●リプレイ本文
●『お花見』の謎?
「オハナ、ミ?」
胸に抱いたパンダぬいぐるみ『はっちー』と愛紗・ブランネル(
ga1001)が首を傾げれば、若い整備スタッフは勢いよく頷いた。
「そうっす。チーフは慰労云々って難しく言うっすけど、早い話が『お花見』っす」
「おはなみ〜‥‥」
「ああ、ハナミね。OKOK、私はちゃあんと知ってるわよ」
まだ頭の上に疑問符を浮かべている愛紗の隣で、シャロン・エイヴァリー(
ga1843)は笑顔と共に親指を立ててみせる。
「ほう。日本の季節行事は雰囲気が独自だと聞くが、どんなものだ?」
尋ねるホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)に、こほんとシャロンは一つ咳払いをし。
「ハナミっていうのは、日本の春のビッグイベントなのよね。それで、満開のサクラの木の下で、頭にネクタイを巻いた集団が大合唱とかするのよ」
「‥‥頭に、ネクタイ?」
「それで、大合唱‥‥??」
興味津々だったホアキンの表情がかげり、愛紗も困惑する。
「あ‥‥れ? な〜んか、微妙なリアクション‥‥でも、テレビで見たのよ?」
「あの、シャロンさんシャロンさん」
ちょんちょんと遠慮がちに肩をつつかれて振り返れば、申し訳なさそうな菜姫 白雪(
ga4746)と目が合った。
「今回のお招きは、ちょっと趣が違う気がしますわ。たぶん、ですけど」
慌てて付け足す白雪に、アヤカ(
ga4624)がころころと笑う。
「テレビに映る公園での桜見物って、宴会の場面が多いニャね。そんな風に覚えても、仕方ないニャ」
指を振り振り胸を張るものの、ハタと何事かに気付いてアヤカが首を横に傾けた。
「あれ? そういえば」
斜め45度に頭を傾げたまま、ぐりんと上体を回すアヤカに、反射的に鯨井起太(
ga0984)が身を引く。
「どうか、した?」
「うん。桜って、咲いてたかニャ? ご馳走に誘われた方だから、気にしてなかったニャ」
ニャハハと照れ笑いをして、猫の様に丸めた手でアヤカは頭を掻いた。
「今の時期、日本はまだ梅ですね。それから桜が咲いて、桜が終われば少し間を置いてから、藤が見頃になりますか‥‥」
どこか遠い目で、石動 小夜子(
ga0121)が懐かしそうに呟いた。洋上を移動する『ラスト・ホープ』では、季節を体感する事が難しいのだ。
「詳しいな。梅や桜はともかく、藤が咲く頃には新緑も鮮やかで、改めて『花見』とはいかないものだが」
白鐘剣一郎(
ga0184)が感心すれば、急いで小夜子は黒髪を揺らし、困った様にはにかんだ。
「褒めていただく程でもないですよ。小さい頃から、身の回りに緑が多かったので、自然と‥‥だと思います」
「だけど『ラスト・ホープ』で暮らしている上、世界のあちこちを飛び回っていたら、季節を意識する機会も少なくなるわよね」
手で眩い陽光を遮りながら、色の濃い青空へ視線を上げるケイ・リヒャルト(
ga0598)に、聖 海音(
ga4759)もまた頷く。
「そうですね。様々な国の方が、集まっていますし」
顔を上げれば、道の先には緑に覆われた高層マンションが立ち並んでいた。
「よう来はりましたねぇ。遠慮のう、入って下さい」
チャイムを鳴らして少し待つと、小柄な老婦人が笑顔で招き入れた。
「うわ〜、高〜いっ。でも、見えるのはビルばっかりだね‥‥これは、造花?」
真っ先に窓へ駆け寄った愛紗が、残念そうに呟き。それから、窓辺に飾られた造り物の梅枝へ顔を近づけた。
そこここを同じ梅の花で飾った部屋は、能力者向けに割り当てられたものよりも、ずっとこじんまりとした造りだ。
「こんにちはー」
「お疲れ様です」
