●リプレイ本文
新兵の108を抱えて『不時着』した鷹司機のすぐ側に機を変形降下させた寿 源次(
ga3427)は、負傷者の治療をすべく風防を開けてコクピットの淵に足をかけた瞬間、目前に展開されたその光景に思わずその身を強ばらせた。
「おいおい、ヤバいだろ‥‥よりにもよって‥‥」
なんでそんな所に落ちるのか。
まるで糸の切れた凧の様に。煙の尾を引きながらあっという間に高度を落としたHWは病院棟の屋上を直撃すると、壁面を半壊させながら瓦礫と共に沈み込んだ。轟音と共に舞い上がる粉塵の雲の山──掻き消されて聞こえぬ筈の悲鳴を源次は幻聴する。
すぐにでも現場に駆けつけようとした源次は、しかし、医師を呼ぶ鷹司の声にグッとその身を固まらせた。
「‥‥っ。サイエンティストだ! 負傷者は‥‥ッ!?」
超機械を手に、転がる様に負傷兵の元へと駆け急いだ源次は、だが、思わず声を詰まらせた。‥‥若者は重体だった。『練成治療』でこうにかできる傷じゃない。
「‥‥とにかく、動脈からの出血を抑える。血さえ止める事ができれば、或いは‥‥」
懸命に治療を続ける源次に「頼む」と言付けて、鷹司は、血に染まった身を立ち上がらせて周囲を見回した。巻き上がる轟音と旋風──不時着した鷹司機、そして源次機を守る様に、ミア・エルミナール(
ga0741)の竜牙『火竜』と五十嵐 八九十(
gb7911)のアヌビス『エクイリブリオ・ベオーネ』とが変形降下し、滑走してゆく。病院棟で瓦礫に埋もれていたHWはその砲身を避難民たちへ向け、威嚇の一撃を撃ち放つ。
「ちっ、まだ生きていたとはねっ!」
前進をかけていたミア機と八九十機が、装輪を滑らせ停止する。そこへさらに、有人機を守る様に降下してきた3機のHWが、事態の長期化を決定付けた。
「騒ぐな、落ち着け! 大丈夫、あたしたちがついている。絶対、撃たせやなんかしないから!」
パニックに陥りそうになる群集を落ち着かせにかかるミア。悠然と声を張りながら‥‥ミアは内心、嘆息紛れに呟いていた。
『大丈夫』だって? はッ。こっちが誰かに保障して貰いたいくらいだよ。新型の慣らし運転程度のつもりで出てきたら、こんな面倒な事になるとはね‥‥
「なんか‥‥ややこしい事になりましたね‥‥」
機が手にしたR−P1マシンガンの弾倉を交換しながら、八九十が足元の鷹司にそう声をかける。
「こうなると、状況が好転するまでどちらも下手に動けないでしょう。まぁ‥‥交渉云々は鷹司さんにお任せします。ややこしいのは苦手なんで。そん代わり、見張りは任しておいて下さい。微々たる変化も見逃さず、徹底的に観察しときますよ」
どことなく楽観的な口調で、八九十がコクピットから顔を出して見下ろしてくる。鷹司は困った様に後頭部をバリバリと掻き毟ると、コクピットの真横までよじ登り、指先でちょいちょいと顔を貸すよう八九十に言った。
「‥‥KVを前に出してその姿をバグアに見せつけろ。砲口は向けるな。下手に刺激して暴発されても厄介だ。プレッシャーを与え続けるだけでいい。こちらが優位だという事をヤツに認識させるんだ。‥‥それと、まだ降りてきていない味方機を外周に降下させて、気付かれないように地上から接近させろ」
いざという時は‥‥真剣な面持ちで言葉を切った鷹司の表情に、八九十は小さく頷いた。機体に降着姿勢を取らせ、鷹司から手渡された無線機を手にして地に降りる。
「それじゃあ、ひとっ走り行ってきます。‥‥ああ、新兵連中には帰投するように言っておきます。また焦って下手な動きでもされたら、厄介ですからね」
●
同刻。オグデン第5キャンプ病院棟、地下駐車場──
