タイトル:UT 暗殺作戦マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/04/30 09:01

●オープニング本文


 小さな書斎、と呼んでも差し支えないようなその小部屋は、今日も主に落ち着いた佇まいを見せていた。
 長い年月を積み重ねてきた物だけが醸し出す、渋みのある家具の光沢。本棚に並ぶ重厚な皮の背表紙。暖色系で纏められたカーテンと絨毯は、だが、決して自己を主張せず、曇り一つ無い硝子窓から入る光が柔らかく部屋を照らしている。
 そこに違和感があるとすれば、机の前に置かれた今風のパソコンチェアと、そこに『生えた』コンソールパネルと操縦桿──そして、部屋の主が中学生になったかならないかの少年である事だろう。その違和感の元凶たる『二人組』──メカニカルな機械椅子に座った少年は、今、中世の家具職人がその技巧を注ぎ込んで彫り上げた書斎机の上に、自らの肩幅ほどもある本を広げている。
 少年──の名はティム・グレン。
 ユタ州プロボに駐留するキメラ群を統率するバグアの指揮官、その人である。

 くぐもったベルの音が鳴り、卓上に置かれたアンティークな電話が静かに主を呼び出した。
 決して美しいと言える様な音ではなかったが、まるでスピッツの吠え声みたいな甲高いベルの音は、主たるティムの好みではなかった。ティムはたっぷり時間をかけてページを捲ると、紙面から目を離さぬままゆっくりと、受話器を取り、耳に当てた。
「Hello? ‥‥って、ああ、あんたか。直通だから当たり前だけど。うん、いつもお世話になっています、だよ。この間送ってもらった、グレイ、だっけ? お蔭でまたヤバいもの作っちゃったよ。‥‥ん? 暫く連絡がつかなかった? ああ、ちょっと暇潰しに行ってたんだ。いや、あれは面白かった。色んな事も分かったし‥‥ 分かった、分かった。今度はちゃんと連絡するから。そんな心配しないで‥‥え? 『心配』? 心配ってのは人間の言葉でこれこれこういう意味なんだよ。‥‥ああ、ああ、そうだね。冷たいなぁ。あ、この『冷たい』ってのも温度を表すものでなく『冷淡』って言う意味で‥‥ 何? 無駄口が増えた? はいはい、ではさっさと本題に入ろうか。頼んでおいた物は‥‥うん、うん。あと二週間? そうだね、こっちもそれ位かな。よかった。これでまた退屈しなくて済むよ。じゃあ、細かい事はまたその時に。ああ、どっちが本命かは‥‥いや、君には愚問だったね。では、また」
 常より少し長い事務連絡を終えると、ティムは本を閉じて椅子ごと窓に向き直った。
 窓に映る穏やかな庭園の光景が、瞬時に消えて、廃墟と化した街並みを映し出す。そこに居並ぶは巨漢の人型キメラ『トロル』の群れ。補給のか細い冬の間、『維持費』を抑える為に『冬眠ポッド』に仕舞い込んでいた戦力だった。
 ティムはコンソールのスイッチを叩き、座っている椅子を上へと『せり上げた』。『書斎』の『上部ハッチ』が開き、『機外』へとその身を晒す。隊列を組みながらもどこかだらけたトロルの群れがそちらを──旧式の陸戦用ワームのハッチから上半身を出したティムの方を向き‥‥少年は機のスピーカーをonにして淡々と彼等に指示を告げた。
「こちらに進攻中の敵歩兵大隊に正面から擾乱攻撃をかけろ。ただし、本格的な攻勢は必要ない。一撃を与えたらすぐに引き返せ。どうせ敵は蜘蛛蜂の制空下には進入できない」
 命令を受け、三々五々に歩き出すトロルの群れを、ティムはまるで芸術品を見る様な視線で見送った。
 ある意味で、それは確かに彼が作り上げた作品のようなものだった。突撃するしか能のなかったトロルたちに、経験を積ませ、戦闘に関する思考を最適化させ、ある程度柔軟に戦えるまで育て上げたのは中々に楽しい作業ではあった。
 感慨にふけるティムは、しかし、すぐにその感傷を一発の銃声によって破られる事となった。
 偵察の為に侵入していた能力者が、ティムの姿を間近に捉えるという機会を得て暗殺に走ったのだ。SESエネルギーを付与された銃弾は狙い過たずティムの頭部へ飛翔して──ワームのフォースフィールドに阻まれた。
 砕け散る銃弾。ティムが淡々と狙撃地点を振り返り‥‥敵が潜んでいると思しき地点に一番近い『冬眠ポッド』のキメラを解放した。


