タイトル:MAT 命の天秤 前編マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/11/30 23:36

●オープニング本文


 ユタ州都ソルトレイクシティ近郊には、未だに1万人近い数の民間人が取り残されていた。
 キメラの跋扈する危険地帯に周囲を囲まれ、孤立した陸の孤島──敗残の部隊に民間人を抱えて敵中を突破する力はなく、サンフランシスコにも救出作戦を展開する程の余裕はない。
 大空を行き交う彼我の航空戦力を遥かに遠く見上げながら。人々はこの『忘れられた戦場』で、地べたを這いずる虫の如く。
 今日もまたただひたすらに、生存の為だけの戦いを強いられていた。

 そんなユタの危険地帯で、敢えて火中の栗を拾う者たちがいる。
 医療支援団体『ダンデライオン財団』──
 現会長ロイド・クルースの理念の下、軍や政府の手の回らぬ、或いは見捨てられた様な地域に対して、積極的な医療支援を行う非営利組織である。特にその車両班は、危険地帯をものともせずに患者の搬送や各種支援物資の輸送を行うところから、MAT(medical assault troopers)──突撃医療騎兵隊の通称で知られている。
「なに、自己満足の正義の為に集まった『ええ格好しぃ』の集団さ」
「‥‥私たち、偽善者って事ですか?」
 チラホラと獣人型キメラが顔を見せ始めた廃墟の中の直線道路──瓦礫をかわし、キメラをぶっちぎって疾走する装甲救急車の助手席で、レナ・アンベールは、運転席に座るダン・メイソンの悪態に軽く眉根を寄せた。
「偽善? 善に偽も正もないだろ。結果が全て。そもそも俺たちの活動を善悪で語る事自体、ナンセンスだ‥‥突っ込むぞ!」
 キメラが群がり集う中、護衛の能力者たちが乗る高機動車が切り拓いたルートに車体を捻じ込む様にして、避難キャンプへ続く防御陣地のゲートへ飛び込んでいく。陣地から放たれる支援射撃。能力者たちの高機動車が車体を滑らせ、ゲートの内側に立ち塞がる。
「あいかわらず‥‥ここに来るのは難儀ですね」
 文字通り一息ついてレナが呟く。このオグデン第7避難キャンプは『キメラの海』に点在する『群島』の中でも、大陸横断鉄道が通じる第1キャンプから最も離れた位置にあるキャンプだった。軍は各キャンプの統合を図ったが、ここは移動中にキメラの襲撃を受けて大損害を出し、大規模移送を断念した経緯がある。
 車が搬送要請のあった病院棟に到着すると、レナは4点式のベルトを外して車外へと飛び降りた。車体側面に刻まれた3本の傷──獣人型キメラの爪跡に「おやまぁ」と呟きながら、車体後部へ回って後部扉を跳ね上げる。
 ストレッチャーに乗せられて出て来たのは、まだ年若い‥‥幼いと言っても良い少女だった。‥‥心臓に持病があり、今朝方大きな発作を起こしている。投薬により症状は落ち着いているものの、早急に本格的な手術・治療が必要と判断された。担架のすぐ脇には、一組の男女が泣きながら抱き合う姿。少女より少し年嵩の少年が、薬で眠る少女の枕元にヒーローのフィギュアを置いている。‥‥恐らく、少女の家族なのだろう。
 今回、搬送の対象者は未成年であるので、保護者一人の同行が認められる。‥‥だが、それ以外は許可されない。我々はあくまで救急隊であり、救助隊ではないからだ。我々に全員を救い出す能力がない以上‥‥搬送の基準は明確に適用されねばならない。
