タイトル:美咲センセと球技大会マスター:柏木雄馬

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/06/30 01:57

●オープニング本文


 某県の競合地域に程近い安定区域内にある『なかよし幼稚園』では、その日、園児たちによる球技大会が行われていた。
 もっとも、球技『大会』などとはいっても、大した規模のイベントをやっているわけではない。土日に園庭を開放して、保護者と一緒に全組参加で運動しよう、といった感じの催しものである。秋の運動会ほど手間隙は掛かっていないが、まぁ、どちらにしても園児たちにとっては遊びの延長にある楽しいイベントには違いない。
 競技は、「なるべくルールが単純なものを」という事でサッカーが選ばれた。勿論、ルールは極めて単純化し、待ち時間が長くならぬ様、試合時間は短く、回転を早く設定してある。組別対抗戦の形式をとってはいるが、当の園児たちにはあまり関係がないようで、勝った負けたにはあまり拘らない。ボールがセンターサークルに置かれた瞬間、ゴール前にキーパーを残して皆がボールに群がり、追いかけまわし、まるでピンボールの様にボールを弾いては、終了のホイッスルに「まだやりたいー」と言いながら引き上げてくる。やんちゃな子は笛にも気付かず(或いは無視して)ゴールを決めて、それに気付いた子供たちがずるい言いながらピッチに戻りわちゃくちゃになり‥‥挙句、一番盛り上がるのは分かりやすいPK戦だったりするのがまたなんとも。
 とまぁ、そんな感じで白熱(?)した試合は進み、遂に決勝戦を残すのみ。だが、お昼の時間になったのでとりあえずそれも後回しだ。
 グラウンドを引き上げ、ピッチの外にゴザとブルーシートを敷いた観覧席で、保護者と一緒にお弁当を食べる園児たち。空き時間を利用して先生たちがホースでお湿りの水を巻いたグラウンドに、イベントの護衛に雇われていた能力者たち──『なかよし幼稚園』はこれまで、イベントの度にネタキメラによる襲撃を受けていた──が、思い思いにストレッチをしながら三々五々集まってくる。当初の予定にはない事だったが、お昼ご飯の座興として、急遽、能力者によるエキシビジョンマッチが行われる事になったのだ。
「さぁ、我が愛しき園児たちよっ! これから私たちがホンモノのサッカーを見せてやるゼッ!」
 『なかよし幼稚園』の幼稚園教員、兼業能力者である橘美咲が、子供たちに向けて芝居がかった口調で語りかける。美咲の幼稚園の同僚で中学時代からの親友でもある柊香奈は、「美咲ちゃん、ノリノリだぁ‥‥」と感心しながら、ピピピ、と咥えた笛を吹いた。香奈はこの試合の審判員を務める事になっていた。
「ん? なに?」
「なにじゃなくて‥‥美咲ちゃん、その背中のは何?」
 ジト目で言いながら、美咲が背負った得物に指を差す。エンジ色のジャージにスニーカー、白い運動着を着た美咲は、背中に大剣を背負っていた。
「‥‥‥‥ほら、得物で触ればハンドじゃないし」
「そもそもそんなもの持ち込むのが反則です」
「ぶー。そんな反則ありませんー。今大会のルールは、『キーパー以外、ボールを手で触ってはいけない』、『他人に怪我をさせてはいけない』、『ボールを相手のゴールに入れたら1点。得点の多い方が勝ち』ってだけのはずー」
「くっ、また園児向けのルールを盾に、子供みたいな事を‥‥」
 だが、結局、美咲は「キメラの襲撃の可能性」を理由に強引に得物の持込を香奈に認めさせてしまった。「しょうがないなぁ、美咲ちゃんは」と苦笑する香奈。まぁ、いいか。エキシビジョンだし、美咲ちゃんなら無茶しないだろうし‥‥
 香奈のその判断は親友として間違ってはいなかったが、それがカオスを呼び込む事は容易に想像できてしかるべきだった。実際、その懸念を香奈は抱いていたが‥‥まぁ、いいか。エキシビジョンだし。と改めてスルーしてしまう。
 キックオフの笛と共に、美咲が綺麗なフォームでボールを蹴り出す。美しい弧を描いて飛ぶべきサッカーボールは‥‥美咲の、能力者の脚力に耐え切れずにパアァン、と見事に破裂して千々に千切れて空を舞った。
「むぅ‥‥」
 汗を一筋こめかみに垂らしながら唸った美咲は、きょろきょろと辺りを見回して、園庭の隅に転がっていたボールを拾ってくる。手に持ち、ポーンと放った美咲はふむ、と一つ頷いて。満足そうな表情で、それをセンターサークルに無造作に『落っことした』。
 ズンッ、と地にめり込むサッカーボール(?)。美咲が見つけてきたボールは、なんか、鉛でもつまっているのか、寄せ来る波に打ち込んでいれば必殺技でも出来てしまいそうなくらい重かった。
 再開の笛と共に蹴り出されたボールは、割れもせずにポーンと放られ、ドンッ、ドッ、ドドッ、ゴロゴロゴロゴロと『柔らか重たそう』に地を跳ねた。「よし、割れない!」と、能力者たちが拳を握る。
「うん、これ、もう、どうあがいても『ホンモノの』サッカーは見せられないよね‥‥」
 そんな光景をピッチの外から眺めながら‥‥香奈は眩しい蒼空を見上げつつ、微笑と共に目を細めた。

