タイトル:Symptoms Brainwashedマスター:風華弓弦

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/02/09 23:24

●オープニング本文


●感情制御

 ぱちん。

『口論』の最中、何かがはじける様な、そんな感覚がした。
 言いかけていた言葉が途切れ、急に胸の底から嫌悪感が噴出する。
 ブリーフィングルームにいる連中を含め、何もかもひと息にブチ壊したくなる衝動に駆られた‥‥ほんの一瞬だけ、だが。
 ――違う、それは俺の本意じゃあない。
 嫌悪感を伴う衝動を押し込め、平静を装う。
 向けられる戸惑いや疑問や憤りや‥‥様々な視線が、急にチリチリと焼く様な感覚を伴って感じられた。
 やがて『任務』の最終確認をした者達は、気まずい空気が漂うブリーフィングルームを出ていく。
 人が減れば嫌悪感も薄くなり、逆にそれが奇妙に思えた。
 一人だけよく知る少年が残ったが、今はそれがありがたい。誰かと話していれば、少しは気が紛れる。
 何気なく左手を見れば、エミタは活性化しておらず。
 ――ああ、そういう事なのか?
 確証を得るまでは何とも言えないが、だとしたら調べればそうか否かが判る。
 それから、リヌだ。あの時の感覚には覚えがある。あれは、確かUPCの‥‥。

 ぱちん。

 辿る記憶を遮る様に、二度目の感覚。
 直後、視界が極端に収縮し、急速に意識と感覚が削り取られていく。
 あがく事すら出来ず、瞬く間に何もかもが遠く――。

●事情聴取
「失神の原因は、制御AIへの過負荷。つまりエミタへ負担をかけ過ぎだ。何をした?」
 淡々と尋ねるレナルド・ヴェンデルに、ベッドに座ったコール・ウォーロックが大きな溜め息をついた。
「あまり愉快な話じゃあないんだが、いきなり営倉に放り込むとか言うなよ? 調べないと判らないが、どうやらコルシカにいる間に洗脳放送の影響を受けて、それが『残留』しているらしい。可能な限り、注意はしていたんだが‥‥」
「つまり異常活性化も実は異常ではなく、正当な『自衛反応』だった訳か。『悪感情』が、裏目に出たな」
「相変わらずの、糞ったれた技術だよ」
 吐き捨てるようにコールはぼやき、忌々しそうに握り込んだ左手を見下ろす。じっとその様子を観察するレナルドが、ICレコーダーを手にしばし考え込んだ。
「エミタの再調整は、お前がのん気に寝ている間に終わった。過度な『衝突』が頻発しなければ問題ないだろうが、洗脳の影響が残っているなら、しばらくは謹慎。数名の監視を付ける事になるな」
「病院で、か?」
 嫌そうに聞き返す友人へ、レナルドは肩を竦める。
「こっちの目が届く場所なら、どこでもいいぞ。まぁ、お前としては妥当にカルカッソンヌだろうが。あと、しばらく『ラスト・ホープ』へは立入禁止だ」
「だろうな‥‥リヌの行方について、情報は?」
「ない。未だ、イギリスに潜伏していると思うか?」
 逆に質問されたコールは、指を組んで考え込む。
 薄く左手の甲へフルール・ド・リスが浮かんだが、ちらと見るだけで放置し。
「おそらく、イギリスは離れている。あそこは、あいつのホームグランドじゃあないからな。列車を使って、フランス国内へ戻り‥‥カルカッソンヌへ現れてないなら、行き先の見当は難しいな。手配は出ているのか?」
「一応は、な。ただ、大々的な公表は避けている」
「そうか、よかった」
 レナルドの返事に大きくコールは安堵の息を吐き、同時に左手の紋章も消えた。
「あの時、俺を撃ったのは‥‥本意じゃあない。子供達を撃った事も、俺の判断ミスによる事故だ。頼むから、出来る限り酷い事はしないでやってくれ」
「何か、心当たりがあるか」
「掩蔽壕の一件を、覚えているよな。あくまでも思い返しての事だが、カプセルを開けた連中の印象と酷く似ていた気がする」
「確かに、あれも‥‥不明瞭な『事故』だったな」
 思案による沈黙の後、やがてレナルドは指抜きの革手袋をベッドへ投げて寄越す。
「ともあれ、容態を確認して問題なければ、カルカッソンヌへ戻れ。数日間、能力者の監視を付け、経過観察を行う」
「そうだな。自分でも境界線がいまいち判らない以上、その方が安心だ」
 重い口調で応えながら、コールは革手袋を手に取り。
「あと、判っているだろうが注意しろ。覚醒しっぱなしも、倒れるからな」
 釘を刺すレナルドへ、了解したという風にひらと片手を振った。

