●リプレイ本文
●思いと迷い
「探すのは、先日送り届けた少年達ね?」
一番大きなテーブルに広げた、ピレネー山脈を含む南仏の地図。そこに置かれた2個のマーカー――現状の位置と、捜索範囲を確かめたケイ・リヒャルト(
ga0598)は緑の視線をテーブル越しの相手へ向けた。
「ああ、その年長組2人だよ。全く」
煙草のフィルターを噛み千切りそうなリヌ・カナートは、短い髪を乱暴に掻く。
「大丈夫ですよ。なんとしても、無事に連れて帰ってきますから」
地図を囲んだ鏑木 硯(
ga0280)も真剣な表情で約束し、ふと探索範囲とは逆方向の西側を指で辿った。
「あれから‥‥3年以上、経ったんですね。リックを探しに行った時は雨に降られちゃったけど、今度は荒れないといいなぁ」
最新の予報は晴天だが、山の天候は変わりやすい。万が一を考え、何か持っていく物をとブラッスリのキッチンへ足を運べば、階段で残った年少組と話しをするシャロン・エイヴァリー(
ga1843)の声が聞こえてきた。
「浮かない顔ね。大丈夫、イヴン達は必ず連れて帰ってくるから」
ニコラとリック、そしてエリコの顔をそれぞれ覗き込み、消沈する3人を励ます。
「でもあの2人が、こんな心配をかけるような事をするって‥‥何かあったの?」
迷うように顔を見合わせる3人の耳に、優しい音色が届いた。少しでも不安を和らげようとする気遣いか、窓辺で朧 幸乃(
ga3078)がそっとフルートを奏でている。
「俺らも‥‥コールから直接は、聞いてないけど」
うな垂れるニコラがぽつと養子話を口にし、耳を傾けていたシャロンは彼らの肩を軽く叩いた。
「それが本当なら、きっとコールさんには必要な事なのよ」
「でもさ‥‥」
「確かに今更かもしれないけど‥‥踏ん切りが着かない事もあるわ。家族みたいなもの、と思っていてもね。口に出すには、躊躇いが残るっていうか」
そうやってきた関係を、一歩進めようとしたんじゃないかと‥‥シャロンは自分の考えを明かす。
「私も、戦争が終わるまで待たせちゃってる側だから‥‥ね」
階段に腰掛けた彼女は膝の上で指を組み、天井を仰いだ。
「それってアレ? 式には呼んでくれるとか」
「待ちなさい。勝手に話を飛ばさないの!」
小声のリックに、シャロンは口を尖らせ。
「とにかくっ。私達に任せて、どんと構えてなさい」
少し明るさを取り戻した3人へ、胸をトンと叩く。
黙って硯はキッチンから出ると、問う視線の比良坂 和泉(
ga6549)に頷いた。
「落ち着いたみたいです」
「そうですか」
答えに、ひとまず和泉も安堵する。兄弟同然に育った間柄なら、残された側も心配だろう。
「現状は、把握できましたし‥‥行動に移りましょうか」
「俺は、ここに残ってバックアップを行いますよ‥‥」
ぐぃとレザーハンチングを被った和泉が立ち上がり、椅子に座った終夜・無月(
ga3084)は地図を見ていた。
「そうだね。その身体じゃあ、その方がいい」
バンッと力いっぱいリヌに背を叩かれ、反射的に無月は顔をしかめる。
「どう誤魔化しても、苦手な匂いは気になるモンだ。例えば、消毒薬とかね」
「まぁ‥‥皆と共に行くと足手纏いでしょうから、俺の出来る事で力になります‥‥。車両などは‥‥足りてるんですか?」
「足らなきゃ出すさ。コールは不在だけど、その程度の融通なら問題ない」
無月の問いに返事をし、リヌは煙草を灰皿へ押し付けた。
「ピレネーへ向かった2人が無線を持っているなら、その周波数は‥‥コールさんが知って‥‥?」
「それは問題ないよ。問題はあんた達のKVに積んであるような、『お高いモノ』じゃないってトコか。とりあえず」