まるで大地震と見紛うような強烈な轟音と振動に、篝火・晶(
gb4973)はコンクリの床面へと打ち倒された。
悲鳴と絶叫──ひび割れる天井からコンクリ片が跳び舞う中、振り回されてぐらぐらと揺れる照明が地下駐車場を光と影とに染め上げる。
振動は地震よりはるかに短い時間で終息したが、人々は暫く身を起こすことが出来なかった。カラカラと音を立てて揺れる照明。倒れたまま周囲へ確認の視線を振った晶は、両腕に力を込めて、ゆっくりとその半身を起こした。
もうもうと立ち込める粉塵の霧。崩落した天井から崩れた巨大なコンクリの柱が、まるで積み木か何かの様に斜めに引っ掛かっている。揺れる電灯が砂塵に踊り──点灯している電灯は半分くらいか。上々だ。少なくとも電気は死んでいない‥‥
「‥‥っ。いったい何が起こりやがったんだ‥‥?」
頭を振りながら身を起こすダン。どこか呆然としていることを、晶は自覚した。しっかりしろ、と頭を振る。その顔のすぐ横を、野球のボール大の瓦礫がガラン、と落ちていった。気づいた時にはもう床の上。視線を落とした晶が我知らずぞっとする。
「はっ‥‥!? みんな、大丈夫!? ユミィさんとか、マリアちゃんとか‥‥ちゃんといる!?」
慌てた様子の若い女の声を耳にして、晶はふと顔を上げた。視線の先──ペタリと床にへたり込んだ姿勢のまま、綾嶺・桜(
ga3143)をその胸に掻き抱いた響 愛華(
ga4681)が、必死に首を振って知人の名を呼び続ける。愛華の胸に埋もれた桜がバタバタと暴れる中、粉塵の向こうから患者の少女、マリアがその姿を表し──泣きじゃくるマリアを愛華は一緒に抱き締める。
その光景を目の当たりにした晶は、大きく息を吐いて自らを落ち着かせた。落とした視線の先、看護服の胸部に縫われた『赤い十字に蒲公英』──それは、ダンやアイナが属する医療支援団体『ダンデライオン財団』の徽章だった。‥‥そうだ。臨時雇いのアルバイトとはいえ、自分は今、この病院の看護師だ。
「みんな、無事!? 無事なスタッフは負傷者の救助を。アイナ先生、アイナ先生! 無事ですか? 治療の指揮をお願いします。それから、手の空いてる野郎共! 男手がいる。治療が終わったら、院内に残った医療資機材を拾いに行くよ。ついといで!」
顔を上げ、救急救命セットを手に立ち上がる晶。テキパキと指示を飛ばしつつ、自らも治療の為に負傷者たちの間へ飛び込んでいく。
その様子を見ていたダンは、やれやれ、皆、元気なことだ、と満足そうに苦笑しつつ‥‥患者衣のまま立ち上がった。視線の先には、上階へと続く階段が一つ。運良く、崩れる事だけは避けられたようだった。
「‥‥さて。上の様子を見にいかんとな」
「それは、わしらの、役目、なのじゃ。ぜい、ぜい‥‥」
真っ赤な顔をして荒い息を吐く桜──愛華のハグから逃れ出たのだ──が、釘を差す様にダンにそう言った。自分の車の荷台から、自らのエネルギーキャノンと桜の薙刀を取り出した愛華もぷんぷんと怒ったような顔を見せる。
「ダンさん。あの時みたいに、無謀な事はしちゃダメだよ? 今度は許さないからね」
「ハハッ。それが必要な事であれば、また幾らでも無茶はするさ」
「ふむ。ならば今回は必要ないの。上へはわしと天然(略)犬娘の二人で行くのじゃからの」
自らに倍する長さの薙刀をドンと地に突き、立ち塞がって見せる桜。ダンは降参したように両手の平を二人に見せた。
「了解、了解。上は二人に任せるよ。実際、やらなきゃならん事は山ほどあるしな」
そう言って、駐車場の車へ歩み寄るダン。患者衣の下から取り出した大型拳銃のグリップで、車の運転席の窓を端から叩き割っていく。
