タイトル:Sの系譜、猛虎の牙マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/01/11 02:15

●オープニング本文


「リリアーヌ。リリアーヌ・スーリエはいるか?」
「ふえ?」
 心地良いまどろみの中でその浮遊感に身を任せていたリリアーヌは、自らを呼ばわるその声によってその意識が覚醒されていくのを自覚した。
 夢の世界と意識が断絶し──まず、目に入ったのは、書類とファイル立て。パソコンの立てる低い起動音と、持ち込んだ私物の目覚まし時計がカチコチと鳴る音と‥‥ 認識。見慣れぬ光景。‥‥いや、やっぱり見慣れた光景だ。うん、寝起きに見慣れぬ、と言うだけで、ここは職場の第3KV開発室‥‥
「リリアーヌ・スーリエ!」
「はいぃっ!?」
 ダメ押しに再度、名を呼ばれたリリアーヌは、急激にその意識を覚醒させた。早朝の職場。どうやら徹夜で仕事中に、机に突っ伏して眠ってしまったらしい。とりあえず手櫛で髪を撫でつけ、慌てて呼ばれた方へ──3室の入り口に立つ、企画部のモリス・グレーの所へ小走りで向かう。
 モリスは苦笑した。ほっぺたについた腕枕の赤い跡までは、リリアーヌは気付けなかった。
「おはようございます、モリスさん。どうしたんですか、こんな早くから?」
「おはよう、リリアーヌ。3室は今日も徹夜か?」
 問われたリリアーヌは疲れた笑みを浮かべて頷いた。この所、3室はずっと、A−1『ロングボウ』の改良に追われていた。
 この世には、開発段階から紆余曲折のある『悲運の兵器』というものが存在するが、ドローム製KVに限れば『ロングボウ』がまさにそれだった。当初、搭載予定だった防御系特殊能力は開発の目処が立たず、生産を決する会議の二日前に攻撃システムが変更され‥‥今回、Ver.Up用に同期のアルフレッド・ノーマンとハインリヒ・ベルナーと共に組み上げた新たな攻撃システムに関しても、社や軍のかなり高いレベルで採用が内定していたにもかかわらず、ULTの横槍によって頓挫した。
「企画部でもかなり突っ込んだ交渉をしたんだが‥‥技術的な話でなく政治的な話なんでな。現場レベルではもう泣いても怒ってもどうにもならなかった」
 以後、リリアーヌたちはULTが示した代替案を基に開発を継続したが、その変わり様に今度はアルフレドとハインリヒが納得しない。事ここに至っては、二年目の新人3人だけに任せておくわけにもいかず‥‥3室の人員は皆、この問題にかかりきりになっていた。
「‥‥で、モリスさんは何の御用ですか? 室長は南米に出張中。皆、ご覧の通り徹夜続きで疲れています。せめて始業時刻までは寝かせておいてあげたいんですけど」
 にっこりと優しい笑顔でやんわりと、その実、辛辣に応えるリリー。「言うようになったなぁ」などと感慨深げに思いながら、モリスは手にしたファイルをリリアーヌに手渡した。
「悪いが急ぎの仕事だ。作業を中断してこれに当たってくれ」
 え? と懸念も露わに聞き返すリリアーヌ。なに、大した仕事じゃない、とモリスは嘯いた。
「先日のNMV計画において、我がドローム社のF−194『スカイタイガー』が敗れたのは‥‥ああ、改めて確認するまでもないな。‥‥社としては機体そのものより、改良・搭載されたアグレッシヴ・ファングに大きな期待を寄せていたんだ。シンプルで、使い勝手が良く、ブレス・ノウ系と並ぶ我が社の基幹技術に育て上げよう、とね。だが、搭載予定だった194はシラヌイに敗れてお蔵入りが決定してしまった。‥‥技術の信頼性を維持・発展させるにおいて、幅広い運用データは何よりも不可欠だ」
 モリスがチラリと視線を手元のファイルに落とす。リリアーヌは視線でその意を確認すると、ファイルをぱらぱらと開いて長い前置きを読み飛ばし‥‥その先に、一枚の写真がファイルされていた。
「S−01Hだ。現在、少数運用中のこの機体に、社は運用実験目的のアグレッシヴ・ファングを提供する事を決定した。‥‥3室はNMVに際してシステムと194のマッチングを担当しているし、何よりS−01Hの設計元だ。3室に任せるのが最善だと判断した」
 既に機材は出来上がっているし、残る仕事は01Hとのマッチングだけ。システムの搭載に際して若干の再設計が必要ではあるが、その手の仕事には『場末』の3室は慣れている。
 そんなモリスの言葉に、リリアーヌは3室内を振り返った。
 ソファに、或いは4つ並べたパソコンチェアーの上にその身を横たえるハインリヒとアルフレド。彼等のミサイル浪漫にかける想いを知るが故に‥‥リリアーヌはそっとモリスを振り返った。
「あの‥‥この件は私と先輩たちに任せて下さいませんか? あの二人には、このままロングボウの改良を続けさせてほしいんです」