車の鍵を取ったリヌは、年少組へ目を向ける。
「留守番の3人が抜け出して無茶をしないよう、せいぜい目を離せない『重傷人』を演じといておくれ」
「‥‥わかりました」
正に先の依頼で傷が完治しきらぬ『重傷人』の無月が苦笑い、6人はブラッスリを出た。
「ついてくるの、リヌ?」
心配顔のケイへ、ジャンク屋はカラリと笑う。
「捜索には同行しないよ。個人が携帯するレベルの無線機じゃあ、山からここまで無線は届かない。幸い『留守番』も来てくれた事だし、麓で『中継役』をやるさ」
「そう。早く見付けなきゃ、ね。どうか無事で居て‥‥」
指を組んでケイが祈り、シャロンも南の空を見つめ。
「何を相手にしてでも、絶対に連れ帰るわ。見つけたら、手加減抜きで抱き締めてやるんだから‥‥!」
「何であれ、お二人を見つけない事には始まりませんか。それにしても、無茶な真似ですけど‥‥」
気がかりなのか、和泉が小さな溜め息を落とした。
「養子話が原因、なのでしょうか?」
「戦局が進む中で、戦争に翻弄されて‥‥皆さん、色々と思うところもあるんでしょうね‥‥なんであれ、家族は素敵なもの‥‥」
静かに幸乃は目を閉じ、何度か顔を合わせた少年達の記憶を辿る。
「孤児にだって、家族を作って幸せになる権利はあるはずだもの‥‥ね」
幸乃の言葉に、和泉もまた小さく頷いた。
●痕跡を探して
「警戒区域、ですか」
広がる山の風景に、双眼鏡を和泉が覗き込んだ。
麓にリヌを残した2台の車は別方面に分かれ、少年達を探す場所の手がかりを探す。
「以前から、ピレネー山脈の北側はたまにキメラが出るんですよね。それと先日、カルカッソンヌが植物型キメラに襲われた時に目撃された、翼竜のようなキメラが‥‥この付近まで追跡したものの、見失ったとか」
「それで、警戒区域なんですね」
簡単な硯の説明に、何気なく和泉は空を仰いだ。
多少の雲は出ているが、晴れた空を横切る翼はなかった‥‥鳥も、キメラも。
「性格的に、二人は何か目印とか残しそうなタイプです?」
詳しそうな様子に和泉は疑問を投げ、無線機で応答を求めていた硯が記憶を辿る。
「どうかな‥‥山歩きなんかは、慣れてないかも?」
「だとしたら、あまり無理はしそうにないですね。残った三人にも、帰ると言ったそうですから」
「でも、なんでこんなに無茶するかな‥‥気持ちは解らなくもないけど」
複雑な心境でぼやく硯に、つられて和泉も苦笑する。
「とにかく、バグアの施設を見つけるつもりで動いていけば、2人の動きを追えるんじゃないかな」
「彼らも、それを探しに来た筈です。まず二人の車を探すのも、いいかもしれません」
硯の見方に同意し、和泉も再び捜索に戻った。
手がかりが見つからなければ別班と合流し、捜索範囲を変更する。
捜索にかけられる時間は限られていて、五人は連絡を取り合いながら警戒区域を少しずつ潰していった。
「随分と、静か‥‥」
車を降りたケイは、山の風景に微妙な違和感を覚えていた。
一番近い村からもそれなりに離れているため、家畜の鳴き声や車の音なども届かない。
梢を揺らす風はなく、鳥のさえずりも聞こえてこなかった。
「キメラがいる影響かしら?」
「そうかもしれないわね。でも目的はあくまでイヴン、ミシェルの保護。忘れないで」
「大丈夫よ、シャロン。忘れてないわ」
少年達の前では明るく振る舞っていたが、やはり心配なのだろう。少し緊張した表情のシャロンに、ケイがウインクしてみせる。
「でも例の翼竜とバグア施設は、気になるわね」
「以前の『森』のような‥‥自然に見えるキメラや罠も考えられます‥‥」
ケイに続いて幸乃も、一見すると何の変哲もない光景を注意深く見回した。
