●リプレイ本文
●ファースト・インパクト
訪れた研究所は、雑然かつ混沌としていた。
二つのラジオからは気象情報と音楽番組が同時に流れ、壁には近郊の地図から図面から読み取れない謎の走り書きに至るまで、さまざまな紙が貼られている。
「研究室って、凄いね‥‥」
呆気に取られつつ、潮彩 ろまん(
ga3425)がぽろりと言葉をこぼした。不可解な空間に踏み込んだアイン・ティグレス(
ga0112)もまた、どこから『依頼者』の趣向を読み取ったものかと思案しつつ、部屋を見回す。
「触っちゃダメだよ」
興味深そうに、机に積まれたガラクタっぽいモノの山に手を伸ばした愛紗・ブランネル(
ga1001)へ、小声でノビル・ラグ(
ga3704)が耳打ちした。
「ま、まだ触ってないよ?」
「まだ、ですか」
抱えたパンダのぬいぐるみの手を代わりに振って主張しながら、愛紗は急いで首を横に振り、小さな仲間の反応に藤川 翔(
ga0937)がくすくす笑った。
「キメラ騒ぎもあって、片付ける程の要員もいないが為に、少々散らかしておるがな」
アルコールランプの炎に蓋をしたティラン・フリーデンは、ペンチの様な『やっとこ』に似た器具でビーカーの縁を掴み、沸騰した湯を器用にポットへ移す。
「これで少々なのか。というか‥‥」
疑問を拭えない表情で、亜鍬 九朗(
ga3324)はティランの所作を見やった。
口にしなくとも、抱く疑問は明らかだ。何故、湯を沸かすのにアルコールランプとビーカーなのか。
そんな疑問を気にする様子もなく、風変わりな青年は手馴れた様子で、人数分のコーヒーと紅茶を淹れる。
「全く‥‥バカ鳥のお陰で、『能力者』諸君の手まで煩わす事になってしまったが。頼みたいのは、実験の邪魔をするバカ鳥をどうにかする事、その唯一つに尽きる。とにかく、あのにっくきバカ鳥を、ぐったんぐったんのけっちょんけっちょんのぎっこょんばったんにしてやらねばならんのだっ」
ずびしっと窓を指差すティランへ、からから笑いながらフェブ・ル・アール(
ga0655)が親指を立ててみせた。
「うーんむ。「ぎっこょんばったん」とは穏やかじゃない。並の人間に発音出来る音じゃない。だが、その発音に至らしめた熱情は‥‥とってもYESだにゃー! 空に懸ける夢、いいじゃない。ここは、一肌脱がせて貰うにゃー」
そんな会話の間に鯨井昼寝(
ga0488)はコーヒーへ砂糖と牛乳を加えて適温にすると、かぱっと一気に飲み干す。
「じゃあ、行くわよ」
勢いよく立ち上がった彼女を、他の『能力者』七人+依頼者一名+パンダぬい一匹が見上げた。
「行くって?」
「トイレなら、そこの扉を出て左の突き当たりに」
「ちっがぁ〜うっ!」
ろまんに続いて説明したティランへ、昼寝がびしっと人差し指を突き付ける‥‥眉間へ突き刺す勢いで。
「まずは、現場確認。どういう場所のどんな状況でキメラが現れるのか確認しないと、作戦も立てられないじゃない」
「‥‥渦状紋、日本人に多い指紋であるな」
「人の指紋の種類を聞いてんじゃないわよっ」
「ちょ、いたいたいーのあーっ」
結局ぐりぐりと眉間を抉る昼寝に、ろまんや九朗は止めるか否かを悩む以前に呆気に取られ、フェブはからから笑う。
「ティランお兄ちゃんって、変な人ー!」
「愛紗さん‥‥指差しちゃ、ダメですよ‥‥」
無情に愛紗が指摘すれば翔が困った風に間に入り、やれやれと首を振るアインは唯一ガラクタに侵食されていないテーブルを眺める。そこには、ラグビーボールを二回りほど大きくしたような『試作機』が鎮座していた。
●空へ賭ける
