●リプレイ本文
●破壊に曝される街を臨み
前回の襲撃から間もないマラガは、まだ建物が崩壊して出来た瓦礫の撤去さえ手をつけていない状態だった。
「酷い有り様だな‥‥この上、まだキメラがウロウロしてるのか‥‥」
生々しく残る深い破壊の爪痕に、重い口調で暁・N・リトヴァク(
ga6931)が街を眺める。
「正確には、当初の被害をもたらしたキメラが海に逃げ、いま一度暴れ始めているのですけれどもね」
言葉を切ると紫の瞳を細め、アイロン・ブラッドリィ(
ga1067)は街並みの先に広がる水平線を見つめた。
「よほど執念深いのか‥‥あるいは、先に退治したインプ型のキメラを探しているのでしょうか」
「復讐、とか? キメラにそういう感情みたいなのが、あるんでしょうか」
彼女の視線を辿った鏑木 硯(
ga0280)がぽつりと呟けば、肩を竦めてシャロン・エイヴァリー(
ga1843)も苦笑する。
「どうかしら。キメラじゃないから、判らないけどね」
「確かに『生きるモノ』である以上は、何らかの感情は存在するかもしれません。ですが、だからといってソレを理解する気は起きませんし、判りたくもないですね。彼らのする事は、あまりに‥‥」
言葉を濁す流 星之丞(
ga1928)の目は巨大キメラの潜む海よりも、瓦礫の山へ釘付けになっていた。
そこで営まれていた、数十あるいは百を越える、ささやかな日常の日々。笑ったり、語り合ったり、時には対立もあり、涙を流し。住んでいた人々が無事でも、かつての光景が取り戻されるには、時間がかかるだろう。
それを思うと、彼の心はジクジクと疼く。
「理解する必要も努力も、それ以前の問題よ」
風が梳く赤毛を左右に振って、鯨井昼寝(
ga0488)は鼻を鳴らした。
「そんな事を考えるより前に、ブッ飛ばすだけだわ」
「ま、同じトコに住む『人間』なら、まだ話し合う余地もあるんだろうが。相手は人智及ばぬ明後日の方向から攻めてきた、『異星の侵略者』だからなぁ。ナニ考えてるかってトコから、サッパリな訳だし‥‥ところで、飲むかい?」
頭を掻いて呻いたリヌ・カナートが、空気を変えるように数本の缶飲料を『能力者』達へ放り投げる。
「ありがとうござ‥‥っと、わっ」
急いで手を伸ばして受け止めた硯は、両手の間で缶を踊らせ。そんな彼の慌てっぷりに、からからと昼寝が笑った。
「これ、炭酸、じゃないですよね」
しっかり正面で受け止めた間 空海(
ga0178)が、プリントされたラベルを確かめる。
「ああ、大丈夫じゃないか? いちいち中身まで、確かめてないが」
「開けて大爆発したら、シャワーとクリーニング代を請求しますから」
笑いながら空海はプルタブに指をかけ、飲み口を人のいない方へ向けて栓を開けた。
シュッと僅かに空気が抜ける音はしたが、中身が噴出するアクシデントはなく。
「ほら、平気だろ?」
「大丈夫だったのを確認してから、言わないで下さい」
当然といった表情のリヌへ、空海は冗談めかして軽く頬を膨らませる。
「にしても、この青い空に青い海。こんな地中海の風景を前に、これがお酒だったらいいのにね。それと美味しい料理があれば、もう言う事ナシなんだけど」
喉を潤したミカエル・ヴァティス(
ga5305)は、缶を空へ掲げた。
「あとは、バグアが攻めてきていなければ‥‥ですか‥‥」
「モチロンよ」
補足する暁へ、ミカエルは片目を瞑ってみせる。
「それが早く現実になるよう、とっととキメラを片付けなきゃね」
間もなく、旧市街にある拠点の屋上から眼下の光景を眺める者達を、レジスタンスのメンバーが呼んだ。
●事に備えて
「先日、襲撃の起きたポイントがここ。その後の目撃情報では、湾を横断するように移動しています」
テーブルの上に広げられたマラガの地図には、被害情報が書き込まれている。それを示しながら、レジスタンスのリーダーは仲間達が集めた詳細な最新情報を加えた。
「ただ海の中へ潜られてしまうと、地上からの監視では掴めなくなりますが」
「洋上、あるいは海面付近まで浮上してこなければ、捕捉できないって事ですね。奇襲に対して事前に備える事は、難しいと」
地図から目を離さず星之丞が指摘すれば、リーダーは顔を上げて頷く。
「そうなります。住人の避難は進めてはいますが、現状での目撃情報を集めると、キメラは徐々に湾の奥へと移動している様です。いつ、この近辺に現れるかも知れません」
「前の接触では、水圧カッターみたいな攻撃手段が確認されてるそうだし、射程内なら内陸でも安全じゃないものね」
口元に人差し指をあて、ミカエルは青い瞳で天井を仰いで記憶を辿った。
「でも、今回はこちらの戦力も一味違うわよ。海に潜ろうと、逃しはしないわ」
