タイトル:鷹司戦術論 缶蹴り編マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/05/14 06:35

●オープニング本文


 ラスト・ホープ島のとある訓練施設の受付でオペレーターを務める神辺七海は、れっきとした成人である。
 例え中学生みたいな童顔でも、背が人込みに紛れて見えなくなるほどちっちゃくても──夜中に補導されそうになったり、居酒屋に入る度に酒を出すのを断られても、一緒にいた上司が「あなた、この子とどういったご関係で?」と職質をかけられたりしたとしても、大人だったら大人なのだ。
 勿論、大人であるから選挙にだって普通に行くし(必ず保護者はどこかと聞かれるが)、軽自動車で高速の追い越し車線を爆走だってする(良い子は真似しちゃいけません)。訓練施設で受付をしている時に、一部の能力者たちからブルマやらスク水やらをプレゼントされたりしても、にっこり笑顔で受け取ってちゃんと家まで持って帰る(着ないけど)。一度、押入れがいっぱいになったので洒落でフリマに出店したら物凄い勢いで売れてしまい、なんかもう、色んな意味で今でも結構なトラウマだ。
 そして、おとなのれでぃである以上、給料日前にはちょっぴりひもじくなったりする事も勿論ある。そんな時、彼女は訓練を受けに来た能力者たちに夕食を賭けた勝負を吹っかけ、奢って貰う事で当座のピンチを凌いでいた。勿論、人は選ぶし、冗談で済む範囲の話だ。勝負なんかしなくても飯くらい奢ってやる、という知人は多いが、それはそれ、じゃれあいの様なものである。
 とはいえ、彼女のこれまでの『戦績』は中々のものだった。七海は非能力者であるため勝負はシミュレーターを用いて行われるが、こと夕食を賭けた勝負で彼女はこれまで負けた事がない。シミュレーター内の戦場は彼女にとって『庭』のようなものだったし、対戦相手の戦術的な癖や傾向を知る立場にある七海は、ある意味、教導部隊よりも厄介な相手かもしれない。
 だが、その日、調子に乗って展望レストランのフルコースを賭けた『一大決戦』において、七海の指揮するワーム部隊は、まさかの逆奇襲を受けてけちょんけちょんにやられてしまった。
 何が起きたのか分からず、呆然とへたり込む七海。「さぁ、メシを奢ってもらおうか」と、向かいの対戦用シミュレーターから出てきた壮年傭兵・鷹司英二郎が、悪戯童子の様に人の悪い笑みを浮かべた。