「話を聞いた限りだと、今回の標的は大きな鳥のキメラだろ? 飛んでる相手に対して優位を取るには、ねぐらを突き止めてそこで叩くが一番だ。そこで、作戦なんだけど‥‥ハリボテでも何でも良いから、『飛行船っぽいモノ』を用意して貰いたいんだ。それと発信機付きペイント弾も、ヨロシク頼むぜ」
「ヨロ‥‥作れとーっ!?」
状況を整理し、改めて『作戦概要』を伝えたノビルに、驚愕してティランが声をあげた。
「う〜んと、キメラを飛行物体で誘き出して、それからペイント弾で発信機をつけて寝ぐらを突き止める‥‥だよね?」
なぜか疑問系で、愛紗がフェブへ尋ねる。
「ん。壊される為に、飛行船に作らせるみたいで悪いんだけどにゃー。キメラのねぐらを突き止めるためにも、研究チームに作ってほしいんだ。ペイント弾の方も、弾はこちらで用意するから、キメラ追跡用の発信機を仕込んで欲しいんだよね」
ぽしぽしと短く切った髪を掻くフェブが、更に詳細を説明した。
「既に何度も試作機を壊されて嫌気がさしているであろう現状に、壊すのを前提で作る‥‥というのも、気分のいい話ではないとは思うが」
頼むと頭を下げるアインに、翔もまた黒髪を揺らして深々と一礼する。
「手が足りないようでしたら、協力しますわ。私自身、ティランさん達のプロジェクトに興味がありますし。良ければ、作業の合間に状況の説明など伺えれば」
好奇心、あるいは研究魂がうずくのか、むしろ彼女は進んで助力を申し出た。
「致し方ないか‥‥確かに相手は飛行生物、一筋縄ではいかぬ故にな」
ティランは盛大な溜め息をつきながら、テストを待つ『試作機』へ目を向ける。
「だがペイント弾では粘性が低く、発信機が衝撃に耐えられぬ可能性もある。弾頭については、別の素材を用いるべきであろうな」
「じゃあ、ボクは町の人とかに目撃情報を聞いてくるね。大きな鳥なら、見てる人も多いと思うし」
椅子から立ち上がったろまんに、九朗と昼寝が続く。
「俺も行こう。出来上がりを待っているだけというのも何だからな」
「じっとしてるの、性に合わないのよね。私」
「気をつけてな」
研究所を出て行く三人の背中へ、アインが短く声をかけた。
囮となる機体と数発の特殊弾の『製作』は、深夜に及び。
天候に問題がない事を確認した上で、作戦は翌日に決行となった。
「でもさ。ティランの熱意はよく判るんだけど、なんつーか‥‥大丈夫なのか〜?」
欠伸をしながら、ノビルはまだ明かりの点る窓を見やった。
「あの様子だと、ティランが一人で研究を続けてる状態なんだろ? この研究、お先真っ暗って気がすんだけど」
「誰よりも先にコッチが諦めて、どうするのよっ」
不満そうに、昼寝がノビルへ口を尖らせる。
「今回の目的は、キメラを倒す事自体が主体ではないわ。幾度にも渡る怪鳥との戦いによって、心を折られた研究者達へ希望を与える事、それこそが最も肝要な点よ。
仮に件のキメラを倒せても、また別のヤツが出るかも知れない。通信計画が上手くいく保証もない。でも、諦めなければ最後に成功はついてくる。何回負けたって最後に勝ちゃいいって事を、他の研究メンバーへ教えてあげるわよ」
「それは‥‥判るけどさ」
バツが悪そうにノビルはがしがしと髪をかき回し、小首を傾げたフェブが基本的な問題を口にした。
「ところで成層圏ナントカって、つまりは空に電波を反射する鏡みたいなのを飛ばす訳かにゃー?」
「正しくは、電波の中継基地ですけどね。電波は距離と共に弱くなってしまいますから、遠くへ飛ばすには一定間隔で中継場所を設けなければなりません。それでも高い山があると遮断されますし、あるいは有線という手段になってしまいます。私達が使う専用回線は特別ですが、一般的な通信手段となると‥‥なかなか」
