●リプレイ本文
●再会
少し躊躇ってから、ドアの取っ手に手をかける。
冷たい感触を確かめてから思い切って開けば、『先客』が彼女へ振り返った。
その顔にほっと安堵の息を吐き、同時に複雑な思いが胸に込み上げてくる。
「リヌ! 久し振りね‥‥会いたかったわ!」
歩み寄ってケイ・リヒャルト(
ga0598)が告げれば、カウンターのスツールで煙草をふかしていたリヌ・カナートは苦笑した。
「ああ、元気だったかい?」
変わらぬ声に、こくりと黒髪を揺らしてからケイは微笑を返す。
「勿論よ」
「Hi、リヌさん。再会できて、嬉しいわ」
ケイの後ろから顔を覗かせたシャロン・エイヴァリー(
ga1843)が片目を瞑り、リヌは煙草を灰皿へ置いた。
「言っただろ、私は消えやしないって」
「うん、そうね」
冗談めかしながらも違えない言葉に、シャロンはにっこりと笑った。
ひとしきり友人との再会を喜んでから、リヌは残る二人へ問う様な視線を向ける。
「あんた達も、能力者だね」
「ん。赤崎羽矢子、羽矢子でいいよ。窮屈だろうけど、三日間よろしくね」
軽く頭を下げる赤崎羽矢子(
gb2140)に続いて、朧 幸乃(
ga3078)も会釈をした。
「朧、幸乃です。自分の意思とは、関係なく‥‥過去の洗脳によって、傭兵の監視がつけられる‥‥不本意な状況とは、思いますが‥‥」
「気遣ってくれて、二人ともありがと。これでも軍とは多少の関わりがある身だ、大体の事情は解ってるよ。面倒事で、すまないねぇ」
肩を竦めたリヌに、小さく幸乃は首を横に振った。
「リヌさんに、危険がない事を証明するためのもの‥‥ですから‥‥」
「そうだね。面識のないあんた達が『証人』なら、信憑性も増すさ。もちろん二人が仕事に手を抜くようなマネをしないのは、百も承知だけど」
「当然よ」
肩にかかった髪をケイが手で払い、微笑む。
「だからといって構えないで、リラックスしてね。普段の貴女が、『調査対象』なんだから」
「そりゃあ‥‥めかし込まなきゃね」
そんな変わりないやり取りに、ふっとケイの胸へ不安がわいた。
何も変わらないがリヌにも不安はある筈で、それを思えば気丈さは苦い。
無理をしないで‥‥と、彼女は心の内で言葉をかける。
「コールさんは?」
「電話中だ。トゥールーズに行ってる連中と」
シャロンへ答えるリヌを、それとなく幸乃は見守っていた。
●散開
「シューの友達‥‥レナルドって、言ったっけ?」
聞きっぱなしでごめんねと、受話器越しにコール・ウォーロックへ断る空閑 ハバキ(
ga5172)の隣から。
「捕まえて、直に会えないか?」
単刀直入に、アンドレアス・ラーセン(
ga6523)がぶっちゃける。
カルカッソンヌに到着早々、コールへ連絡をした二人はトゥールーズへ向かった。
仏軍基地のゲートで用向きを告げれば、コールが根回しをしたのか、すぐに目的の人物に会えると言う。
レナルド・ヴェンデル大佐――南仏の守りの要でもある、UPC仏軍トゥールーズ駐留陸軍連隊の司令だ。
コールの話では軍にいた頃からの友人で、彼が軍に関わる際には直上の『上官』にあたるという。
「確か掩蔽壕、の‥‥」
「エクセレンターの青年か。その節は、面倒をかけたね」
見覚えのある相手が差し出す手を、慌ててハバキは握り返す。
「君も、コルシカでの『協力』には感謝しているよ」
「あれは‥‥単なる成り行きだ」
続いてアンドレアスも握手を交わし、ソファへ腰掛けるようレナルドは身振りで示した。
「『魔法使い』から話は聞いている。前置きはナシだ、用件を聞こう」
コールとあまり歳の変わらない男は、二人を促すように見比べる。
アンドレアスはハバキと互いに視線を交わし、じっと相手を見据えた。
「リヌの件だ。後催眠暗示で発砲したんじゃねぇかと、状況聞いて俺もそう感じた。あんたは、何がトリガーだと思ってる?」
いきなり核心を投げてみるアンドレアスに、指を組んだレナルドは何かを考え込む。