 レナは己の無力さに歯噛みした。理屈では分かっていても、こうして引き離される家族を目の当たりにすれば、身を切られる様な思いになる。ましてや、このキャンプ7はいつ合流できるともしれない。或いはこれが今生の別れとなるかもしれないのだ。
 少女の乗った担架と、息子を名残惜しそうに放した母親とを車に乗せて‥‥感傷を押し殺して後部扉を閉めようとしたレナは、不意に背後から腕を掴まれて振り返った。
 そこにいたのは、スコットという中年の医師だった。元々、この地域で開業医をしており、この第7キャンプにただ一人残った医師だった。
「私を連れて行ってくれ。彼女の症状をずっと見てきた。必ず役に立つ」
 その言葉に不自然な所はなかった。だが、掴んだその手に込められた力の強さと、脂ぎった様にギラつくその目がレナを怯ませた。
「スコット先生‥‥?」
「頼む‥‥! 連れて行ってくれ!」
 両腕を掴んで激しくレナを揺さぶるスコット。只事でないその様子に運転席からダンが降り、周囲にも人が集まって来る。
 不意に、レナは腹が立った。引き離される家族が涙を呑んだその横で、医師がそれを口にするのか。
「いい加減にして下さい、『ドクター』! 私たちが搬送できるのは、オグデン1での治療が早急に必要であると判断された重篤者のみです!」
 ハッと我に返り、うな垂れるスコット。レナはスコットの腕に手を添えると、救出部隊が来るまで気をしっかり持つよう励ました。バカ野郎、とダンが呟き、走り出す。
「救出部隊なんて来るものか!」
 反応は、スコットからではなく周囲の人垣から起こった。叫んだのは、身体のあちこちに包帯を巻き、松葉杖をついた男──服装は、軍の野戦服。
「俺たちがここに逃げ戻ってからこれまで、軍がいったい何をしてくれた!? 北米で大規模な作戦が展開されたって話だが、ただの一人も俺たちを助けになんか来なかったじゃないか!」
 その言葉は無形の爆弾となって人々の間で炸裂した。潜在的に燻っていた不安と恐怖が、具体的な形となって投下されたのだ。
「そうだ! いつ来るか分からぬ助けを待って、キメラに怯えて暮らすのはもうたくさんだ!」
「連れて行ってくれ! 俺もここから連れ出してくれぇー!」
 人々が我も我もと装甲救急車に群がり始める。レナの元へと駆け寄ったダンは銃を抜いて場を制圧しようとしたが、直後、拳銃を引き抜いた負傷兵の銃撃によって右の肩口を撃ち抜かれた。銃を落とし崩れ落ちるダン。狂ったような笑い声を上げ、負傷兵が運転席へと向かう。
 だが、他の人々はその後に続かなかった。空を見上げた看護師の一人が、震える手と声音でもって敵の存在を知らしめたからだ。
「キ、キメラだ! キメラが来た!」
 蜘蛛の子を散らす様に逃げ惑う人々。空から、有翼のキメラ『ハーピー』と、天使を模したキメラ『アンゲロイ』が次々と舞い降りてくる。
「ダンさん!」
「何してやがる。患者を‥‥!」
 振り返る。銃を持った負傷兵は運転席の扉に取り付き‥‥鍵の掛かったそれを銃弾でもって抉じ開けにかかっていた。レナはダンに止血用のガーゼを放ると、後部扉に取り付いて開け放った。中にいる母親を呼び寄せ、駆け寄ってきた父親と共に担架へと手をかける。
 走り出した車両から間一髪、ストレッチャーを引き抜いて‥‥走り出したその先で、キメラに集られた装甲救急車が火を噴いて横転した。
「棟内へ!」
 レナはストレッチャーを家族に預けると、ダンに肩を貸しながらすぐ近くの病院に指を差す。
 院内へと逃げ込む人々。殺戮の場と化したキャンプに降り立ったキメラの何匹かが、病院棟を振り返った。