 S−01H。
 試作エンジン『SES−190』の各種運用試験の為に、かのエンジンを搭載して再設計したS−01の実験機である。
 この190エンジンは、F−201に搭載されている『SES−200』エンジンと同じ主任設計士、ルーシー・グランチェスターの下で開発された。200から派生してより早く実用化が為されたエンジンで、200の様な爆発的な出力こそないものの、燃費や整備性等、実用レベルで高く、コンパクトに纏められている。社内でのルーシーは、200でなく190を設計した技術者としての名声の方が高い。
 エンジンと機体の最適化を担当したのは、当時『場末』の第3KV開発室。そのまま評価試験まで継続して使用されたこの機体は、その試験で高い性能を発揮した事が評価され、S−01のバリエーションとして少数ではあるが量産されている。

 今回、データ収集機としてVer.Upが行われる事になったこの機種には、2種類の機体特殊能力のシステムが搭載される事になっていた。
 一つは、これまでのS−01の系譜を受け継ぐ『ブレス・ノウ』、そのVer3。二つのタイプが用意されており、Aタイプは練力消費量をそのままに練力対効果比を上昇させたもの。もうひとつは、現状のVer2に距離修正低減能力を付与したものだ。
 さらに、今回、スカイタイガーに載せる予定だった『アグレッシヴ・ファング』のVer2が2種、どちらかの追加が為される。威力維持・消費練力低下のタイプA、消費練力維持・威力上昇のタイプB。この2種×2種、計4通りの組み合わせが検討される事になるだろう。生産ラインの関係で、それぞれ選択制には出来そうも無い。
「うーん‥‥今の新鋭機と比べるとどうしても打たれ弱いし、中距離支援に徹した組み合わせがいいのかな? 攻撃上昇能力も一撃上昇型だし、狙撃砲の運用に適するように‥‥?」
 だが、地上戦では大きな距離のアドバンテージを得る距離修正低減能力も、空戦や接近戦時にはその効果も薄くなる。現状の数値は維持できそうなので、それで十分と見る事もできるが‥‥
「ただ、元が試験機だからしょうがないけど‥‥能力の燃費が良いとは言え、実戦で使うには練力が心許ないかな? どういう組み合わせが良いか、強化する能力も含めて、実際に使う事になる能力者さんたちに聞いてみようか‥‥」

●参加者一覧

新居・やすかず(ga1891
19歳・♂・JG
ファルル・キーリア(ga4815
20歳・♀・JG
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
井出 一真(ga6977
22歳・♂・AA
ファイナ(gb1342
15歳・♂・EL
ドッグ・ラブラード(gb2486
18歳・♂・ST
ルノア・アラバスター(gb5133
14歳・♀・JG
美村沙紀(gc0276
17歳・♀・ER

