●リプレイ本文
●Starting Preparation
天候は晴天、風は適度に。
ステージがあるトゥールーズ郊外は、絶好のライブ日和に恵まれていた。
「野外コンサート、初めてだけど‥‥どんな感じだろう?」
無骨なステージを見上げ、イリーナ・アベリツェフ(
gb5842)はわくわくと頭の中で想像を巡らせる。
夏の陽射しの下、様々な色のライトを支えるべく組み上げられていく鉄材に、ステージ両サイドで存在感を放つスピーカー群。
ステージからは無数のコードが這い伸び、なんだか秘密基地か何かのようで。
「今年も、この季節がやってきたのね」
やはりステージを前にしたケイ・リヒャルト(
ga0598)は、ふつふつと胸の底より湧き上がってくる高揚感を感じていた。
戦闘に臨んだ時とは別種のそれは、ライブ魂とでも言うべきものか。
「ふふッ、存分に歌い奏でるわよ!」
「随分と、気合いが入ってるねぇ」
くつりと笑う声に、気合いを入れていたケイははっと後ろを振り返る。
「リヌ!?」
緑の瞳を丸くした年下の友人へ、火の点いていない煙草を咥えたリヌ・カナートが手を振った。
「なぁに、驚いた顔してるんだい」
「そっか‥‥フランス、だものね」
改めて、自分が今いる国をケイは思い出す。
それから黒い髪を何気なく肩へ払い、ジャンク屋へ笑顔を向けた。
「Abend リヌ! 最近の調子はどう? もう‥‥良い、の?」
「お陰さまでね。しばらく『謹慎』していたせいで、仕事は上がったりだけど」
わざとらしくリヌはくるりと目を動かし、束ねたコードを担ぐ肩を竦める。
「今日は久々に、愛車のハンドルを握ってきたよ」
「あ、リヌさーん!」
呼ぶ声に振り返れば、金髪を揺らしてシャロン・エイヴァリー(
ga1843)が駆け寄ってきた。
「ね、トランスポーターにバイトの空き、無いかな?」
ほとんど息も弾ませず、明るく聞くシャロンにリヌは片眉をあげ。
「何だい、急に。能力者稼業は儲かってないのかい?」
「たまには、学生らしいバイトもしたいのよ」
シャロンがウインクすれば、からからと相手は笑う。
「ところで、コールさんは?」
「設営の邪魔にならないよう、適当にブラブラしてるんじゃないかねぇ」
「そっか、見つけたら捕まえなきゃ。フェスが終わった後、皆で打ち上げしたいし‥‥お財布のスポンサーの連行、じゃなかったエスコートもお願いしたいのよね」
意気込むシャロンにリヌがくつくつと笑い、二人の他愛もない会話にケイは内心ほっとした。
大丈夫だとは信じてた、けど。
それでも少し、心配だった‥‥それなりに長い付き合いとなったジャンク屋が、一人でひっそりと心痛めていないかと。
「じゃあ、案内ついでに探すかねぇ。ケイ、今日は存分に歌いなよ。聞いてるからさ」
「もちろんよ、リヌ!」
シャロンと裏方へ向かうリヌの激励に、ケイは満面の笑みを返した。
「いたいた! リヌさん、俺も何か手伝う事あります?」
遅れて走ってきた鏑木 硯(
ga0280)が、二人に合流する。
「ふぅん‥‥バイト先でのハプニングも、学生らしく?」
「そ、それは別よ、リヌさん」
意味深にからかうリヌへシャロンは頬を膨らませ、話が見えない硯はきょとんと首を傾げる。
「去年のエアフェス以上に楽しいものになるといいですね、シャロンさん」
「ええ、そうねっ。もちろんじゃない!」
どことなく嬉しそうな硯に慌ててシャロンが応え、素知らぬ顔でリヌは煙草を咥えた。
「‥‥暑いな」
額に手をかざし、照りつける太陽を見上げるホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)に、アンドレアス・ラーセン(
