●リプレイ本文
●テスター〜試験者達
研究施設の一角にある、殺風景なシミュレーション・ルーム。
そこには、七人の『能力者』が集まっていた。
「うわぁ、あれがシミュレータなんだー!」
部屋に入って早々、リリアーナ・ウォレス(
ga0350)が大きなガラスの仕切りに駆け寄り、歓声を上げる。
「さっすが。筐体だけでも、ゲーセンのフライトシミュレータなんかとは別格って感じだな」
小柄な彼女の頭の上で、エミール・ゲイジ(
ga0181)もまた面白そうに首を巡らせ、中を見回していた。
「もう、中に入れるのか?」
「ああ、少し待って下さいね。皆さんのデータを、いまプログラムに入れてますので」
振り返らずに尋ねるエミールに、データ取りを担当するオペレータが答える。
「ふむ‥‥差し詰め、洒落た棺桶ってトコだな」
並んだ流線型のフライトシュミレータの第一印象を、さらりと露木狼貴(
ga1106)は口にした。
「まぁ、見えなくもないですが、始まる前から縁起の悪い事は‥‥ちょっと」
日頃から開いているかどうか判らない細い目を更に細くし、困ったような笑顔でセラ・インフィールド(
ga1889)がフォローを入れる。
「シミュレーションなら、墜落体験もいいかもしれないが‥‥実機を、本物の棺桶にしないためにもな」
淡々と呟くアイン・ティグレス(
ga0112)は、物珍しそうに見物する者達とは対照的にガラスから少し距離を取り、その全体像を眺めていた。
「とはいえ、訓練でも墜とされるの‥‥やっぱり私は、御免だけどねー」
アインに振り返ったヴィス・Y・エーン(
ga0087)が、笑いながら肩を竦めてみせる。
「で、どういうシステムになってるんだ? 機体の可変訓練も出来るとは聞いたが、他にもカスタマイズできたりするのか?」
様々なウィンドウが開いたモニターをファファル(
ga0729)が横合いから覗き込めば、作業中のオペレータは手を休めず「ええ」と答えた。
「プログラム上では、可能です」
「じゃあ、R−01に射撃統制システムを積んでの設定ってのを、頼んでも構わないか?」
ファファルの注文に始めて手を止め、オペレーターが小首を傾げる。
「えっと、S−01に機体変更ですか?」
「いや、機体はR−01がいいんだ」
「それなら、射撃統制はセットしない方がいいわよ。S−01でシステムを外すならともかく、R−01でそれに慣れると本番で手を焼くから」
紙コップ片手に部屋に入ってきた女性研究者が片手で銃の形を作り、ファファルへ撃つ仕種をしてみせた。
射撃統制システム(もしくは射撃管制装置や、火器管制装置)とは、簡単に言えば様々なデータから『未来予想』を行い、敵に攻撃が命中する確率を上げるよう照準補正などを自動で行うシステムだ。その機能を大幅に削ったR−01は、エミタの補助があるものの搭乗者自身も微調整を行う事となり、それが独特のクセの強さの一つとも言える。
「無論、将来R−01に対応したシステムが開発される可能性も、なくはないけどね。でも今回の主旨は、あくまでも実機に馴染む為のシミュレーション訓練だから。システム、準備できてる?」
「はい、主任」
オペレータが答えると、主任と呼ばれた女性は紙コップを手にしたままテーブルに腰を落ち着けた。
「お待ちかねみたいだし、早速ブリーフィングを始めましょうか」
●ブリーフィング〜事前状況説明
「募集の時に告知してあるけど、目標はヘルメットワーム。7人だから‥‥確認された機影は5機とするわ。編隊は組むの? ‥‥えぇと」
問うように女主任は一同を見回し、ファファルが軽く片手を挙げる。
