●リプレイ本文
「まったく‥‥なんでまたわしがこのような格好を‥‥」
真っ白な全身タイツに身を包んだ綾嶺・桜(
ga3143)は、自らの鬼の扮装を見下ろして溜め息をついた。困った様に眉を寄せ、頬を赤く染めている。それをきょとんと見下ろしながら、響 愛華(
ga4681)は小首を傾げた。
「わぅ? 桜さん、このお仕事嫌だった?」
「む。嫌という事はないのじゃ。ただ、この格好が不本意なだけで‥‥まぁ、子供たちが喜ぶというのなら仕方ないが」
「わかった。照れてるんだね!」
「違うわっ! こっぱずかしいと言ってるのじゃ!」
顔を赤くして怒鳴る桜。そこへ、鬼がいたぞー、と叫びながら子供たちが駆け寄ってくる。
「わぅ〜。桜さんが大声を出すから見つかっちゃったんだよ〜」
「こら、待たんか、この天然貧乏犬娘!」
園児たちに追われて愛華たちが廊下を走る。その度にぽよんと揺れる愛華の胸。橙色の全身タイツはサイズが一回り小さかった。
その光景が不意打ちで視界に入り、『黒鬼』鏑木 硯(
ga0280)は慌ててその視線を逸らした。
油断した。野暮ったくて色気なんてどこにもないのに、どうしてこうもエロティックなのか、全身タイツ──っ!
「ほほう。ああいう分かりやすいエロスがお好みか、少年?」
え? と硯が振り返ると、いつの間にか金ピカ姿の九条・運(
ga4694)が立っていた。
「全身タイツといえど、ボディラインがはっきりと出る点では水着やレオタードと同じ。それでいながらあの野暮ったいデザインが生み出す着用者の恥じらい。それがそこはかとないエロスを醸し出すのだ!」
とうとうと語る運に、はぁ、と生返事を返す硯。ていうか、あなた俺と同年代でしたよね?
「だからだな。たとえ胸がなくとも、未早とか桜子とかの、こう背中から脚にかけてのラインがだな‥‥」
「ブラッディさんと桜さんは?」
「あれは上級者向けだ」
そんな解説を続けながら。運は、ほんのりと頬を染めて照れる硯に心臓の鼓動を一つ飛ばし‥‥はっと気付いて頭を振った。おいおい、いかんだろう。それは余りにもマニア向けだ‥‥
「‥‥えっと‥‥そういう事は本人の前で言わない方がいいですよ?」
「へ?」
そう言う硯の視線を追って運が後ろを振り返る。そこに桃色全身タイツに身を包んだ絢文 桜子(
ga6137)と、水色タイツ姿の水上・未早(
ga0049)が立っていた。
聞かれていた──っ!? 驚愕する運の顔が真っ赤に染まる。なんだかんだいってもまだ『男の子』だ。
困った様な、怒った様な、そんな複雑な表情を涙目で浮かべながら。耳まで真っ赤になった桜子がツツツ‥‥と扉の陰へ身を隠す。それを見ながら未早は小さく溜め息を吐いて‥‥半眼の視線を眼鏡越しに運へと向けた。
「‥‥セクハラですよ?」
「グハッ!?」
その冷たい声音に運が吐血(?)する。いつも微笑を絶やさぬ未早にそんな態度を取らせるとは‥‥運は自らの行為に恐怖した。
「鬼だー、ここにも鬼がいるぞー!」
4人に気付いた園児たちが集まってきて豆をぶつける。これはたまらない、と逃げ散る鬼たち。るるるーと涙を棚引かせながら、運がヒーローショーのノリで迎え撃った。
「よくここまで辿り着いたなチビッコ共。だが、それもここまでだ。我等『オニンガー』が返り討ちにしてくれる!」
