タイトル:空に揺蕩うマスター:風華弓弦

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 1 人
リプレイ完成日時:
2011/05/13 21:28

●オープニング本文


●民間プロジェクトは平常運転中
 ドイツ南部、ボーデン湖に浮かぶリンダウという小さな街。その隅っこに、成層圏プラットフォームのプロジェクト・チームが研究施設を構えている。
 プロジェクトはあくまでも民間人の手によるものであり、UPCと直接の関係はない。
 機器も民間に対して優先的に提供されている‥‥が、要請があればUPCに協力し、新たな中継局の打ち上げだけでなく、携帯型で短期間仕様の無線中継局の提供も行っていた。
 プロジェクトの中心人物は、ティラン・フリーデンなるドイツの青年。
 木製玩具を作るマイスターの家系にあって、おもちゃの制作や設計や本業なのだが、家や会社に関わる必要はなく。そのためフリーデン社の後援を受ける形で、プロジェクトは進められていた。

●世代交代
「最近、無線中継局のレスポンスが悪いようだな。受信範囲も、当初より急速に狭くなっているらしい」
 事務的な交渉を担当するチェザーレが、中継局を利用する個人や組織より寄せられた情報を伝えた。
「原因は無線中継局の機材の劣化、かな。かなり進んでると思うよ」
 キャンディ・バーを齧りながら、ドナートは前後逆に座った椅子の背を抱えるようにもたれる。
「打ち上げてから、古い機体ではもうすぐ三年‥‥になりますしね」
 紅茶を淹れたアイネイアスが、しみじみと窓の外へ目を向けた。
「では、そろそろ機種変更の時期であるかなぁ‥‥」
「設計や技術的な面も、素材的な部分も、当初の段階からいろいろと前進してるしね」
 もきゅもきゅとクッキーを食べながら思案するティランに、しれっとした表情でドナートは無作為に無線の会話を拾っている。耳にする会話の中には民間人に届かない情報もあるらしいが、彼の趣味は情報そのものではなく、あくまでも『拾い聞き』だった。
「耐久テストという点でも、十分に成果は出ているしな」
 チェザーレが顎のヒゲを撫で、こくりとアイネイアスも頷く。
「旧型機の機能が停止する前に、後継機を設置した方がいいですよね」
「広域に速やかな設置を行うとなれば、また能力者諸氏に助力を頼むのが得策であるなぁ」
 考えながらも、ぽりぽりとティランはクッキーを食べる手は休めず。
「以前と同じ規模で考えるのであれば、四方のそれぞれに3機ばかりを配置するのが後の展開を考えれば楽なのであるが‥‥」
 やがて「すかっ」と。
 空になった皿の上で、指がつまむ物を探して空振りをする。
「む‥‥むむむっ? ドナート君、取ったのであるかー!?」
「自分で喰っといて、こっちのせいにするなっ」
「はいはい、お代わりはありますから」
 笑いながらアイネイアスは更にクッキーを追加し、呆れ顔のチェザーレがやれやれと肩を竦めた。

●参加者一覧

アグレアーブル(ga0095
21歳・♀・PN
鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
クラウディア・マリウス(ga6559
17歳・♀・ER
神楽 菖蒲(gb8448
26歳・♀・AA
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN
ヨハン・クルーゲ(gc3635
22歳・♂・ER
若山 望(gc4533
12歳・♀・JG
ギン・クロハラ(gc6881
16歳・♀・HA

