●リプレイ本文
●空の下に集う
「ぅひょ〜ほおぉぉぉぉ〜おをぅ?」
前回よりも怪しさを増した奇声と動きで、ナイトフォーゲルの周囲をティラン・フリーデンがぐるぐる回る。
相手が空を移動するキメラの群れとあって、七人の能力者の誰もが各々の愛機を駆って現れていた。ディアブロが三機、そしてS−01とバイパー、ワイバーン、ナイチンゲールの四機が、揃い踏みとなっている。
「噂に違わぬ‥‥というか、面白い人ですよね」
騒々しい反応を眺める流 星之丞(
ga1928)に、きょとんとして愛紗・ブランネル(
ga1001)が小首を傾げた。
「面白いって言うか‥‥変な人?」
「変、なのか。まさか、アレの電波をキメラが感知してる訳じゃあないよな」
真面目な顔で呟いてから、冗談めかすように黒江 開裡(
ga8341)が口角を上げてニッと笑う。
「アレ‥‥扱いですか」
感慨も疑念もなく、淡々とアグレアーブル(
ga0095)がわきわきとナイトフォーゲルに夢中な背中を見やる。
「ところで、研究の責任者の人は? 中で待ってるのかしら」
愉快な挙動中の人物を視野の外において、改めて緋室 神音(
ga3576)が『研究所』へ足を向けた。だが見上げる愛紗が青い髪を横に振り、まっすぐ神音の後ろを指差した。
「ううん、アレ」
「‥‥あの人が?」
疑わしげな表情で、後ろを振り返る神音。
「えーっと、成層圏プラットフォームの代表で、キメラに困って連絡してきた人ーっ?」
口に手を当てて三島玲奈(
ga3848)が呼びかければ、ナイトフォーゲルを見上げていたティランがぴたりと動きを止める。
「呼んだか?」
「本当に、この人なのか‥‥」
どこか楽しそうに歩いてくる青年に、ちょっとだけ南雲 莞爾(
ga4272)が頭痛を覚えた。
「ナイトフォーゲル、好きなんですか?」
先ほどの挙動に星之丞が尋ねれば、再度ティランは後ろのナイトフォーゲルを振り仰ぐ。
「変形玩具なぞ作るのも、楽しそうではないかとな。もっとも実際に商品化となると、製造各社との交渉も必要であろうがな」
「変形玩具か‥‥そういえば小さかった頃に、合体するロボットの玩具を母に買って貰った記憶があります。なんだか、懐かしいな」
思い出して星之丞が表情を緩めると、何故か嬉しそうにティランが「うむ」と何度も頷いた。
「幼少において、玩具は子供にとって良き友であるモノだからな。良き記憶と共にあるならば、玩具冥利に尽きるでぎょあへぁぁぁぁ〜!?」
突然、妙な声を上げて仰け反った相手に、思わず星之丞が身を引き。
「ティランお兄ちゃんって、どうしていつも奇妙な叫び声をあげるの? やっぱり変な人っ」
「わ、脇を不意に突付かれれば、誰でも叫ぶであろうがーっ」
尋ねる愛紗へ脇をガードしながらティランがおののき、見物していた開裡はからから笑う。
「と、ともあれだな。キメラに抗する方策おをぅ!?」
逃げるように建物へ戻ろうとするティランだったが、ぐんっと服が引っ張られた。
「な、ななななな、何を‥‥」
引っ張られた状態で固まったティランを、じーっと上目遣いで愛紗が見上げる。
「‥‥お菓子、隠してるでしょ?」
「ポケットになぞ、隠しておらぬ」
「じゃあ、中にあるんだねっ」
「ちょあぁぁぁ〜っ」
喜んで扉へ駆けて行く愛紗の後姿に、がっくりとティランは脱力し。
何事もなかったかのようにアグレアーブルは愛紗の後へ続き、何気なく目が合った神音と莞爾は二人とも、呆れた風に頭を振った。
●作戦交渉
「無線の中継システムを、ナイトフォーゲルに乗っけたいんですけど」