「それにしても、無線‥‥ノイズが多いですね‥‥」
「連絡、取れないの?」
「リヌさんから教えてもらった、ブクリエの連絡用周波数にも合わせてますが‥‥近くにバグアの施設がある影響、でしょうか‥‥」
「かもしれないわね」
重く答えたシャロンは、「どうする?」と視線で二人へ問う。
「一度、戻るのがいいと思います‥‥一方的ですが別班にもその旨を伝えて、合流を‥‥」
「何か、手がかりを掴んだかもしれないものね。向こうからこちらへ、連絡がつけられないだけで」
仲間に異論がない事を確認すると幸乃はパーカーのフードを深く被り直し、両脇のもふもふしたうさ耳が前へ垂れた。そうして服で隠した肌‥‥左手から左の頬へと、緑の光を放つ紋様が現われ。超機械「ミスティックT」を装着して佇むエレクトロリンカーは、じっと意識を凝らす。
待つ間もケイとシャロンは不意の襲撃がないか周囲を警戒し、やがて幸乃は顔を上げた。
「終わりました‥‥」
「OK。一度、引きましょう」
構えていた小銃「ルナ」をケイが下ろし、三人は車へと引き返す。
「通信障害、下山、合流‥‥?」
言葉ではなく直接エミタが伝えてくる短い単語に、戸惑う和泉が眉根を寄せた。
「どうかしました?」
「いえ。幸乃さんから、『情報伝達』のようです‥‥」
気遣う硯に和泉は軽く頭を振ってから、その内容を改めて伝える。
「確かにシャロンさん達三人と無線が繋がりませんし、何かあったのかもしれませんね」
コンタクトが出来たという事は、だいたい3km以内という比較的近い位置に彼女達がいる計算だ。互いの距離が2km以上ならハンディ無線機の通信範囲からも外れてしまうが、警戒区域へ踏み込むにあたり、事前に通信が出来る事は確認している。
「じゃあ、戻りましょうか」
車へ引き返すべく和泉が歩き始めたその時、視界の片隅でチラと何かが光を反射した。疑問に思った彼は足を止め、そのままの姿勢で一歩二歩と後退する。
「‥‥硯さん!」
名を呼ばれた硯が振り返れば、双眼鏡を手にした和泉が腕をぐるぐる回していた。
まばらな木々や岩の間を抜けて駆け寄れば、和泉は頂上側にある岩場の一角‥‥道から少し外れた、大き目の岩が目立つ付近を指差す。
「少し遠いですけど。あれって、車じゃないです?」
「‥‥ホントだ」
急いで遠く離れた岩場へ駆けつけてみれば、大きな岩の陰に一台のジープが木の枝でカモフラージュされていた。
●警戒区域
「車に異常はないですね。凹んでもないし、パンクもしていない。乗り捨てたんじゃなく、ここへ隠したんです」
木の枝を取り払い、ざっと車の状態を確認した和泉が顔を上げる。
「でも、ここからどこへ行ったのかしら?」
足跡や草の新しい踏み痕など人が通った跡がないか、注意深くケイが地面を観察した。
「血痕などは、ありませんでしたし‥‥ここでキメラに襲われたり、連れ去られたという可能性は低そうですね‥‥」
「あの2人は賢いし、危険の判断も出来る‥‥きっと無事よ」
ひとまず胸を撫で下ろす幸乃に、ぎゅっとシャロンは拳を握る。
覆う枝を元に戻すと電波障害の起きている方角へ向けて、五人は捜索にかかった。やがて近くにいる者同士の無線機ですらノイズが多くなり、顔を見合わせた一行は二手に分かれる。互いの連絡にはシグナルミラーなどを使い、無線の使用は控え、岩陰や木の生い茂っている辺りを重点的に捜索した。
身を隠しながら慎重に進む者達の上を、サッと影が過ぎる。
日暮れが迫る空を仰げば、一匹の翼竜キメラが上空を旋回していた。
地上を進む『侵入者』に気付いたのか、数度の旋回の後に急降下し。
「来ます‥‥!」
警戒する幸乃の左頬に再び緑のラインが浮かび、少し離れた仲間達へ警戒を伝える。
