タイトル:白き墓標マスター:風華弓弦

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/03/27 06:35

●オープニング本文


●自動機械
 深い雪の上に、筒状の白い金属カプセルがぼすんと落ちた。
 衝撃でずれた蓋の隙間から、詰められていたキメラットが雪の上に溢れる。
 少し離れた場所に落ちた二つ目の白いカプセルは、空だ。
 何故ならブラフ、もしくはカプセルが破損した時の代替品である為に。
 そして三番目に落ちた最後の白いカプセルより、人の姿をしたモノが這い出した。
 ジャン・デュポンと呼ばれた強化人間は白い息を吐きながら、走り回るキメラットの後を辿る。

 ――全く、とんだ欠陥品だ。
 身体の一部を維持するロクデナシな機械群は、温度が低くなければ動かず。
 寒過ぎれば、生身の部分がもたなくなる。

 ばたばたと皮翼を打ち、5匹の翼竜キメラが周囲を警戒するために飛んだ。
 いや、『獲物』でも狩りに行ったのかもしれないが。
 暖かい場所を目指すキメラットと断片的な知識の記憶に従い、足元をうろつくキメラットを気にせず踏み潰して進み、遺棄された工場跡にある隠蔽された施設への入り口を見つけ出す。
 ボタンを押せば動力は生きているのか、軋むような音を立てて車2〜3台は乗りそうなリフトが地中へ沈み始めた。
 そう長い時間もかからずリフトは止まり、周囲の電気が勝手に灯る。
 一列にガラス製の円柱が並んだプラントは、ジャンがいたプラント‥‥他方面への搬送や拡散を目的とする施設と様相が違っていた。
 培養管のサイズから主に小型〜中型のキメラを生産し、付近一帯にキメラを放つのが役割だったのだろう。だが戦闘の影響か大半のガラス管は割れて渇き、中のキメラも干からびている。
 戦況が不利になって廃棄されたか、戦力を引き上げる命令が出たのか。
 いずれにしても‥‥生きてはいるが、正常に機能していないプラントだ。
 条件反射的に刷り込まれた知識に従い、残るキメラを開放する。
 背中に砲台を据えた犬や猫型キメラに、硬い外殻を有し高速で飛び回る事で弾丸のような甲虫キメラ。鋼鉄の牙や爪を有する猛獣キメラや、火や冷気を吹く合成獣‥‥まとまりのない有象無象が次々に立ち上がり、施設のあちこちで歓喜の産声をあげる。
 己が生み出された役目を果たす時が、ようやく来た、と。

 ――自分も、このキメラやプラントと似たようなモノだな。
 そんな皮肉が、ジャンの脳裏を過ぎった。
 身の内にあるのは戦闘への強い欲求のみで理由や目的は既になく、必要とすらしない。
 ただひたすら朽ちかけた身体を引きずり、止まるまで動き続ける。
 命のゼンマイが切れる、その時まで。
 存在意義のない殺戮兵器を、破壊する存在が現れる――その瞬間まで。

   ○

 ‥‥疲労が蓄積すれば、強化人間でもキメラでも休息を取る。
 黙々と眠らぬ機械だけが動く中、むくりと『彼』は床から身を起こした。
 キメラの培養装置には触れず、真っ直ぐに通信機へ向かい、機械的に電文を一方的に発信する。
 通信を発信する先は、『彼』が唯一記憶している場所だ。
 プログラムされたAIのように淡々と必要な事項を処理すると、『彼』は再び元の場所に戻り、身を横たえた。
 強化人間と比較すれば、『彼』の稼動できる時間はごく短く‥‥。

   ○

 それから二日後。
 UPCロシア軍とフランス軍からULTに対し、能力者への協力依頼が要請された。

『哨戒に当たっていたUPCロシア軍が、過去の戦闘で破壊された工場跡で相当数のキメラが出現している事を確認した。
 過去にフランス南部で確認された翼竜キメラの目撃情報もあり、その数から以前に追跡した『ロシア方面へ移動するキメラの一団』だろうと推測される。
 工場跡の周囲には人口密集地もなく、人的被害はまだ出ていない。
 能力者達にはこれらのキメラを掃討した後、突然のキメラ出現を引き起こした原因‥‥キメラ・プラントを排除してほしい。
 これについては「ジャン・デュポン」と名乗る人物から、「工場跡の地下にキメラ・プラントがある」という情報提供があった。
 この情報はキメラの発見時期の直後、通信によってもたらされ、更に発信源が問題の工場跡付近である事が判明している。
 だが名前は明らかに偽名であり、罠の可能性も考えられる為、事に当たる能力者はくれぐれも注意してほしい』

