●リプレイ本文
●船出の前
数台のトレーラーが次々とランプウェーを上がり、船倉内でコンテナを切り離しては、また次のコンテナを接続する為に戻ってくる。そんな作業を何度も繰り返した後、最後にトレーラーヘッドはコンテナと接続したまま、専用の固定具とバンドで床へ固定された。
全てのコンテナの積み込みが終わったのを見て、三機のナイトフォーゲルが動き始める。
『わぁ、凄いよ凄いよ! ホバーで移動が出来るーっ』
つい先日、バージョンアップしたばかりのテンタクルス改の新性能に、操縦桿を握る潮彩 ろまん(
ga3425)が嬉しげに機体を前進させた。新しく補助ホバーを加えた機体は、陸での行動が幾分かスムーズになっている。
『中で船員さんが誘導していますから、従って下さいね』
KF−14で後に続くアグレアーブル(
ga0095)が、注意を促した。
『くれぐれも、車間距離はちゃんと取るんだぞ〜』
やはりバージョンアップしたてのテンタクルス改に乗るジュエル・ヴァレンタイン(
ga1634)も、先行する二機へ呼びかける。
歩行形態のKF−14と、航行状態のテンタクルス改2機は斜路を順番に渡り、船倉へ乗り込んでいった。
「ランプウェーは、どれくらいの重量まで耐えられるんです?」
潮の香りが混ざった風に髪をおさえながら、RO−RO船の甲板へ出てきたリヌ・カナートへ神無月 るな(
ga9580)が素朴な疑問を投げる。
「ああ。確か、70t前後ってトコらしいな」
「じゃあナイトフォーゲルが乗る程度なら、余裕で耐えられるのか。ところで‥‥リヌは何時の間に、海上にまで仕事の幅を広げたんだ?」
素朴な疑問第二弾を煉条トヲイ(
ga0236)が口にし、『ジャンク屋』は渋い表情でがしがしと短い髪を掻いた。
「別に、『輸送』が本業じゃないんだがな。でっかい厄介なモンを、そこそこ安全に運ぶノウハウがあるってだけで。ま、仕事中にあんたらが機体をぶっ壊したら、喜んで回収して売るが」
にっと口の端を引き上げるリヌへトヲイは肩を竦め、会話を聞いていた鯨井昼寝(
ga0488)が笑う。
「残念ね。今回はジュエル達に役を譲ったから、そっちの協力できそうにないわ」
「どーせ転がす側でも、協力する気はないだろうが」
冗談を返して煙草を引っ張り出すリヌへ、ススッと近付く影が一つ。
「ところで‥‥」
腰まである金の髪を揺らし、ゴールドラッシュ(
ga3170)が声を潜める。
「今回の輸送計画で、キメラによる襲撃が予測されてるって聞いたんだけど」
「ああ、そうだね。話によればカマス型のキメラが海から飛んでくるとかで、地元の漁師も怖がってるらしい」
「カマスキメラ!? カマスキメラと言えば、たった1匹でテンタクルス10機を貫いたという、あの伝説の‥‥!」
眉間に皺を寄せ、険しい表情でゴールドラッシュは息を飲んで言葉を切り。
ごす。
金髪のつむじに、容赦なく昼寝の手刀が落ちた。
「漁師の間で噂になるくらいだから数はいるだろうし、相手が小さいからナイトフォーゲルは別の意味で苦戦するわね。でも‥‥」
「ボス〜っ!?」
剛腕グラップラーにツッコまれ、ゴールドラッシュは青い瞳を潤ませて振り返る。
「1匹でテンタ10機は無理でしょ。そんな相手なら、むしろ私が出るわよ」
動きやすいよう、後ろで一本に編んだピンクの三つ編を振って昼寝は胸を張った。そんな『隊長』に、ゴールドラッシュはけろっとした表情で空を仰ぎ。
「ちょっとした、お茶目なジョークだったのに‥‥」
ついでに危険性をアピールして、報酬が上がったらいいのになー。なんて事も考えていたのだが、そこは口を出さない。