●リプレイ本文

●天駆ける
 予定時間より早めに、機影は青空の彼方から現れた。
 小さな飛行場へ次々に降り立った鋼鉄の翼は、滑走路から駐機場へ移動する。
「こんなところで‥‥プロジェクトを‥‥」
 広がるボーデン湖とその先に連なるアルプスの広大な風景に、若山 望(gc4533)は黒髪をふわりとかき上げた。
「私、本当に‥‥ここまで飛んでこれたんですね」
 早鐘を打つ胸を押さえたギン・クロハラ(gc6881)は、今回がKVでの初フライトだ。
「お疲れさま。ここから本番だけどね」
 緊張をほぐすように、鏑木 硯(ga0280)が少しからかいを混ぜて気遣う。
「‥‥今日は、一緒じゃないのね」
 鏑木くん、と名を呼ばれて振り返れば、アグレアーブル(ga0095)が小首を僅かに傾けていた。彼の傍らに明るい声がない事が、少しばかり残念らしい。
「でも、頑張りますよ。今日は楽しく飛ぶつもりです」
 硯の返事に、アグレアーブルはこくと頷く。
「ところで、アレは‥‥何?」
 機体の間をうろうろする見慣れぬ尻尾を、警戒するような表情の神楽 菖蒲(gb8448)が目で追っていた。
「KVが沢山なのであるよっ」
 腰に吊った銀狐のけも尻尾なアクセサリーを揺らし、目を輝かせたティラン・フリーデンは各KVの間をくるくる回っている。
 心の揺らぎ易い友人に、あまり正体不明な物体を近付けたくないというか。気になって菖蒲が見れば、百地・悠季と話をするラナ・ヴェクサー(gc1748)の目には入っていないようだ。
「あの少々落ち着きのない方が、依頼人ですか?」
「‥‥」
 思わず確かめるヨハン・クルーゲ(gc3635)に、無言でこっくりアグレアーブルが首肯した。
「今日は、よろしくお願いしますねっ!」
 明るい声で挨拶するクラウディア・マリウス(ga6559)に、はたとティランは足を止め。
「こちらこそ、多忙なところを感謝なのだよ」
 丁寧に一礼を返すティランを、アグレアーブルが手招きする。
「ナニゴトであるか?」
 無防備にひょこひょこ寄って来た一般人を、彼女はわっしと掴み。
「うぴょぉ〜っ!?」
 奇声もお構いなく、ぽいとS−01のコックピットへ放り込む。
「はわっ、大丈夫ですか?」
 クラウディアが驚くも親友は頷き、そのままティランをコクピットに座らせた‥‥いつだったか、誰かが子供にしていたように。
「あ、アグレアーブル君っ!?」
「‥‥こないだの、お礼」
 最新鋭の機体と比べれば旧式ではあるが、未だKVの代表格とされるS−01。
 さすがに、スイッチやパネルをいじる程の悪戯はないが。はしゃぐ『もふい人』と、タラップに登って説明する『可愛い親友』を並べたアグレアーブルは、とてもとてもご満悦だった。

●一路、空へ
「早速、始めますか」
 補給と無線局のユニットの装着が終わったという連絡に、ヨハンは音もなく立ち上がる。
「そうですね‥‥では」
 声をかける望に、感心しながらKVを眺めていた依頼者が振り返った。
「とてもとても頼もしそうな機体であったので、大丈夫だとは思うのであるが。気をつけて、行って来るのだよ〜」
 力の限り手を振るティランとは対照的に、軽く望は会釈をする。
「‥‥変わった人、ですね」
「変わっているからこそ、こんなプロジェクトをやっているのかもしれませんが」
 ヨハンの言葉に、何となく納得する望。
「それにしても、成層圏ですか‥‥前に飛んだ時は戦闘でしたから、今回はゆっくりと見てみたいですね‥‥」
「地球側勢力圏内、なので‥‥戦闘は、まずないとは思いますが‥‥」
 それでも油断をせず、望は愛機のリンクスへフル装備を搭載してきた。もしティランがKVに詳しければ、もっと大騒ぎをしていたかもしれない‥‥それでも、十分にうるさくはあったが。
 直前にもルートの確認などを行った後、ヨハン機スピリットゴーストと望機リンクスは大空へと飛び立った。
 リンダウからそう遠くないドイツ北部へ向かう二人は、最初にそれぞれ一機ずつがユニットを投下する。
 その後、三つ目を望のリンクスに搭載して補給を受け、再び空へと飛んだ。
『スピリットゴーストの大きさなら、ユニットも二つ付けられそうな気もしますがね‥‥』
『何らかの‥‥技術的な問題が、あるのでしょう。仮にも、精密機器ですし‥‥』
 切り離し完了を確認したヨハンの言葉に、望はぽつぽつと答える。
 一度のフライトで作業が完了できないのは、確かに非効率的かもしれないが。
『‥‥時間があるからこそ‥‥この光景も、ゆっくり‥‥見る事が出来ます』
 コクピットの外へ望が目をやれば、そこには遮るもののない空間がどこまでも広がっていた。
 厚い雲は、足の下に浮かび。
 地平から上に向けて、空は白んだ薄い青から濃い藍色、やがて夜の色へと変化している。
 目を凝らせば、昼でもそこに小さな星さえ見る事が出来た。
 リンクスから切り離されたユニットは無事に展開し、飛空船のようなフォルムの無線中継局がぽつんと浮かぶ。
 どこかのんびりしたような、それでいて寂しげにも思える光景にヨハンは持ち込んだカメラを取り出し、シャッターを切った。
『あの、ヨハンさんは‥‥飛ぶだけで‥‥?』
 流れる時間を忘れそうな光景の中で、遠慮がちに望が聞く。
『ええ。こうして、自由に‥‥純粋に空を飛べるだけで、十分に楽しいですよ』
『そうですね‥‥』
 そうして二機のKVは、空と宙の狭間を静かに飛んだ。