●参加者一覧

綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
御影 柳樹(ga3326
27歳・♂・GD
寿 源次(ga3427
30歳・♂・ST
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
MAKOTO(ga4693
20歳・♀・AA
白皇院・聖(gb2044
22歳・♀・ER
ミスティ・K・ブランド(gb2310
20歳・♀・DG
佐渡川 歩(gb4026
17歳・♂・ER

●リプレイ本文

 目の前に広がる光景は、どう控え目に表現しても地獄だった。
 抗う術もなく逃げ惑う人々。響き渡る悲鳴と絶叫──有翼の人型キメラが次々と舞い降り、人々をその鉤爪にかけていく。そこには哀れみも慈悲も無い。ただひたすら平等に、力無き者から順に引き裂かれて血の池へと沈み込む。それを見た響 愛華(ga4681)は全身を怒りに紅潮させて。高機動車の後席から荷台へと潜り込むと、ガトリング砲とありったけの弾帯を引っ掴んで後部扉を開け放った。
「愛華、無茶じゃ!」
「だって、見捨てて置けないよっ‥‥!」
 綾嶺・桜(ga3143)が止める間もなく、走る車から飛び降りた愛華が靴底を焼きながら地を滑る。桜は苦虫を纏めて噛み潰した様な顔をして‥‥躊躇うことなく後を追った。
「ちょっ‥‥二人とも、何やってえぇぇぇぇぇっ!?」
 ルーフ上に上半身を出して超機械を撃ち捲っていた佐渡川 歩(gb4026)が跳び降りた二人を振り返り‥‥直後、急に進路を変えた車に振り回されてその身を大きく外へと振らす。その傍らを、鉤爪を光らせながら物凄い勢いで飛び行くハーピー。運転席の白皇院・聖(gb2044)は表情をそよとも動かさずに再びハンドルを逆へ切る。
 一方、別ルートでキャンプに進入していた2号車は、横転して炎上する装甲救急車を発見して愕然とその足を止めていた。
「まさか‥‥レナさん、ダンさん!」
 慌てて飛び出し、駆け寄る御影 柳樹(ga3326)。操縦席のミスティ・K・ブランド(gb2310)は、ミラーシェイドの下でその顔色を蒼白にした。
「‥‥っ。自分の不手際とはいえ、なんてザマだ‥‥」
 助手席で、重傷負った寿 源次(ga3427)が動かない自分の身体に臍を噛む。ミスティは唇を引き締めると車を降り、しゃがみこんだ柳樹へ歩を進める。
 だが、柳樹は悲しみに咽び泣いたりはしていなかった。
「レナさんとダンさんは、あそこかもしれないさぁ」
 指を差す先には病院棟。柳樹が見つけた真新しい血痕は、転々とそちらへ続いていた。
 瞬間、ミスティは弾ける様にその身を翻すと、運転席へ飛び込んで思い切りアクセルを踏み込んだ。柳樹が慌てて急発進する車体にしがみ付く。
「地獄は慣れたものとはいえ‥‥連中が絡むと全く余分な仕事が増えるな!」
 安堵の吐息と共にミスティが声を出す。痛みに眉を潜めながら、源次がそうだな、と笑みを作った。

 院内から、絹を裂くような悲鳴が聞こえてくる。
 正面玄関前に横付けした車から槍を手に飛び出すと、MAKOTO(ga4693)は開きっ放しになった自動ドアを抜け、瞬速縮地で中へと飛び込んだ。血塗れの肉塊を手に振り返るハーピー。瞬間、その頭部を長柄で叩き伏せ、クルリと回した穂先を頭部へと突き入れる。
「皆さん、落ち着いて下さーい! 僕たちは‥‥そうは見えないかもしれませんが(小声)‥‥能力者です!」
「そして、私は医師でもあります。皆さんを誰一人見捨てはしません。さぁ、皆さん、ロビー中央に集まって‥‥怪我をしている方はいらっしゃいますか?」
 湧き上がる悲鳴の中、歩と聖は出来うる限りゆったりと足を進めた。不安なのはこちらも同じ。だが、それとは知れぬ様、出来うる限り柔らかい表情と態度で空気を和らげようとする。
 その背後では、源次と柳樹が病院の案内板に素早く目を通していた。
「‥‥ナースセンターは2階、エレベーターホールの前だな」
「了解さぁ。‥‥MAKOTOさん!」
 槍を捻り上げる様にして止めを刺すMAKOTOに声をかけ、二人で階段を駆け上がる。そのままナースセンター内へと走り込むと、柳樹は目当ての物‥‥館内放送用のシステムに取り付いて、どうにか全館に状況の説明を始めた。
「とにかく皆、慌てないで落ち着くのが肝要さぁ。まず、病室にいる人はナースコールのボタンを押して欲しいさ」
 部屋番号にポツリポツリと灯り始める赤い光。柳樹は、駆け込んできた看護師長に入院患者の状況を尋ねた。
「数は多くありません。重症者は殆ど搬送してしまいますから。その多くは‥‥」
 説明はけたたましい破壊音に遮られた。それは窓ガラスの割れる音。刹那、悲鳴と共に病室の扉が開けられ、患者とキメラが飛び出して来る。
「っ! みんな、すぐに窓から離れるさぁ!」
 マイクに飛びつき叫ぶ柳樹。MAKOTOが獣突でキメラを蹴り飛ばす中、看護師長が言葉を続ける。
「‥‥多くは野戦病院からあぶれて来た軍の傷病兵です。殆どが軽傷者。その全てが本館棟に入院しています」
「寿さん、隔壁閉鎖! 他棟から本館へ続く全て!」
 通信機を手に取って叫ぶ柳樹に呼応して、事務室内の源次が中央制御盤を操作する。
 けたたましいブザーが廊下に鳴り響き、回転する赤色灯に照らされながら防火シャッターがゆっくりと下りていった。