 寒風吹き荒ぶユタの大地にも、春の足音は確実に近づいていた。
 4月中旬──平和な時勢であれば、ユタのスキー場が閉まる時期。それは、バグアの地上補給路を閉ざしていた山間の雪が失われる事を意味している。補給を受けた敵は再び息を吹き返し、多数の避難民を抱えた州都目指して侵攻を再開するだろう。‥‥そして、最前線に立つ後衛戦闘大隊には、最早、それを阻むだけの戦力は残されてはいなかった。
「大隊による冬季攻勢が頓挫した今、敵キメラの大群による侵攻を防ぐには、最早、それを統率するバグアの指揮官を暗殺するしかない」
 それが州都の独立混成旅団の司令部による判断だった。
 2010年4月。ユタ州オレム、後衛戦闘大隊本部。ショッピングモールを接収した攻勢中の仮司令部に、暗殺作戦の為の作戦室が設けられた。
「これは偵察隊が撮影した敵の中型陸戦用ワームだ。これまでに得た複数の情報から、この機体がプロボのキメラを率いるバグアの指揮官機だと思われる」
 ブリーフィングでは、大隊長たる髭の中佐が自ら状況説明をかって出た。
「型は旧式の陸戦用HWだが、電磁迷彩ネットが施されているらしく、空からの偵察ではこれまで発見できなかった。KVによる襲撃は不可能だ。地上誘導による敵前降下による奇襲も、ユタが抱える諸事情により採る事ができない。‥‥故に、地上から敵地に侵入しての、能力者による敵将暗殺が選択された」
 大隊長の表情には苦渋しか浮かんでいなかった。旅団司令部から達せられた命令、彼等をそこまで追い込んだ現在の状況──その全てが無茶である事を知っていた。そして、それを全て能力者と部下たちに押し付けねばならない自分もまた。
「我々は全てを君たちに押し付ける事はしない。全力でサポートをする。敵将を討ち取る事が最善ではあるが、まず自分の命を、生き残る事を最優先にしてくれて構わない。忘れないでくれ。我々の後ろには一万人の無辜なる避難民たちがいる。だが、死んでしまってはもう彼等を守る事もできないのだから」

 かくして、能力者による特殊攻撃隊──飾らずに言えば、暗殺隊がプロボへと派遣された。
 大隊は虎の子のIFV(歩兵戦闘車)を4両、彼等の為に出していた。同乗する兵は特殊部隊──旅団司令部を通じて大隊長が要請した、北中央軍西方司令部から派遣された1小隊──である事が徽章で知れた。
「我々が共に行けるのはここまでだ」
 降車地点で降りる能力者たちに、特殊部隊の隊長は淡々とそう告げた。敵に気付かれずに車両で侵入できるのはこれが限界だった。これより先は、徒歩で敵中へと隠密潜入し‥‥敵将の乗る指揮官機を補足、撃破しなければならない。
「幸運を祈るとしよう。‥‥お互いに」

●参加者一覧

煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
叢雲(ga2494
25歳・♂・JG
綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG
カンタレラ(gb9927
23歳・♀・ER