ga6523)がニヤリと笑んだ。
「ああ、熱いな。6弦を手にしたら、やるコトは1コだけだ‥‥今年もぶちかますぜ!」
「そうだな‥‥ぶちかましてくれ、この暑さに」
暑さが別のベクトルへ向いている友人に、生ぬるい相槌を返しながらホアキンはぱたぱたと手で顔を扇ぐ。
「それが一時の愉しみであっても、共有するのは貴重な時間だ。なにより、この季節を盛り上げたいし‥‥盛り上がりたいからな」
にしても、この暑さは季節柄か、あるいはフェスの熱気か。
「‥‥」
一方、そんな暑さも余所に、じーっと朧 幸乃(
ga3078)がソレを目で追っていた。
ぴょこぴょこと右へ移動し、今度はふらふら左へ戻ってくる‥‥もふもふの、けも耳。
「いつ見ても、ステージ裏というものはワクワクするのであるよ」
落ち着きのないティラン・フリーデンの頭にアンドレアスはポンと手を置き、奇妙な反復運動を止めた。
「今日はよろしくな、スポンサー様♪」
「スポンサーと言うほど、大したモノでもないのである。それに今日は、ステージをよろしくお願いすると共に、諸君らにも楽しんでほしいのだよ」
「そりゃあ、もちろんだろう。言われずとも、バッチリ楽しむ気満々だぜ」
ニッと笑うアンドレアスに、幸乃もまた緩やかに頷く。
「ティランさんにはコレ、もらったから‥‥なにか私で、お手伝い出来る事があれば‥‥」
けもみみパーカーを着た幸乃の頭の上で、兎の耳がひょこりと上下した。
「それはわざわざ、有り難い限りであるよ」
「そうそう。パーカー、頂いて凄く嬉しかったんですよ」
銀狐の尻尾アクセを揺らしつつ、手伝いで冷えた飲み物を持ってきたイリーナもまた嬉しそうに笑む。
「『ラスト・ホープ』に来てから、人から貰った物だから‥‥ありがとうございます」
「よ、喜んでもらえるのは嬉しいのであるが、そのような大したモノではないのであるよ!?」
突然のイリーナからの礼に、わたわたとティランは頭を振った。
「ともあれ‥‥今回、ティランさんはスポンサーで偉いんですから、大人しくどっしり座ってて下さいね」
それとなく硯が持ち上げたりするが、ただでさえ落ち着きのないティランにうろちょろされると、なにかと邪魔だったりなんだったり。
「でもこれで、皆の不安が和らぐといいな」
バックヤードの賑やかさに、ふっとイリーナは目を伏せる。
戻れないどころか、どこかすら覚えていない故郷。自身が何者かも分からぬ自分でも、集う人々を楽しませる事が出来るのかという疑問と、楽しませる事が出来るのならという願望と。
「うん。でもこういうのはやっぱり、まず本人が楽しまないと」
珍しく髪を下ろした赤崎羽矢子(
gb2140)は額に手をかざし、眩しそうに指の間から零れ落ちる陽光へ目を細める。
「戦いばかりだけでなく、たまには騒ぐのもいいかなー‥‥って事で、ね」
髪形を変えただけでなく羽矢子はピンク色の薔薇を模したコサージュを髪へ飾り、黒地に青い線の入った落ち着いた雰囲気を醸し出す浴衣「青条」を着て、全体的に大人しめな印象にまとめていた。
「今日は随分と、イメージチェンジなのね」
「ん。ちょっと‥‥ね」
そんな彼女へシャロンがコソリと囁けば、返事は意味ありげな笑みと共に。
「でも、ちゃんと演奏できればいいのですが」
わくわくとしながらも緊張を漂わせた和泉 澪(
gc2284)が、束ねたポニーテールを揺らしてステージを振り返る。
「こういう大きなステージで‥‥というか、公の場で演奏する事自体、私はあまりないので」
