●リプレイ本文
●海をきれいに
「綺麗な海ですね‥‥ただ美しい海岸が台無しなのは、残念ですけど」
サクサクとした感触を踏み、潮風に銀髪をおさえながらリディス(
ga0022)が砂浜へ歩を進める。
足を止めてミオ・リトマイネン(
ga4310)が砂浜を見回せば、砂の中には転々と流れ着いたものが顔を出し、波打ち際では漂着物が波に洗われていた。原型が判るものもあれば、そうでないものもあり、僅かに伏せた彼女の紫の瞳に陰りが揺れる。
「あれが、作業船か。あちらに遅れをとらないよう、働かないとな」
穏やかな海にホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)は額に手をかざし、波間に浮かぶ船へ目を細めた。
「まぁ、無理せず、モチベーションを保ちつつ‥‥だな」
地図と風景を見比べながら、UNKNOWN(
ga4276)が黒髪の上に載せた黒い帽子に手をやり、つばの下から夏の陽光を見上げる。
「暑くなる前に、ある程度の算段はつけたいところだ」
「早速、取り掛かった方がいいですね」
作業用道具や手袋を入れたダンボールを抱えた港湾の管理担当者に気付き、リディスは片手を挙げた。
○
「皆がいるの、あの辺かな? おーい!」
爪先立ちで陸を窺った潮彩 ろまん(
ga3425)は、大きくぶんぶんと手を振ってみる。
「この距離では、見えないと思いますが‥‥」
僅かに小首を傾げ、如月・由梨(
ga1805)が現実的な指摘をするが、彼女は気にする様子もなく。
「一緒に皆で手を振ったら、判るかもしれないよ?」
「えーっ、見えるのかな」
ろまんに手招きされ、火茄神・渉(
ga8569)も自分の身長より少し低い手すりへ駆け寄った。
「それにしても、海が綺麗ですね。上を飛んでる時は、あまり気付かなかったけど」
あの人にも見せたいなぁ‥‥などと考えながら、髪を束ねた鏑木 硯(
ga0280)は船を囲む海をぐるりと眺める。
「ま、敵とまみえるって時によそ見してたら、命が幾つあっても足りないからな」
火を点けてない煙草を咥えたリヌ・カナートが、からからと笑った。
●回収作業−Phase 1
「予定ポイントに、到着します」
スピーカーから船員が甲板へ呼びかけ、風景を楽しんでいた少年少女は顔を見合わせた。
「では、始めましょう」
「うんっ。リヌさーん、ボク頑張って、大物一杯拾ってくるからー!」
由梨に頷いたろまんは大きく手を振り、愛機テンタクルスへ駆け出す。
「適当に期待してるが、無理はするなよ!」
「はーい!」
大声で呼びかけたリヌへ元気のいい返事が応え、テンタクルスのキャノピーが閉じた。船に設置された大型クレーンを使い、歩行形態のKF−14由梨機とW−01改ろまん機は海へと沈んでいく。
「1時間したら交代するから、先に機体をチェックしておこうか」
「りょーかいっ」
二機のナイトフォーゲルが潜ったのを確認して硯が提案すれば、渉は白い歯をみせて笑った。
待機する愛機へ向かう二人の背中を、複雑な表情でリヌが見送れば。
だが何かを思い出した様に、急に硯が足を止めて振り返った。
「そういえば‥‥セートの近くには財宝の伝説とか海の怪談とか、ないんですか?」
不意に質問され、目を瞬かせたリヌが小さく肩を竦める。
「どうした? 急に」
「いえ、少し気になって」
照れくさそうに明後日の方向へ視線を投げれば、リヌは「ふぅん?」と腕組みをし。
「私は聞いた事ないが‥‥もしナンか見つけたら、教えてくれ。コッソリと」
片目を瞑ってみせるジャンク屋に、笑顔で硯は頷いた。
「コッソリですね。判りました」
