タイトル:願いの言葉を、三度マスター:風華弓弦

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/04/19 22:21

●オープニング本文


●トリガー
 薄暗い明かりの下、椅子に座った相手は朦朧(もうろう)としていた。
 やや俯き、だらりと力の抜けた状態に、テーブルを挟んで向かいに座る男が、落ち着いた声がゆっくりと語りかける。
「あなたは今、イギリスのロンドンのあるレンタルハウスにいます。公現祭、最後の日の夜。リビングには子供達がいて、楽しそうに学校などでの出来事を話している‥‥そうですよね?」
 尋ねれば、緩やかに頭が上下した。
「そこで、あなたは何をしています?」
「イヴン‥‥達の話を、聞いていたら‥‥電話が、鳴って‥‥シューが‥‥」
「何を話しています?」
 次の質問には、否定の所作が返ってくる。
「話の内容までは、聞こえない?」
 今度は、短い肯定。
「そして電話での話が終わった様子に、あなたは?」
「‥‥シューが‥‥外へ、出て‥‥だから、後、を‥‥」
 沈黙。
「後を追って?」
 また、沈黙。
「カナートさん?」
 呼びかけた、次の瞬間。
 前触れもなく、相手はテーブルに飛び上がり。
 質問者は思いっきり横っ面を蹴り飛ばされ、椅子から転げ落ちた。
「動くな!」
 部屋のドアの前に立っていた兵士が、銃を構えて警告すれば。
 テーブルの上から、相手は真っ直ぐ飛び掛る。
 一拍遅れて、外から複数人の兵士が部屋へなだれ込めば。
 馬乗りになった相手からハンドガンを奪ったリヌ・カナートが、銃口を自分の頭に当てる。
 そして鈍い銃声が、狭い部屋に響いた。

●危惧
「説明しろレナルド。何故、止めなかった!」
 珍しく声を荒げるコール・ウォーロックに、控える従卒が警戒の気配を窺わせる。
 そのどちらも止める事はせず、レナルド・ヴェンデルは大きく嘆息した。
「事件当時の本人の記憶が不鮮明な為、専門の医師による催眠療法で聴取を試みた。それだけの事だ」
「副次的な危険性を、考慮しなかった訳じゃあないだろう?」
「こちらも、『保護』している訳ではないからな。以前の件と関係があるなら尚更、早急に原因究明を行わなければならない」
 友人を睨みながらコールは口をつぐみ、苦心して憤りをやり過ごす。
 怒りをぶつける相手が違うのは、百も承知していた。
「それで‥‥リヌは?」
「怪我はない。状況からおそらく『暗示下』だったとは思われるが、彼女は自力で銃口を外して撃った。だが、当人の記憶は不鮮明だ」
「‥‥そうか」
 よかった、と。コールは心底、安堵の息を吐く。
 それが怪我がない事に対してなのか、記憶が飛んでいる事に対してなのか、レナルドには分からないが。
「よくない事もある。蹴り飛ばされた医師と兵士が一名、医者とデート中だ」
「‥‥競合地域でのジャンク屋なんて稼業、だてに何年も続けてないからな‥‥」
 気の毒がるような口調でコールはうめいて、髪を掻いた。
「お前の方は、ほぼ『全快』したようで何よりだ」
 不意にレナルドが指摘すれば、相手は何とも言えない苦い表情を返す。
「で、何が判った」
「以前にお前が言っていた事は、あながち外れでもなかった‥‥という感じか。お前を撃ったのは、後催眠暗示などの影響である可能性が高い。更に言えば、掩蔽壕の『事故』で起きていても、おかしくなかったかもしれない」
「となると、本来の狙いはお前だったのか?」
「そこまでは、判らないな。彼女自身が掩蔽壕に入る確率は低かっただろうし、実際にもな」
 レナルドが答えればコールは何事かを考え込み、沈黙が部屋に降りた。
「それで、この後リヌはどうなる?」
 視線を寄越す友人へ、レナルドは肘をついて指を組む。
「先日の、『森』の一件も気になる。この先、お前に協力を頼む事になるだろう‥‥もしかすると、彼女にも。その為にも、今はまず彼女がどの程度『安全』か知る必要がある」
「監視をしろ、と。俺の時と同じように」
「一応は、非公式でな。聴取中に起きたトラブルが『口封じ』とも考えられる以上、再度の催眠療法は危険だろう?」
「‥‥そうだな」
「だから監視役として、能力者数人の派遣を要請する。そちらも協力して、彼女から目を離さないようにしてもらいたい。それから、いい知らせもある」
 疑わしげに重い表情の相手が視線を向け、レナルドは両手を広げて肩を竦めた。
「コルシカ島民の収容施設だが、例の音楽療法で効果が出始めているようだ。ある程度の症状が軽減されれば、コルシカへ戻る事が出来るだろう。同時に、コルシカ島でも同様の音楽療法を検討している。全島一斉は難しい為、地域ごとに効果を見ていく形になるだろうが」
「‥‥よかった」
 ようやく表情を和らげたコールが、視線を落として深く息を吐く。
「それから、手紙が届いている。後で読むといい」
 机の質素な白封筒を置けば、それとレナルドの顔をしばし見比べてから、コールは手紙を手に取った。