そんなダンの様子にとりあえず安心した愛華と桜は、顔を見合わせて頷くと、得物を手に階段を上へと上がっていった。
2階の廊下は、ナースセンターより先で完全に瓦礫に押し潰されていた。足を止め、桜の肩をポンと叩いた愛華が、潰れた廊下の先を手信号で指し示す。瓦礫の山に埋もれるように、HWの尻が突っ込んでいるのが見て取れた。
「なるほどの。そういう事じゃったか。かすり傷程度で無理矢理お主に病院まで連れて来られたが‥‥こうなると、わしら(能力者)がここにいるのは、不幸中の幸いというか‥‥まぁ、微妙なとこじゃが」
目の前の光景と、有人機の要求とで状況を察した桜は、やれやれといったように肩を竦めた。
さらに階段を上へと上がる。
4階。廊下の先、完全に天井が崩壊した『青空病棟』の只中に、瓦礫に埋もれたHWの上部を確認する。上空には三角隊形を組んだ護衛機3機。外には、半包囲するように広がった傭兵たちの4機のKVと、人質に取られたと思しき避難民の集団が見て取れた。
「KV隊は‥‥病院に生き残りがいる事には、気づいておらぬじゃろうの。はてさて、どうしたものか‥‥」
階段前まで戻り、腕を組んでうーんと悩む桜。その袖を、愛華が慌てた様に引っ張った。
「さ、桜さん、あ、あれ‥‥っ!」
慌てふためく愛華に頭をつかまれ、グリンと外へと向けられる桜。その先に、HWへ向け瓦礫の山をよじ登るピンクの看護服が鮮やかに見えていた。
●
「‥‥ホーク、ホーク、こちら美空。配置についたのであります。交渉開始どうぞなのであります」
瓦礫の陰に愛機、破曉『阿修羅・聖堂騎士団』の姿を隠しながら、美空(
gb1906)は小声でそう無線機に報告した。
狙撃砲D−02を膝射姿勢で構えさせつつ、コンソールを操作して気象情報を再取得する。レティクル──照準器の向こうには、瓦礫に埋もれ煙を上げる敵有人機の姿が映っていた。
「‥‥害虫は、駆除するだけなのでありますよ」
ぽそりと呟く。たとえ人質を取られようとも、バグアを生きてこの場から返す道理は美空にはない。バグアは──美空にとって、不倶戴天の敵である。例え、この偶然に偶然を重ねた想定外の現状であっても、美空のスタンスにはなんら影響を与えない。
「美空。強攻策は最後の手段ですよ。交渉を進めながら状況を確認しつつ‥‥戦闘を起こさずに場を収める。それがベストですからね?」
美空の呟きに不穏なものを感じたのであろう。隣りの廃ビルの陰に伏せたS−01HSC『ゼピュロス』のパイロット、リヒト・グラオベン(
ga2826)が釘を差す。機に可能な限りの伏射姿勢を取らせて隠れるリヒト機の両腕には、二脚で支えられたロングレンジライフルと電磁加速砲──二人とも、八九十の連絡を受けて敵に気付かれぬよう伏兵した狙撃手だった。
「わかっておりますよ、リヒトさん。正攻法で事を成し得る段階は過ぎてしまった事は。それがたとえどんなに迂遠な方法であったとしても‥‥次善の策を取らねばならぬ事も承知しているのでありますよ」
リヒトは美空機が隠れる辺りに、心配そうな視線をやった。美空は照準器の向こうの敵を睨み据えつつ‥‥気象データの手動取得を繰り返した。
「‥‥さて、どうしたものさ。果報は寝て待て‥‥ともいかないさぁ‥‥」
援軍として到着した御影 柳樹(
ga3326)は、DH−201A『グリフォン』をゆっくりと前進させながら、困った様に呟いていた。
敵から400mの地点でホバーを止め、ピタリとその足を止める。銃口は全て下。鷹司のいう『プレッシャーをかけるために』前進してきた、4機目のKVである。