   ○

『敵影はありません、硯さん。このまま行きましょう』
『了解です』
 状況を伝えるギンに、硯が応じた。
 フランスの上空、薄い雲を裂いて飛ぶのは、硯機ディアブロとギン機アンジェリカ。
 十分な加速を得ると機首を上げ、天を目指して一直線に駆け上がる。
 指標のない空、振動する機体、時おりジェットの音に混ざって各部にかかるGの限界を知らせる予鈴。
 一度目の飛行では、先行するディアブロの後ろに付いて行った。
 だが二度目はアンジェリカが先導して飛び、ギンが安全を確保する。
 レーダーと目視で確かめる限り、彼女らのいる空間に他の機影はない。
『予定の高度に到達しました。空域は、クリアです』
『ありがとう、ギンさん』
 まだ緊張の残るギンへ、明るく硯が礼を告げた。
 ディアブロの体勢を保持し、ユニットを切り離す。
 その間も油断なく、ギンは接近する飛行物体がないかを警戒し。
『無事に投下を完了、異常なし。最後のユニットは、ギンさんがお願いします』
『はい、分かりました!』
 二度目の短い成層圏の滞在を終えて、再び地上を目指した。
 そして補給と短い休息を挟み、三度目の加速と上昇。
『だいぶ、慣れてきた?』
『あ、はいっ。何とか‥‥』
 返事とは裏腹な、まだ強張った感のある声に硯は笑み、自分が最初に飛んだ時はどうだったかな‥‥と、そんな記憶をふと辿る。
『投下完了です』
『了解。無線中継局‥‥電波にのせる事で、いろいろな事ができるんでしょうね』
 見下ろせば、雲の狭間には大地の緑と海の青が広がっていた。
 眼下のフランスで暮らす顔見知り達の顔を、不意に硯は思い出す。
『宙の蒼と、光に満ちた地球の碧。綺麗ですよね‥‥本当に』
 やっと落ち着いたのか、初めて目にする光景に感慨深げなギンの声。
『この綺麗な惑星が、私達の故郷なのですね‥‥』
 見渡す限りに戦火はなく、空を仰いでも赤い星は見えず。
 だが今もどこかで、過去の自分と同じように誰かがバグアの脅威にさらされている。それを思えば、ぎゅっと胸を締め付けられるような感覚がギンを襲うが。
『きっと取り戻せるよう、頑張りましょう』
『そうだね』
 決意にも似た言葉に硯は頷き、改めて操縦桿を握った。
 更にもっと高度を上げれば、大気は機体を支え切らず、重力に引かれたKVは失速する。
 一方で、空気のないもっと高高度でもKVの軌道を変えられたという噂も硯は耳にしていた。何かの偶然か、それともまだ能力者には可能性が眠っているのか、それは分からないけれど。
『いつかはこの先の、宇宙へ‥‥』

