●リプレイ本文
●訪問
「こんにちは、コールさん。調子はどう?」
顔を出したシャロン・エイヴァリー(
ga1843)は、繁盛具合でも聞くような気安さでコール・ウォーロックへ尋ねつつ、いそいそとスツールの一つに座った。
その隣へ、落ち着かない表情ながらも鏑木 硯(
ga0280)が腰を下ろす。
「良くもなく悪くもなく、だな」
「難しいところね。で、硯は何にする?」
「えーっと、俺? って、注文?」
不意を突かれた硯は慌ててメニューを確認し、その視界の隅でもふもふとした物体に気付いた。
「‥‥耳?」
「わ。もふもふさん‥‥!!」
凝視する硯の後ろから空閑 ハバキ(
ga5172)が声を上げれば、カウンターの端でクッキーを咥えたティラン・フリーデンがひょこと顔をあげる。
「もひゃ、もひょひくなひょなよ」
「うん、今回は宜しくね」
口いっぱいな相手に笑いながら、ハバキもスツールへ腰掛け。
「こっちこっち。ゆきのんはココで!」
始めて訪れた店の空気に戸惑う朧 幸乃(
ga3078)へ、ぶんぶん手を振った。
「シューと、ティランだよ。シューはこのブラッスリで、反バグア支援の『ブクリエ』もやってるんだ」
「始めまして‥‥シュー?」
ハバキの紹介に愛称かと幸乃が小首を傾げれば、コールは肩を竦める。
「『コール』が英名、『シュー』は仏名だ。好きな方で、どうぞ」
「そう、ですか。でしたら今日は、コールさんと呼びますね」
躊躇いがちに断る幸乃へ、了解したという風に主は頷き。
「ところで、ティランさん‥‥洗脳だけじゃ足りなくて、改造まで受けたの?」
「のぎょ!? と、当方は、洗脳も改造もされていないのであるよ? よよ?」
冗談めかすシャロンに、うろたえながらティランが訴えた。
「ホント? 先日の奇行、記事になってたわよ。はい」
『LHにキメラ怪人現る!?』と見出しのついたゴシップ紙をシャロンが置けば、がぼげぼとティランは珈琲にむせる。
そのたびに、玩具職人が腰から下げたもふもふした狐尻尾風アクセがゆらゆら揺れて。
「尻尾‥‥かわいいな‥‥」
どこかほんわりと、和み気味なイリーナ・アベリツェフ(
gb5842)がぽつと呟いた。
全員が見える位置に落ち着いていた赤崎羽矢子(
gb2140)が、そんな光景に嘆息する。
「不審者というか、ただの変人だよねぇ‥‥アレ」
それからバツが悪そうに、俯き気味でコールへ視線を移した。
「あー‥‥こないだは、悪かったね」
「さぁ、何の事やら」
ぼそりと詫びた羽矢子は、とぼける相手に眉根を寄せる。
「結果はともかく、周りに迷惑かけた事には違いないからさ。コールにだって迷惑かけてるんだし、あたしの『借り』にさせてよ」
「そんな細かい貸し借りなんぞ気にしていたら、あっという間に老けるぞ」
「老け‥‥女性に向かって、ソレはないんじゃない?」
口を尖らせた羽矢子の抗議に笑うコールを見て、水上・未早(
ga0049)は少しほっとした。
「どうか、しましたか?」
「あ、いえ‥‥何でも」
安堵する様子にハンナ・ルーベンス(
ga5138)が声をかければ、急いで未早は頭を振り。
「『ラスト・ホープ』と違って、ここは寒いだろう。まぁ、グリーンランドはもっと寒いが」
とりあえずとコールがハーブティを置き、二人は軽く会釈をする。
「その‥‥ご無沙汰して、すみません。一番大変だった時期に、何の力にもなれなくて‥‥」
「気遣い、ありがとうな。心配をかけたようなら、申し訳ないが」
「いえ、そんな事は‥‥大まかではありますが、経緯は伺っています。私でも何か、お役に立てれば良いんですが‥‥あ、いただきますね」
