●リプレイ本文
●生存証明
顔を上げれば、すぐそこに雄大なピレネーの山々を望む事が出来た。
だが景色を目にする時間すら惜しみ、能力者達はキメラに襲われた村へ向かう。
現場へ近付くにつれ、山肌に反射した音が鼓膜を震わせた。
「この音って?」
車の振動に細い身体を左右へ振られながら、柚井 ソラ(
ga0187)は前方に目を凝らす。
一度一度の間隔はかなり開いているが、UPCへ連絡した近隣の村から報告のあった鐘の音が、まだ鳴り続いていた。
「鐘の音だね。おそらく、キメラに襲われている村で鳴らしている‥‥」
答えた国谷 真彼(
ga2331)は黒レザーの指なしグローブをはめた手で軽く拍を取り、鐘が鳴る間隔をカウントしている。
それはソラが真彼の誕生日に贈ったハーミットグローブで、何となく嬉しくなって小さく笑んだ。
それから、まるで脈を取る医者のようだと、その姿に漠然とソラは思う。
もっとも、実際にその印象は間違いではない。
そんな事を考え、それからふと意識せず漂っていた思考の行く先に気付き、振り落とすように自分の頬をぺしぺしと両手で叩く。
「気合、入れてるのかい?」
ソラの仕草を見て、ハンドルを握っていた今給黎 伽織(
gb5215)が何気なく尋ねた。
「えっと、まぁ‥‥」
苦笑して言葉を濁したソラに、伽織は何か納得したように頷く。
「そうか、囮役だしね。危険な役回りだけど、くれぐれも無理はしないように気をつけて」
「はい」
勤めて明るく少年は返事をし、気持ちを切り替えるように村の地図を見つめた。
先程より近付いた鐘の音が、また聞こえる。
「村人が皆、無事でいてくれれば良いのですが‥‥」
耳に届く鐘の音に、春風霧亥(
ga3077)も安堵と不安の両極端な二つの感情を抱いていた。
「キメラへの恐怖、僅かな食料への不安。とても心細い、でしょうね」
運転席に座ったレーゲン・シュナイダー(
ga4458)が、僅かに眉根を寄せる。その表情から普段の柔らかさが消えているのは、村人の生存に関する懸念が原因ではない。
幸い、というべきか。彼女が運転する車に同乗しているメンバーは、特に気にする様子もなく、今はそれが有難い。
「それにしても、大量のキメララットですか。時間もあまり余裕がある訳ではないようですし、素早く確実に行動しないといけませんね」
緊張した表情で霧亥が考え込み、後部座席で窮屈そうにしながらも東 冬弥(
gb1501)は大きな溜め息を吐いた。
「ネズミかぁ。結構好きなんだけどな。あいつらって超可愛いしぃ‥‥」
「到着していきなり、教会が囲まれている可能性もあります。そこまで追い込まれた状況に至っていない事を祈るのみですが、もしいざという時は‥‥」
鐘を聞きながら、助手席の水無月・翠(
gb0838)がちらりと後ろへ目をやれば、冬弥は狭い空間で足を組み変える。
「判ってるって。教会の近くにいるヤツから、ブッ飛ばしてやる。いくらネズミっぽくても、キメラときたら容赦はしねぇぜ‥‥覚悟しろ、畜生どもめ!」
血気盛んな冬弥の反応に、任せたという風に翠は首を縦に振った。
石造りの家々が見えたところで、エル・デイビッド(
gb4145)はブレーキをかけてスピードを落とし、やがてBM−049「バハムート」を完全に停止させた。
見える限り、村の様子には目立った異変の様なものはない‥‥ただ、ずっと鐘が鳴り続けているだけだ。
路肩で村を観察するエルの傍らに、仲間達の乗る二台の車も停車した。
「どうですか?」
「見た感じ、特に変わった様子は‥‥まぁ、相手はネズミの群れだから、家が壊れるような大暴れは出来ないだろうけど」