「ん〜。ま、ステージに立ってしまえば、何とかなるよ」
カラカラと羽矢子が澪へ笑い、やや考え込んだ幸乃はおもむろに、持参したけもみみ付のパーカーを手にして。
「‥‥着ますか?」
「ナンで、そうなる」
咥え煙草のアンドレアスが思わず突っ込めば、幸乃は小首を傾けた。
「着てみたければ‥‥ですけど。皆と‥‥同じ様な、格好をすれば‥‥落ち着くかもしれませんし‥‥そんなに、変じゃないでしょ‥‥?」
きょとりとして返す彼女にクスクスとケイが小さく笑い、アンドレアスが抑えたままの手の下で、ティランが「うんうん」と狐耳を上下に動かす。
「いや、十分に変‥‥だと思うがな。コレは」
「当方は別に、変ではないのだよーッ!?」
指を差されたティランが主張し、ぷかりとホアキンも紫煙を宙に浮かべた。
「‥‥俺は、猫派だなぁ」
「ナンとーッ!?」
明かすホアキンに、驚愕するティラン。
「それは、是非にも伝えておかねばっ」
「ドコのダレにナニを」
「‥‥ナイショである」
「ほ〜ぅ?」
どこぞへ行こうとするティランを、未だ頭を掴んだアンドレアスがぐぃと引き戻す。
「何か、面白そうな事を考えてねぇか?」
「む、無実なのだよーっ!」
頭を抑えられた側は、被った帽子の下でグリグリと首を横に振った。
「ところで‥‥」
じーっと訴える羽矢子の視線に、ハテと首を傾けるティラン。
そのまま、しばしの沈黙が続き。
「ああ、キモー!」
ごすっ。
ぽむと手を打ったティランへ、容赦も手加減もないツッコミを羽矢子が入れる。
「キモーって何よッ!」
「ティランさん‥‥ソレを言うなら着物ですよ、キモノ」
憤慨する羽矢子に、硯がそっとフォローを入れる。
「その中の、浴衣っていう服です」
「‥‥ユタカ?」
「ゆ・か・た、です」
「恐ろしく、基本的なボケっぷりね」
くつくつと笑うケイの一言に、がくりと羽矢子は脱力する。
「いつもと違う雰囲気で、素敵よ。羽矢子」
「ありがと、ケイ‥‥とりあえずソコの不審者は、罰としてステージに立って貰おうかなー?」
タンバリンを手にした羽矢子は、いい笑顔でにじにじとティランへ迫り。
「罰ってぇぇーッ!?」
「ああ、そうだ。傭兵アーティスト諸君、チャリティーにご協力を」
「え、チャリティーに?」
コミカルなやり取りは当人達に任せたホアキンの『要求』に、澪がきょとんとする。
「楽譜の提供をお願いしたい。完全アドリブなら、それもいいがね」
後は物資の確認も必要かと、遊ばれているティランにホアキンは思案した。
●Music Victims
「ところで‥‥リヌさんの様子は、どうです?」
手伝いに戻るべく外へ出た硯は、ステージ裏の一角で所在なさげにしているコール・ウォーロックを見止めた。
「まぁ、相変わらず‥‥だな。互いに、当たらず触らずといった感だ」
「戦況の方は?」
「そっちも相変わらず、だ。リヌがこういう状況だからなのかは、判らんが‥‥動きがないうちは、こっちも動きようがないのが難点だな」
話しながらコールは煙草を引っ張り出したものの、場所が場所だと気付いて手を止める。
「あぁ、コール! もしかして、ドラムとか叩ける?」
声をかける羽矢子へ、唸りながらコールが頭を掻いた。
「ドラムはさすがに、なぁ。『教本通り』は、ライブじゃあ味がないだろ」
「そっか、仕方ないね。他をあたってみるよ」
ひらと羽矢子は手を振って、助っ人探しに行く。
「すみません。俺も手伝いがありますので‥‥それからライブのトリ、協力をお願いしますね!」
軽く硯も頭を下げ、背を見送ったコールは駐機するKVへ目を向けた。
