●リプレイ本文
●to colleague
「シャロン! シャローン!」
自分の名を呼ぶ声に、運転席で説明を聞くシャロン・エイヴァリー(
ga1843)が立ち上がり、扉を開けた。
人員輸送用のバスと、物資輸送用の幌付4tトラックを点検する男達の間を抜け、手を振りながら坂崎正悟(
ga4498)が走ってくる。
「正悟?」
「出る前に、これを頼もうと思って」
見つけた彼女へ、正悟は分厚い茶封筒を差し出した。封は開いていて、傾けると写真の束が出てくる。ちらりと見えた写真は、彼女には見覚えのあるものだ。
「これ‥‥クリスマスの?」
顔を上げたシャロンに、息を整えながら正悟が頷く。
「町の人達へ、渡してくれないか。多少でも気持ちが落ち着くだろう」
「判った、必ず渡すわ。そっちはもう出発?」
「戻ったら、すぐな」
「あ〜、シャロン。すまんが、硯に届けてくれるか?」
何か言いたげな正悟へリヌ・カナートは片目を瞑り、折ったメモをシャロンへ寄越した。
「後の要領は、本番で覚えりゃいい」
「了解。ちょっと、行ってくるわ」
仲間二人へ声をかけ、シャロンは正悟とバスを離れる。
「伝言?」
ミラー越しに見送った煉条トヲイ(
ga0236)が聞けば、リヌはひらと手を振った。
「コールが聞き出した、病院の住所さ」
「ピレネーを越えてきた子供の、収容先か」
返ってきた答えに、合点してファルロス(
ga3559)が呟く。
「スペイン全域の、競合地域化‥‥先の大規模作戦は、人類側の『勝利』になっているが――嘘っぱちに思えてくるな」
苦々しい言葉と共に、トヲイは拳を強く握った。
イタリアを取り戻した代償は大きく、弱者から犠牲になる現実を思えば心は痛む。
もっと、自分達に力があれば‥‥そう、トヲイも何度願ったか知れない。
窓の外を眺める肩を軽く叩かれ、彼が振り返ればリヌは肩を竦める。
「そう、怖い顔するなって。期待されるだけに色々あるだろうが、何もかもがあんた達のせいじゃあない」
「‥‥ああ」
複雑な表情のトヲイは、深く嘆息した。
「そちらも、無理しないで下さいね」
「有難うございます。鏑木さんも、道中お気をつけて」
鏑木 硯(
ga0280)の気遣いに、柔らかな物腰で如月・由梨(
ga1805)が一礼する。
「はぐれた男の子、無事だといいですね」
「あの子達の事だからきっと無事ですし、必ず見つけてきます」
励ます平坂 桃香(
ga1831)は彼の返事にポニーテールを揺らし、思いっきり安堵の微笑みをみせた。
「はい。顔も知ってる硯さんや正悟さんが行くんですから、大丈夫ですよね」
「えっと‥‥まぁ」
その無邪気さに、硯は反応に困りつつ笑顔を返す。
そこへ、弾む様な明るい声が彼の名を呼んだ。
「硯! リヌさんから、これ」
駆け寄ったシャロンは硯の手を取り、預かったメモを手の平へ押し込む。
「なくさないようにね」
「あの、ありがとう‥‥」
頭を下げた言葉の半分は微妙にかすれ、胸の前で硯は握った拳を開いて、中を確認した。
「バグアも馬鹿じゃないだろうし、山の中ではまともに連絡が取れない。可能な限り、時間は稼ぐつもりだが‥‥急いでくれよ」
若干離れた位置にいる神無 戒路(
ga6003)が、開いていた本から視線を上げる。
「ええ。各班個別の判断が必要になるわね。皆、無事に再会しましょう!」
青いカチューシャを留めた金の髪が翻り、笑顔でシャロンはサムズアップした。
少年を捜索する為、正悟と硯は一足先にバイクで発ち。トヲイとシャロン、ファルロスの三人が、リヌと共に二台の大型車で出発する。残る由梨と桃香、戒路のチームは、ナイトフォーゲルでピレネー東部を飛ぶ事で、地上の仲間が使う西ルートより敵の注意をそらすのだ。
