タイトル:【崩月】ふぉーるあうとマスター:風華弓弦

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/07/18 01:56

●オープニング本文


●蒼穹の向こう側で
「ラグランジュ2へ資材集積拠点を設営に向かっていた分艦隊が消息を絶った。状況から、おそらくは通信妨害を併用した奇襲。予想以上の戦力が存在した物と推測される」
 月と地球、カンパネラやバグア本星などの配された作戦図を背に立つUPC士官は、そこまで語ってから傭兵達の様子を伺うように言葉を切った。見つめ返してくる視線に、頷いてから説明を続ける。
「予想会敵地点は、連絡途絶のタイミングからこの範囲。月の裏側であるために確認は出来ないが、おそらく間違いないだろう」
 スクリーンに、艦隊の予測進路と攻撃を受けた予想地点が表示され、そこから無数の矢印が延びた。そのうち幾つかは地球の重力に囚われ、大気圏へ突入する進路を描いている。そのうち幾つかは、既に地上に落ちた後のようだ。
「圧倒的な奇襲を受けた艦隊は、おそらく何らかの情報を我々に託そうとしたであろう。これらの可能性の中から、回収確率の高い物に急ぎ、向かってもらいたい。艦では間に合わん」
 最善は宇宙で回収することだが、危険が伴う。また、地上に落ちた物のうち幾つかはバグアの勢力地域へ強襲が必要だ。
「時間はそう多くは残されていない。危険は伴うが、傭兵諸君の協力に期待する」

●緊急事態、探せでっかい『落し物』
 ドイツ南部、ボーデン湖に浮かぶリンダウという小さな街。その隅っこに、成層圏プラットフォームのプロジェクト・チームが研究施設を構えている。
 プロジェクトはあくまでも民間人の手によるものであり、UPCと直接の関係はない。
 機器も民間に対して優先的に提供されている‥‥が、要請があればUPCに協力し、新たな中継局の打ち上げだけでなく、携帯型で短期間仕様の無線中継局の提供も行っていた。
 プロジェクトの中心人物は、ティラン・フリーデンなるドイツの青年。
 木製玩具を作るマイスターの家系にあって、おもちゃの制作や設計や本業なのだが、家や会社に関わる必要はなく。そのためフリーデン社の後援を受ける形で、プロジェクトは進められていた。