姿を見せた能力者達に、既に到着していた整備スタッフ達が次々と会釈をし、声をかけた。
●梅の宴
「息抜きも必要だからな。堅苦しい事は言わん、適当にやってくれ」
『主催』の老チーフが、素っ気ない言葉で宴席に集った者たちを促す。
十数人が囲むテーブルには、夫人が腕を振るった料理が並んでいた。そこへ、海音が持参した重箱を加える。
「皆様のお口に合えば、幸いですけど‥‥」
蓋を開けば、中は春らしい彩りに飾られていた。
錦糸玉子に、薄い桜色のでんぶ。色がくすまぬよう、さっと火を通したきぬさやに、花の形に飾り切りされた人参。
「うわ〜、ちらし寿司かぁ。美味しそうだね!」
お重を覗き込んだ起太が感嘆の声をあげ、包みと蓋を脇に置いた海音は密閉容器を取り出しながら、嬉しそうに「はい」と答える。
「ありがとうございます。華やかですし、宴席に良いかなと思いまして。あと、苦手な方もいらっしゃるかもしれませんが、菜の花のおひたしも作ってきました」
「菜の花って、食べられるんだぁ」
興味深そうに、シャロンは海音が置いた容器を『観察』した。
その間に、台所を借りていたホアキンが盆に小鉢を並べて戻ってくる。
「御夫人、キッチンをありがとう。日本酒に合うかと思って、作ってみたんだが」
礼を述べながらホアキンが置いた小鉢に、アヤカが目を輝かせた。
「お魚ニャ〜っ」
「あらまぁ、綺麗なサンマの梅肉和え。それもちゃんと梅を潰して、種取って‥‥お兄さん、器用やねぇ」
感心する夫人に、僅かにホアキンは苦笑し、料理にも使った梅干の瓶を渡す。
「お招きいただいた礼も兼ねて、これはお土産に」
「嫌やわぁ、わざわざ気ぃ遣ぅてもうて。ほんま、おおきに」
「いや、こちらこそ」
深々と夫人から頭を下げられ、逆にホアキンも恐縮した。
「素晴らしい、素晴らしいよホアキン! ここで梅干をチョイスしてくるなんて! 梅干‥‥それは、おむすびに最も合うと断言してもいい、最強具材! 食がすすむ程よい塩味と酸味、そして何より殺菌保存効果っ! そんな全てにおいて優れた具材である梅干を生み出す、この梅の花! 特に冬の終わりを感じさせる梅は、最も好きな花のひとつだよっ!」
サンマの梅肉和えの小鉢を掲げ、もう片方の手は飾られた梅の枝へ差し伸べて、梅とおむすびへの熱い情熱を語る起太。メンバーの大半は適当に聞き流すが、急須を片手に小夜子はくすりと笑う。
「梅干や梅酒は馴染み深いながら、花とはなかなか結びつかないものですけれど‥‥起太さん、本当に梅がお好きなんですね」
「お酒のつまみなら、あたいも持ってきたニャ。肝心のお酒ニャ。ビールにチューハイ、それから日本酒! 未成年は、ジュースで我慢ニャよ。つまみは乾き物と、自作の豚の角煮と牛すじの土手煮! これがまた、日本酒に合うニャよ〜☆」
ほくほくと笑顔のアヤカが、サキイカなどの袋物や缶飲料に一升瓶、それから密閉容器など、次々と鞄から引っ張り出した。
「日本酒に合うって‥‥お酒、飲めるっすか?」
店を広げるアヤカに、心配そうな整備スタッフが確認する。
「にゃ? これでもあたいは、ちゃ〜んと成人してるニャよ〜☆」
いそいそとアヤカはポケットから身分証を引っ張り出して、得意げに披露した。
「ほらほら、ここニャ。生年月日」
「ホントっすね。計算すると‥‥ひぃふぅみぃで、えぇと、22歳、なんっすね」
身分証を見ながら指折り数えるスタッフの背中を、思いっきりアヤカは引っぱたく。
「そんな、口に出して言っちゃ嫌ニャっ。あと、他の人には絶対秘密ニャよ?」
「わ、判ったっすっ!」
アヤカにじーっと目で訴えられて、スタッフは身を引き。二人のやり取りに微笑みつつ、海音は老チーフやスタッフ達の杯やグラスにお酌をし、一方で小夜子はお茶やジュースを注ぐ。
