●リプレイ本文
●流星に誘われ
「Hi,ティランさん。お招きありがとう♪」
「お疲れさま会、お邪魔しますね」
両手に荷物を抱えたシャロン・エイヴァリー(
ga1843)に続き、彼女の為にドアを開いた鏑木 硯(
ga0280)が顔を出す。
「いらっしゃいなのだ!」
研究施設に訪れた客人をティラン・フリーデンは両手を広げて迎え、買い物満載な紙袋を抱えるシャロンへチェザーレが手を貸した。
「随分と買い込んだな」
「途中リンダウの市場に寄って、色々と仕入れてきたんです。いろいろと美味しそうな物が沢山あって、やっぱり秋だなぁって感じでしたよ」
荷物を片腕で抱えた硯が頷き、奥からアイネイアスがカップのトレーを持ってきた。
「暖かい物、用意しますね」
「お手伝いします‥‥キッチン、私も貸してもらっていますから」
ソファから朧 幸乃(
ga3078)が立ち上がり、紅茶を淹れるアイネイアスを手伝う。
「こっちは、すっかり秋か」
膝に頬杖をついた赤崎羽矢子(
gb2140)は、窓の光景を眺めた。
「そういえば、あそこはこの先も『ラスト・ホープ』であろうか?」
かくんとティランが小首を傾げ、同じように羽矢子も首を傾ける。
「この先って?」
「なにやら皆、肩の力が抜けたというか。大きな仕事を一つ、成し遂げた後という感がしたのだ」
「本当に、聡いんだか鈍いんだか‥‥」
感心というより呆れ半分の羽矢子が額に手をやり、やれやれと束ねた髪を揺らした。
「こんにちは。皆、揃っているのね」
「遅くなりました」
「ちっとも遅くなんかないよ。とっ散らかってるけど、のんびりしてってね」
最後に訪れた二人――百地・悠季(
ga8270)と赤宮 リア(
ga9958)へ、ドナートが手招きをする。
「ちょうど良かった。お茶を淹れましたので‥‥あら、妊婦さんですか?」
ポットを手に出てきたアイネイアスが、友人を気遣う悠季とリアの仕草に訊ねた。
「はい、お邪魔します。そういえば悠季さん、お子さんは?」
「旦那が見てくれているわ。他にも色々手伝ってくれるし、良い旦那よ」
「ふふっ♪ そちらも相変わらずお盛ん‥‥いえ、仲睦まじい様で何よりですね」
「お茶が入りましたので‥‥暖まって下さい」
惚気る悠季と微笑ましげなリアに、幸乃がソファをすすめる。
「さぁて‥‥リンダウで、色々用意してきたからね」
ひと息ついたシャロンが入れ替わりで気合をいれ、硯も持参したシャチのエプロンを着けた。
●おつかれさまと、おかえりなさい
日が暮れる頃、研究施設の食堂は湯気の立つ料理の香りに満たされていた。
「温まるアイントプフを用意しました。といっても、ソーセージとジャガイモをメインに旬の食材を放り込んだだけですけどね。リンダウで美味しそうな食材があったので」
「おぉ〜」
テーブルへ硯が料理を並べ、テーブルにかじりつくティランは目を輝かせる。
「せっかくの機会だから、ドイツ料理に挑戦してみたのよ。メインはドイツ風カツレツのシュニッツェル、それにサワークラフトを添えて、スープは家庭料理の定番アイントプフ。他にもヴルストや、ブラート・カルトッフェルンもあるわよ」
「ブラート‥‥?」
メニューを説明するシャロンにリアが首を傾げれば、ジャガイモとベーコン、そして玉ねぎを炒めた皿を硯が示した。
「焼きジャガイモ、早い話がジャーマンポテトですね」
「ワインやビールが進みそうだな」
ふむとチェザーレは唸るが、まだ早いと言わんばかりにシャロンは指を振る。
「これだけじゃないわよ。ね、悠季?」
「ええ。こっちは、蒸し物を中心に用意してみたわ。秋野菜や蒸し饅頭、それから焼売‥‥あまり、食べる機会もないでしょうけど」
