●リプレイ本文
●緊急事態
男女数人の絶叫が、夜闇を裂いた。
廃ビルの近くにいた能力者達は、ただならぬ気配を察し、互いに顔を見合わせる。
「今の‥‥悲鳴は‥‥?」
眉をひそめて幡多野 克(
ga0444)が悲鳴が聞こえたビルへ目を向ければ、なつき(
ga5710)も同様に、緊張した表情で建物を仰いだ。
「なんだか、ただならぬ雰囲気の声‥‥でしたけど」
しかしビルから人が出てくる気配はなく、神無月 翡翠(
ga0238)は面倒そうに頭をがしがし掻く。
「どうやら、仲間割れって訳でも‥‥」
続く数発の銃声が、翡翠の言葉を遮った。
と同時に、気だるそうに車の助手席で寝そべっていた鯨井昼寝(
ga0488)が、むくりと身を起こす。
「偽能力者探しなんて、辟易としてたけど‥‥面白そうな事になったみたいね」
獲物を見つけた肉食獣の如く目を輝かせ、彼女はちらと口唇を舐めた。
「まさか、キメラが?」
昼寝の反応に、リゼット・ランドルフ(
ga5171)がビルへと踵を返す。廃棄された三階建てのビルは、上階の一部が崩れて穴が出来ていた。
「ま〜、ナニが出てもブッ飛ばすけどねっ」
阿野次 のもじ(
ga5480)が勢いよく拳をぐるぐる回し、気合を入れる。
「突入、早めたそうがよさげだね。三手に分かれて、右橘花と左櫻が正面、天翔が上、御剣は問題のコの確保を‥‥」
役割を確認する葵 宙華(
ga4067)に、蓮沼千影(
ga4090)が首を捻った。
「うおーさおー?」
「ちが〜うっ!」
素で聞き返す千影へ、びしっと人差し指を突きつける宙華。
「だってさ。役割分担に、そんな小難しい名前を付けなくても‥‥」
「雰囲気よっ。‥‥あたしの個人的趣味なのは、認めるけど」
返す言葉の後半は、口の中で呟きつつ。そんな宙華に、なんとなく思春期の女の子は難しいなぁとか、思ったり思わなかったりする千影だが。
「ぐずぐずしてたら、パーティに遅れるわよ」
楽しげな声に振り返れば、暗視スコープを装着した昼寝が深みを増した赤毛を揺らし、『作戦行動』に入っていた。
瓦礫や周囲の立ち木などを足場にして、身軽なグラップラーは外からビルの崩れた箇所を目指す。
のんびりした名前とは正反対の迅速さに感心しながら、他の者達も各自の役割へと移った。
分担を『宙華風』に、言うならば−−。
『右橘花(うきつか)』の克となつきは、突入後に右へ展開し。
『左櫻(さおう)』のリゼットと宙華は、逆に左へ展開。
『天翔(あまかけ)』の昼寝は、単身でビルの上部より奇襲をはかる。
『御剣(みつるぎ)』は残る翡翠とのもじ、千影の三人で、偽能力者の確保役だ。
十数分前まで軽口のやり取りをしていた者達も、いざ行動となれば手際は早く。
異常の起きたビルへ、武装した八人は躊躇わず飛び込んだ。
●捕捉
話はその日の、昼へと戻る。
『偽能力者』を探す依頼を受けた八人の能力者は、噂を辿って競合地域であるスペイン中部の町へ来ていた。
手分けをして「自分が能力者だ」と触れて回る者がいないか、町の人々に聞いて歩く。そうして絞られた場所が、現在八人が滞在している町だった。
「かったるいわね。こんな地味な依頼‥‥」
ノーテンキな兄貴にでも押し付ければよかったわと、面倒そうに昼寝が一つ欠伸をする。
「偽能力者の調査、か。もしかして次もこんな事が起きたら、全世界出張になるのか? 勘弁してくれよ、まったく」
「全世界出張‥‥キメラ退治やバグア絡みで、もう出張している気がしますけど」
ぼやく翡翠へ、言葉を選びながらなつきが返事をし、苦笑した。
「ま、それはそうだがな。しかし‥‥遅いな、他の連中」
答えつつ、翡翠は首をめぐらせて店内の時計を見やる。