●リプレイ本文

「S−01Hは正に愛機! 今後も命を預け続ける相棒! しっかりお色直しして貰えるよう頑張ります!」
 ドロームLH島支社第4会議室。S−01Hに対する熱い想いを語ったドッグ・ラブラード(gb2486)は、きょとんと目を瞬かせるリリー(リリアーヌ)に対して深々と紳士の礼をとった。その立ち位置は部屋の端と端。思いっきり距離を取って礼をするドッグに、リリーは戸惑った様に小首を傾げた。
「えっと‥‥」
「いえ、お気になさらず! 私はこの隅の席で!」
 しゅぴっと手でリリーの言葉を遮りりつつ、新居・やすかず(ga1891)や井出 一真(ga6977)、ファイナ(gb1342)に対して、隣りに座るよう呼びかけるドッグ。顔を見合わせた三人が苦笑しながら並んで座ると、女性恐怖症のドッグはようやくホッと息を吐いた。
「私も名古屋戦の頃からずっとS−01系のお世話になってるわ。今日はよろしく頼むわね」
 微笑を浮かべて挨拶を交わすファルル・キーリア(ga4815)。その背後を、とてとてと走ってきたルノア・アラバスター(gb5133)が最前列の席に飛び乗り、机の上に手にしたメモ帳を広げ始める。
 最後に会議室に『突入』して来た阿野次 のもじ(ga5480)は、「とうっ」と両足を揃えて床を蹴ると、なんと一回転しながらテーブルの上に跳び乗った。
「初めてさんは初めまして! 私の名前は阿野次のもじ。好きな言葉は下克上。気軽に『いっちゃん』って呼んでね♪」
 なぜいっちゃん? ツッコミも忘れる程にあっけにとられる一同の前(上?)で、のもじが自己紹介のポーズを決める。半ばずり落ちたぐるぐるめがね、翻る学者な白衣‥‥うん。致命的なまでにサイズが合っていない。
 あまりの事に呆然とするリリーの方にぐりんと頭を向けるのもじ。リリーはびくぅっ、とその身を震わせた。
「折角の寅年だし、今後は虎縞ビキニにだっちゃ言葉でいくのはどう? 天才秀才に勝るには鬼才よ、リリーちゃん」
「‥‥えーと、よく分かりませんが、その方向性は鬼才でなく奇才の類だと思います‥‥それも文字通りの意味の方で」
 困り切るリリーに「意味はヘンリー室長に聞きなさい」とのもじは満足そうに頷いて‥‥いそいそとテーブルから下りると、雑巾でテーブルの上を素早く拭き始めた。


