タイトル:死者の眠りと生者の務めマスター:風華弓弦

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/02/04 01:28

●オープニング本文


●人の消えた町
 スピーカーが耳障りな音を立て、人々に危険が去った事を伝える。
 家から離れていた、あるいは家の中に掘った地下の避難場所で息を潜めていた人々は、隠れ場所から疲れがにじんだ顔を出して、青い空を仰いだ。
「最近、警報が増えたな‥‥」
「北の町には、キメラが出たそうだ」
 顔を合わせた人々は、それぞれに伝え聞いた話をため息混じりで交わす。
 そして一様に、大きく肩を落とし、深い息を吐いた。
「ここも、もう安全ではないのかもしれない」
 一人の男の言葉が、不安に覆われた小さな町の人々の心を、一つの結論へと導く。
 そして間もなく、イタリアの南部に位置する小さな町から、人影が消えた。

●死者の眠りを守りて
 人々が逃げ去った後も、耳障りな警報は町に危険と安全の境を伝え続けている。
 古びたスピーカーが警報解除を伝える中、木々の間で身を隠していた女性が現れた。恰幅のいい中年の女性は道の脇に停めた車へ乗り込み、すぐさまエンジンをかける。
 轍の刻まれた道は、町外れの古びた石造りの建物に続いていた。
 やがて終点へ辿り着くと女性は車から降りて、ぐるりと周囲を見回し。
「ジーナ、ジーナ!」
 声を張り上げて呼べば、若い女性がすぐに姿を見せる。
「マヌエラさん、こんにちは」
 笑顔と共に答える女性に、マヌエラは子供を叱る時のように腰に手を当て、眉根を寄せた。
「こんにちは、じゃないよ。あんたまた、避難もせずに墓地の真ん中に突っ立っていたんだね。町の連中は、みんな逃げちまって‥‥もう誰もいないってのに」
「それでも、ここで眠る人達は逃げる事も出来ませんし‥‥何より私は、墓守ですから」
 ふわりと微笑んで、ジーナは答える。
 だがマヌエラにとっては、その微笑みがまるでおっとりとした頼りない少女のように思えた。
「そりゃあ、故人の眠りは平穏に保たれるべきさね。でもあんたが死んじゃあ、元も子もないよ。命は大事にしないと」
「ですが、生きるか死ぬかを決めるのは神のご意志です。務めを放り出して逃げても、ここで墓守をしていても、神が決められた時がくれば召されるでしょうし、その時までは生きていられるでしょう。ならば、私はここで務めを果たします」
「ホント、あんたの頑固さは親父さん似だね。まったく、困ったもんだよ」
 呆れるマヌエラにジーナは申し訳なさそうな顔をして、一礼する。
「ご心配をかけて、申し訳ありません。マヌエラさんも避難されるようでしたら、私に構わず逃げて下さいね」
 町の人々の多くは、競合地域に位置する町から北部へと逃れた。その一方、様々な理由で近隣の町や村へ身を寄せた者もいる。マヌエラも町の墓所に一人で残ったジーナが心配で、近くの町へ避難するに留めた。そして月に二度か三度は、こうして様子を見に訪れている。
「食料、持ってきてやったよ。あんた一人じゃあ、ろくな物もないだろう?」
「ありがとうございます。大したお礼も出来ませんが‥‥いつもの花でよければ、持って行って下さい」
「遠慮なく、そうさせてもらうよ。このご時世、飾る花もなかなか手に入らないしね」
 ささやかな礼に頷くマヌエラは、墓地の向こうに見える小さなガラス張りの温室へ目をやった。
 幼い頃から花を育てるのが好きだったジーナは、父の後を継いで墓守となってからも小さな温室で花を育て続けている。また墓に手向けられているのは、育てた花を見本に彼女が作った造花だ。
 ここに土葬された死者は約十数年の後に墓を掘って骨を拾われ、骨は石造りの霊廟の小さな室(むろ)に納められた。壁一面に故人の名が刻まれた墓標が並ぶ様は、例えは悪いがまるで駅のコインロッカーを思わせる。
 マヌエラは霊廟で親族の墓に祈りを捧げた後、立ち並ぶ十字の墓標の間を抜けて、ジーナと墓守の小屋へ向かった。

