タイトル:私のエミタさまマスター:川澄秀郷

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/07/05 12:55

●オープニング本文


 少女が彼女の存在を知ったのは、彼女の父の資料を見てしまったときだった。別に読む気はなかった。ただ、床に落ちたファイルを拾い集めた。そこに、彼女の写真がはさまれていた。
 エミタ・スチムソン。スチムソン博士の孫。元欧州軍士官にして、優秀な研究者、現バグアエースパイロット。
 それ以上の情報はなかった。しかし、少女はその写真に惹きこまれた。彼女は何とかしてエミタの事をもっと知りたいと思った。過去の大規模作戦時に録画されたニュース番組を探し当て、わずかな時間ながら戦闘映像を見ることができた。そこで見たのは、少女ですら分かるほどに卓越した戦闘技術。美しいまでの操縦で、シェイドを駈っていた。映像を見て、彼女は息を飲んだ。
 そして一つの事実にたどり着く。少女の父、ユーゼビアス・ヴェッティン搭乗のKVは、エミタ搭乗のシェイドによって撃墜されたのだと。
 少女の中に湧いた感情は、怒りではなかった。私のお父様を倒した女性。あのお父様を倒した女性。彼女の中には、奇妙な憧れが芽生え始めた。
 それ以来、少女、ユージェニー・ヴェッティンの頭の中は、エミタ・スチムソンのことばかりとなった。彼女への思慕だけが頭を占めていた。何故なのか、ユージェニーにも分からない。ただ、彼女の姿と、彼女の駆るシェイドの美しさだけが脳裏に焼きついた。
 彼女はその情報能力を発揮して世界中からエミタの情報を掻き集めた。こんなところでこの技術が役に立つとは思わなかった。そしてわかった。彼女は、今、この北米にいる。
 いかなければ。

●参加者一覧

水理 和奏(ga1500
13歳・♀・AA
如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
ハンナ・ルーベンス(ga5138
23歳・♀・ER
夜明・暁(ga9047
22歳・♀・DF

●リプレイ本文

 緑の草原がどこまでも波打っている。かつては広大な小麦畑であったのが、今では名も知れぬ草がはびこっている。畑を、かつての畑を貫いて、一本の道が伸びている。今では、ほとんど誰も通ることのない道。そこを、久方ぶりに一台の車が走っていた。
 ハンドルを握るのは、和服の、まだ若い女性。如月・由梨(ga1805)である。
「‥‥急がなくては」
 そういって草原の向こうを見つめるのは、修道女服のハンナ・ルーベンス(ga5138)である。
「強制的に連れ戻しても同じ事の繰り返しになっちゃうかも‥‥ユージェニーさんを心から動かしたい!」
 助手席で水理 和奏(ga1500)が意気込む。車に乗る一行は、皆同じ思いで肯いた。
「この道で大丈夫でしょうか。お母様の話では、南へ行ったということですけれども」
 もう一人の和服の女性、夜明・暁(ga9047)が確認する。
「この辺りは耕作放置されていて、草丈も高いです。馬とはいえ、歩きやすい道を選ぶでしょう」
 ハンドルを握る由梨が応える。
「この道は尾根線だからね。見通しも利くし」
 和奏は由梨から借りた双眼鏡を覗いている。
「それにしても、エミタ・スチムソン‥‥最初に会ったのはアジア決戦のときでしたか‥‥」
 由梨は、エミタとの邂逅を思い起こす。それは、よい記憶ではない。
「私には、ユージェニーさん、彼女の憧れが、エミタさんを模った虚無に思えてならないのです‥‥」
「ええ、とにかく、彼女のお話を聞いてあげないといけませんね」
 愁眉のハンナに、暁も若干焦りを見せる。
「見つけた!」
 双眼鏡を覗いている和奏が声をあげる。双眼鏡の向こう、谷沿いの道に、騎乗した少女の姿が見える。
「どちら? 距離は?」
「十時の方向。距離は‥‥一キロ切ってる。谷沿いの道。平行に進んでる」
 和奏の報告を受け、由梨は車のスピードを落とし始めた。次第に、ユージェニーの影が近くなる。向こうは軽早足の乗用馬である。次第に、傭兵達のジーザリオとユージェニーは距離を詰めていった。

