●リプレイ本文
●背に負いし責務
KVが飛び立つたび、大気が衝撃に震える。
その『波状攻撃』に、出撃を待つ者達は空を仰いだ。
「そちらは、お願いしますね」
天高く舞い上がった相手へ、届かないと知りながらも斑鳩・八雲(
ga8672)は仲間へ信頼の言葉を投げる。
託す思いに、軍人や民間人の違いはなく。忙しい中で一瞬でも手を止める事が出来た者は、遠ざかる機影を短い敬礼、あるいは祈りと共に見送った。
「それにしても、火を吐く黒犬とは。もしやジェヴォーダンの獣‥‥いえ、バスカヴィルの犬でしょうか?」
腕組みをする八雲に、くすりとシャロン・エイヴァリー(
ga1843)が笑う。
「バスカヴィルなら、ドーバー海峡を泳いで渡ったのかもね」
「ああ。そういえば、あれはイギリスでしたか」
「しっかし、急ぎな上に後ろを気にして戦わないといけない、か‥‥どうにもやり辛いぜ」
フランカザール航空基地から北に見える建物の群れへ、鈍名 レイジ(
ga8428)が目を細める。
「フランス第四の都市トゥールーズ、フランス南部の要で人口約40万人の生活を支える街‥‥40万人、か」
レイジを倣うように地平を眺めたシャロンは、もう一度繰り返して、その数を噛み締めた。
「なのに、こんなに多数のキメラに、気付かなかったなんて‥‥ね」
先の偵察任務についたシャロンにとって、今回のキメラ襲撃という事態は重大な『過失』だ。
無論、誰も彼女らを責める事はしない。だが、事前に何らかの兆候を掴む事は出来なかったのかと、シャロンは自問を繰り返した。そうすれば40万人の住民も、キメラに対して何らかの備えをする事ができただろう‥‥と。
「シャロンさん」
名を呼ぶ声に振り返れば、稲葉 徹二(
ga0163)が軽く会釈をする。
「前回掴み損ねた連中だとしたら、放っとくわけにゃァ行きませんな。背中にアイツ等が居るとしたら、尚更だ。気張って行きましょう」
いつになく砕けた言葉の徹二もまた、偵察に赴いた一人だ。自分と同じ責任感を帯びた眼に、シャロンは力強く頷く。抱く感情は偵察に参加した別班の友人も同じだろうと、北の方向を仰ぎ。
「頑張らなきゃ、ね」
遠い友人へ呼びかけるように、彼女は決意を口にした。
「ま、俺らが抑えりゃいいだけだろ」
重い表情の二人を励ますように、にっとレイジが白い歯を見せ。
「気合い入れていくぜ」
ぱんっ! と、広げた手と握った拳を打ち合わせる。
「ドラゴン退治の連中は先に上がったし、こっちもそろそろ出番だぞ」
自身もミカガミへ向かいながら、仲間達へ来栖 祐輝(
ga8839)が呼びかけた。
「じゃあ、行ってくるわね!」
居並ぶKVを見上げるコール・ウォーロックへシャロンが声をかけ、続く徹二は僅かに頭を下げて、祐輝の後を追うように走る。
「地上のキメラは数が多い。気をつけてな!」
口に手を当てて注意を促すコールへ大きく手を振り、あるいは頷いて応え、能力者達はコクピットへ乗り込んだ。
ディアブロのコクピットに腰を落ち着けたレールズ(
ga5293)は、機体の状態を示すランプをチェックし、瞑目して深呼吸をする。
『さて‥‥アッシュさん、フェルセンさん、よろしくお願いします』
『こちらこそ』
『市街地への破壊の進軍、絶対ぇに止めてやるです』
改めてレールズが告げれば、翔幻と岩龍のコクピットから少女達の頼もしい答えが返ってきた。
『それから避難活動の方は、もう始まっているそうでありやがります』
トゥールーズの北で行動する仲間の状況を、シーヴ・フェルセン(
