●リプレイ本文
●現地確認
「う、わぁ‥‥」
「これは‥‥凄い、というか‥‥酷い、というか‥‥」
近付く春の気配を感じさせる陽光が、空から降り注いでいる。
そんな日差しを浴びながら口を開いたリゼット・ランドルフ(
ga5171)と幡多野 克(
ga0444)は、文字通り開いた口が塞がらない状態となっていた。
支柱の片方が地中深くまで引き込まれたブランコを始めとして、遊具も多くが損傷を受け。
縦にひっくり返ったベンチが、標識の様に土の中から突き立ち。
周囲を囲む木々は傾き、あるいは根を天に向けている。
そして平らだった地面はあちこちで隆起し、もしくは陥没していた。
「キメラに‥‥襲われた人が、無事で‥‥本当に‥‥良かった‥‥」
「そうですね‥‥」
「あ。公園に入らないよう、気を付けて」
しみじみと呟く二人へ、念のために二階堂 審(
ga2237)が注意を促した。
六人が立っている歩道の敷石も、場所によっては少し浮いているような感覚がある。不安定さを覚えたレーヴェ・ウッド(
ga6249)が黙って数歩ほど脇へ移動した。彼とは逆に、観察しようとドクター・ウェスト(
ga0241)は公園と周囲を隔てる柵に手をかけ、中をよく見ようと伸び上がる。
「ふむ。話に聞いた棒状の物質というのがよく判らないが、キメラはハリモグラの類に似たモノかもしれないね〜」
「被害状況からすると、ターゲットは『釣り』甲斐のある相手のようです」
局所的に地震が起きているかのように、一部で揺れている木々を確認した綾野 断真(
ga6621)が、審へ振り返った。
「準備の方、始めますか」
「そうだね。情報収集に向かった二人が戻ったら、すぐに作戦に取り掛かれるようにしておかないと」
眼鏡のフレームを指で押し上げた審は、住民達が避難した施設のある方角へ、ちらと視線を投げる。
「まずは丈夫なワイヤーと、出来ればトラックのような馬力のある車ですね」
「ん‥‥そうだね‥‥。話が通っていれば、いいんだけど‥‥」
リゼットや克の会話を聞きつつ、仲間達と『準備』へ向かった。
●作戦準備
避難場所となっているコミュニティの会館には、不安げな表情の人々が集まっている。
競合地域から遠くない場所とはいえ、まだ一応は情勢が安定しているといっていい場所なのだ。
「じゃあ、おじいさんはこちらに避難してないんですか」
「ええ。あの人が住むあたりは、まだ避難指示が出ていないからねぇ」
「もしかして、住所をご存知ですか?」
愛想よく頷く女性に、ナオ・タカナシ(
ga6440)は急いで紙を取り出し、メモを取る。
説明をする女性の後ろでは、おそらく娘なのだろう。四歳か五歳くらいの女の子が、ぎゅっと女性のスカートを握っていた。それに気付いたナオがにっこりと微笑めば、恥ずかしそうに女の子は女性の後ろへ隠れる。
「こぉら。このお姉ちゃんとお友達が、公園に出た悪いキメラをやっつけてくれるのよ?」
「あは‥‥はは、いいですよ。すぐにまた、みんなと公園で遊べるようになりますからね」
ちょっと強張った笑いを返したナオは、小さく女の子へ手を振ってみせた。
「では、ありがとうございました」
女性へ礼を告げてから、彼は足早に公衆電話へ向かう。
メモを取り出し、書かれた番号のボタンを押せば、数回の呼び出し音の後に男の声が電話に出た。
「あの、ロジーさんはいらっしゃいます?」
「代わりました。場所の方、判りました?」
『はい、彼の住所ですが‥‥』