やがてコクピットで待つ者達へ、通信機から仲間が競合地域入りした旨の情報が届いた。
「時間だ‥‥共に行こう」
揺れるネックレスを掴み、目を伏せた戒路は表面を指でなぞる。
『あくまでも偵察‥‥に見せかけた、一種の陽動ですね』
『はい。敵の数によっては、撤退も視野に入れて下さい』
再度確認する桃香へ由梨が答える間に、キャノピーが閉じ。
由梨機ディアブロ、桃香機阿修羅に続き、戒路機ワイバーンは大空へ舞い上がった。
●ピレネー越え
舗装路は狭まりながら、オロロン・サント・マリーから続く緩やかな勾配を上がっていた。道の両脇に広がる森や岩肌には戦闘の傷跡が残り、場所によっては落石や倒木が大きく道へはみ出して、減速して迂回せねばならない。また路肩では、疲れた顔で休む避難民の姿が、ぽつりぽつりと見られた。
ある程度の標高まで来ると、なだらかな道は大きく二つに分かれる。
「この道は‥‥」
「片方は、ソンポール峠を越える巡礼路の山道。もう片方が、トンネルを抜けてハカへ向かう道だな」
バスの運転席で進路を見比べるトヲイに、地図を見るファルロスが道を示した。
「こいつが途中で落盤していたら、引き返して峠ルートか」
行く手に迫るトンネルへ、ハンドルへ手をかけたリヌが咥え煙草でぼやき。
「そうなっていないよう、祈るしかないわね」
もう見えない道の方角へ一瞬だけ視線を投げ、助手席のシャロンは膝の上で祈りの形に指を組んだ。
戻らぬ友達の心配をする、少年達。
寄る辺もなく、不安の只中へ残された人々。
浮かぶ聖夜の記憶に、もどかしい気持ちがはやる。
「見捨てたり、しない。その為に能力者になったんだから」
やがて二台の車は、山の風景から無機質な暗い空間へ飲み込まれた。
○
「無茶はここまでで、十分。後は俺達に任せて、大人しくしてるよーに」
ヘルメットを被りながら硯が言い含め、正悟は小柄な少年の頭を撫でる。
「帰りには、必ず皆を連れて迎えにきてやるからな」
ミラー越しに後方を確認すれば、病院の前で看護士に付き添われた少年が、包帯を巻いた両腕を大きく――その姿が建物に隠れるまで――振っていた。
「無事だといいが‥‥」
路肩にサイドカー付バイクを停めた正悟が写真を取り出し、探す少年の顔を確かめる。
「好きな歌が判らないのは、ちょっと残念ですけど」
慣れぬ大型バイクの扱いに苦心する硯は、額の汗を拭って大きく息を吐いた。
運転をする分には、エミタの補助もあって身体が自然と対応するが、止まると大型バイクの質量と体格差に手を焼く。
「歌を好きになる機会も、なかったんだろうか」
姿が見えなくても、耳馴染んだ歌が耳に届けば元気付けられるかもしれない‥‥そう考えていた正悟だが、見舞った少年は特にはないと答えた。
「あ、でも教会の賛美歌なら、聞き覚えがあるかも?」
「賛美歌か‥‥何か歌えるか?」
手を打って提案した硯だが、正悟に聞かれて笑顔で固まる。
「すみません‥‥クリスマス・ソングくらいしか」
がっくりと肩を落とす硯に「だよな」と正悟も苦笑して、これから登る巡礼路を見上げた。
途中で分岐した舗装路は、急勾配をヘビの様に這いながら、ソンポール峠へ続いている。フランス側が険しい山道で、スペイン側の傾斜は緩やかな巡礼路は、頂上付近に国境センターがある。少年の話では、そこでキメラらしき攻撃に出くわし、仲間とはぐれたという。
「じゃあ、行くとするか」
「はい。坂崎さんも、気をつけて」
休息を終えた二人はバイクのエンジンをかけ、二手に分かれた。
○
『ナイトフォーゲルで越えると、あっという間ですね』
ふと桃香が、そんなもどかしさを口にした。