突然、現れた巨影に驚いたのか。小さな魚達は流線型の身体をくねらせて泳ぎ、四方八方へと散った。そんな魚達の間を抜け、歩行形態のまま二機は海を潜っていく。
上へ流れていく海中の光景を、由梨は浮かない表情で見つめていた。
穏やかな海の上で繰り広げられた、五月の激戦。
あの戦いを思い出すたびに、胸の奥がチリチリと鈍く疼く。
複雑に混濁した感情を無理やり言葉にするなら、「気が重い」といったところだろうか。
意識せず、由梨は左手で胸元を押さえた。
大事にしまった、月長石のロケット。
その感触を服の上から確かめ‥‥機体と同様に沈む思考を、ろまんの明るい声が引き戻す。
『ね。ある程度、持っていけるモノから先に引き上げる?』
『あ、ええ‥‥そうですね。大きいものは二人がかりで運ぶのでもいいですし、解体してしまうのも手です』
『じゃあ、ボクはこっちから始めるね。ボク、テンちゃんに乗って細かい作業する練習も、しっかりしてきたんだよ♪』
自信たっぷりのろまんに再度キャノピー越しに外を見れば、テンタクルスがゆっくりと移動を始めていた。直立した時の高さが約6m半のKF−14に対し、約11mと倍近くあるテンタクルスは、少し離れた程度でもシルエットがはっきり判別できる。
『では、細かい部分はお任せしますね。海底への干渉を控えて‥‥出来るだけ環境に影響が出ないよう、作業しましょう』
潮流を計算に入れながら、注意深く由梨も操縦桿を操作した。
今は、作業に集中しよう。
そうすればきっと、余計な事を考えずにすむだろうから――。
●回収作業−Phase 2
「さて‥‥何が流れ着いたかな」
管理担当者から借りた熊手を使い、ホアキンが砂浜をさらう。
砂中からはプラスチック片やビニール、紙などが出てくるが、どれも持ち主の身元が特定出来そうな物はなく。作業をする者達は、それらを担当者が用意した箱へと納めた。
「まとめた後は、どうするんだ?」
『ゴミ』として扱うつもりだったUNKNOWNが聞けば、担当者は神妙な表情で箱を振り返る。
「町の教会に頼んで、後日に追悼ミサを行う予定です。例え誰の物か判らなくても、誰かが使っていた物である事は確かでしょうから」
「確かに、一理あるな」
UNKNOWNが納得した様子を見せると、力強く担当者が首肯した。
「ヨーロッパの一員であるイタリア解放の為に戦った人の物なら、尚更ですし‥‥ところで」
言葉を切った真面目そうな男は、微妙にためらってから後を続けた。
「暑くないんですか? その格好」
「ああ、慣れている」
過去、腐るほど聞かされた質問に、にべもなく即答するUNKNOWN。
夏の日差しの下でも、白い立襟のカフスシャツの上にベスト、そして黒いフロックコートを羽織り、紅色のタイはきちんとタイピンで止め、しっかりプレスした黒のスラックスに皮靴と、服装に一分の隙もない。
「‥‥熱中症、気をつけて下さい。暑くなりますし、飲み物も用意してますので」
それが、彼のスタンスだと判断したか。担当者は問いを重ねず、UNKNOWNもただ、革手袋をはめた手を軽く挙げる仕草で、気遣いに答える。
晩夏の日差しを、袖口につけた銀のカフスがキラリと反射した。
岩場を登って比較的大きな岩を見つけると、腰を下ろしてミオは大きく深呼吸する。
「疲れました?」
水から上がったリディスが、マスクを取りながら声をかけた。
肩口で切りそろえた銀髪をふるりと左右に振ってから、ミオは腰を浮かせて手を伸ばそうとし。
「ありがとう。大丈夫ですから、休んでいて下さい」
手伝おうとする少女に礼を言いながら、酸素ボンベを下ろしたリディスは彼女の隣へ腰を下ろし、フィンを外す。
一番最後に、集めた漂着物を入れたネットを提げた女性インストラクターが、姿を見せた。
