タイトル:【VD】思いに花を添えマスター:風華弓弦
シナリオ形態: イベント |
難易度: 易しい |
参加人数: 20 人 |
サポート人数: 0 人 |
リプレイ完成日時: 2009/02/25 23:57 |
●オープニング本文
●バレンタイン中止のお知らせ
知っていますか?
そもそもバレンタインデイとは、ローマ皇帝クラウディウス2世が兵士の結婚を禁止していた時代に、聖ウァレンティヌスが秘密裏に兵士を結婚させたことが露見して処刑されたことに由来するものです。
この一見横暴に思える皇帝クラウディウス2世は、当時のローマ帝国を脅かしていた侵略者を撃退した功績によってローマ市民の圧倒的な支持を得ていた人物でもあります。
兵士の結婚の禁止、聖ウァレンティヌスの処刑とは、侵略者と戦う為のやむを得ない処置だったのです。
もちろん、聖ウァレンティヌスの示した愛の尊さは普遍のものです。
ですが、今まさにバグアという侵略者の脅威に晒されている地球人類は、以前よりもクラウディウス2世の心情にこそ寄り添って然るべきではないでしょうか?
私たち傭兵はクラウディウス2世の功績にあやかり、せめて世俗化したバレンタインのお祭り騒ぎ、つまりチョコレートのプレゼントなどというモテない男を浮き彫りにする悲しい行事ではなく、バグア打倒の決意を新たにする日としてバレンタインを迎えるべきだと思うのです!
以上の理由から、バレンタイン中止をお知らせします。
●バレンタインに花を添えて
「‥‥てな手紙が、届いてたんだけど」
「だあああああああチョコレートとかモテない男とkくぁw背drftgyふじこlp;@:」
差出人不明な手紙をドナートが読み上げれば、ティラン・フリーデンがキリモミしながらソファへ倒れ込んだ。
「‥‥壊れた?」
「いつも、壊れ気味だがな」
面白そうに反応を見物するドナートに、チェザーレは溜め息をつく。
「ナンか聞いた噂によれば、コレって『ラスト・ホープ』を中心に回ってる手紙なんだってさ。プロジェクトの関係で傭兵の人もたまに出入りするから、ここにも送られてきたのかなぁ?」
読み上げた便せんを、ぴらぴらと振るドナート。
「『ラスト・ホープ』では、バレンタインに女性からチョコレートを贈る習慣があるんですね。恋人のように特別に親しい男性の方からプレゼント‥‥というのが、普通だと思っていたんですけど」
いつものように紅茶を淹れたアイネイアスが、それぞれ特徴あるカップを持ち主の前に置いた。
「そういえば。バレンタインといえば、知り合いに薔薇を栽培している友人がいるんですけど」
自分の椅子に腰掛け、ティーカップを両手で包むように持ったアイネイアスが、ふと思い出した様に切り出す。
「薔薇?」
怪訝そうに聞き返すチェザーレへ、英国人女性はにっこり頷いた。
「はい。まだイギリスではバグアの被害も少ないですし、温室栽培なのでこの時期でも花の咲いた薔薇が手に入るんです」
「‥‥で?」
まだチェザーレは話が見えず、前後逆で椅子に座ったドナートはふーふーとマグカップを吹いている。そしてティランは相変わらず、ソファで死んでいた。
「普段ULTの傭兵さん達にはお世話になってますし、何かお礼が出来ないかと。傭兵さん達もバレンタインで贈り物をする時に、花の一輪でも添えられたら嬉しいんじゃないかと思って」
「お礼か‥‥良いプランであるな」
ようやくダメージから回復したティランが、ギギッとぎこちなく起き上がる。
「我がフリーデン社も、諸般の事情で軍事的なサポートは出来ぬが‥‥個人的に親交を深めるならば、文句もなかろうしな」
「我が社って言っても、ティランの会社じゃないだろ」
けらけら笑うドナートに、ティランはぽしぽしと頬を掻いた。
「経営自体は兄が務めておるが、社はプロジェクトのスポンサーではあるからな。まぁ、花だけ渡す為に‥‥というのも少々色気のない話である故、『アレ』のお披露目でもするとしよう」
「‥‥『アレ』?」
不確定な表現にチェザーレは疑わしそうな顔をし、アイネイアスはきょとんとしている。
「『アレ』って、もしかして『アレ』?」
何かを思い当たったようにドナートが、背もたれに両手を置いて、顎をのせた。
「うむ。プロモート用というか資金集め用というか、完成したのだよ」
部屋の隅に置いた段ボール箱から、ティランが次々と箱を出し、テーブルへ置く。
中から出てきたのは、全てが木で出来た置物だった。
「よく出来ているな」
手の平に乗る程の手回しオルゴールを、珍しそうにチェザーレが取り上げる。横についているハンドルを回せば、メロディが流れながら台座の上で人形が動く仕組みだ。
「ソレもいいのだが、本題はコッチなのだよ」
得意げにティランが取り出してみせたのは、成層圏プラットフォーム・プロジェクトの無線局を基に作った模型だった‥‥しかも、ご丁寧に飛行船型とプロペラ機型の両方である。
「台座のボタンを押すとモーターが駆動し、軌道修正・姿勢制御用のプロペラが回転するのだよ。電池式であるから、ドコにでも置けるのだ」
子供の如く嬉しそうに説明するティランに、チェザーレは理解しかねると言う風に首を振り。
「こういう、無駄な労力は‥‥惜しまないんだよねぇ」
「楽しいですけどね」
