●リプレイ本文
●最善への方策
イベリア半島の最前線から、後方へ離れる事40km近く。
丘陵地帯の真ん中にはコンテナを連結した十五台の大型トレーラーと、重量車両専用のトランスポーターが並んでいた。
初夏の陽光を鈍く反射するコンテナに、香倶夜(
ga5126)が目を輝かせる。
「パレードみたいだね!」
「ある意味ではそうだね‥‥少しばかり、警備の厄介な」
見回す瑛椰 翼(
ga4680)の視線の先では、出発準備をする運転手達が忙しく動き回っていた。
「運ぶのって、麦だよね。うどんか、パンになるかは判らないけど、貴重な食糧だもの。しっかり護って、運び出さないと。腹が減っては戦は出来ぬ、だもんね」
運ぶ物の行く末を微妙に気にする香倶夜へ、小さくルシフェル・ヴァティス(
ga5140)が笑んだ。
「何になるかはともかく、大事な糧ですから荒らされるわけにはいきません。必ず、全てを無事に届けましょう」
「うん! ルシフェルさんは、ピレネー側だっけ。頑張ってね!」
びしっと額に手を当てて、笑顔で香倶夜が敬礼する。
「最前線だからね‥‥注意して‥‥」
気遣う幡多野 克(
ga0444)へルシフェルが頷くと同時に、横からにゅっとVサインが突き出された。
「大丈夫っ。西側ルートこそ距離が長いんだから、気をつけてね。戦火をくぐりぬけて育てられた麦穂、無駄にはできないもの」
笑顔のシャロン・エイヴァリー(
ga1843)は、克へ片目を瞑ってみせる。
機動性、そして安全を考えた結果、能力者達はトレーラーと自身らの戦力を二つに分けた。ピレネー山脈を東から回るチームと、カンタブリカ山脈を西から回るチームだ。
ただし戦線が北上した現状を考慮し、どちらのチームにも二機のナイトフォーゲルを同行させる為、少々『目立つ』という問題は抱えていたが。
「ディアブロ背面の主翼だが、避難する車には屋根に大量の荷物を乗せたヤツもある。どうしても避けられない時は、諦めて立つこった」
「判りました、リヌさん」
答えた鏑木 硯(
ga0280)は、トランスポーターにうずくまる歩行形態のディアブロを覆った幌を、ゴム製の固定バンドで留めていた。
が、シャロン達の会話に顔を上げた拍子に、手からバンドがすっぽ抜け。
べちんっ。
「はぶっ!?」
ゴムが収縮した反動で思わぬ『奇襲』を受け、顔の真ん中を両手で押さえる硯。
「ぅ‥‥痛い‥‥」
「何やってんだい」
作業を手伝うリヌ・カナートが、笑いながらぐりぐりと彼の頭を撫でる。
「お久しぶりですわね、リヌ。またお会いできて、嬉しいですわ」
小柄な少年で遊ぶ相手へ、エリザベス・シモンズ(
ga2979)は軽く膝を折って挨拶をした。
「あんたもまだ、元気そうだな」
リヌが冗談めかせば、自信ありげに彼女は微笑む。
「当然です。いよいよ、ヨーロッパを解放する大作戦の最中。この任務で、EUの盟邦への一助たる事を喜ばしく思いますわ。主の御恵みたる麦、必ずや無事に送り届けましょう」
「ああ。そっち側も楽な移動じゃないだろうが、頑張ってな」
微妙な表情のリヌに彼女が視線を追えば、歩行形態のバイパーへ藤田あやこ(
ga0204)が防水シートをかけていた。
「これで、偽装は十分じゃろうて」
何故か時代がかった言葉で、あやこが満足そうに額の汗を拭う。
高さ7m半、横幅9m半の人型の物体。その可動を阻害しない偽装の程度と、遠巻きにした運転手達の反応は、推して知るべし、だ。
「スカイクラスパーも、偽装できればいいんですが‥‥トラック風の覆いをするとか、余った廃材なんかで出来ませんか?」
自分の『愛車』を流 星之丞(
ga1928)が示すが、短い髪を掻いてリヌは苦笑した。
