●リプレイ本文
スノーボード上級コースを颯爽と滑り降りる一人の男の姿があった。
ともすれば鈍重と見られがちな巨躯を自在に操り、派手に雪面を削りながら右へ左へとターンを極める。雪面のこぶを利用して一際ダイナミックにエアを決めると周囲から大きな歓声が沸き起こり‥‥そのまま一気に下まで滑り降りた男はエッジをかけてスピードを殺すと、ゴーグルを外して眩しそうに目を細めた。
「いや〜、海もいいけど、やっぱ雪もいいもんさぁ〜」
その男、御影 柳樹(
ga3326)は、なかよし幼稚園の傭兵(?)の一人だった。キメラが出ないかゲレンデの見回りをする──それを名目に久方ぶりの雪山を思いっきり堪能している所である。
「いや、ちゃんと滑りながら周囲の状況確認はしているさ?」
誰にともなく呟きながら、休憩の為に板を外す。彼が視線を飛ばした先にはコースから隔たれた小さな空間──香奈たちがいる初心者教室用のスペースがあった。
「まずは楽しく一緒に滑ろうか。なに、それが上達する一番の方法だよ」
そのなだらかな斜面の麓で、ソウマ(
gc0505)は自分を見上げる3人の園児たちにそう言った。守原有希(
ga8582)や葵 コハル(
ga3897)らと共に、指導員の補助として園児たちにスキーを教えているのだ。今は園児の習熟具合に合わせ、各指導員ごとに分かれていた。
「楽しく、って、あんな風に〜?」
きょとんと小首を傾げた園児が指を差す。それをソウマは視線で追って‥‥途中、子供たちに集られている有希の姿が目に入った。赤い着物に黒い袴、純白の陣羽織という格好が子供たちにやたらと受けている。
ソウマはさらに視線を伸ばし、困った様に頭を掻くコハルに目を留めた。
「えっと、だからね? こうシュッとした姿勢で滑って、シャッと曲がって、ずざざざじゃぁっ! って止まるの。え? 分かんない?」
技術というより感覚で滑るコハルは、それを子供たちに伝えるのに苦労していた。ならば、と実際に目の前で滑ってみせるが、直滑降で滑り降りて来てはフィギュアスケートばりに片足を上げてターン。挙句、雪溜りをジャンプ台にミニエアリアルまで決める始末。子供たちは大喜びだが‥‥うん、指導にはなってない。
そんなコハルに対抗意識を燃やすソウマはとりあえずおいといて。一方、柚紀 美音(
gb8029)とファリス(
gb9339)の二人は、ボーゲンでターンしながらゆるゆると斜面を滑り降りていた。二人とも子供たちや香奈と一緒に練習中だった。
「‥‥だいぶ滑れるようになってきました」
「‥‥(コクコク)」
淡々と、だがどこか嬉しそうに雪面を滑る美音とファリス。だが、そこに香奈の直滑降ボーゲン(!?)が滑り降りて来ると、二人はたちまちコントロールを失った。
「きゃー! 二人とも、逃ーゲーテー!」
「わ、わ、わ!」
何とかぶつからずにかわしたものの、そのままフラフラと斜面を滑り落ちる二人。それはまるで計ったかのように、アクロバティック対抗戦を始めていたコハルとソウマに突っ込んだ。
そのまま一緒くたになってどっか〜んと雪溜りに突っ込む4人。おまけとばかりに木の枝に積もった雪がどっちゃりと降り落ちる。‥‥大惨事だ。能力者だからへっちゃらだが。
「イテテテテ‥‥って、どこさわってんの!?」
「ん? どこって‥‥手の平にはまったくウェアの感触しかないわけですがなへぶっ!?」