●リプレイ本文

 廃墟の住宅街を走る犬型キメラに一本の矢が突き立った。
 ペアを組むもう一匹が足を止めて振り返る。瓦礫の陰に敵影。自らの身長の倍はあろうかという弓を横に構えた綾嶺・桜(ga3143)が二の矢を番えて引き絞る。
 地を蹴り、回避運動を取る黒犬。自陣深くに潜入した敵の存在を吠え声で知らしめようとしたそれは、しかし、次の瞬間、横合いから飛び出して来た煉条トヲイ(ga0236)の金属爪に、その身を半ばまで断ち切られた。
 すかさず飛び出した響 愛華(ga4681)がキメラの死骸を廃屋の奥へと引きずり込む。戦闘は、誰に知られる事もなく僅か数秒で決着した。
「暗殺作戦か‥‥似合いというか何というか」
 血や肉片を素早く砂に紛らせながら、杠葉 凛生(gb6638)は皮肉気に口元を歪めた。叢雲(ga2494)は苦笑した。確かに、傭兵に相応しい『汚れ仕事』には違いない‥‥
 先行して道路の先を警戒していたケイ・リヒャルト(ga0598)が、口笛を鳴らして皆の注意を喚起した。手信号は「目標視認、随伴歩兵なし、道路上を接近中」。凛生と叢雲が無言で背を屈めてそれぞれの配置へ走る。
「‥‥絶対に失敗はできん。背後には一万人の避難民──ここでしくじったら後がない」
 潜伏した瓦礫の影へと飛び込んできたトヲイの言葉に、ケイは静かに頷いた。回転式拳銃の弾倉を振り出し、貫通弾の装填を改めて確認する。
 細かな振動──陸戦用HWの脚部装輪が地を踏み、砂利を砕く音が圧迫感と共に近づいてい来る。‥‥こうして生身で対すると何という大きさだろう。こんなデカブツを相手にしなければならないなんて──口の端に浮かぶ笑み──ああ、なんてゾクゾクする。
 手榴弾のピンを口元に咥えたケイを遠目に確認して、愛華は桜と視線を交わして頷き合った。
(「‥‥お母さん、御免なさい。私は生まれて初めて‥‥自分の意志で『人』を殺すよ。‥‥守れなかった多くの人たちの為に。守る事が出来る多くの人たちの為に‥‥!」)
 ふと、小さな温もりを手に感じて、愛華は目を瞬かせた。力を入れ過ぎて白くなった指──それを桜の右手が包んでいた。
 言葉はなかった。左手は得物に、視線は敵に。ただ、そんな桜を間近に感じて‥‥愛華は一人、安堵した。


 瓦礫の陰から陰へと走る人影を光学センサーの隅に捉えて。
 HWはその足を止めると、上部砲塔を旋回させて砲口をそちらへ向けた。
 静寂と沈黙──だが、『見間違い』でない事はセンサーのメモリが証明していた。各種センサーの精度が上げられ、その正体を確かめようとする。
 と、別の方から投じられた何かが機体の前にポトリと落ちる。即座に反応する光学センサー。直後、その物体──物陰からケイが投じた閃光手榴弾は、敵前で強烈な光と音とを炸裂させた。
「今じゃ! 一気に脚部を破壊するのじゃ!」
 轟音を合図として、瓦礫に隠れていたケイ、叢雲、桜たちが一斉に弾頭矢を撃ち放つ。同時に発動するカンタレラ(gb9927)の『練成弱体』。脚2本を狙って放たれた弾頭矢が間接部周辺で次々と爆発する。
 続けて放たれる第二撃。その射線の下を、トヲイがHWへと疾走する。即座に起動して猛烈な銃撃を放ち始めるバグア版ファランクス。地を蹴って回避運動に転じたトヲイは瓦礫の間を縫う様に走り抜け‥‥それを追う『火線の鞭』が瓦礫や壁を吹き飛ばし、弾着が激しく土砂を巻き上げる。
「旧型とは言え、流石はワーム‥‥いいですね、どきどきします。とっても‥‥楽しみです」
 トヲイが機銃を引き付けている隙を逃さず、カンタレラが一気にHWへと肉薄する。胸部に赤い十字の描かれた白銀の甲冑、重厚なプロテクトシールド。地を駆ける姿はまさに騎士。だが、その表情に浮かぶは愉悦の笑みだ。どのような愛の語らいよりも、戦いの高揚は彼女の心身を昂ぶらせる。
 ダメージを受け火花を散らす『第2関節』へ向け、カンタレラが雷光鞭を振り下ろした。砕けた外装からはみ出た内装部が一気に燃え上がり、焼けた機構部が煙を上げる。
 さらにそこへ放たれる愛華の光線砲。瓦礫の壁を3脚代わりに放たれた『光の刃』が関節部へと走り、雷光鞭との相乗効果で一気にそれを焼き落とす。人の身よりも巨大な脚がぐらりと揺らぎ、地響きと共に倒れ込んだ。
 すかさず追撃に入る能力者たち。弓を捨てた面々が得物を持ち替え距離を詰め、自動機銃が目標をカンタレラに変える間にトヲイが別方向から突入し‥‥
 と、タイヤの軋む音が鳴り響き、HWが一気に後退をかけた。迫る脚部を跳び避けるカンタレラとトヲイ。道を逸れて廃屋に突っ込む敵、その機首固定砲が光を纏い──!
「退避ーっ!」
 散開し、瓦礫の陰へ飛び込む能力者たち。直後に放たれたプロトン砲の光芒が地を炙り、掠め飛んだ廃屋を数軒、一瞬で焼き散らして吹き飛ばした。