●距離
 久しぶりに顔を合わせた二人は、何も言わずに車へ乗り込んだ。
 コールがハンドルを握り、リヌは後部座席の助手席側へ座る。
 トゥールーズの基地を出てしばらく走ると、ようやくリヌが口を開いた。
「このまま、カルカッソンヌへ戻る?」
「ああ。戻ったら、2〜3日はブラッスリへ泊まれ。それが『釈放』の条件だ」
「判った‥‥傷の具合は?」
「能力者の回復力を侮るなよ。今は、痛くも痒くもない」
「そう、だったね」
 安堵の色もなく、目を合わさずに伏せたままのリヌは淡々と応える。
「聞きたいんだけど‥‥ジャン・デュポンを、知ってる?」
 不意に尋ねる言葉に、コールが奇妙な表情を浮かべた。
「身元不明者、だな。そして、コリウールの海で見つかった例のカプセルの『通報者』と思しき人物だ。それが、どうかしたのか?」
「ソレを探さなきゃあならない。それも、出来るだけ急いで」
 ‥‥もう、後戻りは出来ない。
 撃つと決めた相手を、撃っただけでなく。
 撃つべきでない相手まで、撃ってしまった。
 もっとも、今の自分に戻る場所があるかどうかは、疑わしいが‥‥。
「‥‥ケジメは、つけないと」
 目を閉じて張り詰めた声に、そこで会話が途切れた。
 やがて車がA61に乗ると、コールはポケットから封筒を引っ張り出す。
「手紙だ、エリコから」
 開封した跡のある封筒から便箋を取り出し、少し悩んでから書かれた内容を追えば、徐々に文字がにじんでいき。
 やがて読み終えたリヌは車の天井を仰ぐと、腕で顔を隠して「ああ、神様」とだけ小さく呟いた。
 ルームミラー越しに窺うコールは何も言わず、前方へ視線を戻す。

 受け取った『ラスト・ホープ』からの手紙には、イヴンとニコラの二人が意識を取り戻したという報告が、踊る様な文字でつづられていた。

●参加者一覧

鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
シャロン・エイヴァリー(ga1843
23歳・♀・AA
エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
空閑 ハバキ(ga5172
25歳・♂・HA
なつき(ga5710
25歳・♀・EL
アンドレアス・ラーセン(ga6523
28歳・♂・ER
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN

●リプレイ本文

●再会
 少し躊躇ってから、ドアの取っ手に手をかける。
 冷たい感触を確かめてから思い切って開けば、『先客』が彼女へ振り返った。
 その顔にほっと安堵の息を吐き、同時に複雑な思いが胸に込み上げてくる。
「リヌ! 久し振りね‥‥会いたかったわ!」
 歩み寄ってケイ・リヒャルト(ga0598)が告げれば、カウンターのスツールで煙草をふかしていたリヌ・カナートは苦笑した。
「ああ、元気だったかい?」
 変わらぬ声に、こくりと黒髪を揺らしてからケイは微笑を返す。
「勿論よ」
「Hi、リヌさん。再会できて、嬉しいわ」
 ケイの後ろから顔を覗かせたシャロン・エイヴァリー(ga1843)が片目を瞑り、リヌは煙草を灰皿へ置いた。
「言っただろ、私は消えやしないって」
「うん、そうね」
 冗談めかしながらも違えない言葉に、シャロンはにっこりと笑った。
 ひとしきり友人との再会を喜んでから、リヌは残る二人へ問う様な視線を向ける。
「あんた達も、能力者だね」
「ん。赤崎羽矢子、羽矢子でいいよ。窮屈だろうけど、三日間よろしくね」
 軽く頭を下げる赤崎羽矢子(gb2140)に続いて、朧 幸乃(ga3078)も会釈をした。
「朧、幸乃です。自分の意思とは、関係なく‥‥過去の洗脳によって、傭兵の監視がつけられる‥‥不本意な状況とは、思いますが‥‥」
「気遣ってくれて、二人ともありがと。これでも軍とは多少の関わりがある身だ、大体の事情は解ってるよ。面倒事で、すまないねぇ」
 肩を竦めたリヌに、小さく幸乃は首を横に振った。
「リヌさんに、危険がない事を証明するためのもの‥‥ですから‥‥」
「そうだね。面識のないあんた達が『証人』なら、信憑性も増すさ。もちろん二人が仕事に手を抜くようなマネをしないのは、百も承知だけど」
「当然よ」
 肩にかかった髪をケイが手で払い、微笑む。
「だからといって構えないで、リラックスしてね。普段の貴女が、『調査対象』なんだから」
「そりゃあ‥‥めかし込まなきゃね」
 そんな変わりないやり取りに、ふっとケイの胸へ不安がわいた。
 何も変わらないがリヌにも不安はある筈で、それを思えば気丈さは苦い。
 無理をしないで‥‥と、彼女は心の内で言葉をかける。
「コールさんは?」
「電話中だ。トゥールーズに行ってる連中と」
 シャロンへ答えるリヌを、それとなく幸乃は見守っていた。

●散開
「シューの友達‥‥レナルドって、言ったっけ?」
 聞きっぱなしでごめんねと、受話器越しにコール・ウォーロックへ断る空閑 ハバキ(ga5172)の隣から。
「捕まえて、直に会えないか?」
 単刀直入に、アンドレアス・ラーセン(ga6523)がぶっちゃける。
 カルカッソンヌに到着早々、コールへ連絡をした二人はトゥールーズへ向かった。
 仏軍基地のゲートで用向きを告げれば、コールが根回しをしたのか、すぐに目的の人物に会えると言う。
 レナルド・ヴェンデル大佐――南仏の守りの要でもある、UPC仏軍トゥールーズ駐留陸軍連隊の司令だ。
 コールの話では軍にいた頃からの友人で、彼が軍に関わる際には直上の『上官』にあたるという。
「確か掩蔽壕、の‥‥」
「エクセレンターの青年か。その節は、面倒をかけたね」
 見覚えのある相手が差し出す手を、慌ててハバキは握り返す。
「君も、コルシカでの『協力』には感謝しているよ」
「あれは‥‥単なる成り行きだ」
 続いてアンドレアスも握手を交わし、ソファへ腰掛けるようレナルドは身振りで示した。
「『魔法使い』から話は聞いている。前置きはナシだ、用件を聞こう」
 コールとあまり歳の変わらない男は、二人を促すように見比べる。
 アンドレアスはハバキと互いに視線を交わし、じっと相手を見据えた。
「リヌの件だ。後催眠暗示で発砲したんじゃねぇかと、状況聞いて俺もそう感じた。あんたは、何がトリガーだと思ってる?」
 いきなり核心を投げてみるアンドレアスに、指を組んだレナルドは何かを考え込む。
「取調べの件は、一種のフラッシュバックとも考えられる。記録を見た限りでは、核心に迫った部分で行動を起こしたからな。だが、最初の発砲事件に関しては‥‥後催眠暗示としても、何を引き金にしているか現状では不明。だからこその、今回の監視だよ」
 もったいぶる訳でもなく、淡々と説明するレナルドの仕草を、じっと二人は『観察』していた。