ga5638)が付け加える。戦況については事態によって連絡をし、互いに情報交換を行う予定だ。
『避難は順調みたいですね。以前の大作戦の教訓からかも、しれませんが。あの時は、フランス国内まで大型ワームが侵攻したんですよね』
7月に傭兵となったシャーリィ・アッシュ(
gb1884)が尋ねれば、『はい』とレールズは頷く。
『その後、押し戻してますけどね』
『今度は追い返すのではなく、残らず殲滅してやるです』
無線で各機へ離陸許可が下り、シーヴは岩龍の操縦桿を握った。
状況の確認と短い補給を終え、残った八機のKVも次々と滑走路を後にする。
地上の人々に見守られて飛び立った翼は、あっという間に小さくなり、見えなくなった。
●狼煙
車一台いない車道に、轟音が響く。
徹二機ナイチンゲール、シャロン機ナイチンゲール、レイジ機ディスタン、八雲機ディアブロ、祐輝機ミカガミ――五機のKVが変形し、次々とアスファルトに着陸した。
『敵群影発見、幹線道路を北進中。間もなく、上の隊に接触と思われやがるです』
上空から、斥候に飛んだシーヴが状況を伝える。
『わかった。こっちも配置に着くところだ』
答えた祐輝は装輪走行するミカガミを減速させ、車線を跨いで停まった。
上下複数の車線を問わず、五機のKVは横一列に並んで道路を封鎖する。キャノピーが開いて、五人の能力者達が地上へ降りた。
見上げた空では別働隊が旋回し、発見した『標的』へ攻撃を仕掛ける為の編隊を組もうとしている。
レールズ機ディアブロ、シャーリィ機翔幻、やや遅れてシーヴ機岩龍の三機が車輪をきしませ、『バリケード』代わりの五機よりやや南の位置でタッチダウンした。
三機の搭乗者は、そのままKVで迎撃準備にかかる。
『ここなら街から離れていますし、生身の人達も俺達の後ろにいます。最初の弾幕掃射でグレネードランチャーを使用しても、問題ないですよね』
『それでは、こちらは少し下がり気味の方が良いでありますか』
念を入れてレールズが通信機で問えば、少しの間を置いて徹二から返事がきた。
『はい。巻き込まれないようにして下さい』
仲間から使用の『承認』を得たレールズ機ディアブロは、搭載した四種の兵装からG−44グレネードランチャーを選び、接近するキメラの群れへ向ける。
『さぁ、来やがれです』
近付く影へ、シーヴ機岩龍がヘビーガトリング砲で狙いをつけ。
『こちらも準備完了。射程が長いので、二人にタイミングを合わせます』
シャーリィ機翔幻もまた、グレネードランチャーやガトリング砲より長い射程を有するR−P1マシンガンの照準を合わせた。
「とはいえ、中型キメラの黒犬が10体に大型キメラの蝸牛が4体‥‥防ぎ切れっかね。これは」
前方で備える二機のKVに、徹二が喉の奥で呟く。
空を舞う4体の竜蛇には八機のKVがあたる為、よほどの事がなければ大丈夫だろう。むしろ地上の側が、『数』という問題を抱えていた。
「相手はキメラだが、一対一で楽に倒せるような相手かは判らないからな」
置かれた状況をレイジが再確認し、頷くシャロンはロングボウに弾頭矢をつがえる。
「それでも、私達が食い止めないと」
「ええ。ピレネーを越えてご苦労な事ですが、早々にご退去願いましょう」
祐輝と共に背後のKV寄りに少し下がった位置に立つ八雲が、シャロンへ同意しながらショットガン20をリロードした。
「後方でも駐屯部隊がバリケードの設置をしているだろうが、エミタがないと荷が重いしな」
後ろに立つKVの間から見える遠い街並みを、ちらと祐輝は振り返る。