●越える翼
「前の子達は、どうするの?」
 取り付けたユニットを見つめたまま、アグレアーブルがティランへ聞く。
「いずれ熱圏に入り、地上へ落ちるのだよ。人的被害のない場所へ極力誘導し、今後の為にも回収できる物は回収する予定ではあるが」
『平穏の象徴みたいな無線中継局』に僅かながらに思い入れのある彼女は、ちらと製作者を見てからまたユニットへ視線を戻す。
「よろしくお願いするのであるよ」
「‥‥この子は、もう旧式ではあるけれど‥‥思うように、良く飛んでくれる子だから‥‥」
 久しぶりに連れ出したS−01へ手を当てて、アグレアーブルは頷いた。
 親友と向かう先は南、アルプスを越えたイタリア方面。
「ウーちゃん、今日はよろしくねっ」
 久々の空を飛ぶと言うクラウディアは、うきうきとウーフー2へ声をかける。
 それから首を傾ける様にして、大好きな友人を見やった。
「アグちゃんと一緒に行動だね。えへへ、よろしくねっ!」
 はしゃぐ笑顔に、再びアグレアーブルも髪を揺らす。
 最初、アグレアーブルから南へ飛ぶと聞いたクラウディアは、一瞬だけ表情を失ったが。
「ううん、なんでもないよっ! がんばろうね!」
 何かを振り払うように頭を振って、小さく気合を入れた。
 地上に残る者の見送りを受け、アグレアーブル機S−01とクラウディア機ウーフー2は南へ飛ぶ。
 イタリアは、クラウディアの故郷だ。
 しかし以前にその地で大敗した時を境に、彼女は長く母国イタリアの地を踏んでいない‥‥帰れないでいた。
 トラウマを克服しようと、最近は少しずつ努力しているが、後一歩が踏み出せず。
 慣れたコクピットで、クラウディアは何度もぎゅっと操縦桿を握り直した。
『でも‥‥アグちゃんが背中を押してくれるから、いける気がする』
 親友であり、共に敗北を経験したアグレアーブルとなら。
 あえて口に出した言葉に、『大丈夫』と短くも確かな返事が一つ。
 加速をつけ、機首を空に向け、共に成層圏を目指す。
 まず最初にアグレアーブルがユニットを投下し、次のポイントではクラウディアが無事に無線局を切り離した。
 キャノピー越しに見える無線局は、何かが大きく変わった様子はない。だがティランの言に寄れば軽量化と性能向上が成され、ユニットも飛行船型に統一したらしい。
『‥‥クラウ、外を』
 そんな事を思い出しながら、友人へアグレアーブルは声をかけた。
 イタリアの空、海、大地‥‥それを思うと同時に過去の記憶も浮き上がり、どきどきと早くなる鼓動を覚えていたクラウディアだが。
 友人の声に深呼吸をし、おもむろに顔を上げれば。
『綺麗‥‥』
 青い瞳を見開き、その光景に思わず呟きが零れ落ちた。
 成層圏から見る地上も空へのグラデーションも、どこまでも広大で美しく。
(ただ‥‥この成層圏も、戦場に含まれつつある事は確か、で)
 それを思うと、アグレアーブルの気は重い‥‥しかし沈む気持ちを打ち破るように。
『あのね、アグちゃん。私、もう大丈夫な気がする』
 決意を内に秘めた、親友の声。
『まだ、少し怖いけど‥‥自分の足で立ってみるよ』
『‥‥では、三個目は一番南‥‥イタリア上空に』
『うん、行こ!』
 まずは、空から。
 いつか広げた翼で、愛する故郷へ舞い降りるために‥‥。