電子音が、空へ抜ける。
最終リハーサルの間もホアキンは売店の用意をし、その傍らへ移動販売車が停車した。
「頼まれ物だ、中身は確認しとくれ」
運転席から降りたリヌは、キーホルダーの付きのキーを彼へ投げて寄越す。
この夏空の下での野外ライブ、「客のために」とホアキンはアイスや冷たい飲み物の搬入を頼んだのだが。
「販売車を丸ごと、持ってくるとはね。ありがとう、それからお久し振り‥‥元気そうだね」
「お陰さまで。元気じゃあないと、心配性に心配されるからね‥‥まったく」
冗談めかすリヌはしょうがないといった風に笑ってステージを見やり、それからホアキンへと向き直る。
「そういや、Tシャツやらタオルやらは足りそうかい?」
「ああ。売り切れれば、それはそれで構わない」
売店の店頭には、単色のシンプルなTシャツやタオルが色と種類ごとに並んでいる。
そのいずれにもライブの出演者が搭乗するKVと演奏する楽器、そしてフェスのロゴを合わせてデザインしたシルエットがプリントされていた。全てホアキン自らがデザインし、作った物だ。
またケイとアンドレアスの了解を得て、蝶と十字架をあしらった『Titania』のユニットロゴを使ったアイテムも揃えていた。
「けもスポンサー、アイスコーヒーあるけど、飲むか?」
「むむっ、有り難く戴くのであるよ」
販売車の中をチェックするホアキンが顔を出せば、売店の品並べを手伝っていたティランは嬉しそうに付け尻尾を揺らす。
ティランもスポンサーとして、チャリティ用にけも耳の付いた帽子を提供していた。
「くれぐれも、耳を並べて暑さで倒れないよう。運ぶのもここを仕切るのも、面倒だからね」
「忠告、感謝する」
仕事に戻るべく見物を切り上げたリヌを、彼はティランへコーヒーを渡しつつ見送る。
「最終リハが終わったら、後は開場待ちか‥‥」
今日は夕暮れまではもちろん、日が落ちた後も暑い一日になりそうだと。
ティランとけも耳付きの頭を並べたホアキンは、改めて抜けるような青い空を仰いだ。
全ての準備が終わり、万端整った会場へ続々と聴衆が入場してくる。
トゥールーズはもちろんカルカッソンヌなど近隣に位置する南仏の町々、そしてパリ方面から南仏へと入る列車も珍しく混雑し。フランスにおけるバグアの前線基地としての物々しさではなく、純粋なイベントにトゥールーズの街は久しく絶えていた賑わいを取り戻していた。
ただ、浮かれた人々が集えば、トラブルもそれなりに発生する。
「あら‥‥お父さんか、お母さんは?」
開場後の誘導を手伝っていたイリーナは、人の流れに取り残された子供へ声をかけた。
10歳前後に思える少女の不安げな瞳は、不意にかつての自分を思い出させて。
「少しだけ、一緒に探す? エリア番号が分かっていたら、そこに行ってみようか」
しゃがんだイリーナが差し出す手は取らなかったが、涙目の少女はこくんと頷く。
‥‥そして、数十分後。
「あの、このエリアってどっちでしょうか‥‥?」
子供を連れて、近くの客へ場所を尋ねるイリーナがいた。
少女と二人で迷いながらも何とか指定場所へ着けば、その姿を見つけた父親らしき男が血相を変えて駆け寄ってくる。
「すみません、はぐれてしまって‥‥ありがとうございました!」
「おねーちゃん、ありがと。ばいばーい」
「はい。ばいばいー」
無邪気に手を振る少女へ手を振り返し、はたとイリーナは周囲を見回した。
「バックヤードへ戻るには、どこから‥‥だったっけ。とりあえずステージへ歩いていけば、問題ないかな‥‥」
またどこかで新たな迷子がいないか注意しつつ、彼女は再び会場を歩き始める。