「結構、料理をされる方が多いんですね。そういえば皆さん、勤務は大丈夫です?」
「集まってるのは、非番の連中ですから」
「今日が休みでよかった〜っ!」
小夜子の問いに、スタッフ達が陽気に返事をした。
基本的に『無礼講』の宴席は、食事と酒が進むうちリラックスした雰囲気になる。
「後は無粋な『緊急事態』が起きない事を、願うのみ‥‥ね。デザート代わりにお菓子も作ってきたから、それまでは待っててもらわないと」
空になった缶を邪魔にならないようどけながら、ケイが小さく笑った。
「モキャーっ、デザートまであるんですの!? 今日は、いっぱいご馳走で幸せですわ〜」
幸福感に浸りつつ、白雪は箸を動かす手を休めない。
「うにぃ〜! おいひぃですの〜」
口いっぱいに料理を頬張る白雪の、そのほっそりした身体のどこに入るんだろうと、ちょっぴりシャロンは心の底で考えてみたり、みなかったり。
「ちょうど時期だし、イースターにちなんでイースターバニーのショート・ブレッドも持ってきたわよ」
「イースターバニー、ですか?」
耳慣れぬ言葉に、杯を手にした剣一郎がシャロンへ聞き返した。
「ええ。元々は、ドイツの民話らしいけど。イースターには子供達へお菓子を配って喜ばせる、子供好きの貧しいお婆さんがいたの。ある年のイースターに、お婆さんは綺麗に色を塗った卵を庭に隠して、子供達が卵を探すっていうゲームを思いついてね。卵を見つけた子供達が喜んでいると、偶然そこへ野兎が飛び出したのよ。驚いた子供達は、『兎が卵を配ってたんだ』って勘違いして。そこから、兎は『卵を運んでくる使者』になったのよ」
シャロンの説明に、ケイもまた頷く。
「そういえば、こんな話もあるわ。イースターになると、子供達が野ウサギの巣を編んで、納屋の周りなんかに置く。もしその子が『いい子』なら、夜の間にイースターバニがイースターエッグを巣へ入れてくれるの」
「そんな風習があるんですか。面白いですね」
「なんだか、サンタクロースみたいだよね」
いつの間にか、剣一郎の隣でちんまり座って話を聞いていた愛紗が、平安貴族風に着飾った『はっちー』の手をぱたぱた振った。
「そういえば、そうですね」
少女の仕草と感想に笑って賛同しつつ、剣一郎は杯を傾け‥‥視線を感じてその手を止める。
「俺の顔に、何かついていますか?」
じーっと見つめる愛紗は、結んだ髪を横に揺らすが、それでも視線は外さない。
「えぇと‥‥」
「おはなみ、だよ」
無邪気に愛紗が答えれば、今度は剣一郎が凝視した。
「‥‥はい?」
「お鼻を見るのが、『おはなみ』じゃないの?」
不思議そうに愛紗は小首を傾げながら、はっちーの鼻を突っつく。
脱力感を覚えた剣一郎が彼女の認識を訂正するのには、しばしの時間を要した。
●花と団子と
「どうも最近、R−01に妙な愛着が湧いてしまって、下取りに出せないんだ」
「そりゃあ、機体としても使い捨てよりは、手をかけた方が喜ぶっすよ。車も、アンティークは味があっていいっすよね」
「ああ、確かにな」
そんな他愛もない話をしながら、ホアキンは腹が落ち着いた整備スタッフと花札の『花合わせ』に興じていた。『カードゲーム』としてシャロンや愛紗、それにほろ酔いのアヤカと白雪は鼻歌交じりで、遊びに加わっている。
賑やかな光景とは対照的に、部屋の反対側では静かに剣一郎が茶を立てていた。
「素人手前で、恐縮ですが」
茶せんを置くと、剣一郎は茶碗を夫人の前へすすめた。会釈をして茶碗を取った夫人は、それを両手で掲げて傾ける。緊張した面持ちで見守る剣一郎へ、茶碗を置いた夫人がにっこりと笑んだ。