●平穏の眠りを荒らす影
 いつものようにジーナの様子を窺いに来たマヌエラは、日の高いうちに車で帰路へつく。
 町を出て間もなく、森から影が車の前に飛び出した。
 驚いて一瞬ブレーキを踏みかけた彼女だが、ミラーへ映った影を見て、逆にアクセルを踏んだ。
 灰色の大型獣のようなソレは、馬ほどの大きさがあり。
 激突する事なく車を軽々と避けると、身を翻して後を追ってくる。
 それなりに走り慣れた道を、マヌエラは必死に車を飛ばす。
 数回、嫌な衝撃が車を揺らしたが、構わずアクセルを踏み込み。
 彼女が住む町の近くでミラーを確認すれば、その灰色獣の姿は消えていた。
 車を停めて後部に回ると、車のトランクには追いすがった様な爪跡が数箇所、残されている。
 表面をこすり、傷つけた様な痕跡ではない。
 鋭い爪はボディを突き破り、切り裂いている。
「ジーナ‥‥」
 来た方向を振り返ったマヌエラは急いで運転席へ戻り、車を急発進させた−−。

 UPC本部の斡旋所にあるモニターには、今日も世界で起きる数々の『事件』内容が表示される。
 そのモニター群にまた一つ、新着の『事件』が加わった。
『イタリア南部の放棄された町で、獣型キメラの目撃情報を確認。至急現地へ赴き、近隣の町に被害が出る前にキメラの排除を請う。なお町には一名の生存者が残っているとの情報を確認しており、可能ならば保護を求む‥‥』

●参加者一覧

キーラン・ジェラルディ(ga0477
26歳・♂・SN
愛紗・ブランネル(ga1001
13歳・♀・GP
蒼羅 玲(ga1092
18歳・♀・FT
ジュエル・ヴァレンタイン(ga1634
28歳・♂・GD
シア・エルミナール(ga2453
19歳・♀・SN
羽曳野ハツ子(ga4729
30歳・♀・BM
空閑 ハバキ(ga5172
25歳・♂・HA
カルマ・シュタット(ga6302
24歳・♂・AA

●リプレイ本文

●情報と足の確保
 町外れに着陸した高速移動艇を、不安げに人々が囲んでいた。
 降りてきた七人のうち、一人の男が広げた両手を挙げ、危害を加える心配はないという風に身振りで示した。
「俺達はキメラ出現の連絡を受けて、『ラスト・ホープ』から来ました。キメラを目撃した方と、話をしたいのですが。あと車を二台、貸していただけませんか?」
 キーラン・ジェラルディ(ga0477)が声を張り上げれば、集まった者達の中の数人が言葉を交わし、あたふたと町へ戻る。残った者達を掻き分けて、人のよさそうな中年の女性が進み出た。
「ありがたい。あんた達が、能力者なんだね。あたしがキメラが出たって、知らせた者だよ」
 安堵した様子のマヌエラへ、「うっす」と気さくにジュエル・ヴァレンタイン(ga1634)は片手をひらひら振る。
「ジュエル・ヴァレンタインってんだ。ま、よろしくな。オレ達が来たからには、もう安心だ。キメラについて詳しい話、聞かせてもらえるか?」
「もちろんだよ。それから、できれば頼みたい事があるんだけど‥‥」
「町に、女性が残っているらしいわね。その件も聞いているから、安心して」
 躊躇が混じった心配そうな顔をする相手に、やんわりとした口調で羽曳野ハツ子(ga4729)が笑顔を返した。
「もしよければ彼女の事も、色々と教えてもらえるかな」
 続く空閑 ハバキ(ga5172)に、マヌエラはすぐさま首を縦に振る。
「もちろんさ。ただ‥‥のんびり話を聞く時間なんて、あるのかい?」
 キメラの存在と町に残っている女性の安否が気になるのか、彼女がみせた一瞬の安堵もすぐさま不安の影に塗りつぶされる。
「かといって、事を急いで情報のないまま行動するのは、危険を伴いますから。お気持ちは、判りますが‥‥」
 深々と蒼羅 玲(ga1092)が頭を下げれば、肩口から長い黒髪がさらりと零れて顔にかかった。だが、彼女はそれをかき上げるもせず。
「いいえ、そうね‥‥こんな小さな子供達が、あんな怖くて得体の知れないのを相手に、命がけで頑張っているんですものね」
 腰を落としたマヌエラは玲の髪を撫で、それから愛紗・ブランネル(ga1001)を見やった。
「大丈夫だよ。キメラなんて、愛紗と皆でぐったんぐったんのけっちょんけっちょんのぎっこょんばったんにするもん!」
「ぐった‥‥ん?」
 怪音と共に笑顔でVサインをする愛紗に、苦笑しながらジュエルが髪をがしがしと掻く。一方で子供扱いされた玲は、どう反応をしたものか、困ったような笑みを浮かべていた。
「ともあれ、ここでこうして話している時間はあまりありません」
 カルマ・シュタット(ga6302)が促せば、しゃがんでいたマヌエラは膝を払って立ち上がる。
「そうだね。あたしの車に爪痕らしいのが残っているから、それを見てもらった方がいいかしら」
「ぜひ、お願いします」
 頷くカルマに、マヌエラは先に立って能力者を案内した。