町を歩き回って情報を集めた後は、適当な店で落ち合って成果を交換する事になっている。だが時間になってもまだ、仲間の数名は姿を見せていない。
「んんで、けっひょく無知な人を騙クラカス、悪人ひゃん達なんれひょ。ひょーいう人達にはきつーいお灸すひぇないと、いけないんひゃない?」
口から突き出した棒を動かしながら、のもじがもぎょもぎょ主張した。微妙にろれつが回っていないのは、棒付きのキャンディを頬張っているからに他ならない。
「のもじさん。食べるか喋るか、どちらかにした方が‥‥」
なつきの心配にのもじは、飴を口から引き抜く。
「とにかく、悪は許さ‥‥」
その瞬間、どこか近くで爆発音がした。
大きな爆発ではないが、通りに面したガラスはビリビリと微かに振動し。
店にいた人々は、不安そうげ窓へ目を向ける。
そこへ、二度目の爆発が起きた。
先程の爆発より近いのか、空へたなびく煙が見え。
「のもちんダッシュ!」
「あ、おい。のもじっ?」
翡翠が止める間もなく、席を立ったのもじは店を飛び出す。
「なにか、あったようですね」
「私達も行くわよ。面倒だけど」
心配顔でなつきは外を見、昼寝もまた立ち上がった。
人々に聞いた話に従って通りを進めば、やがて人だかりが出来ている場所へと行き着いた。
その中心で声を張り上げているのは、年配の女性だ。
傍らには少女と、中年の男が立っている。
「ごらん! これが、能力者だけが持つエミタだよ!」
「エミタって、まさか?」
年配女性の言葉に、一瞬リゼットは耳を疑った。
視線を凝らせば、少女が掲げた左手の甲に凸レンズの様なナニカが見える。だが、そんなモノは『エミタ』ではない−−彼女はぎゅっと、本物の『エミタ』が埋め込まれた左手を強く握った。
「あんな‥‥まだ、子供なのに‥‥」
呟く声に我に返れば、双眼鏡を手にした克が能力者と呼ばれた少女を窺っている。
「あの子は‥‥」
リゼットは口を開こうとするが、突然の爆発が彼女の声を掻き消した。
続いて、二度目の爆発が起きて。
年配の女性は、それを『神に選ばれた能力者マリア・ルシア』が持つエミタの力だと、声高に主張する。そして彼女が乗るナイトフォーゲルを手に入れる為に、金が必要だと訴えた。人々の間から突然マリアを称える声があがり、進んで金を差し出す者が現れるのを見て、青いツーテールがぶんぶんと左右に勢いよく振られる。
「こんなの‥‥これって、宗教詐欺じゃないっ」
不機嫌そうに頬を膨らませ、宙華が『偽能力者』を睨んだ。
ただ、千人に一人という割合でしかエミタと適合する者がいない現状を思えば、能力者という存在が神か悪魔か、運命の悪戯によって選ばれたとも、言えなくないが。
「宗教詐欺かどうかは、ともかくとしてだ。能力者を騙るなんて、どんな偉そうなヤツかと思ったら‥‥こんな少女だったとはな」
憤る宙華に苦笑しながら、千影は複雑な表情で渦中の人物を観察する。人々を煽る年配の女性とは対照的に、当の少女は『乗り気』ではない−−そんな印象を、彼は覚えた。
「宙華さん、千影さん。見ました?」
人々に紛れて様子を見る二人へ、金髪を揺らしてリゼットが駆け寄る。彼女の後ろからは、克がついてきていた。
「うん。どうやら、あの子がそうらしいな。他の皆も‥‥気付いたみたいだ」
視界の隅に見覚えのある人影を捉え、千影はそちらへ目をやる。
「あ〜っ、悪人はっもがもがっ」
棒付きキャンディで『偽能力者』達を差したのもじの口を、慌てて後ろから翡翠が押さえた。
「今ここでコッチに気付かれたら、町の人に混ざって逃げられかねないだろ」
「も〜が〜っ」
「それで、あの人達がそうなんですか?」