半ば呆れるドナートに、アイネイアスはころころと笑った。
●リプレイ本文
●淡い香りに誘われ
ボーデン湖に浮かぶ、小さな島の町リンダウ。
オレンジの屋根がひしめき、中世からの風景が残る町は、ちょっとした玩具の国のようでもある。
そんな町並みの外れにある研究施設には、一足早く春の香りが漂っていた。
「こんなに沢山のバラの花‥‥ちょっと、壮観ですわ!」
足を踏み入れたロジー・ビィが、その彩りに思わず声を上げる。
普段は殺風景な部屋には、『傭兵さん達へのお礼』としてイギリスから届けられた沢山のバラの花が、所狭しと並べられていた。
「やっぱり、バラはいいですね。一輪だけでも、こうして沢山並んでいても、どちらもとても綺麗です」
並んだ花に少しだけ顔を近づけ、香りに美環 響は目を細める。
「いらっしゃい♪ どれも素敵なバラよね。響ちゃんは、どの色のバラを選んでくれるのかしら?」
聞き覚えのある声に顔を上げれば、バラを片手ににっこりとナレイン・フェルドが微笑んでいた。
定番のメイド服に、青いリボンで髪をまとめて伊達眼鏡をかけ、どこから見ても楚々としたメイドさんである。
「とても似合っていますね。バラも、装いも」
「ありがとう。沢山で大変そうだから、お手伝い中なのよ」
「本当に、助かります。他のメンバーの方達は、あまりこういう方面が得意ではないので‥‥」
申し訳なさそうにアイネイアスが礼を告げれば、きらきらとロジーは瞳を輝かせた。
「それならぜひ、お手伝いに名乗りを上げますわ!」
「いいんですか?」
「はい。こちらこそ、素敵なバラが戴けるんですから‥‥」
恐縮する相手に答えながらロジーは細い金のリボンを取り出し、服を合わせるかのようにバラの花へかざす。
「ほら、こうやってリボンを付ければ、より素敵ですわ!」
「そうですね。折角ですから、僕も手伝いますよ。バラの棘で、美しい指を傷つけるといけませんから」
ロジーに続いて、響もまた手伝いに名乗りを上げた。
「優しいわね、響ちゃん」
「手伝うと言ったからには、しっかり手伝ってもらうわよ」
振り返って声をかけたナレインに続いて、花の陰で『作業』に勤しんでいた人影が立ち上がる。
「せっかくの素敵なイベントだからこそ、細かなところまでこだわらないとね」
ぐももももと気合の入ったオーラをまとったピンクな影は、謎な主張と共に胸を張った。
「え? こっちのバレンタインって、恋人のように特別に親しい男性の方からプレゼントが、普通‥‥なんですか?」
「だね。彼女とか奥さんに花を贈るケースが多い、かなぁ?」
ドナートの説明を聞いた鏑木 硯は、微妙な顔をした。
「う〜ん‥‥なんかそんな話聞いたら、ちょっと贈り辛くなるかも。去年もそうだったし、今年も親しい人に贈るつもりだったんだけど」
「別に、気にしなくてもいいんじゃないのか。この御時勢、花を愛でる機会など余り無いからな‥‥傭兵家業だと、尚更だ」
思案する硯を、同じ小隊仲間の煉条トヲイがフォローする。
「バレンタインデ―に、花ですか‥‥まあ、女の人は、喜ぶでしょうね。自分は、苦手ですが」
困惑気味な小さな呟きと共に、榊 紫苑はバラの花と、花に囲まれて楽しげな女性陣を見やった。冗談を交わしながら透明のフィルムを切ったり、リボンを結んだりと、彼女らは忙しく手を動かしている。
女性に対して『一種の苦手意識に似たようなモノ』が強い紫苑には、そんな和やかっぽい光景を見つめるだけでも、うなじの辺りがざわざわと逆立つ様な、嫌な感覚を覚えるのだが。
「成層圏プラットフォームのプロジェクトについてはよく知らないが、貴重な機会を設けてくれた事に心から感謝するよ」
「でも、ティランは変な人だけどね。あそこにいる人だけど」
しみじみと呟くトヲイにけらけらとドナートは笑い、妙に楽しげに紙の箱を運ぶ『首謀者』を顎で示した。
「ところでお二人は、どのバラにしますか?」
後ろから声をかけられて振り返った硯とトヲイに、ピンクのシフォンドレス姿の『妖精』が笑む。
無論、声をかけられた瞬間に紫苑が凍りついたのは、言うまでもない。
「バラの香りに誘われて、花のキューピッド参上。なんてね」
「くっ‥‥鯨井!? もしかして、今回は花を配るバイトとか‥‥?」
友人の『変貌』ぶりに驚く硯へ、笑顔のままで鯨井昼寝は立てた人差し指を左右に振る。
「残念、今日は純粋に手伝いよ。懇切丁寧に花言葉なんか教えてあげるから、思う存分悩んでいいわ」
「俺は特に、花言葉などを気にするつもりはないんだが‥‥」
「聞いても、損はないわよ? えーっと、バラは蕾や咲いている状態でも花言葉が違っていて‥‥」
昼寝は困惑気味のトヲイに構わず、妙に流暢な説明を始め。
「ちょっと待って、鯨井。説明もいいけど、もう貰ってもいいんだ?」
話を遮って先に訪ねる硯へ、腰に両手を当てた昼寝が胸を張った。
「それは、まだよ」
「‥‥へ?」
思わぬ返事に、硯はぱちぱちと目を瞬かせる。
「今、皆でラッピングしてるのよ。簡単なものだけど、無造作に一本をぽんと渡されるよりもいいでしょ?」
「とても綺麗ですから、楽しみにしていて下さいね」
金色の小さなリボンを結びながら、ロジーが笑顔で告げた。
「あ〜‥‥折角だから、手伝います‥‥か?」