「うー‥‥鷹司さんて、元空軍大佐さんでしたよね? KV(ナイトフォーゲル)の無い時代の。‥‥陸戦の講習とかもあったんですか?」
 その日の午後の昼下がり。昼休みに入った七海は鷹司に連れられて、訓練施設前の公園のベンチに二人並んで座る事となった。二人の手には、公園の屋台で買ったホットドックとソフトドリンク。「孫みたいな年の娘にフルコース奢らせる訳にはいかんしなぁ」と、鷹司がこの安い昼食で勘弁してくれたのだ。
「んー、そんなもん、専門でがっつり学んだ記憶なんてねぇなぁ‥‥俺の場合、子供の頃の遊びを応用してるだけっつーか‥‥」
「遊び?」
「そうだな、例えば‥‥『缶蹴り鬼』は知ってるか?」
 美海は頷いた。『かくれんぼ』の変種で、どこか開けた場所に空き缶を立てて置き、『鬼』は散った子供たちを探しに行く。発見した場合、『鬼』は元の場所に戻って缶を踏み、見つけた者の名を呼び発見を宣言する。見つかった者は『牢屋』に捕らわれ、全員を捕らえる事が出来たら鬼の勝ち。だが、その前に空き缶を蹴倒された場合、牢屋に捕まった者たちは解放されるという‥‥下手するとエンドレスで続く過酷な遊びである。
 鷹司はホットドックを頬張ったまま立ち上がると、飲み干した250ml缶を公園の石畳の上に立てて、周囲の暇そうな能力者たちの何人かに声を掛けた。集めた者たちと何か言葉を交わし、振り返って『鬼』をするよう七海に言う。その場から散って隠れ始める能力者たち。とりあえず七海は目を隠して数を数え、100になった所で目を開けて。‥‥振り返って探しに行こうとした七海は、しかし、隠れもせず、全員で一斉にこちら目掛けて突進してくる能力者たちを見て悲鳴を上げた。
「なにそれっ!? 1番さん見っけぽっこぺ、2番さん見っけぽっこぺ、3番さん‥‥ぎゃーーーす!」
 早口で名を呼び上げていく七海の奮戦空しく、生き残った能力者の一人がすぱこーんと缶を蹴り飛ばす。淡々と歓声を上げる鷹司と、苦笑する能力者たち。七海は半泣きになって鷹司に抗議した。
「ちょっと、何なんですか、今のはっ?! 反則ですよ。ゲームとして成り立たないじゃないですかっ!」
「今のが『飽和攻撃』だ」
 鷹司の言葉に、七海は「は?」と小首を傾げた。
「防御側が対処し得る能力以上の物量を投入して行われる攻撃の事だ。今の場合、鬼が名を連呼し得る以上の人数を投入すれば、鬼は決して缶を守り切る事が出来ない」
「知ってますよ、そんな事は」
 言いながら、七海は「そういう事ですか」と首肯した。鷹司の『戦術』は、今の様に遊びの中から習得したものの応用であるらしい。‥‥うん、邪道。子供の頃はきっととんでもない悪童だったに違いない。
「待伏せ、急襲、挟撃、陽動‥‥補給や生産の概念すら、水鉄砲の水や雪合戦の雪球など、皆、ガキの時分に喧嘩や遊びの中で自然と考えていたもんだ。固定観念に囚われない分、大人より柔軟かもな。‥‥さて、嬢ちゃん。もし、もう一度『鬼』をやるとしたら、今度はどのような対処をするかね?」
「‥‥柔軟に、ですね? 前面に障害物を並べる、鬼の数を増やす、ダミーの空き缶をやたらと並べる、早口言葉を練習する‥‥」
 次々と並べ立てる七海に、鷹司は声を立てて笑った。
「そういう事、そういう事。分かっているじゃないか。と、言うわけで、せっかく人が集まったことだし、『対戦型変則缶蹴り鬼』でもやってみようか」

●対戦型缶蹴り:ルール

 4対4に分かれ、それぞれ離れた規定の位置に空き缶を立てる。

 それぞれ、リーダー1人を『鬼』、他を『兵』とする。

 『鬼』が相手チームの『兵』を視認した場合、自陣の缶を踏んで名を呼ぶことでゲームから退場させる事ができる。
 また、『鬼』が相手チームの『兵』に3秒以上触れていた場合も、その兵を退場させる事ができる。

 自分たちの缶の周囲5mを『自陣』と呼ぶ。自陣には入る事ができない。
 但し、『鬼』が缶を踏みに行く時は除く。その際も、一人を退場させたら一度外に出なければならない。

 『兵』は、相手チームの『兵』の移動を妨害できる。ただし、3秒以上掴んだり押さえ込んだりするのは禁止。

 ゲーム開始前の事前準備は禁止。ただし、開始後であれば、可能な限り(判定には乱数を含む)においての無茶が可能。

 覚醒禁止。装備アイテム使用不可。但し、トランシーバーの使用のみ可とする。
 数値は考慮せず、処理は乱数+プレイングにて行う。

●参加者一覧

綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
御影 柳樹(ga3326
27歳・♂・GD
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
守原クリア(ga4864
20歳・♀・JG
瓜生 巴(ga5119
20歳・♀・DG
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
ヴェロニク・ヴァルタン(gb2488
18歳・♀・HD
橘川 海(gb4179
18歳・♀・HD

