●リプレイ本文
●『盾』の拠点
遠くに城砦(シテ)を望む、カルカッソンヌ郊外のブラッスリ。
のどかなたたずまいとは裏腹に、そこは張り詰めた空気に包まれていた。
銃を提げた男達は能力者達を目にすると、顔見知りであってもなくても気さくに挨拶を投げてくる。
扉を開けて店に入れば、どこか閑散としたフロアでリヌ・カナートが煙草をふかしていた。
過去にブラッスリを訪れた事のある者達は、その光景に『違和感』を覚える。
「大分、お久しぶりでありますな」
テーブルを挟んで稲葉 徹二(
ga0163)が声をかければ、初めて八人の存在に気付いたのか。一瞬、驚いた顔をしてから、ジャンク屋は煙草を灰皿へ置いた。
「ああ‥‥徹二じゃないか、生きてたかい。すまないね、面倒な時に面倒なのが出やがって」
「気にしないで下さい。それを何とかするのが、俺達ですから」
紫煙混じりでぼやくリヌは、いつになく頼もしい鏑木 硯(
ga0280)の様子に目を瞬(しばたた)かせた。
「いつもなら‥‥それはあんたの台詞のような、気がするんだけど?」
「ホントに申し訳ないわ‥‥万全で来たかったのに」
小さく苦笑して見やるリヌに、シャロン・エイヴァリー(
ga1843)はしょぼんと肩を落とす。
「怪我で動けないお二人は、無理しないで下さいよ」
10歳ほどに見えるランディ・ランドルフ(
gb2675)が年上の二人へ釘を刺せば、リヌの苦笑は濃くなった。
「本当、こんな時に怪我なんて‥‥でも、負ってしまったモノは仕方ないわよね。重傷者でも、重傷者なりの力を発揮出来るように頑張るわ」
くすと笑んだケイ・リヒャルト(
ga0598)が小さく肩を竦めてみせるが、シャロンと同様に口惜しさが滲んでいる。
シャロンとケイは、先の依頼で負った傷が完全に癒えていないのだ。
「全く‥‥外は寒かったろ。最新の状況を説明するから、聞きながら暖かい物でも飲みな」
「それなら、私が淹れるわよ」
地図を広げたテーブルからリヌが離れるが、先にシャロンがキッチンへ向かった。
●線
「キメラの現在位置は、ここ。住民の避難は、この区域まで進んでいる。連中の目標は判らないが、刺激しないよう『ブクリエ』で監視中だ」
紅茶の香りが漂う中、リヌが示す地図をじっとなつき(
ga5710)は見つめる。
被害が出た場所と現在位置、予測進路が、地図に駒を置く形で示されていた。
「‥‥キメラが、最初に目撃された地域と‥‥目指す地域。これに、共通点などありますか‥‥?」
どこか一線を引くように友人とも距離を置き、ずっと黙っていた顔見知りが口を開いたのを見て、リヌの表情に僅かに安堵の色が浮かぶ。
「現状では判らないね。付近の風景は、あまり変化がない‥‥キメラの移動速度が遅いせいもあるが」
納得した風に一つ頷き、なつきの思考は内に沈む。
‥‥女と狼のキメラが、20体近く。これだけのキメラが、何処からやってきたのか。
真っ先に脳裏に浮かんだのは、コリウール沖から引き揚げた白いカプセル。
トゥールーズで開けられたカプセルからは、スライムのキメラが現れた。
別のカプセルが、南仏のどこかで人知れず存在しているのだろうか。
――だが、ぐるぐると考え込むなつきの思考に気付く者も、推測の線を延ばした先にYES/NOを出す相手もいない。
「人型のキメラ‥‥何が、目的なんだろ‥‥?」
地図を見つめて、黒瀬 レオ(
gb9668)もまた考え込んでいた。
「不明だね。近辺に重要拠点はないし‥‥麦畑なんかは、被害を受けているが。ともあれ、出来る支援は少なくて悪いが、この先はあんた達に頼るしかないのが正直なところだ」
「了解、状況はほぼ把握した。後は、現場で‥‥か」
