●リプレイ本文
●出発前
フランス南部の町ペルピニャンでは、三台の車が能力者達を待っていた。
「さて、無事にこいつを送り届ける訳だな」
三台のうち一台、大型トレーラーのコンテナを、頼もしげにシアン・オルタネイト(
ga6288)が軽くノックする。一方で硬い表情のみづほ(
ga6115)は、ぎゅっと両手を握った。
「マラガまで護衛、でしたよね」
「スペイン南部‥‥やっぱり、緊張しますか」
声を掛けられて振り返れば、後ろにいたロジー・ビィ(
ga1031)と目が合う。
「ええ。アフリカ大陸から、そう遠い場所ではありませんから」
隠さずにみづほが心情を明かすと、「そうですわね」とロジーは微笑みを返した。
「でも、輸送物資の‥‥護衛って‥‥。中身は‥‥何だろう? 気になるけど‥‥」
眼鏡越しに幡多野 克(
ga0444)が、大きなトレーラーを観察する。見る限り、冷凍冷蔵設備などは見当たらず、後部の扉も閉まっているため、中身は全く想像がつかない。
「物資とくれば、生活するモンにとっちゃ、きっと何より必要でありやがるです‥‥中身が何かは知らねぇですが、シーヴ、詮索する気ねぇです。知らせる事が必要なら、リヌも話しやがると思うですから」
赤毛をさらりと左右に振るシーヴ・フェルセン(
ga5638)だが、真壁健二(
ga1786)は恰幅のよい腹の上で腕を組んだ。
「自分達が何を守るのか知っておいた方が、護衛もやりやすいんじゃないでしょうか、えぇ」
「気になって‥‥依頼に、集中できない‥‥とか‥‥?」
冗談めかして克が小さく笑うと、背筋を伸ばしたキーラン・ジェラルディ(
ga0477)は改まってこほんと一つ咳払いをした。
「壊れ物なら、キメラとの戦闘で破損する危険もあると思うのですが」
「そんなに、中のブツが気になるかい?」
聞き覚えのある声に克がそちらを見やれば、寒そうにリヌ・カナートが歩いてくる。
「手間を取らせちまうが、よろしく」
リヌはひらりと手を振り、彼女へ向き直ったエリザベス・シモンズ(
ga2979)が右手を差し出した。
「こちらこそ。わたくしはイングランドより参りました、エリザベス・オーガスタ・ネヴィル=シモンズと申します。リズとお呼び下さって、構いませんわ」
「了解、リズ。リヌ・カナートだ、本来はジャンク屋なんだが‥‥故あってな。世話になるよ」
差し出された手にリヌが握手を返すと、エリザベスは「いいえ」と頭を振り。
「EUの盟邦スペインの苦境を救う力となれるならば、真に喜ばしく思いますわ。スペイン王陛下に、主の御恵みあれ」
短く祈る仕草を見せるエリザベスの肩を、リヌは軽く叩く。
「道中、厄介事が起きないよう、ついでに祈っててくれるかい?」
「ええ、もちろん」
「有難いね。頼もしい限りだ」
エリザベスが即答すれば、からからとジャンク屋は笑った。
●物資の『正体』
「皆でマラガへのコースを検討した結果、スペインの東側を通るルートを選びましたわ。海沿いに南下する事になりますが、見通しが良い‥‥即ち、敵に見付かり易いが応戦もし易い。と考えました」
「ふむ‥‥その方が仕事しやすいってんなら、任せるさ。バグアに関しちゃ、そっちが専門な訳だしな」
ロジーの説明に頷いたリヌは、コンテナのロックを外して扉を開けた。中には赤い十字がプリントされた段ボール箱や、膨らんだ穀物袋が詰まれている。
「見た感じ食いモンや水、衣類に薬ってところかな?」
「手前は、な」
見た印象を口にするシアンの隣で、ひょいとリヌが中へよじ登った。
「偽装とかしてるなら、シーヴらにバラしても平気でありやがるですか?」
「こういう仕事は、信頼関係が大事だしな。何もカツがれるのも、癪だろ。その代わり、バラす以上は他言無用で頼むが」
身を屈めたリヌが伸ばした手を、少し考えてからシーヴは掴み。反動をつけて、コンテナへと上った。薬や食料といった物は、コンテナの手前に集められ。奥へ進むと、大きな長方形の木箱が幾つも積まれている。
「これは?」
表面には何も書かれていないが、違和感を覚えたエリザベスがリヌを見やった。
「これもまた、競合地域で生きていくのに必要な物、ってトコだ」
「つまり‥‥火気厳禁、かな‥‥」
リヌが煙草を吸っていない事に気付いた克が、それとなく『探り』を入れる。
「ああ。能力者じゃない者がキメラと戦うってのは、可能な限り避けるモンだが、たまに避けられない場合もあるからな」
「中身、武器なんですね。それも、小火器ではなく‥‥」
重ねた箱を前にみづほが呟き、健二がリヌへ口を開いた。