短く尋ねた伽織にエルは見たままの状況を伝え、車の後部座席にいるソラへ視線を向ける。
「そろそろ、こっちに乗っておきます?」
「そうですね。村に入ってからでは、準備している暇とかないかもしれませんし」
車から降りたソラはエルの手を借り、慣れぬAU−KVの座席に腰を落ち着けた。
「安定性が売りのバハムート。大船に乗った気でいてくださいな、ソラさん♪」
「はい。よろしくお願いします」
自分より広いエルの背中に答え、腰へ手を回してぎゅっとしがみつく。
「気をつけるんだよ、二人とも」
短く声をかけた真彼にエルは片手を挙げ、一拍の間をおいてからソラはこくんと小さく頷いた。
●閉ざされた扉
スピードを上げたAU−KVが石造りの家々を抜け、村の中心近くにある広場へ突っ込んだ。
『獲物』を求めて群れたキメラへ、『餌箱』を後ろに括ったバハムートがこれ見よがしにUターンする。
広場を走り回る小さなキメラを、完全に避け切る事は難しい。
キメラの蠢く様相と、乗り上げるように車輪がソレらを踏み潰す嫌な感覚が、座ったシートから尻へ伝わる。
背中を這い登る寒気を振り払う様に、ソラは軽く頭を振った。
「‥‥っ。本当に、多いですね」
「ええ。こっちが餌にならないよう、気をつけないと」
広場に面した教会からキメララットを引き離す様に、AU−KVは舗装路へ走る。
それからワンテンポ遅れて、二台の車両が広場へ現れた。
車体は左右に尻を振って、タイヤを軋ませ。
鐘の鳴り続ける教会の入り口近くで、二台の車両は急ブレーキを踏む。
即座に霧亥とレーゲン、そして冬弥、伽織の四人が飛び出し、キメラから扉を守る位置に就いた。
「げ。なーんか、予想してたよりも数多いんだけどぉ‥‥」
キメラの数を見ていかにも嫌そうな顔をした冬弥を、緩やかなウェーブを帯びた髪を背中へ梳いて流したレーゲンが斜に見やる。
「なんだ、怖気づいたのかい?」
「ちげーよっ」
口唇を尖らせ、否定する冬弥。
「UPCの要請で、助けに来ました。怪我人は、いませんか?」
呼びかけて翠が教会の扉を叩くが、固く閉ざされたまま返事がない。
最後に車を降りた真彼は、まだ鐘の鳴る教会を見上げた。
「完全に無人ではない‥‥と、願いたいけどね。扉の隙間からでも、キメラが入り込む事を恐れているのかもしれない」
「せめて返事の一つでも、あればいいのですが‥‥私達は、傭兵です。聞こえていますか?」
口調がきつくならないよう、注意しながらノックを繰り返す翠を、真彼が手で制した。
「もし不安な心理状態にあるなら、無理強いして怖がらせるのも良くないね。ここは殲滅班に、彼らが納得するだけの安全確保を頑張ってもらおう」
「ったく、仕方ねぇなー。面倒くせぇ」
横柄な口振りながら冬弥が即答すれば、レーゲンは彼の背を軽く叩く。
「頼りにしてるよ」
「では村の人にも判り易い様、派手に駆除しますか」
小さな鳥篭の形をした超機械を霧亥が手にし、伽織は真デヴァステイターを構えた。
「それにしても、これだけのキメララットが溢れかえるのは‥‥文字通り、ネズミ算方式で増えたのかな。だとしたら、全部探し出して討ち洩らしのないようにしないとね」
囮のAU−KVを追って一度は密度を減らしたキメララットの群れだが、追いきれなかったのか、新たな『獲物』の出現を察知したのか、再び徐々に広場へ集まってきている。
轢死した『同族』の死骸すら貪る餓えた群れは、キィキィと鳴きながら能力者達へ押し寄せた。
バイクの後ろで転がる『餌箱』に、何度もキメラが飛びつき、よじ登る。
そのたびにソラは結んであるロープを掴んで振り、あるいは威嚇射撃でキメラ達を牽制した。
