●リプレイ本文
●冬の田園
葉を落とした木々に囲まれた丘から、城砦が町を見下ろす。冬の陽に照らされたカルカッソンヌは、穏やかに佇んでいた。
時おり渡る風は、冬の香りと冷たさを含む。だが榊兵衛(
ga0388)は気にせず、乱雑に纏めた髪を遊ばせた。
「空気が旨いな。こういう場所だと、酒や料理も旨かろう」
「はい。何だか、とっても平和なところ、なのですね」
ぽかぽか陽気に、ほにゃんと赤霧・連(
ga0668)が赤い瞳を細める。
「ここから南へ100kmも行くと、スペインなのにね‥‥う〜ん」
指を組んだ手を天へ向け、シャロン・エイヴァリー(
ga1843)は大きく伸びをした。
「そういえば連は、初フランスだっけ。私も名前しかわからないんだけど、お肉と豆を蒸し煮にした、カスレっていうのがメジャーらしいわよ」
「どんなのでしょう、楽しみです」
何故か気合を入れるかの如く、連はぎゅっと拳を握る。
「美味しい物が、たくさん食べれるのかな? 愛紗も楽しみ〜♪」
パンダぬいを抱いた愛紗・ブランネル(
ga1001)は、たすき掛けに提げたパンダのポシェットを弾ませた。途中、窓辺のプランターや飾り細工を観察したりと、好奇心の赴くまま蛇行しているが。
「何か、面白いものでも見つけましたか?」
「うん! あのね、あのね‥‥」
足を止め、膝に手をついて鏑木 硯(
ga0280)が隣で身を屈めれば、愛紗は小さな発見を嬉しそうに報告した。
「考えてみると、あの年の子達は『空に赤い星のない頃』を知らないんですね」
兄と妹の様なやり取りをする愛紗と硯の背を見守るロジー・ビィ(
ga1031)の胸中へ、ふとある感覚が湧き上がる。アップにしてた銀髪をふるりと揺らし、彼女はそれを振り払った。
「いつか、本当に平和な空を、見せてあげたいものです」
「うん。そうだね!」
自身にも『凶星のない空』は明確な記憶にはないが、力強くリーゼロッテ・御剣(
ga5669)が賛同する。
その拍子に、ハイヒールの踵を道に転がる小石に引っ掛けた。
かくんと膝が抜けたように、彼女はバランスを崩し。
「ふぇっ!?」
「危な‥‥っ」
転びかけたリーゼロッテを、慌てて力強い腕が支える。
「大丈夫、ですか?」
「あ、うん、だいじょーぶっ」
顔を覗き込むようにキリト・S・アイリス(
ga4536)が気遣えば、体勢を立て直した彼女は、改めてぺこんと頭を下げた。
「ありがと、キリト。気をつけなきゃね」
リーゼロッテが肩を竦めれば、「どういたしまして」とキリトも笑顔を返し、再び彼女の少し後ろを歩く。
「ドレス、大変な事にならなくて、よかったね」
花束を大事そうに抱いた日渡 美園(
ga6765)が安堵し、リーゼロッテは笑って小さく舌を出した。
「うん。気をつけなきゃね」
リラックスした彼女の仕草に、緊張気味だった美園も表情を綻ばせる。
「依頼って、もっと怖いものばかりだと思っていたけど‥‥ちょっと安心しちゃった」
薄いピンクのバラを始めとした花々を見つめて美園が呟くと、隣に並んだ連は「うんうん」と首を何度も縦に振った。
「皆とお料理をいただけるなんて‥‥とても、楽しみなのです。コールさんは、どんな方でしょうね? お花も、気に入ってもらえるといいのですけど」
「皆で選んだお花だもんね」
「ところで昼寝、道は大丈夫?」
先頭を歩く鯨井昼寝(
ga0488)が手にしている紙を、横からシャロンが覗き込んだ。
「うん。あれみたい」
簡単な地図を見る昼寝が、先に見える一軒の家を指差す。
「実は、かなり‥‥家庭的な店だったり?」
「どうかな」
小首を傾げるシャロンへ答えた昼寝は、道に散らばる小石の一つをつま先で軽く蹴った。