集まった人々の背中を眺めていたなつきが、先に到着していた四人へ尋ねる。
「ええ。あのマリアって女の子を、『能力者』に仕立てているようね」
声を落としたリゼットは、遅れて到着した者達へ起きた一連の出来事を手短に説明した。
その間に町を行く人々の流れが変化し、合わせて八人もまたさりげなく場所を移動する。ただしターゲットの人物からは、目を離さず。
金を集め終えた偽能力者の一行は、移動を始めた。
三人は人の多い中心部から外れて、町の郊外をめざし。
日も暮れた頃。八人は、件の廃ビルへ入る偽能力者一行を、見届けたのだった。
●交戦
正面から飛び込んだビルの内部には、嫌な臭いが漂っている。
「っ‥‥キメラ!?」
踏み込んだ克は、臭気に口元を上着の袖で押さえた。床には不定形の物体が蠢き、軟体の下に何かが、ちらりと見える。
「人が‥‥っ」
青ざめたなつきが息を飲み、それ以上の言葉は声になって出てこない。
それはほとんど原形を留めていないが、数分前までは人だったモノの断片だった。
「既に犠牲者まで‥‥これ以上は、やらせない‥‥っ」
スライムを見据えた克は、バトルアクスの柄を握り直し。
見据える瞳が黒から金へと、変化する。
「はい‥‥援護、しますっ」
まだ顔色の悪いなつきも気丈に頷くと、すぐさまロングボウへ矢を番えた。ゆらりと空気が揺らめき、白い靄(もや)が彼女の全身を淡く包み込む。
そこへ。
「キメラなんぞ、知ったことかーーーーっ!!!」
雰囲気を粉砕する大音声で、のもじが吼えた。
「護るべき人がいて、そこに倒すべき敵がいる! ならば、答えはいつもシンプル・イズ・ビューティフル! 覚悟しろ、スライム共」
床でうぞうぞしているスライムへ、びっと指を突きつけ。
「いや。気持ちは判るが、こっちは例の連中を保護しないと」
彼女と同じ役割を担う翡翠が、肩を落として突っ込む。
「こ、これも作戦なんだってーっ! その、意外性で相手を怯ませるってヤツ?」
えへ。と、可愛く笑って弁明するのもじ。
‥‥軟体のスライムに、聞く耳があるかどうかは謎だが。
そんな会話の合間に、千影は既に『生存者』へと走っていた。
「葵さん、そっちにも!」
「判ってるっ」
バスタードソードを構えたリゼットの警告に、宙華はすぐさま壁から離れた。
壁には、床で這っているそれと同じキメラが触手の様に軟体の一部を細く伸ばし、振り回す。
「銃弾の旋律を、聞かせてあげるわっ」
距離を取りつつ、スコーピオンを手にする宙華。
その頭上で、赤い影が躍った。
天井から身体を伸ばし、リゼットと宙華に迫ろうとしていたスライムが吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられる。
上階から進入し、奇襲の蹴りを放った昼寝は、相手が体勢を立て直す前に追撃し。
「せぇい!」
シュナイザーの鋭い金属の爪に抉られたスライムが反撃する前に、素早く彼女は間合いを外す。
「さぁ、お楽しみはこれからよ」
表情も呼吸も窺えない相手に、昼寝が不敵な笑みを浮かべた。
一方、宙華は天井の敵を昼寝に任せ、壁を這うスライムへ弾丸を叩き込んでいた。
11発の弾丸全てを撃ってリロードする間に、覚醒によって黒く変化した髪を翻したリゼットが、バスタードソードを振るう。
グローブをつけた手で握る柄とへ伝わる感触は、まるでゴムの様な弾力があり。
それに構わず、細い両腕で1mを越える剣を掲げ、力を込めて打ち下ろした。
衝撃で、床の一部が砕け。
リゼットが退くのに合わせて、宙華は新たな弾丸の雨をスライムへと降らせる。
「ちぃ兄、退路は確保したから、今の間に外へ!」
「ここから出ろってか? ほら、行くぜ婆さん!」