話を切り出す玲奈を怪訝な表情でドナートが見やり、それから窓の外の機体へ目を向けた。
「あれに搭載させるって?」
「無理かな。中継局の大きさ自体は、そう大きくないよね」
「でも変形するんだろ、あれ。計算されてるだろうから、下手な場所に取り付けられないと思うけど」
「それなら、変形に関係ない部分にくっつければ、問題ない?」
悩みながら答えるドナートだが、提案する玲奈に引く様子はない。
「仮に、中継局を積めるとして‥‥何する訳? まさか、足らない中継局の代わりをするとかじゃないよね」
「囮‥‥というか、キメラを誘導する為だそうです」
「誘導?」
付け加えた神音に、ドナートはプロジェクトの中心人物の反応を窺う。きょとんとして二度、三度と目を瞬かせたティランは、眉根を寄せてぽしぽしと髪を掻いた。
「中継システムを使えば、キメラを誘導できるのであるか?」
「まず、現在稼動中の中継局を止めるか、電波を減らして、中継局を捕捉されにくいようにする。同時に、誘導先の湖に囮の中継局を設置し、そちらへクラゲのキメラを向かわせる。
次に非物理抵抗の高いナイトフォーゲルに電波を反射させ、フェージング現象‥‥微妙にずれた2つの電波を混信させて発生する『うなり』を利用し、中継局に対するクラゲの『距離感』喪失、もしくは混乱を狙う。
そして、ナイトフォーゲルで撃破。こちらの作戦としては、こんな感じね。落とす場所は‥‥」
「スイスとフランス国境にある、レマン湖で。ここからざっと、南西に250kmくらい離れてる」
指折り数えて説明した神音に、玲奈が付け加える。
その間、黙って注意深く耳を傾けていたプロジェクトのメンバー達は、半信半疑の表情で互いに顔を見合わせた。
「それで、上手くいくんでしょうか?」
「いってもらわないと、困るがな」
アイネイアスの不安にチェザーレが唸って腕を組み、改めて七人の顔ぶれを見やる。中継する無線の電波での誘導作戦を説明する中、何か気がかりがあるのか、開裡は思案を巡らせていた。
「まぁ、キメラに関してはソッチの方が『本職』だし、こちらとしても手の出しようがないのは確かだが。化物へ無駄に機材を喰わせるほど、こっちの懐も暖かくないからな」
あごひげを撫でながら、溜め息混じりにチェザーレがぼやく。
「ティランお兄ちゃんの机は、お菓子でいっぱいだけど?」
分捕った『戦利品』で口をもごもごさせる愛紗に、思わず星之丞はくすりと微笑み。
「脳細胞を活動する為には、糖分などが不可欠なのだーっ」
「それで結局、中継システムは取り付け可能でしょうか」
胸を張って主張するティランを放置して、アグレアーブルが本題に話を戻した。後ろでめそめそ凹む気配がするが、あえてそれは気にしない。
「非常時だしね。ただ衝撃や高速飛行での耐久性は考慮してないから、注意してよ」
「戦闘となれば、破損は致し方ないか。もっとも、キメラを安全な場所まで誘導した後の交戦となるだろうから、問題はないだろうが」
念を押すドナートに莞爾が呟き、こっくりとアグレアーブルも首肯する。
「トンボの特攻が面倒だからな。そっちは、よろしく頼んだ」
莞爾がひらりと片手を振れば、真っ直ぐ星之丞は視線を返した。
「はい、掃除は任せて下さい。お互いに頑張りましょう。成層圏プラットフォーム、僕も楽しみにしていますから」
「一つ質問なんだが。飛行船に付いている所在ポイントの発信機をナイトフォーゲルへ取り付けるのは、簡単か?」
忙しく研究スタッフが準備をする合間を見て、ティランを掴まえた開裡が質問を投げた。尋ねられた側は、「ふむ?」と不思議そうに首を傾げる。