「荷物の中に、振動に弱い電子部品や精密機器はありますか? 必要なら、手持ちの盾で補強しておきますが。小さな荷物しかカバーできませんが、多少の効果はあると思います、えぇ」
「気遣いは有難いが、それは自分の身を守る為のモノだろ?」
「こう見えても‥‥と言うのも何ですが、グラップラーですので。それに車両からの援護なら、銃で行ないますから」
「そうかい? 時間は惜しいし、自分の命に責任が持てるってんなら、構わないが」
「固定、手伝いますよ。そういうのは慣れてますから」
キーランが手助けを申し出て、リヌに荷を教えてもらった二人はすぐ作業を始めた。
「それじゃあ、気をつけてな」
見送りにきていた男が、声をかける。トレーラーは返事代わりに一つクラクションを鳴らすと、前後を能力者達が乗る車に守られ、ペルピニャンを出発した。
「信頼していますわね。疲れましたら、運転を代わりますので」
トレーラーのハンドルは当然の如くリヌが握り、助手席では双眼鏡を手にしたロジーは外へ注意を払う。
『海沿いを南下するなら、今日中にアリカンテ辺りまで進んでおきたいですね』
「ああ。もっとも、道の状況とバグアのご機嫌に寄るが」
無線より聞こえてきたみづほの声に、リヌが答えた。彼女が運転する車はトレーラーの後ろを固め、それにはシアンとエリザベス、そして克が同乗している。
『世が世なら、地中海を望みながらの気楽な旅‥‥なのですが』
もう一台の車からキーランの声が届けば、明るくリヌが笑った。
「邪魔モノが出なきゃあ、それなりに気楽な旅になるだろうさ。リズのお祈りの効果が、あればいいがね」
前を走る車はキーランが運転し、健二とシーヴが乗り込んでいる。能力者達の計画では克とシーヴもトレーラー組だったのだが、トレーラーの定員は二名。結果、次の運転を担当するロジーを残し、二人は仲間の車に分乗している。
車列は高速道路を南へ進み、一路ピレネー山脈を、そしてその先のスペインを目指した。
●AP−7南下
バルセロナを越えると、左手には冬の地中海がちらちらと見え隠れする。やがてタラゴナを越えれば、間もなく見えない『境界線』を越えた。そこから南は、いわゆる競合地域に入る。
「バレンシアまでは、このままAP−7を南へ進みます。そこからは状況を見て、アリカンテまで行く形ですか、えぇ」
『ん〜、コッチの地理はよく判らないけど、ひとまず了解。アリカンテから先は?』
無線で予定を告げる健二に、後続車のシアンが質問を返した。
『この高速は西へ向くと、山の中を通る。それならカルタヘナからアルメリア、マラガと、海沿いの地道かね。ソッチの方策でいくなら』
リヌの返事にシーヴがロードマップを開き、細い指で経路を辿る。それから運転席と助手席の間から手を伸ばし、助手席のキーランに手招きで無線のマイクを要求した。
「どこかで、休憩も必要じゃねぇかと思うですが。適当なポイントは、リヌが詳しいんじゃねぇですか」
『それなら、できればでっかい街は外した方が安全か‥‥危険は、キメラやワームだけじゃないからなぁ』
ちらりとリアウインドウ越しに、シーヴはトラクターを見る。車間が開いている為、今はロジーに運転を任せて助手席にいるリヌの表情は判らず、再びシーヴはマイクの通話ボタンを押した。
「道路状況や天候。それ以外、何か不安材料でもあるですか」
『ああ。人が多い場所じゃあ、物資狙いの暴徒に襲われるかもしれない。もちろん寂れた場所でも、山賊紛いの連中が潜んでいる可能性もある。この非常時に人が人を襲うなんぞ、情けない話だが』
「全くもって、根性ナシだとシーヴも思うです」
憤慨して答える少女に、無線越しに笑い声が聞こえてくる。
「おかしい事でも、ありやがるです?」
『いいや。頼もしい限りだ。どっちにしても『本番』はアリカンテから先だろうから、よろしく頼む』
『もちろん、任せてくれ!』
「当然であるです」
シアンに続いて、シーヴもリヌへ即答した。
やがてバレンシア近郊で高速を下り、休憩を兼ねて道路の情報を仕入れた一行は、最終的にそのままAP−7を使っての海沿いルートを取った。
南へ下るに従い、また大きな都市を目にするたびに、車窓の風景は徐々に荒廃していく。
穴の開いた農地、抉れた山肌、あるいは一部が吹き飛んだり倒壊したビルなど。街を歩く人々からは活気や生気が失われ。対向車線には積めるだけの荷物を積んで、幹線道路が生きている間に北へと逃れる車を見かける事も、多くなっていく。
そして日付が変わるより前に、アリカンテを通過した。