●無人の町へ
「問題の女性は三人に任せて、こっちはキメラ探しか」
 助手席に座るジュエルはゴーグルのレンズに息を吹きかけ、袖の端で拭く。そしてレンズ越しに前方を見てから、頭の上に置いた。
「マヌエラさんの話では、キメラは灰色の大型獣に似た姿で大きさは馬くらい。四足で走行し、爪痕から察するに多分前足に鋭い爪を持っている‥‥事前に聞いた情報とほぼ同一で、特に目新しい話はなかったですね。収穫といえば、爪痕の実物を確認できたくらい?」
「ですね」
 双眼鏡を片手に玲がマヌエラから聞いた情報をまとめれば、ハンドルを握るキーランも頷いた。バックミラーへ目をやれば、外に注意を払う玲と愛紗の姿、そして後続の車が見える。
「キメラを目撃したのはマヌエラさん一人ですし、逃げるのに必死で観察する余裕もなかったでしょう。というか、むしろそれが普通の人の反応だと思います」
「いきなりキメラと出くわしたんじゃ、動転するのも当然だよな」
 頷きながら、ジュエルも双眼鏡で道の脇に並ぶ木の上も観察する。開け放った窓からの風に髪を煽られていた愛紗が不意に手を伸ばし、ジュエルのゴーグルのバンドをぐいと掴んだ。
「あのねあのね」
「ちょ‥‥そこを引っ張るなってっ」
「どうしたんですか?」
 後ろから引っ張られたジュエルはゴーグルをおさえ、キーランがミラー越しに後部座席へ問いを投げる。
「うん。マヌエラのおばちゃんの話だと、キメラは森の中から現れたんだよね? でも、必ずしも森の中にいるとは、限らないと思うの。もしかして、無人の町をねぐらにしてるとか」
「どうでしょう。大抵のキメラはまず人を襲いますから、隣の町が無事ならどこか別の、人のいる場所に‥‥」
「それって、何気にやばくないか?」
 玲の言葉にジュエルは眉をひそめ、いまいち判らない愛紗が小首を傾げた。
「やばい?」
「例の、町に一人で残ってるコだよ。この辺で、人がいるのは‥‥」
 険しい表情でジュエルが答える間に、キーランはアクセルを踏み込む。

「あれ? 急にスピード上げたね」
 前を走る車との距離が少し開いた事に気付き、後部座席のハバキが周囲の森に視線を走らせた。だがキメラと思しき影はなく、運転席のハツ子は僅かに目を細めた。
「何か、急がなきゃならない状況みたいね。こちらとしては、少しでも早くジーナと接触できるなら問題ないけど」
「付いていけます?」
 鷹揚にカルマが尋ねた直後に車がキックダウンし、加速が身体に伝わる。見る間に一度は遠のいた前の車が近付き、最初の車間距離へと戻った。
「無用な心配でしたか」
 もとより心配など微塵も感じさせない口調で、カルマは改めて助手席に背を預ける。
「私は、『千の趣味を持つ女』よ? 車の運転なんか、ちょちょいのちょいだわ」
「お見それしました」
 遅れてハツ子が笑顔をみせれば、面白そうに彼はくつくつと笑った。
 やがて前方から森が切れ、周囲には畑が広がる。
 その先に町が見えてきたところで、無線機がジュエルの声を届けた。
『こっちは、町の様子を見に行く。保護対象のコを、頼んだ』
「判りました」
 無線機を取ったカルマが、他の二人に代わって返事をする。
「ジーナ、無事だといいけど。マヌエラの話だと、家族は亡くなっているそうだし」
 浮かない顔で、ハバキは一つ嘆息した。
 遠い親戚筋についてはマヌエラにも判らないが、ジーナに兄弟はおらず、両親も既に他界したという。ジーナについての話を思い出しつつ、無意識にハバキは祈るように指を組み、遠ざかっていく仲間達の車を見送る。その手のひらには、冬だというのに薄く汗が滲んでいた。

