●リプレイ本文
少女は移動艇から外を眺める。きらきら光る水面。ユージェニー・ヴィ(gz0288)は窓から目を離すと手元の便箋に目を落とす。
「お元気ですか、ユージェニーさん。作戦が終わったので‥皆で休暇を過ごすことにしました。良かったら一緒に来てくれると嬉しいです。場所と日程は‥
ハンナ・ルーベンス(
ga5138)」
封書には水理 和奏(
ga1500)が、自分も一緒だとある。ハンナと和奏は傭兵として、エミタに憧れて家出した彼女を連れ戻すという出会いをした。
「また、会えるのね」
彼女の瞳は再び水平線の彼方へと向いた。
サンタカタリナ島の中心にたたずむ影がある。七人の傭兵たち。傭兵、といっても彼らの身なりはおおよそらしくない。何より武器を持っていない。彼らの様子は一応バカンス、に見えた。
「あの大尉さん、ぎりぎりまで彼女を任務につかせたらしいけど」
そういって手をかざすのは、セーラー服に白衣にニット帽と、バカンスと思しき一行の中では浮いたような格好の、椎野 こだま(
gb4181)であった。
「でも、以来云々を抜きにしても彼女とは是非親しくなりたいな」
ルーイ(
gb4716)が前髪をかきあげつつそんなことをいう。
「親しくって‥‥! まさか、ユージェニーさんを狙って?!」
ユージェニーとは知らない仲ではない和奏がさっと身構えてルーイをにらむ。
「いや、そうじゃなくって。本心を知る為だけの付き合いなんて悲しいからね」
「むう、ならいいけど」
一同の間に笑いが起きる。
「また、子供が戦いに出てくるのですね」
少しため息を交えて、フィルト=リンク(
gb5706)がつぶやいた。
「なんだか戦場に引きずり込んでしまったようで、複雑な気分ですけど」
如月・由梨(
ga1805)も、愁眉を見せる。
「今回は勿論依頼ではあるが、拙僧、今回は存分に彼女を楽しませて、自らも楽しむつもりだ。何、これも試練かもしれない」
そういってアロハシャツに身を包んだ魁偉のゼンラー(
gb8572)が呵々と笑う。
やがて移動艇が湾の埠頭にたどり着いた。中からユージェニーが現れる。一同の間から、修道服姿のハンナが歩み出る。ユージェニーの顔がほころぶ。ハンナは、進み出ると彼女をそっと抱きしめた。
「ありがとう、ユージェニーさん。信じていましたよ。こうして貴女と会える日がきっと来ると‥‥」
「シスター」
「ユージェニーさん!」
和奏もユージェニーにすがってくる。
「和奏さん」
ユージェニーはうなずいた。そしてその向こうに由梨の姿を認める。
「あなたも来ていらしたのですね。由梨さん」
「ええ、お会いできて嬉しいです」
見知ったものに再会の言葉を述べると、ユージェニーはほかのメンバーの姿を認める。
「皆様、今日はよろしくお願いしますね」
一同はそれぞれに挨拶を述べる。
「とりあえず、移動しましょうか。北の浜辺が、静かで綺麗なようですので」
ハンナが微笑みながらユージェニーとともに歩み始める。
「ここも綺麗なのですけれど‥‥無人の市街地というのは、ちょっと、ね」
そういって一同は街並みを見る。街は陽光を受けて眩しく輝いてはいたが、まったく人の気配がなく、何かしら違和感がある。
浜辺にたどり着いた一行は、テントとパラソルを用意する。
「ユージェニーさん、僕とビーチバレーしよっ! 一緒のチームで!」
そういって紺のスクール水着の和奏がユージェニーにボールを差し出す。ええ、とユージェニーがうなずく。
「僕もつき合わせてもらうよ。チームは‥‥」
「僕らの敵ね!」
タープを張り終えてやってきたルーイに、和奏が間髪いれずに応える。
「あはは、敵はひどいなあ」