「あ、あれ?」
 ヘッドフォンをつけ、モニタを眺めていたイタリア人青年が急に疑問の声をあげた。
「あれ? あれれ? あーれー?」
「どうしたのであるか、ドナート君」
 キーボードを叩きながら右に左にと首を傾げる背中を見て、ティランがはてはてと同じように頭を動かす。
「アルプス山脈方面を飛んでた筈の無線局が、予定位置から急に動いて‥‥消えたんだよね」
「‥‥ほ?」
「これ、信号がロストするまでのルート」
 無線の通信技術から、何故かややこしいデジタルな部分を全面的に担当しているドナートが地図を画面に表示させた。
「アイネイアス君、気象データはどうかね? 高度が下がって、気流に流されたのであろうか」
「ちょっと待って下さいね」
 画像を確認したティランが振り返り、天候予想など気象関係を担当しているイギリス人の女性はティーカップを傍らへ置くと自分のモニタと向き合う。
「天候は‥‥今日も、安定していますね。乱気流に巻き込まれた可能性などは低いです」
「ほほ〜?」
「あ〜‥‥もしかするとコレのせい、かな? 警察が、何か騒いでるんだけどさ」
 何やらヘッドフォンに手をやり、耳を傾けていたドナートが眉根を寄せた。それを聞いて、渉外関係を担当している髭面のスペイン人、チェザーレが怪訝な顔をする。
「事件なのか? 誰かが、何か打ち上げでもしたとか」
「事件ってよりも、事故というか。大気圏外で戦闘があって、UPCの艦隊が地上に何か落としたみたいだよ‥‥それも、複数個。それで落下物や不審物に警戒するよう、UPCから非公式に要請があったのかな」
「ほほぅ。もしや、それが無線局と衝突したのではなかろうか?」
「おいおい、どんな天文学的な数字の確率だ?」
 何故かわくわくとした表情のティランに、呆れてチェザーレは肩を竦めた。
「数値が0でない限り、可能性は皆無と言えないのであるよ。少し、聞いてくるのである」
 ぴょこぴょこと別室に入るプロジェクト・リーダーを見送って、チェザーレはドナートと顔を見合わせる。
「ティランさんのお友達に、聞いてくるのでしょうか」
 湯気の立つティーカップを手に取ったアイネイアスの言葉に、二人はやれやれといった顔をした。
 そして待つこと、数十分。
「やはり、先の戦闘の影響でUPCの艦船が放出したレコーダーの回収を行っているらしいのである。地上にも落下した物があるとかで、情報を集めているのだろうとの事だったのだよ」
「相変わらず、この人の人脈って謎だよね‥‥」
「フリーデン社の個人的な出張店舗を『ラスト・ホープ』に出しただけで、なんでカプロイア社の代表とか、未来科学研究所の副理事とのコネが出来るんだか」
 ティランの説明に、呆れたような感心したようなドナートとチェザーレが再び視線を交わす。
「答えは単純明快なのだ。無邪気な童心は、人を繋ぐのであるよっ!」
 あらぬ方向をずびしっと指差し、意味もなく胸を張るティラン。むしろ『ある意味で無邪気な人』を繋いでいる気もするが、さすがにチェザーレも黙っておく。
「ともあれ。落ちてしまった無線局も気になるところであるし、回収に行くのだよ!」
 手にしたリュックをティランは机の上に置き、わきわきと楽しげにお菓子を詰め始めた。
「それで、どっちを回収するんです?」
「両方、であろうか。無線局の追跡ビーコンが消失したポイントまで行けば、レコーダーとやらを詰めたカプセルに関する手がかりもあると思うのだよ」
 アイネイアスの問いに答えたティランは、それからドナートに首を傾げ。
「それで、墜落した予想地点は何処であろうか?」
「アルプスの山中だね。離着陸可能な空港とか平地もないし、KVでの活動は難しいよ。車で墜落予想ポイントまで行き、状況によっては足で捜索かな?」
「山岳地帯ですから、天候は不安定です。気をつけて行ってきて下さいね」
 先に気象データをチェックしたアイネイアスに、チェザーレは眉根を寄せる。
「というか、ティランも同行するのか?」
「する気、満々みたいですね。情勢は安定した地域ですけど、キメラが出る危険も0%ではありませんから‥‥」
「‥‥能力者に、止めてもらうべきか?」
 遠足に行く子供の如く、わきわきと旅の準備をするティランの様子を見ながら、プロジェクトのメンバーは悩んだ。

●参加者一覧

鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
シャロン・エイヴァリー(ga1843
23歳・♀・AA
エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
潮彩 ろまん(ga3425
14歳・♀・GP
百地・悠季(ga8270
20歳・♀・ER
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
維暮氷魚(gb9376
17歳・♂・DF
那月 ケイ(gc4469
24歳・♂・GD