 ユージェニーが馬を停める。愛馬の首筋を軽くなでて慰労する。ちょうど、今は誰もいない納屋があった。彼女は馬から降りると、納屋の脇にある水道の管に手綱を巻きつける。蛇口をひねると、澄明な水がほとばしった。馬に水を飲ませつつ、自身も帽子を脱いで、一息ついた。
「リシテア、もうすぐだね。もうすぐ、会えるわ。私のエミタさま」
 愛馬の首筋をなでつつ、彼女は遠くを見つめる。遠く、空の向こうを。
 エンジン音がする。丘の向こうから、一台の自動車がやってくる。なんだろうか、と見る間に車は速度を落とす。自分を連れ戻しにきたのだろうか。ユージェニーは身構えた。
 中から出てきたのは、和服の女性だった。見るも艶やかな、日本の伝統服。荒野に咲ける、大輪の花が、二輪。それから続いて、修道女、それに学生服を着た女の子があらわれる。ユージェニーはあっけにとられた。
「ごきげんよう、初めまして、ユージェニー・ヴェッティンさん‥‥」
 そう、微笑みながら、修道女が静かに挨拶する。
「はじめまして。夜明・暁です。お茶にしませんかぁ?」
 和服姿の女性が、微笑みながら茶葉の入った缶を見せる。
「僕は水理和奏。よろしくね!」
 セーラー服姿の、ユージェニーより若い彼女は、そういって握手を求める。
「は、はい‥‥よろしく、お願いします」
 彼女があっけにとられている間に、車からはキャンプ用品が運び出されていく。あっという間に、ティーパーティの会場がしつらえられた。

 暁が、持ってきたティーセットでお茶を淹れる。お茶菓子をトレイに並べていく。
「貴女方は‥‥お母様に言われてきたの?」
 ユージェニーは若干緊張しつつ、突然の来訪者達に問う。
「ええ、でもね。私達は、まず貴女にお話を伺いたいの」
 ハンナがにっこりと微笑む。ユージェニーの表情は、まだ堅い。
「お母様には伺いましたの。貴女の、エミタへの思いも。‥‥私の大切な人も、エミタ・スチムソンに墜とされたのよ。貴女のお父様と、同じく」
 由梨が淡々とした口調で話す。
「でしたら、わかるでしょう。私は、お父様を、あのお父様を墜としたという、エミタさまに会わなければいけないの。憧れなの」
「憧れ、ですか‥‥彼女に対して私は、そういう感情を抱くことはないのですけれど。貴女はそんな風に想っているのですね」
「私が‥‥おかしいのかしら」
 ユージェニーの言葉を、だが由梨は否定しはしない。
「いえ、そんなことはないわ。貴女は、あなたの想いでここまできたのですもの。それは、わかるわ」
「はい、お茶が入りましたよぉ」
 と、暁がお盆に茶碗を載せてやってくる。茶碗といっても、キャンプ用のステンレス製のものだが。
「わ、わわっ」
「だ、大丈夫ですか?」
 地面には別に何もないのだが、暁が身体のバランスを崩してしまう。ユージェニーがそれに驚いて手を差し出そうとする。
「あはは、大丈夫です。私、いつもどじ踏んで‥‥お茶は、無事ですから」
 そういってカップに入った紅茶を差し出す。
「ありがとうございます。ああ、いい香り」
 蘭のような華やかな香りがあたりに漂う。
「キーマン、お好きなのね」
 由梨がカップを手に微笑む。
「ええ。お父様が、よく欧州から送ってくださったの」
「ふふ、ユージェニーさん、やっと笑ってくださった」
「あ、その、うん、いえ」
 ハンナの指摘に、ユージェニーが顔を白黒してしまう。
「うんうん、笑っていたほうがいいよ」
 和奏もカップを手にしつつ笑みを見せた。
「それで、お話を聞かせてくれるかしら」
「ええ‥‥私、お父様が亡くなって。私、お父様を愛していたわ。でも、ある日、エミタさまの写真を見つけて‥‥お父様を墜としたのがエミタさまと知ったわ。あのお父様を、あのお父様を堕とすだなんて」
 ハンナが促すと、ユージェニーは話を続けた。
「私、想ったの。あのお父様を堕とすだなんて、どんなに、どんなにすごい方なのかしらって。それが、写真で見たあのエミタさまと知って。ああ、私は思ったわ。あの方なら、おかしくないって」
「そうでしたか。それで、エミタに会いたいと、思ったのね」
 由梨の言葉に、ユージェニーは肯いた。
「エミタさまの乗る機体の映像も見ることができましたの。思わず息を飲みました。華麗。その一言につきました。あの方が、この機体を駈っている。私、会わなければ、って思いましたの」
「うん。でも、バグアと接触できたとして、どうなってしまうか。彼らは、あなたをどうすると思う?」
 暁が、ユージェニーの言葉に、愁眉を見せる。
「どうするか‥‥なんて、でも、私は‥‥とにかく、いかないと」
「貴女も、バグアになってしまうかもしれないのよ」
 暁は、更に悲しそうな顔をして、ユージェニーを見据える。
「エミタさまと同じになれるのなら、いいわ」
「駄目よ、それはもう貴女ではなくなってしまうのよ」
 暁は思わず落涙した。
「それでも、あなたはエミタに会いたい。そうなのね」
 由梨の言葉に、ユージェニーは黙って、だか弱弱しく、肯いた。しばし、沈黙が流れた。
「お菓子、いただきましょう。みんな、おなかすいたんじゃないかしら?」
「僕も手伝うよ!」
 暁が、微笑を浮かべて、提案する。和奏も手伝って、お菓子を並べ始めた。