「屋内へ! どこでもいいから近くの建物に逃げ込んで!」
 逃げる家族連れに襲い掛かろうとしたキメラを粉々に撃ち砕いて。愛華は言葉を返す間も無く、身に巻いた弾帯を引っぺがして砲へと叩き込んだ。そのまま砲身を空へと向け、腰だめにキメラを狙い撃つ。
 その背後から音も無く飛翔してきたハーピーの不意打ちは、しかし、気付いた桜によって阻止された。自らの身長の倍近い薙刀を小脇に抱えて、横合いから跳び迫る。クルリと身を回し、唸りを上げる一刀で以って乱麻を断った桜は、そのまま地を滑る様に愛華の背後に立ち塞がった。
「ここまでじゃの。いい加減、数が多すぎる」
 桜の言葉に愛華が周囲に視線を振る。少なくとも見える範囲にはもう逃げ遅れた‥‥生き残った避難民はいないようだった。
 互いに頷き合い、木々の間を縫う様にして近場の建物へと跳びこむ二人。病院への合流はひとまず諦めなければならなかった。

 防火シャッターを下ろす事によって、能力者たちは1階ロビーを中心とする僅かな安全地帯を確保した。
「何があった?」
 銃創を負ったダンと一緒に長椅子に寝かせられながら、源次はダンにこうなった状況を尋ねた。歩に治療を受けながら経緯を説明するダン。歩はそれ以上喋らない様に注意した。
「動かないで下さいよ、治療しずらい‥‥弾は綺麗に抜けてます。骨や動脈も無事。ダンさん、運がいいですね」
 軽口を叩きながら練成治療で傷を塞いでいく。能力者と違って効率は良くないが、少なくとも出血は止められるだろう。
「‥‥俺の治療は、最後でいい」
「だめです。こういう事態に慣れてる人は貴重ですから。多少無理をしても動いてもらいますよ」
「‥‥頼むよ、ダン・メイソン。今は冷静で頼れる人間が必要なんだ。それに、あんたがいなかったら誰が患者を搬送するんだ?」
 懇願する様に語る源次に、歩が「あなたもですよ」と釘を差す。ダンは頭を掻くと視線をついとロビーにずらした。
「‥‥俺がいなくても、仕事はあいつがちゃんとするさ」
 視線の先には、避難民の間を駆け回るレナの姿。源次もそれを目で追って‥‥と、こちらに歩み寄る聖が視界に入った。
「‥‥車両は裏口に。ミスティさんが確保しています。搬送するなら速やかに行うべきかと」
 治療の振りをしてしゃがみこんだ聖が、そう言って高機動車のキーを見せる。無言で視線を交し合う4人。だが、その選択肢は次の瞬間、永遠に失われた。
 ロビーに響き渡る悲鳴。
 それは子を呼ぶ母の声だった。心電図の警告音がけたたましく鳴り響く。搬送予定の少女が再び発作を起こしたのだ。
 人込みを掻き分け、医師と看護師たちが少女へ走る。拙い事になった。このままでは、搬送した所でオグデンまで保つかどうか‥‥
「ここで手術をするしかない。‥‥私がメスを持つ」
 執刀を宣言したのはスコット医師だった。先程までの取り乱した様子は微塵も無い。そこには本来の‥‥使命感を取り戻した医師の姿がある。
「『なりそこねの心臓外科医』という奴でね、私は。今度こそ‥‥いや、絶対にこの子は助けてみせる‥‥!」