●灰色の獣
 放棄されてそれなりに時間を経た町は、廃墟へと化しつつあった。
 生活感はなく、窓辺や通りに置かれた鉢植えの植物は枯れている。
 静寂の中、武器を携えた四人は注意深く歩を進めた。
 愛紗は一軒の家に駆け寄ると、窓枠に手をかけ、爪先立って風雨や埃で汚れた窓から部屋を覗き込む。
「どこも壊れてないし、キメラが住んでた跡とか、なさそうだね」
「やっぱり、狙っているのは生きている人間‥‥でしょうか」
 表情を曇らせ、玲は少女達を『護衛』するかの如く、後ろを歩く長身の二人を見上げた。
 ‥‥身長差、70cmあまり。じーっと彼らを見上げていると首が痛いのだが、それはさておき。
「『獲物』を探し回った痕跡もないですし、真っ直ぐ例の墓所へ行った可能性も考えられますね」
「いよいよ、例の居残りの女のコがヤバいか。向こうの連中と、繋ぎを取った方がよさそうだな」
 気配がなくとも警戒を解かずにキーランが周囲を見回し、ジュエルは肩から提げた無線機を操作する。だが彼から連絡を取るよりも先に、分かれた三人の側から無線が飛び込んできた。
『聞こえますか? まずい事に、キメラをこちらで確認しました。場所は、例の町外れにある墓所の‥‥』

 離れた四人と連絡を取るカルマの声が、聞こえる。
 物陰に身を潜めたハバキは、そっと身体の位置を動かして『目標』を確認した。
 灰色で毛むくじゃらのナニカが、地面に頭を突っ込み、土を引っかいている。
「あれが‥‥キメラ、だよね」
 話はもちろん聞いているし、写真や映像で見た事もあった。だが、実戦で実際に目にするのは、彼にとってこれが始めての事となる。自然と強張る彼の肩に、そっと手が置かれた。
「大丈夫よ。カルマ君もいるし、皆もすぐに駆けつけてくれるわ」
 自信に満ちた表情でハツ子は微笑み、ハバキは視線を目の前の女性からカルマへ動かす。それからもう一度ハツ子を見て、僅かに頷いた。
「ただ‥‥私は武器を持ってきていないから、三人で戦うのは難しいわね」
「他の人たちの到着を、待った方がよさそうですか。それまでは、キメラを刺激しないように監視を続けながら、ジーナを探した方がよさそうです」
 連絡を終えたカルマが、二人の会話へ加わる。
 その間も、キメラは執拗に地面を爪で抉り続けていた。

「大丈夫ですか!」
 墓地の傍で車を止めたキーランは、仲間の姿を認めて声をかける。
「こちらは、大丈夫です。ですが、キメラを見つけたものの、肝心のジーナがいなくて」
「もしかして、どこかへ避難したんでしょうか」
 声に気付いたカルマが状況を説明すれば、玲が困惑気味に呟いた。
「だったらいいのにね」
 小さな拳を愛紗は胸元で握り締め、そんな彼女の頭にぽんとジュエルが手を置く。
「で、キメラは?」
「こっちです」
 カルマの案内で、四人は発見したキメラの元へ急いだ。
 途中、通りがかった温室は無残に破壊され、墓所の墓石も幾つかが倒されている。
 死者の遺骨が納められた霊廟は無事で、五人は建物の裏手の木立へ足を踏み入れた。
『新手』が到着してもなお気付かないのか、まだキメラは執拗に土を掻き続けている。だが最初に三人が発見した時よりも確実に、地中へと掘り進んでいた。
「何をしているんだ?」
「よく判らないんだよね。ずっと、ああして土を掘っていて‥‥」
 眉根を寄せるジュエルへ、キメラを刺激しないよう遠巻きに監視していたハバキが答える。
「とにかく、キメラをどうにかする方が先ですか。逃げられては他の街にも被害が出ますし、此処で仕留めなければ‥‥ジーナの行方は、その後で探しましょう」
 アサルトライフルに弾丸を装填するキーランの短い黒髪が、昏い銀色へ変わっていく。
「そうですね。何かの拍子に姿を見せて、キメラに狙われでもしたら‥‥危険です」
 ロングスピアを握るカルマの右手の甲には淡く赤い光が宿り、そこに幾何学的な模様を浮かびかがらせた。