 やがて、日が西に傾ぐ。辺りは茜色の夕日に染められていく。傭兵一行は納屋の中にキャンプを張り始める。ユージェニーも、何とはなしに流されるまま、それを手伝ったりした。
 やがて夜になる。五人で静かな夕食を取る。午後の間、ユージェニーからぽつぽつと話を引き出せたが、まだ翻意というには決定打がなかった。
 暁がぽつぽつと語る。
「ユージェニーさん、貴女がこのままエミタの下へ行ったとして‥‥残されたお母様はどうなってしまうと、お考えなの?」
「母は‥‥もういいんです。仕事ばかりで、ろくに家にもいないような人」
「そうなの、そう思っていらっしゃるのね」
 暁は辛そうな顔をする。
「でも、ご家族はお母様だけなのでしょう? そんな、そう、ユージェニーさんは、寂しくないの?」
 由梨がやはり辛そうな顔で尋ねる。
「寂しいけれど‥‥でも、いえ、だから、私は行きたいの。行かせて欲しいの」
 そう語るユージェニーの、だが肩は力なく落ちている。
 また、沈黙が流れることしばし。和奏が、沈黙を破る。
「あのね‥‥僕も好きなお姉さんがいるの! この写真に一緒に写ってるお姉さんで‥‥」
 和奏が写真を見せつつ、切ない表情をする。
「今は遠くにいて会えなくて‥‥飛んでいって会いたいくらい寂しくて‥‥愛してるっ‥‥なので僕、同じ様な感じのユージェニーさんに共感しちゃってる‥‥」
 和奏がユージェニーの手を取って見つめる。
「僕はハンナお姉さんの妹的存在で、さらに二人共ドロームのミユ社長の妹的存在で、実妹でバグアのリリアを取り戻すために戦ってるけれど、同時に、エミタを取り戻す事だって頑張れるから‥‥! 何より、同じ様に年上のお姉さんに惹かれてるって他人事とは思えなくて‥‥」
「うん‥‥わかってくれるんだ。誰も、わかってくれないと思ってた。だって、私、お父様を殺されているのに、変だよね」
 ユージェニーが俯いた。彼女の目から涙が溢れた。少し待って、ハンナも口を開いた。
「何故私がこの依頼を受けたのか‥‥お話します‥‥」
 ランタンの明かりがハンナの横顔を照らす。
「『私も貴女を実の妹のように思っている』そういってくれた、バグア北米司令官リリア・ベルナールをバグアの手から取り戻すための、私の戦い。どんなに僅かな望みであっても、諦めない誓い。‥‥だからこそ」
 ハンナはユージェニーを見つめる。
「死に魅入られ、エミタさんを模った虚無に駆られる貴女を見逃せなかったのです‥‥この誘惑を断ち切って、初めて貴女は向き合うことができる‥‥貴女の心のエミタさんに」
「私の‥‥心の?」
「ええ」
「私‥‥でも、こうしていても、心の中にはあの方の姿ばかりが浮かぶのよ。私、自分の心を見つめれば見つめるほど、あの方への想いばかり募るの。それも、虚無なの?」
 ユージェニーが俯く。
「貴女の心が偽りなどとはいっていないのよ。あなたの心は本物よ」
 ハンナが彼女の肩に手を乗せる。
「泣かないで、ユージェニーさん」
 和奏が彼女にすがりつく。頬を伝う涙をぬぐう。ユージェニーは肩を大きく震わせる。
「‥‥そうだ! 一緒にユージェニーさんもハンナお姉さんの妹になろう!」
「え‥‥ハンナ、さんの?」
 予想外の提案に、ユージェニーは涙を拭くのも忘れて、きょとんとする。
「うん‥‥だから‥‥」
 和奏も肩を震わせる。
「だから‥‥行かないで!」
 和奏はユージェニーに抱きつく。
「今行ったらバグアに捕まっちゃう‥‥そんなの嫌だよ‥‥」
 そういって和奏は嗚咽を漏らす。ユージェニーの上着が涙で濡れる。ユージェニーの瞳にも、再び涙が零れてゆく。
「和奏‥‥さん。ハンナ‥‥さん」
 ハンナは、無言で微笑んだ。微笑んで、ユージェニーの頬を伝う涙をぬぐう。
「もしも会いたいというのでしたら、一つ。方法はありますよ」
 由梨が、曖昧な表情で切り出す。
「能力者になる検査は受けたこと、ありますか?」
「いえ‥‥ないです。お父様が‥‥避けさせていたようなのですけれど」
 由梨は、戦場へ送り出すことを苦としつつも、その道を勧めた。
「戦場にいれば、いつかきっと会えるはずです」
「戦場‥‥」
 ユージェニーがつぶやく。その言葉に、顔を明るくするものはいない。
「お茶‥‥淹れますね。泣いたら、のど乾きますでしょう?」
「暁さん、泣いたらのどが渇くなんて、あんまり聞いたことないわ」
 暁の言葉に由梨が、少し笑いを交えて応える。
「いえ、その、泣いたら水分使うからのどが渇くかな、なんて‥‥あまり、いいませんよね」
「ふふ、でも一応理にはかなっていますね。お茶は、いただきましょう。ね?」
 ハンナも、その表情に笑みを取り戻して、ユージェニーに訊ねる。ユージェニーも、いくらか表情をほころばせて、それに応じた。

