●リプレイ本文
●手筈
開店休業状態にも関わらず、ブラッスリ『アルシェ』は慌ただしい空気に包まれている。
「車は、出来るだけ『設定』に合う車種を用意した。もちろん、ナンバーもな」
「ありがとうございます。助かります」
知らせるコール・ウォーロックへ軽く頭を下げ、水上・未早(
ga0049)が礼を告げた。
「信頼に応えに来ました。すみません、来たり来なかったりで」
「忙しいのは承知してるからな。来てもらえるだけで、有難い限りだ」
目を細めたコールが見やるフロアでは数人がテーブルを囲み、真剣な表情で地図や写真を広げている。
「あの玩具職人の『作品』、結構な波紋を呼んでるみたいじゃねぇか?」
感心した風なアンドレアス・ラーセン(
ga6523)が、空から撮影された写真の一枚を取り上げた。
「‥‥お。意外によく撮れてんな」
呟きながら、何となく記憶にある風景を探してしまうのは、人の性だろうか。
「うん。あの飛行船からお写真取ると、こんな風に写るんだね〜」
やはりテーブルで写真を繰る潮彩 ろまん(
ga3425)もまた、純粋に目を輝かせた。
「町の位置関係も、しっかり覚えておいた方がいいよね‥‥」
地図を広げた鏑木 硯(
ga0280)は、自分が通るルートを指で辿る。
「動けない分、頭を使うのはいいですけど、根は詰めないで下さいよ」
熱心な硯の様子に、彼と組んで行動する国谷 真彼(
ga2331)は苦笑して釘を刺した。
「町で活動する時の用意と、山岳地用の物と‥‥大荷物になるわね」
「外での活動はそれほど得意ではありませんが、荷物持ち等々、頑張らせていただきます」
準備を確かめるシャロン・エイヴァリー(
ga1843)に、彼女と組んで行動するObserver(
gb5401)が恭しく頭を下げた。
「ああ、それから。小生の事は、どうぞ『セバスチャン』とお呼びくださいまし。お嬢様」
「判ったわ、セバスチャン。でも、お嬢様は‥‥ちょっと」
「いえ。こういうポジションの方が、小生としましては」
困惑気味のシャロンが苦笑してもObserverは眉一つ動かさず、眼鏡のフレームを指で押し上げる。
そんなやり取りを、テーブルの向こう側で硯がぼーっと眺めていると。
「そっちも気をつけろよ」
不意の言葉と共に、がしがしとアンドレアスから乱暴に頭を撫でられた。
「あ‥‥はい。気をつけます」
直前に同じ作戦へ参加していた仲間の気遣いに、少し首を竦めながら硯が笑顔で答える。
作戦の最中に硯は負傷し、万全とはいえない状況ながらも今回の偵察に参加していた。幸いにも任務は『偵察』である為、それを逆手に取って怪我人に扮し、真彼と行動する。
「真彼、いいかしら」
本人の注意がそれている間に、シャロンは真彼の肩をつついた。
「硯の事、お願いね。直接言うと、かえって無理しちゃうから」
「判っていますよ」
小さな声でシャロンから託された真彼は、笑顔で一つ頷き。
「‥‥腹減った」
準備が進む中、テーブルに張り付いた琥金(
gb4314)がぼそりと訴える。
彼の空腹が解消されたのは、慌ただしさが一段落する出発前の事だった。
怪しまれぬよう『一般人』に扮装した能力者達は二人一組の四手に分かれ、一部の班は『ブクリエ』のメンバーを伴ってフランス内の競合地域へ向かう。広い範囲で情報を集め、キメラがいる場所を絞り込むのが目的だった。
「そういえば、確か‥‥コールさんは」
何かを言いたげに真彼はコールを見やるが、相手は身振りでその先を制した。
「『仲間』には、伝えてないんでな」
片手の甲を軽く指で示すコールへ、僅かに真彼が眉根を寄せる。