「F1マシンだって、どう転んでもトラックに化けないだろ。トランスポーターに積めば目立たないが、自分で転がしたいみたいだしな」
「難しいですか」
嘆息する星之丞の肩を、励ますようにリヌは軽く叩く。
「敵寄せになりそうなら、引き離す囮を頼むよ。状況が状況だし、デカいのが護衛につくのは心強いから」
残る一機は偽装を施す事もなく、独特の有機的なフォルムを晒していた。脚部を折って伏せた四足歩行型のワイバーンを、暁・N・リトヴァク(
ga6931)が見上げる。
「こいつがある事で、無駄な争いが避けられればいいんだが‥‥お披露目だ。しっかりやろうぜ、相棒」
手を伸ばして、彼は機首――歩行形態では『頭部』に相当する――を撫でた。
●北端を走る
カンタブリカ山脈を回る班は、山と海に挟まれた平野部を西へ向かう。
危険を恐れた人々が避難路に選んだのか、対向車線を走る車列は完全に切れる事がない。
「意外と多いですわ」
すれ違う無数の車に、先頭を走るトレーラの助手席でエリザベスが表情を曇らせた。
「こっち側はスペインだけじゃなく、ポルトガルからきた連中も混ざってるからな」
「陸路の安全が、断たれましたものね」
壮年の運転手の返事に眉根を寄せ、彼女は小さく胸元で十字を切る。逃げる人々が、無事に安全な場所へと辿り着く事を願って。
『今のところ、ワームもキメラも近くにはいない‥‥油断はできないが』
『前に俺が参加した、輸送依頼の時も‥‥そうだったけど‥‥』
車列から更に先行する暁の報告に、少し間を置いて克の声が続いた。
『出来るだけ‥‥キメラは振り切った方が、いいかもね‥‥。まともに、戦う必要は‥‥ない‥‥』
『もし来たとしても、足止めは拙者に任せて先に行くのじゃ』
「それは当然だが、難民を巻き込むなよ。それから、麦を積む段には積んだ物騒なのを放り出すからな。てめぇの得物くらいは、てめぇで面倒見てもらわねぇと」
『あぐーぅ』
辛辣な運転手に、気炎を吐いていたあやこが呻く。
バイパーの副兵装として持ち込んだ、3.2cm高分子レーザー砲。それを彼女は仲間へ預けるつもりだった。だがワイバーンへ乗せるのは論外で、かといってジープにポンと積める物でもない。結果、空のコンテナで一時的に転がる事となったが、それも肝心の麦を積むまでの間だけだ。
『そろそろ、次の合流地点かな?』
ジープへ同乗する香倶夜の声に、エリザベスは双眼鏡で風景と記憶した地図を照らし合わせる。
「そうですわね」
やがて前後をナイトフォーゲルに守られた八台のトレーラと一台のジープは、幹線道路を離れた。
一面の畑や牧草地、あるいは町の近くを通る道では、人々が不安げに見慣れぬ一団を見送り、戦況の悪化を小声でささやく。
「この辺は‥‥まだ、襲撃もなさそうだね‥‥」
気は緩められないが、空気はそこまで張り詰めていない‥‥と、克は直感的に感じていた。
「山のお陰だな。危険があるなら、あの南側だろうよ」
顎で南を示しながら、一人の運転手が彼へ缶飲料を突き出す。
「あ‥‥ありがとう‥‥」
「先は長いからな。嬢ちゃん達も飲むか?」
「やったー!」
「かたじけない」
「お気遣い、ありがとうございます」
三者三様の返事で、女性陣も冷えていない缶を受け取った。
「もう一人は?」
「俺が‥‥」
ジープの座席から立つ克へ、「じゃあ」と運転手は残った缶を渡す。上空からの直視を避けるよう、木立の影で青みを帯びた機体は佇んでいた。
「これ‥‥運転手さんから‥‥」
「ああ、すみません」
腕を振って克が投げた缶を、暁は難なくキャッチする。
「今のところ、スペインのバグア軍はピレネー方向へ集中しているみたいだ」