青い左眼と、赤く「9」と刻まれた義眼を細めた9A(
gb9900)が緊張気味に呟けば、シャロンは一つ頷いた。
「そうなるわね。リヌさん、こっちの『足』は?」
「聞いてるよ。裏に二台、用意してある」
ポケットに手を突っ込んだリヌが、二つの鍵を投げて寄越した。
「ブッ壊れたら、無線でブクリエの連中を呼んで。すぐ、近くの奴らが飛んで行く」
「それだと乗ってきた人は、徒歩で戻りか」
「そうなる。だから、あまり壊さないようにな」
9Aの問いにリヌは冗談めかした返事をし、それから苦笑する。
「すまないね。シュー‥‥コールなら、もう少し手際よく立ち回るんだろうけど」
ブラッスリに来た事のある者が真っ先に感じた『違和感』を、彼女は口にして。
多かれ少なかれ事情を知る者達は、口を閉ざした。
「実は『捜し物』ですが、厄介な所に落としちまいまして。じきに、拾いに行ってきます。クリスマスまでには、報告できるかと」
最も『事情』を知る徹二がそれだけ告げて、ぐぃと帽子を引きおろす。
‥‥これ以上は、話せない。
立場はともかく、相手が当該依頼と無関係な『民間人』である以上、未帰還者の話を安易にする訳にはいかない。
(「ああ、全く嫌な商売だ‥‥生きてろよ、あのアホめ」)
心の内で決意を固めた徹二の様子に、リヌも口に出せぬ事情を察したのだろう。
「了解、待っておくよ。ただ、アレがクリスマス・プレゼントだなんて冗談だけは、止めとくれ」
明るく笑い飛ばしたジャンク屋は、一転して真剣な顔で能力者達を見た。
「あんた達は、ちゃんと帰って来るんだよ」
「勿論です。無茶はしないとは言えないけど、何とかして帰ってきますよ」
硯が力強く応えれば、他の者達も頷く。
「それでは、行きますか」
「ああ‥‥待った。ケイ、それ」
ランディが切り出し、能力者達が外へ向かおうとする中、ふと何かに気付いたリヌがケイを呼び止めた。
「回転式拳銃じゃあ、サプレッサーでも音は消せないよ。逆に弾速が落ちて、威力が減衰する」
「‥‥あら」
回転式拳銃は自動式拳銃と違い、弾倉と銃身の間に隙間がある。その隙間から発射音の原因となるガスが飛散し、結果としてサプレッサーの消音効果は期待できない。
悪戯がバレた子供の様に、ケイは小さくちらと舌を出す。
「ありがと、リヌ。うっかりしていたわ‥‥」
「いいや、誰だってミスはあるさ。調子が悪かったり、他に気を取られている時は特にね」
黒髪を揺らしたケイは、苦笑‥‥というには少しニュアンスの違う表情を、一瞬返した。
が、すぐにそれは消え、髪を翻して踵を返し、最後にブラッスリを出て行く。
あの表情を似た表現で例えるなら‥‥奇妙な印象だが、意地っ張りな泣き笑いが一番近いかもしれないと、リヌは何となく思い。
「‥‥全く」
踏み込めない一線の外側で見送る者は、一人また嘆息した。
●白の群れ
この時期、カルカッソンヌ周辺の日中気温は、氷点下になる事はない。
だが『現場』が近くなると外の気温も落ちるのか、車の窓が白く曇った。
「そろそろ、車を降りた方がいいわね。エンジンを切らずにおけば、凍結する事もないでしょうし」
「誰かに、乗り逃げされない?」
ハンドルを握るシャロンに、ちょっと心配そうなレオが聞く。
「住民の避難は、終わってますしね。もし乗り逃げされてもブクリエの人達を呼ぶか、足のあるランディさんに車を探してもらうか」
考え込む硯が、ちらと先を走るBM−049「バハムート」を見やった。
そんな話を聞きながら、9Aはぞくりと背筋を這い登る感覚に、軽く自分の腕を掴む。
初めての実戦。
それを前にしての、『武者震い』とでも言うべきか