昼寝の出現からずっと硬直していた紫苑が、やっと言葉を切り出す。
「その、ただ貰うだけというのも、悪い気がするので‥‥数も多いし、配る事くらいなら」
たぶん大丈夫。と、続かなかった言葉は胸の中で自分へ言い聞かせながら。
「ええ。皆さんが喜ぶ顔を見るのは、楽しいですから」
顔にかかった長い黒髪を、指で梳くように耳へかけ、顔を上げる響に紫苑は身を強張らせた。
「僕もラッピングを手伝おうと思ったのですが、やっぱり女性の方がこういう事は手馴れているようですね」
「ああ、なるほど‥‥そう、ですか」
一瞬、女性に見えた相手が少年だと気付き、身構えていた紫苑が肩の力を少し抜く。
「よかったです。自分も、少し苦手で」
何がどうという具体的な表現は置いて、紫苑は賑やかな女性陣を避けるように響の傍らへ移動した。
●立体浪漫
華やかなバラを前に話が弾む一方、別のテーブルでは興味津津な面々が言葉少なに何やら囲んでいる。
テーブルの上には、回転翼やアンテナなど細かなパーツの一つ一つが木で出来た台座付きの模型が置かれていた。台座裏にあるケースに電池をセットし、上部のスイッチを押せば、複数の回転翼がくるくると回る仕組みになっている。
「わぁ、動いてる‥‥動いてますよ!」
そのギミックに、間近で見た柚井 ソラが興奮気味にぱたぱた手を振った。
「これ、触ったら壊れない?」
目の前の物体を紫の瞳で見つめたまま、念のためにイリスが尋ねる。
「持つ時に細いところを掴んだり、振り回したりしなければ、大丈夫じゃないか?」
鷹揚なチェザーレの答えに、レーゲン・シュナイダーの眼鏡の縁がキラリと光った。
「それでは、遠慮なく‥‥っ」
「あーっ、私も私も!」
真っ先に手を伸ばしたレーゲンの隣で、先を越されたイリスがぴょんぴょん飛び跳ねて訴える。
そんな様子を、じぃーーーっとアグレアーブルが見つめていた。
彼女の関心は仲間のやり取りではなく、ただ無心に緑の瞳で模型を追っている。
「何か、意外だなぁ。オトコノコのみならず、オンナノコの模型好きもけっこういるんだ」
無邪気な光景を見物しながらラウル・カミーユが感心し、出遅れたソラが小首を傾げた。
「でもあれ、何の模型です?」
「あれは、成層圏プラットフォームの無線局の精密な模型でありやがるです」
素朴な疑問を投げるソラへ、脇からシーヴ・フェルセンが答える。
「せーそーけんぷらっとふぉーむ‥‥?」
聞き慣れぬ単語で、ますますソラの表情に疑問符が飛び交い。
「地球の大気の層は、地上から対流圏、成層圏、中間圏、熱圏の四つに分類されているのであるよ。現状ではバグアの存在により、人工衛星を宇宙へ打ち上げる事は出来ない。そこで気象状況に影響されやすい対流圏ではなく、その上にある大気の状態が比較的安定した成層圏へ無線中継装置を搭載したプラットフォームを『設置』するによって、我々は広域通信網を確保しようとしているのである」
「えーっと‥‥とにかく、あれが空を飛んでるんですね」
長ったらしい背後からの説明に、判ったような判らないようなソラがとりあえず判った部分を返した。
「実物は、もっと大きいものであるがな」
「こんにちは! 格好いい模型見せて貰えるって聞いたから、遊びに来たよーっ!」
「のぎゃあぁぁぁーっ、危険なのであびょぉぉぉ!?」
突然、潮彩 ろまんに腕を引かれ、箱を抱えたティラン・フリーデンがバランスを崩しそうになる。
その手から、ひょいとアンドレアス・ラーセンが厚紙で出来た箱を救助した。
「コンセプトは勿論、懲りずに続けてる事が素晴らしいよな。聞いた話によると、何度か失敗したんだろ?」
ウェイターの如く片手に箱を乗せてアンドレアスが聞けば、尻餅をついたティランをぶら下げて、ろまんが「うん!」と元気よく答える。
「それで、これが模型? わぁ、凄い凄い、あの無線局がこうなっちゃうんだぁーっ」
「どう見ても、それは手回しオルゴールでありやがるです」
感心しながら台座の上に馬が並んだ物体を手に取るろまんへ、静かにシーヴが突っ込んだ。
肝心の模型はと言えば、既にレーゲンの手からイリスへと渡っている。台座を持った状態で持ち上げたり、水平方向に回してみたりしながら、仲良く熱心に鑑賞していた。
「で、その箱は何カナ?」
「ん?」
改めてラウルが興味深げに箱を示し、持っているアンドレアスは不思議そうに手の上の物体を見やる。
空いている方の手で軽く箱を弾いてみると、下の方でティランがわたわた慌てた。
「て、丁重に扱うのであるぞっ」
「壊れ物なのか?」
念の為に手を添えて持ち替え、アンドレアスは箱をテーブルへ置く。
「開けてみれば、判るのであるよ」
「じゃあ、開けるヨー!」
得意げな返事に、軽く断りを入れてラウルが箱を開ければ、先程の模型とは別の物体が現れる。
それを見て、真っ先にろまんが声を上げた。
「あー! これ、この間回収してきたのと同じだ! この部分を外して、持って帰ってきたんだよ」
飛行船型な模型の下部に付いている機械の部分を、嬉しそうにろまんが指差した。
「この模型の本物のヤツ、成層圏に浮かんでるんだヨネ? 凄いネ!」
目を輝かせながらラウルが模型をテーブルに置けば、テーブルの縁からティランが顔を出す。