「どう思う、アス?」
 煙草の先端から立ち上る煙を見ながらハバキが聞けば、アンドレアスも天井へ勢いよく煙を吐く。
「正直言えば、よく分からねぇ」
 敵ではないが、彼らにとっての味方とも断言できず、相変わらず落ち着かなかった。
 元より相手は軍人で、コルシカでの諸々を考えれば当然かもしれないが。
「ジャン・デュポン‥‥人間、或いは人間の形をしたナニカか」
 呟いて、去り際にレナルドがかけた言葉をアンドレアスは思い出す。
「スペインの情勢は多少落ち着いたが、南仏は現在も断続的にバグアの脅威にさらされている。今後も傭兵への協力要請があるだろうから、よろしく頼むよ」
 そして、短い会談を終えた二人は基地を後にした。

   ○

「イヴンとニコラの容態は?」
 尋ねる鏑木 硯(ga0280)に、休憩所のベンチに腰掛けたミシェルが溜息をついた。
「意識が戻って病室も高度治療室から一般病棟に移ったけど、退院はまだだとさ。面会も、制限されてる」
「そうなんだ。今は、会えるかな」
「能力者なら、会えるんじゃないか?」
 ナースセンターへ少年が目をやり、おもむろに硯は立ち上がる。

 二人の病室は、別になっていた。
 クリスマスに会った時よりやつれたが、硯の顔を見たニコラは嬉しそうな顔をする。
「今日は、シャロンと一緒じゃないんだ」
 病床から冷やかされ、思わず硯は苦笑を返した。
「うん。内緒で、二人の顔を見ようかと」
「怒られるよ。それにシャロン、美人だし。な、ミシェル」
「あんま笑ってると、くっつけた傷が開くぞ」
 むっすりと忠告する兄貴分に、くっくとまたニコラが笑う。

「リックやエリコの面倒は、チーフが見てくれるから大丈夫‥‥だと思う。ミシェルの話だと、気にして勉強ははかどってないみたいだけど」
「それは、仕方ないかも」
『報告』を聞いた硯は、弟分の事を心配するイヴンへ肩を竦めた。
「俺も心配だったし‥‥他の皆も、きっと。でも、意識が戻ってよかった」
「ごめん。俺ら、世話ばっかりかけて‥‥」
「気にしなくていいよ。日本じゃあ、『持ちつ持たれつ』って言うしね」
 謝るイヴンに笑顔で硯は応え、やがて短い面会時間が終わる。
「じゃあ、リックやエリコにもよろしく」
 会えなかった二人の名を口にすれば、不承不承ミシェルは頷き。
「俺らは大丈夫だから、心配してやられたりするなよ。シューみたいに硯が怪我して運ばれてきたら、笑いに行ってやる」
「うん、気をつける」
 そして硯はミシェルと分かれ、遅れて『ラスト・ホープ』を後にした。

   ○

 寄せては返す、波の音が聞こえる。
 春先のバニュルス・シェル・メールは内陸よりも暖かいが、まだ寒い。
「‥‥この中で、カプセルの組み立て‥‥は、無理かな」
 記憶にあったカプセルの大きさを思い出しながら、なつき(ga5710)は呟いた。
「それに‥‥わざわざそうしてまで、やる理由がない、か」
 借りたプレジャーボートは、大きなものではなかった。
 またここでカプセルを海へ流しても、コリウールの沖に漂着するとは限らない。何よりボートを借りた時期を考えれば、計算が合わなくなる。
 では、直接ボートから沈めたと仮定するなら。
 まず場所をコリウールにする理由は思いつかず、それをバニュルス・シェル・メールから連絡する意味も分からない。
 となれば、やはり頻繁にボートで出かけ、海中のカプセルを探していたと考えるのが一番しっくり来る。
 そうしてカプセルの場所を特定し、UPCへ知らせたとして。
「‥‥コートと帽子を、置いて行った理由‥‥」
 更なる疑問を、ぽつりと口にする。
 着る必要が、なくなったからなのか。ただ、忘れただけなのか。
 ‥‥そもそも、着ていた物なのか?
 ひたすらに、なつきは疑問と推測で思考を埋める。
 そうする事で、以前に訪れた時の記憶をあえて避けるかの如く‥‥。