「ならば私が助手に。専門ではありませんが、お手伝い位は務めてみせます」
 進み出る聖に頷いて、スコットが看護師たちにテキパキと手術準備の指示を出す。問題は手術室までの進路だが‥‥
「ちょっと待ってくれ」
 避難民の中から、野戦服姿の男が声をあげた。
「その手術というのはどれ位かかるんだ?」
「恐らく4、5時間。長くなればもっと‥‥」
「冗談じゃない! 一刻も早く脱出して、外輪陣地の部隊と合流すべきなのに!」
 他の避難民からも同調の声が上がる。だが、直後、大きな金属音が響いて人々は目を丸くした。ゴミ箱を蹴倒して立ち上がった源次が、少しばつが悪そうに咳を払った。
「‥‥正直、俺だって怖いさ。だが、自棄になって希望を捨てるな。大人は子供を、男は女を、護ってみせるのが昔から不変の決まり事だろう? 医者は患者を、軍人は民間人を。そして、俺たち能力者はあんたたちを。希望や勇気は力を生む。その力を受けて俺たちは戦える。だから、俺たちに力を貸してくれ。‥‥ったく、お前さん達の階級章は飾りじゃないはずだ。格好つけろよ、野郎共!」
 源次の一言は、その場の空気を確かに変えた。盛り上がる人々を見て満足そうに頷きながら、源次はソファに崩れ落ちる。
「痛ぇ‥‥」
「無茶をして。傷口開いてますよ?」
 さっさと治療を始める歩。その横で、ダンはレナに声をかけていた。
「分かっているな?」
「勿論。‥‥じゃあ、みんな! バリゲードはもっと高く。扉とカーテンはきっちり閉めて! いくら人型でもキメラはキメラ。こちらに気付かれなければ扉一枚でも結構動きを制限できるから!」


「アンゲロイ!」
 3階。手術室へと続く窓辺の廊下。
 窓を割って飛び込んできた天使型の一撃を、柳樹は敢えて避けずに受け弾いた。背後には患者たちがいる。後ろへ通す訳にはいかない。
 入れ替わる様に前に出たMAKOTOの槍を、天使は翼をはためかせて後ろへ跳び避けた。放たれる神弾。MAKOTOはそれを蛇槍「レヴィアタン」で打ち払って抵抗する。
「槍、変えといてよかった〜! こいつら相手にはこの上なく便利っ!」
 心底、そう呟きながら、距離をつめて槍を打つ。弾き、内へ潜り込む敵の剣撃を逆に柄で弾き返し‥‥その背後で柳樹が無線機で呼びかける。
「奥の廊下に天使が出たさぁ。挟撃を願うさ!」
「了解!」
 柳樹たちの下の階、2階廊下を超機械を抱えた歩が走る。どたばた音や悲鳴も遠く‥‥やがて、防火扉を押し開けて飛び出してきた歩が、背後から電磁波を浴びせ掛けた。振り返る天使。その僅かな隙を逃さず突き込まれたMAKOTOの槍先が、キメラの喉元から裏へと抜ける。
 遭遇はそれが最後だった。手術室の中を確認し、医師たちを招き入れる。
 護衛の3人は手術室の入口に立ち塞がった。この手術室に窓はない。ここさえ確保しておけば、中の安全は確保できる。
「日が沈むね‥‥」
 窓から差し込む光が斜陽を迎える。手術が終わるのは真夜中過ぎだろうか。