「ちなみにこちらも、スイッチ式で回転翼が回る仕組みになっているのだ」
説明しながら手を伸ばして台座のスイッチを押せば、複数ある木製のプロペラが、一斉にゆっくりと回転を始めた。
「うわぁ、こっちも動いた!」
「すげー! すげーぞ、コレ!」
動き出した模型に、ソラとアンドレアスが揃って声をあげる。
「こういうの、あいつら好きだろうなぁ‥‥」
「あれって、そんなに凄いんですか?」
歓声を上げる友人達の様子に、叢雲は幼馴染へ懐疑的な疑問を投げた。
「模型の事は、私にはちょっとよく判らないんですが」
「う〜ん。一口では難しいですが、全部が木なのも凄いですし、どんな仕組みで動いてるかも気になるのですよっ」
叢雲の問いに答えた不知火真琴は、拳を握って解説する。
「プロペラを動かす電気回りは、さすがに金属やプラスチック部品ですね。正確な縮小モデルではなく、模型として飾る時の見栄えも考慮して、プロペラや気のうの縮小比率は変えているようです」
「それが、凄さの秘密なんですね!」
専門的なレーゲンの私見に、握り拳のまま納得する真琴。
「一緒に、近くで見ます?」
笑顔と共にソラが誘えば、一も二もなく頷いた。
「模型、プロペラ機も素敵ですが、やっぱり浪漫は飛行船だと思うのですよっ」
「浪漫、ですか」
そんな彼女の横顔を、面白そうに叢雲が眺め。
「ああ、そうだ。お誘いいただいたお礼に、皆さんで食べて下さい」
思い出したように叢雲は、近くにいたティランへ箱詰めのクッキーを進呈する。
「やや。気遣い無用で構わぬのに、感謝であるのだよ」
「いいえ、こちらこそ」
どことなくご近所な主婦っぽい会話を、模型越しに真琴が笑いを堪えて眺めていた。
「よく出来た模型とオルゴールたいね‥‥こういう、手間隙ば惜しまず作られた物は飽きんね」
無言のアグレアーブルと並んで、守原有希もまた木製の細工品を見つめる。
夢中で気が緩んでいるせいか、お国言葉がポロリとしているのはご愛嬌。
「なんでも、ティランの家では昔から、子供向けの木製玩具を作っていたそうだ。プロジェクトを起こしたのもティランだし、無線局のデザインを起こしたのもティランだからな」
チェザーレの答えに、「それで」と有希はどこか納得した様子をみせた。
「うちが出来るのは精々KVのプラモで未発売の武器を、バキュームフォームで作ったり、改造程度ですからね。後は、ボロ家の改築程度やろうか‥‥」
何気に手先が器用なのか、自分の『技術』と比較して思案していた有希だが、怪訝そうなチェザーレの視線に気付く。
「ともあれ、宇宙って夢を諦めてない人がいる。それだけで戦う力が湧くとですよ」
苦笑しながら肩を竦めた髭面の男は、天井を仰いで溜め息をついた。
「まぁ、あんなでも技術と諦めの悪さだけは確かだからな。ただ、今は技術以前に難題が多いようだが‥‥」
「きっと、行くるよ」
模型を巡って盛り上がる仲間達を眺め、力強く有希は頷く。
「皆、久しぶり♪ バラと模型につられて、遊びにきたわよー!」
明るい声と共に、扉を開けたシャロン・エイヴァリーがひらひら手を振った。その傍らでは、戌亥 ユキが物珍しそうに広めの部屋の中を見回している。
「ここで、オルゴールとか模型とか売ってるんですか?」
「う〜ん。売る‥‥のかどうかまでは、ちょっと判らないけど」
見上げて尋ねるユキに、ぽしぽしと頬を指でかきながらシャロンは視線を泳がせた。
「ユキちゃん、今日も可愛いわねーっ」
「はぅーっ!?」
いきなり背中からがばっと抱きつかれ、ユキがばたばたともがく。
「ナレイン、久しぶり♪ ロジーも、もう来てたのね。やっぱり二人とも、バラ目当て?」
無邪気な友人達の姿にシャロンが笑いながら挨拶をすれば、バラに囲まれてロジーが笑みを返した。
「ええ、皆でバラをおめかし中ですわ」
「ユキは、シャロンと一緒だったのね。今日はまた一段と、可愛いじゃない」
「えっへへ♪」
抱きついた手を解くナレインに褒められ、開放されたユキは少し照れた風にアルマーニーニコートを整える。
「のんびり、一日過ごしたいなって‥‥だから今日は、ちょっとオシャレして来ちゃった」
「ここへ来る途中、町を散策しているユキとばったり会ってね」
「うん。それで、ここまで案内してもらって」
仲良く顔を見合わせるユキとシャロンの説明を聞きながら、羨ましげにナレインはくるくると髪を指に絡めた。
「そうだったの。私も花を貰ったら、まったり湖畔を散策したいと思ってたのよね」
「じゃあ、ナレインさんも後で一緒に行く?」
「いいの?」
ユキの誘いにナレインは胸の前で両手の指を組み、目を輝かせる。
「できれば、プロジェクトの人に案内を頼んで‥‥普通の観光になっちゃうけど、それでも良かったら」
「なかなか、観光する機会なんてないものね」
「ありがとう! いい子ね、ユキちゃんもシャロンちゃんもっ」
喜びのあまりか、両手を広げたナレインはユキとシャロンをまとめてぎゅっと抱きしめた。
●花巡る思い
「とりあえず、この程度でいいでしょうか」
「そうですわね。足らなくなりそうでしたら、またラッピングしますわ」
本数を数えるアイネイアスに、ロジーが最後のリボンを結ぶ。
「じゃあ、配るわよ。皆、お待たせー!」
模型で盛り上がる仲間達へ、昼寝が両手を挙げて声をかけた。