そこへ来客ブザーが鳴り、椅子を引くリアの肩に悠季が手を置いた。
「私が出るわ。きっと、リアが頼んだ物だから」
悠季が来客の応対をする間にも、食事の支度は進む。
「こちらも‥‥ソーセージにポテト、チーズで簡単なオードブルを作りました。後は野菜もあったので、ポトフを」
幸乃がスープの皿を並べ、それからテーブルに飾られた花に手を止めた。
「綺麗な花、ですね‥‥」
「そういえば食堂は、こんな綺麗であったか?」
ちゃんとテーブルクロスが敷かれたテーブルにティランが首を傾げ、くすりとアイネイアスが笑む。
「テーブルを整えて花を飾ったのは、羽矢子さんですよ」
「そんな、大騒ぎするほどの事じゃないよっ。花を飾るだけでも、十分に彩りとか出るんじゃないかとか‥‥思っただけで」
照れくさそうな羽矢子が頭を振り、並んだ料理を前に膝の上で拳を軽く握った。
「それに‥‥あたしが料理を作っても、他の人と比べると見劣りするだろうしね」
少し悔しいがやっぱり美味しそうだと感心しながら、誰にも聞こえぬ小声で本心を付け加える。
「だいたい殺風景過ぎるからね、ここはっ」
「それも今日はうってかわった魔法のパーティのようで、嬉しいのだよ」
「魔法って‥‥ま、喜んでくれたのなら、いいけど」
相変わらず子供のようにはしゃぐティランに、羽矢子の凹む気が失せ。
その間に悠季も戻り、用意した大皿を手にリアがくるりと一同へ振り返った。
「皆さん、ピッツァも届きました〜!」
「わぁ〜っ! 通りで、急にチーズとピザソースのいい匂いがしてきたと思ったんだよね」
目を輝かせたドナートに、くすりとリアも微笑んだ。
「いい匂いですよね。とても美味しそうなお店を、街で見つけて。皆さんと食べたくて、宅配してもらったんです。熱々のうちに戴きましょう♪」
テーブルにビールやワイン、ジュースが行き渡り、リアは悠季が用意した生姜湯を受け取った。
「食べて飲んで思いっきり騒ぐよー! って、え、あたしが!?」
「うむ。乾杯の号令をお願いしたいのである」
わくわくとティランから期待の眼差しを向けられ、何故か音頭を取る羽目になった羽矢子は咳払いを一つ。
「え〜と、じゃあ。まずティラン含めメンバーに招待のお礼と、こうして集まれたのを祝って‥‥みんな、お疲れさまっ、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
揃えた声も賑やかに、和やかな夕食が始まった。
「しかし、相変わらずだね。あの男は」
僅かに苦笑する羽矢子へ、シャロンがウインクをする。
「いきなりの大役だったわね」
「ホント。だけど、改めて戦場から日常に戻って来たんだなって‥‥実感してみたり」
大きく息を吐いてから、安堵の表情を浮かべ。
「これでようやく、ただいま‥‥かな」
「よく分からぬが『おかえり』なのだよっ」
ティランが労い、シャロンも顔ぶれを確かめた。
「本当に‥‥関わった人もそうでない人も、お疲れさまっ」
「みんな無事に帰って来る事ができて、良かったですね」
ほっとした硯に、悠季もリアと視線を交わす。
「一応でも頭上の脅威が晴れたからには、それなりに安心できる未来が目指せそうよね」
「この子の為にも‥‥悠季さん、本日はお誘いありがとう御座います♪」
「ううん。それを確認しながら空を眺められたら良い感じかなって、思っただけだもの。行く先々が明るい希望に照らされるのを確かめて、それぞれに抱えている幼子を導ければね」
「その為にも、無茶をしない様にしませんと」
ゆったりとしたワンピースのお腹へ手をやるリアは、既に妊娠して五ヶ月過ぎの身だ。
「その面に関しては一応先輩だから、色々助言するわよ。まず、なくなる前に美味しい食事をしっかりとね」