「ポータブルではないため、いささか時間を要する事となるな。だが、中継装置を付けるのではなかったのか? 変更となるなら、作業を中断してやり直さねばならぬが」
「いや、そうなんだけどな‥‥時間、かかるのか」
「うむ。ナイトフォーゲルに関しては我々は素人であるし、あまりに手を加えて不具合を出す訳にはいかぬしな」
「そりゃあ、確かに。にしても、『恐怖、飛行船を襲う空飛ぶ巨大クラゲ』‥‥何と言うか、稀に見るコメントし辛い組み合わせだな」
面倒そうに髪を掻いて、開裡は機体を見やった。
「前回同様‥‥といっても、皆は前回きた人じゃないからアレだけど、無線中継局の位置データはこっちとリンクして受け取れるようになってるから。でも、こっちは各機体の位置が判らないから、管制塔にはなんないよ。中継局の回避とかは、自分達でヨロシク」
ドナートが注意する間に、アイネイアスが出力した紙を手にやってくる。
「周辺地域の、気象予測です。レマン湖周辺の天候状態は、多少の雲があるものの、全般安定しています。ただし山間部では急に天候が変わる場合もありますので、注意して下さい」
「それから手元のデータでは、レマン湖の水深は約150〜200m、最大で300mとなっておる。くれぐれも湖畔の被害が少なくすむよう願いたい‥‥難しくはあるだろうがな」
「できるだけ、気をつけるます」
手を振って声をかけるティランに、コクピットで身体を固定しながら星之丞が答えた。
「お空にクラゲ‥‥ふにゃふにゃしてるのかな?」
「どうだろう。だがさっさと倒して、夕飯はクラゲの和え物にするかな」
素朴な愛紗の疑問に、笑いながら開裡がキャノピーを閉める。
「随分と、食べ応えがありそうなクラゲだな」
苦笑しながら莞爾もまた、出撃の態勢に入った。
●予測の結果
『Iris、目標を確認。あれが、問題のキメラね』
目指す『標的』を目視でも捕捉した神音は、ディアブロの操縦桿を握り直した。
最新の中継局消失ポイントへと飛んだ者達が目にしたのは、空に浮かぶ直径300mを越える巨体を持ったクラゲ型キメラだった。白っぽいキメラはほぼ円形で、中心へいくほど身体の厚みが増す。逆に薄い外縁にあるヒレの様な部分は、水をかく様にうねうねと動いている。
距離を取りながらナイトフォーゲルで追い越せば、周囲に数匹のトンボ型キメラを確認できた。
『周りにトンボが群がっていて‥‥まるで、空中母艦みたいだ』
『ああ。雑魚にしては、でかい図体だ』
驚きのニュアンスを含む星之丞の言葉に答え、不気味に浮遊するキメラへ莞爾は僅かに冷笑を浮かべる。
『のんびり眺めていたい姿形の敵でもないし、な。さっさと片付けるとしようか。飛行船を燃やした攻撃が正体不明だから、気をつけてな』
『了解、距離を取って誘導ポイントへ向かうよ』
作戦の開始を開裡に促され、予定のポイントへと玲奈は機首を向けた。
『中継局の機能停止、お願いします』
『了解なのだよ』
星之丞が呼びかければ、地上からの返事が返ってきた。
これで、周辺にてやり取りされる中継局は、囮である玲奈のみとなる‥‥が、クラゲはそのまま進路を変えることなく、真っ直ぐに別の方向へと進む。
『中継機能は、停止しているの?』
『もう、実行済みだよ』
再度アグレアーブルが確認すれば、即座にドナートから返事が来た。
『でも、進路は変わってないよ?』
戸惑うように、愛紗がワイバーンをキメラの群れの後方につける。
『電波が遠いとか弱いとかじゃ、ないよね?』
『まさか、中継システムそのものが壊れたとかではないですよね』
眉を寄せた神音は一つの可能性を口にするが、『いいや』と彼女の疑問をドナートは否定した。