●参加者一覧

綾嶺・桜(ga3143
11歳・♀・PN
御影 柳樹(ga3326
27歳・♂・GD
葵 コハル(ga3897
21歳・♀・AA
響 愛華(ga4681
20歳・♀・JG
辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
流叶・デュノフガリオ(gb6275
17歳・♀・PN

●リプレイ本文

「梅雨入りを感じさせない、抜けるように爽やかな夏空の下、皆様いかがお過ごしでしょうか? ここ、なかよし幼稚園で行われる、能力者たちによるエキシビジョンマッチ。実況・解説は私、『今、軽く死に掛けてますが何か?』龍深城・我斬(ga8283)。ゲストには園長先生をお迎えしております。園長先生、今日はよろしくお願いします。‥‥私的には香奈先生の方が良かったのですがねぇ(ボソッと)」
「どうぞよろ‥‥、えぇ〜‥‥?」
「さぁ! 選手の紹介に参りましょう。『ち巫っ女』綾嶺・桜(ga3143)率いるパワーチームの内訳は、『無限胃ヌ袋』響 愛華(ga4681)、名無しのキーパー、『荒ぶるネタっ娘』阿野次 のもじ(ga5480)の4名。対するテクニックチームは、『ひかえめ平盛り』葵 コハル(ga3897)、『生真面目サッカーメン』辰巳 空(ga4698)、ご存知『大剣ノリノリ先生』橘美咲、『苗字変わってんぞ、この幸せ者め』流叶・デュノフガリオ(gb6275)、の4名となっております。‥‥さぁ、(俺的に)代理ゲストの園長先生。子供たちの決勝を前にした大事な一戦、どのような展開になると思われますか?」
「代‥‥ あー、なんかもう、キメラさえ出なければそれだけで‥‥」
「いつか起こるといいですね。そんな奇跡っ(はぁと)」
「うわーん!」

「何か好き放題に弄られてますよ? あなたの所の園長先生」
 スピーカーから聞こえてくるそのやりとりに気の毒そうに苦笑しながら、空は美咲を振り返った。いーの、いーの。あー見えて園長、結構打たれ強いから。そう言ってひらひらと手を振る美咲は、園児の一人に何事かを言付けていた。走り去る園児。空が小首を傾げてそれを見送る。
「まぁ、なんじゃ。キメラが出ない方が良いのに、出ないと戸惑うのは何故じゃろうな」
 そう言う桜の立ち姿は、体操着にブルマ姿。そんな桜を目の当たりにした『保護者』の愛華がフルフル身をわななかせる。
「ぜ、絶滅危惧種‥‥!? だ、ダメだよ、桜さん(ゴクリ)。せめてスパッツにしないかな!?」
 当の桜は気にした風もなく、見よう見まねでリフティング。右へ左へ跳ねるボールを追う桜。それを愛華がワタワタと追いかける。
「いーい、みんなー? これからやるサッカーは普通のサッカーと違うからぁ、みんなは絶対に真似しないでねぇー? コハルお姉さんとの、約束だよー?」
 観客席の前では、コハルが園児たちにそんな事を呼びかけていた。これから巻き起こるであろうフリーダムな展開を予想しての事だったが‥‥
「サッカーか。見た事しかないがなんとかなるじゃろ。どうせ普通のサッカーにはなりそうもないし」
「何点取られようが、コーナーポストに相手を全員磔にすれば、『逆転勝利だ!』とかなるんだっけ?」
 ‥‥などと物騒な台詞が聞こえてくる始末。何でまたこんな事に‥‥と、フリフリ日傘で炎天下を凌ぎつつ、流叶がぐったりと呟いた。
「‥‥まぁ、サッカーも元々はカオスな競技だったので、仕方ないかな、とは思います。ええ」
 苦笑いを浮かべながら自分に言い聞かせる様に呟く空。時計は無情にゲーム開始の時を告げ、集合を報せる香奈のホイッスルが園庭に鳴り響いた。