「冷たいアイスにミネラルウォーター、ワインやビールはいかがでしょうか?」
グッズの物販を他のスタッフに任せたホアキンは、販売車でもっぱら飲食関係の販売に応じていた。
湿度は高くないものの、夕暮れが迫っても予想通りアイスやコールドドリンクが次々に売れる。
更に近付く開演時間を知らせるアナウンスが流れれば、客足は買い急ぐ人と指定エリアに戻る人とでごった返し。
「‥‥そろそろか」
ホアキンもまた時計を確認するとスタッフへ飲食物の補充を依頼し、販売の引継ぎを行う。
「私は、あくまで‥‥音楽も好きでやっているだけの、素人‥‥」
でも‥‥と、鈍く銀色の光を返すフルートを、そっと幸乃は指でなぞった。
入念に調整したフルートをケースへ納めた幸乃は、ハーモニカを手に取ると控えのテントを出る。
ステージの袖では見慣れた顔や見慣れぬ顔が、緊張を楽しみながら時間を待っていた。
鏡は見てこなかったが自分もこんな感じなのだろうかと、不意に彼女はそんな事を考える。
「よろしくね、朧」
「こちらこそ‥‥」
声をかける羽矢子へ、僅かに幸乃は頭を下げ。
「さて、本番ね‥‥! 思いっきり歌って、思いっきり楽しむわ」
猫のように緑の瞳を細めたケイが、ふふっと口元に笑みを刻んだ。
「張り切っていくわよっ」
「‥‥っし。円陣組むぞ、円陣!」
気合いを入れるシャロンに、煙草を携帯灰皿へ押し込んだアンドレアスが手を振る。
「鐘鳴る街に、俺らの音を響かせてやろうぜ!」
「「「おーッ!!」」」
遠慮がちに、あるいは力いっぱい声をあげ、『開演ブザー』が鳴った。
●赤崎羽矢子〜『TAKE OFF!!』
夕陽も沈み、残照が染める空へ弾けたのは、軽妙なポップス。
アンドレアスと澪が奏でる爽やかなエレキギターの旋律に、軽めのベースラインをケイがキープする。
ただギターに合わせて流れ行く感ではなく、音の上下へ激しく変化を付け。
少し懐かしい雰囲気の前奏から、勢いよく羽矢子のボーカルが飛び込む。
「 青い空 白い雲 すり抜けて
羽ばたく翼 風をつかまえる 」
楽しげな羽矢子がひらりと浴衣の袖を振れば、軽快なドラムのリズムが加わった。
幸乃のハーモニカとシャロンのピアノが、低音から高音へと同時にグリッサンドする。
「 陽光を弾くエンブレム キラリ
君に見せたいビジョン 連れ出してみよう 」
罰として引っ張り出されたティランは、ぺちぺちタンバリンを叩き。
日頃ぜんまい仕掛けが相手なせいか、意外なリズム感に羽矢子は笑った。
そしてサビにかかれば、それぞれのパートで声を合わせる。
『 高く高くもっと 高くテイクオフ!
君は笑って 空を見るかな
一緒の景色を 君と飛びたい 』
間奏ではメンバーの紹介を兼ねて、それぞれの独奏を即興演奏で挟む。
その間に、客席の硯を見つけたシャロンが、ステージ上から軽く手を振った。
去年のライブでは、演奏する彼女の後ろ姿を同じステージで見ていた硯だが。
今年は悩んだ末、こうして客席で皆の曲をゆっくりと聞く側を選んでいた。
それでも硯はオーディエンス・サイドから、演奏へ参加する。
身体を震わせつつ、会話するようなアンドレアスと澪のギターにリズムを取り。
ケイの作り出すビートで、手拍子を打ち。
清しい幸乃のハーモニカへ、拍手する。
そしてシャロンの細い指が叩くピアノの旋律に、彼は耳をすませた。
羽矢子が歌いながら、はしゃぐようにステージを右へ左へ移動し。
茜色の空へと、明るい声で歌を紡ぐ。
「 一緒の景色を 君と飛びたい 」
空遠く、願う言葉を投げた後は、軽やかに曲は幕を引く。