コハルにどつかれるソウマに爆笑する園児たち。ぺたんと雪上にへたり込んだ美音が頭の雪を払いながら、恥ずかしそうに頬を染めた。
そんな様子を遠くから微笑ましく、生温かく見守っていた柳樹は、温かい緑茶を飲み終えると再びコースへ戻ろうとし‥‥視界の隅に映ったその影に慌てて振り返った。
雪達磨キメラが現れたのはそんな折の事だった。
●
その頃、スキー上級者コースには、響 愛華(
ga4681)と綾嶺・桜(
ga3143)の二人がいた。美咲と園児たちの随伴能力者、ではあるが、折角の雪山、キメラが出るまでは思いっきり楽しまなければ損である。
「わぅ♪ そうだ、桜さん、スキー勝負しようよ。私に勝ったらアイス入り大福を作って上げるんだよ♪」
犬は喜び庭駆け回り‥‥はしゃぐ愛華を見ながらのんびりとそんな事を考えていた桜は、その言葉を聞いた瞬間目の色を変えた。勝負事となれば話は別だ。ましておやつがかかっているとなれば。
「受けて立つのじゃ! ふっ、氷大福はもう貰ったようなものなのじゃな。わしにウェアを着せた事を後悔するがよい!」
気合いを入れて節々を伸ばす桜。柳樹から無線でキメラ出現の一報がもたらされたのはその時だった。
「なんじゃ? こんな大事な勝負の時にキメラじゃと!?」
分かってはいたけど、と苦笑しながら無線を聞いていた愛華が、ハッとして美咲を呼ぶ。キメラの出現場所を聞いた瞬間、美咲の顔色が蒼白になった。
「香奈‥‥っ!」
指導員に園児たちを託し、弾丸の様に飛び出していく美咲。彼女はコースを下らずにゲレンデを斜めに突っ切ると、そのままネットと除雪車用の雪道を飛び越えて森の中へと突っ込んだ。
「‥‥おいっ、美咲、まさか‥‥!」
「わーーーっ!」
悲鳴を上げつつ、桜と愛華が慌ててその後を追う。縫う様に下る森の中、木々が物凄い勢いですぐ横を飛び過ぎていった。
●
「雪ダルマと熊‥‥可愛い組み合わせのはずなのに、全くこれっぽっちも可愛くないさぁ‥‥」
人々が慌てふためくロッジの前。現れたキメラを遠目に眺めて、柳樹はそう呟いた。呟きつつ、借り受けたソリにスノーシューやら体験学習用のかんじきやらを乗せ、一路、戦場目指して雪を蹴る。
一方、キメラの出現場所では、雪を払いながら立ち上がったソウマが呆れ果てた様子で呟いていた。
「キメラって、こんな所でも現れるものなんですね‥‥」
まぁ、それがうち(なかよし幼稚園)ですから、と苦笑する香奈。そう言うソウマさんも落ち着いて見えますよ、と問う香奈に「慣れてますから」と肩を竦めてみせる。
覚醒するソウマの周りを祝福する様に舞う虹色の精霊。その横、髪を銀に染め獣耳を生やしたコハルがスキー板を外し、斜面の上の雪達磨キメラに向かって駆け出していく。
(「なにこの人たち‥‥なんで平気なの?」)
平然と避難準備を進める香奈や子供たちを見て、初めてキメラと遭遇した指導員は動揺を禁じえなかった。声をかけられても暫し気付かず‥‥袖を引かれてようやく振り返る。
「ファリスはお姉さんだから。子供達をちゃんと護るよ」
そこにいたのはファリスだった。能力者とはいえ未だ年端も行かぬ小柄な少女が、今、決意を込めた目で自分を見上げている。指導員は目を瞠った。
雪靴とソリを曳いて到着した柳樹は、ファリスと指導員のその様子を見てピンと来た表情を見せた。