「わぅ〜ん! 今日は目一杯楽しんでいくんだよ〜!」
 ホイッスルと共に自陣からボール目掛けて猛ダッシュしていく愛華。尻尾をパタパタと全力全開で振りながら、砂塵を巻き上げ、躍動するように地を駆け、向かっていく。
 その激しいプレッシャーに曝された美咲はすぐにボールを空へと叩き、さらに移動して前進スペースを確保した流叶へと流れていく。素早く全体に視線を配り、ボールを前へと運び始める流叶。その眼前に桜が回り込んできた。
「ふっ! ちょこまか対決なら負けんのじゃ!」
「どうかな!」
 地を蹴り、ふんばり、小刻みなステップと切り返しで華麗に桜を抜き去る流叶。
「くっ‥‥じゃが!」
 抜き去られた瞬間、クルリと身を回し、再び『瞬天速』で再び前へ出る桜。30mの距離を稼いだ流叶は‥‥無造作に、その足元を閃かせた。
「こっちばかり、見ていて良いのか?」
「むっ!?」
 流叶の地を這うノールックパスがスペースへと放られる。走りこむコハル。ボールを追って流叶に迫っていた愛華が「わふぅ〜!?」と慌てて駆け戻る。
 『豪力発現』を発動し、すかさずシュート態勢に入ったコハルは、斜め後ろからなんかもう物凄い気合の入った姿勢でスライディングタックルを仕掛けてきたのもじに気付いて慌てて回避した。コハルの前へと回り(滑り)込んだのもじは、両の手に持った真紅のビート版をチャキン、と構えて立ち塞がる。
「おおっとぉ! ここでぺたん‥‥いや、すとん? ‥‥ああ、うん、そう、細身。細身系アイドル対決となったぁー!」
 スピーカーから大音声で流れる『細身』を強調する我斬の声。コハルのこめかみにピキキッと青筋が浮かび上がる。
「二年ぶりのアイドル対決というわけね‥‥いいわ、コハルちゃん、受けて立‥‥」
「クリムゾンバレットぉーっ!」
「まだ台詞の途中なのにっ!?」
 シュート態勢に入るコハル。『豪力発現』、そして『紅蓮衝撃』で真っ赤に染まったコハルが大きく脚を振り被り‥‥雄叫びと共に振りぬいた脚先がボールを捉え、ひしゃげさせ‥‥打ち抜かれたボールは、ゴールではなく真横へ飛んだ。そう。実況席の我斬へと。
 どひゅん。
 ボクサーのパンチの様に。的確に我斬の頬を捉えたボールが我斬の顔をひしゃげさせる。ぎゅるるると回転するボールは我斬を一撃で打ち倒し、そのまま大きく跳ね上がって元のゴール前へと戻っていく。
「ボールはまだ生きているっ!」
 いえ、死んです。我斬も。
 構わずゴール前へと走りこんだ美咲が背中の大剣を鞘ごと地面へ突き立て、それを踏み台に上へ跳ぶ。そこへ薙刀を構えた桜が走り来て、石突を地に突き立てて棒高跳びの要領で空に舞う。
「ふ、小さいからとてジャンプで負けるとは限らぬのじゃ!」
「どうでしょう」
「「なっ、なにぃ!?」」
 だが、そんな美咲や桜よりも高く宙に舞う者がいた。空だ。相手のゴールポストを駆け上がり、頂上から誰よりも高く(優雅に)大空へと舞い上がったのだ。
 大きく背を反らせた空が、ヘディングでボールを地面へ叩き落す。そこに走りこむはフリーのコハル。名無しのキーパーは体勢を崩している。
「クリムゾンっ、バレットぉー!」
「わおぉぉぉんっ!」
 撃ち放たれる紅蓮の高速弾。その弾道へ、間一髪間に走りこんだ愛華が振り被った大斧を叩き付ける。
 ズズン。蝿叩きの様に叩きつけられる大斧の平手打ち。
 ‥‥沈黙。
「えーと‥‥」
 愛華が斧を引きずり持ち上げる。斧の形にめり込んだ地面の底に、ボールが丸々埋まっていた。とことこと歩み寄った空が爪先でボールを蹴ろうとする。が、とっかかりも何もないので動きやしない。
 ガリッ、ガリッと、スパイクで周りの土を掘り始める能力者たち。ピピピと笛を吹きながら、スコップを持った香奈が走り寄ってきた。

