●リプレイ本文
救援要請を受けた能力者たちは、危機に陥った偵察隊を助けるべく内陸方面へと機を進めた。
天覆う鮮やかな蒼空と、一面に広がる砂原の大地──変わり映えのしない光景が風防越しに旋回する。イビルアイズを駆る明星 那由他(
ga4081)はチラと計器に視線を落とし、改めて正しい針路を確認した。
「偵察隊を狙うとは‥‥あらかじめ潜んでいたかね?」
須佐 武流(
ga1461)の言葉に、那由他は小さく考え込んだ。ジブラルタルと比べて、敵はチュニジア方面からの侵攻をあまり想定していなかったように感じる。だとすれば、正面の敵は準備不足‥‥少ない戦力は、各個撃破されぬよう集中して運用したいはずだ。ただ、『砂虫』(SW=サンドウォーム)は地中を移動できるから、ゲリラ的な単騎襲撃というのもあり得るが‥‥
「見えた。正面下方、連絡のあった偵察隊じゃ」
綾嶺・桜(
ga3143)の報告に、能力者たちは視線を前に落とした。激しく砂塵を巻き上げ、進路を不規則に変えながら回避運動を取る戦闘偵察車。ふと地面に爆発の様な砂柱が湧き上がり‥‥鯨か鯱の様に飛び出したSWが姿を見せる。
「ほんとにいたっ!? 砂漠にミミズってすぐに干乾びそうなのに。バグア脅威のメカニズム!?」
「いや、あれミミズじゃなくてSWだから」
目を丸くして驚くクリア・サーレク(
ga4864)に龍深城・我斬(
ga8283)がツッコミを入れる。SW‥‥砂漠用の『アースクエイク』といった所だろうか?
「何にせよ、残しておくと後々、面倒な事になりそうですね」
鳳覚羅(
gb3095)の言葉に頷く我斬と響 愛華(
ga4681)。あれに自由にうろつかれては補給線などに脅威が残る。だが、何より‥‥
「これ以上、犠牲を出すわけにはいかない!」
異口同音に気合を発する愛華と我斬。能力者たちは翼を翻すと戦場への降下を開始した。
「ぢゃっぢゃーん! 騎兵隊の登場だよー!」
「わぉ〜ん! お待たせしたんだよ〜!」
能力者たちは火線を集中されぬよう互いに間隔を開けて展開すると、機を水平に戻して安定させてエアブレーキを全開、人型へと変形し始めた。先行するのはヴァレス・デュノフガリオ(
ga8280)のシュテルン・G『Deneb Cygni』。垂直離着陸機能を備え、比較的行動の自由の利く彼の機体は、12枚の補助翼と4つのスラスターを小刻みに動かしながら、スラスターライフルを構えて降下する。
だが、敵もその瞬間を待ち受けていたのだろう。前方に広がる砂丘に伏兵していた陸戦用HW2機が、着地態勢に入ったヴァレス機に向け拡散フェザー砲を撃ち捲った。シュテルンと言えど、速度を落とし切った降下時が危険な事に変わりはない。
ヴァレスは機の脚部スラスターを大きく振って弾幕から逃れ出ると、そのまま無照準で牽制射を撃ち放った。弾着の砂柱が上がり、HWが『頭』を下げる。着地後の素早い行動は垂直離着陸機の面目躍如といった所か。
その間に隊列端に降下した那由他機は、すぐにロックオンキャンセラーを起動させると、127mm盾砲を地に突いて固定した。
伏兵‥‥やはり待ち伏せだった。偵察車両には伏せたまま‥‥という事は、目標は最初からKVか? まんまと釣り上げられたのはこちらもご同様であるらしい。
とは言え、勝てば同じ事ではある。那由他はヴァレスに呼びかけた。
「右側のHWから潰しましょう。そちらから狙えますか?」
返事は行動で返された。ヴァレス機の射撃が右のHWに集中し、巻き上がる砂塵の中、被弾して砕けた装甲が陽光に反射して煌き光る。那由他は姿勢を崩した敵に照準を合わせると127mm弾を発砲。軽い弧を描いて飛んだ砲弾はHWの横腹を貫通し、爆発して砕け散る。