●リプレイ本文

●知らぬが何とやら
「ティランさーん、久し振り!」
「おぉー、ろまん君は元気そうでほぎょーーっ!?」
 勢いよく、潮彩 ろまん(ga3425)がティラン・フリーデンへ飛びついた。
 どむずるべしゃぷちっ。
「今日は一緒に、無線局とレコーダー探そうね‥‥おー!」
「ぉ、ぉ〜‥‥」
 嬉々としたろまんの下でティランの手がぽてんと倒れ、腰を落とした朧 幸乃(ga3078)が様子を窺う。
「‥‥生きてます、か‥‥?」
 つんつん突っつけば、ぴこぴこと反応が僅かに。
「相変わらず、ですね」
 笑って見守る(けど助けない)鏑木 硯(ga0280)に、見やった赤崎羽矢子(gb2140)が「ふん!」とそっぽ向いた。
「ったく‥‥あの男はっ!」
 実に、頭の中のお花畑加減にも程がある‥‥頭痛を覚えた羽矢子は嘆息し、次に自分の取った態度で微妙に落ち込む。
「羽矢子さん、どうしたんでしょう?」
 こっそりとシャロン・エイヴァリー(ga1843)へ、硯が小声で訊ねた。
「ど、どうって‥‥どうしたの、かしらね」
 『その辺り』に鈍いのか、硯に聞かれたシャロンは言葉を濁す。
「ところで、ティランさん。いっぱいに膨らんだリュックの中身って‥‥」
 転がったリュックをろまんが拾い、興味津々で中を覗いた。
「わぁ、おかしおかし‥‥流石ティランさん、準備もバッチリだね! あっ、でもおやつは300円までなんだよ?」
「ならば非常食なのであるっ」
「だったら、非常事態まで食べちゃダメ!」
「それは当然の論理であるが‥‥!」
 得意満面のろまんにティランが窮し、自然と幸乃もくすりと笑みを浮かべた。
「依頼‥‥合っているのか?」
 維暮氷魚(gb9376)が微妙に怪訝の色を混ぜた表情で、傍らの小隊仲間へ念を押す。
「間違ってはいない‥‥と、俺も思いたい。ティランさんはいつもこうなのかな」
 苦笑混じりで答えた那月 ケイ(gc4469)が、幸乃に確かめた。
「‥‥いつも、こう‥‥かも‥‥?」
「じゃあ、仕方ないなっ」
 思案しながらの幸乃にちょっと遠い目をしたケイだが、すぐに開き直る。
 平常運転なやり取りを眺めていた百地・悠季(ga8270)が、ふとシャロンのジーザリオに歩み寄った。
「月面の裏で起こった『艦隊壊滅』という悲劇だけど、流石にただで抹消される訳じゃなくて。ちゃんと襲撃様相を写したレコーダーをばら撒いて、後を託し‥‥そして巻き込まれたのが遠隔通信用の成層圏プラットフォーム、という訳ね」
 全開の窓越しに悠季が状況を確認し、運転席のシャロンも同意する。
「ただティラン本人は、そんな『悲劇』も知らないと思うわ」
「軍事機密で回収が必要だけど‥‥あの様子なら、ピクニック代わりと考えれば良いかしらね」
「はい。行く気満々のティランさんは、仕方ないかなと」
 助手席の硯に悠季も了解し、自身のジーザリオへ戻っていった。
「それに‥‥あまり知らせたく、ないものね」
 シャロンの呟きに硯も首を縦に振る。軍事機密以前に、真実を知れば無邪気な当事者が凹みそうな気がした。
「ティランさんじゃないですけど、俺達もピクニック気分でいいと思います‥‥ちょっとだけ」
「OK。じゃあ、張り切って行きましょう!」
 広げた地図の墜落地点あたりを硯が折り、シャロンはエンジンをかける。
「あ、そうだ」
 エンジン音を聞きながら、不意に硯が声を上げた。
「何?」
「手土産にと思って梅干しを一瓶持ってきたんですけど、ティランさん食べられるでしょうか‥‥」
 予想外の心配と助手席の真面目顔に思わずシャロンは吹き出し、それから「いいんじゃない?」と明るく返す。
「日本のドライプラムだって説明するのも、面白そうね」
 そしてギアを入れ、アクセルを踏んだ。