『それにしても旬の魚がキメラとは、バグアも風流よの。この付近では如何様な魚が連れるか、リヌ殿はご存知か?』
問いかける藤田あやこ(
ga0204)は、何故か甲板から釣り糸を垂らしている。彼女の言葉に昼寝達は怪訝な表情で互いを見やり、嘆息したリヌが短い髪を掻き回した。
「釣りの趣味はないから、何が釣れるかは知らん。あと、ソッチの話す内容は判ってんだから、無理にコッチに合わせて喋らなくていいぞ。いちいち『通訳』なんて面倒な二度手間をする気は、サラサラない。こういう事態では、迅速な情報伝達が最重要だって事ぐらい、さすがに知ってるだろ」
何故か、独学らしい癖の強い仏語で話しかけたあやこへ、逆にリヌは周りの者達に判る表現で答えた(注:だからといって、何語で意思疎通を図っているかは、触れてはいけないある種のお約束である)。
「カナートさん。出航前に少し回りたい場所があるのですが、いいでしょうか?」
遅れて甲板へ姿を見せたアグレアーブルが尋ね、時計に目をやってからリヌは頷く。
「夕方には出航する。それまでは『自由行動』だが、時間は厳守でな」
こくりとアグレアーブルは首肯し、船内案内図を眺めていたろまんが振り返った。
「時間があるなら、船を探検しようよ! いざっていう時に、中が判らなかったら大変だし!」
目を輝かせるろまんは、海賊の下っ端っぽくバンダナを巻いている。
「そうね。襲撃に備えて、構造上の弱点は抑えておかなきゃ」
「確かに‥‥一理あるな」
すかさず提案に乗るゴールドラッシュに続いて、トヲイもまた賛同し。
「船員の邪魔にならないようにな」
「了解〜っ」
ろまんはびしっと額に手を当てて冗談めかした敬礼をし、有志によって急遽編成された『RO−RO船探検隊』は早速船内へ向かった。
●凪
「漁師さん達の話では、魚のカマスは沿岸部に生息するらしいんですが、被害はずっと沖で発生しているとか」
ラ・ロシェルを出航して、二時間ほど後。
食堂に集まった能力者達は、食事がてらアグレアーブルが集めた情報を聞いていた。もちろん全員が揃っているのではなく、常に2〜3人はキメラの襲撃を甲板や操舵室で警戒し、あるいは自機のコクピットで待機する。
「こちらで生息しているオニカマスは、大きいものですと180cmくらいあるそうで‥‥そこから考えると、キメラはやや小ぶりに感じます」
「キメラの大きさなんかは、元になったらしい生物と必ずしも一致しないし、トビウオの様に飛んでくる点を考えれば、それが『攻撃に適した大きさ』なのかもね」
考えつつ、白身魚のムニエルをつつくゴールドラッシュ。
「小さくて、よかったです。180cmのカマスは‥‥あんまり、想像したくないです」
人参のグラッセをフォークで差したまま、るながほっと安堵の息をついた。
小柄なるなにとって、自分の身長よりも長い魚が空を飛んでくるのは、それなりに恐怖だ。
「それで? 本物のカマスはともかく、キメラについては?」
既に皿から料理が消えているジュエルが厨房を僅かに気にしながら、話を『本題』へ戻す。
「沖の広範囲で被害を受けている他は、襲撃の時間帯が朝に偏ってる事でしょうか。ただ、漁に出るタイミングもありますが」
「元となるデータの分母自体が偏っていたら、統計データも当然偏るからね〜」
ぐるぐるとスープを撹拌し、あやこはアグレアーブルへ頷いた。
「いずれにせよ、被害のあった該当海域は避けてもらうよう、リヌさんと船長さんへ航路の変更をお願いしました」
「どうせなら、ついでにある程度でも群れを潰して、地元漁師の不安を取っ払った方がいいとは思うけどね」
ちょうど食堂へ入ってきた昼寝の案に、カラカラとジュエルが笑う。
