●リプレイ本文
●寂しく揺れる南瓜提灯
足を踏み入れた小さな町は、何の変哲もないごく普通の町だった。
ただ、道を歩く人影はほとんどなく、広い通りを寒々しい風が通り抜ける。
どことなく寂しい風景に、イリス(
gb1877)が枝分かれした脇の通りをひょいと覗き込んだ。
「町の人は皆、家でじっとしているのかな」
「‥‥おそらくは。助かります‥‥」
まだ陽の高い時間ではあるが、油断なくアグレアーブル(
ga0095)も街路樹や物陰へ目をやる。
「だが‥‥飾りの撤収については、念を入れてもらった方がいいかもしれないがな」
一部の庭先へ出されたままの飾りにORT=ヴェアデュリス(
gb2988)が気付き、僅かに眉をひそめた。
「魔女の人形を襲う、キメラか」
「いくらハロウィンでも、本物のお化けモドキを持ってこなくても、ねぇ? 気を利かせすぎだ、バグア」
何事かを思案する今給黎 伽織(
gb5215)の呟きに、やれやれと新条 拓那(
ga1294)が苦笑する。
拓那の隣を歩く石動 小夜子(
ga0121)は二階の窓から様子を窺う小柄な影に気付き、小さく手を振ってみた。
見慣れない日本人の思わぬ反応に驚いたのか、カーテンの陰からこっそり覗いていた子供は慌てて顔を引っ込める。その様子に、くすりと小夜子は微笑んだ。
「子供達の為にも、お祭り前に片付けてしまいたいですね」
「そう、ですね‥‥」
やや複雑な表情で、アグレアーブルが頷く。
「確かにハロウィン当日までに退治しないと、仮装した子供達が狙われて危ないか。なんとしても今日中に退治してしまわないと、ね。でも‥‥」
一つ大きく息を吐いた伽織が、ふと湧いた疑問を口にした。
「なんで、魔女の人形なんだろう?」
「確かに、それは俺も気になってた。変だよね? かぼちゃとか色々あるのにさ。何か、恨みでもあるのかなぁ」
首を傾げて、拓那は小夜子へも聞いてみる。
「う〜ん‥‥私もちょっと、想像がつかないです」
「目撃情報だとキメラ自身もワシ鼻だったみたいだし、もしかしてワシ鼻が関係しているのかな?」
どうにも引っかかるのか、なおも伽織は考え込み。
「本人‥‥というか、当のキメラに会ったら判るかもね。魔除けの飾りじゃ逃げてくれない怪物を、直接退治と行きましょう!」
母国での『任務』に気合十分なシャロン・エイヴァリー(
ga1843)が、片目を瞑ってみせた。
町の中心近くにある学校で『準備』を終えた八人は、二人一組となって分かれた。
手分けしてキメラが興味を示す要素、例えばワシ鼻の魔女人形などが残っていないかなどを確認する一方、夢守 ルキア(
gb9436)はアグレアーブルと共に学校へ残り、キメラを迎え撃つ準備を整える。
「ハロウィンは元々、ケルト人のお祭り‥‥皮肉なものだ。歴史の中では、魔女と弾圧された人々もいるというのに」
どこか皮肉めかしてルキアが呟き、何の感慨もなく町並みを見やった。
だがアグレアーブルは特に興味も示さず、すぃと奥へ歩き出す。
「どこへ?」
「‥‥周辺、見てきます‥‥。子供ほどの身長‥‥こちらが追えぬ場所から、逃げられると‥‥厄介、ですから‥‥」
ルキアが問えば、彼女は振り返る様子もなく、ぽつりぽつりと返事を残し。
人気のない学校のグラウンドで、文字通りの『穴』がないかを確かめに向かう。
コトの由縁が何であろうと、ジャック・オー・ランタンの灯火は彼女にとって、胸の内に揺れる暖かな記憶だった。
小さい頃に、お菓子を貰えた記憶‥‥たった、それだけの事ではあるが。
「ここは‥‥ロスのスラムでは、ないけれど‥‥」
ハロウィンを楽しみにする気持ちは、きっと同じ。