「お疲れさまです、しばらく休憩しましょう。お二人とも、かなり慣れてきましたね」
愛想のいいインストラクターに、濡れた髪をかき上げたミオが僅かに笑みを返す。
「一時間ほど、地上での回収作業を手伝ってきますね。それからまた岩礁の方を回りますので、ガイドをお願いします」
「判りました、無理はなさらないで下さい。砂浜へ戻る前に、少し休憩して体力を回復して下さい」
リディスの言葉に笑顔で頷き、三人分のボンベをまとめて持ったインストラクターは、慣れた様子で岩場を歩いていった。
「何時、私達もこうなるか‥‥だからこそ丁寧に扱わないと」
漂着物を入れたネットをそっと手に取り、ミオは目を伏せる。
能力者だけでなく、大作戦に関わる者全てが生き残る為に戦い、それでも全員が無事に帰還できる訳ではない。
覚悟をもって、戦いに臨み――姿を変えて、還ってきた人達の想いが籠った『遺品』達。
「出来るだけ、回収したいですね‥‥その想いと一緒に」
「そうですね。セートの美しい海岸が台無しなのも忍びないですし、早く片付けて綺麗なセートを眺めたいものです‥‥海で眠る人達の為にも」
フィンを小脇に抱えて腰を上げたリディスは、ミオへ手を差し伸べ。
彼女の手を借りて、片手で『帰還』した品を抱きかかえたミオは岩場から立ち上がった。
●回収作業−Phase 3
「多めに作ってきたんで、よかったらどうです?」
太陽が南へ高く上がった頃、バスケットを掲げた硯が仲間達へ声をかけた。
「自分で作ってきたとか?」
「うん、サンドイッチだけどね」
興味津々の渉に笑いながら、日陰に腰を下ろした硯は蓋を開く。
「せっかくだし、海を見ながら食べようよ」
目を輝かせたろまんが、後ろに続く由梨へ手を振った。
「リヌさんも、いります?」
「ああ、気持ちだけな。成長期のメシを取り上げるほど、ハラは減ってねぇよ」
硯の誘いに、笑ってリヌはひらりと手を振った。
「この後は、大きい残骸の回収かな」
サンドイッチを食べつつ、硯は風のない海を見やる。
「うん。汚したら、自分達で片付けないとダメだって習ったからね。戦わないといけないのは分かるけど、色々とたくさんの傷を残すから‥‥しっかりと海をキレイにして、お魚さん達を守るぞー!」
勢いよく渉が拳を上げれば、ろまんも「おー!」と調子を合わせ、手を天へ突き出した。
「こんな事もあろうかと、ボク、テンちゃんに新装備を用意してきたんだ! ほら、よく町の工場とかで、金属を斬ってるのあるでしょ。あんな感じの、レーザークロー!」
自分の爪を立ててみせるろまんに、「すげーっ」と渉が目を丸くする。
「オイラのディアブロ、海の中でも動きやすいよう水中キットと小型燃料タンクだけにしたんだよなぁ」
「でも、ディアブロも頑張ってるよ。とても助かってるから」
「ホント?」
真顔で聞き返す渉へ、にっこり笑って硯が頷く。
「へへ。ありがと、硯のおねーちゃんっ」
照れくさそうに鼻の下を擦って渉が礼を言うと、今度は硯が微妙に苦笑した。
「俺‥‥おにーちゃんだから。一応」
言い辛そうにしながらも、誤解を訂正する。
弾む会話に目を細めて、由梨はゆっくりとサンドイッチを口へ運んだ。
昼食が終われば、作業の『追い込み』に入る。
KF−14硯機が、太刀を振るって沈んだ破片を両断し、同じくKF−14由梨機も水中用ディフェンダーで解体を行っていた。
中でも手際がいいのは、高分子レーザークローを装備したW−01改ろまん機だ。射出された三本のレーザーを器用に用いて、作業を進めていく。
分けられた破片は、F−108渉機が忙しく回収用のケージへ入れ、作業船がそれを引き上げる。
『この分だと、早く終わりそうだね。終わったら、地上も手伝わなきゃ』
『皆でやれば、すぐに片付くしね』