人で埋まった客席から、大きな拍手が起き。
袖を押さえながら、サポートした奏者達と羽矢子は大きく手を振った。
●和泉 澪〜『―藍に蒼めく海と風―』
スタンドマイクを前にして、澪は深呼吸を一つした。
楽器をギターからヴァイオリンに持ち替え、今は一人、ステージの中央に立つ。
空にまだ光はあるが、吹く風には夜の気配が混じり。
打って変わった空間の広さを感じながら、おもむろに澪は口を開いた。
「皆さん、ライブ楽しんでますかぁー?」
客席から歓声と拍手、返事代わりの口笛が一斉に返ってくる。
「さて、私はヴァイオリンの独奏をやります。こうやって公の場で演奏するのは初めてなので、緊張してますがよろしくお願いしますね」
再び、聴衆は励ますように拍手で演奏を待ち。
「それでは、聴いてください‥‥『藍に蒼めく海と風』」
演奏のポジションを取れば、あれだけ騒がしかった客席は水を打ったように静かになった。
弓を弦に当てれば、伏せた黒い瞳は暗い藍色へと色を変える。
始まりの音は、メゾピアノで。
ゆったりとしたテンポで柔らかに織るは、序奏。
イメージは、どこかで生まれた小さなそよ風。
いろんな場所を旅しながら、その風は次第に大きくなり。
蒼い風となって、緑の草原を大きく揺らしながら、吹き抜ける。
膨らむ音は、クレッシェンドへと。
‥‥彼女の存在は稀薄となり、音をのせる風に溶け込む。
弦は伸びやかで、おおらかな主旋律を辿り。
風は地上を渡って、広がる海へと到る。
藍色の大海原は、到った風に揺さぶられ。
鼓動の如く波が立ち、風と共に世界を巡る。
海駆ける波は生命を運び、空駆ける風は恵みを運び。
呼応しながら、渡っていく。
だが大きく強い風は、次第に弱まり始めた。
雄大な主旋律は、デクレッシェンドへと。
細るように弱くなり、緩やかになり、微かに鳴って。
波と共に世界を巡った風は、やがて‥‥止まった。
――けれど、それで終わりじゃない。
ほとんど止まりかけた弓の動きが、僅かに息を吹き返す。
現れるのは、再びの柔らかな曲調。
またどこかで風は生まれ、また世界を巡るだろう。
そうして、世界は廻っていく。
最後にふわりと、音は1フレーズだけ大きく膨らんで。
風の行方を見送るように、旋律は遠くなった。
瞳から暗い藍は失せて、黒耀の色に戻り。
音は、消える。
弦から弓を離した澪は束ねたポニーテールを揺らし、深々と一礼した。
「ありがとうございましたっ♪」
その言葉に、暗い空へ溶けていった余韻に浸っていたような客席に、拍手が満ちる。
賞賛を表す音の波へ、もう一度ぺこりと澪はお辞儀をした。
●Titania〜『Hands and Wings』+『Dream Night』
真夏の夜の闇に、なお昏い二つの影が浮かび上がった。
「暑い夏に、熱い風を‥‥」
蠱惑の囁きを追うように、一発の照明弾が打ち上げられ。
それを合図に、強い光が黒の衣装を纏った二人を鮮烈に暴露した。
同時に、爆ぜるのは電子音。
荘厳な空気をまとった重いイントロを、エレキギターが切り裂き。
一気に、旋律は速度を上げる。
『Titania』‥‥それは妖精女王の名であり、ケイとアンドレアスが組んだネオクラメタル・ユニットの名。
イントロで深くアンドレアスが愛用のギターを刻み込んだロックへ、透明感のある歌声をケイが重ね。
疾走する勢いはそのままに、唸る旋律はサビに向かって駆け抜ける。
「 Rise up your hands and wings
Reach for the sky and call my name
I know what we can do!