 プロトン砲の一撃により接近を制したHWは、廃屋から身を起こすとそのまま一気に後退しようとした。
 だが、そこに、別方向から放たれる弾頭矢。それは、あらかじめ『こんな事もあろうかと』回り込んでいた阿野次 のもじ(ga5480)の一撃だった。
「ふっふっふっ。会いたかったよ、バグアの諸君。‥‥教官の教育通りの撤退判断。本当に君は優等生、なんだよ」
 廃屋の屋根の上、陽光(曇天だが)を背にのもじが弓を引き絞る。虎柄ケープに身を包み、矢筒代わりのポリバケツを抱えた新手に反応するHWの自動機銃。「とうっ!」とそれを跳び避けたのもじはさらに隣りの屋根へと飛び上がり‥‥そこから二本目の脚部目掛けて、速射砲の様に弾頭矢を撃ち下ろした。その爆発と爆煙、そしてのもじを囮として、廃屋の壁の亀裂に転がり出た凛生が大型拳銃を膝射姿勢で至近距離から連射する。炸裂、亀裂、貫通、火花──小爆発を起こした脚部がガクリとその力をなくす。旋回する上部砲塔。コートを翻して屋外へと飛び下りる凛生。放たれた拡散光弾は廃屋の壁を容易く貫通し、内部に炎を炸裂させた。
「む‥‥なんじゃ、あれは!」
 移動したHWを追って来た桜は、焼け落ちた廃屋の向こうに現れた巨大な何かに声を上げた。
 それは『休眠ポッド』だった。叩き起こされた『トロル』が4面に開いたハッチからまろび出る。
「‥‥後退しつつ、味方の伏せた場所まで誘い込むとは‥‥本当にやってくれるじゃないの」
 トロルの突撃をかわしながら呻くのもじ。瓦礫の陰から銃だけを出してHWを撃ちまくっていた凛生は、側面からの重い不意打ちを『自信障壁』で耐え凌ぎ‥‥
「凛生!」
 HWに牽制射を放ちながら閃光手榴弾のピンを抜いたケイが、それを凛生へと投げ放る。凛生はそれを宙で掴み取ると、そのまま敵中へと放り込んだ。
「杠葉さん! このまま私たちでここの敵を押さえ込ます!」
 閃光と轟音にうろたえるトロルに弾頭矢を打ち込みながら、のもじが叫んだ。HWへの攻撃をトロルに邪魔させる訳にはいかない。それに、まぁ、『訓練されたキメラは思ったほど成果が出ない』という既成事実を作っておくことは地味に重要な感じがするし、あと、あれだ、HWの操縦に加えてこっちの指揮統率という負荷を加える事もできるかもしれない。
「統率‥‥されてるのか? こいつら?」
 閃光に目をやられながらも、やたらめったらと突っ込んできて巨大な得物を振るうトロルたち。のもじはむぅ、と小さく唸りながら、頭部を守る腕のガードを弾頭矢で吹き飛ばした。
「じゃあ、後ろの邪魔はさせないという事で!」
 続けて放つ第2の矢がキメラの頭部を直撃する。倒れ伏すトロル。どうよ! と拳を握るのもじの目の前でトロルが身を起こし、慌ててもう一撃を叩き込む。
 再び倒れたトロルの巨体に凛生が駆け上がり、ありったけの銃弾をその顔面に撃ち放った。


