●リプレイ本文
●下調べ
「コール、お久し振りですわね!」
長い髪を揺らしてロジー・ビィ(
ga1031)が微笑めば、コール・ウォーロックが咥えていた煙草を傍らの灰皿へ置いた。
「ああ、久し振りだなぁ‥‥しばらく見ない間にまた、一段と綺麗になったな」
「あら、ありがとうございます。コールもお元気そうで‥‥現地までの車の手配、お願いしますわね」
くすくすと笑いながら頼むロジーへ、了解したという風にコールは片手を挙げる。
「元気なのはまぁ、いろいろとな。気にかけてくれている連中のお陰かねぇ」
受話器を取りながら、コールはテーブルを囲む者達を見やった。
「わーい、ロジーだー!」
「今日は頼りにしていますわ、ハバキ」
にこやかに両手を広げた空閑 ハバキ(
ga5172)と軽く抱擁を交わしたロジーは、顔見知りの友人達と一通りの挨拶を交わすと、初めて顔を合わせる三人にも笑顔を向ける。
「初見の方も、どうぞ宜しくお願いしますわね!」
「ああ、よろしくね」
「こちらこそ」
鹿島 綾(
gb4549)に続いて、ブロント・アルフォード(
gb5351)は軽く頭を下げて一礼し。
「同じ班、頑張ろうね〜」
ふにと笑って、相澤 真夜(
gb8203)も彼女へ手を振って応えた。
賑々しい挨拶をした者達は、改めてテーブルに広げた地図と数枚の写真を囲む。
「これ、実は夏の間に撮ってあった‥‥とかじゃあ、ないわよね?」
青々とした森の写真を手に取ったシャロン・エイヴァリー(
ga1843)は、「見る?」と隣のロジーへ手渡した。
「この時期のピレネーに、緑の森‥‥一体、何が起こっているんでしょう」
「枯れない森ですか。森全体がキメラ‥‥なんて事じゃないと、いいんですけどね」
「ああ。でも、あながち否定できねぇからなぁ」
鏑木 硯(
ga0280)の不安に、咥え煙草でアンドレアス・ラーセン(
ga6523)が金髪をかき上げて唸った。
「写真に残っているって事は、幻覚を見た‥‥って訳でもないんだろうなぁ」
手にした写真を綾がぴんと指で弾き、ハバキは地図へ視線を移す。
「この場所って、元々は何にもない場所だよね、シュー?」
尋ねるハバキに、少し離れて様子を見守っていたコールが頷いた。
「この辺り、本来は岩場らしい。緑があっても、岩の間にぽつんと低木なんかが生えている程度だそうだ」
「そうなると、新手の環境兵器か何かでも造ったのか? バグアの奴ら」
ふむと腕組みをして綾が考え込み、更にハバキがコールへ首を傾げる。
「植物の種類は、照合してくれた?」
「一応、軍からも専門家に問い合わせたらしいが、正体は不明。似たような樹木はあっても、冬に短期間でコレだけ繁茂する植物は‥‥普通、ないな」
「じゃあ地球上の植物じゃない別モノか、何かの植物を改良したって事かな」
「ん。妙なモンだってのは、確定だな。そうなると‥‥正体を知りたくなる」
友人の推測に、それが性分だというアンドレアスは煙草を咥えたまま、ニッと口角を上げた。
「木を隠すには森っつーけど、森ごと持ってくるってのは新しいしな。さぁて、今度は何を仕掛けようってんだ?」
そこに答えが隠されているかの如く、手にした写真へアンドレアスは目を細める。
「ん〜‥‥もふもふしたの、いないかなあ?」
写真にその片鱗でも写っていないかと、目を凝らしてみた真夜だが成果はなく。
その間に、電話で話をしていたブロントが、受話器を置いた。
「森で『声』を聞いた者達に確認したが、やはり声の主らしき何かの姿までは見ていないそうだ。となると、誰も『声』の正体を知らないという事か」