●捜索とピクニック
 連なるアルプスの山々を眺めながら、新緑の中をジーザリオが駆け抜けていく。
 墜落地点と予想された地区を分散して走り、見た目に墜落の痕跡と分かる場所がないかをそれぞれに探していた。
「運転は‥‥適宜、交代しますよ‥‥」
「その時は遠慮なく。助かるよ」
 後部座席から声をかける幸乃に運転するケイが頷き、助手席ではろまんが窓の風景にはしゃいでいる。そしてティランはと言えば、後部座席の反対側でぐーすか寝ていた。
「出発が早朝とはいえ、今から騒ぎ疲れたか。あるいは乗り物に乗ると寝るタイプ、とか?」
「もしかすると‥‥昨夜ちゃんと、寝ていないのかも‥‥です‥‥」
「ティランさんだし、きっと楽しみにし過ぎたんだよ!」
「さながら、遠足前の子供だな」
 何となくケイが納得すれば、ころころとろまんも笑う。のん気な居眠りが穏やかであるよう幸乃は祈りつつ、軍用双眼鏡を覗いた。

「そっちは、何か見つけたか?」
『いえ、今のところは』
 ノイズ混じりの無線で硯達の首尾を聞いた氷魚は、ジーザリオを運転する悠季へミラー越しに首を横に振る。
「こちら側も依然、手掛かりなしだ」
『意外と見つからないものですね。こっちは少し、捜索範囲を広げてみます』
「シュテルンが使えれば空から見付けて、さっと降下して回収できるんだけど」
 会話を聞いていた助手席の羽矢子が苦笑しながら、軍用双眼鏡で山肌や木々に痕跡がないか探した。
「それにしても、レコーダーが無線中継局に衝突‥‥か。コルシカの時みたく、誰かが意図的にやったとかじゃないだろうね。考え過ぎかなぁ」
「コルシカの事はよく知らないけど。大気圏に突入するタイミングを狙って、ぶつけられるものかしら。少しだけ関わった事はあるけど、それほど高速で操作できる飛行物体でもないわよね?」
 道の先から視線を外さず、僅かに悠季は首を捻る。
「‥‥だよねぇ」
「裏に何かがあるにせよ。山岳地帯であれば、とりあえずは無関係な住人を巻き込む危険は少ないかな」
「維暮の言う通り、そこは安心だけどさ。目が離せないのが一人、くっついてくるから」
 密かに羽矢子が溜め息をつき、ちらと悠季は時計へ目をやった。
 時刻は正午に近く、合流ポイントへ行くべきかと悠季は道なりにハンドルを動かすが。
「百地さん、2時の方向」
 突然、地図を頭に叩き込んだ氷魚が告げる。短い言葉だが悠季は彼の示す方角へハンドルを切り直し、アクセルを踏んだ。