「取調べの件は、一種のフラッシュバックとも考えられる。記録を見た限りでは、核心に迫った部分で行動を起こしたからな。だが、最初の発砲事件に関しては‥‥後催眠暗示としても、何を引き金にしているか現状では不明。だからこその、今回の監視だよ」
もったいぶる訳でもなく、淡々と説明するレナルドの仕草を、じっと二人は『観察』していた。
「どう思う、アス?」
煙草の先端から立ち上る煙を見ながらハバキが聞けば、アンドレアスも天井へ勢いよく煙を吐く。
「正直言えば、よく分からねぇ」
敵ではないが、彼らにとっての味方とも断言できず、相変わらず落ち着かなかった。
元より相手は軍人で、コルシカでの諸々を考えれば当然かもしれないが。
「ジャン・デュポン‥‥人間、或いは人間の形をしたナニカか」
呟いて、去り際にレナルドがかけた言葉をアンドレアスは思い出す。
「スペインの情勢は多少落ち着いたが、南仏は現在も断続的にバグアの脅威にさらされている。今後も傭兵への協力要請があるだろうから、よろしく頼むよ」
そして、短い会談を終えた二人は基地を後にした。
○
「イヴンとニコラの容態は?」
尋ねる鏑木 硯(
ga0280)に、休憩所のベンチに腰掛けたミシェルが溜息をついた。
「意識が戻って病室も高度治療室から一般病棟に移ったけど、退院はまだだとさ。面会も、制限されてる」
「そうなんだ。今は、会えるかな」
「能力者なら、会えるんじゃないか?」
ナースセンターへ少年が目をやり、おもむろに硯は立ち上がる。
二人の病室は、別になっていた。
クリスマスに会った時よりやつれたが、硯の顔を見たニコラは嬉しそうな顔をする。
「今日は、シャロンと一緒じゃないんだ」
病床から冷やかされ、思わず硯は苦笑を返した。
「うん。内緒で、二人の顔を見ようかと」
「怒られるよ。それにシャロン、美人だし。な、ミシェル」
「あんま笑ってると、くっつけた傷が開くぞ」
むっすりと忠告する兄貴分に、くっくとまたニコラが笑う。
「リックやエリコの面倒は、チーフが見てくれるから大丈夫‥‥だと思う。ミシェルの話だと、気にして勉強ははかどってないみたいだけど」
「それは、仕方ないかも」
『報告』を聞いた硯は、弟分の事を心配するイヴンへ肩を竦めた。
「俺も心配だったし‥‥他の皆も、きっと。でも、意識が戻ってよかった」
「ごめん。俺ら、世話ばっかりかけて‥‥」
「気にしなくていいよ。日本じゃあ、『持ちつ持たれつ』って言うしね」
謝るイヴンに笑顔で硯は応え、やがて短い面会時間が終わる。
「じゃあ、リックやエリコにもよろしく」
会えなかった二人の名を口にすれば、不承不承ミシェルは頷き。
「俺らは大丈夫だから、心配してやられたりするなよ。シューみたいに硯が怪我して運ばれてきたら、笑いに行ってやる」
「うん、気をつける」
そして硯はミシェルと分かれ、遅れて『ラスト・ホープ』を後にした。
○
寄せては返す、波の音が聞こえる。
春先のバニュルス・シェル・メールは内陸よりも暖かいが、まだ寒い。
「‥‥この中で、カプセルの組み立て‥‥は、無理かな」
記憶にあったカプセルの大きさを思い出しながら、なつき(
ga5710)は呟いた。
「それに‥‥わざわざそうしてまで、やる理由がない、か」
借りたプレジャーボートは、大きなものではなかった。
またここでカプセルを海へ流しても、コリウールの沖に漂着するとは限らない。何よりボートを借りた時期を考えれば、計算が合わなくなる。
では、直接ボートから沈めたと仮定するなら。
まず場所をコリウールにする理由は思いつかず、それをバニュルス・シェル・メールから連絡する意味も分からない。
となれば、やはり頻繁にボートで出かけ、海中のカプセルを探していたと考えるのが一番しっくり来る。
そうしてカプセルの場所を特定し、UPCへ知らせたとして。
「‥‥コートと帽子を、置いて行った理由‥‥」
更なる疑問を、ぽつりと口にする。
着る必要が、なくなったからなのか。ただ、忘れただけなのか。
‥‥そもそも、着ていた物なのか?