カップへ未早は手を伸ばし、ハンナもまた香りに目を細めた。
●続く懸念
「ところで、コールさん‥‥以前にお願いしたアクロバット飛行チームの件、提案は通りそうでしょうか‥‥?」
一口、カップを口へ運んだハンナが切り出せば、『客』へひと通り紅茶や珈琲を出したコールは腕組みをした。
「前に言ったトゥールーズ駐留陸軍のヴェンデルて奴に、話はした。だが常設の『部隊』となれば、目的が必要だからな」
先を問うようにハンナが首を傾げ、嘆息してコールは天井を仰ぐ。
「高度な機体性能や操縦技術は、バグアを落として生還する為。戦う為に空を飛ぶ事を嫌い、その先を曲技飛行隊に求めたとして、行き着く先に大差はない‥‥と、俺は思うが。シスターは何のために、空へスモークアートを描きたいんだ?」
投げられた問いに、じっとハンナはカップを見つめ、悩む。
無為に飛んでも、望みは叶えられず。
平和を願っても、その先が戦場である事に変わりはない――。
「そういえば、リヌさんはトゥールーズの基地に‥‥今もいるんですか?」
耳慣れた町の名が出た事で気になったのか、おもむろに硯が聞いた。
「拘留中だ。警察ではなくトゥールーズの基地を選んだって事は、考えがあるんだろう」
自発的な選択ならいいが、と、コールは気がかりをこぼす。
「リヌ、どうしてるかな‥‥シューも、会ってないんだよね?」
「ああ、基地には入れなくてな」
ハバキの問いにコールは渋い顔をし、つられて硯も苦笑した。
「でも、無事でよかったです。イヴン達の容体がよくなったら、知らせたいですね」
「うん。それに、自分の意思にない行動に悩んでる筈で‥‥不安も、きっと」
ぐっと言葉を飲み込んでから、カウンターへハバキが身を乗り出す。
「そういえばコルシカにも、白いカプセルがあったんだよね? 一連の問題と何か繋がりがあっても、不思議じゃないと思うんだ」
「コルシカの、白いカプセル‥‥?」
耳慣れぬ言葉にイリーナが尋ね、静かに幸乃は話を聞いていた。
「コルシカでバグアが管理する施設にあり、地中海にも沈んでいたカプセルだ。沈んでいたヤツはUPC仏軍が引き上げ、トゥールーズの基地まで能力者の護衛付で搬送。その後、基地で扱いを検討している間に、監視の兵がそれを開けるという『事故』があってな」
「それでもしかして、中からキメラが出てきたとか?」
ぴっとイリーナが人差し指を差せば、「当たりだ」とコールはラスクの皿を彼女の前へ置く。
「ふぅん。いろいろと、複雑な感じかも」
人間関係も含めて‥‥だが、そこまではイリーナも口には出さず、さくりとラスクをかじった。
「ん、美味し」
「コールさん、ラスクは裏メニュー?」
「いいや、気分メニューだ」
言外に色々と含みながら、上目遣いなシャロンにコールは笑ってラスクを用意し、それからティランのもふもふした頭を小突く。
「で、この後はどうするんだ。依頼人」
「そうであったのだ。まずは各人がコレと思ったものを、知りたいのであったのだが」
すっかり本題を忘れていたのか、ほんにゃり寛ぎモードなティランが今更ながら改まった。
●午後の日向
澄んだクリスマスソングが、午後のフロアに響いていた。
ドラムのひと回しを終えると、未早は手回しオルゴールから手を離した。
「曲は、季節外れですけど‥‥オルゴールは癒しアイテムとしては定番ですし、音色自体は心安らぐものだと思いますよ」
あとは、と鞄から出したケースを開けば、幾人かには見覚えのあるハーモニカが現れる。
「えぇと‥‥私自身は特に、演奏できる訳でもないんですけど。小学校の頃、学校で習った曲がせいぜいで‥‥エ、エーデルワイスとか」
僅かに赤くなりながら、俯いて未早は金属製のボディを指でなぞった。