仮装してお菓子を心待ちにする子供も、玄関にジャック・オー・ランタンを飾る大人も、そして彼女も‥‥。
●魔女人形集め
一足ごとに、ふさふさとした尻尾が右へ左へと揺れる。
その様子がなんだか妙に微笑ましくて、くすと小夜子が笑った。
「ん、何?」
「いえ。似合ってますね、仮装」
傍らの拓那の頭には、触り心地のよさそうな狼の耳がピンと立っている。
翌日に控えたハロウィンへのお祭りムードへ水を差さないよう、二人は目立つ武装をそれと判らないよう隠し、仮装をして家々を回っていた。
「そうかな。ありがと」
両手に魔女の人形を抱えた拓那は、嬉しそうに礼を告げる。
その笑顔を見るだけで、小夜子はほんのり頬を朱に染め。
「あっ。外に出ては、ダメですよ」
ちょうど通りの先で遊ぶ数人の男の子達に気付き、照れを隠すように彼女は急いで駆け寄った。
「何でだよー」
「せっかく、学校休みなのにぃ」
「すみません。でも明日のハロウィンを楽しみにして、今は家に入っていて下さいね」
腰を落とした小夜子は、不満そうに口を尖らせる子供達へ言い含める。
「慌てなくても、明日には思いっきり遊べるよ。それに、知ってるか? 楽しい事はちょっと我慢した後の方が、もっと楽しくなるんだ」
小夜子の後ろに立った拓那が、にっと歯を見せた。
文句がありそうながらも子供達は顔を見合わせ、渋々と家へ向かって駆けて行く。
「助かりました」
ゆっくりと立ち上がる小夜子へ、両手が塞がった拓那は代わりに少し首を傾けた。
「子供心に、とりあえず口答えしてみたくなる年頃ってのも、あるからなぁ」
「拓那さんも、あったんですか?」
「う〜ん‥‥内緒かな?」
意味深に笑って誤魔化しながら、彼は再び小夜子と肩を並べて歩き出す。
「安全の為、人形等は撤収してもらいたい。事態収拾後、再び飾ってくれ」
「そうは言っても、子供夫婦が孫と飾って帰ったものでねぇ‥‥」
人形飾りが出しっぱなしの家へORTと伽織が訪れれば、応対に出たのはステッキをついた老いた女性だった。
やや腰の曲がった小柄な老婦人を前に、男達はおもむろに顔を見合せ。
「‥‥仕方ないな」
「うん、仕方ないね」
手の届かない主に代わって、飾りを外す作業を手伝う。
「協力、感謝する」
「こちらこそ、すまないよ。あと、コレだね」
ORTが軽く会釈すれば、老婦人は外された飾りのうち魔女の人形を抱え、紙の袋に詰めた。
「必要だっていうなら、遠慮なく持って行っておくれ。手伝ってもらって助かったよ」
「ありがとうございます。明日には、お孫さんにも楽しんでもらえるような、楽しいハロウィンのイベントを企画していますので」
お孫さんとぜひと、伽織が付け加えれば、老婦人は笑顔を返す。
「そうさせてもらうよ。ハロウィンは、孫や子供達も楽しみにしているんだ‥‥どうか、頑張っておくれ」
大きく無骨な手と比較的華奢な手を、それぞれ皺だらけの両手で包むように老婦人が握り、託すように何度も何度も上下に振り。
二人の男達はやや困った表情で、再び顔を見合わせた。
「皆には、秘密だけどね。実はお姉さん達は、明日のイベントの為に来たのよ。でも出し物を先に見ちゃうとつまらないでしょ」
内緒話をするように声を潜めたシャロンは、真剣な表情の子供達にウインクしてみせた。
「明日、学校の前でハロウィンパーティーをやるからね。楽しみにしていて」
「うんっ」
「それまで、秘密だね!」
シャロンと顔を寄せた幼い子供達は『秘密』という単語に、宝物でも見つけたように目を輝かせ、くすくすと無邪気に笑う。
「表へ出ると子供達が危険だから、注意してね」
その一方で、イリスは困った表情で子供達を見守る母親へ、指を振りつつ言い含めていた。