「さ、お兄さんたちのソリでロッジまで行くぞー。皆、慌てずに乗ってねー」
「僕等と一緒に滑って行きたい子はこっちさぁ。指導員のお姉さんに平らな所での滑り方を教わるさ〜」
笑顔は崩さず、有希は園児たちをソリに呼び集めた。きゃっきゃと集まって来た子供たちを両手で抱えて乗せてやる。一方、ソリに乗り切れない子供たちを上手く集めた柳樹は、指導員にそれを一任した。子供たちの相手をしている方が気は紛れるはずだった。
「さて、あとは‥‥」
柳樹は、子供たちを優先してソリに乗せようとする香奈の後ろに回り込むと、『お姫様抱っこ』で抱え上げた。
「うひゃあ!?」
「全く。一番スキーが苦手な人がソリに乗らなきゃダメなんさ?」
それともこのままロッジまで避難するさ? と尋ねる柳樹。顔を真っ赤にした香奈は慌てて首を横に振った。
敵は斜面の上にあり、積雪は膝まで埋まる。コハルは足首の動かぬハードシューズを膝から持ち上げると、踏み下ろす様にして前へと出した。
後方では雪靴に履き替えた能力者たちがようやく態勢を整えた所だった。園児たちを乗せたソリを柳樹と有希とが曳き、他の能力者が直掩する。長弓を取り出した美音はコハルを援護すべく、周辺を警戒しながら斜面を登り始める。
雪靴を待たずに先行していたコハルは既に斜面の半分まで踏破していた。こちらを睥睨する様に、斜面の上から動かぬ敵。ガチガチに凍結した氷球やら氷剣やらを次々と撃ち下ろし、それをコハルが両の手に持った刀剣でもって一つ二つと打ち払う。身を打ち、ウェアを裂いて飛び行く氷弾。それでもコハルは前進をやめない。
それを見た雪達磨は雪を掬うと、それを丸めてコハルの正面へと転がした。それは瞬く間に大きく膨れ、コハル目掛けて突進してくる。
「んな、バカな!?」
それも雪達磨の能力なのか。マンガチックに転がってくる雪球はありえない程大きくなっていた。ハッとして振り返る。避難班への直撃コース──コハルは両の刀を十字に合わせて、その塊を受け止めようとする。だが‥‥
「へぶっ!?」
その速度と質量はコハルを容易く跳ね飛ばしていた。斜面を跳ね転がるコハルと雪球。ダメージは大きくないが、稼いだ距離の半ばを失い‥‥飛び避ける美音の横を物凄い勢いで転がっていった巨大雪球は、一直線にソリへと向かっていった。
「あがんもん、盾で止められん!」
叫ぶ有希。振り返った柳樹がロケットパンチを撃ち放つ。雪を巻いて飛翔したそれは雪玉を直撃してその半分を吹き飛ばし‥‥跳ねる様にして突っ込んで来た残りの半分を、有希が気合の『豪力発現』でソリを横へと押し避ける。
「っ! 敵発見! 左側方、新手の雪達磨!」
すぐ横に崩れた雪の山にホッとする暇もなく、『探査の眼』を使用していたソウマが発見した伏兵が左手より現れた。森の側の雪溜りに伏せていたそれは、雪弾を撃ち放ちながら吶喊して来る。盾を構え、ソリの『左舷』へと回り込んで立ち塞がる有希とソウマ。盾に砕けた氷片と血飛沫がキラキラと舞う中、長槍を構えたファリスが二人の後ろ、盾の陰で待機する。柳樹はひたすらにソリを引く。そう、ソリは引く者がなければ動かない。
雪を蹴立てて突撃してきた雪達磨の突進に、有希とソウマで作った盾の壁が崩れた。踏ん張る有希と跳び起きるソウマ。すかさず長槍を突き出したファリスは、振るわれた反撃を避けられなかった。雪で劣悪な足場以上に、背後には園児の乗るソリがある‥‥!