Bereave in the heat of your heart
Hold on! 」
伸びやかに、勢いを殺さずケイは明朗なるサビを歌い上げ。
入れ替わりで、力強く疾走感あるリフが再び鋭く切り込んだ。
覚え易いサビに対し、目まぐるしく変化する間奏。
ソロでのテクニカルなギタープレイが見せ場の『Hands and Wings』は、派手でフックのある一曲で。
アンドレアスが最も得意とするタイプのギタープレイを、随所に織り混ぜていた。
だが勢いのまま音を飛ばす事はせず、魂を込めるように一音一音を紡ぎ。
加えて幸乃のフルートとイリーナのコーラスが、ヘヴィなギター&リズムとオーケストラ系アレンジの融合した楽曲へ、更に深みをもたせる。
インパクトのある一曲は、貫くように走り抜け。
不意の空隙が、会場を覆った。
息をもつかせぬ熱狂の旋律が、急激にスピードダウンする。
それは、熱を冷ます訳でなく。
逆に内へ熱気を抑えた、妖艶なギターが纏わりつき。
二条のスポットライトが、蝶と十字架を浮かび上がらせた。
「 Welcome to the world of night
Welcome to the world of darkness
Let’s dance,started in the darkness night
This heat night...melting of passion
This heat night...felt warm all over 」
歌声の力強さもまた、一転し。
熱っぽく艶っぽく、スタンドマイクへケイは囁く。
「 The mischievous smile
The mischievous kiss
Marvelous ecstacy
with you now
A dream one night
A sweet trap one night 」
聴く者全てを魅了しようとするかの如く、ケイの歌声がセクシーな色を帯び。
ぐいぐいと引きつけるエフェクトにトリッキープレイを混ぜて、アンドレアスのギターが迫る。
その腕を存分に披露しつつ、これまでに経験した喜びも痛みも全てを音へ昇華させようと。
「 Welcome to the world of night
Welcome to the world of darkness
Let’s dance,started in the darkness night
Let’s dance,fleeting night’s pipe dream 」
熱い夜へ、どこまでも情熱的かつ挑発的にケイが歌い上げ。
緩やかに『Titania』が魅せるひと夏の幻想に、幕を引く。
名残を惜しむような歓声と拍手の中、ステージは闇へ沈んだ。
●Last Hope 2010〜『Going My Way!』
夢から醒めたような明るいステージへ、最後にシャロンが立つ。
「新曲でなくてゴメンね。なんかこの歌、好きなの」
はにかみながら彼女が断りを入れる間に、一度はステージを下りた者達が次々と戻ってきた。
改めて各自のポジションにつくと、シャロンもまたグランドピアノの前に腰掛け。
「聞いた事がある人も、そうでない人も、一緒に楽しむわよ。『Going My Way!』」
タイトルをコールすると同時に、パッと空で流星のような光が咲く。
色とりどりの照明弾を打ち上げるのは、ホアキン機雷電やアンドレアス機ディアブロ、そして羽矢子機シュテルン・G。
いつの間にかステージ周辺に配されていたKVに、聴衆は驚いてわぁっと声を上げた。
軽快なリズムで鍵盤を弾くシャロンに、一つ一つ『音』が加わっていく。
最初に呼吸を合わせたのは、シャロンの隣に座ったケイのピアノ。
ケイは低音、シャロンは高音に分かれ、一台のピアノを連弾し。
続いて賑やかに加わったのが、アンドレアスのエレキギター。
ブラック系の16ビートなカッティングで、盛り上げる。
鋭いリズムを包むように、幸乃のオカリナが優しい音色を響かせた。
コーラスを担当する羽矢子とイリーナ、澪の三人は、楽器を奏でる代わりに掲げた両手をクラップし。
客席でも硯が率先して、手拍子を始める。
ふときょろとステージを見回した幸乃が、おもむろにマイクへ呼びかけた。
「あの‥‥主催者のティランさん、いませんか‥‥?」
