
「‥‥お前は行かなくていいのか?」
 何か色々な覚悟を決めて走り出した純一の背を見送りながら、ダンは柳樹に尋ねてみた。
「んー、あっちの車を軽くするのとこっちのタイヤ交換護衛の為、一緒に行かせて貰うさぁ」
 一緒に、って‥‥ワイヤーはこの一本しか‥‥答えかけたダンがハッと柳樹を振り返る。柳樹は小さくフッと笑った。
「初めはちっちゃ軽い桜さんがこの役目だったんだけど、まだ到着しておりません。ので‥‥」
 がしり。と、ワイヤーを巻いたダンを掻き抱く様にしがみつき。ワイヤーを握った柳樹はレナにウィンチを巻き上げるように言った。しっかりと密着しながら引っ張り上げられていく野郎二人。そこへ‥‥
「待つのじゃ! わしも一緒に昇るのじゃ!」
 遠くから弾丸の様に駆けて来るち巫っ女桜。本来はかなりの大回りとなる迂回路を、毎ターンの『瞬天速』で大幅に時間を短縮してやって来たのだ。
 飛びついた桜が柳樹のベルトを引っ掴む。ベルトごとずり落ちかけながらも、桜はわっしわっしと柳樹の背中を肩まで登り‥‥
「ちょっ、ズボンずり落ち‥‥っ!」
「ええい、俺に押し付けるな!」
「何とか間に合ったのじゃ。ダン、上がったら早速タイヤ交換をお願いするのじゃ。禿鷹共が集まって来る前に、こんな所はさっさとおさらばせねば」
 混沌の釜と化した3人がそのまま上へと上がっていく。崖の上、ワイヤーを引っ掛けた大木の枝まで引っ張り上げられた3人と、レナの視線がはたと合った。
「‥‥。子連れのゲ‥‥」
「「「それ以上は言うな」」」


 そんな桜の様子を、反対の東側の車中から双眼鏡でドキドキハラハラ羨ましそうに眺めていた愛華は、上空に集まった嘴鳥たちが遂に降下を開始したのを確認した。
 源次と覚羅に警告の叫びを投げ掛け、車外に出る。荷室に積んだガトリング砲と弾薬箱とを引っ張り出し、持ち切れない弾帯をじゃらりと身体に巻きつけながら‥‥そのまま車から離れて広けた場所まで歩いて行く。
 空中を滑り下りてくる嘴鳥に向かって腰溜めに構えた砲を向け‥‥直線的な敵の動きを照準に捉えて、最大射程で撃ち放つ。高速回転する多銃砲身、途切れる間もなく吐き出される砲声と砲炎。弾丸の嵐に粉々に砕けたキメラ、だった血と肉片が空中に飛び散り果てる。その威力を見せ付けられた嘴鳥たちは慌てて散開し、高速滑空による一撃離脱から全方位格闘戦へ移行した。
「近付かせないよ。ここは今、私達の縄張りなんだから!」
 砲身を扇型に振り回し、その火線で何匹かを薙ぎ払う。側面や背後から嘴で群がり突く敵を『獣の皮膚』で堪えながら『獣突』の肘鉄で弾き飛ばし‥‥空になった弾薬箱を捨てて『瞬速縮地』で一気に距離を取る。
 弾帯を引き剥がして再装填。その愛華に迫る嘴鳥たちは、しかし、横合いから新たに銃撃が浴びせられて再びパッと散開する。それは大鎌に内蔵されたSMGを用いた覚羅による横撃だった。
「それは君たちの餌じゃないよ。‥‥いや、ある意味『餌』ではあるんだけど」
 覚羅の長閑な軽口に愛華は汗を一筋垂らした。彼女が車から離れて開けた場所に出たのは、自らを囮──『餌』として敵を集め、車両の被害を抑える為だ。
 覚羅は向かってくる敵を撃ち払い続けながら‥‥斜め側面より突進してくる敵を視界に捉えた。軽やかなステップでそれを回避し、展開した大鎌でもって擦れ違い様に切り捨てる。宙を舞う血飛沫千切れた羽根。刃の血を振り払う覚羅の左側面から新たな敵が突っ込んで‥‥クルリと大鎌をバトンの様に背中に回した覚羅が持ち替えた左手で逆袈裟に斬り上げる。
 そんな愛華と覚羅の奮戦もあって、いつでも出発できるように運転席で待機していた源次の所には殆ど敵が到達しなかった。偶に紛れ込んだ敵を超機械で焼き落としながら、味方が戦闘を優位に進めている事を改めて確認する。