腰に手を当て、自信の笑みを昼寝が浮かべる。
「ああ。あれ、やっぱり新型機かい」
ちらと、リヌが視線を窓へと向けた。部屋からは見えないが、八機のナイトフォーゲルに見覚えのない機体が混ざっている事が、ジャンク屋としては気になっていたのだろう。
「そ。ぴっかぴかの、ね」
「水中での航行にも対応していますから、昼寝さんと俺の二人で追い立てます。それで‥‥キメラですが、グアダルマールの河口辺りまで引き込むのはどうでしょう」
硯の華奢な指が西の海岸線をなぞり、陸地の切れた部分で止まった。西から東へと流れる川の河口には、三角州ができている。
「マラガ空港が傍にあるし、空港が駄目なら近くのハイウェイが滑走路代わりになるから、空から陸への行動は迅速になると思うのよね。それに、陸を走るのにも機動性は必要だし」
説明を補足して、シャロンはメンバーと地元の者達の反応を窺った。
「その近辺に工事中の用地でもあれば、もっと好都合ですが‥‥」
星之丞もまた確認の視線を向けるが、リーダーの表情は芳しくない。
「残念ながらそこまでの条件は、ちょっと。だた河口近くの住宅地については、避難が終わっています。ですが周囲は緑が多く、鳥達も多く集まってきますので‥‥」
「キメラに暴れられると、鳥達もいい迷惑ですね。無論、ナイトフォーゲルに棲家を踏み荒らされる事も変わりませんから、迅速に終わらせましょう」
歯切れの悪い様子に言わんとするところを察し、小さくアイロンは微笑み、すかさずビシッと昼寝が宙を指差した。
「相手は既に、交戦済。キメラの正体が判っていて、かつナイトフォーゲルを備えた今回は、十二分に戦えるハズよ。極力、周辺地域に被害を出さず、かつ自分達も可能な限りダメージを抑えて勝つ。そんな完封試合を狙ってこその、一流ぅぅ〜っ!」
「つまり、可能な限り戦闘は海岸線で、ですか‥‥周辺への被害が少なくてすむよう‥‥」
フォローを入れた暁は、顔ぶれに指折り数える。
「編成は、海からが硯さんと昼寝さん‥‥空は空海さんとアイロンさん、そしてシャロンさん‥‥俺を含む残る三人が、地上‥‥ですね」
「ええ。では、善は急げ、ですよ。早速、キメラのあぶり出しにかかりましょう」
テーブルに両手をつき、勢いをつけて空海が立ち上がる。
「アイロンさん、シャロンさん、よろしくお願いしますね」
「こちらこそ」
「被害が出ないよう、頑張ろうね。リヌさん、念のため南西地区が戦闘区域になる事、知らせておいてよ」
「ま、この状況でこっちが出来る事は、そっちが存分に動ける状況を作る程度だからな」
そこら辺はこっちの連中に任せておけと、シャロンの頼みにリヌはひらひら手を振った。
●水中の脅威
水の透明度は、決して高くない。
何度か湾内を往復するように索敵すれば、やがてレーダーに巨大な影が引っかかった。
直接視認はできないが、目標を捕捉したモニターを昼寝が指で弾く。
「今度は逃がさないから。とっとと、陸に上がるといいわ」
『俺は、逆側を抑えますね』
昼寝の機体に合わせ、硯は並んで影の後方につく。
『こちら、鏑木。目標を発見しました』
『了解しました』
報告を入れる硯に、洋上を飛ぶアイロンが返事をした。
『地上班、出迎え準備完了です』
やや間があって、地上で待機する星之丞が状況を伝え。
『こちらも配置につきました。そちらのタイミングで、作戦を開始して下さい。キメラ相手とはいえ、慣れない水中でのドライブです。鏑木さん、鯨井さん、くれぐれも安全運転で』
「OK、アイロン。じゃあ、エスコートを始めるわよ!」
再度レーダーで硯機の場所を確かめた昼寝は、操縦桿のスイッチへ指をかける。
そして二機のカプロイア社製の新型機は、ターゲットとの距離を詰めた。
人気のない海岸線は、静かに波が寄せては返している。
青い空には、弧を描く三つの機影。
その編隊の下、水平線まで船の影一つない穏やかな海に、突然水柱があがった。
「始まったわね」
呟いて、ミカエルは舌で唇を舐め、操縦桿を握り直す。各部の油圧シリンダーが連動して伸縮し、S−01はスムーズに長距離バルカンの照準を泡だった海面へ合わせた。
暁のS−01もまた高分子レーザー砲の射撃体勢に入るのが、キャノピー越しに見える。
『Albatross、いつでもOKです‥‥』
『あのキメラは海からの攻撃だけでなく、地上まで跳躍してくる事もあります。注意して下さい』
「判ったわ」
『了解です』
交戦経験のある星之丞の言葉に、緊張気味で二人が答えた。
『目標が、進路を変えようとしていますね』
水中の僚機とキメラの動きを監視していた空海が、異常を知らせる。
『徐々に、南へずれています。逃走の可能性もありますし、こちらからも牽制の攻撃を行った方がいいかもしれません』