風防を開けて立ち上がった柳樹は、広々と開けた病院前の空間をまざまざと眺めやりながら、擱坐したHWが埋もれる病院棟を眺めやった。敵の動きを見る限り、近場に脅威を感じている様子は見られない。あの病院には知り合いが入院しているはずだが、はたして無事でいるだろうか‥‥? あの百戦錬磨のダンの事。きっと避難は済ませていたに違いないとは思うのだが。
「ともあれ、この現状は何とかせんとまずかろう。‥‥このまま居座られても、どちらにも何ら得は無い。このままあれがいなくなってくれるのであれば、双方、痛み分けで終わるわけだしな」
自機、KM−S2『スピリットゴースト』を一度見上げて、源次が徒歩で敵有人機の方へと歩き出す。このどうしようもない泥沼な事態を打開する為、丸腰で交渉に向かったのだ。
「バグアだって、こうも至近で敵に囲まれて動けない状況というのは怖くて仕方がないはずなんだ。でなければわざわざ人質まで取ろうとしない。決して相手の提案にNoと言うな。緊張状態の相手は一触即発、何をするか分からんからな。だが、無条件に相手の提案を呑むのもダメだ。足元を見られてズルズルとペースを持っていかれるぞ」
そうなれば、相手はこちらが妥協できるラインを容易く越えてくる。そうなったら、もう強攻策を採るしか道はない。
鷹司の言葉に頷きながら、源次は徒歩での前進を開始した。ちょうど彼我の中間辺りで歩を止め、拡声器で呼びかける。単体の、生身の人間一人に脅威を感じなかったのか‥‥或いは、この交渉を見越していたのか、バグアは移動を止めなかった。
「交渉人の寿源次だ。君を助ける為に来た」
休戦交渉を始める源次を照準器越しに見遣りながら、リヒトは固唾を飲んで交渉の行方を見守った。この話し合い如何で、百人以上の人間の運命が決まるのだ。美空は黙って見守っている。
「こう言っちゃあなんだが‥‥互いに面倒な事態になっちまったな。ここらでこのこんがらかった状況を何とかしたいと思うんだが、どうだろう?」
「‥‥内容は」
僅かな沈黙の後、有人機のスピーカーが流暢な英語でそう返してきた。喰い付いてきた。表情には出さずに源次は心中で頷いた。
「君はここから離脱してホームへ帰る。自分たちはその邪魔をしない。どうだろう? お互い、命は差し出せない以上、双方利害は一致すると思うんだが」
「その条件は呑めない。市街地上空から離れた瞬間、私の身の安全を保証するものが何一つなくなる」
「では?」
「KVを置いてこの街から去れ。私はその全てを破壊した後、離脱する」
「わかった。君の提案は持ち帰って検討する。だが、こちらがそこまで譲歩する以上、そちらにも多少妥協してもらいたい」
「とは?」
「KVが破壊された後、君がこの場を離れるという保障がない。どうだろう。KVは置いて後退する。だが、それと一緒に人質も引き上げさせてくれ。これなら互いの懸念を同時に解消できると思うのだが‥‥」
「どうやら‥‥交渉は上手くいってないみたいさぁ‥‥」
「まぁ‥‥そうだろうよ。俺の妥協案では伏兵の懸念を拭えないからな。‥‥疑心暗鬼。基本、『立て籠もり犯』は『人質』を手放すはずはないんだ」
実際、この手の状況下では、粘り強く交渉して相手の信頼を獲得しつつ、自らの置かれた状況を冷静に認識させて投降を促していくわけだが‥‥まぁ、バグアに投降はありえない以上、素直にお帰り頂ければ御の字なのだが。
「ホーク、ホーク。こちら火竜。病院内に動きあり。敵HWの右下方向‥‥人影が動いている」
病院の様子を伺っていたミアからの通信に、鷹司と柳樹は双眼鏡とガンカメラを言われた方角へと向けた。よじよじと瓦礫をよじ登るピンクの人影。気付いた有人機が副砲をそちらに向ける。上り切った人影はパンパンと埃を払い‥‥ウルウルとした瞳でHWを振り返った。