「はい、先輩」
食欲旺盛な男性スタッフ三人をちらと見る悠季にリアは笑い、おかわりを置いた幸乃が目を細める。
「手紙を届ける依頼なんかも並んでいた情勢の中‥‥情報を支えたスタッフの皆さんの事は、尊敬します。感謝と、今後の活躍を祈って‥‥」
小さく幸乃が神の祝福を祈り、料理を味わう硯も同意する。
「これから打ち上げの技術も進歩するでしょうけど、デブリもありますし。無線局は、まだまだ重宝されそうですね」
「だがここに到るのも能力者諸氏の協力が不可欠だった故、礼をしたかったのだよ」
えへりと嬉しげにティランは幸乃や硯に笑い、おもむろに羽矢子がアイネイアスをつっつく。
「普段ぽわぽわしてるティランだけど、成層圏プラットフォームのどこに関わってるの?」
「無線局を搭載する機体の構想や設計ですね。試作模型を作ったりして」
「そういえば、そんなのもあったっけ」
思い返しながら、過ぎぬ程度に羽矢子はジュースのグラスを傾けた。
●願い
「せっかく流れ星を見るなら、少し趣き、変えてみません‥‥?」
幸乃の提案で研究施設は最低限の照明以外は消し、様々な色のガラスに彩られたキャンドルホルダーやランタンの淡く暖かい炎が屋上を照らしていた。
風よけのテントを張り、温かい上着や毛布に包まって夜空を眺める。
「寒いだろうし、ホットワインでも。アルコールが駄目な赤宮には、ワインの代わりに葡萄ジュースで作っといたよ。気分だけでも、味わって貰えたら」
「遠慮なく、いただきますね」
妊娠中のリアは、有難く羽矢子が差し出すマグを受け取った。
「なにやらキャンプ気分であるなっ。諸氏も願い事の用意は‥‥硯君とシャロン君は?」
「たまには二人きりも、いいんじゃない? リアは身体を冷やさないように」
二人を探すティランを誤魔化した悠季は、友人の肩へファーマフラーを掛ける。
その頭上では、今夜も流星の雨が降り始めていた。
「綺麗‥‥あの禍々しかったバグア本星の欠片とは、思えませんね‥‥」
「願い事、ね。んー‥‥この先の家族計画が上手く行けば良いかなあ。まだ産むつもりなのだけれど、一人でも大変なのは判ってるけどねえ」
「じゃあ、無事に元気な子が生まれます様に‥‥と、悠季さんにも元気な二人目が出来ます様に♪」
「ふふっ、ありがと」
幾つでも流れて落ちる星に、並んで母二人は願いをかける。
「あたしは‥‥」
何を願うか、星を仰いだ羽矢子は悩んでいた。
――戦後問題の解決? 周りの人の幸せ? この男の鈍感が治ります様に‥‥は、たぶん無理だ。バグアをどうこうするより、難しい。
「まぁ、いいや。星は幾らでも流れてくるんだし、思い付く限り願ってやるかな!」
「羽矢子、さん‥‥?」
悩んだ末、吹っ切った羽矢子に幸乃が首を傾げる。
「戦いの結果、降る星だけど。こういう風に人の願いを集める方向に流れるなら、乗っからなきゃね。そしてこういう事が、世界中の何処でも出来るようになれば‥‥」
決意を秘めた表情で、ポケットのUPC傭兵大尉階級章に羽矢子は手をやり。
「明日は北米行きの便に乗るから、少し早めに失礼するね。あっちで働いてくるよ!」
「世界に羽ばたくのであるな!」
「‥‥気をつけて下さい」
きらきらするティランと逆に察した幸乃は頷き、流れる星へ密かに願いを加えた。
「ほら硯、すっごい数よ。明かりの少ない湖の方だと、星が良く見えるわね」
湖畔の道で天を指差すシャロンの金髪は、懐中電灯の僅かな明かりでも煌く。
「流星群、綺麗ですよね。これが皆で戦った成果で、戦争は終わった‥‥て事だけど、いまいち実感が湧かなかったんです。大事なものを守りたいと、ずっと走ってきたけど‥‥守り切れたのかなぁって」