 それが、依頼の全容だった。

●複雑な人々
「現地UPCの話だと、プラントの所在を告げる通信の後、微弱な謎電波がたまーに受信されるらしいのだ。それがどうも発信源付近ぽく、探査に協力して欲しいと言われたのであるよ」
「でもあんた、軍事協力はしないんだろ?」
 もっきゅもっきゅとクッキーを頬張るティラン・フリーデンに、紅茶を淹れたリヌ・カナートが渋い顔をした。
「うむ。あくまで測定機器を能力者諸氏に取り付け、それらが捉えたデータを総合し、謎電波の謎を解く為の協力‥‥なのだ。それ故、戦闘している場所までは出ず、後ろの方で応援しているのである」
「応援、ねぇ」
「なぁリヌ、俺達も行っちゃダメかな? 手伝いというか、結果を確かめるというか」
 気になるのか、ホールのテーブルを拭いていたニコラが手を止める。
「遊びに行くんじゃあないんだ。戦闘があるって分かってる場所へ、あんた達を行かせられないさ」
「あ、やっぱり‥‥」
 リヌの答えを予想していたのかニコラはがくりと肩を落とし、苦笑したリックが友人の背を叩いた。
 気の荒いミシェルと気弱なエリコの二人は、コールの見舞いに行っている。
 そしてイブンはただ、黙っていた。
 主であるコール・ウォーロックは入院したまま、ブラッスリに戻っていない。
 その為、成り行きで代理役をやっている状態のリヌもここを空ける訳にはいかなかった。
 そしてイブン自身もまだ、コールの余命が残り少ない事を本人やリヌ、そして他の四人の少年達に伝えられずにいる。
 話せば、自分が引導を渡すようで‥‥本当は伝えなければならないのだろうが、どうしても伝える事ができないのだ。
 そんなイブンの胸中を知らず、リヌは煙草に火を点けた。
 関わりがあったとはいえ、既に事態は自分の手を離れている。
 もちろん、南仏を中心に対バグア活動をしている『ブクリエ』の手からも。
「つくづく‥‥国境とか、しがらみとかの関係ないあんたが、恨めしいよ」
 苦笑するリヌに、きょとりとティランは首を傾げた。

●参加者一覧

鏑木 硯(ga0280
21歳・♂・PN
ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
シャロン・エイヴァリー(ga1843
23歳・♀・AA
エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
アンドレアス・ラーセン(ga6523
28歳・♂・ER
ルーガ・バルハザード(gc8043
28歳・♀・AA