「待って下さいっ! この病院にも重傷者や取り残された患者さんたちが! その救助もお願いします」
手を胸の前に組み、懇願するようにひざまづく看護服姿の阿野次 のもじ(
ga5480)。その本性を知る柳樹と鷹司の二人は、飲んでいた茶を思いっきり噴き出した。驚いた八九十が慌てて二人を振り返る。
「ど、どうしたんですか、二人とも!?」
「ぶほっ、ぶほっ、ごほっ‥‥あ、あれ、のっ、のもじさん!?」
「ピンクナース!? おいおい、一体何の冗談だ!?」
むせ返りながらも、二人はのもじの意図を見抜いていた。病院に、非戦闘員が残っている事と──その場に能力者がいる事をこちらに報せたのだ。
キャンプの子供たちの慰安に訪れていたのもじは、ナースのコスプレ姿でじゃじゃ〜んと子供たちが待つ病院内の簡易ステージに登場していたのだった。唐突にこの様な事態となって子供たちをダンに預けたのもじは、病院関係者に成りすまし、交渉役として現れたのだ。それが功を奏したのか、バグアはのもじが能力者だとは疑っていないようだった。‥‥まぁ、墜ちた足元に偶々能力者が4人もいるなどと考える方が奇特だろうが。
「今、ダンさんが皆を助けようと頑張っているんです。お願いです。病院に残された人たちを外に出させて下さい」
「おい、御影。ダンとは何者だ?」
「医療支援団体のMAT──車両班の機関員さぁ」
「ふん。なるほど、『車両班』ね‥‥」
敢えて外に出てきた以上、のもじには伝えたい事があるはずだった。二人はその一字一句を捉えて状況を推測し始めた。
「ホーク、ホーク、こちら火竜。また、病院に反応がある。2階部分、右端の窓だ」
再びミアから届いた報せに、双眼鏡を動かす鷹司。キラッ、キラッと光を反射する何か──それは、敵から隠れてどうにかこちらに存在を報せようとした桜と愛華が、シグナルミラーで送ってきた合図だった。ははっ、と小さく鷹司は笑みを零した。これで少なくとも3人の能力者が敵の足元にいる事になる。
「いや、どうやら4人、いるみたいさぁ」
柳樹の言葉に視界を振る。のもじに続いて、晶もまた敵前に姿を現していた。医療資機材を回収しに上階に来た際、バグアと交渉するのもじに気付いて出てきたのだ。
「彼女の言っている事は本当です。病院が崩落した事で、多くの負傷者が発生しているんです。すぐにでも他の医療施設へ移送する必要のある重症者もいます。‥‥事は一刻を争います。すぐに彼等を搬送させて下さい。‥‥人質には、私たちが残りますから」
少し、考える様な素振りを見せるた後、バグアがその提案に答えようとする。その直前、スピーカーから聞こえてくるピー、ピー、という電子音。何かを言いかけたバグアが、再び沈黙し‥‥これまでにない余裕に満ちた声音で、交渉人たちにこう言った。
「‥‥どうやら、状況が変わったようだ、人間たちよ。私を迎えに来る為に、HWの二個小隊がこちらに向かって来ている」
バグアのその言葉に、能力者たちは顔を見合わせてザワついた。表情には出さないものの、源次も内心で舌を打つ。
「さて、人間よ。こちらが出す条件は、『救出隊が到着するまで、現状を維持する事』だ。勿論、負傷者の移動も認めない」
交渉はその全てがご破算になった。こちらが戦力で優位に立っている。その前提が崩れたのだ。「持ち帰って検討する」。慎重に表情を消した源次は、そう答えるしかなかった。
「待ってくれ」
ミアが機外スピーカーで呼びかけた。
「避難民たちの中には、負傷者だってたくさんいるんだ。後送が出来ないというのなら、せめて治療と食事だけでも受けさせてやってくれ」