できるだけ判りやすく翔が説明を試みるが、ピンとこない者はピンとこないらしい。
「成功すれば大規模な同時作戦が可能になるかもしれない‥‥あるいは、一般人の間での情報のやり取りが、活発になるかもしれない。それが判っていれば、いいんじゃないか」
手短に結果をまとめたアインに、ろまんが目を輝かせる。
「電波、入りやすくなったら、すごく助かるよね。今は携帯もちゃんと使えないし‥‥テレビの娯楽番組とか、もっと増えないかな〜」
「ま、難しいところは専門家に任せて、俺達は明日に備えよう。もう寝ちまったのもいるしな」
先に寝入ってしまった愛紗へ毛布をかけた九朗が、仲間達を促した。
●作戦開始
晴れ渡った空の下、キメラ退治の『作戦』は動き出した。
「愛紗、ちっちゃいからキメラが掴みにこないかな?」
一番長身のアインを『避雷針』にするかの如く、愛紗が彼の足の陰に隠れる。
「話によれば、地上近くまでは降下しないようだから、大丈夫だと思うがな」
足元にまとわりつく少女をなだめるアインは、どう扱ったものかと苦笑しつつ、作戦の『第一段階』を見守った。
湖畔の『試験場』では、囮用の機体‥‥すなわち、ヘリウムガスを詰めた小さな飛行船が、『離陸』しようとしている。
それを操作するのは、ティラン一人。
作戦では囮を襲撃するキメラへ、物陰に隠れたノビルが発信機を撃ち込む。無用の警戒心をキメラが抱かないためにも、他の七人は十分な距離を取って様子を窺っていた。
囮の『実験』を始めて、間もなく。
長々とした咆哮が、空を裂いた。
「あっち!」
短く告げたろまんが、空の一角を示す。それは、昨日のうちに周辺の住民達への聞き込みを行い、確認を取った方向。
「バカ正直に、まっすぐねぐらから飛んできているんだろうか」
眉根を寄せて空を見上げる九朗の上を、飛影が横切った。
「それも、すぐに判るって」
その影をフェブが目で追うが、空には明確な比較対照がなく、キメラの大きさを推測する事は難しい。
これまでの経験で、地上からの対抗手段がないと踏んでいるのだろう。猛禽に似たキメラは翼を打ち、上昇する飛行船の周りを悠然と旋回した。
それから大きく羽ばたいて距離を取ると、クチバシを開き。
空に、電撃が迸る。
風船部分が破裂し、操作用の電子機器が火花を上げ、あっという間に飛行船は四散した。
満足げに旋回したキメラは高々と咆哮し、反転する。その飛び去る方角は、飛んできた方向と一致していた。
『発信機、着弾を確認』
一仕事終えたノビルの短い報告に、翔がティランから借りた受信機を操作する。
円形のモニターに浮かび上がった二つの光点が、徐々に遠ざかっていく
「あまり遠くへ飛ばれると、探知できなくなって見失います。急ぎましょう」
「よっし、じゃあノビルを拾って、ハンティングに出かけるか!」
ぱんと拳を手のひらへ打ち付けると昼寝は真っ先に飛び出し、用意した車へ乗り込んだ。
研究所のあるリンダウから見て南東に、山岳地帯が広がっている。
光点を追跡する者達は、それが止まった事を確認すると出来るだけ近い場所で車から降り、そこから徒歩で接近した。
「とにかく、『飛び立たせない』事が重要だな」
軽々と歩を進めながら、フェブが木々の間を透かし見るように目を細める。
「ああ、スピード勝負だ。同じ手が、二度通用する保障はない。確実に動きを封じないとな」
キメラが逃げられぬよう、迅速に移動手段を叩く。その点では、何よりグラップラー達の早さがモノを言う。そして移動手段を封じられれば、キメラは死に物狂いで反撃に出るだろう。それを攻守に長けたファイター二人が叩き、スナイパーの援護で全力で止めを刺す。治癒能力を持つ翔がいる為、多少の怪我なら気にせずに済む事が有難い。