「初期段階では、R−01とS−01で編隊を組む。S−01フライトが索敵および先制攻撃、R−01がその後を強襲。後は、各自で個別に撃破する作戦だ」
「OK、ありがと。それにしても、UPCにある自販機の珈琲って、不味いわよね」
紙コップを傾けて渋い顔をする女主任に、両腕を頭の後ろで組み、椅子の背に体重をかけていたエミールが、からからと笑った。
「どこぞの伝統に則って、あえて不味く作ってるって噂もあるけど、どうなんだろうな。英国紳士の俺的には、紅茶をお勧めするけど」
「え〜、英国紳士〜ぃ?」
からかう口調で、すかさずリリアーナが茶々を入れる。
「何か異論、あるか?」
「紳士なら、そんな座り方しないと思うけどな」
「それはそれ。俺は、精神が紳士だから」
「あの‥‥今は、エミールさんの紳士論も興味深いですがひとまず置いて、ブリーフィングを続けませんか?」
長身でひょろりとした印象のセラが、柔らかい口調で二人の間に入り、話を本題へ引き戻した。
「そうそう。武装だけど、機銃とAAM(空対空ミサイル)の搭載あたりはデフォルト、かなー?」
ヴィスが質問すれば、面白そうに紳士論を見物していた女主任は頷く。
「そうね。今回は基本的な飛行形態での空戦シミュレーションだから、そんな感じになるわ」
「それじゃあ、変形後に狙撃なんかは?」
「う〜ん‥‥空戦メインで調整してあるから、地上はちょっとね。正確な挙動が保障できないわ」
「そういえば、空戦中の変形は‥‥可能か?」
アインが問いを重ねれば、相手は珈琲で口を湿らせてから説明を続けた。
「ナイトフォーゲルの特徴は、空戦と地上戦の双方に対応できる事。これによって滑走路のないような悪環境でも素早く現地へ飛べ、より柔軟な応戦が可能になったわ。空においては、戦闘機として。地上においては、機動性の高い陸戦兵器として」
「つまり、変形モードで空戦を行う事は、想定されていない‥‥と」
やや不満そうな狼貴が先に結論を述べれば、女主任は肩を竦めた。彼女は戦闘に剣戟、すなわち変形を考慮に入れての攻撃手法を考えていたのだが、「飛行形態での空戦」が主である事を失念していたようだ。
「無論、ナイトフォーゲルも『道具』。道具の使い手に応用力があれば、使い道も広がるでしょうけど‥‥現状では、積極的に奨励はされないわ。
まず変形後は、高高度での高速飛行は無理。背面に加速装置があるから、それを使えば一時的な『飛行』は可能でしょうけど‥‥それでも低高度、短時間。具体的な数字を出すなら高度100mで、30秒程度がリミットってところね」
「それでも無理に、飛行中に変形すれば?」
「急激に、空気抵抗が増大。同時に揚力も減少して、もれなく失速するわ」
「クイックターンはきつそうだな‥‥失速して、すぐに再変形して機体を立て直すだけの高度と腕がないと、墜落か」
腕組みをして、アインもまた低く唸る。
「腕と高度があっても、高速時の変形は機体の耐久性能に負担かかるっすよ。まぁ、そこは計算して設計と整備してるっすけど、戦闘のど真ん中に突っ込む以上、不測のトラブルはつきモンですし。でもうちのチーフの話だと、メトロポリタンXがやられた時はでっかいヘルメットワームみたいなのや、馬鹿でかいキメラが出たらしいっすから、まんざら空中変形の使い道がない訳じゃないかもしれないっすよ。
ところで‥‥まだ、始まってなかったんすか?」
口を挟んだ若い男は、作業帽を取って軽く頭を下げると、不思議そうに顔ぶれを見回した。彼以外にも数人の若者達が、慣れぬ環境なのか居心地悪そうに壁際でタムロしている。
「あーっ。もしかして、見学の整備士さん達?」
「そんなトコっす」
指差すリリアーナへも、帽子を取った若者は気さくに会釈をした。