●リプレイ本文

「わわ、以前、ロングボウにも乗ってらっしゃったんですかっ!?」
 昼下がりの公園を自転車で疾走していた橘川 海(gb4179)は、鷹司の言葉を聞くや一も二もなく缶蹴りへの参加を承諾した。
 満面の笑みを浮かべる海に飴玉を渡しながら鷹司が振り返る。七海もちょうど一人の勧誘に成功した所だった。
「ぶたの散歩をしてたんですが‥‥ええ、ヒマには違いありません」
 あたふたと慌てる七海を無表情に(内心、面白そうに)見下ろしながら、頷いてみせる瓜生 巴(ga5119)。足元をクルクル回るぶたさんに合わせ、リードが絡まぬよう自ら回り、或いは飛び跨ぐ。
「カンケリ‥‥日本伝統の遊びか何かですか? ハラキリみたいなものですかね?」
「ほえ? 空き缶が入用なの? いくらでもあるんだよー」
 続けて、ボランティアで公園のゴミ拾いをしていたヴェロニク・ヴァルタン(gb2488)とクリア・サーレク(ga4864)の二人も参加を了承した。化粧気のない肌に汗を輝かせながら‥‥握り拳でトントンと腰を叩く二人。その手には軍手とゴミ袋。服装はこれ以上ない位完璧なジャージ姿だ。
「わぅん♪ 缶蹴りなんて何年ぶりかなーっ。‥‥あ、そうだ! 私が勝ったら、桜さんにはまた新しい私服を強制進呈するんだよ。そしたら、毎日とっかえひっかえしてご近所さんにお披露目だよー♪」
「なっ!? それはあのやたらとヒラヒラのついた子供服の類の事か!? くっ、ならば、わしが勝ったら遊技場の無駄遣い禁止とおやつの半減じゃ!」
「さっ、桜さん!? それはあまりにもっ! そんな事になったら、毎日おなかがぐーぐーだよっ!?」
 4人を連れて公園中央に戻ると、先に勧誘しておいた響 愛華(ga4681)と綾嶺・桜(ga3143)の二人が何やら対決モードに入っていた。勿論、何だか面白そうだから口は挟まない。
「それにしても‥‥僕以外、ものの見事にみんな女性ばっかりさぁ。‥‥鷹司さん、狙ったさ?」
 同じく、先に参加を決めていた巨漢の能力者、御影 柳樹(ga3326)がジト目で鷹司に視線をやる。壮年傭兵は笑って見せた。
「おいおい。孫みたいな年齢のお嬢ちゃんたちだぞ? ‥‥って、おい、何だその生温かい視線は。いや、待て。傍から見たらそんな誤解を招くような状況なのか!?」
 ハッと気付いた鷹司が物凄い勢いで日本に向けて土下座する。柳樹ももう慣れたもので、何事もなかったかの様に集まった面々を見渡した。
「まぁ、ともかくこれで9人‥‥チーム分けするにはあと一人欲しいところだけど‥‥」
「フッ‥‥人数が合わずお困りのようね」
 と、唐突に。隣りにあった空色のゴミバケツからくぐもった声が聞こえてきて、鷹司と柳樹はビクゥッ、とその身を震わせた。二人の目の前でガタガタと揺れるゴミバケツ。暫し揺れた後にピタリと止まり‥‥ズリリ、と蓋が回った後、中から、両手で蓋を掲げ持った阿野次 のもじ(ga5480)が腰を横に振り踊りながら飛び出した。
「よし。これで10人揃ったな」
「え? 鷹じん、まさかのスルー?」
 慌てるのもじをゴミバケツから仔猫の様に引っ張り上げながら‥‥まぁ、とりあえず1回やってみよう、と鷹司は頷いた。