●参加者一覧

鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
シャロン・エイヴァリー(ga1843
23歳・♀・AA
ハンナ・ルーベンス(ga5138
23歳・♀・ER
空閑 ハバキ(ga5172
25歳・♂・HA
なつき(ga5710
25歳・♀・EL
アンドレアス・ラーセン(ga6523
28歳・♂・ER

●リプレイ本文

●葛藤
「リヌが、シューを撃ったの?」
 未だ信じられないと、緑の瞳を丸くした空閑 ハバキ(ga5172)がストレートに訊いた。
 むっすりと黙ったアンドレアス・ラーセン(ga6523)が紫煙を吐き、何かを問いたげな表情の鏑木 硯(ga0280)は、じっと答えを待つ。
 ハンナ・ルーベンス(ga5138)は話を静観し、誰の視線にも入らぬように、ひとり離れてなつき(ga5710)が座っていた。
 仏軍基地でコールと合流した後、カルカッソンヌへ向かう高速移動艇の機内。
 僅かに機体を揺らす振動のみが聞こえる中で、シュー‥‥コール・ウォーロックは深く息を吐き、おもむろに「本当だ」と口を開く。
「隠しても、しょうがないからな。俺を撃ったのも、イヴンやニコラを撃ったのも、確かにリヌだ。ただ、本当に子供達を巻き込む気はなかった筈なんだ‥‥だからどうか、リヌを責めないでくれ」
「そんなの言われるまでもなく、了解済みよ。コールさん」
 重い口調でコールが頼めば、シャロン・エイヴァリー(ga1843)が即答した。
 いつもの明るい笑顔で‥‥という訳には流石にいかないが、それでも控え目な笑みを浮かべて。
「リヌさんとコールさんの間に、浅からぬ縁があったとして‥‥例え本意があっても、リヌさんが子供らの前で引き金を引くような事は、決してないわよ」
 確信に満ちたシャロンの言葉に、こくこくと硯が首を縦に振る。
「とにかく、まずリヌさんとエリコを探します。連れて帰る事が出来れば、いいんですが」
「ああ‥‥せめて無事だと確認できれば、それだけでも十分だ。実際のところ、俺よりお前達の方がリヌの事を知っているだろうからな」
 苦笑混じりでコールが応え、シャロンは考え込んだ。
「もし洗脳の『残留』が風邪に例えられるなら、二次感染って、あるわよね?」
「だが聴覚刺激による洗脳を、風邪と例えるのはどうだろう。バスティア住人の収容施設では異常を聞かないし、そうなればコルシカで復興に当たる者も危険だ。随所で俺が接触した者達‥‥例えば子供達も危うい。カルカッソンヌへ戻る事ができるのは、その危険がないと判断された結果だと思うが」
「そっか‥‥でもコールさん、念のためだけど、身近な人には用心してね」
 シャロンは念を押し、アナウンスが着陸準備を告げた。