「鉛の飴玉で躍らせてあげる。お利口さんだから、ヤられて頂戴?」
 3本目の脚部に集中して放たれた貫通弾が小さな穴を穿ち、小爆発を引き起こす。弾倉を振り出し、廃莢、再装填。未だ崩れ落ちぬ脚部に舌を打ちながら、ケイは反撃の機銃弾を跳び避けた。
 迫る弾着。遮蔽を利用して一瞬、身を隠したケイがその進路を切り返す。予測を裏切られた機銃の火線が大きく振られ、波打つように後を追う。
 その隙を見て一気に距離を詰める桜。カシュン、とHWから金属体が上空へと打ち上げられる。援護の為、後方に位置していた愛華にはその様子がはっきり見えた。クルクルと回転しながら昇る円筒体──瞬間、愛華の脳裏に『対人兵器』という言葉が閃いた。
「桜さん、上っ! 逃げて!」
 警告を叫びつつ、それを撃ち落とそうと光線砲を構える愛華。だが、突進してきたトロルによりその体勢を崩された。悪態と共に繰り出す『獣突』。弾き飛ばされたトロルの後頭部に凛生が大口径弾を叩き込み、倒れた所に駆け寄ったのもじがその頭頂部に矢を放つ。
 愛華の叫びを聞いた桜は、振り返る事無くその身を前方へと飛び込ませていた。炸裂する対人兵器。広範囲に撃ち下ろされた対人散弾が、瞬間、一面を撃ち砕く。敵機の下で散弾をかわした桜はそのまま飛び込み前転。そのまま潰される前に反対側へと飛び出す。振り下ろされる脚部クロー。跳び避けながら薙刀を振るい、火花と共に一閃を刻む。
「流石に堅い‥‥が──いい加減、その脚は貰っていく‥‥!」
 拡散光弾が撒き散らす炎を駆け抜ける様にして、トヲイは一気に敵の砲塔の死角まで回り込んだ。身体から立ち昇る白煙。桜を追っていた自動機銃が急いで砲口を向け直す。
(「遅い──っ!」)
 脳裏に叫び、息を吸い、まだ無事な脚部を駆け上がる。走りながら腰だめに構えたシュナイザーが赤く輝き、直後、炎の様な真っ赤なオーラが全身を包み込む。
「いい加減に‥‥止まれ───ッッッ!」
 突き出される金属爪。いい加減、ガタの来ていた関節部が、その一撃で砕け散る。ぶぅん、と一回転して地に跳ねる脚の先。片側3本を折られた機体が沈み、その本体を大地へと擦り付けた。
 片側の脚3本。
 戦場を離脱するだけの機動性は、既に失われていた。