●影
 二日目には、別行動を取っていた者達もブラッスリへ合流した。
 希望する者はコールが預かった『遺留品』を改めて検分し、その間にシャロンとケイは、リヌと外を散歩する。
 そして三人から距離を置いた幸乃が、それとなく周囲の警戒に当たっていた。
「‥‥ねぇ、リヌさん。前に『ケジメはつける』って、言ったわよね」
 スペインの小さな町で、分かれた時に。
 そしてコールの話では、トゥールーズから戻る車中でもそう呟いたと言う。
「最初は私、リヌさんが必ず、コールさんやイヴン達のところに戻ってきてくれる‥‥それが、ケジメだと思ってた」
 それから一つ息を吐き、彼女はリヌを見やった。
「けど‥‥コールさんから聞いた『ケジメ』は、何かに焦ってる気がするの。ジャン・デュポンは確かに怪しい人物だけど、リヌさんが追う理由は? ひょっとして、そこにリヌさんの、『ケジメ』があるんじゃない、の?」
 思い切って尋ねるシャロンにケイも気遣う視線を向け、静かにリヌは目を伏せる。
「そう、だね。認めたくはないけど、どこかで私は‥‥」
「リヌ‥‥」
 核心は伏せたまま沈痛な面持ちで俯く様子に、見かねたケイがリヌの手を握った。
「リヌはどう、なの?」
「これは期待じゃない、ただ怖い‥‥ユキノ、だっけ」
 こくと頷く幸乃へ、急にリヌが尋ねる。
「あんたは、死んだ人間が生き返ると思うかい?」
「いいえ、普通は。でも時にヨリシロとして、姿を現す事は‥‥あります」
 首を横に振った幸乃の返答に、「ありがと」とジャンク屋は礼を告げた。
「リヌ!」
 不意に呼ぶ声がして、四人はブラッスリを見やる。
「あいつら、協力してほしい事があるらしい。いいか?」
 声を張り上げて問うコールへ、見える様にリヌが片手を挙げ。
「ね、リヌさん。行動を起こす時は、私達に声をかけてよね。報酬は、とっくに前払いでもらってるんだから」
 来た道を戻るシャロンが、ふと明るく声をかけた。
「報酬?」
「3年前。初めて会ったクリスマスに貰ったパーツ、まだあるのよ」
 ウインクするシャロンに、怪訝な顔をしていたリヌはゆっくりと頭を振り。
「あんた達は、全く‥‥」
 それからぎゅっと、シャロンとケイを抱き寄せる。
「用が終わったら、アンドレアスがギターを持ってきてるから。二人で『Titania』を披露するわよ。それともリヌなら、シャンソンの方がいいかしら」
「ケイが歌うなら、私は『干し鱈のブランダード』をご馳走するわね。もちろん、ケイと幸乃にもね。カスレカスレって、ことあるごとに言う人がいるから、仏料理がカスレだけじゃないって事を教えてあげるっ」
 誘うシャロンに、目を細めて見守る幸乃も小さく笑った。