●ブラッスリ
「遠いところを、いらっしゃい」
清潔感のある店内に、食欲をそそる香りが漂う小さなブラッスリ。招待された者達を迎えたのは、長身で体格のいい中年の男だった。
「初めまして。ウォーロックだ、よろしく」
自己紹介と同時に差し出された手を、一拍遅れて硯が握り返し、丁寧に一礼する。
「お招き、ありがとうございます。せっかくですんで、息抜きに楽しませてもらいますね」
その後ろから、遠慮がちに愛紗がひょこと半分だけ顔を覗かせた。
「はじめまして、コールおじちゃん」
「ああ、初めまして。おっかながらなくても、取って喰ったりしないからな」
大きな手がぽんと頭に置かれると、反射的に愛紗は首を竦める。
「コールさん、お招きありがとう♪」
笑顔でシャロンが膝を軽く曲げ、続いてロジーが握手を交わした。
「ロジーと申しますわ。楽しみにしてましたの!」
「それは光栄な事で。お嬢さん方の、口に合えば良いんだが」
「周辺の環境から察するに、食材はオーガニックかしら。『ラスト・ホープ』では、島民の量を確保する事が先だから、楽しみね」
胸元のリボンがワンポイントの、シンプルな黒のフェミニンワンピを纏った昼寝が、肩に掛けたピンクのショールへ手を添える。彼女の笑みにどこか挑戦的な印象が漂っているのは、性格的なものだろう。
「今回のご招待に感謝する、ウォーロック殿。俺は、槍使いの榊兵衛と云う。以後、お見知りおきを願いたい」
コールと握手をする兵衛は、同時に軽く頭を下げた。
「今日は、純粋に料理と酒を楽しませてもらいに来た。旨いのを頼む」
「いやはや、御眼鏡に適うといいんだが」
苦笑しながら、料理人も兼ねるオーナーは肩を竦める。
エスコートしていたキリトの腕から手を離すと、リーゼロッテは赤いドレスのスカートを軽く持ち上げた。
「この度はお招きいただき、誠に感謝いたします♪ 今日は、大いに楽しませていただきますわ♪」
恭しいリーゼロッテの挨拶とは対照的に、キリトは短く「よろしく」と告げる。そんな彼へ振り返ったリーゼロッテは、額をピンと指で弾く素振りをみせた。
「キリト。今夜の貴方は淑女をエスコートする騎士なんだから、私を満足させるぐらい楽しませないと、地中海に沈めるんだからね♪」
「う‥‥」
見上げる瞳にキリトは思わず言葉に詰まり、彼の反応にリーゼロッテは悪戯っぽく笑う。
「お食事会、とっても楽しみにしていたの」
白とピンクを基調としたゴシックロリータな服装の美園が、柔らかくにっこりと微笑んだ。
「はい、私と連からバレンタインのチョコの代わりに」
ピンクとチョコレートカラーのリボンで彩った花束を、美園はコールへと差し出す。そして連もまた、ラッピングされた平たい箱と封筒を手渡した。
「ささやかですが、プレゼントなのです」
「俺に?」
目を瞬かせたコールに、連は一つ頷く。
「ご招待の、感謝の気持ちなのです♪」
「日本のバレンタインでは、意中の人へチョコとプレゼントを渡すんです。親しい人や職場の男性にも、日々のお礼に渡しますが」
リーゼロッテの説明に、「ああ」とコールは納得した様子をみせる。
「つまりシャイな日本のお嬢さん達が、意中の相手を隠す訳だ」
「そういう考え方もある‥‥のかな?」
腕を組んで考えながら、硯は微妙に苦笑した。
「愛紗、良かったら、この席おいで」
シャロンが手招きをして隣の席へ誘えば、愛紗は嬉しそうに駆け寄ってくる。
「なんだか久しぶり♪ 元気だった? ハッチーもね」
「うん、元気だよ!」
元気よく答える愛紗に、シャロンは笑み。赤いリボンを結んだパンダぬいと、軽く握手をした。
●素朴な宴
「田舎料理で申し訳ないが、楽しんでもらえたら有難い」