   ○

「これもまた、私達でしかできない仕事よ」
 パートナーへ告げた菖蒲のサイファーは全ての兵装を外し、完全に『非武装』の状態だった。
「確かに‥‥敵との、遭遇確率は‥‥低いとの話、ですが‥‥」
 万全をと不安げな瞳で訴えるラナに、真っ直ぐ菖蒲は彼女へ視線を向ける。
「何かあれば、ラナが守ってくれる。でしょう?」
 当然といった表情で、返した。
「決して、敵を倒すだけが‥‥名誉ではないのよ」
 柔らかく諭しながら、微かに震える背へ菖蒲がそっと手を置く。
「行きましょう。私の命、あなたに預けるわ」
「神楽さん‥‥」
 委ねられた重さに、じっとラナは菖蒲を見つめた。
 二人の担当空域であるデンマーク方面へ飛ぶ間、緊張をほぐす様に菖蒲のサイファーはラナのサイファーの周囲を踊るように飛んでみせる。
『私も合わせられるのよ、ラナ。自分一人で完璧を求めないの』
 垂直上昇で要求された高度へ達した後も、彼女はラナへ成層圏での機体の扱いなどを細かくレクチャーした。
『見てごらん。私達が守ってる星よ』
 翼を並べる彼女へ呼びかければ、ふっと息を飲む気配がして。
『これ‥‥が、私達‥‥の、星‥‥』
 じっと、ラナはコクピットの風景を見つめる。
(私の、悩み‥‥なんて、この星に比べて‥‥小さい‥‥)
『二度目の投下には、好きに動いていいわよ。合わせるから』
 はいと答えたラナは、コクピットで深呼吸をする。
(回避能力‥‥は、向上した‥‥けど、扱い辛い‥‥でも)
『‥‥私、は‥‥強く、ならないと‥!』

『じゃ、行ってくるわ』
 三度目のユニット投下では、全力で上昇していく菖蒲機サイファーをラナが見送る。
 熱圏で空域を哨戒するサイファーは、自然と機首を西へ向けた。
(私は‥‥何の為に戦っている‥‥? お金? 名誉? 復讐?
 どれも大切な、理由だった‥‥のに‥‥皆、否定して‥‥私は、何を糧に‥‥戦っていけば‥‥いいの‥‥?)
 進路の先にある、イギリス――故郷へ彼女は一人、思いを馳せる。
 答えは、今は見えなくとも‥‥。

「おかえりなさい。ポテトサラダに特製サンドイッチ、用意してあるわよ」
 天空の高くより帰還した者達を、悠季が笑顔で出迎えた。
 サンドイッチの具材は、ハムカツにコンビーフ、シーチキン、スクランブルエッグ、テリヤキチキン、それからスタンダードなBLT。
「はわ‥‥アグちゃん、美味しそうっ」
「俺達もいいんですか?」
 クラウディアはアグレアーブルの腕を引き、硯が悠季へ尋ね。
「遠慮なく、どうぞ」
「いただきます、百地さん」
 悠季の好意にギンが礼を言い、ヨハンや望も手を伸ばす。
「こうして、KVが役に立つ機会も良いものよね。皆が飛んで行く様は、見てて気持ち良いし。あたしもいずれ復帰したら、手伝いたいわね」
 微笑する悠季は、すっかり目立ったお腹へ手をやった。
 その仕草を見るラナが、小さく呟く。
「‥‥結婚、出産‥‥か」
 無論、ラナにも憧れはあるが。
「‥‥今の、私になんて、無理‥‥でしょう、か‥‥」
 そんな彼女へ、悠季がサンドイッチを差し出した。
「百地君‥‥」
「お疲れさま。よければ食べて」
 おずおずと受け取るラナに、悠季は笑む。
「‥‥あなたは私を守り抜いた。これは、あなたの戦果よ?」
「神楽さん‥‥それは、嬉しい‥‥けど、これが‥‥理由に?」
 まだ表情の揺らぐラナへ、彼女の分の確信も込めて菖蒲が頷く。
「なるわ」
 今の少年少女達は平和な空など知らないが、生まれてくる友人の子はどんな空を見るのだろうか、と。
 蒼天の下、菖蒲とラナは並んで悠季のサンドイッチを頬張った。