 巨大な十字架型の銃を両手に構え、廃屋の屋根を蹴り跳んだ叢雲が敵機の上へと降り立った。
 SMGの銃弾で自動機銃座を撃ち据える。その砲口がこちらを向く前に、叢雲は機体側方へと飛び下り、折れた脚部に手を引っ掛けて逆上がる。
 一拍遅れて銃座の背後へ飛び降りるカンタレラ。その雷光鞭がダメージの蓄積した銃座を完全に破壊する。
「‥‥貫け」
 脚部を駆け上がった叢雲はその根元に銃撃を集中した。同様に隣りの脚部へ飛び降りて来て、発砲するケイ。関節部はゴム状の防護膜で保護されていたが、至近距離から攻撃を浴び続ければそう長く保つはずもない。ズタズタに切り裂かれ、破れる防護膜。ケイはエネルギーガンを引き抜くと両手に構えた銃で一気にその内部を撃ち貫いた。さらにそこへ擲弾を撃ち放つ叢雲。内部機構をズタズタにされた脚部が火を噴き、完全に沈黙する。
「決めたんだよ‥‥決めたんだから‥‥っ!」
 HW正面に回り込んだ愛華は光線砲を再びHWへと向けた。放たれた光線砲が再びその装甲を焼きにかかる。そこは操縦席があると思しき場所だった。KVの砲火にも耐え得る装甲は、しかし、度重なる一転集中攻撃に綻びを見せ始めていた。既に沈黙していたプロトン砲を駆け上った桜とトヲイが焼けた装甲に刃を突き入れ抉りにかかる。
「いくら堅かろうが、同じ場所を攻撃し続ければ‥‥っ」
 全体重をかけた一撃でもって薙刀を突き入れ、桜は缶切の要領でその堅い守りを切り崩す。
「‥‥叢雲さん。あそこ、狙いましょう」
 カンタレラが指差す先には、乗降口と思しき四角いハッチ。叢雲は頷くと、残った擲弾と貫通弾とを装填して撃ち放った。SESエネルギーを付与された銃弾が装甲に跳ね、削り、凹ませる。雷光鞭を振り被ったカンタレラは、電磁波の鞭でそこを灼熱するまで打ち据えた。
「うふふ、ほら、早く出て来て下さいな。早くしないと死んじゃいますよ? そんなの‥‥つまらないでしょう?」
 ぐずぐずに歪み出したハッチをさらに打ち据えるカンタレラ。背後で轟音が炸裂し──桜と愛華が抉じ開けた空間に、トヲイが金属爪を突き入れたのだ。重要部分を破壊された操縦席の機器が誘爆を引き起こす。捩れたハッチが吹き飛び、中から煉獄の炎が噴き出した。
「あはっ、あははははははははっ‥‥残念。そんなものに乗っているからですよ」
 高笑いをピタリと止めるカンタレラ。迫る炎に魅入られた様に佇む彼女の肩をつかんで引き戻すと、叢雲はハッチの中へ擲弾を撃ち込んだ。


「そんなものに乗っているから、か。‥‥うん。だから、最初から乗っていなかったんだ」
 聞こえるはずのない年若い少年の声は、あろうことか背後から聞こえてきた。
 振り返る間もあらばこそ。一瞬で距離を詰めた少年の拳がトヲイの腹部を突き上げる。背に抜けた衝撃が6つ7つ、トヲイの背をたわませる。
 振り向き様に叢雲が放つ制圧射。その射線が振られるより早く地を跳ぶ少年。叢雲を庇う様に立ち塞がったカンタレラが無造作に放り投げられ、上からあばらを踏み蹴られる。
「ぐっ‥‥♪」
「動かない方がいいですよ。流石にHWと戦った後では勝ち目がないでしょう?」
 反撃を不可視の盾で受け弾くティム・グレン。両手の銃弾を撃ち尽くした凛生が憤怒に奥歯を噛み締める。
「ティム君‥‥どうして」
「一回、狙撃されたからね。機体を囮にさせて貰ったよ。‥‥いや、正直、バレてたらどうしようかと思ったけどね」
 呻く愛華に、ティムが見知った顔で笑ってみせる。桜が忌々しげに吐き捨てた。
「あの時、お主が傭兵になってくれれば本当に助かったのじゃがの」
「いえいえ、こちらこそ♪ ‥‥さて。それじゃあ、君たちにはそろそろ捕まって貰おうかな?」
 そう言って手品のように銃を出して見せる少年。能力者たちが絶望的な反撃を試みようとしたまさにその時。
 遠雷の様に爆音が連続して鳴り轟き、ティムは怪訝そうな表情を浮かべた。
「あれは‥‥まさか」
 呟いた少年が慌ててその身を仰け反らせる。倒れていたトヲイが下から切りかかったのだ。倒し切れていなかった事に、ティムは驚き、目を見開いた。
 同様に、身を起こしたカンタレラが閃光手榴弾を放り出す。閃光。銃撃で敵を釘付けにした能力者たちは、怪我人を抱えて一気に戦場を離脱した。
 追撃しようとしたティムは再び起こった爆発に舌を打ち‥‥全ての休眠ポッドのキメラを起動させると、自らは爆発現場へ向け走り出した。


 爆発は、特殊部隊がキメラの休眠ポッドに仕掛けたものだった。軍は暗殺作戦を主としつつも、それだけに頼らぬ作戦を立てていたのだ。
 能力者たちはティムの『暗殺』には失敗したものの、HWを破壊してこれを引きつけ、ポッドの破壊を成功に導いた。
 能力者たちは無事、前線へと帰還した。
 特殊部隊は、帰らなかった。