直接、森へ出くわした者の一人と電話で話をしたブロントが、結果を手短にまとめて仲間へ伝える。
「当然予想はしていたが、森を直接調べるしか手は無さそうだな」
腕組みをして地図を見下ろす彼に、周りの者達も視線を交わして首を縦に振った。
「さぁて。気になる事は大量にあるが‥‥厄介かつ手短なトコから、片付けてくるか」
天井へ向けてアンドレアスは紫煙を吐き、灰皿へ煙草を押し付ける。
「じゃあ道案内と車両、それから無線機をお願いしていいかしら」
「ああ、頼まれ物は揃えておいた。俺は同行できないが、気をつけてな」
顔を上げたシャロンへ、話を見守っていたコールがキーを投げた。
●季節外れの森
山から吹き降ろす風は、平地のそれよりずっと冷たかった。
そんな寒風を受けた緑の梢はざわと音を立て、見る者に奇妙な印象を与える。
「おぉぉぉおおおー‥‥森ーッ!!」
緑の瞳を真ん丸くし、とりあえずハバキは大声を上げて指差した。
「ふあー‥‥ホントに、森になっちゃってる‥‥」
車を降りたシャロンもぽかんと口をあけて木々を見、風に乱される髪をロジーは手でおさえる。
「本当に、不思議ですわ。森の奥‥‥何が潜んでいるんでしょうか」
「もふもふしたのだと、いいなぁ‥‥」
茶の瞳をくるりと動かし、額に手を当てた真夜が木々の奥を覗き込んだ。
「えっと‥‥ごめん。コンパス、誰か持ってないか?」
「それなら持ってますよ、俺」
申し訳なさげに綾が尋ねれば、無線機を下ろしていた硯はポケットを探り、方位磁石を取り出す。
「ありがと、借りる。助かった」
受け取って礼を告げた綾は、手の平に方位磁石を乗せた。
くるくると回る針はすぐに落ち着き、正しく北の方角を示す。その状態を保ったまま綾は森へ近づき、地面に這う根を踏んで少し進んでみるが、針が示す方角に変わりはなかった。
「何らかの磁場は、なさそうか。中でも使えそうだ」
「迷って遭難ってのは、避けられそうだな」
借りたデジタルカメラが動くかチェックしたアンドレアスは、頭上に広がる青空を仰ぐ。
山間部の天候は変わりやすいものだが、予報では今日一杯、天候が崩れる様子はないという。
雨が降ったり、ガスが出ないだけでも、大助かりだ。
「もし私達が予定の時間を経過しても戻らなかった時は、コールさんへ報告をお願い」
道案内のメンバー達へ、シャロンが念を押す。
夜を森で過ごす危険は出来る限り避けたいが、森の奥やキメラの存在についても情報が少ない現状では、予測がつかない。
「持つか?」
尋ねるブロントに、大丈夫とシャロンは髪を横に揺らした。
「私が持つのが、一番よさそうだから。でもレディに気遣いは、感謝ね」
人差し指を立てたシャロンが、悪戯っぽくウィンクする。
硯も視線で尋ねていたが、グラップラーである彼のスピードは戦力だ。だから、シャロンは自分で無線機の機材などを提げた。
「じゃあロジー、そっちは任せたわよっ」
ぐっと握り拳のシャロンへ、ロジーは微笑を返す。
「ふあもふッ☆さんがいると、いいのですけれど。お互い、気を付けていきたいモノですわね」
互いに声をかける八人は、ここから二手に分かれる作戦だ。
硯とシャロン、綾、ブロントのA班はキメラらしき声の主を探し、ロジー、ハバキ、アンドレアス、真夜のB班は、森を周辺から調査する。
「帰ったら、シューのご飯っ」
「あー‥‥カスレ喰いたいな、カスレ」
寒さに首を竦めたハバキだが別方向から気合を入れ、うめく様にアンドレアスが応じた。
●声を辿り、森を辿り
風がないにもかかわらず、時おりざわと葉擦れが聞こえる。
それはまるで、侵入者達を見下ろし、木々が相談しているような錯覚を覚えさせた。
否、見られている感覚は本物だ。