「とりあえず、手持ちで音の出るような物を持ち出してきました。あ、そうそう。これ、ティランさんの所のですよね」
そのまま未早がぱたんと蓋を閉じ、ハテとティランが首を傾げる。
「うむ、そうであるが。吹くのではないのか?」
「演奏できる人が吹いた方が、効果あるかと思うんですけど‥‥ダメですか?」
やっぱり恥ずかしいのか、恐る恐る未早が確認すれば。
困る彼女を助けるように、笛の音がゆっくりと滑り出した。
音の源を辿れば、ハバキやアンドレアス・ラーセンと同じテーブルで、幸乃が銀のフルートを吹いている。
耳慣れた旋律なのか、彼女と同郷のハバキはテーブルをタップし、ハミングでメロディを追いかけ始め。
膝にギターを置いたアンドレアスが、音を拾って弦を爪弾く。
明るいメロディの曲を聞き返せば、コードを覚えた『伴奏』は更にアレンジを加え。
うずうずしているハバキに、演奏の手を止めず幸乃が目で合図した。
すると嬉しそうに幸乃のハーモニカを借りて、軽く低音から高音へグリッサンドをし。
彼がフルートのパートを吹き始めれば、今度は幸乃がスキャットで唄う。
曲は知らなくても、聞く者達はリズムを取りながら耳を傾けて。
楽しげな短いセッションが終われば、自然と拍手が起きた。
「今のは?」
「俺がロスにいた頃、流行っていた曲だよ。ああ、なんか久し振りー!」
尋ねる羽矢子へ、満足げな笑顔でハバキが答える。
「俺がアスのロフトに転がり込んだ時に、何にも言わないで聞かせてくれた音。すごーく良かったんだ‥‥そんなんで、結局のトコ。寛げる音ってのは、その人の好みや、それまでの経験に基づくものなんじゃないかな」
「コルシカの人なら、ウォーヂェ?」
真っ先に思い浮かんだ案を羽矢子が口にすれば、ハバキは勢いよく頷く。
「でもシューの好む音がコルシカの人達も好む音と限らないのも、難しいトコだよね。共有し得るウォーヂェで、効果が上がればいいんだけど」
「そうだな。俺も、島民にはウォーヂェがいいと思う。コールには‥‥ケルト民謡か? 種の記憶に結びつくような‥‥」
思案顔で、アンドレアスも呟き。
「確かに子供の頃から聞く機会が多い音なんか、いいんじゃないかな。よく聞いた歌、とか」
「コールさんと子守唄‥‥すみません、ちょっとイメージが」
硯の言葉に未早は複雑な表情を返し、ぽしぽしとコールは髪を掻いた。
「安心しろ。俺も、思いつかん」
「言って、ポンと出てきたら苦労はない、か」
苦笑するシャロンに、ハンナもまた考え込む。
「イギリスでも、特にスコットランドの方はバグパイプの音に親しむと聞きますけどね」
「う〜ん。私は‥‥未早と同じだけど、コレかな」
シャロンもまた手回しオルゴールを取り出せば、見覚えのある硯はドキリとした。
「毎日、超最先端な機械と一緒に生活してるじゃない? だからたまーに、こういう音に安心しちゃうっていうか」
ハンドルを回せば、元気な曲に合わせて三匹のイルカが動く。
「リラックスできる音は、皆、個人差があってバラバラだと思うけど、大事な物を連想する音ってことじゃないかな。波の音や風の音で、自然っていう大きなものを身近に感じたり。子守唄や、学生の時に歌った歌なんかは、自分の過去だったり‥‥このオルゴールは、プレゼントしてくれた誰かさんだったり」
にっこりと笑みを向けるシャロンに、改めて硯は赤くなった。
「俺は、和室に合う音が落ち着けますね。小川のせせらぎ、ししおどしの音、笹の葉の風になびく葉音、小鳥の囀り。文化の違いがあるから、効果は判りませんけど。あとは、水の中に全身沈めての身体全体で音を体感するとか‥‥シャロンさんが言ってた波の音なんか、良さそうです」