 朝の陽光が開け放たれた納屋の扉から降り注ぐ。今となっては手入れするもののいない、かつての麦畑が緑に輝く。それを眺める少女の顔も、やはり陽光に輝かしく見えた。
「決めました、私」
 空の彼方を振り仰ぐユージェニー。傭兵達は、彼女の言葉を待った。
「私‥‥エミタさまに、戦場で会います」
 彼女の瞳に迷いはなかった。
「戦うのは怖いです、でも、私‥‥本当の心を確かめたいの。私の」
「ユージェニーさん」
 ハンナが彼女の手を取った。
「貴女の行く道に祝福を。そして、貴女の心を見つけてください」
 続いて、由梨が代わりに手を取る。
「貴女を戦場に行かせることが果たしてよかったのか‥‥でも、貴女を信じます」
「ユージェニーさん」
 和奏が手を取る。
「僕たちきっとよい友達になれるよ!」
「うん、ありがとう。手紙、書きますね」
 最後に、暁が手を取った。
「いつか、またいっしょにお茶をしましょうね」
「はい」
 満面の笑みを見せる暁に、ユージェニーも笑みを見せる。
「私、よかったわ。貴女達に会えて。私、生きたい。そう、思えるもの。生きて、いつか、本当にエミタさまに会うの」
 草原を風が吹く。ユージェニーの髪を揺らす。ユージェニーの瞳から、一滴の涙が零れた。それは、決別の涙。和奏が彼女に抱きついた。和奏は踊るように、一周した。互いに、笑みを見せる。明日は戦いになるかもしれない。だが――それはまだ明日の話。今日はまだ、互いに笑いあえればいい。