「センセー。このお兄ちゃん、泣いてるよー」
‥‥とにもかくにも。この時点まで、幼稚園は概ね平和だった。
同時刻。園庭。
片隅に置かれた半球形の遊具。その頂点に開いた梯子付きの穴の中から、『緑鬼』、御影 柳樹(
ga3326)の頭がヌゥッと突き出された。
「‥‥‥‥誰も来ないさー‥‥」
温い冬の日差しに目を細め‥‥喧騒は遥かに遠く、ただ、園で飼っている鶏のコッコッコッ‥‥と鳴く声だけが聞こえてくる。
「‥‥緑鬼はここにいるさー」
緩やかに流れる時間。コケーッ、と一回、鶏が鳴いた。
さめざめと泣きながら、柳樹が頭を引っ込める。
‥‥ともかく、概ね平和だったのだ。
「子供かぁ‥‥ぎゃーぎゃー騒ぐし、ぴーぴー泣くし、めんどくせぇなぁ‥‥」
青鬼の扮装をしたブラッディ・ハウンド(
ga0089)は、人目につかない裏口付近をのんびりと歩いていた。
子供は苦手だ。幸い、かくれんぼという事だし、このまま本気で隠れ続けて‥‥と、そんな事を考えていると、いたぞー、という声と共に子供たちがわらわらと飛び出してきた。
「‥‥この俺を見つけるたぁ、やるじゃねぇか、がきんちょ共。こうなったら本気で相手してやらんとなぁ」
呟き、両手を大きく振り被って「がー!」とおどけた顔で追いかける。子供たちはキャッキャッとはしゃぎながら逃げ回り、豆をぶつけ、ブラッディは絶叫と共に地面を転がり回り‥‥
「豆鉄砲など効かぬわっ!」
という叫びと子供たちの泣き声が聞こえてきて、ブラッディはその身を強ばらせた。
子供たちが戸惑ったように顔を見合わせる。ブラッディはその場を動かないように言いつけると、廊下を渡って件の遊戯室へと飛び込んだ。部屋の中には先に駆けつけた未早と愛華と桜子と‥‥
そして、一目でキメラと分かる化け物が二体いた。
「またキメラ!? どうして‥‥っ!?」
愛華がキメラを睨みつける。でっぷりとした『福の神』と身を起こす『赤鬼』キメラ。園庭へと通じる引き戸の所で美咲が防戦して‥‥金棒の一撃にガードごと吹き飛ばされる。のっそりと侵入してくる赤鬼。美咲はその身を起こす前に、「子供たちを!」と叫んだ。
我に返り、ブラッディは室内で泣き叫ぶ園児たちを抱きかかえた。だが、子供たちは半狂乱になって抵抗する。
「こ、こら、暴れんなってぇ!」
「ダメです、ブラッディさん! 子供たちから見れば私たちも『鬼』なんですから!」
ハッと気付いた未早の声に、じゃあどうすんのさとブラッディが叫ぶ。がしゃあぁん、と窓を突き破って、柳樹が室内に飛び込んできたのはその時だった。
全身タイツの下に筋肉を漲らせた緑の鬼は、飛び込んでくるなり豆を掴んで握り締め、「豆パンチ!」と叫びながらその拳を赤鬼へと叩きつける。煌くフォースフィールド。ほぼ同時に、柳樹の腕の下を潜るように飛び込んだ愛華が鬼を『獣突』で吹き飛ばす。
「痛〜〜〜‥‥ ! じゃじゃ〜ん! 本当は人間と仲良くしたい鬼、参上さ〜!」
痛めた右手をプラプラと振りながら、柳樹が園児たちを振り返る。それだ! と、未早と愛華は顔を見合わせた。
「あのね、みんなが投げた豆パワーのお蔭で、私たちは『良い鬼』になれたんだよ〜」
出入り口に立ち塞がる柳樹を残し、室内へと戻った愛華が泣き叫ぶ子供たちの前で膝をつく。視線を合わせ、安心させるようににこぱぁと笑い‥‥