ルーイはおどけたように肩をすくませる。
「ああ、いやっ、その、僕とユージェニーさんは一緒だから。相手してねって」
「オーライ。じゃあ、こだまさん、一緒にどうかな?」
水色のビキニ姿のこだまに、ルーイは声をかけた。
「あ、いえ、私は運動苦手なので、応援しています」
「では、拙僧が」
タープの影から出てきたのはふんどし姿のゼンラーだった。
「ひゃっ」
はじめて見るふんどしにユージェニーが声をあげる。
「大丈夫だよ、これは日本の『ふんどし』っていうんだ」
和奏がユージェニーに説明する。
「うむ、これ一枚で下着にも水着にもなる。伝統の一着なのだ」
「ああ、なるほど、日本の民族衣装なのですね‥‥驚いたりしてすみません」
ユージェニーがぺこりと頭を下げると、ゼンラーは気にしていないと豪放に笑った。
やがてユージェニーが一息つこうとタープの日陰に戻ってくる。
「お疲れ様。どう?」
フィルトがユージェニーに冷えたボトルを差し出した。
「ありがとうございます」
砂に敷かれたシートの上にユージェニーが腰を下ろす。その横で、こだまがビーチバレー組に手を振る。
「‥‥みなさん‥‥がんばれ‥‥」
「今度は海で遊ぶようですよ。行ってみてはいかがでしょう?」
ユージェニーがジュースを飲みつつ微笑みかける。
「そうですね‥‥じゃあ、ちょっと」
こだまは手を振って海のほうへと駈けていった。
「それにしても、本当に傭兵になられたのですね」
冷えたお茶を手にしつつ、こだまと入れ替わりで浜辺から戻ってきた由梨が座る。
「傭兵になった理由というのは、聞くまでもないでしょうか‥‥?」
「ええ。あの時、私はエミタさまに会いたい一心でした。その憧れは。今も変わらないのです」
「お父様を亡くされたと‥‥伺いましたが?」
フィルトが話に加わってくる。
「ええ。その、エミタさまに。奇妙なものですよね」
「いえ。その、私も父を亡くしているの。エミタさんによって、というわけではないのですけど」
「そうなのですか」
ユージェニーがフィルトにうなずいた。
「シェイド、墜ちませんでしたね。私も一太刀は入れられたのですけど」
「ええ。記録を見ることができました。少し、その、興奮してしまいました。本当近くまで‥‥いえ、すみません、私、軽はずみで」
「構わないですよ。その辺の事情は存じ上げておりますから」
「ユージェニーさん、バグアに対してはどう思っているの? エミタさんは抜きにしても」
フィルトが訊ねる。
「そうですね‥‥やはり、人並みに敵だという認識はありますけれど。その、だからといって特別強い感情を持てるほどではないというか」
「なるほど。それは私もかな。特別に恨みがあるってわけじゃないのだけれど。私の場合は、たまたま守るべき人達が人類側の地域にいたというだけ」
「そうですか。私には敵意しかありませんでしたけど‥‥今一度、考えた方がいいのでしょうか」
由梨が小首をかしげる。ユージェニーは、慌てたように手を振る。
「いえ、由梨さんの思いはまっとうなものだと思います。私も、多分、父を墜としたのが他のバグアだったら‥‥きっと、同じように」
「なるほど、そうですか‥‥確かにユージェニーさんの想いも方向は違えど強いものですから‥‥私はそういうのが、ないのかもしれません」
フィルトは少し考え込む。
「傭兵になって、自分のあり方が変わりましたか? 私は――自分の力の使い方は、人を救うため」
由梨が訊ねた。
「ええ‥‥その、私、怖いと思ったのです」
ユージェニーは少し視線を落とした。
「まるで、自分の力とは思えなくて。あれほどの力とは思っていなくて‥‥」
ユージェニーの肩が震える。
「大丈夫?」