「結構なお手前でした。若い人やのに、お上手やわぁ」
「いえ。まだまだです」
「でも、美味しいですよ」
恐縮する剣一郎に、茶碗を手にした海音が「ね」と小夜子やケイに同意を求めた。彼女らが頷く一方で、苦い茶に苦戦する起太は、ケイが持ってきた梅饅頭を口に詰める。梅の香りが広がるが、気にする余裕も今はない。
「くっ‥‥苦くて死ぬかと思った」
「仕様のないヤツだ。ほれ」
口を動かしつつ安堵の息を吐く起太へ、老チーフが水のコップを置く。一息ついた起太は、ふと部屋の一角に並んだ本物の花を見やった。
「あの盆栽は、チーフが?」
「大したものではないがな」
「いやいや、中々」
しげしげと梅の盆栽を眺める起太に、剣一郎もまた目を細める。
「とても綺麗です。本物の梅を見るのは、久しぶりだな‥‥」
「そういえば、ハナミってサクラの花でやるものだって聞いてたけど、ウメでも良いの?」
手札を睨んでいたシャロンが、会話を聞き止めて顔をあげる。
「時節柄、梅の頃はまだ肌寒いからな。どうしても花見の宴となると桜が主だが、どうにもあれは騒々しくていかん」
腕組みをする老人に、小夜子が顔をほころばせた。
「梅に鶯、とは言いますが‥‥こういうのも、風流ですね」
ほぅと息を一つ吐いて、梅葛餅を口へ運ぶ。葛餅の中には梅のピューレが入っていて、酸味が絶妙の味わいを醸し出していた。
梅葛餅と、薄紅の梅饅頭。そして梅ゼリーの中に、白餡ベースの梅餡玉が入った梅餡玉入りゼリーが、ケイの持ってきたデザートだ。それに紅白の梅の練り切りを海音が添え、洋風に馴染んだ者にはシャロンが母国のスタンダード、ショート・ブレッドを出している。
「やった、勝った〜っ!」
遊ぶ者たちの間から、愛紗が無邪気な声をあげた。
「愛紗ちゃん、引きが強いニャ〜」
「きっと、無欲の勝利ですの」
アヤカと白雪が並んで手を叩き、負けた者達はやれやれと顔を見合わせる。
「さて。また負けたから、飲むか」
腰を上げたホアキンは、改めて小さな梅の木の傍らに腰を下ろした。
「まったく。紅梅が目にしみる」
一瞬、懐の煙草に手を伸ばしかけたものの、ふと止めて。そんな彼の前に、ケイがゼリーと茶を置く。
「それじゃあ気が紛れるよう、安らぐ歌でも披露しましょうか?」
チーフが首是するのを待ってから、ケイと海音は視線を交わした。
「皆の心に少しでも春が、そして一時の安らぎが訪れますように」
二人は窓辺に立つと、外の高層ビルの間から差し込む陽光を受けながら、声を紡ぐ。
梅の花で彩られた部屋を、歌は緩やかに満たした。
「お先に失礼しまーすっ」
賑やかに、整備スタッフ達が三々五々と引き上げる‥‥シャロンと小夜子が用意した、他のスタッフ達への土産をぶら下げて。
「まったく、騒々しい奴らだ」
その声にホアキンが見やれば、呟く老チーフの表情は満更でもなく。
「洗い物、しますよ」
「私も。お手伝いしますわ〜!」
誰が言い出すでもなく、残った者達が後片付けを始める。
そんな者達へ、夫人は小分けした紙袋を並べた。
「これと、お好きな梅の枝を持ってって下さい。大したもんやあらへんけど、お土産に」
「でもこの可愛らしいアートフラワーは、御夫人の手作りでは?」
戸惑ったような起太に、夫人は微笑んで頷く。
「今日は、ほんまにおおきに。よかったらまた、遊びに来たって下さいね」
「造花でこれだけ綺麗なんだから、本物はもっと綺麗なのかしら。実物でハナミをするためにも、また明日から頑張らないとね」
シャロンが気合を入れ、ケイは夫人へ包みを手渡した。
「若輩者故、奥様のご趣味に合うか分かりませんが‥‥今日のお礼に」
取り出した浅い鉢形のガラス花瓶は、差し込む光を拡散し、梅の造花に様々な色を投げかけていた。