 戦いは、一発の銃声から始まった。
 体躯を包むフォースフィールドを貫いた弾丸に、キメラは唸って地面の穴から顔を引き抜く。
 首を一振りし、威嚇の咆哮をあげた。
 そこへ、更なる弾丸が硬い毛皮を抉る。
 怒りに満ちた目が、木立の陰の狙撃手を捉え。
 熊の手足を長くしたようなキメラは身を翻し、『敵』へ突進した。
 キメラの勢いを削ぐかのように、別の方向からも銃声が続く。
 同時に発射された三発の弾丸がキメラの後ろ足を狙うが、俊敏な相手に全てが命中する事は叶わず。
 それでも突進の勢いを殺し、深くはないものの傷を負わせる。
 すぐさま玲はショットガンをリロードし、緋色の瞳を細め、トリガーを引いた。
 一方で反対側からは、ハバキが洋弓「アルファル」に番えた矢を放ち。
 間合いを取ったキーランが、改めて引き金に指をかける。
 キメラの左目が爆ぜ、血を撒き散らし。
 怯んだところへ、近接の武器を手にした能力者達が一気に距離を詰めた。
 愛紗がキメラの懐へ飛び込み、ベルニクスの爪をかざし。
 小柄な少女へ振り下ろされた鋭い前足の爪は、メトロニウム合金製のバックラーを引っかき、耳障りな音を立てた。
「おっと、女の子に手出しは許さないぜ?」
 掲げた盾で攻撃を受け止めたジュエルは、残る片方の目へ、逆手に握ったアーミーナイフを豪力で突き刺す。
 苦痛に叫びつつ、キメラは足で土を掻き、身を捩じらせてもがく。
「大人しく、していなさいっ!」
 カルマが振るったロングスピアの穂先は、別の前足の甲を穿ち、深々と地面へ縫い付け。
 身動きの取れなくなった灰色の獣へ、容赦のない矢弾と刃が叩き込まれた。
 深手を受けてなおキメラは唸り、歯を鳴らし、抵抗を続けていたが。
 抵抗むなしく、やがて自らの血溜りに臥し、力尽きた。
「もう、大丈夫‥‥か?」
 エンジニアブーツの爪先で、ジュエルは動かなくなった獣を突付く。
「そこでがぶっと噛まれても、知らないわよ」
「げっ!?」
 離れて戦いを見守っていたハツ子が冗談めかせば、慌ててジュエルは足を引っ込め、玲や愛紗はくすくす笑った。
「それで結局、キメラは何を掘っていたんだろうね」
 明るい笑い声を聞きつつ、純粋に興味からハバキはキメラが掘っていた穴を覗き込む。穴の表層は土だが、その先にはブロックが詰まれ、そこにも鋭い爪が刻まれていた。人間一人が楽に入れる穴の中は暗く、念のためにハバキがランタンを灯して中を覗く。
 穴の奥からは、錆びた鉄のような匂いが漂い。
 暖色の灯かりが、倒れている女性を照らした。

●見舞い
 避難用の穴で発見されたジーナは、カルマの応急手当により、手遅れにならず救助された。そして更なる治療の為、能力者達は彼女を隣の町へ移送し、小さな医院へ託した。
 キメラによって負った傷はそれなりに深いが、マヌエラが娘の様に彼女を看病している。
「無事に治って‥‥そして判ってくれると、いいですね」
 容態を聞いたカルマが、戸口から怪我人の様子を窺いながら呟いた。
「彼女の様子を見に行っていたのは、死んで欲しくないから、でしょう?」
 カルマの言葉に、マヌエラは笑みを返す。
「そうね。でも、あの子の気持ちも判るから」
 言葉を濁すマヌエラに、彼は目を伏せた。
「ですが、死者に口がありませんから‥‥彼女が目覚めたら、伝えてもらえますか? あの人達が何を言いたいかは、判りません。ただ、もしジーナさんの身に何かあれば、きっと彼らは自分達の無力を感じて‥‥悲しんじゃないかって」
「うん。住み慣れた土地や与えられた役を、一時的であっても離れる事は凄く勇気がいるけど‥‥それでも生きてさえいれば、平和が戻った時に骨を拾い、花を供える事も‥‥出来るよね」
 俯くハバキを励ますように、キーランが彼の肩へ手を置く。
「温室は、残念でしたけどね。ぜひ見たかったのですが」
「きっとまた、あの子は花を育てるわ」
 マヌエラの声には、複雑な感情が滲んでいた。だが、ジーナが回復する時間を待つ暇は、能力者達にはない。
「お大事に。気持ちが伝わる事を、祈っていますわ」
 最後に、見舞いの言葉をハツ子が告げて。
 能力者達は、町を後にした。