受話器を肩と手で押さえながらロジー・ビィ(
ga1031)はペンを走らせ、ナオの言葉を紙へ書き取った。
『後はお任せ致します。お手並み、拝見しますね』
「ええ、任せて下さいな。子供達の方は、お願いしますわ」
静かに受話器を置くと、ロジーは住所を書いた紙をメモブロックから剥ぎ取る。
「すみません。こちらの住所なんですが‥‥」
「了解しました」
頷く警官に案内され、ロジーは目撃者である老人の元へ向かった。
「みんなが帰って、エルヴィンと遊んでたら、急に地面ががば〜ってなったんだよ」
「‥‥うん」
気の強そうな少女の言葉に、おとなしそうな少年がこっくりと首を縦に振る。
「じゃあ、友達が帰る前は、特におかしい事はなかったんですね」
重ねてナオが尋ねれば、ジェシカとエルヴィンは顔を見合わせてから、再び揃って首肯した。
「二人とも、怖かったでしょう。話してくれて、ありがとうございます」
笑顔で礼を告げたナオだが、まだ二人の子供は何か言いたげな微妙な表情をしている。
「どうか、しましたか?」
促すようにナオが重ねて問えば、おずおずとエルヴィンが口を開いた。
「お兄ちゃん達、悪いやつらをやっつけてるって‥‥ママが言ってた」
友達に続いて、ジェシカもまた小さな手を祈るようにぎゅっと組んだ。
「うん。頑張って、やっつけてね!」
「はい、頑張ります」
子供達を安心させるように、ナオは笑顔で即答する。それから顔を上げて周りを見れば、やや遠巻きに様子を窺う子供達と、不安げな表情を向けている親達の姿が目に入った。エルヴィンやジェシカと同じ年頃の子供もいれば、それよりも年上や年下の子供もいる。
ナオはきゅっと口唇を結ぶと、その期待と不安の瞳を見返し、真剣な表情で透き通る様な白い髪を揺らした。
「大丈夫ですよ。明日からはきっといつも通り、公園で遊べますから」
「どうだった‥‥と言われても、ワシはただ子供達を助けねばと必死だったからのう」
椅子に深く腰掛けた老人は、組んだ指を見下ろして深く息を吐く。テーブルを挟んで座るロジーは、膝に肘をついて僅かに身を乗り出した。
「直感的なもので、構いませんわ。実際に遭遇された方の情報は、貴重ですから」
「とはいえ‥‥そうだなぁ。後で、モグラに似ておるとは思ったが」
「キメラの移動のスピードなどは、どうでした?」
「命からがら、ワシらが逃げ延びたんじゃ。少なくとも、車の様に早い訳ではないのかもしれん」
「確かに‥‥そうですね」
世の中には、老いてもなお老いを感じさせない者もいるが、少なくとも目の前にいる相手の身のこなしは、経年による年齢相応の衰えを感じさせる。気が動転していたというのもあるだろうが、二人の子供達を庇いながらでは、成人男性と比べても走るのは遥かに遅いだろう。
「では、地面から突き出した『何か』については?」
話の切り口を変えたロジーに、老人は皺だらけの手の甲をもう片方の手でさすった。
「それもなぁ。巨大なもんではないが、小さくもない。蔓のような軟体でもなければ、針や爪のような硬い物でもない。アレがナニか、ワシにはさっぱりのう‥‥潜望鏡に似とるとは、思うたが」
「となると、それは地表の獲物を探す感覚器のようなもので、それとは別に地中を進むための爪や何かがあって。それが地表に出せないから、公園内に留まっているのでしょうか」
仮説を立てるロジーの言葉に答えられる者は、当然いない。