●1回戦
鷹司チーム:桜・柳樹・巴・のもじ
七海チーム:愛華・クリア・ヴェロニク・海

「桜さんも大人になったら七海さんみたいになるのかな〜」
 二手に分かれた自陣の側で、愛華は皆から余った上着を借りて回りながら七海をぎゅ〜と抱き締めた。複雑そうに笑う七海。『鬼の隠し目』として自陣近くに潜伏する予定の海がそのまま七海と打ち合わせる。
 その後ろでは、クリアとヴェロニクの二人が準備を続けていた。
 清掃活動で集めたゴミ袋の中から使える物を探して物色するクリア。等身大の何か大きな白い物体(モザイク付き)を引っ張り出して、水道の水で綺麗に洗う。
「お願いします。この勝負で負けた方が何か奢る事になっているんです。‥‥ある意味、大口契約ですよ?」
 一方のヴェロニクは、公園に出店していた移動式甘味屋台の店員に頼み込んで、缶蹴りへの協力を取り付けていた。愛華、クリア、ヴェロニクの3人を攻撃役として、地形や人込み、物品に紛れて敵陣深くまで進攻し、一気に敵の缶を狙う作戦だった。
 仕上げとして、ヴェロニクとクリアは互いのジャージを交換して袖を通した。互いに色が違う為、一瞬ではあるが『鬼』が名を呼ぶ際に混乱してくれるかもしれない。
「うん、ちょっときついけど大丈夫だよ」
「‥‥‥‥むぅ」
 ファスナーを締め切れずにてへへと笑うクリア。ヴェロニクは複雑そうな表情で胸元に視線を落とした。

 一方、鷹司チームの方は、巴案を採用して全員がその姿を物陰に隠蔽させていた。姿を隠したまま敵兵の所在を確認し、『鬼』と『兵』のペアでもってこれを1体ずつ撃滅する──迎撃の為に『鬼』を前に出す攻撃的な布陣だ。
 最初に双方が接敵したのは、センターラインから鷹司側に入った辺りであった。
 子供用遊具(ぞうさん)の陰に隠れた巴が陰から中央を眺めやる。そこに見つけたのはクリアだった。白髪に白髭、黒淵眼鏡の店頭ディスプレイ用等身大人形を前に出しつつ、その陰に隠れる様に前進してくる。
「なんだそれはっ!?」
 思わずツッコミを入れてしまった。クリアと人形(黒い目線入り)がビクリと巴を振り返る。
「やぁ、何か御用かね、お嬢さん。私はしがないサン○ース人形ですが?」
「‥‥攻撃開始します。皆は他の敵兵の警戒を」
 公園中央のベンチ下から転がり出てくる鷹司。と、人形から跳び退さったクリアの身体から、紐で繋いだ空き缶が何個も落ちてけたたましい音を立て──瞬間、周り中の視線がクリアただ一人に集まった。
「みんな、今だよ!」
 クリアの叫びに呼応し、植え込みの陰から飛び出した人影が一直線に鷹司チームの陣へと走る。それはクリアを囮にして回り込んでいた愛華だった。海から借りた服を裏返しにして頭からすっぽり被り、誰だか分からないようにしている。
「ふふふ、我に秘策あり、だよ♪ 子供の頃は『卑怯のあいちゃん』の二つ名でご近所さんに知られていたんだよ〜」
 獣の様な低い姿勢で一気に突っ走る愛華。限られた視界に映るは目標たる空き缶のみ。この速度、タイミング、最早誰にも彼女を止められない。
 だが、そんな愛華の前に桜と柳樹の策が立ち塞がった。
「おおっ、こんな所に美味しそうなチョコレートが!」
 ピクリ、と愛華の視界が僅かにブレる。聞きなれた声。いや、いかん、これは桜さんの罠だ。今、私が目指すべきは目の前に見える至高へと至る鍵──即ち、奢りという信じられないご奉仕価格で脳髄と胃袋を満たす極甘スイーツという名の幸福と。何かもう、こういうイベントでもないと絶対に見られないフリフリ着せ替え放題の、屈辱に頬を染めつつも従わざるを得ない言いなり桜さん(拡大パネルで自室に展示予定)を我が手に掴む為に‥‥私はあのシュールストレミングの空き缶を蹴倒さなければっ‥‥!
 だが、そのブレた視界の隅に宙を舞うホットドックを見た瞬間。愛華は反射的にそちらへ大きく跳躍してしまっていた。滑り込む様にして、それが地に落ちる寸前でキャッチする。
「だっ、ダメだよ! 食べ物を放り投げるなんて!」
 叫びつつもぐもぐと頬張る愛華。投擲ポーズの柳樹を見てハッと我に返った時には、追いつかれた鷹司にその頭をポンと抑えられていた。
「ひっ、響さぁ〜ん!?」
 桜と柳樹の狡猾な罠(?)に嵌った愛華を見て、悲鳴を上げるクリア。挟まれたら自分もお仕舞いだ。無数の缶カラを引きずりながら巴から距離を取る。まるでハネムーンカーの様なけたたましさだが、バスケ経験者のクリアは中々にすばしっこい。
「やるじゃないか」
「そう簡単には捕まらないよっ!」
 時間と隙を稼ぐべく走り続けるクリア。追う巴は賞賛するように笑みを浮かべて‥‥缶を結んだ紐を踏んづけた。
「へぶっ!?」
 びたーん、と派手にスッ転ぶクリア。駆けつけた鷹司が大丈夫か、と肩を叩き‥‥クリアは天を仰ぎ見て、私、頑張ったよね、と呟いた。
「頑張ったから‥‥『予定通り』、後はばるたん、よろしくね」
 驚愕に目を見開く巴と鷹司。微笑に口の端を歪ませるクリア。背後を行く屋台の扉が音高く鳴り響き、完全に不意を衝いたヴェロニクが陣へと飛び出した。
「ばかなっ!? 営業中の屋台の中に潜んでいただとっ!?」
 愕然とする巴。勝利を確信し、疾走しながら敵陣へと足を踏み入れようとしたヴェロニクは‥‥だが、その直後、ビタリとその足を地に縫い付けた。
 流れ落ちる油汗。今、まさに足を踏み入れようとした敵陣には、蜘蛛やら百足やらミミズやら団子虫やらが一面にぶち撒けられていた。
「こっ、これは‥‥生物兵器!?」
「フッ、遊びに情けは無用‥‥こんな事もあろうかと、各種ご用意しておいたのだよ」
 なぜか陣の向こうから現れたのもじが、かけてもいない眼鏡をくいっと指で押し上げる。そのまま腕を捕まれたヴェロニクは慌ててジャージの袖を切り離そうとした。だが‥‥
「ああっ!? これは交換しといたクリアちゃんのジャージっ!?」
 ポン、と肩を叩く鷹司。その横でのもじがくじの入った箱を差し出す。捕縛された者はその間、くじ引きで決めたたアートポーズを取らなければいけない決まりになっていた。
「えーっと、私は一体何を‥‥」
「うん‥‥アニメ『天馬幻想』に出てくるママンな人の必殺技『金剛石塵』のポーズを前振りからエンドレスで」