「機械磨きでも、する気だったのかねぇ」
 腕組みをするアンドレアスの隣で、かくりとハバキは首を傾げる。
「バグアにしては、アナログだよね?」
 ストレートな印象を口にするハバキに、空の油差しの匂いを確かめるアンドレアスが頭を掻いた。
「ドレがブラフで、本命なのか‥‥クソ、見えてこねぇ‥‥」
 焦りは禁物だと分かっていても、やはり手掛かりがほしい。
 硯と羽矢子もまた、頭をつき合わせてテーブルの上の物に唸っている。
「前に行った時は、車や船なんて残ってなかったし‥‥何かか隠れてるなら、固形ワックスの中とかかなぁ」
「どうだろう‥‥と、帰ってきたよ」
 窓越しの姿に気付いた羽矢子が、悩む者達へ知らせた。

「外で、待ってますから‥‥」
 ブラッスリの外で待っていたなつきがリヌを促し、幸乃も途中で足を止める。
 緊張した面持ちで店へ入ったリヌに、硯は手短に用件を説明した。
 遺留品のうち、黒のロングコートと帽子を硯が着用し、それでリヌの反応を確かめる‥‥というものだ。
「無理はさせたくないけど、手掛かりがほしいなら‥‥一つの方法だと、思うんです。頼りになるシャロンさんや、アンドレアスさん、ハバキさん達が揃っているうちに」
「‥‥解った。やっとくれ」
 硬い声のリヌに頷き、おもむろに硯はコートを手に取る。
「だいじょーぶ! 何かあったら、止めてみせるから♪」
 リヌの傍らに、明るく笑んでハバキが立ち。
「お互いに、多少の貸し借りが不快な関係じゃないもんね!」
「ええ。ハバキの言う通りよ」
 反対側に、そっとケイは付き添った。
「いいですか? そっち、向きますね」
 断ってからおもむろに、コートを着て、目深に帽子を被った硯が振り返る。
「それ、サイズが大きくない?」
「ですよね」
 大き目のコートに羽矢子が指摘すれば硯は苦笑し、緊張していたリヌも肩を竦めた。
「‥‥少し、いいか?」
 警戒しながら様子を見ていたアンドレアスが、硯へ歩み寄る。
「リヌ。カラオーラで情報を教えた男の顔、確か覚えてないとか言ってたな」
 ふと確認するコールへ、唯一の目撃者が首肯した。
「太陽を背にして‥‥眩しかった様な記憶があるけど」
「それを、『再現』してみるか?」
 聞くアンドレアスへ今度はコールが頷き、扉を開く。

「アンドレアスさんやコールさんには小さそうだし、ハバキさんが一番近い‥‥かな」
「おっけー、すずりん。任せて」
 コートのサイズに合わせ、硯は黒服役をハバキへ委ねた。
 しゃがんだリヌから少し距離を置いて、彼は立つ。
 時期も時間も、場所も違うが。
「こんな感じですね。じゃあ、もう一度見てもらえます?」
 全員が固唾を飲んで見守る中、硯の指示にリヌが後ろを仰いだ。
 飛び込む光に目を細め、目深に被った帽子の下を確かめようとするが。
 急に口元を押さえて立ち上がり、慌てて店内へ駆け込んだ。
「リヌ!」
 戸口に近い羽矢子がすぐ後を追いかけ、ケイやシャロンが続く。
「‥‥暗示、でしょうか」
「どっちかってぇと、拒絶反応っぽいな」
 不安げな硯にアンドレアスが唸り、ハバキはとりあえず帽子とコートを脱いだ。
「コール、さん。クガさん達に、お話された‥‥『不幸な事故』‥‥詳しく、教えて頂けたら‥‥」
 ふとなつきが尋ねれば、渋い表情で扉を見ていたコールは逡巡し、空を仰ぐ。
「‥‥KVでの戦闘行動下の、誤射だ。敵味方識別信号が正常に機能せず、視界は不良。HWと誤認し、僚機を撃墜。これで満足か?」
 感情のない平坦な言葉の羅列に、沈黙が続き。
 それに気付いたコールは苦笑して「すまんな」と首を振り、店の中へ戻った。
「多少の危険や怪我が伴ったって、何とだって返し方はある」
 じっとコールが消えた扉を見つめるなつきへ、そっとハバキは言葉をかける。
「‥‥何てことはないんだよ、なっちゃん」