「もう。得物でボールに触っちゃダメです。手の延長という事で、次からはハンドですからね」
「えー。能力者とは言え、生身で必殺シュート(文字通り)なんて受けたら、我斬くんにナッチャウヨ」
 ゲームはち巫っ女チームのスローインで再開された。コハルが我斬を『狙撃』(?!)した際にボールがラインを割っていたからだ。
 桜から放られたボールをポン、と胸でトラップする愛華。わんこマークのワッペンの上でボールが跳ねる。
「おおっと、さすがは愛華選手、衝突安全ボディによる見事なトラップ、ぽよん、です。ぽよん! 『細身』ではこうはいきません。『細身』では!」
 復活の我斬。てこてことライン際(実況席前)を走り来たコハルがニッコリ我斬を振り返る。
「わざとじゃないよ?」
「はい、すんません(ガクガクブルブル)」
 ボールを受け取ったのもじの前に、走り寄る空。のもじは無造作にボールを踏み止めると、ふっふっふっ、と不敵に笑った。
「我が能力者形態を超えた真なる究極覚醒による華麗なフェイント、主らにかわしきれるかな?」
 くわっ、と目を見開くのもじ。覚醒時のひゅんひゅんオーラが瞬く間に限界を突破する。そして‥‥!
「ニュア」
「えーと‥‥」
 何かが取り付いたかのように不気味な笑みを浮かべるのもじ。なんか凄く人っぽくない、なまものっぽい動きで、ライン際をドリブルで駆け上がる。‥‥なんかもう、アイドルとして勝つ気はないようだ。
「なっ、なんなんですか、この動きは‥‥!?」
 守り手である空は完全に虚をつかれた。だって、人っぽくないんだもの。
「あっ、あれはのもじ48の殺人技の一つ、『猫まっしぐら』!」
「葵、知っているのか!?」
「んーん。適当に言っただけ」
「畜生!」
 悪態を吐きながら、キーパーとして(キーパーだったのだ)すぐさまゴール前へと駆け戻る流叶。ほぼ同時に正面から桜と愛華の二人も攻め上がって来る。
「猫キック!」
 何か後ろ足で器用にセンタリングを上げるのもじ。ポーンと二人の間に上がったボールに、愛華と桜が視線を交わして頷き合う。
「どちらが蹴る‥‥まさか、全国の小学生が真似をしようとして悉く失敗したという、伝説の‥‥!」
 驚愕する流叶。右と左、同時に蹴り出されて不規則な回転を与えられたボールは、不規則な変化でブレ始め‥‥
「ああ、やっぱり!」
 早めにコースを塞いでいた流叶が辛うじてボールを弾く。だが、いつの間にか走り寄っていたのもじが猫キック(with荒ぶるのもじのポーズ)でこぼれ玉を押し込んだ。