どこからそれが放たれ、どうやって町まで辿り着いたかは不明だが、町から逃してはならない存在だという事だけは、はっきりしていた。
ふぅと深い息を吐き、彼女は椅子から立ち上がる。
「皆さん、ご無事で何よりでした‥‥きっと、元のような公園に戻るよう、尽力致しますわ」
「ああ。お嬢さんも、気を付けてのう」
心遣いに笑みで答えたロジーは老人の家を出ると、案内役の警官が待つ車へと向かった。
「ウィンチは、なくてよかったんですか?」
大型ダンプを前に役場の職員が尋ねれば、コピーした地図を広げていた審は「あ〜」と小さく唸ってぽしぽし頭を掻く。
「まぁ、ウィンチが壊れて逃げられる可能性も‥‥否めないしな」
「ワイヤーも、丈夫なのを借りてきたしね‥‥」
空っぽのトラックの荷台へ抱えていた鉄製のワイヤーを乗せると、克は金の瞳を閉じた。次に目を開いた時、彼の瞳の色は本来の黒に戻っている。
「怖い思いは‥‥もう‥‥させない‥‥。公園のキメラは‥‥必ず‥‥倒すよ‥‥」
その隣に、断真が小さな段ボール箱を置いた。
「せっかくの公園なのに、遊べないのは残念ですからね。迅速に、コトにあたりましょ」
「‥‥そうだね‥‥」
断真の言葉に、覚醒を解いた克がゆっくりと頷く。
「それにしても、随分といろんなボールを貸してくれたのね」
彼の横から箱の中身を覗いたリゼットが、くすりと笑った。段ボール箱の中には、児童向けのカラフルなボールから、テニスや野球、そしてバレーやサッカーに至る各種スポーツ用まで、様々なサイズと種類のボールが入っている。それに混じって、数個の接着剤も放り込まれていた。
「はい。ドレが効果的なのか迷っていたら、いろいろ持っていけばいいと、職員の人が」
箱の中からテニスボールを手に取ったリゼットは、感触を確かめるように何度かボールを握る。
「ナオさんとロジーさんが戻ってきたら、二人の話からドレを使えばいいか絞れますね」
「あの‥‥お話中、すみません。車の方は、大丈夫でしょうか?」
案内していた職員が、四人の背中へおそるおそる尋ねた。
「それなら、大丈夫です。たぶん」
おそらくは、能力者と同行するならば、キメラト出くわす事になると心配していたのだろう。断真が答えれば、職員は安堵の表情を浮かべた。
「じゃあ、行こうか」
『物資』が揃った事を確認した審が、ダンプの助手席側の扉を開く。
「これで、キメラを引きずり出せればいいですね。キメラの監視をしている人達へ地図を渡してきましたし、作戦に使えるようなルートを見つけてくれればいいんですが」
大型ダンプを眺めていたリゼットの呟きに、黙ったまま克も頷いた。
公園の前ではウェストとレーヴェがキメラの動向を監視する一方で、地図を地面に広げていた。
「地中から引きずり出すとなると、純粋に力勝負になるだろうから、速度を上げられる直線が望ましいね〜」
「曲がると、角になる建物が損傷を受けかねないからな」
「できるだけ直線になるようにするなら、こっちからこう引き付けて‥‥」
検討したルートをウェストが地図の上でなぞり、運転を担当するレーヴェが実際の風景と照らし合わせる。
「幸い、今回は二人もサイエンティストがいる『恵まれた環境』だ。多少の無理もきくか‥‥」
現場を検証する二人の耳へ、力強いエンジンの音が届く。
「どうやら、無事に調達してきたようだな」
気付いたレーヴェが周囲を見回せば、一台の車に追走する大型のダンプが角を曲がって姿を見せ。
続いて別方向からも、仲間達を乗せた車が戻ってきた。
●キメラ一本釣り作戦!?