ミアはこの状態に陥ってからずっと機上から避難民たちを見守ってきた。それはパニックに陥り暴発するのを警戒しての事だったが‥‥彼女は避難民たちの怯え、励まし、苦しみ、耐えるその姿を最も『間近』で見ていたのだ。
「分かった。その場での治療は許可しよう。食事はもう少々我慢してくれたまえ」
鷹揚に、バグアはミアの提案を一部、受け入れた。
●
「おい、どうする。交渉の元となる状況が変わってしまったぞ?」
「こちらもだ。事態は最悪に推移しつつある」
悄然と憤然の中間位の勢いで戻って来た源次は、荒々しく自機のコクピットに無線機を放り投げる鷹司の姿に目を丸くした。背を向けたまま黙して語らぬ壮年傭兵に代わって、八九十が状況を説明する。
「‥‥西方司令部が、こちらに接近中の敵編隊に向けて、迎撃隊を発進させたんです」
「なんだって? そんな事をしたら‥‥」
「俺たちにも、早急にこのキャンプのバグアを排除するよう、命令が来ています」
そういう事だ、と声を荒げる鷹司。西方司令部は、このままユタに敵部隊が常駐するような事態は絶対に認めないという事らしい──たとえ、民間人にどれだけ被害を出そうとも。
「交渉による解決、という選択肢は失われた。交戦がバグアに知れれば、やけになった奴は容赦なく砲撃をぶち込むだろう」
「そうなる前に、こちらから奇襲をしかける、と? そんな事になったら、病院に取り残された人々は‥‥」
沈痛な面持ちで語る柳樹。せめて院内の能力者たちと連携が取れたなら‥‥
「ああ、その通りだ。だが、どうやって彼等に連絡をつける? 攻撃開始時刻は? 作戦は? 砲だけを狙い撃ちにしたとしても、奴等は自爆するんだぞ?」
「では、愛華。わしらは一度戻るが‥‥無理はするでないぞ?」
「うん。患者さんたちはよろしくね。私は‥‥のもじさんと晶さんだけを残していく訳にはいかないから」
院内に取り残されていた患者を引き連れた桜は、後ろ髪惹かれるような表情を一つ残して、地下目指して去っていった。
一人、残った愛華は、慎重に身を隠しながら、瓦礫の陰からHWを窺う。瓦礫の中の有人機。そのすぐ側に佇むのもじと晶。愛華は瓦礫の陰の奥に伏せると、光線砲をそっと伏射姿勢で構えて照準した姿勢で待機する。
地下へと辿り着いた桜は、患者をアイナに預けるとすぐに車を弄るダンの元へと向かった。ダンは車の運転席に潜り込み、配線を弄って一台一台、車にエンジンをかけて回っていた。
「外の状況は‥‥まぁ、聞いての通りじゃ。‥‥どうする? 墜ちたHWの背後に回るルートも見つけたが‥‥」
桜の報告に、ダンは顔を上げる事無く「そんなもん、放っておけ」とだけ返してきた。流石に桜もあきれ返る。
「放っておけ、って‥‥」
「軍の連中、強攻策に打って出るぞ。そうなったら、こんなチャチな地下駐車場、もつと思うか?」
無理な話だ。だったら、さっさと脱出の準備をするしかない。
「正直、俺はバグアや外の連中がどうなろうと知ったこっちゃないんだ。だが、ここの患者たちは、絶対に死なせない」
一方、バグアの元に『人質』として残ったのもじと晶は、周囲の状況の悪化に関わらず、比較的穏やかにバグアに対していた。
「バグアさんの方は、お怪我は大丈夫なのですか?」
沈黙を続けるバグアに向けて、小首を傾げたのもじが問いかける。返って来たのは、沈黙。恐らく、こちらが何を言っているのか、理解できていないのだろう。
「潰れてしまったとはいえ、ここは病院です。病院の中では、怪我人に敵も味方も関係ないんです」
少なくとも、ナイチンゲールという人は、クリミアでそう言っていたはずです。その晶の言葉にバグアは少し沈思したようだった。彼のヨリシロはナイチンゲールを知っていた。