ひたすらに、なつきは疑問と推測で思考を埋める。
そうする事で、以前に訪れた時の記憶をあえて避けるかの如く‥‥。
●影
二日目には、別行動を取っていた者達もブラッスリへ合流した。
希望する者はコールが預かった『遺留品』を改めて検分し、その間にシャロンとケイは、リヌと外を散歩する。
そして三人から距離を置いた幸乃が、それとなく周囲の警戒に当たっていた。
「‥‥ねぇ、リヌさん。前に『ケジメはつける』って、言ったわよね」
スペインの小さな町で、分かれた時に。
そしてコールの話では、トゥールーズから戻る車中でもそう呟いたと言う。
「最初は私、リヌさんが必ず、コールさんやイヴン達のところに戻ってきてくれる‥‥それが、ケジメだと思ってた」
それから一つ息を吐き、彼女はリヌを見やった。
「けど‥‥コールさんから聞いた『ケジメ』は、何かに焦ってる気がするの。ジャン・デュポンは確かに怪しい人物だけど、リヌさんが追う理由は? ひょっとして、そこにリヌさんの、『ケジメ』があるんじゃない、の?」
思い切って尋ねるシャロンにケイも気遣う視線を向け、静かにリヌは目を伏せる。
「そう、だね。認めたくはないけど、どこかで私は‥‥」
「リヌ‥‥」
核心は伏せたまま沈痛な面持ちで俯く様子に、見かねたケイがリヌの手を握った。
「リヌはどう、なの?」
「これは期待じゃない、ただ怖い‥‥ユキノ、だっけ」
こくと頷く幸乃へ、急にリヌが尋ねる。
「あんたは、死んだ人間が生き返ると思うかい?」
「いいえ、普通は。でも時にヨリシロとして、姿を現す事は‥‥あります」
首を横に振った幸乃の返答に、「ありがと」とジャンク屋は礼を告げた。
「リヌ!」
不意に呼ぶ声がして、四人はブラッスリを見やる。
「あいつら、協力してほしい事があるらしい。いいか?」
声を張り上げて問うコールへ、見える様にリヌが片手を挙げ。
「ね、リヌさん。行動を起こす時は、私達に声をかけてよね。報酬は、とっくに前払いでもらってるんだから」
来た道を戻るシャロンが、ふと明るく声をかけた。
「報酬?」
「3年前。初めて会ったクリスマスに貰ったパーツ、まだあるのよ」
ウインクするシャロンに、怪訝な顔をしていたリヌはゆっくりと頭を振り。
「あんた達は、全く‥‥」
それからぎゅっと、シャロンとケイを抱き寄せる。
「用が終わったら、アンドレアスがギターを持ってきてるから。二人で『Titania』を披露するわよ。それともリヌなら、シャンソンの方がいいかしら」
「ケイが歌うなら、私は『干し鱈のブランダード』をご馳走するわね。もちろん、ケイと幸乃にもね。カスレカスレって、ことあるごとに言う人がいるから、仏料理がカスレだけじゃないって事を教えてあげるっ」
誘うシャロンに、目を細めて見守る幸乃も小さく笑った。
「機械磨きでも、する気だったのかねぇ」
腕組みをするアンドレアスの隣で、かくりとハバキは首を傾げる。
「バグアにしては、アナログだよね?」
ストレートな印象を口にするハバキに、空の油差しの匂いを確かめるアンドレアスが頭を掻いた。
「ドレがブラフで、本命なのか‥‥クソ、見えてこねぇ‥‥」
焦りは禁物だと分かっていても、やはり手掛かりがほしい。
硯と羽矢子もまた、頭をつき合わせてテーブルの上の物に唸っている。