「明日には、本当に大丈夫なんですよね?」
「任せて。夜が明けたら、全部片付いちゃってるから!」
生育途上の胸を張って、とんと一つ叩くイリス。
年端のいかない少女の『お墨付き』に、まだ不安は拭いきれない様子だったが。
「気をつけてね。女の子なんだから‥‥お腹も空くでしょうし、クッキーでよければ持って行って」
「ありがとう」
心配そうな母親のせめてもの気遣いを、イリスは遠慮なく受け取った。
「じゃあね、お姉ちゃん達!」
「また、明日ね!」
窓から手を振る子供達に、大きく手を振り返す。
なんだかんだと気遣われたり、世話を焼かれたりしながら、次の家へと向かった。
見回りでキメラと出くわす事もなく、日が暮れる前に町を回った六人は次々と広い校庭へ戻ってくる。
魔女人形を受け取ると、アグレアーブルとルキアは用意した明かりの傍へ順次配置した。
「これだけ数が揃うと、凄いですね」
「これで、大丈夫かな?」
感心して見回す小夜子の様子にルキアが聞けば、イリスが親指を立てて見せる。
「うん。遠目でも、バッチリだったよ!」
「‥‥逃げ道の方は‥‥確認して、潰しておきました‥‥」
「助かるよ。じゃあ、これもよろしく」
抱えた紙袋を渡す伽織に、こくりとアグレアーブルが首を縦に振った。
辺りが暗くなる頃には、全ての作業が終わり。
それぞれ準備を整えて、能力者達はキメラが現れるのを待つ。
●ワシ鼻キメラと魔女人形
夜の闇の中、通りを飛び跳ね、街路樹や屋根を足場に塀を飛び越えて、校庭に影が一つ現れた。
「きたな」
小声のルキアに、近くで身を潜めている伽織が頷く。
一匹がきょろきょろとグラウンドを見回していると、続いて二匹目と三匹目も姿を見せた。
「‥‥見事に、ワシ鼻‥‥です‥‥」
「あえて言えば、ゴブリンかしら。逃がさないわよっ」
遠いシルエットにアグレアーブルが目を凝らし、ふつふつと挑むようにシャロンが口元で笑みを作る。
「見敵、必殺‥‥いや」
攻撃態勢に移りかけたORTは、赤い視界のキメラに眉をひそめた。
「何を、しているのだ?」
三匹のキメラは、置かれた魔女人形の一つへ近付くと、それを囲んで小突いたり、腕を引っ張ったりしている。だが何かが気に入らなかったのか、急に人形を掴んで乱暴に振り回し、互いに手足を掴んで引っ張り、ズタズタに引き裂いて破壊した。
一体を壊すと、付近の人形を同じように破壊し。
また別の山に置いた魔女人形を囲んで、同じような事を繰り返す。
「よく判んないけど、お菓子の日を邪魔する不届きキメラは成敗しないとね!」
イリスに続いて小夜子、ルキアのワシ鼻魔女に仮装した三人が用心深くキメラへと近付き。
援護が出来るだけの距離を置いて、ルキアが足を止めた。
近付く者に気付いたキメラは、何故か逃げる事も襲う事もせず、キィキィと声をあげる。
何かを語りかけるような様子に、イリスと小夜子は困惑気味に視線を交わした。
だがその内、彼女らに応える様子がないと判ると。
「シャッ、シャーッ!」
身を低くして、一匹が威嚇する様に叫ぶ。
「‥‥殲滅する」
その様子に、ORTが小銃「シエルクライン」のトリガーを冷静に引き。
同時に発射される20発の弾丸が、攻撃に移ろうとするキメラを弾き飛ばした。
吹き飛んだ仲間に、残る二匹が騒ぐ。
同時に拓那が前に出て、小夜子やイリスを背で庇った。
「お菓子をあげたら、素直に引き下がる‥‥って感じでは、なさそうだね。仕方ない。悪いけど、力ずくで片付けさせてもらうよ!」
ツーハンドソードを構えた拓那に、小夜子もまた黒いマントの下に隠した蝉時雨を抜き。
「これでは飛べないけど、キメラをやっつける位できるんだからね!」