「シーヴも、配るのを手伝うです」
模型を観察していたシーヴが束ねた赤い髪を揺らし、ぱたぱた駆け寄る。
「色、どれにしようかな」
並べられた赤と白、ピンク、黄色の四色のバラに、真剣な顔でイリスが悩んでいた。
「真っ赤なバラの花言葉が『愛情』や『情熱』なのは、よく知られているわ。愛情表現としては、ストレートでスタンダードね。
白いバラは『心からの尊敬』、『純潔』あるいは『恋の吐息』っていう意味もあるそうよ。誠実で尊敬する相手にいいかも。
可愛らしい黄バラには『可憐』や『友情』以外に、『ジェラシー』なんてのもあるみたい。ぱっと気持ちが明るくなる感じだけど、友情の裏返しって感じかしら。
ピンクは、『気品』と『温かい心』‥‥だったかしら。優しくて上品な人へ送るのに‥‥」
「赤を3本、ピンクを3本、黄を4本でいいか」
バスガイドの如く片手を軽く掲げ、立て板に水の如き昼寝の説明を、あっさりとトヲイが遮った。
「ちょっと、人が説明している途中でしょっ」
「いや、だから特に花言葉を気にするつもりは‥‥」
頬を膨らませる昼寝にトヲイが弁明を重ね、その間も眉間に皺を寄せて考え込んでいたイリスが顔を上げる。
「悩んじゃうな。じゃあ、全種類2、3本ずつお願い♪」
「全種類? 全種類なの!?」
「うん、それで♪」
何故かショックを受けた反応の昼寝へ、朗らかに答えるイリス。
「あれ、何か落ちましたよ?」
その傍らで、真琴が小さな紙を拾い上げた。
差し出す手から、慌てて昼寝は紙を取って袖口に隠す。
「‥‥読んだ?」
ちらりと反応を窺う昼寝に、真琴はにっこりと『いい笑顔』を返し。
「秘密です♪」
「忘れてね、今すぐ綺麗サッパリ! 何なら、手伝ってあげるから!」
「大丈夫ですよ〜。見てないです、ええ見てませんから」
「昼寝が脅すほど、不味い事が書いてあるのか」
ころころ笑う真琴と焦る昼寝に、どこか感心した風にトヲイが呟いた。
「言葉で飾っても、花は花。綺麗だと愛でるそれだけでも、十分だと思うんだがな」
「花言葉ばかりに振り回されるのもアレですけど、ネガティブなのは本当に酷いから、ちょっと困りますね」
トヲイが振り返れば、一歩引いた位置で有希が苦笑している。
「そうなのか?」
「ええ、黄バラの『嫉妬』とかは、可愛かもんです。ユキノシタなんて、『無駄』ですから。うちの誕生花も、もう少しどがんかならんかな。マルメロにソバにカリンが、特定方向に剛速球過ぎて‥‥」
物憂げに、ほぅと有希は肩を落として嘆息した。そんな彼の様子に、いまいち事情のわからないトヲイはかける言葉に迷う。
「ああ、すみません。こちらの話です‥‥送る相手とバラに、迷っていて」
「確かに、4色しかないといっても迷うものだな。世話になっている相手や、日頃の礼代わりにと考えると」
既に本数を決めたトヲイだが、未だに迷う有希の気持ちは判らなくもない。
「お世話になってる人達への分も要りますね。うちの互助会長も、ようやく恋愛成就したので、そのお祝いは絶対に外せません」
「それは‥‥おめでとう、だな」
「はい」
祝うトヲイに、有希は我が事のように嬉しそうに答えた。
それから花を前に、急に表情を引き締めて。
「‥‥うん。自身の臆病を嘆いても、しょうがなか」
踏ん切りをつけるように、あえて気持ちを声に出してみる。
「決まったのか」
それとなく言葉をかけた相手に、緊張した面持ちを少し崩す有希。
「実は、片想い中‥‥なんです。何度か仕事をご一緒しただけの相手、ですけど」
「なるほど」
ぽそぽそと有希が小さく明かせば、自然とトヲイも声を落とした。
「多くを求め過ぎるのは、人間関係で一番無礼。だから、先ず今は感謝を伝える所からスタートできればて思います」
――悩んでも進まないなら、覚悟と決意で一歩づつ。
気合を入れて、有希は引いていた一歩を踏み出した。
選んだのは2本の白と黄、3本の赤とピンク。
「話したら、ちょっと気が軽くなりました。後の贈り方は、うちの想いと覚悟の見せ所! ですよね」
「その、なんだ。上手くいく事を、祈ってる」
「有難うございます」
どこか照れくさそうに、明後日の方向を見ながら励ますトヲイに、10本のバラを手にした少年は凛々しく笑ってみせた。
「硯もバラ探し? 何色を探してるの?」
「あ、えーっと‥‥」
急にシャロンから尋ねられ、花を巡ってのやり取りを見物していた硯がうろたえる。
「俺は、去年みたいに親しい人に贈るプレゼント用で‥‥渡す相手を、考えていたところで」
しどろもどろに硯は返事をしながら、指を折り。
そんな様子を楽しそうに見る視線に気付き、硯は両手を開いてひらひら振った。
「その、迷いますよね。シャロンさんやユキさんは、どうするんです?」
「私はやっぱり、4色全部‥‥赤と黄色が2本、白とピンクを3本かな?」
人差し指を口元に当て、ショートの黒髪を揺らしてユキが小首を傾げる。
「そうね。私も考え中なんだけど‥‥白と黄色とピンクと、3本ずつにしようかしら」
決めかねる様に、少し身を屈めたシャロンが並んだ花を覗き込む。
「9本、ですか?」
不思議そうに聞き返す硯に、花を見つめたままでシャロンは首を縦に振った。