十人の為に整えたテーブルで、改めてコールは招待に応えた者達を歓迎する。
気軽に料理が楽しめるよう、テーブルにはサラダや海鮮料理、パンやチーズなどが並べられていた。中でも、三人から四人ごとに置かれた陶器の土鍋が目を引く。
「Tomorrow is another day,今日ぐらい、嫌な事は忘れましょ♪」
グラスを掲げたシャロンの言葉が、乾杯の音頭となった。
「これがカスレ、なのです?」
湯気の立つ土鍋を、連がじーっと観察する。
「ああ。白いんげん豆とソーセージ、羊にヤマウズラを加えて煮込み、オーブンで焼いたものだ。口に合えばいいが」
カスレを皿に取ったコールは、それを連の前に置いた。
「これには、どのワインが合うかしら?」
尋ねるリーゼロッテに、彼はクーラーに差した二本のワインを示す。
「カスレは赤ワイン、海老には白ワインがおすすめかな」
「じゃあ、赤をお願い。あ、キリトは未成年だから、まだダメよ?」
リーゼロッテが人差し指を振れば、「判っています」とキリトは苦笑した。じゃがいものピュレを添え、アメリケーヌ・ソースのかかったエビのソテを一口食べた美園が、目を輝かせる。
「この海老、美味しいね。ソースは、チョコレートを使っているのかな?」
「カカオの風味が、いいですね。鯨井‥‥」
美園に頷いた硯が話を振ろうと昼寝を見れば、彼女は黙々と熱心にナイフとフォークを動かし続けていた。やや遅れて、硯の視線に気がつく。
「ん、意外と手が込んでるわよ。コレ」
遅れて返事をする昼寝に、ロジーはくすくすと笑った。
「ええ。美味しくて、羨ましいですわね。あたし、お料理センスゼロらしいんですの。昔、友人に『壊滅的』とまで言われましたわ」
「ほむ。わひゃひも、おひょうひひゃにゃはにゃは‥‥」
「赤霧‥‥食べるか喋るかの、どっちかにした方が良いと思うが」
食べながら何かを主張する連に、箸で料理をつつく兵衛が促す。首を上下に振って頷きながら、連は口の中のモノを噛んで飲み込み。
「はぐむぐ‥‥なのです!」
「うん。何だかよく判らないような、判ったようなだけど」
小首を傾げつつ、相槌を打つ美園。
そんな十人を、コールは面白そうに眺めていた。
「しかし、能力者というのも大変だろう」
「う〜ん。でも『ラスト・ホープ』の生活は、楽しいですよ」
にっこりと、笑顔で硯はテーブルについたコールに答える。
「良い仲間にも恵まれてると、思いますし。純粋に前だけを見てる奴、笑顔を絶やさない優しい人、普段おちゃらけてるけど、咄嗟の判断が鋭い人とか。俺も彼女らに負けないよう、いろんな意味でもっと強くなりたいですね」
意味ありげに、硯はちらと友人達を窺った。
「抱負って訳でもないですが、いま自分にできる事を精一杯やっていきたいって感じです」
「でもあたし自身は‥‥『能力者』といっても、能力者・非能力者としての精神的区別はありませんの。ただ、自分に出来る事をする。それだけですわ」
手にしたワインのグラスを、ロジーはゆっくりと回す。揺れる真紅の水面を眺める彼女は、やがて濃い色ながらも透き通った液体越しに見るように、グラスを掲げた。
「非能力者の方だって、色々な事との戦いの毎日です。それがあたし達にはバグアと言う存在がメインなだけですわ」
「そうだな。俺も、能力者だったから戦う訳じゃない」
エミタの埋まった手に視線を落とした兵衛が、一度拳を軽く握り、再び開く。
「例えこの力がなくとも、何らかの形で戦っていたと思う。おそらく傭兵仲間の中にも、そういう考えの奴は大勢居るだろう。そういう意味からすると、能力者と言っても普通にいる人間と変わらないと思うが」