●リプレイ本文

●簡易待機所
「これで、その微弱な電波が拾えるのか?」
 渡された『測定機器』を手にしたアンドレアス・ラーセン(ga6523)は、興味津々で何度もソレをひっくり返した。
 シガレットケース程の金属箱は誤操作を排除する為か、スイッチすらない。
「我がチーム脅威の技術力なのである!」
 得意げにティラン・フリーデンが威張り、マイペースっぷりにアンドレアスが笑う。
「お前さんも色々作るわなァ」
「ティランさんは、後ろで大人しくしといて下さいよ。随分と、わんさかキメラが湧いてるみたいですから」
 鏑木 硯(ga0280)が釘を刺し、アンドレアスは大きく紫煙を吐いた。
「ああ、お片づけはまだ続くっと。正直、あちらさんから接触があったのは有難いけどな」
「‥‥律儀にも、自ら呼び寄せる、か。何を望んでいるのか、わからんが‥‥」
 何か聞いておくべき情報はないか、さっさと箱をポケットに納めたルーガ・バルハザード(gc8043)は視線で周りの者達へ問う。
「残念ながら、現状で有益な情報はないわ。行動範囲の広い翼竜キメラは厄介だから、こちらで優先的に排除するつもりよ」
「了解した。標的が逃げぬよう、フォローしよう」
 表情を変えずルーガが頷けば、猫の如く瞳を細めてケイ・リヒャルト(ga0598)は笑みを返し、煙草をふかす友人へ視線を移した。
「わざわざ『ジャン・デュポン』を名乗るのは、偶然とも思えないわ」
「その辺りもひっくるめて、何か掴みたいもんだ。謎を残したままつーのは、どうもね。この性分だけは変わんねぇな」
 唸りながら長い金髪を掻き上げるアンドレアスに、相変わらずと小さく笑んで目を伏せる。
 束の間、降りた沈黙を、バシバシと叩く音が破った。
「駄目ね‥‥頭を切り替えないと!」
 両頬に手を当てたシャロン・エイヴァリー(ga1843)は、あえて叱咤を口に出す。
 キメラ・プラントはもちろん、別件でも気がかりのある友人達を朧 幸乃(ga3078)は静かに見守り、受信状況をチェックする狐耳へ目を向けた。
「‥‥それにしても」
 なんでまた、来ちゃうんだろ‥‥と密かに嘆息し、持ってきたファーマフラーを取り出し。
「にょぉ!?」
「待機してるのも、冷えるでしょうから‥‥それから」
 ふわりとティランへマフラーを巻いた幸乃は、ロザリオを彼の首へかける。
「‥‥時計のお返しと‥‥無事を、祈って‥‥」
 きょとんとした顔でティランはロザリオと幸乃の顔を見比べ、嬉しげに笑んだ。
「感謝するのだ。しかし無事については、幸乃君達の方が心配なのであるよ? 直接、本拠地へ乗り込む故に」
 心なしか不安げに小首を傾げたティランへ、大丈夫という風に彼女は頭を振る。
「‥‥以前は、施設の近くで通信障害がでました‥‥。無線に異常があれば、ティランさんは撤退を‥‥今回は、貴方の傍にいられないから‥‥」
 念のためにと幸乃は無線機を置き、近くに電子端末があるかを確認しておく。ティラン自身はエミタを持っていないが、軍の能力者が傍にいれば何かあった時に『情報伝達』で危険を伝えられるだろう。
「‥‥時間だな」
 時計を確かめたルーガが立ち上がり、安っぽいドアを開く。
 流れ込む冷気に頭の芯が冴える感覚を覚えたアンドレアスは長い手足を伸ばし、億劫そうに椅子から身を起こした。
「さて、ゾンビメイカー出動だ。俺がいる限り前線は休ませてやらねぇぜ」
 もっとも揃った面子を考えれば、そこまで回復の必要はなさそうだが。
「皆、無理はせぬよう〜」
 残るティランに見送られ、一行は白い大地へ向かった。

●廃墟
「邪魔です‥‥ッ」
 左に右にとフェイントをかけながら砲弾を撃ち込む猫型キメラへ、淡い光跡を描く蛍火の刀身が瞬時に迫った。
 硯の繰り出す刃は赤い障壁を難なく貫き、作られた獣の胴を断つ。
「貴様らも哀れだな‥‥最早、目的もないのに生まれ、のたうっているとはな」
 見据えるルーガの言葉に憐憫の色はあっても、繰り出される刀は名の通り烈火が如く。
「すぐに終わらせてやるさ、なあに‥‥」
 猛獣キメラの振り下ろす爪を、ガードで弾き。
「別に、慈悲でも何でもないがなッ!」
 赤いオーラを帯びた一閃が、深くキメラの胴を切り裂く。
 次の瞬間、視界の隅で黒い何かが過ぎった。
 ブゥンッと唸るような低音が、急接近し。
 激しい激突音が、高速のチャージを阻止する。
「攻撃を受け止める役は、任せてっ」
 青い雷光をまとうバックラーをかざしたシャロンが、弾丸のような突撃を受け止めていた。
 ――ショックだった。そしてひたすらに、悔しかった。
 長年、コールと接する機会があったのに。自分も同じ様に、エミタを持っているのに。気付けなかった事を彼女は後悔していた。
 内なる動揺と自分への憤慨を込め、でもそれだけに囚われぬようにしながら。
「ちょっと痛い目を見るぐらい方が、今日の私は気が入るのよ‥‥ッ!」
 ガラティーンを構え、金髪が翻る。
 放った『ソニックブーム』の衝撃波は犬型キメラを裂き、硯が止めの一撃を振り下ろした。
 その能力者の頭上から急襲する翼竜キメラを、重い銃声が穿つ。
「ようやく、捉まえた標的。逃がさないわ」
 アラスカ454、その銃口より立ち上る硝煙も散らぬうち、ケイは残る5発の弾丸を喰らわせ。
 落ちるキメラには構わず、次の翼竜を捉えながら手早く薬室へ弾丸を装填する。
 叩き落された甲虫キメラや足元を駆けるキメラットには、幸乃が篭手型の超機械「ミスティックT」より強力な電磁波を発し、立ち回る者達の手間を省いた。
(コールさんは、ティランさんにとっても大切な友人‥‥心配、してるのかな。だから、自分にできる事を‥‥)
 ――それなら‥‥彼ができない分は、私が。
 相手の本心は、彼女にもまだ分からない。でもなんとなく、彼も悩んでいそうで。この場にいる者も、色々と思う所が多いだろうから。
「私は私のできる事を‥‥」
 思考に、戦闘に。皆がただ、集中できるよう。
「にしても。工場跡に雪が積もってないのは、地下に熱源がある影響か?」
 群れる小型キメラは幸乃に任せ、エネルギーガンを手に『練成超強化』を駆使し、ケイのサポートに回っていたアンドレアスが眉根を寄せた。
 破壊された工場跡は周囲の雪原と違い、土も床も剥き出しになっている。
「情報はガセじゃあない、と」
 だが今は先にキメラを殲滅すべきと、アンドレアスは敵の動きに注意を戻した。