上手くやれるだろうかという緊張と、戦う術のない頃に抱いていた恐怖と‥‥ようやく仇が討てるという、奇妙な興奮に高揚感。
車から降りて、身に着けた忍刀「颯颯」の感触を確かめ。
「奴等は、生かして帰さない‥‥絶対に」
白い息と共に、彼女は決意を口にした。
「くぅ‥‥わかってたものの、やっぱ寒い‥‥っ!」
身体に腕を回したレオが、ばたばたと足踏みする。
軍用歩兵外套のお陰で少しはマシだが、寒さは剥き出しの手や顔に刺さった。
「おお、寒っ。随分と風情のあるキメラですが、ちと冷た過ぎますな」
合わせた手を徹二は息を吐いて暖め、傷だらけで使い込まれた双眼鏡を握る。
レンズを覗き込めば、警戒もせず無防備に歩く白い女の姿が見えた。
そこから少し下へ向ければ、周囲に白い狼が群れている。
今のところ、向こうはまだ彼らの存在に気付いていないようだ。
「環境を寒冷地並にするキメラか。ここが日本なら、見目麗しき雪女というべきか? たぶん、女キメラが群れを統括する指揮官タイプだな」
覚醒し、変形したバハムートをまとったランディは、肉眼でも見える遠い群れに目を細めた。
腰を落とし、双眼鏡で動きを窺っていたケイも、顔を上げて周囲を見回す。
「キメラの進行方向にもよるけど、何とか風下に位置取りたいわね。わざわざ風上から近づいて、親切にも敵へ位置を知らせる必要はないもの」
振り返れば、後ろにいたシャロンが頷いた。
●凍てついた戦場
何かの気配を感じ取ったのか、群れの一部が耳を動かし、首を廻らせた。
一方、白い女は歩みを止める様子もなく、白い狼達は群れの中心を後ろに置き、周囲へ低く唸りながら移動する。
そこへ、唸りを上げて鋼鉄の鎧が突っ込んだ。
車輪が地面を覆う霜や氷を散らし、進路上の狼達は跳躍して避け。
それ以外の狼達は、牙を剥いて飛びかかった。
装甲へ喰らいつく鋭い爪と牙をかわし、弾き飛ばし。
「ドラグーンは、重装甲突撃戦を想定した兵科だ。生半可な攻撃なんぞ効かんなあ。ベルセルクの名に恥じぬよう、殲滅、撃滅してやろう!」
宣言と共に、ランディは握った機械剣αから現れた超濃縮レーザーブレードを振るう。
「本命の人型キメラは、狼が片付いてから。美人さんは最後に、とね」
群れの歩調が乱れたところへ、蛍火を片手に徹二が真デヴァステイターを撃ち込み。
「ええ!」
二刀小太刀「疾風迅雷」を手にした硯が、進行方向からキメラ達とぶつかった。
「来たな、バグア‥‥ようやく、叩ッ斬れる時が来たなァッ!」
歓喜の叫びを、9Aが上げる。
昂ぶりを顕わすように、ベリーショートの髪が焔の如くオレンジがかった赤から、紅蓮の真紅へと変化した。
喰らおうとする牙を、引き抜いた背の忍刀「颯颯」で受け止め。
左脇に吊したホルダーからアーミーナイフを抜き放ち、その口へ拳を突っ込むように深々と突き立て、そのまま切り裂く。
その9Aへ背後から飛びかかったキメラを、『粉砕音』が弾き飛ばした。
「鉛の飴玉のお味は、如何?」
射程ギリギリの位置で片膝をついたケイが、両手でしっかりと45口径回転式拳銃アラスカ454を支えている。
反動で飛び上がった銃口を再び標的へ向け、サイトを重ねた。
射出される暴力的な一撃は、当たればその辺の直接攻撃武器にも劣らない。
故に、真紅の瞳のスナイパーが狙うは、必中。
その傍ら、青い電光をまとって小銃「S−01」を構えたシャロンは、仲間の勝機を引き出す事に徹していた。
アラスカと比べれば幾分か軽い発砲音が、走るキメラの気勢を削ぎ。
「レオ、ナイン、今!」
呼びかけと同時に、銀の髪を翻し、レオが一歩を踏み込む。
「燃えろ、炎舞‥‥ッ!」