6点保持のシートベルトで身体をシートへ固定した事が確認されると、キャノピーとコックピットカバーがスライドし、空間を密閉した。
エミタとリンクした計器類が正常に動いている事を確認する間に、カバーの内側のスクリーンに画像が投影される。
表示される誘導灯に従って、実機と同じ操縦桿を握り。
各シミュレータは、発進シークエンスを開始した。
●バーチャル・ドッグファイト〜仮想空戦開始
『ぶっちゃけ、専門用語なんてまどろっこしいし、普通に話していいからね』
インカムから、女主任のアドバイスが聞こえてくる。
エミタが発明されて、はや1年。
傭兵には軍にいた経験のある者もいれば、全くの素人もいたりと様々だ。その為、話を交わす時も到って普通の日常会話が使われる。
「いいねぇ。どうせなら、BGMが欲しいよな。定番で『ワルキューレの騎行』とか、どうよ?」
『あら。じゃあ、機体データをナイトフォーゲルからヘリコプターに変更しておく?』
ジョークを切り返す女主任に、エミールは笑い声で答えた。
「それじゃあ、一足お先にお客さんを探してくるねー」
「任せた」
明るいヴィスの声に、短くファファルが答えた。
キャノピーからもS−01が三機、青空と雲の間へ遠ざかっていく姿が見える。
七人は離陸から飛行形態での基本操作と機体可変の手順確認を終え、本題の空戦シークエンスに入っていた。
シミュレータ内は映像とはいえ、可能な限り実際の位置や挙動を再現しているらしく、首を巡らせれば仲間の機体を視認もできる。
もっとも、そのキャノピーは黒く塗りつぶされていて、中にいる者の仕種などは判らないが。
「こちら、エミール機。ワームの編隊を確認した」
「了解。虫退治を始めるか」
応答しながら、狼貴がレーダーへ視線を走らせて位置を確認する。
四機のR−01は加速し、僚機を追った。
青空に、爆煙が広がる。
煙を突き抜けて、S−01がワームの編隊を追い越しながら斜めに突っ切り、散開した。
その後を、淡紅や紫の光線が追いかける。
「きゃあぁぁっ!」
ガクガクと振動するコクピットに、リリアーナが悲鳴をあげた。
ヘルメットからこぼれる髪が、黒から本来の金色に変化していく。
「リリアーナ、変形して着地するか、脱出して!」
煙を吐き、左右に翼を振りながら遠ざかっていくリリアーナ機へ、ヴィスが呼びかけた。
その間に、接近したR−01隊が二撃目に入る。
AAMや機銃が、想定されたフォース・フィールド設定を突き破って叩き込まれ。
被弾して急激にスピードを落としたヘルメットワームは、彼らの目の前で自爆した。
「あぶない‥‥っ!」
衝撃の振動の中、開いた目でそれを見て取ったセラはすぐさま回避行動を取る。
「皆さん、大丈夫ですか?」
「俺は平気だ」
気遣うセラの呼びかけに、赤い瞳を細めたアインが淡々と答えた。
「初撃と私達で、撃墜は三機か‥‥上々といいたいが、さっきの自爆でもらったな?」
金色の瞳でファファルがちらと『外』を見やれば、狼貴機が白い煙をたなびかせている。
「道連れが欲しいとさ、まっぴら御免だがな。戦域を離脱し、地上に退避する‥‥それから、来るぞ」
苦笑いをしながらレーダーを確認した狼貴が、反転する敵機への注意を促す。
「了解。お気をつけて」
戦闘空域から離脱する狼貴機を見送り、セラは残り二機の追撃に移った。
残りの数はナイトフォーゲル五機に対し、ヘルメットワームが二機。
曲線が特徴的な円盤の一つが、紫色のフェザー砲を撒き散らしながらファファル機を追う。
掠める色彩に、後ろを取られた彼女は舌打ちをした。
「振り切れるか?」
「いや、がっちり喰らい付いてくる」