「人類愛という奴か? 分からんな。我々バグアにはない概念だ」
「‥‥個人的な話をすればね。以前、オレム市から逃げ遅れた市民を逃がした時、貴方の同族は避難民を撃たずにいてくれたの。強いて言えばそれが、私が貴方を助けようという理由」
そう言うのもじの横顔にちらと視線をやった晶は、思いのほか真剣なのもじの表情に軽く目を瞠った。
●
第5キャンプの日が陰る。事態は膠着したまま、夕刻を迎えようとしていた。
注意深く機の無線機に耳を傾けていた柳樹は、軍の迎撃隊が目標を視認したという報告を聞いて、難しい表情で顔を上げた。
それを見たミアと八九十が、諦め顔で嘆息する。柳樹は無言で頭を振ると、機の風防を閉ざし、操縦桿に手を伸ばした。
「では、ボチボチ始めるとしようか」
暗い声で鷹司がそう告げると、源次がカウントダウンを開始する。5、4‥‥「頼むよ、新型ちゃんよ」、真新しい愛機のコンソールを撫でて、ミアが呟く。3、2‥‥目前に広がる光景、位置関係。柳樹が息を吐いて進攻ルートのイメージを脳内に繰り返す‥‥
「1、Now!」
号令と共に火を噴く源次機の200mm4連装カノン砲。不意を打たれた無人機の1機がまともに喰らい、その装甲をひしゃげさせる。思わず見上げるのもじと晶。その目前でHWが爆散して砕け散る。
同時に脚爪で地を蹴り、ブーストで突進を開始するミア機と柳樹機。その後ろを装輪で走る八九十機が続く。
四足を大きく後ろへ蹴り進んだ柳樹機はそのままステップエアを発動。全力で滑る様に避難民たちの前へ出た。
「人間共がっ‥‥?!」
「間に合え‥‥っ!」
瓦礫の中、夕闇を圧して、人々へと放たれるプロトン砲。砲口から射線を見極めた柳樹が、だが、ギリギリのタイミングで受け凌ぐ。前脚を交差させて牙盾を前へ出す柳樹。七色の光の奔流が砕けて周囲へ散り飛び‥‥融解した盾と左腕部とを吹き飛ばし、右腕部を灼熱の金属塊へと変えた。
避難民たちの目前で崩れ落ちる柳樹機。第二射を放とうとするHW。柳樹機は自らの機体を盾にそれを阻もうとするものの、守るべき避難民の集団は大きすぎる‥‥!
裏切りの攻撃を仕掛けてきた人類を罰するべく、再び光を放つプロトン砲。放たれた光の奔流は、しかし、避難民を直撃する事無く、その上空を切り裂き空へと消えた。スルリと走りこんだのもじが、HWの砲身を思いっきり『獣突』で蹴り上げたのだ。『獣突』といえど、重いHWを吹き飛ばす事はできない。だが、彼女の蹴りは数センチの誤差を生み‥‥それによって生じた数度のズレは、目標付近で大きなズレとなって大きく的を外したのだ。
「昨日の友は今日の敵‥‥哀しいけど、ここ、戦場なのよね」
「貴様ぁーっ!」
一仕事終えたのもじに向けられる副砲の砲口。それが光を発するより早く、背後から放たれた光線砲が撃ち貫いた。
「そんな事‥‥絶対にやらせないんだよ!」
「ワンコちゃん!」
笑顔で振り返る間もなく、カカカンッ、と打ち上げられる対人兵器。晶が階下へと身を転げさせ、愛華とのもじが慌てて『瞬速縮地』で離脱する。クルクルと宙を舞った対人兵器は上空で炸裂し、打ち下ろした対人散弾がコンクリの床や壁面を粉々に打ち砕いた。
「人質が離れたっ!」
副狙撃手兼観測手を務める美空の声に、リヒトが迷わず引鉄を引く。電磁力により加速させられた弾体が瞬時に彼我の距離を渡り、衝撃波と共に有人機の左舷装甲を撃ち貫いた。一瞬、遅れて吹き飛ぶ構造物と装甲板。片側のプロトン砲がひしゃげてあさっての方を向く。
「命中。ちょい左にずれた」