『こちらの数値では、正常に試験電波が送られているけど』
『もーぉっ、私の電波を見ろーっ!』
声を張り上げて訴えながら、業を煮やした玲奈が相手の前に回り、何とか注意を引こうとする。
だが、クラゲ型キメラは彼女の存在に全く反応せず。
『玲奈さん、近付き過ぎ‥‥』
注意を引こうとするあまり、後からゆっくり進む巨体に自身との距離感を失った機体へ、星之丞が呼びかけ。
直後、トンボ型キメラが動いた。
『回避して!』
アグレアーブルが鋭い警告を発し、クラゲとバイパーの間へレーザーとミサイルが次々と飛んだ。
同時に、突き上げるような衝撃がバイパーを襲う。
高度を下げていく機体を、なおもトンボの群れが追い。
それを遮るように、急旋回したナイチンゲールがレーザーを放った。
『ダメージは?』
『頑丈だから、大丈夫』
短く神音が問えば、眼下のバイパーはクラゲとの距離を取りながら体勢を立て直す。
ある程度ナイトフォーゲルが離れると、トンボ型キメラは再びクラゲ型キメラの周囲へ戻っていった。
『ん〜‥‥どうやら中継局の飛行船、近くにあるな』
クラゲの動向を観察していた開裡が、飛行船の信号から自機との距離を計る。
『Garm、確認。あれがそうみたいだな』
先行した莞爾は、位置に戻る玲奈をフォローしながら、肉眼でソレを見つけていた。
飛行船は二つのプロペラで位置と高度を制御し、青い空に浮かんでいる。
接近したクラゲ型キメラは、巨大な口を開き。
『熱線か何かを吐く可能性もあるから、距離に注意しろ』
莞爾が注意を促す中、口を開いたキメラは次の瞬間、飛行船をすっぽり丸呑みした。
『一口で‥‥食べちゃった』
呆然と、愛紗が呟くのが聞こえる。
閉じられた口の隙間から、ぼふっと炎が覗き。
炎の勢いと共に破片が飛び散って、ぱらぱらと地上へ落ちていく。
『ああやって、中継局を壊しているのね。ふわりと浮かんだ空の船は、格好の獲物といったところなのでしょう』
じっと一部始終を見つめていたアグレアーブルが、S−01の機首を上げて機体を反転させる。
『キメラが、進路を変えるわ』
アグレアーブルの言葉どおり、周囲をどれだけナイトフォーゲルが飛び交っても進み続けたキメラは、ゆらゆらヒレを動かしながらその向きを変更した。
『やっと、こっちを追ってくる気になったとか?』
『違うな』
玲奈の予想を、周囲の信号を検索した開裡がすぐに否定する。
『別の‥‥中継局だ。やっぱり、無線の中継電波じゃなく、飛行船の発信機を追っかけてるみたいだな』
『う〜っ。こうなったら何が何でも、力尽くで方向を変えるからっ! トンボ、追っ払ってよ!』
スナイパーライフルでクラゲの口を狙いながら、バイパーが正面から突っ込んだ。
それに反応して、再びトンボの群れの一部がバイパーへ群がる。
『仕方ないわね』
ぽつんと呟いた神音は、ディアブロをクラゲの後方へつけて照準を合わせる。
『作戦予定空域ではありませんし、無理しないで下さい!』
呼びかけながら、星之丞はアグレアーブル機S−01と愛紗機ワイバーンと共に、ナイチンゲールでトンボの群れに攻撃を始めた。
モニタから、無線中継局の位置を示す光点が、次々と消えていく。
当初は期待して見守っていたプロジェクトのメンバーだが、やがて表情を強張らせて固唾を飲み。
間もなく最後の光点も消えて、モニタは何も映さなくなった。
「能力者諸氏の善戦には、感謝する。だが、これ以上の作戦遂行は困難であろう。一時、帰投してくれたまえ」
作戦終了を伝えたティランは、通信を切ると大きく溜め息を一つ吐く。
そして力尽きたように、ばったりと前のめりに机へ突っ伏した。