「前に行った時は、車や船なんて残ってなかったし‥‥何かか隠れてるなら、固形ワックスの中とかかなぁ」
「どうだろう‥‥と、帰ってきたよ」
窓越しの姿に気付いた羽矢子が、悩む者達へ知らせた。
「外で、待ってますから‥‥」
ブラッスリの外で待っていたなつきがリヌを促し、幸乃も途中で足を止める。
緊張した面持ちで店へ入ったリヌに、硯は手短に用件を説明した。
遺留品のうち、黒のロングコートと帽子を硯が着用し、それでリヌの反応を確かめる‥‥というものだ。
「無理はさせたくないけど、手掛かりがほしいなら‥‥一つの方法だと、思うんです。頼りになるシャロンさんや、アンドレアスさん、ハバキさん達が揃っているうちに」
「‥‥解った。やっとくれ」
硬い声のリヌに頷き、おもむろに硯はコートを手に取る。
「だいじょーぶ! 何かあったら、止めてみせるから♪」
リヌの傍らに、明るく笑んでハバキが立ち。
「お互いに、多少の貸し借りが不快な関係じゃないもんね!」
「ええ。ハバキの言う通りよ」
反対側に、そっとケイは付き添った。
「いいですか? そっち、向きますね」
断ってからおもむろに、コートを着て、目深に帽子を被った硯が振り返る。
「それ、サイズが大きくない?」
「ですよね」
大き目のコートに羽矢子が指摘すれば硯は苦笑し、緊張していたリヌも肩を竦めた。
「‥‥少し、いいか?」
警戒しながら様子を見ていたアンドレアスが、硯へ歩み寄る。
「リヌ。カラオーラで情報を教えた男の顔、確か覚えてないとか言ってたな」
ふと確認するコールへ、唯一の目撃者が首肯した。
「太陽を背にして‥‥眩しかった様な記憶があるけど」
「それを、『再現』してみるか?」
聞くアンドレアスへ今度はコールが頷き、扉を開く。
「アンドレアスさんやコールさんには小さそうだし、ハバキさんが一番近い‥‥かな」
「おっけー、すずりん。任せて」
コートのサイズに合わせ、硯は黒服役をハバキへ委ねた。
しゃがんだリヌから少し距離を置いて、彼は立つ。
時期も時間も、場所も違うが。
「こんな感じですね。じゃあ、もう一度見てもらえます?」
全員が固唾を飲んで見守る中、硯の指示にリヌが後ろを仰いだ。
飛び込む光に目を細め、目深に被った帽子の下を確かめようとするが。
急に口元を押さえて立ち上がり、慌てて店内へ駆け込んだ。
「リヌ!」
戸口に近い羽矢子がすぐ後を追いかけ、ケイやシャロンが続く。
「‥‥暗示、でしょうか」
「どっちかってぇと、拒絶反応っぽいな」
不安げな硯にアンドレアスが唸り、ハバキはとりあえず帽子とコートを脱いだ。
「コール、さん。クガさん達に、お話された‥‥『不幸な事故』‥‥詳しく、教えて頂けたら‥‥」
ふとなつきが尋ねれば、渋い表情で扉を見ていたコールは逡巡し、空を仰ぐ。
「‥‥KVでの戦闘行動下の、誤射だ。敵味方識別信号が正常に機能せず、視界は不良。HWと誤認し、僚機を撃墜。これで満足か?」
感情のない平坦な言葉の羅列に、沈黙が続き。
それに気付いたコールは苦笑して「すまんな」と首を振り、店の中へ戻った。
「多少の危険や怪我が伴ったって、何とだって返し方はある」
じっとコールが消えた扉を見つめるなつきへ、そっとハバキは言葉をかける。
「‥‥何てことはないんだよ、なっちゃん」