アインの言葉へ、苦々しげに答える。
ワームの動きは戦闘機のそれとは全く違い、距離を取っても次の瞬間にはいきなり間を詰めてくる。
尋常でない鋭角で動く事もあり、そのパターンは読めない。
「いつまでも、女のコの尻を追っかけてるんじゃねぇよ」
そのトリッキーな動きに、エミールが覚醒によって増大した感覚で位置を合わせ、スイッチを押す。
機銃は滑らかな曲線に穴を開け、そこへヴィスが標的をロックした。
「自爆する前に、ぶっ飛ばしちゃうからーっ!」
AAMがS−01より矢のように放たれ、ワームを捉える。
そして、炎と煙が空に散った。
「よっし、当ったりー! 自慢じゃないけど、的に当てるのは得意でね」
嬉しそうなエミールの声に、ファファルは思わず口元に小さな笑みを浮かべる。
「ありがとう、二人とも」
「お互い様ってねー」
礼を言うファファルに、ヴィスは明るく答え。
レーダーでは、残る一機をセラ機とアイン機が追い詰めようとしていた。
二機のR−01は、機動性を発揮して旋回を繰り返し、相手に後ろを取らせず、同時に行動を彼らの範疇に制限する。
集中しながらも、アインはこれが『仮想戦闘』である事をしみじみと実感していた。
コクピットは小刻みに振動し、風景は文字通り飛ぶように流れていくが、本来なら感じる加速Gが皆無で‥‥物足りない。
「そろそろ、終わりにするか」
「判りました。では、私が引きつけます」
二機のS−01がファファル機を追うワームと交戦しているのをレーダーで確認したセラは、旋回運動から水平飛行に操縦桿を戻す。
彼を追うワームを、後ろからアイン機がぴったりとマークする。
モニターでは敵機を示す光点が数回点滅し、消えた。
●デブリーフィング〜任務後報告
「戦果は、ヘルメットワーム五機を殲滅。当方は、撃墜なし。ただし帰投したナイトフォーゲル七機のうち、被弾により戦闘空域を離脱した機体が二機‥‥『初戦』にしては、上出来ね」
シミュレータを降りてきた七人を前に、女主任がクリップボードを片手に『戦闘結果』を告げた。
「あくまでもシミュレーション、だけどな」
コクピットから解放されたエミールが、大きく伸びをする。
「そうね、実戦はもっとハードだわ。ワームの動きも、過去のデータの再現に過ぎないもの。相手も考えて動くイキモノ。シミュレートだけでは、行動を予測しきらない」
「ねー、もう一回やりたーい!」
早々に戦線を離れ、不完全燃焼状態のリリアーナが、足をばたばたと振る。
「そうだな。次は、変形状態での陸戦も期待している‥‥そういえば、過去の行動と言ったが、ヘルメットワームが透明化したりしないのか? そういうパターンは、なかったようだが」
外したインカムを投げて寄越す狼貴に、受け取った女主任は一つ頷く。
「ええ。報告例は、少ないながらもあるわ」
「そうか」
「と・こ・ろ・で。反省会を兼ねて、皆で飲みに行かなーい? あ、未成年のコは、ジュースでね」
ヴィスが提案すれば、ファファルの目が輝く。
「そうだな。いいプランだ」
「俺は、兵舎に戻る」
辞退するアインに、ヴィスは首を傾げて。
「折角だから、整備の人達も一緒にねー」
「そうですね。この先もお世話になりますし、ぜひ話を聞きたいです」
同意するセラに、整備スタッフ達も異論はなく。
「あ、いいっすね。機器の操作感とかの感想、聞いてみたいっす」
「‥‥」
次々と進んでいく話に、アインは微妙な表情を浮かべながらも、断りきれなかった。
「私達は、データの解析があるから無理ね。ああ、希望があれば、シミュレーションのリプレイをあげるけど。ほしい人〜?」
女主任の質問に、すかさず幾つもの手が挙がった。