 一方、西側の崖の上。
 銃声が敵を呼んだのだろうか。嘴鳥の多くは東側の崖の上に集中したようだった。だが、時間の経過と共に嘴鳥の数が多くなれば、こちら側へ目を移す奴も出る。
「来たか。車には近づけさせぬのじゃ」
 タイヤ交換を続けるダンの傍らにどっかと立つ桜が薙刀を構え直す。
 舞い群がって来る嘴鳥たち。桜はそれを薙刀を振り回して追い散らした。ダメージを与えるよりも車に近づけさせない事を優先させた攻撃だ。一方、敵は長期戦を選択したようだった。羽ばたきながら近づいては離れるを繰り返し、『獲物』が疲れて動けなくなるのを──致命的な隙を生じるのを待つつもりだ。
 小刻みに移動しながら、車両とダンとに近づく敵を追い散らしていく桜。その周囲を舞う敵の数は徐々に増えていき‥‥やがて、1匹の嘴鳥が桜の背後からその嘴を──
 ──突き刺す前に、『拳』がそのキメラを吹き飛ばした。
 地に落ちる敵。桜が其方を振り返る。そこには、腰だめに構えた正拳をボッと突き出す柳樹の姿。その拳から放たれた拳型弾丸が再び敵の一つを捉え、ボコボコに打ちのめして叩き落す。
「桜さん、大丈夫さぁ?」
「良い所に! 肩、借りるのじゃ!」
 桜の背を庇うように飛びこんできた柳樹が「え?」と頭を巡らす間もない内に。
 柳樹のベルトを引っ掴んだ桜が肩を蹴って宙を舞う。自らと同じ高度に達した桜に驚く嘴鳥は、直後、薙刀の一閃により切り払われた。

 振り下ろされる前脚の一撃を、武流は後方へと跳び退さって回避した。
 そのまま連続バク転で距離を取る武流。土煙の向こうへ消えるその影に、蜥蜴は噛み砕いた岩を拡散礫弾として口中から弾き出す。無数の礫弾を浴びせられた影が砕かれ‥‥風が砂塵を流した後、そこには無数の穴を穿たれた岩塊と、それを盾にして礫弾を凌いだ武流の姿。
「天都神影流、虚空閃・波斬っ!」
 すかさず奥義を繰り出す剣一郎。振り下ろした月詠から発せられた衝撃波は有角蜥蜴の巨体を波打たせせる。その隙に岩陰から躍り出た武流はジャンプ一番、蜥蜴の頭上へと跳躍していた。見上げる蜥蜴。砂塵に煙る太陽に猛の姿が影絵と化す。
「喰らい、やがれ!」
 空中で捻りを加えて繰り出された武流の足爪が、その身体ごと矢のように蜥蜴の背に突き刺さる。蹴り飛ばすようにして引っこ抜き、バク宙で着地。そのまま限界を突破した動きで敵の懐へと飛び込み、蹴り、膝、肘、卯後ろ回し蹴りと怒涛のラッシュを浴びせ掛ける。‥‥効かないのであれば、効くまで殴り続けるまで。蜥蜴の表面を力場の光が派手に輝く。
 その連打に呼応するように、剣一郎もまた敵の懐に飛び込んでいた。落下時に出来たと思しき傷に、威力重視のモーションで月詠を振り被る。
「天都神影流、斬鋼閃・一文字‥‥っ!」
 赤く染まった月詠の刀身が蜥蜴のぶ厚い皮膚を突き破る。立て続けの戦闘にいい加減ガタがきていたのだろう。限界を迎えた蜥蜴は大きくその背を仰け反らせると‥‥声にならない咆哮を上げながら、力なく地面へ倒れ付した。


 ‥‥肩で息をする剣一郎と武流。二人の無線機がコールする。それは薬の回収とパンクの修理が完了した事を意味していた。
「みんな、無事か?」
 尋ねる剣一郎に是と答える源次。武流と剣一郎はウィンチの巻上げと対空援護を要請し‥‥蜥蜴の死骸に群がり始めた嘴鳥に複雑な表情を交し合う。
 一方、西側でもダンの駆る四駆が急発進し、森の中へと飛び込んでいた。
「タイヤが直れば長居は無用。さっさと基地まで撤収じゃ」
 だが、助手席のレナの返事はない。とりあえず嘴鳥を振り払う為に急発進はしたものの‥‥未だ、谷を渡るルートは見つかっていなかった。
「レナさぁ〜〜〜ん!?」
「見つけます! 道は無くても、なんとか車の通れるルートを探しますから‥‥!」

「希望の綿毛を運ぶ風、参上。‥‥なんてな」
 無事、目的地の村へと着いて、源次がホッとした様に軽口を叩いた。医薬品を手渡す純一。村の担当者は「明日になると思ってました」とおおらかだった。
「急いで運んできたのにね」
 おだやかな村の様子に愛華が口元を綻ばせる。

 ダンたちの車両は、8時間遅れで車両基地へと帰って来た。
 心配していた愛華が桜に抱き付き、黒コゲの焼き鳥でもって出迎える。
「メイソン氏の仕事っぷりも、君のナビがあってこそかも知れんな」
 感心する源次の言葉に照れるレナに、ダンがまだまだヒヨッコさ、と悪態を吐いて去っていく。
 端から見てると『ぐうたら親父としっかり者の娘』みたいだな、と屈託なく笑う純一に、レナが困った様に苦笑する。
「分かっていたけど‥‥いや、ダンさんも中々の熱血漢さぁ」
 柳樹の言葉に、だがレナは何かを言いかけて口篭る。
「熱血漢というよりも、あれはまるで‥‥」
 死に急いでいるようだ。その言葉をレナは口に出来なかった。