「来たよ、ティランさん!」
 現れた車を見つけ、ろまんが飛び跳ねながら手を振った。
 昼食の準備を整えた者達の元へ着いた三台目のジーザリオが、エンジンを切る。
「遅れちゃってごめん、皆!」
「そんな事ないわ。お腹、すいたでしょ?」
 車を降りた羽矢子が両手を合わせ、笑顔のシャロンはウインクをした。
「食べずに待っていたのね。お握り、いろいろと作ってきたわ」
「お腹と背中がくっつきそうなくらい、楽しみなのであるよ〜っ」
 ティランまで大人しく我慢していたのか、鞄を下ろす悠季をわきわきと手伝いに行く。
「それで、無線で言ってたのはどうだった?」
 遠慮するように車座の端っこに腰を降ろした氷魚へケイが労いの紅茶を差し出し、首尾を訊ねた。
「樹木や枝が何本も同方向に折れていた。折れ跡は新しいものの、バルーンの断片などは未発見だ」
「そうか。けど目処がついたなら、後は捜索次第だな」
「と、その話の前に‥‥お腹が減っては何とやら、食事にしない?」
 バスケットを開いたシャロンが切り出し、悠季も布包みを輪の真ん中に置く。
「キメラの痕跡もなかったけど、安全は保障されていないわ。お握りの具は、これが鮭でタラコ、刻み昆布にオカカ、それから海苔佃煮と定番の梅干よ。お好きなのを、どうぞ」
 包みを解いた弁当箱の中には整列した綺麗な三角形のお握りと、大小のある少し崩れたボール型のお握りが並んでいた。
「形、二つあるけど?」
 覗き込んだろまんに、こほんと顔の赤いシャロンが咳払いを一つ。
「こっちの綺麗な三角が悠季で、ボールなのが私ね。その、米を握るのって、意外と難しくて」
「日本でも、誰もが上手に握れる訳じゃあないですし。有難く、いただきます」
 傍らに座った硯が、真っ先に迷わず丸いお握りへ手を伸ばした。
「後は、塩コショウで焼いたチキンもあるから」
 お握りの挽回か、バスケットからは食べ易いサイズに切ったチキンが出てくると、ティランが物欲しそうに目で追いかける。
「‥‥どうぞ」
「はっ! 感謝するのだ、幸乃君っ」
 見かねた幸乃が笑んで取り分ければ、子供の如くティランは目を輝かせた。
「食事って大事だよなぁ、ヒオ。悠季さんとシャロンさん、ありがとう。いただきますっ」
 氷魚へケイがしみじみと語り、準備してくれた2人に感謝しながら箸を手に取る。
「何にしても、こうやって外で食べるのは最高だよね」
 今は何も考えず、純粋に美味しいご飯と雄大な景色を楽しもうと、羽矢子はしみじみ広がる山野を眺めた‥‥弁当を作ってきたろまんとティランの、子供のようなやり取りを聞きながら。
「ティランさん、お弁当交換しよ! 頑張ってボクもお弁当、作ってみたんだもん」
「頂き物ばかりであるが‥‥あっ、幸乃君にもらったシャロン君のチキンは、まだ食べてないのだっ」
 二種類のお握りを食べながら、賑やかな様子に幸乃もくすりと笑む。
「‥‥でも、落ちた場所の見当がついても‥‥気をつけなければ、いけませんね‥‥」
 きっとティランは徒歩でも同行するだろうが、誰も止めず――その事が幸乃には嬉しかった。
(軍のお仕事という事も、もちろんですが‥‥彼の関わる物の回収で、私にお手伝いできる事なら)
 もちろん彼女自身も彼の身の安全を考え、大体の捜索地域の天候や地滑りの危険があるポイント、崖がある場所など、下調べを幾らかしておいたが。
(那月さんに潮彩さんがいれば、万が一の時でも護衛は十分‥‥でも私的な感情は余所にしても、彼は依頼主の一般人。絶対に危険な目に合わせては、いけません‥‥)
 そして何気なく取ったお握りは梅干入りで、突然の酸っぱさに幸乃はきゅっと目を閉じ、心配そうなティランが茶を差し出した。
「残ったら‥‥と思ったけど、綺麗になくなりそうね」
「残れば携帯しようと思いましたが、無用な心配でした。食べた分は働きます」
 空になった弁当箱に嬉しげな悠季へ氷魚が一礼し、ケイも「ごちそうさま!」と手を合わせる。
「美味しかったですよ。お陰で、お腹いっぱいです」
「三時には、ティランさんのお菓子かしら?」
 礼と共に硯が渡す紅茶を、くすくす笑いながらシャロンは受け取った。

●探し物、二つ
 岩陰に腰を降ろし、じっと息を潜める。
 少し離れた位置でガサガサと草が揺れていたが、やがて彼らから離れていった。
「行っちゃった、みたいですね」
「今のはオオヤマネコか、それとも狼かしら」
 音の去った方向をなおも窺う硯に、小銃「S−02」から手を離しながらシャロンも胸を撫で下ろす。
「この辺りは足場が険しいわよね‥‥マーモットも、いるといいわね」
「でも、警戒心が強いそうですから」
 少しだけ期待を胸に、二人は緑と岩の山腹を見回した。
 順調にピクニック気分の捜索ではあったが落下の方向が特定された事もあり、車では入れない場所は徒歩で手がかりを探している。
「あ、ほらほら硯、あそこの岩山は? ちらっと、何か影が見えたけど」
「見に行ってみます?」
 手がかりになりやすいバルーンの一部か、あるいは目当ての野生動物か。身軽な硯が先に立ち、足元を確かめながら進んだ。
「班分け、気遣われた感があるけど‥‥ここは甘えておこうかしら」
 気付けば、いつの間にかすっかり逞しい背中にシャロンは小さく苦笑し。
「ここ、気をつけて」
「え、ええ。ありがと、硯」
 急に振り返った相手に動揺を隠しながら、差し出された手を掴む。
「後に続く‥‥私達へのメッセージだもの。見つけないとね」