キャノピー越しに見下ろせば、地上には雪を山頂に戴いたピレネーの山々が広がっている。場所は違うが、五人の仲間達はそれを越える最中だ。
『だが‥‥ガリーニンの様な、大型輸送機でも持ち出せば‥‥いい標的になる‥‥』
敵影が見えないか注意しながら、現実的な結果を戒路が返す。
『そうですね。こちらの勢力圏下でなければ、空路輸送は困難になります。空港が無事かどうかによっても、大きく行動範囲が制限されますし』
由梨の言葉に、ふぅと大きく桃香が溜め息をついた。
『自由に動けないって、本当に大変ですよね』
再認識する桃香に、声は出さないものの由梨が小さく笑む。しかし、彼女の表情はすぐ沈痛な面持ちに沈んだ。
『一つの大きな戦いが終わって、でもその戦渦に残された人がいて。安住の地が失われる時の気持ちはどんなものか、想像できません‥‥』
『私は、あんまりキメラの被害のない場所にいましたけど‥‥バグアに襲われ、家を離れて逃げる事になるのは、やっぱり嫌です。避難する人達が、早く家へ帰れるといいんですけど』
『そうですね』
自分と同じく心を痛める桃香へ、短く由梨が同意した。
『脱出作戦、絶対に成功させましょう。そして逃げた人達が、いつか安心して家へ戻れるように』
静かに、由梨は決意を新たにし。
『連中が、食らい付いたぞ‥‥』
接近する存在に気付いた戒路が、警告を発する。
スペイン領空を飛ぶ三機の機体は、接近する『相手』との距離を保ちながら、回避運動に入った。
●広げた手の、届く距離
銃弾の雨が、むき出しの地面をえぐった。
威嚇射撃を受けた四足獣のキメラは、弾丸を避けて踊るように跳ね。
その間に二台の車は加速して、キメラとの距離を引き離す。
見る間に標的は射程外へと離れ、シエルクラインで援護していたファルロスは、ようやく肩の力を抜いた。
「引き離した。もう追ってこないだろう」
「そうか。村までの距離は?」
『すぐそこよ』
トヲイの呼びかけに、先頭のトラックからシャロンが返事した。
田園風景の中、身を寄せ合うように立つ家々が見えてくる。
静かな町へ入った車は一気に中央の広場まで乗り込み、教会の前で停車した。
「エルナンド神父、いますか!?」
車から飛び出したシャロンが、勢いよく教会の扉を開け放ち。
「あ、オッサンだっ」
「ホントだー!」
少年達の声に驚いてトヲイが振り返れば、集まってきた10代後半の少年三人へ「オッサンじゃないだろ」とリヌが『抗議』している。
「‥‥一瞬、驚いた」
「トヲイはまだ、オッサンには程遠いだろ」
胸を撫で下ろすトヲイにファルロスが微妙に笑いつつ、荷台のロックを解除した。
「あまり時間がないの。詳しい事は移動しながら話すから、今は避難の準備をお願い」
若い神父へシャロンが事情を説明し、トヲイとファルロスはリヌや子供達と協力して、荷台のラシオンを教会へ運び入れた。
話を終えたシャロンは、正悟から預かった茶封筒を助手席から取ってくる。
「避難を知らせるついでに、これを渡してくるわね。もし、町に残る人がいるなら‥‥避難した人宛の手紙とかあるかもしれないから、預かってくるわ」
「積もる話はあるかもしれないが、急いでな」
念を押すファルロスへシャロンは頷き、三人の少年と一緒に残っている住人の家へ向かった。
だが、人々の反応は様々で。
「ここに残るって決めたから、行かない人もいるんだよね」
しょんぼりする少年の肩を、励ますようにトヲイが叩く。
「離れられない思い出もあるだろうから、残念だが仕方ないさ。よければ、逃げる人達の準備を手伝ってくれるか?」
首を縦に振り、少年はトラックへ走っていった。