フィルトがユージェニーの肩に手を置く。
「貴女は、その力を、何に使うか、ですね。一緒に考えていければ、幸いです」
由梨もまたユージェニーを慰めるように髪を撫でつける。
「バグアにいるエミタさんに、会ってどうしたいか、答えは見つかりましたか?」
やがて落ち着いたのを見計らって、フィルトがユージェニーに尋ねる。ユージェニーは軽く頭を振った。
「いえ。ただ、あの方の考えを知って、自分も同じような高みに立てば、何かわかるのではと。その、バグアの下に走りたいとか、そういうのはないんです。ただ、それでも、近づきたい」
フィルトは、ユージェニーの瞳を見つめ、ゆっくりとうなずいた。
午後、各々着替えをする。ユージェニーと和奏が二人でテントに入り、着替え始める。
「花柄の下着。ユージェニーさんと一緒だね」
「あら、そうね。お揃いだわ」
「この下着はね‥‥僕のその、お姉さんって呼んでる人と一緒に買ったの‥‥大好きで信頼してたから‥‥」
そういって和奏はややうつむき加減に、顔を赤く染める。
「うん。前も聞かせてもらった人だよね」
ユージェニーも思わず微笑む。
「‥‥あっ! ユージェニーさんにはそんな大切な人からの贈り物ってないよね‥‥」
「うん」
「僕でよければ何かプレゼントあげたいっ‥‥お店で買った鈴の髪飾り似合いそう! どうかな?」
差し出された髪飾りに、ユージェニーが喜色をあらわにする。
「ありがとう。ああ、でも私何も‥‥」
「あっ、お礼はいいよ。でも、あとで手伝って欲しいことはあって‥‥」
そういって和奏はユージェニーに耳打ちする。ユージェニーは和奏の言葉に頷いた。
一同は着替えて島の内陸の乗馬クラブへと赴いた。バグアの支配を経ても、馬は放し飼いにされ、たくましく生き残っていた。一同はユージェニーの指示の元乗馬を体験する。
「乗馬といっても、私はせいぜい歩き方くらいしか」
馬上でユージェニーはそうはにかんだ。
「いえ、とても丁寧に教えていただいて、ありがとうございます。こうしていると、リシテアを思い出します‥‥」
ハンナが微笑みながらいう。
「ユージェニーさんも走ってきたらいいんじゃないかな。皆基本は大丈夫そうだし」
「では、お言葉に甘えて」
ルーイの勧めに、ユージェニーが乗馬に脚を入れる。そのまま、駈足で蹄跡を回り始める。
「おお。拙僧も負けんぞぉ!」
ユージェニーの走りを見てゼンラーがそれに追いすがろうとする。
「ふふ、負けませんよ」
ユージェニーは軽く鞭を入れた。ユージェニーの乗馬が軽やかに走る。
「神よ! 拙僧に力をおぉぉ!」
負けじとゼンラーは覚醒する。着ていたアロハシャツが破れ、筋骨隆々の体が姿をあらわす。
「きゃっ」
思わずユージェニーが声をあげる。しかし、騎手が覚醒しても走るのは馬。馬はびっくりして、暴走をはじめる。
「ぬおぉぉ! こら、どこへいく、うぉぉぉ!」
そのまま暴走した馬はいななくと、大きく前足をのけぞらせ、ゼンラーを振り落とそうとする。
「落馬して落馬!」
ユージェニーが叫んで指示する。
「そのままじゃ馬が傷ついちゃう!」
ユージェニーの必死の叫びに、ゼンラーは何とか馬から転がり落ちる。
「大丈夫ですか?」
あがる土煙。巻き起こった騒動に、他のメンバーも集まってくる。
「ああ‥‥面目ない。いや、確かに拙僧が覚醒しても馬はそのままですからな」
一同から、笑いが起こった。
やがて、日が暮れ始める。一同は、浜辺のテントに戻り、夕食のバーベキューを準備する。一同が食事に取り掛かる頃には、とっぷり日は暮れていた。一同は、火を取り囲んで思い思いに肉を焼く。見上げれば、満天の星空。