結果をリヒトに報告しながら、自らも狙撃砲を撃ち放つ美空。有人機を庇う様に立ち塞がった無人機がそれを受け止め、高速で放たれた徹甲弾に撃ち貫かれて小爆発を起こしながら、だが、射線上に立ち塞がる。
狙撃手の存在を知った敵が反撃のプロトン砲を撃ち放つ。それはリヒト機が隠れた廃ビルの上部を撃ち貫いて吹き飛ばし、下に瓦礫の雨を降らす。リヒトは動じず、淡々と右腕の電磁加速砲を装填しながら、無造作に左腕の狙撃砲を撃ち放った。直撃を受けた無人機が止めを刺され、射線上からよれていなくなる。
一方、地下の桜は、ハンドルを固定した車の運転席にハコ乗りしながら、つっかえ棒でアクセルを押し込み、固定した。咆哮を上げ、地下駐車場から出口へ突進を始めるセダン。それが外へと飛び出す寸前、桜がコロリと身を後ろへ倒して転がり降りる。
飛び出した車は、直後に無人機のフェザー砲に撃ち貫かれた。今じゃ、と叫ぶ桜の声に、反対側の出口から患者を満載した車両群が一斉に走り出す。慌てて砲口を向け直す無人機。そこへ、八九十の銃撃の援護を受けて突進してきたミア機が、瓦礫の山を駆け上がるようにしてその頂点から空へ舞う。
「喰らえ、『火竜』!」
地を蹴り、宙を舞ったミアの恐竜型機が、その角と牙とでその無人機の横腹に喰らいつく。そのまま病院棟の裏へと着地して、銜えた獲物を振り上げ、振り回し、叩き付ける。
「後はあの有人機だけ‥‥っ!」
瓦礫の山から這い出す愛華。だが、あの機体を撃破した時‥‥その爆炎から逃れる術は、自分たちには残っていない。
だが‥‥
「愛華ーっ!」
そこに届く親友の呼び声。桜を拾い上げたダンが、わざわざこちらへ回り込んでくれたのだ。激しく後輪を滑らせる四駆のルーフに、桜の小さな身体が大音声で友を呼ぶ。
「桜さん‥‥っ!」
その愛華の腰をガッと掴んで、晶が病院棟から飛び降りる。「はろー」と反対側に抱えられたのもじが愛華に手を振るのも一瞬。どかん、と3人を受け止めた四駆が一気に建物から離脱する。
直後、再び放たれるリヒトの加速砲。初撃の誤差を修正して放たれたその一撃は、狙い過たずに有人機の中心を直撃、貫通。瞬間的に小さく折れ曲がったそれは、直後に巨大な火の玉となって爆発し‥‥崩れ欠けた病院棟を完全に煉獄の底へと沈め落とした。
●
「おのれ、よくも‥‥人間共ォ!」
燃え盛る炎の真ん中に、立ち上がるバグアの姿。血に塗れ、全身を炎に包まれながら、怒りにその瞳を光らせるその人影に、ロシア戦時のバークレーを思い起こした能力者たちに戦慄が走る。
と、キャンプ上空へ進入してきたワームの機影が黄昏の空を切り裂いた。恐らく、軍の防空網をただ1機、突破してきたのだろう。陽の光を受け、青く輝くその三角錐は‥‥その機首の三連装砲で、焔に立つバグアをあっけなく撃ち貫いた。
「な‥‥!?」
「戦エヌ者ヲ盾ニスルナド‥‥貴様ハ戦士ノ面汚シダ‥‥」
瞬間的に炎に包まれ、今度こそ燃え尽きて散るバグア。鋭角的に空を駆けた三角錐は、呆気に取られる能力者たちをそのままに東の空へと消えていった‥‥
「多少心苦しいけど‥‥早々にここをずらかった方がいいかもね。長居すると、両軍の団体さんがお越しで大宴会になっちまう」
戦闘を終えた──或いはただの小休止かもしれないが──空を見上げて、ミアはポツリと呟いた。一連の戦闘に混乱するキャンプを横目に見遣りながら‥‥病院棟前の空き地を利用して大空へと跳躍、飛翔する。
息を引き取った新兵を抱えた鷹司は、その亡骸をダンへと託した。ダンは低空でブーストを焚いた機体の色を覚えていたが、それについては何も言わなかった。
「このキャンプを守ろうとして死んだ若者だ。愚かだったが‥‥勇敢だった」