「うん、3色3本でね。最後の1本は赤にして、特別な誰かに‥‥とかだとロマンチックなんだけど、ちょっとコレは自分用にして、部屋で挿しておこうかな」
「え?」
友人の言葉にユキは一瞬きょとんとし、シャロンと硯を見比べる。が、小さな疑問は、すぐに解けた。
「このバラ、イギリスで栽培されたものでしょ? ラスト・ホープの能力者になって、気付けばもうずいぶん、イギリスに戻ってないなって‥‥普段は全然、意識もしないけど、故郷の事を思い出すモノが、身近にあっても良いかなって」
「つまりシャロンさんの赤いバラは故郷への愛情、ですね」
硯の表情には安堵したような、残念そうな、複雑な色が混じっている。
「じゃあ俺は赤と白を3本ずつ、黄とピンクを2本ずつでお願いできますか?」
「判りました。少し、待って下さい」
愛想良く首肯した紫苑は、女性陣が綺麗にラッピングした花から色を選び取った。
一方で、恭しく響は赤いバラを一本だけユキへと向ける。
「お待たせしました」
「え、あの‥‥?」
困った風のユキへにっこり笑うと、響は白いハンカチをふわりと赤いバラにかけ。
ぱちんと指を鳴らしてからハンカチを取り去れば、その下には色とりどりのバラが揃っていた。
驚きで目を丸くする彼女に、ハンカチをポケットへ収めた響がバラの束を差し出す。
「お受け取り下さい、目元が麗しいお嬢さん。タネも仕掛けも、ありませんよ」
「ありがとう、ございます」
やや戸惑い気味に花束を受け取り、ユキは軽く頭を下げた。
「どうぞ。念の為、色を、確かめて下さいね」
「大丈夫よ、ありがとう」
柔らかい表情と共に、紫苑からバラを貰ったシャロンが礼を言う。
次いで硯へも花を手渡すと、彼は息を吐いて少し肩の力を抜いた。
「やはり、緊張しますね。特に女性へ渡す時は」
「そうですか?」
大役を一つ終えたような紫苑に、響が意外そうな顔をする。
「ええ。響の様に気軽に女性を喜ばせる事が出来る人は、ちょっと羨ましいかもしれません」
「僕の場合は、奇術が趣味というか‥‥それだけですから」
深く詮索するような無粋な真似はせず、恐縮しながら響はポケットに詰めたハンカチを綺麗にたたみ直した。
「でも、そんなに緊張します?」
「個人的な事情で、少し‥‥でも」
改めて響に質問された紫苑は、まだ色を悩む者達の様子に目を細める。
「ふふ。たまには、こんな雰囲気もいいですね」
「はぁ〜い! お待たせしました♪ ソラちゃんは、ピンク多めね」
「ありがとうございます」
ナレインから花を渡されたソラは、ぺこりとお辞儀をする。
6本のピンクの他は、白2本、赤と黄色が1本ずつだ。
「ピンクは、可愛いしいいかなって思って。白と黄色には、尊敬と友情をこめて‥‥赤は、綺麗な金髪に映えそうですし」
赤いバラへほんわりとした表情を向けるソラを、ナレインが楽しげに見守る。
「喜んでくれると、いいわね」
「はいっ」
励ますナレインに、満面の笑みでソラが頷いた。
「でも10本っていうのも、ソレはソレで迷うよね。フランスの愛の告白は、36本必要なんだケド」
「あ、俺も祖母から教えてもらった覚えがあります。確か、感謝の気持ちを表すのは12本。礼儀や優雅さを演出したい場合は、24本。そして、告白が36本‥‥不思議な数ですよね」
ラウルの『豆知識』に、感心しながらソラは自分のバラへ視線を戻す。
「10本以下のバラを贈る時は、奇数が原則だカラ‥‥赤6本、白1本、黄色3本でお願いしマス」
自分の指を軽く折り曲げて数えたラウルが、ナレインへバラの本数を告げた。
「赤が、6本なのね」
「うん、それで。そういえば、黄色は『友情』なんだし、別に男に贈ってもヨイよね? 大切な友人に、黄色を1本ずつプレゼントしたくてサ。こゆの、日本だと『義理』扱いなのかなー? 友情も愛情の一種だと思うので、バレンタインに示してもヨイと思うんだケド」
微妙に疑問なラウルへ、何度もソラは首を振った。
「いいと思いますよ。告白もそうですけれど、友達も普段は改まって何かをする機会って、ないですし‥‥」
「素敵よね。男の友情も」
バラを選びながらナレインも同意し、ラウルは安堵して髪を掻いた。
「じゃあ、よかった。後は、可愛い妹分に白。恋人‥‥未満の彼女と、最愛の妹に赤を3本ずつ。恋人未満の彼女と、最愛の双子の妹に贈るバラには、思いっきり愛情込めて!」
「じゃあ、こっちも気合いを入れて選ばなきゃ」
片目を瞑ってみせるナレインに、今度はラウルが大きく頷く。
「お願いしマス。『未満』から『恋人』に昇格出来るよに、頑張ってる最中デス。『愛よ伝われ!』って‥‥応援してねーっ」
「ええ、もちろん応援するわ。素敵なバラを選んだから、頑張って」
激励し、ナレインは丁寧に選んだバラをそっとラウルへ手渡した。
「そういえば、ソラの方は恋人や告白のバラじゃないの?」
「‥‥はい?」
ナレインに話をふられたソラはピンとこないのか、逆に笑顔のまま疑問系で首を傾ける。
まだまだ色恋沙汰とは程遠い、『お子様さん』なソラだった。
●遊び心・思う心
「色によって花言葉、違うのですね。不思議なのです」
「国によっても、違いやがりますけど。黄色6本、赤が3本、白を1本で、大丈夫でありやがるですね」
数が減ったバラを一本一本取り、シーヴがレーゲンへ希望を確認した。