 最初に話し合いが為されたのは、S−01Hに新規に搭載が決定されたアグレッシヴ・ファングVer.2に関してだった。
「S−01系は万能に戦えるが故に器用貧乏。特に決定力の不足は痛かったから、アグレッシヴ・ファングの導入は嬉しいわね」
 ファルルの言葉は、長らくS−01に乗り続けてきたパイロットの実感だったのであろう。であれば、一真の言葉は、かつてR−01を駆った男の真理であるかもしれない。
「しかし、S−01Hにアグレッシヴ・ファングですか‥‥ディアブロの存在価値が薄れそうですね」
 苦笑しながら呟いたファイナの言葉に一真は首を横に振った。それを言ったらR−01がまさにそれだったのだ。‥‥KV好きが高じて整備士資格を取得した一真が生まれて初めて触れたKVがR−01だった。思い入れは強い。
「ディアブロはまだまだ強いですよ。非物理にも使えますし、ターン持続型にもなりますから」
 柔らかな口調で語るリリーの言葉に、一真は大きく頷いた。だからこそ、アグレッシヴ・ファングは使い勝手の良さで差別化を図るべきだろう。
「自分としては、A案‥‥練力減少型を推します。元々の数値でも十分な威力強化となるので、消費練力を抑えてブレス・ノウとの併用や使用回数増加を見据えてみたのですが」
 実の所、リリーも一真と同じ様な事を考えていた。練力量が少ないS−01Hには低燃費型が向いているのだと。だが、皆の意見は違っていた。
「併用ね‥‥ちょっと聞くけど、アグレッシヴ・ファングとブレス・ノウ、同時発動を前提にして消費練力を少なくできないかしら?」
 確かに出来そうではある、とリリーはファルルの質問にそう頷いた。実際、それと似たシステムを開発している開発室もあったはずだ。
「ですが、統合には大規模な再設計を要しますし、今回のVer.Upでは難しいですね‥‥それに、社としてはそれぞれ個別にデータが欲しい所でしょうし」
「そう‥‥なら、私はB案‥‥威力向上型を推奨するわ」
 ファルルがそう意見を述べると、あちこちから賛同の声が上がった。
「僕もB案に賛成です。アグレッシヴ・ファングはここぞという場面で使う事が多いと思いますが、そういった機会は何度もあるものではありません。手数を増やすより一撃の威力向上を図るのが望ましいと考えます」
 やすかずがそう自論を述べると、ルノアもコクコクと頷いた。手元のフリップにペンを走らせ、リリーの袖を引きながら表にする。そこには『元々、練力の少ない機体だからこそ!』と書かれていた。
「私もBタイプを推します! だって、一撃の威力が上昇する方が『必殺技!』って感じがしてカッコイイじゃないですか!」
 拳を握り締めたドッグが身を乗り出して熱弁を振るう。だが、直後、『必殺技っ!?』と叫んで立ち上がったのもじにドッグはビクリと身を竦ませた。
「‥‥そも威力上昇ではディアブロ以上のインパクトを出すのは難しい。なればこそっ! ハイディフェンダーかM−12帯電粒子加速砲を選択式の固定装備にお付けしてさらにBANっ! 固定装備のみ威力特盛追加のアグレッシヴ・ファングを揃えてサービスサービス。シラヌイに対しドロームセット販売で一定シェアを確保しようとする狙いですが、どーですか、お客さん?!」
 足を上げ、机を叩き、拳を振り上げて語るのもじ。その横で、美村沙紀(gc0276)が淡々と手を上げた。
「空中変形をつけろとまでは言いませんが、何か非売品ならではのものをつけて欲しいかな、とは思います。ソードウィングとか」
 そんな二人の意見に顔を見合わせるやすかずとファルル。空中変形、という単語を聞いたファイナは苦笑した。B案を推すファイナではあったが、個人的にはオーバーブーストとかを搭載する方がS−01Hに合っていると思っていたのだ。
「固定武装には反対です。選択肢の多さ、自由度の高さが汎用機の魅力です。固定武装はそれを少なからず制限してしまいます」
「そうね。開発難度とか問題が多そう」
 やすかずとファルルの言葉に、救いを求めてのもじの視線がリリーに向く。
「ごめんなさい。ちょっと無理です」
 心底済まなそうに頭を下げるリリー。ぐはっ、と吐血したのもじがテーブルの上に突っ伏した。