「寝るのも仕事のうちってね。鋭気、養っておこう」
運転ローテーションで交代したシアンは、助手席の背もたれを若干後ろへ倒した。
「できるだけ、安全運転を心がけます」
次の運転手となったエリザベスが運転席に座り、みづほは後部座席で警戒につく。本来なら、シアンもエリザベスも他国の公道を走る事ができる年齢ではないが、『非常事態』であり、能力者としての『任務中』だ。
先頭の車でも克が僅かな休息を取り、トレーラーを運転するロジーの後ろにある仮眠スペースでは、シーヴが寝息をたてている。
「リヌも、適当に休んでくださいね。疲労は判断力も鈍らせますしね」
寝息を聞きながらロジーが告げれば、リヌは彼女の差し入れの珈琲を軽く掲げた。
起きている者達は無線でこまめに連絡を取りつつ、可能な限り安全なコースを選び。
その為、遠くにキメラの影は見かけても襲撃には遭遇せず、夜明けを迎えた。
●陰る『太陽の海岸』
それぞれのハンドルを握る三人はアクセルを踏み、西へと向かう三台の車は速度を上げていた。
その後ろからは、豹の様なキメラが追いすがってくる。
「聖ジョージの加護のあらんことを!」
短く祈りを捧げてから、エリザベスが窓からライフルを構えた。
的確なダメージを狙う訳ではなく、威嚇の意味でトリガーを引く。
射出された弾丸は、キメラの肉を削り取り。
もんどりうって倒れた姿は、見る間に後方へと遠ざかって見えなくなった。
『個人的な経験則だが、長距離を高速で走る『足』を持つヤツは限られている。一度足を止めさえすれば、逃げる分にはコッチの勝ちだ』
「とはいえ、なかなかスリリングな運転ですが。ずっと覚醒状態という訳にも、いきませんし、えぇ」
無線のリヌに、先頭車を操る健二が苦笑する。
ルートは直線的で走りやすいが、先頭はどうしても周囲の状況に気を払わねばならない。その為、助手席ではアサルトライフルを手にしたキーランが、神経を尖らせている。また後部座席でも、運転ローテーションを替わったロジーが注意を払っていた。
南へ行くほど、周囲の『状況』は険しくなり。
アルメリアを越えた付近から、キメラによる襲撃が断続的に始まった。
「対岸は地獄‥‥、か」
海へ注意を払いつつ、みづほが呟く。
『左手前方、岸から大きな蛸のようなキメラが見えやがります』
『判った、接触しないよう避ける』
シーヴの報告に、すぐさまリヌが答え、シアンがマイクを握った。
「トレーラーに腕を伸ばすようなら、こっちで牽制するから!」
『了解、任せた』
そして青空の下、道を切り開く銃声が繰り返し響く。
やがて地平線の先に、マラガが見えてきた。
「うわ‥‥凄い状態、ですね‥‥」
車から降りた克は、自分達が乗っていた車の状態に苦笑した。
キメラの攻撃を受けた車体は、ところどころで塗装が剥げ、ボディも歪み窪んでいる。
「ま、無事に着いたんだからな」
「そうですね。物資も無事で何よりです、えぇ」
やれやれとキーランが背筋を伸ばし、健二もまたほっと胸を撫で下ろしていた。
「ありがとさん。お陰で、問題なく『仕事』を終わらせる事が出来たよ」
「礼には及びません。これで、少しは‥‥助けになればいいのですが」
礼を言うリヌへ首を横に振り、コンテナに集まってきた人々をロジーは見つめる。リヌの話では、彼らはマラガで反バグアの活動をしている地下組織に属する者達で、これらの物資を頼りにしばらくまた抵抗を続けていくのだという。
「解放作戦が、南欧ではなく五大湖となったのは、残念ですけれども‥‥」
ふっと、エリザベスが表情を曇らせた。次の作戦地にイタリアが候補にあがっていたものの、最終的にはアメリカが選ばれ。欧州の競合地域で生きる人々は、まだしばらくは『光明』の見えない戦いを続けなければならない。
「自分達のできる『限界』は、よく知ってるさ。それでも手に余るようなら、厄介事を頼む事になるだろうが‥‥」
憂鬱そうに溜め息混じりで煙草の煙を吐くリヌに、シアンが親指を立てた。
「その時は、いつでも呼んでくれれば」
「手が空いていたら、シーヴも駆けつけるです」
シアンは自信ありげに、そしてシーヴは明後日の方向を向きながら答えると、リヌは笑って二人の髪をぐしゃぐしゃとかき回し始めた。
「うわ、何だよっ?」
「ちょっ‥‥横暴でありやがるです、リヌ!」
抗議する二人とリヌの様子を、みづほは微笑ましそうに眺める。
一方コンテナでは、賑やかに物資を下ろす作業が始まり。
活気付くマラガの人々の笑顔を、八人の能力者達は様々な思いで見つめていた。