ヴァレスと那由他がHWを抑える間に、他の味方も次々と人型降下を済ませつつあった。
「き、機体が重いっ!? って、ボクの体重は関係ないよっ!?」
両翼を大きく広げる様に降下してきたクリアのF−201Aは、大きく前に振り出した両足で砂原を削るように着陸した。そのすぐ横を、桜と愛華のグリフォンが4つ足のステップエアで軽やかに奔り行く。
「これはまた‥‥後の掃除と整備が大変そうじゃのぉ‥‥」
砂塵を巻き上げ奔る愛機を叩く砂の音。降着姿勢をとって着地する我斬のS−01HSCを遠目に見遣る。防塵装置のついたあの機体なら、そういう事を気にせず思いっきり機を動かせそうだ。‥‥ま、掃除は別じゃろうが。
「天然(略)犬娘! SWの位置情報はそちらに任せるのじゃ!」
「了解だよ、桜さん! ミミズ狩りの時間だよ!」
桜とは別方向、戦闘偵察車の方に奔りながら、その途上で愛華は地殻変化計測器を砂上へと突き立てた。砂層を呑み吐き進む巨体が生む振動──同じく車両護衛に向かってくる覚羅が計測器を打ち立てる。計測器の数が増えるにつれて敵影は鮮明になってゆき‥‥
「ヴァレスさんっ、真下にいるよっ!」
「っ!?」
スラスターを噴かして飛び退くヴァレス機を、直後に飛び出して来たSWの大顎が銜え込んだ。
「ヴァレス君!」
クリア機が肩に背負ったレーザーでSWを狙い撃つ。同様に光線砲を撃ち放つ覚羅の破曉『黒焔凰』。さらに愛華の誘導弾、我斬の銃撃が敵側方へと乱れ飛ぶが、SWは構わず銜え込んだヴァレス機を砕きに掛かる。反応する那由他機の自律機銃。旋回して対空砲を浴びせようとした那由他に対し、前方のHWから砲火が放たれる。
撒きついて来た触手がその銃兵装ごと腕部に絡みつき‥‥ヴァレスは一つ冷静に舌を打つと、左腕部の機杭で以って自らの右腕を打ち抜いた。
千切れ飛んだ右腕部が銃ごと触手に持っていかれる。ヴァレスはさらに再装填した機杭でSWの横っ面を殴り上げた。
「右腕の礼だ。持って行け!」
撃ち貫く機杭の穂先。迸る血を内と外に撒きながら、SWが再び地中へ潜る。
「参ったね‥‥まるでもぐら叩きだな、これは」
再び地に潜った敵に覚羅が思わず苦笑する。
「‥‥大丈夫。もう不意打ちなんてさせないよ」
地中へ逃れた敵を計測器で追う愛華。どうやら敵は孤立した機体‥‥或いは、混戦に持ち込める中央部を狙って『浮上』して来るようだった。
「こっちに来るのか? おもしれぇ!」
「わしが囮になる。須佐は横から奴をぶった切るのじゃ!」
射線を避け外周部を回り込む様に移動していた武流と桜が即興で連携を構築する。他の機体も支援砲撃の為に距離を詰める。
「どうもこのHSCは勝手が違うな。いつもの様に突っ込んで戦う機体じゃなさそうだ‥‥敵正面はこっちでいいか、愛華?」
「OKだよ、我斬さん。‥‥SW、綾嶺機へ接近中。来るよ、桜さん‥‥5、4、さ‥‥っ!?」
新たに感知した反応に愛華は目を丸くした。恐らくそれまで動かず地中に伏せていたのだろう。もう1匹のSWが至近の目標へ向け『突進』を開始したのだ。
「武流さんっ、避けて!」
「ちぃっ!?」
脚爪シリウスを前へと振り出し、急制動をかける武流機。その鼻先をSWの顎が掠め過ぎて行く。さらに、目の前を行き過ぎる胴体部分に設置された拡散フェザー砲を浴びせられ‥‥機と脚爪のバーニアで以って錐揉みする様に光弾をかわしてみせる。
ステップエアを使って跳ねる様に飛び避けた桜機にも、同様にフェザー砲浴びせられた。装甲表面を擦過し炙り焼く怪光線。桜は構わず突進し、敵の横っ腹にハンマーの鉄球を叩き付ける。衝撃に撓み、潰れる腹部。2度に渡る攻撃で大分打撃を与えたはずだが、敵は怯んだ様子を見せない。