 カルカッソンヌは、何も変わっていなかった。
 ブラッスリ『アルシェ』では、集った『ブクリエ』のメンバーが毎日の巡回報告と情報の交換、監視ルートの検討などをする。
 元警察官や、軍の除隊者など様々なキャリアを持つメンバーも、『要』の不在に不安があったのだろう。
 前触れもなく現れた能力者達に驚き、その中にリーダーの顔を見つけると一様に安堵した。
「戻るのを、忘れたかと思ったぞ」
「どうやら、軍の珈琲が旨かったようだな」
「やぼ用だよ。すまないが、急ぎで車を一台用意してくれるか? ピレネーを越える連中がいるんでな」
 冗談をあしらいながらコールが頼めば、即座に数名が準備に向かう。
「準備が出来るまで、暖まって行くといい」
「あ、えーと‥‥俺も、手伝う!」
 コートを脱ぎながら、奥の厨房へ消えたコールをハバキが追いかけた。
 それぞれがリラックスする中、所在なげななつきは一番大きなテーブルに広げられた地図を目にとめ、じっと見つめる。
 カルカッソンヌから視線を東へ動かして海沿いを辿り、ぐるりと南のスペイン側へ回り込み。
 ふと隣に感じた気配と煙草の香りに、彼女は肩を強張らせた。
「どうせ、ハバキは訊かないだろうからさ。せめて、何処で何をしてたのかくらいは‥‥教えてくれねぇか?」
「話せ‥‥と、言うなら‥‥」
 ただ、そう答えれば、盛大な溜め息が落ちる。
「話す気がないなら、いい。なんで逃げたのか‥‥は、訊いても無駄だろうな」
 沈黙。
 迷いや躊躇があるのか、もしくは拒絶なのか。
 それすら判別が付かない沈黙に、再びアンドレアスは嘆息した。
「‥‥アスさんは‥‥」
 傍らにいなければ聞こえないような細い声に、一瞬だけ期待を込めて青い瞳が動く。
「望むように、動けば良いと‥‥言うけれど‥‥私は何も、望んではいない‥‥し」
 ――自分の意志なんて‥‥しらない。解らない。
 続く言葉は、飲み込んだ。
 口をつぐんだなつきに、もどかしくアンドレアスが歯噛みをし。
 だが厨房より人が戻る気配を察したか、ふぃと彼女の傍らを離れる。
(「‥‥参加メンバーを、しっかり確認しておくべきだった」)
 それでも、悔いる一方でほっとする自分がいるのも確かで。
 少し痩せた印象と笑顔が少なく思えるのは‥‥こういう状況のせいなのかも、分からない。
 やがて、車の準備が出来たと知らせがきて。
 視線を合わせず、軽く会釈のみをして、なつきはシャロンや硯と共にカルカッソンヌを後にする。
 ――ただ彼が何も言わずに置いてくれた紅茶は、温かく懐かしい味がした。