「ホントだよ〜。だからほら、今も悪い鬼が入って来ないように頑張っているんだよ〜」
立ち塞がる柳樹の背を指し示す。しゃくりあげながらも落ち着きを見せ始めた園児たち。その頭を愛華は撫でてやる。
「‥‥園児たちを追いかけ回したり連れ去ったりするには『悪い鬼』でいる方が都合がいいですね。豆をぶつけて貰えば、連れてきた子供を手放す理由付けも出来ますし‥‥とにかく、集めた子供の世話は先生たちに任せて、私たちは一刻も早く子供たちを保護しましょう」
未早の言葉に、愛華と桜子は頷いた。子供たちの事を考えれば、このハプニングはあくまでイベントの一環でなければならない。その為にはいち早く子供たちを『回収』する必要がある。
でなければキメラをいつまでも倒せない。子供たちに血生臭い場面を見せるわけにはいかないから‥‥
「美咲様には、子供たちの避難誘導をお願いします。私たちよりも子供たちが素直に言う事を聞くでしょうから」
ふんわりとした物腰とにっこりとした笑顔で、桜子が美咲と園長に頭を下げた。
「園内にいる子供たちは私たちが必ずお助けしますから‥‥お願いします。今は先生方が頼りなのです」
美咲は、自分の手でキメラに落とし前をつけれないのが不満そうだったが、桜子の言葉を是とし、園長を励ましながら事務室へと向かった。園内放送で先生たちに状況を報せれば、園児たちの集合も早く出来るかも知れない。
「さて、と。俺ぁ子供相手は苦手なんでね。殴り合いに行かせてもらわぁ」
よっこらせ、と、遊戯室の窓を乗り越えながら‥‥
「‥‥がきんちょ共を泣かせたことぉ‥‥後悔させてやんぜぇえ‥‥?」
ブラッディは園庭のキメラを睨みつけた。
「しっかりして下さい! 子供たちの安全は貴方たちが担っているんですよ!」
キメラの登場に呆然とする先生を叱咤して、硯は数人の子供たちと共に事務室へと向かわせた。その後姿を見送ってさらに園内を探索する。3人の園児を見つけ、女の子1人を泣かれるのも構わず抱き上げて‥‥ギィィン、と派手な金属音に、硯は園庭に目をやった。
既にキメラとの戦闘は始まっていた。だが、園児たちの避難が終わるまでは回避に専念せざるを得ず‥‥
「愛華さん、この子、お願いします。‥‥的になりに行ってきます」
通りかかった愛華に女の子を預け、硯は園庭へと飛び出していく。呆気にとられる愛華に、男の子2人が怒りの豆を投げつける。
「こらー、鬼めー。サッちゃんを放せー!」
手加減なく豆をぶつけてくる子供たち。愛華は女の子を抱えたまま、使命感に燃える男の子2人を引き連れながら事務室へと移動する。
「うう‥‥地味に痛いんだよ‥‥でも、頑張るんだよ〜」
半分涙目になりながら辿り着いた事務室では、柳樹が新たな設定を子供たちに聞かせていた。
「みんなは、人と仲良くなりたい鬼の話を知ってるかな? 僕等もそうさぁ。みんなと仲良くなりたいさ。でも、人と仲良くしちゃダメっていう悪い鬼もいるんさぁ」
それを小耳に挟みながら、愛華は先生たちに豆をぶつけられ、子供を放して退散していく。同様に『追い立てられた』未早に並び、状況を尋ねてみる。
「わう。子供たちの避難具合はどうなのかな?」
「近場の子供たちは殆ど。‥‥子供の行動力こそ最大の敵ですね」
「本当だよ〜。毎日相手をする先生たちは大変なんだよ〜」
ガッ!