「はい。ばらばらし過ぎで、ごめんなさい」
気遣いながらレーゲンがバラを受け取れば、ふるりとシーヴは赤いツーテールを横に振る。
「そんな事、ないでありやがります」
「ありがとう。こうして皆さんの顔を見ていると、どんどん花を渡したい人が増えてきて。それも、楽しいんですけどね」
「まだ悩んでいる方もいらっしゃいますが、お茶を入れました。交代しますので、お手伝い下さった方も一休みして下さい」
様々なマグやカップを載せたトレイを手に、アイネイアスがバラ配りを手伝う者達へ声をかけた。
「一緒に送ってもらった、英国ブランドの紅茶なんです。お口に合えばいいんですけど」
「喜んで戴くです」
「私も、ぜひ」
お茶の誘いに、二人はテーブルへと向かう。
「そろそろ決めないと、バラがなくなるよ」
まだ模型に夢中のろまんへ、ドナートが声をかけた。
「え? う〜ん‥‥どうしよう」
模型と放れ難そうにしながら悩むろまんの様子に、「ふむ」とティランが何やら箱を取り出す。
「相当気に入っているようであるから、ろまん君にはコレを進呈するとしよう」
「ナニコレ、開けていいの?」
「うむ」
促されるままろまんは受け取った箱を開け、中を覗きこんだ途端に表情がぱっと明るくなった。
箱の中には、先程から熱心に見ていた飛行船型の模型が入っている。
「これ、この模型、貰っていいの!?」
「構わぬよ。まだあまり数が作れぬ故、多くに渡せぬのが辛いところではあるが」
「じゃあ、バラはどうしようかな。あんまり、いろいろ沢山もらったら悪いし‥‥そうだ。ボクに合う色、選んでよ!」
「あ、合う色、であるか? 合う色‥‥」
しばらくぐるぐる考えていたティランだが、やがて飽和したのか前のめりで机に突っ伏した。
「‥‥お、倒れた。面白いなー」
何故か感心するアンドレアスに、けらけらとドナートが笑う。
「ティランはそっちのセンス、ないからなぁ。ピンクも女の子っぽいけど、ろまんなら黄色かな」
「ああ。元気で明るい感じが、いいな。どうだろう?」
ドナートにチェザーレが同意し、ろまんに確認した。
「黄色‥‥黄色か。えへへ、ありがと! じゃあ、もらってくるね!」
箱を抱いたまま、ろまんはアイネイアスへ駆け寄っていく。
「そういえば、お前さんがティランか。噂は聞いてるが‥‥コレはいつ復帰するんだ?」
自動冷却中のティランを、つんつんとアンドレアスが突付いた。
「アスさん、アスさん」
興味深げにティランで遊ぶアンドレアスへ、横から黄色いバラが差し出される。
「日頃の感謝と好意を込めて、プレゼントです」
一瞬、思考停止したアンドレアスは、バラの花とレーゲンをしばし見比べ。
「俺に? もらっていいのか?」
「はい。えっと、それからソラさんと、トヲイさんと‥‥」
6本の黄バラをレーゲンはソラとトヲイ、真琴、叢雲、そしてロジーへと、順番に渡していく。
「この白は、アグレアーブルさんに」
「‥‥はい?」
一人熱心に模型と睨めっこをしていたアグレアーブルは、アンドレアス以上に驚いた顔でレーゲンを凝視した。
「お話する機会は、あまりないですけど‥‥アグとレグ。響きが似てるっていう些細な事で、何ていうか親近感があって。よかったら、どうぞ」
「でも‥‥いえ、ありがとう、ございます」
躊躇いながらぎこちなく受け取る少女に、レーゲンは「はい」と嬉しそうに答える。
「良い香り‥‥」
「髪にさしたら、赤に白が映えて綺麗そうですよ」
バラの香りに目を細めたアグレアーブルだが、はたと何かを思い出したように立ち上がった。
「模型に夢中で、バラを忘れてました。ありがとうございます」
再び頭を下げて、アグレアーブルは慌ててバラを貰いに行く。
その後ろ姿を、笑顔でレーゲンは見送った。
「あたしからも、これを」
思いがけず一本増えたバラへ、更に黄色とピンクのバラが加えられる。
「いつも、お世話になってますもの‥‥あたしからの気持ちですわ」
アンドレアスへ微笑むロジーの手には、7本の白と1本だけ赤が残されていた。
「俺も、渡そうと思っていたんだ。水増しにな」
自分のバラから3本の赤いバラを選び、アンドレアスは彼女と交換するように差し出す。
「育てるだけが花じゃないんだぜ。贈る方になると結構悩むだろ?」
にやにや笑いで付け加えれば、ロジーの頬が僅かに赤くなった。
「何でしょう‥‥あの方のこと、でして? でも、感謝しますわ。いつも、本当に」
くすりとロジーが笑んでいる間に、脇から更に1本の白いバラが加わった。
「‥‥あの?」
「薔薇が好きだと、聞いたことがあるので‥‥ビィさんの自宅用にどうぞ。私と違って、長く綺麗に咲かせてあげられる人だと思うから」
真っ直ぐにロジーの瞳を見てそれだけ言うと、アグレアーブルは踵を返し、残った4本のバラをぎこちなく腕に抱いて、机の模型へ駆け戻っていく。
「ありがとうございます」
大事そうにロジーはバラを重ね、彼女の背中へ礼を告げた。
何気なく、すっぽり開いた会話の狭間で、小さな音色が耳に届く。
「これは、オルゴールの音か」
音の源をアンドレアスが視線で辿れば、椅子に腰掛けた叢雲が手回しオルゴールのハンドルをゆっくり回していた。
台座の上ではカタコトと小さな音を立て、ピエロが大きな一輪車をこいでいる。