幾度かの戦いを経て得た勘のようなものが、そう告げている。
「森と共に現れるキメラ‥‥伝説のドライアド、なんかだったりして」
苦笑ともつかない笑顔で、シャロンが呟く。
「それにしても、薄気味が悪いな」
嫌な感覚に、ブロントが眉をひそめた。
「森というのは、もう少し生気のようなものが満ちているものだが」
「ああ。今のところ生物がいる痕跡も、ないか」
獣道や縄張りを示すようなマーキングを綾は探すが、それすら見当たらない。
そこへ。
‥‥キィーヒッヒィ‥‥アーァァァ‥‥。
「これが、声?」
「みたいですね」
風に乗って聞こえてきたソレに四人は視線を交わし、森の奥へ目を凝らした。
声の距離はまだ遠いが、確かに南国の鳥が鳴くような、女が高い声で笑ったような、耳障りな甲高い奇声だ。
「これだと多分、もふもふしたのとかは出そうにないかも」
油断なく硯は森の変化を窺い、ブロントも苦笑いを浮かべる。
「同感だ。きっとがっかりするな、真夜は」
「仮に、この森がキメラの仕業だとして‥‥目立ってまでフィールドを作り変えたのなら、ここはきっと自分にとって優位なフィールドよね。私達は皆、近接戦闘が得意、いざって時は背中を預け合いましょ」
シャロンの言葉に頷き合うと、それぞれ手にした武器の感触を確かめ、声を辿るように駆け出した。
じーっと、見つめる。
見た目は、何の変哲もない木だが。
何かが変化するかどうかを見逃すまいと、膝に手をついた真夜はじーっと木を見つめていた。
まるで、睨めっこのような時間が幾らか過ぎて。
「マヤ、行きますわよー」
少し離れた位置から、ロジーが彼女の名を呼んだ。
「はーい!」
背筋を伸ばし、それまで見つめていた木に背を向け‥‥だるまさんがころんだの如く、パッと振り返ってみるが、変化はなく。
残念そうに再び背を向けた彼女の視界に、チラと何かが過ぎった。
「あ‥‥もふもふだーッ!!!」
認識し、覚醒し、瞬天速で駆け出すまでに要した時間、約数秒。
急行、急接近、そして急襲。すなわち、飛びついて存分にもふもふ開始。
「きゃー! きゃー!! きゃー!!!」
「にょわーーーッ!?」
どこぞのドイツ人張りの奇声を上げた友人に、振り返ったサイエンティストは頭痛を覚えた。
「‥‥何やってんだ」
「‥‥はれ?」
はっと我に返った真夜が、冷静に捕まえたもふもふを見やれば。
飛びつかれたハバキが、くってりとしていた。
寒いのと、嬉しかったのとで着てきた『けも耳付きパーカー&けも尻尾アクセ(どちらも、わんこ仕様)』なせいで、どうやら見間違えたらしい。
「驚きましたわ。でも本当にもふもふしていますし、仕方ないですわね」
くすくすと笑うロジーに、揃って笑うハバキと真夜。
「だよね! ね!」
「すみません。でも、素敵なもふもふでした!」
「うん、だから気にしない! そういえばロジーの部屋には、おっきいもふと、ちっさいもふが居るんだよ」
「そんな、素敵なもふもふが‥‥!」
もふもふと賑やかな同行者達に苦笑しながら、アンドレアスは『調査』に戻る。
特に呆れる気も、何もなかった‥‥あのもふもふのハンパなさは、彼自身の苦い経験でよく知っていたから。
「‥‥木の根ってヤツは」
気分を切り替えるように、何気なく視線を下ろしたアンドレアスは、ふと踏んでいる根を靴の踵で蹴った。
「もっとこう地面に食い込んで、しっかりと張るものだよな」
「うん。自分が倒れない為と、地中より水や養分を吸い上げる為だよね」
パーカーのフードを整えながら、ハバキが答える。
「どう見てもコレ、地中に向かわず、岩の表面を這ってねぇか?」
何気なく踏んだ根は地を目指さず、森は岩場の上に乗っているだけの状態とも言えた。