「おそらく、何か理由があるのでしょうし、それを否定はしませんが‥‥でも隠したままの力は、合わせる事ができませんよ?」
「歳を食うと、いろいろ面倒なのさ。それより、相方が待ちくたびるぞ」
ぽんと真彼の背を叩き、コールは彼を促した。
●サン・ジロン
「この辺りは、まだ落ち着いた感じですね」
窓から外を眺める硯が、山間に位置する町の風景に呟いた。
彼らがいるサン・ジロンはトゥールーズの南にあり、競合地域下でも西の境界に近い。UPCの駐留地が傍にあるフォワとも比較的近く、町の表情にさほど切迫した様子は見られなかった。
南を仰げばすぐそこに雪を被った山々がそびえ、連なっている。
出来る事なら、この雄大な景色をあの人と一緒に‥‥。
「ほら、溜め息をつかない。怪我に障りますよ」
真彼に咎められ、ふと我に返った硯が窓から視線を戻した。
「美しいピレネーの風景に、故郷を思い出すのは判りますけど」
眼鏡の奥で意味深な目を細める同行者に、硯はやや困った様な笑みを浮かべる。
「そんな訳で、近くの町にいる親類の所へお世話になるかもしれないので‥‥この辺りは、キメラってよく出るんです?」
「う〜ん‥‥ここまで来たんなら、出来ればトゥールーズまで行った方が安全だとは思うけどねぇ」
二人が立ち寄ったカフェの中年店員は頬に手を当てて考え込み、注意深く言葉を選びながら真彼が問いを重ねた。
「そんなに危険なんですか? この付近は」
「なんせ、競合地域だからね‥‥それだけでも、面倒に巻き込まれたくない者が逃げ出すに十分な理由さ」
「確かに、そうですね」
頷きながら硯は店の中へ視線を戻せば、ランチタイムにも関わらず空席が目立つ。
「ここいらでキメラに襲われたって話はあまり聞かないけど、皆怖がってるよ。怪我をしてるなら尚更、トゥールーズの方が大きな病院があるし‥‥ああ、眼鏡のお兄さんはお医者さんなんだっけ? 一緒に暮らすのかい?」
「ええ、まぁ‥‥」
暇なのか、口数が多めの店員へ適当に相槌を打ちながら、真彼はカップを傾け。
行き交う人の少ない通りへ、目を向けた。
●モンガイヤール
ピレネーの麓にあるフォワから南へ進むと、そこからは本格的に山脈の中へと分け入っていく事になる。
「フォワ自体が、思ったより山に近いんですね」
幾らか小さな村を通り過ぎたところで、未早はろまんとちょっと困っていた。
フォワまでは硯の車に同乗して来たものの、そこからの足は限られている。また南へ進むルートも限られていて、主な道や線路は一本の川を辿る様に山を登り、スペインへと続いていた。
「行きも帰りも同じ道では、不自然ですよね」
思案顔の未早が、来た道を振り返る。目立たぬ風を装ったつもりでも、昨日の今日では覚えている者もいるだろう。
「途中で迷ったっていうのは、無理かな?」
「一本道ですから。とはいえ、迂回するのに山へ分け入るのは本末転倒ですし」
小首を傾げるろまんに、彼女はまだ雪が残る山へ目をやった。
ガソリンスタンドに併設された小さなスーパーのベンチで、二人が相談をしていると。
短いクラクションが、彼女らの会話を遮った。
「どうしたんだい。女の子だけでこんな所をウロウロしていると、危ないよ?」
声の方向へ目をやれば、小型トラックの助手席から年配の女性が手招きをする。隣の運転席では、やはり髪の白い年配の男性が心配そうに彼女らの様子を窺っていた。
「行き先は、フォワ?」
「はい。そこなら、人が多いですよね」
「そうね、この辺りよりは。ねぇ、あなた?」
人のよさそうな妻が問えば、夫は「だのう」と同意する。
席は三人分しかないので、ろまんは進んで後部の荷台へ登った。さすがに風が冷たい為、やはり荷台にいた年配の夫婦の『ボディガード』である白いグレート・ピレニーズを、あんか代わりにぎゅっと抱いている。