「大丈夫です。攻め所を限定すれば、少ない数でも戦えますっ!」
 攻撃班全員の通信途絶を確認して‥‥それでも海はまだ諦めず、七海に中央と左サイドを重点的に警戒するように伝達した。右側に『穴』を作っておいてこちらから攻めさせる作戦だった。
「敵が隙に釣られて出てきたら、私が進路を妨害して七海さんのコールを助けます。上手くいけば、コール、捕獲、コールで立て続けに3人位は‥‥」
 緊張と共に接敵の瞬間を待つ海。木々の間に身を隠しながら慎重に索敵し‥‥最初に見つけたのは、茂みの中に巧妙に配置された空色のゴミバケツだった。中からは低くくぐもった声が聞こえてくる。
「‥‥敵左‥‥七‥‥タイミ‥‥て突‥‥」
(「いつの間に‥‥!?」)
 海は様子を窺いながら、背後から慎重に近づいていった。とりあえず、こちらには気付かれていないようだ。押し倒せればすぐに七海がコールできる。
「‥‥今です、七海さん!」
 ゴミバケツの蓋をがばちょと開けて押し転がす。予想外に軽いその感触。転がり出て来たのはのもじではなく‥‥無線機だった。缶を踏みに陣に入った七海が慌てて外へと引き返す。そこへまったく別の方向からのもじが缶へと突っ込んだ。
「そう中には入ってなかった。同じ過ちを繰り返さぬために人は学ばなければならない‥‥ということで。いくぜ、GOD(溜め)缶キック!」
 一気に陣内へと踊りこんだのもじが右足を高く振り被る。明滅する背景と稲光。そのまま大きく足を蹴り出したのもじは地を蹴りつけ、弓の様にしならせた足をそのまま空き缶目掛けて振り抜こうと──
「にー、にー」
 可愛らしい鳴き声を上げる小さな影。空き缶の前に置かれたダンボールに気付いたのもじはそのままグキキッ、と足首を挫かせた。
 儚げにのもじを見上げる円らな瞳の仔猫3匹──それはヴェロニクが清掃中に見つけてそっと置いていたものだった。
「こっ、これは‥‥生物兵器!?」
 陣外から折り返してきた七海がのもじの名をコールする。のもじはがっくりとうな垂れながら、『ハートSummer、血を見て大豹変』のくじを引いた。
「やったね、七海さん! この調子で‥‥」
 喜びハイタッチをかわした海と七海は、しかし、次の瞬間、一直線に突進してくる柳樹の姿に目を丸くした。
 小柄な海と七海2人きりでは巨漢の柳樹を止める事はできない。涙目で抱き合う二人の横を走り過ぎた柳樹は、そのまま敵陣内の空き缶を(猫を抱き上げつつ)蹴っ飛ばした。