彼は街を守る駐屯部隊へ、バリケードの設置と討ちもらした敵へのフォローを進言した。だが『最終防衛ライン』で迎え撃つのは、エミタと適合できなかった者達だ。キメラの数や機動力、能力によっては、例え軍人でも苦戦するのが目に見えていた。
「ただ、キメラのみで進軍とは妙な‥‥純粋に破壊目的、あるいは威力偵察‥‥実験、という線も? ふふ、慣れぬ思考などするものではありませんね」
思案を巡らせていた八雲だが、苦笑して小さく肩を竦める。
「向こうの目的がどうであれ、とにかく俺達は全力で止めるだけだ。だろ?」
小銃「バロック」を構えるレイジの言葉は、どこか愉しげで挑戦的だった。
時を置かず、爆音が大気を裂く。
KVでの一斉攻撃により、戦いの狼煙が上がった。
●車線上の攻防
グレネードの爆発に防護フェンスは歪み、沿道の並木が大きく揺れる。
レールズ機がグレネードランチャーから突撃仕様ガドリング砲へ兵装を換える間に、シャーリィ機は爆煙へマシンガンを叩き込んだ。
広がる煙を割って巻き貝を思わせる殻が現れ、後ろから複数の黒い影が飛び出す。
すかさずシーヴ機は路肩からセンターラインにかけて、ヘビーガトリング砲を掃射した。
『urが犬なんざの炎に、負けてたまるかっつーです』
アスファルトを穿つ砲弾の雨に、素早い黒犬の群れは跳ねて分散し。
『先頭の1匹を狙うわっ。ぶつかるわよ!』
注意を促しながら、シャロンは引き絞った弓を放つ。
弾頭矢による爆発の中、3m程の直径を持つ殻の一つが回転し、勢いよく突進した。
「時間をかけるつもりは無い‥‥初撃から、全力でいかせてもらうぞっ!」
マシンガンから試作剣「雪村」へ、シャーリィ機は兵装を持ち替える。
対ヘルメット・ワーム用に開発されたレーザーの刃が、突撃する蝸牛の殻へ飲み込まれた。
直後、強く不穏な振動が、コクピットを揺らす。
殻を切り開かれてもなお、蝸牛は蛇の様な身体を伸ばし。
頭部にある二本の長い触覚で機体を締め上げ、振り回して何度も強打する。
「この!」
重い操縦桿を動かし、シャーリィはぬらりとした蛇へ雪村を振り下ろした。
酸を吐く蛇の頭がごろりと落ち、触手が緩んで垂れ下がる。
だが、警告音は関節部に発生した異常を伝え続けていた。
『シャーリィ、大丈夫ですか!?』
翔幻からAU−KVが離脱するのが見え、トランシーバーで八雲が呼びかける。
『私は平気。ただ、吐きかけられた酸が翔幻の関節にまで及んだみたいで‥‥すみません』
『いえ、無事なら何よりです』
無線越しでも判る沈んだ声に、彼は励ます言葉をかけた。
『黒犬は、どうなっています?』
シーヴ機と2対3で蝸牛を押し止めるレールズが、状況を問う。
二機のKVは主に弾幕による足止めと、体当たりの軌道を逸らす事で大型キメラを凌いでいた。
『こっちは何とか、持ちこたえている』
答える祐輝は、『探査の眼』を発動させた金色の瞳で不意打ちを警戒する。
「おらッ! 楽に抜けると思うなよ‥‥ッ!」
前後左右へ飛び跳ねる黒犬を、レイジがバロックで牽制した。
8発の弾丸を撃ち尽くしてリロードをする間に、接近する黒犬を月詠と蛍火の二振りの刃が遮る。
「真逆本気で二刀流する日がくるたァ、思いませんでしたよ!」
当てる事にはこだわらず、徹二は二段撃を繰り出した。
飛び退いた一匹と入れ替わりで、別の黒犬が前に出て、阻止する者達へ炎を吐く。
「トゥールーズには、1匹も入れさせない‥‥!」
コンユンクシオの幅広い刀身を盾に炎を防いだシャロンの手が、青白い電光を帯び。
断頭台の刃の如く、重い両手剣を炎の源へ叩きつけた。
重傷を負いつつも動くキメラへ、徹二が蛍火を振るって止めを刺す。