だが執拗にキメラは『餌箱』に取り付き、鋭い爪と牙がロープを断ち切る。
慣性でまだ転がる『餌箱』へ、あっという間にキメラが群がった。
見る間に『餌箱』は黒い塊と貸すが、M−121ガトリング砲が次々に弾丸を撃ち込み。
箱ごと、キメラを粉砕する。
「次の餌、使うね」
「お願いします」
エルの返事にソラは用意していた二本目のサラミを『餌箱』に入れ、ロープを結んだ。
その間に、教会へ篭城中の人々と接触を試みる仲間から連絡が届く。
「村の人達、扉を開けてくれないんですか‥‥判りました」
答えるエルの様子に、一抹の不安をソラは覚えた。
「教会から、出てこないんですか?」
「そのようですね。その間、群れを分断していてほしいと‥‥えーと‥‥道はこっちでよかったよね? うん」
「それなら、あの角は右がいいですよ」
迷っていると後ろからソラが指し示し、すかさずエルはバハムートをバンクさせる。
「助かりますっ」
「乗せてもらうので、せめてガイドくらいは‥‥次は、左へ」
町の外周を回るようにソラのサポートを受けて、エルは心置きなくバハムートを走らせた。
すぐに、広場の方向から仲間の戦う音が聞こえ。
大丈夫だと考えながらも安全を願いつつ、二人は己の役目を果たす。
派手に広場のキメララットを排除すれば、安心したのかようやく教会の扉が動いた。
「水無月君!」
気付いた真彼が呼べば、重装備で身を固めた翠が飛び掛るキメラを盾で叩き落し、屍を迷いなく踏んで真っ直ぐ彼の傍らへ急ぐ。
「開けてくれましたか」
「ええ。簡単に中の人たちの状態を診るから、守りを頼めるかな」
「判りました」
間髪おかず翠が了承したのをみて、真彼は一つ頷いた。
「任せたよ」
一方、隙間から覗いた幾つもの不安げな表情には、伽織が人を安堵させる『仕事用』の笑みを見せていた。
「お待たせいたしました。さぞ恐ろしかったことと思います。これから残りのキメラの掃討に向かいます。教会を護衛するメンバーも残りますから、もう少々こちらでお待ちください」
恭しく一礼すると彼は踵を返し、殲滅班の元へ走った。
●殲滅戦
殲滅班はやっと教会の扉が開いた事を確認すると、すぐに囮班と連絡を取った。
「さぁて、本格的にネズミ駆除を始めるかねぇ。一匹だって脅威なんだから、絶対に見逃すんじゃないよ!」
仲間へ発破をかけたレーゲンが、キメラの群れへエネルギーガンをぶっ放す。
「‥‥気合、入ってるねぇ」
くっくと伽織が笑い、真デヴァステイターのトリガーを引いた。
やがてエンジン音が聞こえ、街角から二人乗りのAU−KVが姿を現す。
その後ろには、軽く20匹を越えるキメラが後を追っていた。
「うわぁ‥‥まだ、あれだけいるんですね」
なんとも言えないある種の『感慨』に、霧亥はぽつりと素直な感想を口にする。
既に広場には30匹近いキメラの残骸が転がっていたが、まだまだ潜伏しているらしい。
「これは、アレですな。1匹見たら、30匹いると思えという?」
霧亥の例えに、低く唸ってレーゲンは眉根を寄せた。
「ちょっと違うが、似たようなモンか。これは、本格的な駆除が必要だね」
「ほーら、美味しい餌でちゅよー。寄ってこいこーい」
冬弥が吟味した特選の菓子をばら撒いて、キメラの注意を引き。
出来るだけ群れの密集している箇所を狙って、霧亥が超機械「白鴉」の電磁波を発動させる。
電磁波の範囲から逃れたキメラは、冬弥とレーゲンがエネルギーガンで。そして伽織は真デヴァステイターを撃ち、近いキメラは刹那で斬り払って、数を削っていった。
集団自体が一個の生物の如く蠢いていたキメラだが、容赦のない攻撃に集団は散開し、包囲する様に動きながら個別に能力者達へ向かってくる。