「オッサン達が来たって事は、あいつら無事に着いたんだ」
それまで、ずっと聞きたいのを我慢していたのだろう。避難する人々がバスへ乗り込む時になって、不意にリーダー格の少年が尋ねた。
一瞬手を止めたリヌは、ゆっくり頭を振り。
「知らせにきたのは、一人だったそうだ」
「でも、硯と正悟が探しに行ったの。二人とも顔を知ってるから、きっと見つけて待ってるわよ」
「‥‥うん」
シャロンがフォローを加えれば、少年は短く返事をする。
「エルナンド、だっけ? 乗らないのか?」
ふと気付いたファルロスに、神父は笑顔を返した。
「町へ残る方もいますし、これからもまだ避難する人、あるいは情勢が落ち着いて帰ってくる人が、ここを訪れるでしょう。そんな人達へ渡す為に、運んでいただいた食料は大切にお預かりします」
「神父さま‥‥」
教会で育った子供達が名残惜しげに見上げ、神父は一人一人の肩を抱く。
「どうか、町の人とこの子達をお願いします。そして傭兵の皆さんにも、神の御加護がありますよう‥‥」
十字を切る神父へ、三人の能力者は静かに首肯した。
車窓から見える町が、どんどん遠ざかっていく。
バスに乗った住民は窓を開け、小さくなる町を見つめていた。
「そろそろ、窓を閉めた方がいい。キメラがうろうろしているからな」
ハンドルを握るファルロスが、バックミラーで車内を確認して警告する。
「キメラとかワームを見張るのなら、手伝うよ」
双眼鏡を手にしたトヲイへ、リーダー格の少年が申し出て。
「じゃあ、後ろと左右を見張ってもらえるか。何か異常を見かけたら、すぐに教えてくれ」
「判った!」
頼むトヲイに、かつて近くで戦闘があるたびジャンクを拾い集めていた少年達は、力強い笑顔で答えた。
山の天候は変わりやすい。いつに間にか空には雲が低く立ち込め、霧のような雨まで降り出していた。
トンネルの奥から見えてきた光に、硯は大きく手を振る。
車体が汚れて凹んだバスは減速し、続いて後ろのトラックも路肩へ停まった。
「坂崎さんと、合流しました?」
運転席へ駆け寄った硯が真っ先に尋ねれば、ファルロスとトヲイは顔を見合わせて首を振る。
「連絡がつかないのか」
ファルロスが聞き返せば、無線機を手に硯はうな垂れた。
「無線機、持ってないみたいで。峠を越えてスペイン側も回ってみましたが、坂崎さんも‥‥あの子も見つからなくて」
ぎゅっと、強く拳を握る。
トラックの助手席を飛び降りたシャロンが、濡れた彼の髪をハンカチで拭いた。
「風邪、ひくわよ」
「有難うございます。でも‥‥」
「とにかく、オロロンまで行くしかないね」
シャロンの後から歩いてきたリヌが、がしがしと頭を掻く。
「先に下山した可能性もあるし、でなければ空の連中に連絡をつけるしかないだろう。バイクは私が転がすから、硯は休め」
身振りでリヌは硯を支えるシャロンを促し、車は再び動き始めた。
「坂崎さんと子供の捜索、ですか?」
地上からの知らせに、由梨が眉根を寄せる。
陽動の為に何度かピレネー東部を飛び回ったナイトフォーゲルは、空港で補給を受けていた。
「何かあったんでしょうか‥‥」
不安げな桃香に、戒路は重い息を吐く。
「何があったか判らないから、行けという事だろうな」
「じゃあ、急いで行かなきゃですね」
きゅっと桃香が唇を結び、三人は離陸の準備に入った。
危険を冒して捜索した結果、予定ルートから外れた人気のない山村で、正悟のバイクが発見された。負傷した少年を見つけて一番近い村へ運んだものの、仲間と連絡をつける事もできず、立ち往生していたのだ。
すぐに助けに戻った者達の手で少年は病院へ運ばれたが、骨折などの負傷と熱から、意識は混濁したままだった。