黒刀「炎舞」、その炎をまとった刀身が見えざる障壁を突き破り、白い毛を鮮血で染める。
それでも止まらぬ相手には、ほぼ零距離で「S−01」の弾丸を叩き込んだ。
そこへ刀の間合いから外れた数匹が、咆哮するように口を開き。
レオの視界の隅で、鋭い氷柱が射出される。
避けられない。
身体を貫かれる苦痛を、頭の片隅で覚悟した。
その時、青いリボンがふわりと舞い。
瞬天速で間に割り込んだ硯が、氷槍を粉砕する。
「硯君!」
本当なら礼を言うべきだが、レオより先に9Aが叫んだ。
彼女の視線の先には、離れた狙撃者へ駆ける、複数の白い影。
瞬天速と迅雷なら間に合うが、それでは群れに徹二とレオを残す事になる。
「ふふ、狼さんが来たわよ‥‥シャロン」
「もう‥‥思い知らされるわね。普段、どれだけエミタに頼ってるか」
この状況すらも楽しげにケイは笑み、苦笑するシャロンはガラティーンを握り。
だが駆ける勢いを、複数の銃声が遮った。
自身の存在を隠蔽する様な白い靄に包まれ、なつきが両手に二挺の「S−01」を構えている。
位置は前衛と狙撃手達の、ちょうど中間。
命中率は落ちるが、一挺づつのトリガーを淡々と引いた。
その表情には、焦燥も怒りも愉悦も冷淡さもない。
まるで、事務作業で判をつくかの如く。
牙の矛先が自分に向き、氷柱が皮膚を裂いても、なお。
「ほぅら、いい切れ味だろう? なぁ!」
そんな彼女と正反対に、ランディは嬉々として屍を増やしていく。
倒れぬよう覚醒を解いたケイは、そんな友人の姿に哀しくなった。
‥‥何故か無性に、哀しかった。
●繋いだ手、繋げぬ手
殲滅すべきは、まず数の多い狼型キメラ。
それを排除してから、人型キメラへ仕掛ける策となっていた。
指揮官とランディがみたキメラだが、何かを指示する素振りすらなく、狼との戦いの中でも緩やかな歩みを止めず。
「随分と無能な指揮官だが、逃がす事は出来んのでな。綺麗な姿だが死んでくれ」
「待って、一つだけ!」
機械剣αを振るおうとするランディを、慌ててレオが止めた。
「あなたはどうして、北上してるんですか‥‥?」
キメラが会話できるという話は、聞いた事がない。
それでも、人の形をした相手へ問わずにいられなかった。
だが、返事は無言。
そもそも、返事をする事が出来るかすら判らないが。
ただ、歩みは止まらない。
殺気もなく表情もないが、近付く事を躊躇わせる程の、空っぽの妄執。
「‥‥仕事を、終わらせよう。このままでは、こっちも氷付けだ」
外套の表面に張り付く霜を払って、徹二が切り出す。
そして、透き通った微かな歌声は、鮮血に途切れた。
すっきりしない終わりを終わらせて、車へ戻る途上。
かくんと、急に9Aの膝が抜けた。
上手く力が入らず、彼女はその場へ座り込む。
「は‥‥はは」
「9A?」
心配顔の仲間が振り返るが、何故か笑いが止まらない。
何が可笑しいのか彼女にも判らないのに、涙が出るほど笑い続ける。
「勝った‥‥でも‥怖かった。くそ、くそったれ‥‥怖かったよ‥‥でも、やれた。はは‥‥」
うな垂れて笑い続ける9Aの肩へ、そっと手が置かれた。
目の前に湯気の立つ紙コップが差し出され、ふわりと紅茶の香りに包まれた。
「お疲れ様、ナイン。熱い紅茶、用意してきたわ」
顔を上げれば、しゃがんだシャロンがにっこりと笑む。
受け取った紅茶は、温かく。
冷えてかじかんだ神経を和らげる程に、暖かく。
差し伸べるシャロンの手を取り、再び9Aは立ち上がった。
ふとケイが振り返れば、そんなやり取りすら関心がないという風に、少し離れた場所でなつきが手にした紙コップをじっと見つめている。
暖かな淡い琥珀色の液体は、その表面に小さな波紋を浮かべていた。