「そうね。硯、昼寝、聞こえた?」
『聞こえてます』
シャロンの呼びかけに、硯が即答した。
『地上へ引き込む囮になるにも、キメラはこちらを避けるように動いています。そちらで頭を抑えてもらって、追い込んだ方がいいかもしれません』
『前回、痛い目をみせてやったものね。根性ナシも、いいところだけどっ!』
正面から向かわないキメラへの不満をぶちまける昼寝に、思わずシャロンは口元に笑みを浮かべる。
「じゃあ、撃ち込むわっ。昼寝、硯、巻き込まれたりしないでよ!」
『キメラへの対応はこちらで引き受けますので、存分にやって下さい』
『お願いします、アイロンさん』
「よしっ、低空から一気に仕掛ける。行くわよ、空海っ」
大きく深呼吸してから、シャロンが操縦桿を傾けた。
アイロンの岩龍にサポートを任せ、空海のS−01とシャロンのR−01がそれぞれ旋回し、高度を下げる。
『目標捕捉、照準合わせ‥‥固定。射撃、開始します』
距離を確認しつつ、空海は迫る水面にD−02の『トリガー』を引く。
狙い違わず、魚影の行く手を遮るように、水柱が上がり。
それを目標に、シャロンがロケット弾を打ち込んだ。
衝撃の水圧が、びりびりと機体を小刻みに振動させる。
だが流される事なく、KF−14は再び向きを変えたキメラの後を追った。
『のんびり、相手をしていられないわ。このまま、一気に追い込むわよっ』
「そうですね」
空からの支援結果を確認し、硯は昼寝に同意する。
幸い、キメラは水中での攻撃手段を持たないのか、反撃はなく。唯一、突進する巨体は脅威であるものの、スピードもナイトフォーゲルが対応できないほど俊敏という訳でもない。
作戦ポイントとの距離を測り、硯は速度を上げた。
『星之丞、聞こえる? 水揚げの予定位置まで近いわ、備えて』
「ええ、見えています」
シャロンからの通信に、星之丞が返す。
三機のナイトフォーゲルが、彼らの上空を横切って。
前方の海面が盛り上がり、プラナリアの様な頭が現れた。
●海より来たりて
『キメラの口に注意して、来るわよ!』
水面下から現れたキメラを見て、シャロンが警告を飛ばす。
同時に、地上で待機していた三機のナイトフォーゲルは、一斉にキメラの前方から散開した。
直後、膨大な水圧が海岸の砂を抉り、撒き散らす。
キメラはそのまま上空の機体を威嚇するように、天を仰ぐ様に頭を巡らせた。
距離もスピードも及ばないそれは、当然、空から攻める三人娘の脅威にはならない。そのまま、空海とシャロンの機体は500mほど西にあるハイウェイへ向かう。
『こちらも、直接戦に入ります』
『気をつけて』
『早く来ないと、パーティ終わらせちゃうからねっ!』
気遣う暁に続いて、ミカエルの明るい声が二人を送った。
『来ます!』
対峙している星之丞の言葉が終わらぬうちに、ナイトフォーゲルよりも巨大なキメラが、水から跳ね上がった。
着地の衝撃に、遠くの緑から一斉に鳥が飛び立ち、変形した機体も振動で一瞬足を取られる。
『往生際の悪いコね。しつこい雄は、嫌われるわよっ!』
ミカエルの叱咤と共に、スナイパーライフルRが火を吹く。
射出された弾丸はぬるりとした体表へめり込み、そこから水の様な液体が噴出した。
『これ、雄なんですか?』
『ううん。性別なんて、知らないけどっ』
ミカエルへ投げた疑問に即答された暁が、橙色の瞳を細めて苦笑する。
「海を汚すのは、気が引けるな‥‥」
小さく呟いて、彼はUK−10AAMの発射ボタンを押した。
ホーミングミサイルが着弾したキメラは、足を軸にして猛然と頭と尾を振り回す。
が、距離を取っているナイトフォーゲルには届かない。
「ヨイチ‥‥狙いなさい」
冷えた声で、空海が言い放ち。
応えるように、S−01はショルダーキャノンを次々と撃つ。
それでも、太い頚部を穿ち落とすには到らず。
『直接、叩き落としますっ』
ディフェンダーを構えたLM−01が、肉薄する。
『了解よ!』
星之丞の動きに、シャロンがタイミングを合わせ。
ぞむりと、ブレイク・ホークとディフェンダー、二つの刃が肉を抉る。
途端、弾けるように切断部から体液が噴出した。
頭を落とされてもなお、キメラの足は動く。
本能的なものなのか、逃れるように巨体は海へと向かおうとし。
だが海の側からは、変形した二機のKF−14が行く手を塞いだ。
『今度は、逃がしません』
『この状態で、まだ逃げられると思ってんの?』
硯に続いて昼寝が鼻先で笑えば、腕が変形して現れたツインドリルが不吉な回転音を上げる。
「少しだけ、褒めてあげますよ‥‥その執念」
海岸で崩れ落ちた巨体に、上空から見下ろしていたアイロンが呟いた。