「俺が囮になります!」
エミタを介してそれを受けた和泉がチンクエディアを抜いて立ち上がり、鋭い鉤爪のある足で掴みかかろうとする翼竜キメラの注意を引いた。
「バグアの施設が近いです。出来るだけ、音で気付かれないようにっ」
「ええ、分かってるわ!」
ガキンッと、鋼のような爪と短剣がぶつかり、一瞬の火花が散る。
いち早く『不動の盾』を発動した和泉は、犬歯の覗く歯をぎりと食い縛って体重の乗った一撃を受け流した。
交差した一撃を足場に翼竜はその脚力でジャンプし、大きく翼を打って風を捉える。
覚醒のそれと、キメラの羽ばたきが和泉の髪を乱すが、ガーディアンは一歩もその場からは退く事はなく。
再び空へ戻った翼へ、二人の射手が弓を引き絞った。
洋弓「Bウィング」を引くシャロンの矢は、翼竜の頭をかすめ。
ワンテンポずらして、長弓「クロネリア」よりケイが『死点射』を放つ。
四本同時に放たれた矢は、一矢も外れる事無く。最初の矢を避けようとしたキメラの翼へ、次々と突き立った。
バランスを崩して高度を下げる翼竜へ、すかさず小柄な影が黒髪を翻し、岩を蹴って踊り上がる。
「ハァ‥‥ッ!!」
炎拳「パイロープ」が、硬い皮を抉り。宙で体当たりを喰らわせた形の硯は、その勢いで諸共にキメラを地へ叩き落した。
振り回す鉤爪に素早く硯が距離を開け、ヨタヨタと翼を打つキメラへケイが持ち替えたエネルギーガンを叩き込む。
バタバタともがいていた翼は、じきに空しい努力を止め。
辺りは、静寂を取り戻した。
「見回りは一体、でしょうか」
「確証はないから、油断しない方がいいわね」
見届けて覚醒を解いた和泉に、シャロンの手からも帯びた青白い光が失せる。
「硯さん、怪我はありませんか‥‥?」
幸乃に気遣われた硯は、肩の力を抜きながら「はい」と頷き。
「もしかして、硯とシャロン‥‥?」
岩陰から、疲れた声が仲間の名を呼んだ。
「まず、優先でここを離れましょう。危険な行動を取った理由は、リヌさん達にも聞いて頂かないといけない事でしょうし‥‥あまり長居するわけにも行きませんし、ね?」
岩場に身を隠していた二人の無事を確認した者達は、和泉の提案に異論もなく。
「戻ったら、怒られるのは確定ですしね」
苦笑して促す硯へ、二人の擦り傷や軽い捻挫を手当てする幸乃が僅かに笑みを浮かべる。
「誰かに心配かけるのはよくないこと。けど、心配してくれる誰かがいる‥‥二人も、誰かのために、なにかしたかったのかな‥‥?」
問うように首を傾げる幸乃に、俯くイヴンとミシェルは視線を交わす。
「その気持ちは、素敵なもの‥‥だから‥‥」
傍らの幸乃が立ち上がり、イヴンは顔を上げた。
「山を降りる前に、確かめて欲しい事があるんだ」
動けるようになった二人が示したのは、岩場と森の境界。
「これは‥‥植物のキメラ?」
地に根を下ろさず、岩の上に張り付いただけという見覚えのある特徴に、シャロンが首を傾げた。ケイがジッポライターを点けてかざせば、地を這う根の隙間から影が落ちる。
「この根の下、空間があるみたいね」
その言葉の意味は、改めて口にするまでもなく。確認するに留めた能力者達は、急いでその場を離れた。
麓に下りると、宣言通りにシャロンは手加減抜きで二人を思いっきり抱き締めた。
「何が有ったかは聞かないわ‥‥ただ。貴方達には心配してくれる人達が、沢山居る。覚えておいて」
戸惑う二人へケイが告げ、険しい表情でリヌが強く握った拳に幸乃がそっと触れる。
「子どもじゃないもの。頭ごなしは、ダーメ‥‥」
「‥‥全く、しょうがないね」
苦笑しながらリヌは拳を解き、ひとまずの無事に安堵の息を吐いた。