「させません!」
鉤爪の一撃により倒れ付したファリスの前に、抜剣した有希とソウマが身を入れた。直刀を振るうソウマを蹴り飛ばす雪達磨。有希の刃は金属の様に硬くしなやかな達磨の体毛の上を滑る。
赤い雫の垂れた雪面から顔を上げたファリスは‥‥瞬間、格闘戦の向こうに、森の中から飛び出してくる美咲を見出した。
「わぅ!? 本当に出た!?」
「間に合ったか!? まったく、キメラに好かれておることじゃの!」
続けて飛び出してくる愛華と桜。「美咲ちゃん!」と満面の笑みを浮かべて香奈が叫ぶ。
丁度敵の背後をとる形となった愛華は、滑降の勢いもそのままに手にした槍を体重ごと雪達磨の背中に突き立てた。力場を貫いた穂先が肉へと突き立つ。器用に身体を一回転させた美咲が石突に剣の腹を叩きつけ‥‥それを両脚を揃えて跳躍した桜がドロップキックで突き入れる。ガハッ、と血を吐き倒れる雪達磨。囲んだ能力者たちが子供に見えない様にしてそれをめった刺しにする。
「‥‥守原有希、参る! 子供の思い出、穢した罪は重かぞ!」
子供たちの避難完了を確認して。盾を捨て、両手に刀を引き抜いた有希が、斜面の上に陣取る雪達磨を振り返って見得を切った。
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それはまるで、雪山のハンバーガーヒルだった。
右へ左へと投げ放つ雪球は、文字通りの雪達磨式に巨大になって、斜面を登る能力者たちの間をゴロゴロと転がり落ちていく。間隙に放たれる雪弾と雪氷柱。碌に回避もできぬ雪の斜面で、傷つき、雪上に飛び散った血の飛沫の跡が能力者たちの苦闘を物語る。
だが、それでも。能力者たちはこの血みどろの丘(?)を、ついに登り切ろうとしていた。
ここまでに都合三度、雪玉に転がされていたコハルは、ついにその対抗策を手に入れていた。迫り来る雪球の眼前で、自ら雪面へとその身を投げ出したのだ。雪に埋まったコハルの上を雪球が転げ過ぎて行く。
「これで、もう‥‥転げ落ちる事はないっ!」
ぷはっ、と身を起こすコハル。雪面に出来た雪の跡、その胸の部分が他の人より浅いけど気にしないったら気にしない。
後方に位置する美音とソウマから援護の矢が放たれた。雪達磨の身に突き立った矢の数は既に尋常じゃない程になっていた。特に、美音が射を集中した脚部は白い毛が真っ赤に染まっていた。
「まずは動きを止めるのじゃ。というか、雪達磨が手足を生やすでないわ!」
側方から登り切り、側面をついた桜と愛華がその手足に攻撃を集中する。接近戦に持ち込まれ、雪玉投射はそこで途絶えた。
ここぞとばかりに登り切った有希が、背後から達磨に迫る。慌てて振り返る敵。その懐、雪達磨の毛と肉とを有希は左手の刀身で押さえ込んだ。
「秘剣、咬龍刃!」
その峰をもう一刀でもって打つ。軋む刀身。SESエネルギーが力場を破り、斬撃が達磨の背をたわませる。
「‥‥あんまり楽しい雪遊びの時間を削られたくないからね。スキルフル使用で短期決戦だー!!」
遂に真正面から登り切ったコハルが、気合いにその身を真っ赤に染めながら(注:紅蓮衝撃)両の刀を振り被る。自分が遊びたいワケではありませんヨ? 子供たちが喜んでくれたらイイナトオモッタダケデ。
雪達磨が振り返った時、コハルはもうその背後に抜けていた。X字に振り下ろされた両の刀。切り裂かれた敵の傷口から血飛沫が迸る。
「‥‥キマった」
呟くコハル。だが、断末魔の敵がどん、と足を一回踏んで‥‥と、そこを起点に『地すべり』を起こした雪が雪崩となって能力者たちを巻き込んだ。
「あれー?」
呑み込まれ、一気に斜面の下まで流れ落ちる能力者たち。やがて雪中から三々五々に身を起こした彼等は、斜面の上でぱたりと倒れて絶命する雪達磨の姿を見た。
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ULTの調査官を待つ間を利用して、能力者たちは子供たちと遊び倒す事にした。
桜と愛華、美音とが今回の事件を題材とした雪像を作る向こうで、雪合戦をする子供たちに突っ込んだコハルが集中攻撃を受け雪に沈む。交じろうかどうか悩んでいたソウマは、有希と柳樹に両脇を抱えられて戦場へと放り込まれた。
「今回の勝利の記念です♪」
やがて形を成した雪像の出来栄えに、美音は満足そうに息を吐いた。ファリスがパチパチと手を叩く。
「わぅ♪ やっぱり雪だるまは楽しいものじゃないとだね〜」
にっこりと笑う愛華。その横でうんうんと頷きながら、桜がチラと目をやった。
「さて。ではアイス大福を賭けた勝負の続きといこうかの?」