「俺も同感。けど、昼寝ちゃんの場合は単純にキメラをやっつけたいだけ‥‥な気がするのは、気のせいデスヨネー」
不敵な笑みと共に昼寝が目を細めれば、暢気な笑いが強張った。
「キメラの群れを掃除したら、特別手当とか出ないかな」
計算高く、ゴールドラッシュも目を輝かせている。
「どうかしらね。それより、交代時間よ」
「せっかくのハーレムだったのに‥‥でも、ろまんちゃんがお腹空かせて待ってるからな〜」
威嚇を解いた昼寝に促されて、後ろ髪を引かれつつジュエルは席を立ち、ゴールドラッシュとあやこも食器を片付けた。
「キメラが出やすい時間って、あるんだ」
アグレアーブルから先に行われていた話を聞き、フォークを動かすろまんが小首を傾げた。
「あと深夜の見張りは野郎二人に任せて、未成年者は夜更かししないように‥‥と、ジュエルさんから伝言です」
淡々と答えるアグレアーブルとは対照的に、ろまんの表情は感心から思案、疑問へと忙しく変わる。
「じゃあ、ご飯がすんだら早めに寝た方がいいのかな。野郎二人って、トヲイも?」
「他にいないな。まぁ‥‥俺は構わないが」
ろまんと同様に食事中のトヲイが、テーブルの向かい側で苦笑した。
「だが‥‥危険海域とおおよその襲撃時間が判れば、俺達はともかく船員が安心するか」
「30時間ずっと見張るの、大変だもんね。ボクはずーっと海を見てても、飽きないけど」
不安げな船員の様子をトヲイは思い返し、ろまんの言葉にアグレアーブルはこくりと頷く。
「船を無事にポルトガルまで守るのが、今回の役目ですから」
「皆とテンちゃんがついてるから、大丈夫だよ!」
静かに緑の瞳を伏せるアグレアーブルへ、鮮やかな笑顔でろまんが親指を立てた。
●警戒航路
輸送船であるRO−RO船に、魚群探知機などは搭載されていない。
迫る『異常』に気付いたのは、当直の船員と共に双眼鏡を覗き、海を見張っていたトヲイだった。
日が昇る前の濃い藍の空の下、まだ暗い海中でちらちらと銀色が見え隠れする。
それが、警戒の為に船から海面へ照らすライトを反射した光と気付くのに、そう時間はかからなかった。
「群れは、右舷後方から接近している。現状では、まだ例のキメラかどうかは不明だ」
『判った、接近してみるね。行くよFX、ボク達の力でお船を守るんだ!』
船舶無線を借りたトヲイに、海中のろまんが応答する。
その間に、知らせを聞いた者達が甲板や操舵室へと姿を見せ始めていた。
「油断しないでよ。カマス以外にもどんな大物が潜んでいるか分からないからね、海は」
イアリスとレイシールドを携えたゴールドラッシュが、昼寝へ呼びかける。
「そっちも、よろしくね。船が沈みでもしたら、元も子もないから」
「当然よ。こんなところで、タイタニック的な経験をする気はないわ。行くわよ」
「宜しくお願いします」
肩越しに声をかければ、後ろのあやこが続く。船倉へのダメージを考慮し、いざとなれば即座に応急処置へ向かえるよう、二人は組んで行動するのだ。
「補修作業で『足』が必要ならいつでも乗せるから、遠慮なく呼んでくれよ!」
すれ違いざま、二人へジュエルが声をかけ、アサルトライフルを片手に水面を注視する。
「えーっと‥‥敵らしい群れが接近中ですよ。準備よろしくなのですーっ」
「るなちゃん、相手の数は?」
おっとりとした口調ながら、出来るだけ大声で呼びかけるるなへ問えば、ロングボウを手にした彼女はふるりと銀髪を揺らした。
「まだ、正確には判りません。波は、あまり高くないんですが‥‥」
「ライトを固定したら、引っ込んでないといい的になるよっ!」
邪魔にならぬよう、リヌが海へ大型ライトを向けた船員達を船倉へ避難させ、操舵室にいたトヲイも甲板へ戻る。