「その資格があったから能力者になって、そこに守りたい人がいるから戦ってます。私は傭兵である事に、誇りを持ちません。私は私、それだけは変えてはいけないと、思っています」
大切な皆の笑顔を守りたいからと呟く連は、静かに瞳を伏せて胸に手を当てる。
「まぁ、単に強い相手と戦ってみたい、私みたいなのもいるんだけどね。日々の研鑽で、人はどれ程の高みに上り詰める事ができるのか。それを知るために、最前線での戦いを欲している感じ?」
カスレのお代わりを盛りながら、昼寝はあっけらかんと答えた。彼女の単刀直入さに、シャロンは笑ってコールを見やる。
「この通り、見たまんま‥‥としか答えられませんね。たった十人集まっただけで十人十色、時々ぶつかったりもしますけど、その分タフなのかもしれません」
「だけど、不思議よね。適性検査の結果を知るまでは、能力者になろうと思わなかったのに」
はふと一つ大きな息を吐き、美園が纏った衣装の袖口を軽く引っ張って整えた。
「適合検査を受ける前は、こんな感じの衣装のブランドを立ち上げようと思っていたのよ。私も、家族や友人も、危険な目にあった事はなかったし。でもこれからは、見知らぬ誰かの為にも、命をかける事があるんだね」
「愛紗、怖くないよ。だって、一人じゃないもん。皆一緒だし、それに面白い人がたくさんいるのー♪」
無邪気に足をブラブラと遊ばせる愛紗が、急に不思議そうな顔をする。
「そういえば、『アルシュ』って『箱舟』だっけ?」
「ああ。本当は『Arche』と綴るんだが、看板を頼んだ者が‥‥完成させられなくてね」
コールが厨房と客席を区切るカウンターの上へ、目を向けた。そこには木彫りの看板が飾られているが、最後の『e』の部分には文字の代わりに穴が木板を貫通していた。
「ところで‥‥ウォーロックさんは、俺達に何かして欲しい事があるとか?」
慎重に硯が切り出せば、シャロンもまた頷く。
「私は、コールさんと同郷なんです。こちらの戦況は気になりますし、必ずとは言えませんけど‥‥何かあった時は、微力を尽くします」
「ああ。旨い料理と酒を頂いた以上、貴殿と繋がりが出来た。何かの折りには、お返しに訪れる事もあるやも知れないな」
「困っている事があれば、相談に乗るわよ」
兵衛に続いて、昼寝がウィンクをひとつ投げた。
「ほむ、コールさんは私達、傭兵さんをどう思っているのでしょう?」
興味深げに連が尋ねるが、返事の代わりにコールはコインを加工したペンダントとロザリオを能力者達へ渡した。
「う〜ん、少し寒いけど、酔い覚ましにはいいわね」
夜空の下で、リーゼロッテは上着の前を合わせた。
食事の後、店内のピアノに連が目を留める。他の者達はデザートとロジーが持参した紅茶を手に、彼女の演奏を聞いて寛いでいた。
「この戦いが終わって、能力者の力が新しい戦火の火種にならなければいいのですが」
背後のキリトの呟きに、彼女は振り返る。
「ね、キリト。シンデレラに残された時間は少なそうだから‥‥キスしてくれる?」
リーゼロッテが見上げて聞けば、突然の頼みに当然の如く相手は動揺の色を浮かべ。どぎまぎと顔を赤らめるキリトに彼女は微笑むと、彼の唇に指を当てた。そしてその指を、自分の唇に押し当てる。
「Merci‥‥私は守るわ。お父さんが愛した空を」
決意の表情で、リーゼロッテは夜空を眺めた。
「あの、これ‥‥いつかのお礼に。フランス流バレンタインという訳では、ないですけど」
青いバラの花とコサージュを、硯はシャロンへ差し出す。彼女だけでなく、昼寝には赤、愛紗にはピンクのバラを用意していた。
「紳士ね、硯は」
シャロンが笑顔で受け取る一方で、昼寝は「義理チョコならぬ義理花?」と笑って茶化した。