幻のような光景に、ぽつと呟いた硯は足を止め。
「うん。じゃあ‥‥お話、しましょうか」
改まった口調で振り向いたシャロンは、二人っきりで話をと誘った硯の言葉を待つ。
「俺の気持ちは、前と変わっていません。いや、正確に言うと、前よりずっと‥‥強くなっちゃいました。シャロンさんの理想の男性に近付けたかは判らないけど、これから選んでいく未来の道を、一緒に歩んでいけたら‥‥だから」
それから、深呼吸をひとつ。
言葉にし尽くせない気持ちと変わらぬ思いを、いま一度、三年前の約束通りに明かす。
「シャロンさん、大好きです」
真っ直ぐな言葉に、シャロンはゆっくり瞬きをひとつ。
「鏑木硯さん」
「はいっ」
反射的な返事に思わず小さく笑み、違わぬ真摯な姿に約束と思いを紡ぐ。
「私、シャロン・エイヴァリーは、貴方を愛しています‥‥この先、ずっとパートナーで居るために。これからは、恋人として付き合ってくれますか?」
「‥‥はい!」
二度目の返事は力強く、しっかりと。
「硯、ありがと」
「こちらこそ、ありがとう‥‥シャロン、さん」
いつの間にか逞しくなった硯の胸にシャロンはそっと手を置いて、身を寄せ。
流星の下で二人は密かに、恋人としての口付けを交わした。
「悠季さんはMSIですかぁ‥‥私はドロームでKVのテストパイロットか、軍に入って各地の復興のお手伝いというのも良いですね」
「MSIには、伝があるからねえ」
流星見物の後、客人達は施設に泊まる事となり、同室を希望した悠季とリアは自然と今後の話をしていた。
「正直な所、不安はあります。能力者の出産は前例が少ないですし‥‥」
「そっか。でも大丈夫」
安心させるように、優しく悠季はふわりと毛布を彼女へ掛け、肩を抱く。
「リアの旦那も、頼りになるんでしょ?」
「はいっ」
悠季の温もりと気遣いにリアはにっこり笑み、友人同士の話は夜更けまで弾んだ。
「何を、しているんです?」
「ややっ、見つかったのだ!?」
一階の明かりに気付いた幸乃が覗けば、一人でゴソゴソしていたティランが何やら慌てる。
「その、今日の礼をせねばと‥‥ほら、サンタも夜中に行動する故!」
主張は良く分からないが、企み事の真っ最中らしい。見つかって諦めたのか、隠す気配のないティランの隣の椅子に、何気なく幸乃はすとんと腰を降ろした。
「ティランさんは、これから何をされるんです?」
「む? 当分は無線局のプロジェクトであろうが‥‥」
「その横に、一人分のスペースは‥‥私の居る場所は、ありますか?」
「むむ? それはいつでも、大歓迎なのであるが」
思い切った質問にほわほわ答える間も、玩具職人の手は休みなく贈り物を整える。
手を繋いで帰ってきた、友人二人に。
子供らと自由な絵を描けるよう、育む母達へ。
危険にも怯まない彼女には、安全を願って――。
(赤崎さんはちゃんと気持ちを伝えてたけど、私はまだ。だから今度は私がちゃんと、言葉にして‥‥)
期待する答えはもらえないかもしれないけど、伝えることが大事、と。
一歩を踏み出す為に、まだ決めていない自分のこれからの道を決めるためにも。
「貴方にとって私は、沢山の『傭兵諸氏』の一人かもしれませんけど‥‥」
ずっと迷っていた思いを、幸乃は口にする。
「‥‥私は、貴方が好きです」
悪戯っぽく瞳を輝かせたティランは彼女に手招きをし、脇に置いてあった小さなむき出しのオルゴールのネジを巻く。響鳴箱がないので微かだが、やがて三拍子のふわりとしたメロディが聞こえてきた。
「幸乃君が、一番乗りなのだよ」
止まるまで微かな旋律に耳を傾けた後、ティランは彼女に懐中時計を手渡し。その手と握手をしてから幸乃は頬にキスをして、彼へ「おやすみなさい」の挨拶をした。