●カスレのコツ
「コールさん、以前に私がお世話になった女性アクロバットチームを、覚えていますか?」
「『アルカンシエル』だよな」
 チーム名を聞くコールに、こくりと頷いたハンナが問いを重ねた。
「あのチームの常設化など、どうでしょう?」
「『ラスト・ホープ』に曲技飛行隊は‥‥あっても傭兵の小隊規模か。場所の問題と、それどころじゃあねぇってのもあるんだろうが」
「例えば仏軍では、無理ですか?」
「『パトルイユ・ド・フランス』と別に、か。レナルドに話せば、興味を示すかねぇ」
 湯気を吹く鍋を見ながらの会話を、カウンター越しにハバキとアンドレアスが聞く。
 二人の間にある灰皿には、それなりの吸殻が貯まっていた。
「しっかりしなきゃ‥‥だよな」
 コールと共に厨房に立つハンナの姿を見ながら、低く唸ったハバキがうな垂れる。
 12月に、友人が一人、逝った。
 そこから、ぼんやりと流れていた世界が、ようやく醒めて。
 同じように、衝撃を受けたであろうハンナの様子に改めて自分の脆さを実感し、しっかりしなければいけないと思い知らされる。
 少し頭を振り、ハバキは口を開いた。
「洗脳って、前に行ったコルシカ関連だよね」
「そうだろうな。洗脳音波が、能力者にも効くのは意外だったが‥‥俺達に影響がないのは、滞在が短時間に留まってたせいか」
 答えながら、アンドレアスも煙を天井へ吹く。
「どっちかつーと、リヌが関わってたカプセルキメラ事件? あっちの方が気になるな。潜伏期間の長さが、謎だが‥‥細菌兵器とか?」
「スライムには俺も『接触』したけど、特には‥‥」
 異常活性化の片鱗もなさげな友人に、頭を振ってアンドレアスが腕組みをし。
「にしても‥‥ガキ共が、巻き込まれるのが気に食わねぇ」
 ただ、気に食わねぇ。と、もう一度繰り返した。
「正しいかどうか、とか。そういうのは卒業したんだよ」
 友人の憤りにハバキは目を伏せ、それから顔を上げて肉を焼いた後のフライパンへ白ワインを足すコールを見やる。
「シューはリヌの行動に、あんまり驚いて‥‥ない?」
「まぁな。だが子供達を撃ったのだけは、俺にも分からない」
「じゃあ自分が撃たれるのは、承知してるんだ」
 鍋の蓋を取れば、湯気に混じって白インゲンの香りが広がった。
「‥‥話、聞かせてくれないかな?」
「好奇心か?」
 深い土鍋へ茹でた白インゲンと焼き色をつけた豚肉や羊肉、山うずら、トマトを順番に加え。
「リヌの友人として、かな。本人が居ない場所で、アレコレ聞くのは趣味じゃないけれど」
 一杯になるまで繰り返すとフライパンのソースを足し、足らない分は豆の煮汁で補う。
「友人か‥‥そう言ってくれる事に俺が感謝しても、嬉しくもナンともないだろうが」
 オーブンの温度を確かめ、蓋をせずに土鍋を中へ突っ込み、コールは時計を見た。
「軍での能力者徴用が始まった、直後あたりの話だ。あいつの恋人を俺が死なせてな。このご時世、どこにでも転がってる『不幸な事故』さ‥‥当事者と身内以外にとっては、な。あいつにはいつ『復讐』しても構わねぇと言ってあるし、向こうも承知している」
 目を伏せたハンナが無言で小さく十字を切って、指を組み。
 そして鍋やフライパンを洗うタワシを持つ左手の、薄い光が消える。
「にしても‥‥残念だな」
「残念、ですか?」
 不思議そうにハンナが尋ねれば、コールが頷いた。
「カスレは焼き上がったすぐより、時間を置いた方が旨くなる。数日か、一週間ほどな」
「そんなに?」
 ハバキも目を瞬かせ、手早くシンクを片付けた店の主は前掛けで手を拭う。
「料理の味も人の感情も‥‥落ち着くのに、相応の時間が必要な場合もある。逆に時間をかけ過ぎると、駄目にもなるが。さて、次に鍋を見るまでの間、部屋を掃除してくるが?」
「別にべったりくっつく気はねぇよ。お前が逃げたりしねぇのは、分ってる」
 憮然としながら、アンドレアスは新しい煙草に火を点けた。
 二階へ向かう背を見送ると、ハバキは不機嫌そうな友人の様子を窺う。
「‥‥アス?」
「いや。前の件でティランの立場を悪くしたかもとか、コールのエミタ過負荷の原因を作ったんじゃあないかとか、考えると色々‥‥な。だが知っていても同じ状況なら、同じ選択をする事も、確かでさ。だから後悔はしてねぇよ、反省してるだけだ」
「あるよね、そゆ事。時間が戻っても‥‥やっぱり、俺も選んじゃうのかなぁ」
 哀しげなハバキの呟きを、アンドレアスは黙って聞き。
 惑う者達の言葉へ、ハンナは静かに指を組んだ。

●意思
 スペイン北部に位置する小さな町。
 約一年半ぶりに足を運んだ町は、閑散としていた。
「町に残った人は皆、逃げたのかな」
「どうかしらね。迎えに来た時も、残った事を考えると‥‥」
 破壊の痕跡が残る家々を硯とシャロンは浮かぬ表情で見回し、慣れた風に歩く二人の後をなつきが続く。
 屋根の一部が落ちた小さな教会までくると、小柄な人影が広場を横切り。
「エリコ?」
 聞き覚えのある声に呼ばれた少年は、ぱっと顔を輝かせて手を振った。
「やっぱり、ここに来ていたんだ」
 怪我もなく、変わりないエリコの様子を見て硯は安堵したものの、今度は違う不安が胸にわく。
「リヌさんは、一緒?」
「疲れて、寝てるよ。あれから移動し詰めで‥‥硯、イヴンやニコラは大丈夫? ミシェルとリックは?」
「大丈夫だよ。リヌさんの様子は?」
「うん‥‥撃った事、ずっと俺に謝ってた。後は難しい顔をして‥‥町がこんなで、ビックリしたけど」
「じゃあ、エルナンド神父も‥‥」
 シャロンが名前を口にすると、エリコは頭を振った。
「いなかった。皆、死んじゃったのかなぁ」
 自然と涙声になる少年の肩にシャロンは手を置き、慰める。
「まだ使える電話、あるかな?」
 顔を上げたエリコは、こくりと頷いた。