 色々とあったものの、アグレッシヴ・ファングのB案推奨自体は早い段階で決定したと言って良かった。
 問題は、むしろブレス・ノウの方だった。数値上昇型のA案と、距離修正低減型のB案。能力者たちの意見はほぼ真っ二つに割れていた。
「ブレス・ノウはA案を推します。S−01は戦闘機形態の一撃離脱戦法を想定している事、その汎用性の高さが売りである事がその理由です」
「私も同意見です。S−01HはS−01の流れを汲む汎用機。接近戦でも中距離戦でも対応できるA案の方がS−01Hらしい気が致します」
 やすかずのその意見に、積極的に賛同したのはドッグだった。そんな二人に一真も賛成の意を示す。面白みには欠けるが、その分確実な効果が期待出来るだろう。元々、使い易い能力なので、単純に数値が上がるだけでも十分役に立ってくれるに違いない。
「S−01Hらしさ、か‥‥」
 自らと同じくS−01Hを愛機とするドッグのその言葉に、ファルルは一人悩んでいた。個人的な好みの話をすれば、S−01Hらしいという点においてA案の方が好みであった。ただ、それが個人的な感傷である事も理解している。
 一方、A案に真っ向から反対を表明したのはファイナだった。
「汎用機・一撃離脱を主に開発された本機ですが、最近の様々な事情に合わせるべきです。確かに命中力も重要ですが、B案であればスナイパー等の運用に特化できるという特色を持つ事ができるのです」
 ファイナに沙紀が賛意を示し、ルノアも慌てて手にしたフリップを表にした。曰く、「距離修正能力は今の所ロングボウ位しかないですし、十分魅力になるかなと思います」。
 ‥‥A案とB案、両者は拮抗していた。ここは一時預かりとして、上層部の判断を仰ぐ事になるだろうか。リリーがそう考え始めた時、ファルルが一人、手を上げた。
「ひとつ確認しておきたいのだけれど。A案の上昇数値ってどれ位になる予定なの? 今の倍くらいには出来るの?」
 物思いに沈んでいたリリーは慌てて顔を上げ、手元の資料を素早く検索した。
「‥‥流石に倍には出来なさそうです。練力対効果比は1:4といった所でしょうか」
 あくまで現状の話ではありますが、と前置きするリリーに、これまた微妙なラインね、とファルルが肩を竦める。
「‥‥分かったわ。倍に届かないならB案かしらね。距離による命中率の低下は頭の痛い問題だしね」
 ざわり、と会議室の空気が揺れた。3対4。均衡が破れたのだ。
 だが、リリーは未だ決断を下せずにいた。僅差である。これは有意な差と言えるだろうか? それに、のもじは未だ机に突っ伏したままだ‥‥
 最終的に、天秤を大きく揺らしたのはルノアの次の一言(?)だった。袖を引かれて振り返る。フリップにはこう書かれていた。
「効果や使用練力は、強化での増減も可能だから」
 なるほど、そういう考え方もあるか、と。フリップから瞳を覗かせるルノアに微笑を返して、リリーは皆を振り返った。
 時計を見る。話し合うべき事柄は他にもあった。
「では、ブレス・ノウに関してはここまでとします。ご意見は社に持ち帰って上層部に諮ります。現状ではB案の距離修正低減型の方が優勢かもしれません」