●色々中略。そして、最終戦。
鷹司チーム:桜、柳樹、巴、海
七海チーム:愛華、クリア、のもじ、ヴェロニク

「荒ぶる鷹の──っ、はぅっ!? み、見ないで下さーいっ!」
 夕陽に陰る最終戦。敵陣に捕まった海は、敵将七海の気を惹くべく叫ぼうとして──ギャラリーの視線に気付いて慌ててその身を縮こませた。
 涙目で真っ赤になってしゃがむ海。その横で『牛丼一筋ン百年』のポーズを決めるのもじ。そんな二人の横では、巴がその日「してやられた」奇策への対抗策を吟味していた。特に、データでは表しきれない心理戦の諸々は面白かった。‥‥実戦で使えるかはまた別だが。
「行くよ! 三人がかりで止めるんだ!」
 人員を失い、最後の突撃を敢行してきた柳樹に対して、愛華、クリア、ヴェロニクは3人がかりで押さえにかかった。柳樹は突撃の継続を躊躇した。相手が女子な時点で『全力を出して押し倒す』という選択肢は事実上失われていた。
「どうした、御影!? 突進が止まっておるぞ!?」
 柳樹の背中に張り付いて『鬼』の視線から隠れた桜が激励の声を上げる。その体温を背中に感じながら──柳樹は哀しそうな‥‥慈愛に満ちた視線で桜を振り返った。
「なっ‥‥なんじゃ‥‥?」
「気にする事はないさぁ‥‥桜さんはまだまだこれからが成長期さぁ‥‥あ、七海さんはもう手遅れ」
 柳樹の言葉に、胸元を押さえてがーん、とショックを受ける七海。その隙に、柳樹は背中の桜を引っ掴むと、敵陣目掛けて放り投げた。
「桜さん‥‥後は頼んださぁー!」
「くっ‥‥柳樹、ぬしの犠牲は無駄にせぬ‥‥! じゃが、後でなんか引っ叩く」
 ひらりと舞い降りる桜と『鬼』の七海の視線がぶつかる。ここから先はどちらが早く缶へと辿りつけるかが勝負、だったが──
「なっ──っ!?」
 陣内には色とりどりの空き缶が無数に並び立てられていた。クリアが構築した空き缶要塞『難攻不落』であった。
「どう!? 空き缶が邪魔で足の踏み場もないでしょ? もう何人たりとも本物の缶には近づけなよ!」
 倒した柳樹の上で胸を張るクリア。何人たりとも。うん、鬼である七海も近づけない。
「──てぃ。」
「あーっ!? ボクの難攻不落城砦がー!?」
 構わず何もかも蹴散らして進む桜。最後の勝負はこうして決した。


「缶蹴りというのもなかなか奥が深いのじゃな。楽しかったのじゃ」
「まぁ、今回のはかなり変則的でしたけどね‥‥」
 満足そうに笑う桜と苦笑する柳樹。たまには童心に返って楽しむのもいいね、とクリアが頷く。ちなみに彼女が食べているのは金魚鉢パフェ。個人勝率の低かった3人、愛華、海、七海の3人による奢りだった。
「くぅん‥‥さようなら、私の全財産。さようならだよ〜」
 涙目で車座になって落ち込む3人。鷹司が苦笑しながら、結局最後は奢ってくれた。