夫婦が声をかけたのは、「年若い少女二人がスタンドで途方に暮れていたから」らしい。
「色々と物騒だもの。近頃は」
「やっぱりキメラとか、出るんですか?」
「そうね。でもそれより怖い、道理を心得ない人達もいるわ。娘さん二人では、危ないわよ。ご両親や、ご家族は?」
未早が目を伏せて首を横に振ると、沈痛な面持ちの女性は小さく十字を切って短く祈った。
「それはお気の毒に‥‥辛い事を聞いてしまって、ごめんなさいね」
「いえ、大丈夫です」
ろまんと二人で変装し、『両親がキメラに殺され、競合地域にある故郷から逃げてきた姉妹』を演じている未早は、親切な相手を騙す事に申し訳なさを感じながら首を横に振る。
ゆるゆると走る小型トラックは、やがてフォワの町並みが見える場所まで来ると路肩へ止まった。
「本当に、ここでいいの? よければ、しばらく家にいてもいいわよ」
「大丈夫です、助かりました。ありがとうございます」
「ありがとう! お爺さんもお婆さんも、ワンちゃんも元気でね!」
路上でUターンして引き返す車へ、二人は揃って手を振る。
それが見えなくなると、ろまんは未早を見上げた。
「いい人達だったね。それで、これからどうしよ?」
「そうですね‥‥フォワの周辺で、引き続き情報を集めてみましょうか」
「りょーかーいっ」
少し考え込んだ未早の出した方針に、手を上げてろまんが答え。
そして二人は、車の少ない道を並んで歩き始めた。
●プラド
地中海に程近いペルピニャンと近在の町の空気は、他の地域とは違って見える。
「ここは随分と、活気が残っているんだな」
小さなブラッスリで一番安い酒をちびちびと飲みながら、アンドレアスは給仕の女性へ声をかけた。
「そっかな?」
「もっと、寂れてると思った。通ってきた町はそんな感じだったから、少し驚いたよ」
聞き返した若い給仕娘は、彼の答えに悪戯っぽい笑顔を浮かべる。
「だったらきっと、軍人さんや傭兵さんのお陰かもね。ペルピニャンの辺りで何かあったらしくて、最近急に警察とかが頑張って働いてるみたいだよ」
「ふぅん?」
「ああ。何でも、海の方が騒がしいんだって?」
「御大層に、KVも飛んできたって話だ」
「この調子でキメラも片付けてくれるなら、有難いがなぁ」
給仕娘の言葉を皮切りに、周りで同じ様に酒をあおる男達が噂話を口にし、ぼやいた。
「本当なら、この辺りの治安は良くないのか?」
「町はそうでもないけど、山の方はイロイロ『出る』って聞くよ。冬だから、夏ほどは逃げてくる人もいないけどねー」
「確かに、今の時期ならアンドラ側より海側に迂回するのが多いだろうな」
「どうせなら、あんたらも海沿いに行けば良かったのに」
「とはいえ、せいぜい軍とかいる間だけ、キメラもナリをひそめる程度だろ?」
鬱屈なのか、話題に乏しいのか。軽く問えば、酔客達は次々と言葉を返す。
話の輪の片隅で、熱心に食事を続けていた琥金は首を傾げた。
「出るって、どんなキメラが? トカゲとか、獣とか」
尋ねる琥金に、周囲の客が複雑な苦笑を向ける。
「兄ちゃん、キメラに興味があるのか」
「ん。キメラって、モノによっては美味しいから‥‥戦地を回って、食材を集めているんだ」
「でもアイツら、普通の銃とかじゃ死なないだろ。食うとか以前だろうが」
「そこはこう、この包丁で‥‥」
「まーた、お前はその話か。キメラを喰うなんてネタ、笑われるって言ったろ?」
大げさに溜め息をつきながら、アンドレアスは琥金の頭へグリグリと拳を押し付けた。
「けど‥‥っ」
とっさに反論しかけた琥金だが、呆れた様な素振りに反した青く鋭い眼光に、何かを察して口をつぐむ。