 先制点を叩き出した桜たちではあったが、その後、試合は美咲たちの一方的なペースで進んだ。
「相手は速いよ! 速攻やカウンターに注意して!」
 前線で待つコハルの言葉を実践し、攻撃の出始めで芽を摘む美咲たち。特に、中盤に入った空は素早いプレスでのもじ(苦手)へ続くパスを断ち切った。相手の呼吸や筋肉の動き、動作の連続性から僅かな隙を見出し、相手が反応するより早く『先手必勝』で先手を取る。
 『瞬速縮地』による飛び出し、円を基調にした素早いフェイント。空は、桜や愛華と並ぶスピードを持っていた。
「時の向こう側は‥‥見えましたか?」
 引き付け、誰より早く前線へとパスを出す空。ああ、ありがとうございます、桜さん。人の動きでいてくれて‥‥
 そして、コハルと美咲、『美咲ンズ』が誇るパワーフォワード2人は『紅蓮衝撃』を纏った必殺シュートにより名無しのキーパーを悉く吹き飛ばした。
「強い‥‥! 連中、サッカー慣れしてるのじゃ‥‥!」
 後半も残り5分を切って1−2。このままでは決定機を掴めぬまま終わってしまう‥‥
「いいわよ? 全員攻撃に上がって。ボールは‥‥私が何とかする」
 ボロボロになった名無しに代わってキーパーの位置に入ったのもじが言う。
 攻め上がってくる美咲たち。攻撃の起点、ドリブルで上がってくる空を無視して上がる桜。空には、同じく『先手必勝』、『瞬速縮地』を持つ愛華が突っ込んだ。
「くっ‥‥入門してきましたか‥‥!」
 真上に跳ね上がるボール。それを見たのもじはきゅぴ〜んと目を光らせながら、「走れ!」と大きく叫んだ。
 両手首を合わせ、某必殺技な構えを取るのもじ。ボールが落ちる前に愛華が瞬速縮地ですり抜ける。
「かぁ〜〜‥‥」
「おーっと、のもじ選手、必殺技の体勢に入ったぁ! 出るのか? 出るのかー!? これは某20倍かめは‥‥」
「みぃ〜〜」
「み?」
「かぁ〜ぜぇ〜のぉ、獣ぅ!」
 どん、と両手を突き出すのもじ。お色気風味なファンファーレが鳴り響き、周囲に巨大な暴風と悲鳴とが巻き荒れる(注:表現に誇張が含まれます)。
 『真音獣斬』によって大きく飛ばされたボールは、そのまま相手ゴール前まで高々と舞い上がった。見上げて走る桜が愛華を振り返る。
「時間がない‥‥今こそあの業、もとい、あの技を使うときじゃ!」
 大きく頷き、大斧を肩越しに構えて膝をつく愛華。たんっ、と地を蹴った桜が両足で斧の平へ足を着く。
「いっけえぇぇぇぇぇっ!」
 攻城兵器の様に大きく振り上げられる大斧。打ち上げられた桜が斧を蹴って宙を舞う。
「でたあぁぁ! 大技、コンビプレイ! キメラの時を止めたと噂の超必殺技! ち巫っ女がボールへ向け空を舞う! 高い、高い、ポストを蹴る空の三角跳びも届かない! ぶつかる天井もないから思いっきり投げ飛ばしても大丈夫っ! ‥‥まぁ、着地の事を考えなければね。うん、大丈夫か、あれ?」
 我斬の心配を他所に、大空を舞う桜がクルリとその身を回転させる。超高空、急角度のオーバーヘッド。風と、体重と、魂とを込めたシュートが打ち下ろされる。
「この威力は‥‥手では受け切れない!」
 瞬時に判断したキーパー、流叶がクルリとその身を回転させる。渾身の後ろ回し蹴り。流叶の踵がボールを捉え‥‥
「そう簡単にはやら‥‥あぁぁぁぁ!?」
 シュートの威力に弾かれた流叶のカラダが独楽の様に回転する。地面に当たったボールは地を跳ね、ゴール上部のネット(落下桜付き)を突き破って高々と舞い上がった。


「まぁ、こんなとこでしょう。時間はないし、決め手にも欠けますし、このまま引き分けで終わりそうです」
 園庭の時計を見て呟く空。だが、ただ一人、勝負を諦めてない者がいた。
「今だ、まーくん(3代目)!」
 美咲の合図と共に、水道の栓が捻られる。放置されていたおしめりのホースが水を巻きながら暴れ回り、ライン際周辺をスケスケパラダイスへと変貌させる。
 混乱。ただ一人、シャツの下に水着を着ていた美咲がドリブルで駆け上がり、相棒(地に突き立てたままの大剣)とのワンツーで一気にゴール前へと肉薄する。
「喰らえ、な○かつ! これが俺のネオ(以下自重)」
 ぶぅんと振り上げた脚がボールに叩きつけられて‥‥と、その直後、信じられない事が起こった。ボールから手足が生えて、美咲の蹴りを受け止めたのだ。
「‥‥えーと。‥‥ボール型の、キメラさん?」
 どうりで丈夫だと思った。散々蹴り飛ばされてきたボールはもうHPが残っておらず‥‥ハラリと一粒、涙を零して自爆した。

「‥‥日差しが痛い」
 日光と、舞い飛ぶ水と、煌く虹と、二つのアフロ。木陰の下でクルクル日陰を回す流叶がパタパタと手で仰ぐ。
「えー、持って来たボールは全て寄付しますんで‥‥元気を出してくださいね」
 結局キメラいたんかい、と体育座りで落ち込む園長とアフロな美咲(のもじ付き)を、空が一生懸命慰める。ずぶ濡れの桜と愛華。乾けば却って気持ち良いかもしれない。
「いやー大変面白い一時でした。では試合も終わった所で私はこれで。いえ、急がねばならぬ理由がありまして‥‥ああ、笑顔のコハルがこちらに近づいてきております。また機会があればお会いしましょう‥‥サヨナラ、サヨナラ。サヨナラ」