せっかくだし、一緒にやれたらいいな‥‥そんな思いで、幸乃はどこかにいる筈のティランを目で探す。
「えっと、すみません‥‥どなたか、こういう『けも耳もふもふな格好』をしてる人を‥‥ステージへ、連れてきて下さい」
自身のパーカーについたけも耳を示しつつ、協力を要請すれば。
わやわやと、客席の一角が賑やかになった。
「ちょをぅっ? またしても、当方もであるのか!?」
「観念して、行って来い」
笑いながらコールは連行してきたティランを、客席の硯へ引き渡す。
「ティランさん、観念した方がいいですよ。あ、コールさんもですけど」
ティランをステージへ押し上げつつ、コールにも逃げないよう硯が念を押した。
「またタンバリンか、手拍子でいいから。思いきり弾けて、盛り上げていこー♪」
引っ張り出されたティランの腕を、羽矢子が掴んで引っ張り。
別方向から、にわかに「わぁッ!!」と大きなどよめきが上がる。
観客席の中より、ホアキンがバク宙してステージへ登場し。
涼しい顔で竪琴を爪弾きつつ、最後に演奏へ加わった。
いつの間にか会場中に広まった手拍子が、ステージを包み。
全員が揃うと、軽快なポップ・ソングが始まる。
曲は昨年のエア・フェスで開催したライブのトリに演奏した、『Going My Way!』。
その、ピアノ・アレンジ版だ。
「 Long and long way 歩き続けてく
先の見えない 果てしなき道を
Peak and valley way 足を止めた日も
数え切れず 乗り越えてきたよ
旅路の先に 道を示す標(しるべ)は無いけど
肩を叩いて 手を取り合って 笑う仲間がいるから 」
掛け合いの即興演奏を交えて、曲は次第に加速し。
歌は得意ではない澪も、「学校でそこそこやった程度」というイリーナと二人、一生懸命に声を出す。
「 We can keep walking この空の下を
We can keep smiling 貴方の側で
いつの日にか 夢見た場所へと
たどり着けると そう信じて 」
別れを惜しむように繰り返される旋律も、終焉を向かえ。
最後にもう一度だけ、KV各機がカラフルな照明弾を一斉に夜空へ打ち上げた。
●Sound Encounter
「皆、お疲れさまだよ」
好評のうちに閉幕となったミュージック・フェスに、ステージ裏でリヌやスタッフ達が手を叩いて演奏者達を労った。
「リヌ! どうだったかしら?」
「ああ、しっかり聞かせてもらったよ。大したもんだ」
笑顔でジャンク屋が答えれば、駆け寄ったケイは嬉しそうに微笑む。
「さぁて、このまま皆で打上げでもしたい気分ね‥‥ブラッスリは営業時間外、かしら?」
意味ありげに、ケイは硯と共に現れたコールへ尋ね。
「もちろん、皆でやるわよ。ライブの打ち上げ!」
シャロンもまた、有無を言わさず確定事項にした。
「あ、その前に。皆さん、御疲れ様でしたっ!」
改めて、澪は今日一日を過ごした演奏者達へ礼をする。
「演奏、あんなに静かになるとは思いませんでした。皆さん聴き入ってくれたようで、良かったです」
「いえ、凄かったですよ‥‥皆さんの演奏。聞きに来たお客さんが楽しめる物に、なったと思います」
まだ興奮冷めやらぬ様子でイリーナが大きく頷けば、照れながらも澪はほっと安堵の息をついた。
「もちろん、打ち上げにはティランも参加だからね」
逃げ出す前に、羽矢子はティランへ念を押す。
「ああ、そうだ。言わねばならぬ事があるのだよ」
「ん、なに?」
「その、キモ‥‥ではなく、ユタカ、実に似合っていたのであるよ。コルシカの件では、勇ましいものであったが‥‥今日はとても、華やかであったのだ」
にこやかにストレートな感想を告げるティランに、一瞬だけ羽矢子は相手を凝視して。
「ありがと。でもユタカじゃなく、浴衣だから」
「むむ、ユッタカ?」
「ゆーかーたっ」
膨らんだやや赤い頬の理由は、当人のみぞ知る、だろう。
「そういえば、客席から見たライブは、どうだったかしら?」
そんなやり取りに笑いながら、シャロンは硯へ聞いた。
「え? あの、同じステージで見るのと、また違って‥‥楽しかったです」
ライトを受けて輝く彼女の表情を思い起こしながら、硯がおもむろに答えれば。
満面の明るい笑顔が、返って来た。