「準備はいい? じゃあ‥‥いくよ」
覚醒した克の、その言葉が合図だった。
接着剤で、靴下−−剥ぎ取られた不幸な人物が誰かは、置いといて−−を貼り付けたカラーボールを手に、克が大きく振りかぶる。
ワイヤー付きのボールは、それでも軽々と空中へ放たれる。
ボールはむき出しの地面の上でバウンドすると、てんてんと転がり。
足元の振動と共に、土が盛り上がった。
輪にして束ねていた余分がどんどん解け、レーヴェがダンプのアクセルを踏む。
見る間にワイヤーはピンと張り詰め、アクセルの感触が重くなった。
武器を構えた者達が見守る先で、地中からソレが引きずり出されてくる。
ワイヤーに喰らいついたキメラの頭部は先細りになり、一本の角のようなモノが突き出していた。
「今です!」
公園の柵で待機していたリゼットが合図をして、手にしていた細目のワイヤーの輪を放り投げ。
同時にロジーもまた、投げ輪の容量でワイヤーを投じる。
二本のワイヤーの輪は、辛うじて突起に引っかかった。
が、最初のワイヤーに引きずられたキメラがもがくと、細いワイヤーの先に括りつけた樹木は大きく傾ぐ。
「断真さん、あれ」
弓に矢を番え、様子を見ていたナオがその揺れ方に気がついた。
「先に、木が倒れそうですよ!」
スコーピオンを構えたまま、断真が警告の声を上げる。
「キメラが地中を掘り回っていたせいで、根の張りが緩くなってるんだね〜。地上まで引きずり出さず、地中にいるのを叩いてはどうかね?」
顎に手をやって呻くウェストに、じっとキメラを注視したままの審が首を横に振った。
「逃がす訳には、いきません。地中に戻れない道路か石畳の上に引きずり出すまで、ワイヤーさえもてば‥‥」
「こっちも、できるだけ押さえてみるわ」
「はい!」
柵の上からロジーが公園内へ飛び降り、リゼットが後に続く。
二人は厚手の手袋をはめた手で、木を揺らすワイヤーを掴み、引いた。
「あと、少しなんだ。頑張って!」
「判ってる」
声をかける克に答えたレーヴェは、ギアを下げてアクセルを踏み込む。
エンジンが唸りを上げ、重い車体はじわじわと前に進んだ。それに従い、キメラも徐々に公園の地中から道路へ引きずり出され、茶色い楕円のような寸胴の胴体が、顕わになる。
おおよそ2mほどの大きさのキメラは、モグラに似ていた。
体の下側にある、鋭い爪のついた腕を振り回して、キメラはワイヤーを引っかき。
そのたびに、ワイヤーが鈍い音を立てる。
それを見て、審は超機械γを手にした。左の手首に、蒼白い光の腕輪が浮き上がる。
「『練成弱体』をかける。ワイヤーが切れる前に、攻撃を!」
「それじゃあこっちは、『練成強化』を担当するかね〜。もちろん、幾人分かは分担してもらわないとだが」
エネルギーガンを手にしたウェストに審は頷き、再びキメラを見据えた。
能力者達の武器が、順番に淡い光に包まれる。
自分の武器が強化された事を確認すると、五人は攻撃を仕掛けた。
建物の窓のスナイプポイントに陣取ったナオは長弓を、引き絞り。
断真が、銃の引き金を引く。
フォースフィールドを貫く攻撃に、キメラはずんぐりとした胴体を捩じらせた。
両手両足の鋭い爪が石畳を引っかき、逃げ場を探す。
「何か、不意打ち的な攻撃手段があるかも」
両手でバスタードソードの柄を握るリゼットが注意を促せば、克とロジーが頷く。
「気を付けますわ」
「その前に、潰すけどね」
そして断罪するかの如く、掲げた刃を振り下ろした。
子供達の声が、緑の中に戻ってくる。
小さな両手で掴んだ柵の間から覗き、あるいは柵の上へよじ登り、荒れ果てた公園にわいわいと騒いでいた。公園の中では、役場の職員達が長い棒で地面を突付き、あるいは遊具を揺すったりして、安全の確認作業をしている。
「地面が掘り返されて、危ない場所もあるかもしれないけど‥‥すぐ、元通りになりますよ」
後ろからリゼットが声をかければ、振り向いた子供達は明るい笑顔で「うん!」と力いっぱい首を縦に振った。
いつの間にか太陽は西へ傾き、心配そうに見守っていた親達が家路を急かす。
「じゃあね、ありがとう!」
「お兄ちゃんとお姉ちゃん、またね!」
無邪気に手を振る子供達へ、八人は笑顔で手を振り返した。