熱心に動き回る渉に硯が応え、揺らめく遠い水面を見上げた。
○
作業を始めた時には、両手で数えると余る程度の人影しかなかった砂浜は、昼を越えた辺りから急に人が増え始めていた。
人々の目的が遊びではない事は、見た目にもはっきり判る。
軍手をはめた手にトングやゴミ袋を携え、ラフな格好で砂の中を漁っては、見つけ出したものを袋へ入れていくのだ。
「なんだ、あの連中は?」
「突然の奉仕精神にでも、目覚めたのかね」
手を止めたホアキンが訝しげに眉をひそめ、特に興味もなさげなUNKNOWNはチラと見ただけで作業を続ける。
そこへ、遺留品を納めに行っていた担当者が、砂を蹴って戻ってきた。
「すみません。戻るのが、遅くなりまして」
「砂浜に来た連中と、何かあったのか」
汗だくの相手に、ホアキンは人々から目を離さず尋ねる。
「ええ。皆さんが作業しているのを見て、ぜひ手伝いたいと町の人達が‥‥戦闘での漂着物という事もあって、近寄るのも怖がっていたんですけど」
息を切らしつつ、喜色満面の担当者は波打ち際へ向かう人々を振り返る。
「皆さんのお陰で、大丈夫だって判ったみたいで。それで、協力しにきたんです。自分達の町の海ですから、自分達も手伝わないとって」
「皆で、迎えてくれるんですね‥‥」
安堵の表情で、ミオは回収作業に加わった人々を見つめ。
「おかえりなさい‥‥そして、ありがとう‥‥おやすみなさい‥‥」
それから瞳を伏せ、ちょうど砂の中から拾い上げた歪んだコインのペンダントを、祈る様に胸元で握る。
「協力、大変助かります。もし誰かが不審な物を見つけた時は、触らずに呼んで下さい。すぐに駆けつけますから」
柔らかな笑みで礼を告げるリディスへ、恐縮しながら担当者は「お願いします」と首を縦に振った。
●Reward
緑がかった青い世界から、揺れる光を目指す。
水を跳ねて海面へ顔を出したリディスは、レギュレーターを外して新鮮な空気を吸った。
彼女に続いて小柄な影が浮上し、深呼吸した硯が『先輩』に笑みを返す。
「この後、よければ皆で夕食に行きませんか? 港町なだけに魚介類が美味しいそうですし、一日お疲れさまって事でリヌさんや皆を誘おうと思ってるんですけど」
「いいですね。私も町をゆっくり散策したいですし、妹へのお土産も選ばないと‥‥」
予定を考えながら、リディスは町へ目を向けた。
「綺麗な夕暮れに、波の音が心地よいですね」
夕暮れの潮風に銀髪を遊ばせながら、ビーチパラソルの下でミオは水平線をじっと眺める。
「はい。戦闘の時は、あまり気にしてませんでしたけど‥‥」
改めて美しい光景だと、由梨は黄昏に染まっていく海と空を見つめた。
「――蒼い海も、血の色に染まる時間、か」
冷えたワインのグラスを傾けながら、UNKNOWNが呟く。
「漂着物は、俺自身が欧州戦で壊したものかもしれないな。そう思えば、この手で再び美しい浜に戻す事が出来て、よかった」
テーブルを挟んで座るホアキンも、砂浜の少女達と同様、魅せられた様に水平線から目を離せずにいた。
「向こうはアフリカか‥‥私はまた、訪れねばならん。見てみたい‥‥だけなのだが、ね?」
「本当に、それだけなのやら」
倣うように南へ顔を上げるUNKNOWNに、低くホアキンが笑う。
「ねぇねぇ、皆でビーチバレーやろうよ! ねっ、リヌさんも一緒に」
そこへ、両手でビーチボールを掲げたろまんが仲間達を誘った。
「一日作業しといて、まだ子供は元気だねぇ」
「仕事と遊びは、別だもん。ね!」
「うんっ」
呆れた風のリヌにろまんは渉と顔を見合わせて笑い、仲間達の手を引いて誘う。
「ほらほら、皆も!」
そして夕暮れの砂浜に、絶えて久しい賑やかな声が戻った。