「2匹目のSW!」
「やっぱりいたか! まずは手負いの一匹目を‥‥」
瞬間、能力者たちは脳裏に火花が散るのを幻視する。直後、締め付ける様な、或いは叩き割る様な頭痛が全員を襲った。
砂丘の中から姿を現した輸送用地上ワーム、通称『箱持ち』が妨害用ワームCW(キューブワーム)を3機、解き放ったのだ。CWはそのまま宙をたゆたいながら、砂丘の間へ隠れるように移動していく。
伏兵はそれだけに止まらなかった。砂丘とは反対側の何も無い砂原の下から、まるで砂浜の蟹かヤドカリの様に3機のHWが現れたのだ。あらかじめSWが『掘った』穴にHWが入り、上から砂をかけただけの‥‥単純な、だがそれだけに効果的な罠だった。
「南方、新手のHW3機出現!」
周囲の警戒に行動を割いていた那由他が即座に反転、能力を起動し、砲の防盾を背にして砲撃する。北から放たれる砲火がその盾を炙り焼く。
‥‥挟撃された。その上、CWの怪音波は能力者の力を低下させる。
「うぅ‥‥機が重い、砂が重い、頭が重い‥‥知覚攻撃まで重いぃ‥‥」
光線砲で応射するクリアだったが、CWの妨害により、威力を減衰させられた上に当たらない。敵の応射が計測器を吹き飛ばす。
車両直衛の愛華と覚羅は、挟撃の態勢を取られた直後、車両を庇う様に射線上に立ち塞がった。側方への後退を指示しながら、盾を構えて左右からの砲撃を受け凌ぐ愛華機。かわす事も出来ない覚羅機もまた、機の巨体と剣翼装甲『黒翼』を傾斜させて受け凌ぐ。
だが、敵の狙いはクリアの場合と同じく、機体でも車両でもなかった。砲火は愛華機と覚羅機の計測器を打ち倒した。
「いかん! 位置を見失う! SWを地中に逃がしてはいかん!」
計測機がなければ、地中からの攻撃は殆ど奇襲となる。回転させながら右から左へと回した鉄球でSWの横っ面をぶん殴った桜は、倒れ掛かってくるSWの巨体をかわし‥‥そのまま地中へと逃れる敵へ舌を打つ。
丁度、十字砲火に晒される形となっていた武流機は、AECを使用して弾幕を強引に突破した。地中に沈んでいくSW。地を蹴り、飛び蹴りに放たれた脚爪による『斬劇』は、しかし、砂虫の『尻尾』を斬り飛ばしただけで宙を切る。
「くそっ! この統率‥‥指揮官がいるのかっ!?」
酷い頭痛に顔をしかめながら、我斬が真スラスターライフルを砂丘目掛けて撃ち捲る。跳ね上がる砂柱、隠れる『箱なし』。砂丘のどこかに指揮官機が隠れていると踏んだのだが‥‥砂は思った以上に衝撃を拡散・吸収した。
「くっ‥‥愛華っ! 榴弾砲を持ってたな!? 座標を伝える。全部ぶち込め!」
「わぅ?」
焼け焦げ、穴だらけになった盾を捨て、四足を踏ん張った愛華機が言われるがままに榴弾を送り込んだ。砲弾は砂丘を越え着弾、爆発し、砂山の向こうで破片を撒き散らす。しかし、その一撃もまた、砂の小山を吹き飛ばすには足りなかった。HW4機も損害を受けつつ健在だ。
だが、立て続けに撃ち込まれた5発の榴弾に、3機のCWは耐えられなかった。
能力者たちの頭痛が嘘の様に消える。重い動きを強いられていた能力者たちは、鎖から放たれた猟犬の様に攻勢に転じた。
よしっ! と拳を握る我斬。「わぉん? 持って来て良かったかな?」と愛華がキョトンと小首を傾げた。
「こんなこともあろうかと!」
愛華は機の背から新たな計測器を取り出すと、それを地面へ突き立てた。残っていた我斬の計測器と共に改めてSWを補足する。
「覚羅より響機へ。龍深城機と共に十字砲火を形成します。支援射撃準備良し、座標どうぞ」
「了解。桜さん、左斜め45度、斜めに飛び出して来るよっ!」