「どう? 海中の方は」
「ろまんがテンタクルス改で牽制している。予想より、幾らか規模は小さいようだ」
「アグちゃんの話だと被害海域が広域らしいし、分散して行動しているのかもな」
考え込むジュエルだが、『下』から響く水音に甲板から身を乗り出した。
盛り上がった水が割れ、船に接触しないだけの距離を取って、KF−14が水面に現れる。
『ろまんさんからの知らせでは、発見した魚群の群れは形状からキメラと思われます。ただ、距離を取って離れていくようで、引き続きろまんさんが追跡しています』
アグレアーブルの知らせに、昼寝はシュナイザーを装備した手で器用に頭を掻いた。
「話に聞いていた我が身を省みない特攻っぷりは、割と嫌いじゃないんだけど‥‥ナイトフォーゲル相手で、恐れをなしたのかしら」
「大きいですしね‥‥テンタクルスさん」
気抜けして唇を尖らせる昼寝に、ほぇほぇと和やかにるなが微笑んだ。
日が昇った後も、襲撃の『予兆』は幾度となく現れた。
そのたびにテンタクルス改やKF−14が、ランプウェーより海へ飛び込んで警戒にあたる。
ナイトフォーゲルが接近すると、同じように群れは距離を取り。
しばらく様子を窺うように離れて回遊するものの、やがて潮が引いたように船から離れていった。
「カマスの英名は、『バラクーダ』。獰猛で非常に危険‥‥だが、こちらが『かます』前に逃げ出すとはな」
握った手で軽くゴンと手すりを叩き、口惜しげにトヲイが水平線へ眉をひそめる。
「それって‥‥もしかして、カマスとぶちかますのと、かけてたりします?」
ハテと首を傾げるあやこに、からから笑う昼寝。
「気にするな」
指摘されて改めて気付いたのか、ぽしぽしと頬を指先で掻き、トヲイは海へ目を移す。海上では、テンタクルス改からろまんがブンブン手を振り、船倉へ帰還する旨を告げていた。
●揚陸
船がビスケー湾を横断し、進路を南へ取る頃には近付く魚の影は完全に消えた。
「おそらく、キメラにとっての『縄張り』にあたる海域を抜けたんでしょう」
それでもまだ中間達と警戒を続けながら、アグレアーブルが推測を口にする。
「そうですね」
推測に賛同しながらも、あやこはいささか物足りなさそうだ。
「実際のキメラの行動を目に出来なかったのは残念ですが、安全第一ですか」
「でも現地の漁師さん達、大変ですね‥‥いつか、退治に行けるといいんですけど」
『船の護衛』が任務である以上、あまり勝手な行動も出来ず。
るなのやるせない溜め息は、吹き抜ける海風に散らされていった。
ラ・ロシェルとは逆にランプウェーを下り、船倉に積まれていたコンテナトレーラーが次々と岸壁へ降りて行く。
久しぶりに接岸した大型貨物船に、ポルトの港では港湾関係者以外の多くの見物人が集まり、嬉しそうに揚陸作業を見守っていた。
無論、最初に船倉から現れた三機のナイトフォーゲルに、大きな声が上がった事は言うまでもない。
「あんた達のおかげで、余分な足止めもなく助かったよ」
礼を告げるリヌだが、何故かトヲイは左右に首を振った。
「船を無事に送り届けたから、『終了』‥‥という訳には行かない。最後まで、責任は持つ」
「幸い、KF−14やテンタクルス改は地上走行が出来るもんな。予定より早く着いたし、ついでにアフターサービスって感じか?」
笑いつつ、ジュエルはゴーグルのレンズ部分をゴシゴシと袖で拭い、残りの者達の意向を確かめるように振り返る。
「じゃあ、テンちゃんとドライブできる?」
「ドライブ‥‥なの?」
喜ぶろまんにゴールドラッシュが友人へ問えば、「走ればドライブなんじゃない?」とあくび混じりで昼寝が答えた。