気合と共に、古めかしいバトルモップをイリスが構えた。
やられた仲間と武器を手にした相手の数に、状況が不利と即座に悟ったか。
二匹のうち一匹が、踵を返した。
「‥‥逃がしません‥‥」
背中に羽ばたかぬ悪魔の翼をつけたアグレアーブルが、瞬天速で逃げる先へと駆ける。
赤毛を翻し、ほぼ一瞬にして目の前に現れた能力者へ、キメラは鋭い牙を剥き。
飛びかかる相手のタイミングに合わせ、踊る様にアグレアーブルは蹴りを放つ。
ギャンッ! と叫んだキメラは、来た方向へ押し返される様に地面を転がり。
「これでバグアのハロウィンは、おしまいよ!」
幕を断ち切るように、シャロンがガラティーンを振り下ろした。
小柄な為か、20発全ての弾丸を受けるに至らなかったキメラは、地面を引っかいてもがき。
それを見下ろす伽織が真デヴァステイターを構え、引き金を引く。
動かなくなった二体のキメラへ生死確認を行う様に、ルキアはエナジーガンを打ち込んだ。
最後の一匹も、既に拓那達に追い詰められ。
「‥‥折角の仮装が、汚れる。我が始末をつけよう」
ORTの申し出に拓那は小夜子やイリスと視線を交わして苦笑し、武器を構えながら一歩身を引く。
代わりに、漆黒の刀をORTが抜いた。
●本当のハロウィン
「Trick or Treat!」
町のあちこちで、お菓子をねだる子供達の声が響く。
校庭は早朝までに痕跡が片付けられ、再び子供達の手に返っていた。
その中で、能力者達は仮装して集まった子供達に囲まれ、お菓子を配る。
魔女の格好をしたルキアが、からっぽの手の平を呪いの様に翻し。
「‥‥はい」
両手を開けば現れた沢山のキャンディに、幼い瞳が輝いた。
またネコミミチューシャをつけ、黒いキャットワンピースを着たイリスは、尻尾を揺らしながら、お菓子をあげたりもらったりしている。
「忙しそうだね。どちらかにすればいいのに」
そんなイリスへ吸血鬼に扮した伽織が苦笑すれば、欲張りな返事が返ってきた。
「だって、どっちも楽しいもん!」
「これ、なに?」
拓那が配った温泉まんじゅうに、物珍しそうな顔で子供達が尋ねる。
「日本のお菓子だよ」
「はい、拓那さんにも」
説明する狼男の拓那へ、ワシ鼻のない魔女姿の小夜子が丸い飴玉を差し出した。
「ありがとう。そっちの方が似合ってるね」
「ふふ、ありがとうございます。あの‥‥」
微妙に赤くなりながら口ごもる様子に、拓那は二度三度と瞬きをして。
それからおもむろに彼女の手を取り、指を絡める。
「あ、あの、拓那さん?」
「昨日は、人形持ってて無理だったから」
笑みを交わす二人に、口笛を吹き鳴らして子供達が冷やかした。
やや離れた位置で賑やかな様子を見ていたアグレアーブルは、ふと感じた視線に振り返った。
魔女の帽子を被った大人しそうな一人の少女が、じーっと彼女を見上げている。
どこかためらう気配に、アグレアーブルはポケットを探り。
「私は隠れキャラ、です。皆にはナイショ」
口唇に人差し指を当てて、彩った爪で小さな飴を摘んでみせた。
「えと、お姉ちゃん、ありがと」
嬉しそうな笑顔を返すと、少女はくるりと背を向け、校舎へ走っていく。
「アグ、Happy Halloween!」
明るい声に視線を戻せば、緑色の服に灰色のマントを羽織り、目元に赤いメイクを施してバンシーに仮装したシャロンがにっこりと笑んで。
差し出すクッキーに、アグレアーブルも小さく笑みを返した。
と、校庭の真ん中から、子供の泣き声が聞こえてくる。
「‥‥む、泣くな」
防護マスク被り死神風の様相に驚いた子供を前に、ORTが困り果て。
「‥‥子供は、難しい」
助けを求める無骨な長躯の男に、仲間達は明るい笑い声をあげた。