山の夕暮れは早く、太陽は西に傾きつつある。
明かりを点けての移動はキメラに悟られる危険もある為、一行は山道を登る足を急がせた。
発信機の信号を追っていくと、やがて斜面の岩場で羽根を休める巨大な鳥が見えた。岩場を囲む木々は一部がなぎ倒され、木陰に隠れて接近するのは難しい。
キメラの様子を見る為に先行したノビルは、目標を発見した旨と周囲の状況を告げ、監視を続行する。
キメラも生体である以上、おそらくは食事も取るであろうし、睡眠も摂取するだろう。
故に彼はじっと潜んで、キメラの様子を窺う。
何も知らぬ相手が、眠りに落ちるその時まで。
ノビルからの連絡は、周囲がすっかり闇の中へ落ちてから届いた。
「翔、頼む」
声を落としてアインが合図すると翔は無言で頷き、途端に彼女の黒い艶髪がゆらりと腰まで伸びる。同様に次々と仲間達も『覚醒』し、翔の『練成強化』によってアイン達が携える武器に淡い光が宿った。
持てる能力を最大に生かし、『能力者』達は迅速に行動を開始する。
突然、木々の間から放たれた矢の如く接近した四つの影に、まどろんでいた大鳥のキメラは不意を突かれた。
一瞬にして距離を詰めた者達が狙うは、たたまれた巨大な翼の一方。
「せぇい!」
「てやぁーっ!」
気合と共に振るわれるSES搭載武器は、それ自身も生物であるかのように、エアインテークより空気を取り込み。
エミタと連動して増幅されたエネルギーが、キメラを包むフォース・フィールドを切り裂く。
キメラの叫びが静寂の森を揺るがし、羽根が舞い散り。
威嚇するように怪鳥は頭を振り、次の瞬間、直線的に電撃が走る。
だが、それに臆することなく。
グラップラーの四人に続いて、残る四人が無傷の翼へ『第二波』を仕掛けた。
飛行能力を奪っただけでは、まだキメラの完全な無力化へは到らない。
飛べぬ翼を勢いで振り回し、電撃と巨体に加え、鋭いクチバシと爪で怪鳥は執拗に抗う。
それでも攻撃の手を緩めない『能力者』達だが、十分な明かりが得られない中で斜面に足を取られ、弾き飛ばされ。
反撃を受けながら、なおも銃の引き金を引き。
あるいは刃を突き立て、拳を叩き込む。
キメラの叫びは最初の威嚇と怒りから、苦痛へ変わり。
最後には、長々と尾を引く断末魔を残して‥‥やがて、森は静寂を取り戻した。
エアダストから、勢いよく吸入された空気が排出される。
『覚醒』を解除すると、呼応するように武器のパーツが一部スライドし、空気の吸入・排出孔を閉じた。
「皆さん、大丈夫でおじゃるか?」
動かなくなったキメラに安堵の息を吐いた者達へ、翔が声をかける。
「大丈夫、だよぉ。でも山を降りるのは、ちょっと休んでからにしたいかも‥‥」
倒れた木の上にぺたんと座り込んだろまんが、苦笑しながら答えた。
「このまま、ここで夜明けを待った方が安全か」
手にした明かり以外に頼りになるものがない状況に九朗が提案すれば、逆立つ髪を手で撫でて抑えるフェブが肩を竦める。
「キメラの死体と、一晩明かすのは‥‥ちょっと遠慮したいかもだけど、安全第一かぁ〜」
「これで、後でもう一匹いました〜。なんて事には‥‥ならない、よね?」
土のついた顔で愛紗が聞けば、にんまりと昼寝が不敵な笑みを返した。
「その時は、ついでにやっつけるのみよ」
言いながら服の袖でぐいぐい愛紗の顔を拭う昼寝に、アインが苦笑する。
「実験、成功するといいな‥‥俺も、祈っててやるか。みんなの夢を乗せた飛行船が、成層圏に届く日を」
呟きながらノビルが空を仰げば、遥か遠くで星が瞬いていた。