「くそっ!」
防護フェンスを踏み台に黒犬が祐輝へ飛びかかり、バランスを崩しながらも彼は咄嗟にクルシフィクスを深々と突き立てた。
抜けぬ剣に黒犬がもがき、下敷きにされた祐輝はハンドガンを探るも身動きがとれず。
気付いた八雲がコンバットブーツでキメラを蹴り飛ばし、追い討ちのショットガンを撃ち込んだ。
「すまない、助かった」
礼を言いながら祐輝は身を起こし、動かなくなった黒犬から十字架を思わせる長い直刀を引き抜く。
「お互い様です。しかし、これで何体目になりますか」
「判らない。全部の黒犬に首輪を付けて、悠長に数えている暇はないからな」
地を伝わる重い振動に顔を上げれば、酸を撒き散らしながら蝸牛の一匹が崩れ落ちた。
『こっから先は行き止まりでありやがる、です』
数を減らした『標的』に、シーヴ機岩龍が3.2cm高分子レーザー砲をリロードする。
そこへ突然の雷光が迸り、近くの木が弾けて炎を吹いた。
●動く砦と
ソードウイングで切断された竜蛇の頭部が、断末魔の如く電撃を撒き散らして落ちる。
「皆、怪我はない?」
吹き飛んだフェンスを押しのけ、乱れた髪をかき上げながらシャロンは仲間を気遣う。
『気をつけて下さい。蝸牛の動きが妙です』
頭上から声をかけるレールズへ、レイジが眉根を寄せた。
「おいおい‥‥まだ、何かあるってんじゃないだろうな?」
『妙、でありますか?』
怪訝な表情で徹二が無線機へ尋ねれば、シーヴ機は最後の蝸牛へレーザー砲を向ける。
『的になるつもりか、まともに攻めやがりません』
『それならそれで、叩くだけです』
レールズ機もまた、レーザー砲の照準を合わせたその時。
蝸牛の影から、黒い塊が飛び出した。
「くるぞ!」
祐輝が警告した直後、旋風の如くKVの足元を駆け抜けたソレは『前衛』の三人へ突進する。
「下がって、早いわ!」
「くッそ、止まれってんだよ!」
幅広の剣を盾に構えたシャロンは八雲と祐輝を背に庇い、レイジが弾丸をぶち込んだ。
だが、感情のない女の顔を持つ合成獣は怯まない。
蠢く六つの犬の頭で一斉に炎を吐き、六つの蛇の頭が鎌首をもたげた。
熱気にあおられながら徹二が蛍火で蛇頭の一つを跳ね飛ばすが、残りは能力者達を喰らおうと伸び。
「させません!」
八雲は刀を振るって牽制し、ハンドガンで援護する祐輝の無線機が呼び出しを告げる。
『聞こえますか? 黒犬の群れが、街の東側へ回り込みました』
『シャーリィ、今どこに!?』
思わず声をあげた祐輝に、キメラから意識をそらさないものの、仲間達が耳をそばだてた。
『リンドヴルムを問題ない場所へ置こうとしたんですが、別行動をしている黒犬を見つけて。1体は何とか動きを止めましたが、残り2体か3体が北上中』
『了解しやがりました。シーヴが上と避難誘導中のメンバーに、知らせておくです』
シーヴが他のメンバーと連絡を取る間に、レールズはヒートディフェンダーで最後の蝸牛が沈黙した事を確かめる。
「初撃で逃げたか、最初から別に動いていたとかいうヤツか」
舌打ちをしながら、レイジはコンユンクシオを振り下ろした。
「どちらにしても、今は先にこのキメラを倒さないと。無防備っぽい上半身を狙うわね」
「では俺は、厄介な下側を狙うであります」
「油断はするなよ。こちらが優勢だが、相手は報告にないキメラだからな」
同時に仕掛けるシャロンと徹二の背中へ、祐輝が声をかける。
吼え猛る犬の頭が交互に吐く炎も、死角から噛み付く蛇頭の牙も物ともせず。
三人のファイターは、一気にカタを付ける為――八雲と祐輝から援護を受けながら――最後の攻勢へ出た。