UPCやEU諸国の動きと、探知したバグアの動向からの推測を暁が伝えれば、克は大きく息を吐いた。
「帰りが大変、か‥‥」
プルタブに指をかけ、栓を開ける。麦畑に囲まれた村の一角では、コンテナへ麦を積む作業が慌しく進んでいた。
「あれは‥‥ノスリかな」
暁の言葉に、克は顔を上げる。
「ここにもいるんだなぁ」
手をかざして目を凝らす彼に倣えば、近くの山裾を翼を広げた白っぽい猛禽の姿が滑空し、舞い上がる。
「こんな戦時下でも‥‥鳥は飛ぶし、麦は実ってる‥‥。この実りを、皆で楽しく分ち合える日が‥‥早く来れば、いいのに‥‥」
「その為にも、わたくし達が道を拓かねばなりません」
何気ない克の呟きに返ってきたのは、凛とした言葉。
「作業、もうすぐ終わりますわ」
「香倶夜が運転手達と、ルートの確認をしておる。この様子なら、予定通り中間地点まで行けそうじゃ」
「判った、ありがとう」
知らせに来たエリザベスとあやこへ暁が礼を返し、軽く手を上げて克も会釈する。
「にしても‥‥突っ込みないわねぇ」
三人の後を歩くあやこがぼやけば、ぴぃやぁとノスリの高い鳴き声が返ってきた。
●避難線
可能な限りの速度で走る車列は、ピレネーの東を南下する。バグアの戦力は山脈の中央へ集中し、迂回ルートは予想外に『手薄』だ。
「こっちに構う暇もないぐらい前線が膠着してくれてると、有難いんだけど‥‥そっちの居心地は、どう?」
『大丈夫です。見晴らしが悪いのが、ちょっと残念ですけど』
シャロンが呼びかければ、遠慮がちに硯は状況を伝える。ディアブロにかけた幌は、キャノピー周りが視認可能な網目状になっていた。
「これ、南からの難民ですよね」
渋滞する反対車線に、ルシフェルが喉の奥で唸る。車列は彼らから見ても動かず、車の上に登って先を窺う者もいた。
すれ違う一瞬で見えた人々の顔には、いずれも怯えと疲れの表情が滲む。
『手を差し伸べたくとも、今は止まっている暇はない‥‥ですか』
『互いの為さ』
口惜しげにな最後尾の星之丞に、にべもなくリヌが返した。
『荷が欲しいなら、足を止めさせる。足を止めると、狙われる可能性が増える。ドンパチが始まれば、難民も巻き込まれる』
『なら、動いてても容赦なく攻撃するのは、積荷に興味がないバグアかな?』
隣に座る翼の推測を、『そうなるな』とリヌは短く肯定する。
「そのどちらかは判りませんが、この先で対向の車列が乱れてます」
先頭のジープで双眼鏡を覗くルシフェルが、前方の異常を知らせた。
「何か、トラブルかな?」
ハンドルを握るシャロンが眉根を寄せる間に、双眼鏡の視界では幹線道路の側壁が歪み、巨大で長い生き物が姿を見せる。
「いえ‥‥巨大な蛇の、キメラです」
『こちらを狙って?』
「それは不明ですが、このままでは難民に被害が」
硯が口にした疑問にルシフェルが即答し、後方でナイトフォーゲルが立ち上がる音が聞こえた。
『僕が排除しますから、先に』
星之丞の判断にシャロンはバックミラーへ手を伸ばし、トレーラの後方で変形する機体を一瞬だけ確認する。
「そうね‥‥星之丞なら追いつくのも早いか。気をつけて」
『はい。皆を頼みます、硯さん』
『判りました』
答える硯は改めてレーダーに目をやり、汗ばんだ手で操縦桿を握り直した。
「バグア信奉者って、一見しただけじゃ判り辛いんだよな? 難民に紛れ込んでいる可能性はありそうだから、注意だな」
ツーハンドソードを携えた翼が、注意深く一面の麦畑を見回す。一緒に警戒にあたるルシフェルはパイルスピアを手に頷くが、表情は複雑だ。