「あれ、そうじゃない?」
 手をかざしたろまんが、山肌でキラキラ光る一点を指差した。
 傾斜が多く電波が乱反射するためか、山中では無線機もあまり役に立たない。代わりに三班は、それぞれ『連絡手段』を持っていた。
「確かに。シグナルミラーの反射、かな。位置的に、一番険しい場所へ行ったシャロンと硯か」
 ろまんの隣でケイも額に手をかざし、反射の回数を幸乃が数える。
「‥‥バルーンの一部を、見つけた‥‥ようです‥‥」
「おぉ、凄いのだ!」
 素直にティランが驚いたのは合図の意味を読み取ったせいか、バルーンが見つかった事なのか。
「となると‥‥」
 ジーザリオのボンネットにケイが地図を広げ、木の折れた方向とバルーンの位置より、更に捜索範囲を絞り込む。四人がいるのは捜索範囲の中でも麓側で見晴らしもよく、比較的なだらかな地形をしていた。
「後は、ヒオ達に無線が繋がればいいが。幸乃の照明銃は、万が一に置いておきたいしね」
 頷く幸乃にケイは願わくばと幸運を祈りつつ、無線機を手にした。

 用心深く、足場を探して谷を下る。
 時おり風が吹けば頭上の白いバルーンが大きく翻り、羽矢子の上に影を落とした。
「‥‥」
「問題ないから、もう少し降りるね!」
 腰に結んだロープ伝いの気配に応じ、次の足場に足をかける。ロープはティランが念のためにと持ってきた物で片方は氷魚が握り、傍ではエネルギーキャノンを携えた悠季が周囲を警戒していた。野生動物もいれば、僅かな確率だがキメラが潜んでいる可能性もある。
「見つけたよー!」
 やがて谷底から声がして、数回引っ張られたロープを氷魚は注意深く手繰り始めた。

「わーい、お宝だー! ボクが一番に見つけられなかったのは残念だけど!」
 はしゃぐろまんが目を輝かせ、無事に回収を果たした悠季も笑む。
「地球に、おかえりなのだよ」
 嬉しげにレコーダーのカプセルをティランが眺め、短くシャロンは黙祷し。
「確かに、受け取りましたから‥‥後は任せてください」
 仰ぐ空は回収を待っていたように雲が覆い、ぽつぽつと雨粒が落ちてきた。
「‥‥いよいよ始まるのね。頂上での決戦が」
「そうですね」
 カプセルと壊れた無線局を車へ積みんだ硯もしみじみ頷き、不意に羽矢子は袖を引かれる。
「ん、何?」
「赤崎さん‥‥帰路は車、変わります‥‥。せっかくの機会ですし‥‥ね」
 振り返ればパーカーの兎耳を揺らし、幸乃が小首を傾げた。

(コルシカで、凄くショック受けてた事があって‥‥でも普段ふにゃぽわしてる癖に、逃げずに関わり続けて。多分、それにやられたんだろうな)
 車に揺られながら切っ掛けを思い返し、羽矢子は嘆息する。
「ティラン、あんた自分がもててるって自覚ある? ‥‥あたしとか」
 消え入りそうな小声で、思い切って訊ねてみれば。
 はしゃぎ疲れたのか、いつの間にかティランは口を開けて寝こけていた。
「こ、の、とーへんぼく、がぁーっ!」
「ほぎゃーーーっ!?」
 無神経さに呆れた羽矢子が頬を力いっぱ引っ張れば、にわかに奇声があがり。
 荒れる後部座席の様相にケイが我関せずを通し、助手席のろまんはくーかーと寝ていた。