叩きつけられた金棒が地面を抉る。それをひらりとかわしながら、桜は豆を思いっきり投げつけた。赤黒い肌に当たってパラパラと落ちる豆粒。「豆鉄砲など効かぬわ!」と赤鬼が吼える。
「ちっ、一々うるさい奴だ」
荒い息を吐きながら、運が血の混じった唾ごと吐き捨てた。回避に集中しているとはいえ、その全てを避け切る事は流石に出来ない。顔面に喰らうのだけは何とか避けながら──派手に血が飛ぶからだ──痣だらけの身を抱えて立ち上がる。
パァ‥‥と何か温かい気配に包まれて、身体の痛みが和らいだ。運は振り返りもせずに背後の桜子に礼を言う。
ギュッとスパークマシンαを握り締めた桜子が頷く。『練成治療』に使う練力も残り少なくなっていた。
「こやつ等を相手に避けるだけ、という戦い方はちとキツイの‥‥」
眉をひそめて桜が言う。防具無しでの戦闘。本来ならば短期決戦で潰したい所だ。だが、子供たちの目の前で血みどろの殲滅戦などするわけにはいかない‥‥
暴れまわる赤鬼。その後ろで福の神がきょろきょろと視線を動かし‥‥隣りの遊戯室へと目をつける。
「‥‥福は内!」
呟き、移動を開始する福の神。建物内に侵入する事が奴の思考ルーチンなのかもしれない。
「ブラッディ、運、福の神を頼むのじゃ! 奴を『上陸』させるでないぞ! なに、この攻撃バカなら、わし一人でも引き回せる!」
桜の言葉に、ブラッディと運は福の神の進路に立ち塞がる。それを見た福の神は手にした大袋の口を向け‥‥中から吹き出した冷気の奔流が二人に叩きつけられた。
「‥‥非物理範囲攻撃!?」
「てめぇ‥‥!」
どうやら福の神には風神も交じっていたらしい。どうあってもコイツの足を止めねばならなくなった。範囲攻撃など、子供たちを射程に捉えられたら防げるものではない。
だが、足止めを試みるも、福の神のでっぷりした体は衝撃を吸収し‥‥重い質量と高い防御力を活かしてごり押しする様はまるで重戦車だ。
「‥‥野郎!」
福の神がサッシに手をかける。手段を選んではいられないか、とブラッディが覚悟を決めた時‥‥一筋の電光が『屋内から』放たれた。
ドンッ、と大気を震わせる衝撃。たたらを踏んで後退する福の神の前に、スパークマシンを持った未早が姿を現した。
「お待たせしました。もう遠慮はいりません!」
高らかに避難の完了を宣言する未早。待ってましたとばかりに、戦闘班の目がギラついた。
「喰らえ! 必殺の『戴天神剣』!」
蛍火を抜いた運が福の神の腹部を切り裂き、ヴィアを手にしたブラッディがその腹を駆け上がる。
「腹がダメなら‥‥脂肪が無い所を狙うだけさぁね!」
目にも留まらぬ一撃が福の神の眉間に突き込まれる。福の神はその巨体を震わせながら、大地にその身を沈めていった。
「桜様、イアリスに『練成強化』をかけました。30秒間は威力が上がります」
「おう、ありがたいのじゃ! 頂くぞ、赤鬼!」
桜子の援護を受け、淡く光った両刃の直刀を手にした桜が地を駆ける。目の前の硯に気を取られた赤鬼の背後に回り込み、思い切りそれを背中から突き込む。雄叫びを上げて金棒を振るう赤鬼。それを避けて距離を取り‥‥そこを、桜子が狙っていた。
「止めです!」
閃光と轟音と。撃ち放たれた稲妻は赤鬼を強かに打ち据えて‥‥赤鬼は白目を剥いて、力なく地面へと倒れ伏した‥‥
悪い鬼を退治して晴れて良い鬼となった能力者たちは、子供たちと共にあった。関係各所がキメラを片付け、親御さんが子供たちを迎えに来るまで‥‥そして、お約束の事情聴取が済むまで、子供たちを退屈させない為だ。
「さて、怖い奴等もいなくなったし、俺も良い鬼になった事だぁし‥‥遊ぶか、がきんちょ共ぉ!」
キャッキャッと喜ぶ子供たちをブラッディが追いかける。
ヒーローごっこをする運に、本を読んで聞かせる未早。柳樹はジャングルジム代わりによじ登られ、硯は妙に女の子たちに人気がある。
そんな微笑ましい光景を眺めながら‥‥愛華は子供たちと一緒に残った豆をパクついていた。
「わふぅ〜♪ ポリポリポリ‥‥むふっ!? な、何も食べてないんふぁよ!?」
それを汗一筋と苦笑で眺めやり‥‥桜子は子供たちに向かい直った。
「‥‥えーと‥‥ええ、皆様の勇気が悪い鬼をやっつけたのです。元気一杯なのは素敵な事。でも、余りやんちゃな事をして先生方を困らせないようにするのですよ」
言ってから再び愛華を見る。その様子はとても幸せそうで‥‥桜子は苦笑しながら自らの口に豆を運んだ。
「しかし、こうも毎回時事ネタキメラに襲われるとはの。なんならお祓いでもするかの?」
そう言って落ち込む園長に料金表を手渡す桜。園長は半泣きになりながら、「お願いします」と呟いた。