「それに森ってのは、虫や動物が居て、それでやっと成り立つものだよね」
生き物が気配のない事に気付いていたハバキが聞けば、友人も頷く。
「妖精の森‥‥か。嫌な予感が、当たりそうだな」
「そうですわね」
ぼやいたアンドレアスと視線を交わしたロジーが、二刀小太刀「花鳥風月」を抜いた。
彼女の仕草に真夜は忍刀「颯颯」を、ハバキも蛍火を、それぞれ手にする。
そして、風もないのに森が震えた。
●キメラヶ森
また、例の声が聞こえる。
「近いわね‥‥硯、足が速いからって突っ走っちゃ駄目よ?」
「判ってます」
応えながら、硯は隣を走るシャロンへ苦笑した。
奥へ進むごとに、木々の間隔が詰まってきている。
声はそこと思しき場所まで行くと、また更に奥から聞こえ。
相手が逃げているのか、誘い込むつもりかは判らないが、一行は声を追いかけていた。
離れて行動するB班とは欠かさずに定時連絡を入れていたが、不意に無線機が鳴り出し、四人の足を止める。
「どうかした?」
『厄介だぞ、この森は』
シャロンが尋ねれば、若干のノイズを含みながらアンドレアスの声。
「厄介って、どういう事?」
『ああ。この森全体が‥‥』
アーァァァーーッ!!
無線機の音を遮り、近くで例の声が振ってきた。
‥‥四人の、頭の上から。
「シャロン!」
名を呼んだ硯が、彼女へ体当たりし。
直後、木の根がうねった。
ムチのようにしなる根を避ける硯の肩越し、シャロンはソレに気付く。
「みんな、あれ‥‥あそこ!」
指差す先、幾重にも重なった枝の向こうに、人型のソレが逆さまにぶら下がり、叫んでいた。
髪は蔦がうねり、身体は木の幹の色をし、足は実が生えるが如く、枝から分かれて樹木と繋がっている。
「ドライアド‥‥なの? 本当に」
「幽霊の正体見たり、枯れ尾花――ってか?」
呟く綾に、ブロントもソレを見上げた。
「何であろうと、キメラである事に変わりない。一気に、片付けさせて貰うぞ」
ブロントが蛍火を抜き、天槍「ガブリエル」と機械剣「ウリエル」を綾が構える。
開いた回線越しに、その会話が聞こえたのだろう。
更に、無線機からアンドレアスが警告を重ねた。
『時間が、あまりないぞ。森全体が、俺達を巻き込もうとしている』
「どういう事?」
『広げたマットを、仕舞うのと同じだ。森の端から根がめくれて始めて、ソイツがどんどん中心へ向けて巻いている。どういう構造をしてるんだ、こいつは!』
「つまり、脱出しないと俺達も巻き込まれて、森ごとたたまれちゃうって事ですね」
「こんな広い森が、か?」
思わず疑問を口にするブロントだが、アンドレアスが冗談を言う理由もない。
「いいじゃない。別に遊びで、戦斧にした訳じゃないわよっと」
挑戦的な笑みで、戦斧「デルフィニウム」をシャロンが一振りした。
「位置的には、森の中心に近い。となると、アレがキメラにとって何らかの意味があるとも考えられる」
枝の間に見え隠れする人型を、綾が見据え。
「一気に、叩きましょう!」
硯の言葉と同時に、一気に四人は根を蹴った。
音を立て、巻き込もうとする木の根や枝を、叩き切って粉砕する。
「まだですの?」
小太刀を振るいながら、心配そうにロジーは友人達が現れないか、何度も森の奥を見。
不意に、四人を襲う森の動きが変わった。
苦悶するようにのたうち、やがて急速にしおれ、しぼんでいく。
「‥‥もしかして、倒した?」
あれだけ存在感のあった『森』の急変に、ハバキが呟いた。
しおれた森の中心で、覚醒を解いた四人は佇む。
ドライアドの森の、ちょうど中心部には。
――白いカプセルが、墓標のように突き立っていた。