急かす宙華へ答えながら、千影は腰を抜かした年配女性に背を貸した。震えながら祖母を庇っていたマリアは、翡翠に支えられている。
「この場は任せるぜ。みんな、無理するなよ?」
「二人を避難させたら、すぐに加勢に来るからねー!」
翡翠が気遣いの言葉を投げ、しんがりののもじがぶんぶんと両手を振った。
「翡翠さん達は‥‥無事に、避難した?」
外へ退く者達へ背を向け、スライムと対峙する克の問いに、「はい」となつきが即答する。
「ただ‥‥幡多野さん。男性が一人、見当たらない気がするんですけど」
「男が? ‥‥とっ」
なつきに答える隙にスライムが酸を吐き、克は後方へ飛んでそれを避けた。
彼を捉えようと這い寄るキメラへ、すぐさまなつきが矢を射て、動きを牽制する。
「すみません。キメラを倒すのが、先のようですね」
「そう、みたいだね‥‥気にしないでいいよ。じゃあ、向こうと協力して‥‥片付けてしまおうか」
「はい」
今まで戦っていたスライムに注意しながら、二人はリゼットと宙華の加勢に入った。
「手助けにこなくても‥‥面倒ね」
「無駄に遊ぶほど暇じゃないし、早く片付けましょ。昼寝さんの方は‥‥邪魔すると何だから、後回しにして」
舌打ちする宙華に、くすとリゼットが笑い。
「さ〜て、遅れて真打ちが登場よ〜っ!」
そこへ嬉々として、のもじがビル内へ戻ってくる。
五人から矢弾と力任せの刃を叩きつけられた一匹目の軟体は、体液か何かわからないモノを撒き散らしながら弾力を失い、床に落ちた染みの様に広がって動かなくなった。
●処遇
賑やかに、ある意味で騒々しく三体のキメラを倒した者達がビルから出ると、外では翡翠と千影が浮かない顔で六人を迎えた。
「何かあったの?」
漂う血の匂いと放心している少女の様子に、怪訝な表情ののもじが尋ね、千影は頭を左右に振る。
「婆さんが、撃たれた」
「一体、誰にっ?」
思わず聞き返すリゼットに、翡翠は地面に横たわって動かない老女を顎で示した。
「判らない。木立の方からいきなり狙撃されて、このザマだ。かといって、この子を放って追う訳にも行かないからな」
「もしかして、いなかった男性が?」
表情を曇らせるなつきに、「そういえば」と千影も呻く。
「婆さんと女のコを保護する事で頭が一杯で、気付かなかったな」
辺りに、重い沈黙が降りた。唯一、昼寝は我関せずで、先に車へ乗り込んでいる。
「それで、この子はどうするの?」
腕組みした宙華が、じろりとマリアをめねつけた。
「あんな騒動起こして、人からお金を騙し取って、タダで済ませる訳ないわよね」
「UPCに連絡して、然るべき処分を受けてもらうのが当然じゃないかしら。この状態だとまともに話は聞けないようだし、『主犯格』らしかった二人も突き出せないけど」
乱れた髪を指で梳いて、リゼットが溜め息混じりで提案する。
「できれば、能力者の適合試験を‥‥受けてみたらどうかな‥‥。こんな事‥‥俺が言う事じゃ、ないかもだけど‥‥」
曰くありげに、克が言葉を濁した。
「ま、それで本当に能力者になれば‥‥嘘も、少し軽くなるかもしれない。それから、町の人には『偽能力者』の件を伏せていようと思うんだ。例え嘘でも、信じた町の人達の希望を、奪いたくないんだ。マリアのエミタは不具合があって、修理に向かったとかいう理由でさ」
千影の提案に、残る六人は視線を交わす。各々、胸中に様々な思いはあるだろうが、最終的には彼の提案に賛成の意を示す。
「じゃあ、決定という事で」
その決定に、千影は安堵の息を吐き。
「その前に、お婆さんを埋葬してあげませんか? このままというのも‥‥」
なつきの提案に、仲間達は−−一部はしぶしぶ重い腰を上げて−−『作業』に取り掛かった。