「まったく。ここに着くまでに腹が減って、遂にキメラまで喰いたくなったらしい」
「ホント、この人よく食べるもんね」
アンドレアスのフォローに給仕娘が笑い声をあげ、他の客もしょうがないといった風の笑いを浮かべた。
「さっきは、すまなかったな」
店を出たアンドレアスは、まだ冷たい夜風に身を竦めながら琥金へ謝る。
「いや。何かマズい事、言ったかなーって」
「客の連中、キメラをサバけるって話に変な顔をしてたからな」
「でも、死んだキメラなら普通の包丁でも‥‥」
説明しかけた琥金だが、ふと気付いて言葉を切った。
「普通の人だと、そもそも死んだキメラとか見ない?」
「多分な」
重火器を大量に用いれば、能力者でなくても何とかなる場合はある。が、一般的な概念では『キメラを殺せるのは能力者のみ』だ。そして店にいた者達なら、キメラの死体を料理するどころか近付く事すらしないだろう。
「‥‥難しい、ね」
ぽつんと呟き、琥金はぽしぽしと頭を掻きながら冬の終わりが近い星空を見上げた。
●ペルピニャン
「ピレネー近郊に住む知人がいて‥‥何とか、様子を知りたいのだけど」
聞いて歩くシャロンに、町の広場や役所が設置した施設へ身を寄せる『避難民』達は不安げな顔を見合わせる。
「ごめんなさい。足止めされて、最近の事はちょっと」
「海側回りできたからね。山の方は、ちょっと判らないよ」
「ここまで来るのにも必死で、よく覚えてないなぁ」
返ってくる不明瞭な答えの数々に、人々の間を回るシャロンは大きく息を吐いた。
「お嬢様も、もう少しお静かなら。言い寄る方も、多くなると思うのですが‥‥」
少し猫背になった背中の方で交わされる、そんな会話が耳に届き。
「Ob‥‥セバスチャンっ」
やや、顔を赤くして振り返ったシャロンに、主婦層と話していたObserverは直立不動の姿勢を取る。
「何でございましょう、お嬢様」
「だから、その‥‥ちゃんと、聞いてよね。心配なんだから」
怒る訳にもいかずシャロンは念を押し、くるりと踵を返した。
その後ろで、再びObserverが愛想良くなにやら話し、彼女へ続く気配がする。
広場から幾らか距離を取った所で、足を止めたシャロンがくるりと向き直った。
「‥‥何か、判った?」
「異常と思われるような事は、特に何も。例のコリウールの件で、浮かれた様子はありますが」
郡や能力者が近くにいる事自体で、まるで現状の全てを覆す事が出来るかの如く、人々は期待と関心を寄せる。
「回収された写真には、このペルピニャンもあったわね」
一度南下してから、A9に近い道に沿って北上してきたシャロンは、僅かな期待に沸くペルピニャンの街と人々をじっと見つめた。
「ここを、戦場になんかしたくないわね‥‥絶対に」
「左様でございますな」
ぎゅっと拳を握るシャロンに、しみじみとObserverが答える。
「行きましょうか。キメラの1匹や2匹、返り討ちにしちゃうから、大船に乗ったつもりでじっくり情報を集めましょう」
「ですから、お嬢様。もう少し‥‥」
「置いていくわよー!」
進言するObserverに金色の髪を翻し、広めの歩幅でシャロンは颯爽と街路を進んだ。
●山は沈黙す
四手に分かれて町の周辺で情報を集めた者達は、それぞれ予定の街で合流した。
硯と真彼、未早とろまんは、フォワ。
アンドレアスと琥金、シャロンとObserverは、ペルピニャンで。
四人二組となった者達は、ピレネー山脈のうち目星をつけた場所へと向かう。
山中では、幾つかのキメラの存在を裏付ける痕跡が見られたが、キメラそのものを発見するには至らず。
雪の連峰は災厄を内に抱いたまま、息を殺して佇んでいた。