 病院棟裏口──搬入口駐車場近辺。
 夜の闇に光が奔り、1匹のハーピーが篝火と化して燃え上がった。そのまま地に落ちて燻るキメラ。‥‥いい加減、損害に怯んだのか、新たに降りてくる敵はいなくなった。
「もう夜だしね。キメラもおねむの時間だろう?」
 車両の番をしていたミスティがAU−KVのヘルメットを脱ぐ。昼からこいつを着込みっぱなしだ。練力にはまだ余裕があるが、流石に身体の節々が痛い。
 ヘルメットを外したミスティは『鎧』に刻まれた無数の爪跡を見下ろして‥‥こふっ、と微かに血を吐いた。
 ‥‥抵抗値も上げてはいたが、こうも撃たれれば抜けもするか。天使の神弾は無機物を透過して肉体に直接影響する。‥‥もっとも、だからこそ車両はこうして無事なのだが。
「お疲れ様。大丈夫?」
 レナが夕飯を運んで来たので、とりあえず食事にする事にした。心配そうなレナに微笑を返す。こうして完全武装のドラグーンが張り込んでいれば、キメラは元より避難民もおいそれと近づけまい‥‥
「そうだ。搬送用の医薬品はこっちに運んでおいてくれよ」
「これの事?」
 背後の防護ケースをポンと叩くレナ。流石だ、バディ。とミスティが笑う。

 8時間後。患者の手術は無事、終了した。
 手術室から出てくる担架と医師たち。縫合後、祈るように練成治療をかけ続けた聖が、担架を追いかけながらガクリと膝をついた。無理も無い。8時間の手術の後なのだ。
 だが、搬送する車両は救急車ではない。振動する車内で負担を軽減する為、練成治療はかけ続けなければ‥‥
「お疲れ様です。後は僕が引き継ぎます」
 歩が聖に肩を貸す。不意に女性の柔らかさを感じて顔を真っ赤にしてしまうが‥‥うん、多分、不可抗力だ。

「人の命に‥‥重さなんて、あるのかな?」
 いや、そもそも軽重で計れるものなのか? 助けると選んだ命と、無数に転がる無残な死。両者に一体、何の違いがあるというのか。
「重いか軽いかといえば、重いのじゃろうよ。じゃが、そうじゃな‥‥あの少女とわし、どちらかしか助けられぬとしたら、おぬしはどちらを助けるのかの?」
 愛華の問いに対する桜の答え。言葉に詰まった愛華は、「桜さん、いじわるなんだよ‥‥」と眉を寄せる。でも、それも仕方あるまい。これまでずっと考えてきた。そして‥‥多分、この先も答えは出ないのだろう。
「日が昇る‥‥搬送の為に車両が出るぞ」
 双眼鏡で病院の様子を確認した桜の言葉に愛華は背後を振り返った。そこには、20人ばかしの避難民──周囲の屋内に隠れ逃れていた人々だ。‥‥これだけしか、助けられなかった。
「キメラがあっちに向かったら‥‥一斉に、病院まで走るんだよ。大丈夫、私と桜さんが絶対に護るから」

 手術を終えた少女は、夜明けを待って搬送される事になった。集中治療室周辺はキメラに押さえられており、感染症の恐れもある。
「席が足りなくなったのはこちらの不手際が原因だ。‥‥それに、AU−KVの着すぎで疲れてね。少しこちらで休みたい」
「そういう事だからさ。他の重傷者を乗せてやってよ。ヨロシク」
 残留を決めたのはミスティとMAKOTO。練力を使い果たした聖と重傷の源次が2両目に乗る。柳樹がその運転手だ。
 1両目には少女と母親。治療役の歩が乗り込む。MAKOTOから医薬品や食糧の在庫状況を受け取った歩は、必ず助けを呼んで来ますから、とその手を握り締める。
 そして‥‥
「1両目の機関員はお前だ、レナ」
 ダンの言葉に、レナは無言で頷いた。代わりに乗るのは少女の兄だった。周りから文句も出なかった。
 言いたい事は山ほどあったが、レナはそれらを飲み込んだ。我々はMAT隊員なのだ、と。それだけで話が通じる位には場数も踏んでいる。
「では、行ってきます」
「必ず助けろ」
 敬礼と、照れた様に振られる手。MAT隊員レナ・アンベールは運転席に乗り込むと‥‥小さな患者を助けるべく、小さな砦を後にした。