「ええ。キメラやワームならともかく出来れば遭遇したくないですし、難民とトラブルになっても、説得で収拾できるなら有難いですね。実力行使は、あくまでも最終手段で‥‥」
「向こうも切羽詰ってるだろうが、人間の相手は避けたいしな」
憂鬱そうに、ぽしぽしと翼は赤く染めた髪を掻く。
「まぁ、ナイトフォーゲルを見て諦めたのも、いるみたいだし」
すれ違う一団。遠くから様子を窺う人々。
そんな人々から、何度も『敵意』を感じる瞬間はあった。
だが武装した能力者達とナイトフォーゲルの存在が抑止力となったのか、幸いにもトラブルは起きていない。
「スペインで育った麦を、スペインの難民から守らないといけない、か。けど‥‥あの子達に届く事を考えれば、絶対に持ち帰らないとね」
呟くシャロンの脳裏をよぎるのは、いつか見た孤児院の子供達の笑顔。
唇を結んで硯は頷き、出発準備をするリヌの元へ足を向けた。
「あの、エルナンド神父の教会へ立ち寄るのは、難しいですか? 近くで大きな戦いやってるし、子供達が元気にしてるか少し心配で」
表情を曇らせる硯に、火の点いていない煙草を咥えてリヌは唸る。
「気持ちは判るが、ルートから外れてるしね。状況が状況なら、あそこの連中も避難した方がいいから、そのうち頼む事になるかもしれないけどね」
「判りました。その時は‥‥できれば」
何気なく硯が開かれたグローブボックスへ視線をやれば、数枚の写真が目に入った。手にとって見つめる彼に、リヌは小さく笑う。
「持ってきな」
「え‥‥?」
驚く硯の頭にぽむと手をのせ、リヌは運転席を離れた。
「それ、クリスマスの時の写真? よく撮れてるわよね」
ひょこっと後ろからシャロンに覗かれ、慌てて硯は彼女へ振り返る。
「ああああの、リヌさんが、強引に」
写真には教会の子供達とシャロン、そして硯が並んで‥‥そして誰もが笑顔で‥‥写っていた。
●混乱の稜線
直線状に放たれた光線が、森の木々を焼いた。
不規則に動く小型のヘルメットワーム二機を追うのは、バイパーとワイバーン。だが、二対二ではワームを速やかに排除する事は難しく、逆に自分が撃墜されかねない。
「ログロニョまで、もう少しなのに‥‥相手が小型の二機という事は、偵察目的かな」
アサルトライフルを構えた香倶夜が唇を噛み、ジープを運転する克は更なる襲撃者を警戒しながら「ですね‥‥」と短く答えた。
東西に分かれたチームはログロニョで落ち合い、二つの山脈の間を抜ける予定だ。
「コンテナが重くて‥‥時間を稼ぐ間に‥‥振り切るのは、無理ですね‥‥。連絡は‥‥?」
無線を操作するエリザベスは、聞こえる声がないか耳を済ませていた。
「今のところは、何も‥‥いえ」
期待していた仲間の声ではなく、別の情報がエリザベスの耳に飛び込む。
「バグア軍が、ピレネーを抜けた‥‥?」
「嘘、聞き間違いだよねっ」
不安げに、香倶夜が身を乗り出した。
その彼女らの上に、影が落ちる。
「ディアブロ!?」
振り仰いだ空を、二条の光が貫いた。
降下してトレーラを狙うワームを、変形したスカイクラスパーが二門のレーザー砲で牽制し。
その間に、三機の機体が残るワームを追い詰める。
やがて、空の高い場所で、ぼんっと花火のような光が散った。
『皆、無事ですか!? バグアがピレネーを抜け、北東方向に進んでます。西が手薄ですので、大西洋沿いに北上してボルドーへ向かうと、リヌさんが』
手短な星之丞の言葉に、ジープの三人は険しい視線を交わす。
北東に戦線が移動すれば、ピレネーの西側の攻防は薄くなる。更に仲間と合流できた以上、麦は無事に持ち帰る事が出来るだろう。
輸送に関しては朗報であったが、スペイン戦線の戦況は地球軍にとって悪い方向へと進み始めていた。