ステップエアで避ける桜機を追う様にSWが飛び出してくる。砂を蹴り滑るように後退しながら咥えた鉄球を振る桜機に、ミミズの様に身を縮めて跳躍せんとするSW。距離を詰めながら照準を重ねた覚羅は射程に敵を捉えると、機を停止させ、砲口を直接照準から敵の前方へ振った。未来位置予測、弾道計算。予測される反撃はフェザー砲。砲口はこちらに向いていない──
「狙い撃たせて貰うよ‥‥そこだ!」
「ブレス・ノウ、Aファング同時起動、全弾叩き込んでやるぜ!」
覚羅の合図と共に、覚羅機と我斬機の銃撃と愛華機の帯電粒子加速砲が、今まさに桜機に飛びかからんとしたSWの横っ腹を吹き飛ばした。紙の様に千切れ飛ぶ肉片。傷口から血を、口から涎を、乾いた砂地に撒き散らしながら倒れるSW。そこへ桜機の鉄球が追い打ちに振り下ろされる。
一方、もう1匹のSW。その横を駆け抜ける武流機に胴部フェザー砲の光弾が追い縋る。その隙に反対側から接近したクリア機は、横合いに大きく振ったスパークワイヤーを鞭の様にその砲塔へ絡ませた。走る電撃。砲塔がポゥッ、と火花を散らして小爆発と共に沈黙する。
そのままピンとワイヤーを張るクリア。ワイヤにSWの巨体を拘束できる程の強度はない。クリアはそれを激しく動き回るSWへの導線とすると、地を蹴り、機の翼を大きく広げた。
「行くよ、スルト!」
咆哮するエンジン音と共に、砂原を飛び越え『抜刀』する。手に持つは練剣『白雪』。クリア機がそれを大きく振り被り──瞬間的に発振されたレーザー刀で、その身の半ばまでを断ち切った。
砲の破壊と同時に内懐へ飛び込んだ武流機もまた、必殺の連撃を繰り出していた。アクチュエータを起動しての滑らかな脚爪による回し蹴り。さらに後ろ回し蹴りへと繋げて、回転を止めずに両腕を振り仰ぎ──引き出した両剣翼を一連の動きで振り下ろす。
「ダブルソードウィング‥‥叩き斬る!」
武流機とクリア機の斬撃はほぼ同時。至近を左右から断ち割られたSWは、そのまま自らの重みで千切れてのたうち、沈黙する。
一方、砲火を集中させられたもう一匹も、既に断末魔を迎えていた。
それでも這う様に地中へと逃れようとするSW。超限界稼動を起動しようとした覚羅は‥‥突っ込んでいく我斬機を認めてそれを止めた。
振るわれる触手を剣の刃で斬り受け払い‥‥砂を滑りながら擲弾筒の砲口を顎へと突き入れ撃ち放つ。口中の力場を貫いたそれはSW内部で爆発し‥‥そのまま止めの一撃と化していた。
「しまった。いつもの様に突っ込んじまった‥‥」
我斬は一人、頭を振った。
HWの接近を防いでいた那由他とヴァレスの戦いも終幕を迎えていた。
127mm砲の釣瓶撃ちで、逃げるHWの進路上へ砲弾をばら撒く那由他。ヴァレス機がその爆煙を突き抜けて突進、C−0200の弾幕で以って穴だらけにした1機を擱坐、爆発させ、さらに別の1機に肉薄、反撃をクルリとかわしながら機杭で打ち貫く。
さらに逃げようとしたもう1機は‥‥那由他機の47mm砲と、エアステップで回り込んできた桜機によって潰された。全力で離脱を図った南側の3機は逃走したが、後に正規軍の航空戦力が発見、殲滅に成功する。SWを残していたら、こうは行かなかっただろう。なにせ地中に逃げられたらおしまいだ。
「うぅ‥‥しかし、暑いなぁ‥‥帰ったらシャワー浴びるんだ、ボク‥‥」
熱気の籠もった風防を開き、クリアは胸元を摘んでぱたぱたと風を送る。
桜は、案の定、砂塗れになった機体を見下ろしてむぅ、と唸る。
「なんにせよ、君達のお蔭で助かった。基地に帰ったらパスタを奢らせてくれ。良ければワインもつけるよ。なんならデートでも」
能力者たちに手を振る戦闘偵察車の乗員たち。軍曹が微笑と共に敬礼を送った。