「暖かい音‥‥優しくて切ない、素敵な音色ですわ‥‥」
やや物悲しげな旋律を、ロジーは目を伏せて音を聞く。それはまた、ナレインも同じで。
「なんでかしら‥‥すごく、気持ちが安らかになるわ」
「何だか、ずっと聴いてたい気になりやがるです」
音に合わせ、シーヴの指は自然と膝の上で見えない鍵盤を叩く。
「こーゆーの作れるのって、マジですげーよな」
「オルゴールの音色、懐かしくて耳に優しくて、人形が動く姿も可愛らしいのです。他にもワルツを踊る人形と、回転木馬があるんですよ」
叢雲の脇に腰掛けていた真琴が、少し声のトーンを抑えながら他のオルゴールも手に乗せ、呟くアンドレアスへ掲げてみせた。
「可愛い音色ですね。目を閉じれば音が楽しめて、目を開けば人形が可愛くて。楽しい事、いっぱい詰まってる‥‥素敵だなぁ」
叢雲のすぐ傍にしゃがみ込んだソラが、頬杖をついて動くピエロを見つめる。
ドラムが一回りして、曲が途絶え。
「CDやデータで聞くのとは違う、何というか味があるというか。言葉にしにくいのが何とも」
「記憶の中の音、だよな」
「ああ、いい表現ですね。そんな感じです」
アンドレアスの表現に、手を止めた叢雲が頷いた。
それから顔を上げれば、叢雲は音に誘われた仲間にすっかり囲まれている。
「‥‥えーと」
「演奏者は、『いまここ』にある音しか作れない。たとえ録音したとしても、オルゴールの持つ『過去の時間』を表現はできないからな」
「それはいいのですが、アス。何故、皆ここに集まってるんですか」
「きっと‥‥叢雲の薔薇の行方に、興味があるんですよ! 一体、誰に渡すんだろうって」
「どさくさに紛れて、自分の疑問に理由を転化しないで下さい」
わきわきしながら訴える真琴に、叢雲は頭痛を覚えた。
「まぁ、赤いバラはジャムにでもするつもりですが。紅茶に溶かして飲むのも、いいものですよ」
「で、残りは?」
「尋問の席ですか、ここは」
呆れた風に、叢雲が肩を落とし。
「これ、欲しいなぁ。ダメ?」
「私もこういうの集めるの、好きなんだ‥‥お小遣い、足りるといいけど」
その間に、ラウルとユキが話の判りそうなチェザーレへ交渉を始めている。
再び賑やかな会話の中で、真琴はそっとロジーの袖を引いた。
「あの、ロジーさん。相談にのれる事あれば、協力します。いつでも、頼って下さいね」
「真琴‥‥感謝しますわ」
友人の気遣いに、ロジーは真琴の手に自分の手を添え、今日何度目かになる礼を告げた。
「皆さん、随分とバラの色と数を悩んでましたが、どなたも良い笑顔でしたね‥‥これで、良い縁が出会い、続くといいのですが」
自分のバラを手に、『大任』を終えた紫苑はほっと一息ついた。
「もし息抜きに出掛けられるなら、荷物はこちらで預かっておきますよ。外はまだ、寒いですし‥‥湖上から見えるアルプスは素敵ですけど、湖岸近くには氷も張っていますから」
アイネイアスが声をかけ、『お土産』をまとめていたナレインは大事そうに抱えた友人へのプレゼントに目を向けた。
「じゃあ、お言葉に甘えようかしら。折角のバラが凍えると、可哀相だものね」
「あ、ナレインさん。これを」
その場を離れようとするナレインを、響が呼び止める。
「これを、どうぞ受け取って下さい」
黄色のバラと一緒に、響は小さなバラの形をしたウィスキーボンボンをナレインへ手渡し、にっこりと微笑んだ。
「これからも、ナレインさんと変わらぬ友人でいたいですからね」
「これを、私に?」
「はい。ささやかな物ですが」
「ありがとう、響ちゃん。嬉しいわ!」
バラの花とチョコを手にしたナレインは、それらを潰さぬ様にしながらぎゅっと響へ抱きついた。
「いやはや、もう少しで仮想フリーズドライにされるところであった」
「おかえりなさい、ティランさん。はいこれ、プロジェクトの皆に!」
謎な表現と共に蘇生したティランの手に、ろまんが人数分のハートチョコを置いた。
「む‥‥むむ?」
「バラのお返し。まだまだ色々大変だけど、これからも一緒に頑張ろうね!」
「うむ、プロジェクトは無線局が本格運用できてこそであるからな」
重々しくティランが賛同し、ふとシーヴもごそごそと鞄を探り始める。
「そういえば、練習途中のチョコ持って来てみたですが、食うです?」
味見をしてない事はあえて伏せ、シーヴは簡単に包んだ袋を取り出した。
「好意は無論、拒まぬであるよ」
楽しげに受け取る相手へ、ふとシーヴは首を傾げ。
「ティランや他のメンバーは、誰かにチョコやバラを贈ったりしねぇですか?」
「クリスマスや、バースデーなら別であるが‥‥そもそもバレンタインは、諸君ら程の習慣ではないのであるよ」
説明するティランに、また別方向からぐいぐいと箱が押し付けられる。
「ぬ。アグレアーブル君もであるか?」
ティランの問いに、チョコブラウニーを渡すアグレアーブルはこっくり首を縦に振る。
「何というか、こちらが世話になる側であるのに、重ね重ね気遣いには礼を言うのであるよ」
「ただし」
口を開いたアグレアーブルは、真顔でぽそりと付け加える。
「男性の方は1ヵ月後の3倍返しがマナー、です」
「‥‥3倍ってnくぁw背drftgyふじこlp;@ーっ!?」
一拍の間を置いて、ティランの奇声が研究施設に響いた。