「傭兵になった理由はうちとは真逆理由なんだね。うちは田舎を占領されて、その後もろもろあって傭兵になったから」
ユージェニーに、傭兵になった経緯などを聞きながら、こだまが感想を漏らす。
「いえ、あの、本当、深刻な理由があって傭兵になったというのに」
「気にしないでいいよ、理由は人それぞれだから」
ルーイがユージェニーに応える。
「私は作戦が終わって‥‥正直ホッとしています。リリア姉様も、小野塚さんも、エミタさんも‥‥貴女も。とにかくは無事だったのですから」
ハンナが、ユージェニーに微笑みかける。
「僕もエミタと会おうとしたけれど、その前に手下に撃墜されちゃった。当然エミタはもっと強くて、危険」
和奏が少し身を乗り出す。
「ええ」
ユージェニーが複雑な表情を見せる。
「だから、ユージェニーさんが戦う時は、僕か、いなければ誰か皆をしっかり頼ってね!」
「うん、ありがとう」
和奏とユージェニーが互いに笑んだ。
「エミタさんの放送を聞いて、思うのです。あの言葉は、エミタさんご本人だからこそ言えることなのではないかと」
ハンナが静かに言葉を継いだ。ユージェニーが頷く。
「しかし、バグアの目的が人類の進化だ、という意見もあるけれど。僕はそうする理由がわからないんだよね。いや、そうした方が手駒として有用だからなのかな?」
「私には。エミタさま‥‥が、高みにたって、私たちを導いているように‥‥見えるのです」
ルーイの言葉に、ユージェニーはコップを手に応える。
「拙僧は、この肉体。この肉体に裏打ちされた自分こそが大切と考えるな。肉体を磨いているとき、一番自分というものを感じる」
ゼンラーが、自らの考えを差し挟む。
「やはりバグアになっては。自己同一性も失われてしまうのでは?」
「私は。少しは残っているのではないかと思います」
フィルトの疑問に、由梨が口をはさむ。
「でも、やっぱり敵なんです。私の大切な人達を傷つけた事は‥‥許しきれませんから」
由梨の、真摯な言葉に、ユージェニーも口を閉ざす。
「あと。質問だけど、もしエミタと対峙した時。貴女は‥‥ちゃんと立ち向かえますか?」
「うん、そこは確認しておきたいな。もし万が一、エミタさんからバグアに誘われたら、どうするか」
「それは」
こだまとルーイの言葉に、一瞬ユージェニーは息を呑む。
「私は皆さんに会って、そして傭兵として、由梨さんやこだまさんのような方のことを聞いて。多分その、私は私でないといけないと思うのです。うまくいえないのですけれど、やはり立つべき所が、違うのだと」
彼女は視線を落とした。そんな彼女を、ハンナがすっと両手で包む。
「時に奇異の目で見られたり、辛い事もあるでしょう。けれど、私の心は何時も貴女と共にあります。信じています。貴女がきっとエミタさんに出会える日がくると。エミタさんは『真実の後継者』を待っている、そう想えてならないのですから」
「目的が達せられるまで何があっても挫けぬ様、祈ります」
ハンナの言葉に、フィルトが続ける。
「‥‥はい」
ユージェニーが、頭をたれる。ややあって、気づいたように、彼女は顔を上げた。
「そう、ハンナさん。私も、貴女を祝福したい」
「え?」
ユージェニーの言葉に、ハンナが意外な顔をする。
「うん、実は、ハンナお姉さんの誕生日を祝おうと想って、ダッチオーブンでケーキを焼いていたの」
「ハンナお姉さん。お誕生日おめでとうございます」
「まあ‥‥」
和奏が言葉をつなぐ。差し出されたケーキに、ハンナも喜色をあらわにする。
「そうそう、今この時の肉体あっての自分。祝おうじゃないか、拙僧、花火も持ってきた。もっと、愉しもう」
一同の間に、笑いが起きる。バカンスの夕べは、笑いに包まれて、暮れていった。