 ブレス・ノウに関する議論は、それでもまだ纏まりを見せていたのかもしれない。予定を大幅に遅れてようやくの休憩を挟んで始まった上昇能力値に関する意見は‥‥それ以上に混沌だった。
 だが、それも仕方のない事かも知れない。ブレス・ノウのA・B案の議論は即ち、地上戦と空中戦、格闘戦と砲撃戦、どちらを重視するか──つまり、機体の運用方針の差異に他ならない。議論の前提が固まっていない以上、纏まらないのも当然だった。
「ロールアウトからかなり経っているとはいえ、現行の中堅機と比べてちょっと見劣りしますね。特に知覚。非物理系の兵装搭載を考えると+100位欲しい所です」
 再開後、最初に意見を求めた沙紀の言葉に、リリーは思わず絶句した。
「流石にそれは‥‥無理ですよ」
「そうですか? これ位でないと現行の機体に差をつけれません。抵抗も低すぎますし、移動も平凡なので5にして欲しい所です。それと生命」
 それでは流石に別の機体になってしまう。基本的に、Ver.Upではよほどの事情が無い限り、大幅な数値上昇や変更は見込めない。基礎設計を大幅に弄る改良は新規開発に属する領域だ。それこそS−01に対するS−01Hのように。
「となると、今後、本機を基にS−01系の後継機が作られたりはするのでしょうか?」
 やすかずの期待を込めた質問に、リリーはどうでしょうと小首を傾げた。
「完全に無いとは言い切れませんが‥‥S−01も古い設計の機体ですし、米本土の生産ラインも停止しています。どうせなら、そのデータを基に新規に設計から立ち上げた方が良いかもしれません」
「シラヌイの様に?」
 頷くリリーに、やすかずは頭を掻きながら天井を仰いだ。
「シラヌイか‥‥安定した機体性能ではあちらに分があるな‥‥S−01Hは装備力を活かした差別化を図るべきですかね。装備の選択肢を増やす事は汎用性の向上に繋がりますし」
 やすかずの案にルノアも賛同した。ファイナが難しい表情で首を捻る。
「シラヌイにはどうしても追いつけないですから‥‥短所より長所を伸ばしていく方が良いかと思われます。攻撃や命中、回避とかを‥‥知覚や防御については上げなくても」
「そうだな。アグレッシヴファングを活かす為にもまず攻撃だろう」(一真)
「でも、抵抗の低さもネックですよ? 防塵装置の改良も行えれば‥‥」(ドッグ)
「汎用機としては特殊能力で補ってない生命・防御・抵抗辺りなんでしょうけど‥‥あえて命中を推させてもらうわ」(ファルル)
 ‥‥ものの見事にバラバラだった。ルノアがリリーの袖を引っ張ってスロットの拡張が可否を尋ねてきたが、能力値上昇分だけで一杯一杯かもしれない。
「‥‥うぅ、やっぱり高質武装の量産、安定供給って、難しいのかな‥‥?」
 意見を聞こうとしたのもじはまだ午前中の思考に留まっていた。
「それもあると思いますが‥‥多分、社の上層部は、元々実験機で生産性に難のあるS−01Hでは商売をする気がないと思いますよ?」
 シラヌイはピカピカの新鋭機。こっちは初期機体の改良型だ。つまる所、最初から勝負にならない。勿論、やすかずの言うように、今回のVerUpによる攻撃・命中上昇は十分特徴的ではあるが。
「‥‥せめて改造費を安くして欲しい所ね。値下げがないから高いまま。イビルアイズ並みが適正だと思うのだけど」
 流石にそれはリリーが答えられる範疇を越えていた。ファルルの提案は上層部に伝えておく、という事になった。

 結局、意見の纏まりを見せる前に夕刻の時間切れを迎えた。
 上昇数値については完全預かりとなり、上層部に諮られる事となったが‥‥唯一、参加者のほぼ全員で意見の一致を見た項目があった。
「とにかく、何はともあれ、問答無用に練力を」
 新しい特殊能力が増える以上、練力の大幅上昇は必須。その一点だけ共通する皆に何だか可笑しみを感じながら‥‥リリーは確かに伝えておく、と大きく皆に頷いた。


「‥‥アグレッシヴ・ファングのVer.4は、係数上昇型か防御無視を目指した方が良いと思うの」
 すっかり気落ちしたのもじの背を見送るリリー。ファルルがポンと肩を叩き、「早く強化されるのが待ち遠しいわ」と片目を瞑る。
「あの‥‥開発、頑張って下さいね」
 ドッグが少し離れた所から‥‥思い切ってリリーに近づき、緑茶のペットボトルを手渡した。カテキンは風邪の予防に良いらしい。
「バージョン、アップ‥‥楽しみ、です。早く、実現、して、欲しい、です」
 たどたどしくも自分の言葉でそう語り、グッと両拳を握ってみせるルノア。リリーも同様に仕草を返し‥‥そこに一真が近づいて来た。
「皆が言う程、S−01Hの基本性能は悪くないですよ。KVの基礎を築いたS−01の派生型として、長く使われる名機になると良いですね」
 そう。実際に使う立場の人間には、商売の話など関係ないのだ。ただ実機はそこにあり。評価は後から勝手に付随する。
「はいっ。頑張ります!」
 ルノアに向けていた気合いの拳を、そのまま一真に見せるリリー。はっとしたリリーが顔を赤らめ‥‥第4会議室の前の廊下に笑いの泡が弾けて消えた。