落ち着かなさそうに硯がひと息で説明をすれば、イリーナもこくと頷く。
「音を体感するなら、重低音でゆっくりとしたチェロの音も気持ちいいですよ。特にヒーリング系の曲だと深く呼吸している感じがして、落ち着きます。それから、匂いも」
「匂い?」
ティランが聞き返せば、席を立ったイリーナは厨房からオレンジを取ってきた。
「こういう柑橘系の匂い、です。なんとなく、薄れかけた故郷の匂いを思い出すような‥‥」
両手で持ったオレンジへ、目を伏せて彼女は顔を寄せる。
「何の果物で、どこが自分の故郷か私は思い出せないけど、すっとした匂いを嗅ぐと少し懐かしい気持ちになって。ちょっとだけ、安心できるから」
ふと、あの人は元気かな‥‥と、一瞬そんな想いを馳せた。
「何かの、役に立てます?」
「ふむ。匂いというのは、考えてなかったのであるよ」
小首を傾げるイリーナへ感心した風にティランが思案し、幸乃はキャンドルやフレグランスを取り出す。
「それなら、幾つか用意してきました‥‥試してみます?」
「いや、今は香りが残ると不味い。だが、参考にはするよ」
礼を言うコールに、幸乃は首肯した。
「では、聖歌はどうでしょう。私が覚醒した時、エミタの作用で心に聴こえてくる曲ですが、とても落ち着くんです」
控え目にハンナが唄う聖歌は、彼女の内で聖歌隊の合唱の形で聞こえるという。
「馴染みが深くて、人の深い所に根差してるものだね」
ハンナの案に、羽矢子も脈がありそうだと賛同した。
「でもいっそ、催眠療法で音の他にも洗脳を解く方法を探せばいいのに」
「洗脳が悪化する可能性もあるし、島民個々には無理だからな」
厄介なもんだと、改めてコールがぼやき。
「広大な心象世界の中で、望まず植えつけられた針を見つけるが如き難事ですが‥‥幸運を、コールさん‥‥」
「‥‥感謝する」
十字を切り、指を組んで祈るハンナへ、瞑目して礼を告げた。
「ところで、ハバキさんが‥‥」
遠慮がちに未早が指差せば、うつらうつらとハバキがうたた寝をしている。
「最近、あまり眠れない‥‥ようですから」
心配顔の友人達へ、誰もが静かに頷いた。
「まぁ、効果はともかく。とりあえず、私はコールさんが料理する時の音、結構好きよ?」
小声でシャロンが片目を瞑れば、正直にも腹がくぅと鳴る。
「了解した。その前に、リヌから『礼』を渡しておくよ」
小さな箱をシャロンへ渡すと、コールは厨房へ向かった。
その背を見送ってから、硯もまたシャロンへ包みを差し出す。
「あの、シャロンさん。これ‥‥先月のお礼に」
受け取って中を覗けば、イルカやシャチ、クジラなどの他に、いろいろと海の生き物ぽい変な形のクッキーが入っていた。
「これ‥‥?」
「手作り、です。味見も、ちゃんと一応」
照れくさそうな答えに、ぱっとシャロンの表情が輝く。
「ありがとう、硯! もったいなくて食べれなかったら、どうしよう」
「また作りますから、食べて下さい」
喜ぶシャロンに硯は笑顔で応え、二人の様子に羽矢子はそっと溜め息を一つ。
「あたし、何やってるんだろ。そもそも、どうしてこんなのが‥‥」
ちらと見やれば、疑問顔のティランが「むむ?」と目を瞬かせた。
「って、何でもない。まぁ、弄って面白くはあるんだけどさ」
もふってやろうかと思った矢先、急にティランがぽむと手を打つ。
「実は羽矢子君に、渡す物があるのだよ。女性からの贈り物にはちゃんと礼を返すよう、伯爵に言われたのだ」
それからイリーナと幸乃、そして寝ているハバキには後でと、ティランは『もふもふな記念』を渡し。
その背を見ながら、手渡された品物に喜ぶべきか呆れるべきか‥‥力いっぱい、羽矢子は悩んだ。