 何かがおかしい‥‥そんな違和感が、ずっと拭えなかった。
(「リヌさんが能力者を嫌ってたり、コールさんとの過去に何かあるのかもしれないけど、それでも変な気がする」)
 出来るだけ明るい口調でエリコと他愛もない話をしながら、硯は頭の隅で考える。
 視線を巡らせれば、なつきは少し離れて佇み、集会所の窓からシャロンが顔を出した。
「無事を伝えたら、コールさん安心してたわ。エリコも話す?」
「いいの?」
 喜んでエリコが家へ駆け込み、入れ替わりで出てきたシャロンが二人を手招きした。
「アンドレアスから、コールさんとリヌさんの事を聞いたわ」
 エリコが話をしている間に、要点をまとめてシャロンが説明する。
 浮かぬ顔の硯とは逆に、なつきは特に表情を変えず。
「もしかすると、今まで関わった事件で‥‥リヌさんが接触した事がある謎の人物にも、関係があるのかな?」
 一人で悩んでても何も変わらないと、思い切って硯が一つの疑問を打ち明け。
「そうね‥‥それも含めて、まずリヌさんに会わないと」
「うん。とにかく今は、やれることをやろう」
 気合を入れる硯にシャロンは笑み、少し明るい表情になったエリコが戻ってきた。

 教会は正面の側が崩れているが、裏手の居住部分は無事だった。
 エリコと共に三人が姿を現すと、起きていたリヌは一瞬だけ驚き、苦い笑みを疲れた顔に刻む。
「一体何があったのか‥‥自覚は、ある?」
 既に来訪の目的も察しているであろうリヌへ、単刀直入にシャロンが切り出した。
「例えば‥‥胸の底から嫌悪感が湧き、何もかもブチ壊したくなった、とか?」
 だが、沈んだ表情のジャンク屋は首を横に振る。
「あの時の事は、よく覚えてないんだ。頭が真っ白になったというか‥‥何故引き金を引いたか、解らない。そりゃあ、シューには憤る事も多いけど、撃つ気はなかった。その上、子供達を‥‥」
 言葉が切れ、握る拳が震える。
「イヴンもニコラも、無事よ。でも今のまんまじゃ、二人が目を覚ましても、辛いと思うわ」
「一緒に戻りましょう。謝れば、きっと許してくれますよ。もし仮に、俺がシャロンさんに撃たれたとしても、謝ってくれれば許しちゃいますし」
 説得する硯の言葉に小さく笑ってシャロンは頷き、なつきを振り返った。
「なつきだって、リヌさんが心配でここまで来たのよ。ね?」
 尋ねるシャロンの言葉に、きょとんとなつきは目を丸くする。
 リヌが失踪した理由もコールとの事も、興味はない、つもりだった。
 ただ――失踪する程に、彼女は彼等を簡単に切り捨てられる事ができるのだろうか、と――それが、気になって。
 ‥‥何故、気になったんだろう?
 自分がここに、来た理由。
 この依頼を、選んだ理由。
「ここで逃げちゃうと、一生顔を会わせ辛くなっちゃいますよ」
 とすんと、胸に刺さった硯の一言に、リヌの返事をなつきも待つ。
 ‥‥ある種の、期待を込めて。
「今は‥‥気持ちを整理する時間を、もらってもいいかい? 心配しなくても、消えやしないよ。ケジメは、ちゃんとつける」
 そう言って、リヌは苦笑した。

 シャロンが運転するジーザリオに、硯とエリコが乗り込む。
 残りたいと主張したエリコだがリヌに説得され、共に帰る事となった。
「コールさんに連絡、忘れないでね」
 念を押すシャロンに、ひとり残るリヌは小さく笑って片手を挙げる。
 ――自分の手で壊してしまった、この距離は‥‥どこに、持っていけばいいのだろう。
 遠ざかるバックミラーの姿に、なつきの思考は辿り着く所もなく彷徨っていた。

   ○

「ここまで、かな‥‥」
 受話器を置き、ハバキはうな垂れた。
 ‥‥一緒なら越えられるって。なっちゃんも選んでくれるって思い上がった結果。
 信じて待つと決めてたけれど、俺の存在が彼女の場所を奪うなら‥‥。
 嘆くハバキの頭を、ただくしゃりと友人は撫でる。
「‥‥アス」
「ん?」
「アスが居てくれて、良かった」
「‥‥カスレ、冷めるぞ」

 気持ちは沈んでも、何故か一晩寝かせたカスレは旨かった。
 ――ここにいない誰かに、ご馳走してあげたくなる程に。