「ネズミの癖に、こしゃくだねぇ」
行動パターンが変わった相手に、レーゲンは『取っておき』を取り出した。
「頂き物をこう使うのは、申し訳ないンだけどねェ‥‥特製品だ、味わって喰いなっ」
カットしたロッタ手作りチョコレートや、マリカの手作りバレンタインチョコレートケーキといった一部の者なら垂涎のケーキを、惜しみなくキメラの進路へ撒く。
「‥‥ファンがいたら、まっしぐらですよ」
「でも、いつのだよ。ソレ?」
伽織と冬弥の会話に、レーゲンが人差し指を左右に振った。
「馬鹿だねぇ。そいつは、聞かないお約束ってヤツだよ」
僅かに扉を開いた教会にも、侵入を試みるキメラが休みなく襲い掛かる。
小さな脅威を確実に翠が斬り飛ばし、叩き払い、踏み潰し。
「盾にSESは御座いませんが‥‥小さい敵の群れなら」
守護の壁となって奮戦する翠の後ろで、人々へ語りかける真彼はオルゴールのような小箱を手にしていた。
「そういえば、ブレーメンもハーメルンもドイツの都市。同じグリム童話でしたね。さて、かの話ではネズミを始末したのは川の奔流でしたが」
真彼が蓋を開けば、微かにカチリと音がして。
箱の中でロバ、イヌ、ネコ、ニワトリの人形がくるくると踊り出す。
と同時に、押し寄せるキメラの群れへ強力な電磁波が発生した。
一見すると何の変哲もないような小箱の蓋を、真彼は再び閉じる。
彼が手にしているのは、箱を開ける動作により作動するという超機械「ブレーメン」だった。
(「贈り物には、オルゴールもあったけど‥‥ふふ、今日持ってきたのは別のオルゴールだね」)
オルゴールを持つ手にはめたグローブに、真彼が僅かに目を細める。
暖かみのある記憶を辿るのも、ほんの瞬間。
すぐに彼はキメラとの戦闘へ意識を引き戻し、奮戦する翠を援護するように再び小箱の蓋を開いた。
休みない、そして容赦ない能力者達の攻撃によって、キメラは死骸の小さな山をそこここに築いていた。
死の行進のように向かってきたキメラだが、数が少なくなれば勢いも減衰し。
逆に、見つけ出す方が困難となる。
「これで‥‥あらかた終わったでしょうか?」
まだ不安げに周囲を見回すソラに、エルはバハムートを減速させた。
「そうですね。ここからは手分けして村を念入りに見回り、排除した方がいいかと‥‥相手はネズミだし、まだどこかに潜んでる可能性があります。やっておいて、損は無いでしょう」
警戒するエルにソラは頷いて、教会の方向へ目をやる。
鐘は既に止まり、静寂が感覚をピリピリと逆撫でし。
「教会は、大丈夫かな」
「戻ってみますか。それにしても、何でこんなになるまで、気付かなかったんだろう‥‥」
心配そうなソラに、ぽつりと疑問をこぼしながらエルはAU−KVを広場へ走らせた。
「そうですね。探査の眼を使い、村中を歩き回って調べてみますよ」
村中がキメララットの死体だらけになった中で、伽織もやはり見落としの可能性を気にかけていたらしい。
戻ったソラとエルを交えた虱潰しの確認に、伽織でなく仲間達もすぐに同意した。
「村の人の怪我などは、僕らで対応しておくよ。と、その前に。怪我は、ないかな?」
不意に、顔を覗き込むようにして真彼から尋ねられたソラは、思わず顔が熱くなった。
「だ、大丈夫、です。あの、行ってきますっ」
うろたえ、慌てて身を翻す少年の後ろ姿を、くすりと笑って真彼は見送る。
「UPC仏軍と、連絡が取れました。夜に、救難物資を積んだ輸送隊が到着するそうです」
「有難いね。邑の食料を作戦に使うと、わざわざ説明した甲斐があったよ」
翠からの知らせに、真彼は改めて村を眺め。
そして犠牲者へ哀悼の意を表するよう、しばし彼は瞑目した。