「‥‥ありました」
 静かになった工場跡で幸乃が稼動した痕跡のある大型昇降機を発見したのは、到着より数時間後の事。
 視線を交わした者達が乗り込むとリフトは降下を始め、キメラの襲撃もないまま地の底で止まった。
「罠の可能性もありますので、俺が先に行きます」
 奥に続く通路を前にして、硯が斥候役を買って出る。身軽さとスピードを誇るペネトレーターの申し出に誰も異論はなく、警戒しながら硯は一歩先を進んだ。
 途中で生きている機器を見つければ、念のためとケイが片っ端から破壊していく。
 パイプや配線が集中し、誘爆の可能性が高そうな場所は、脱出の際に破壊するよう目星をつけながら進むと、やがて広大な空間が広がった。
 壊れた物や、中身がカラッポになったガラスの培養管は、コルシカの城砦やピレネー地下で目にした、林立する白いカプセルを思い出させる。
 プラントの一番奥、廃墟に残された機器類の前で、痩せ細った棒切れのような男が前屈み気味で椅子に座っていた。
「貴方は‥‥貴方が。強化人間?」
 硬いケイの問いかけが、冷たい空間に反響する。
 聞くまでもない、男は頭の一部や四肢など身体のアチコチに機械が埋め込まれていた。
 それでもケイは人として、問う。
「ジャン・デュポン、なの? 何者でもない、何者か。貴方は‥‥何者なの?」
 答えはない。それでも猶予を置いてから、今度はルーガが口を開いた。
「再度、問おう。貴殿は、『人間』か?」
 やはり沈黙。それでも何故か、かすかに嘲る様な気配を感じる。
「『人間』でいたいか、それとも、‥‥最早、主無きにもかかわらず戦う、『兵器』でありたいか?」
 行く場所もないモノに対し、ルーガは問いを重ねる。己が所在を明らかにせよと。
「リヌさんとの接触や、過去の通報。アースクエイクや、森キメラによる街の隔離と思われる行為‥‥あれは‥‥?」
「‥‥ァ、ア」
 軋むような音に、口にし掛けた問いを硯が飲み込む。
「アァ‥‥ァア、ァ、ァァアアァァァーーーーッ!!」」
 それは人の叫びではなく、獣の咆哮だった。
 吼える声に答えてか、炎や冷気が別方向から一斉に能力者達へ降り注ぐ。
「まだ、キメラを残してやがったっ」
 忌々しげにアンドレアスは舌打ちをし、一度は鞘へ納めた烈火をルーガが抜き払う。
「なるほど、これが答えか!」
 合成獣の数は3体。ここで出してきたという事は、おそらく最後のキメラだろう。
「そっちは暴れて、スッキリかもしれないけど。こっちはそうはいかないんだから、色々と喋ってもらうわよ!」
 培養管の上から飛び掛る合成獣に、シャロンもまたガラティーンへ渾身の力を乗せて、刃を叩き付けた。
「今までの‥‥これまでの経緯と、何故こんな事が起こり得たのかを‥‥知っている事を全部教えて! あの森も‥‥翼竜も‥‥そして貴方も‥‥」
 訴えながらケイもアラスカ、そしてエネルギーガンの引き金を続けざまに引く。
「もう、空に赤い月はねぇんだ。目的が何にせよ、バグアが撤退した後は無意味な筈だろ」
 歯痒さを覚えるアンドレアスもまた、言葉を加えた。
「あんたの目的は達成されない。ならちょっと協力してみねぇか? 俺達ならあんたに存在理由を与えてやれる」
『無意味』
「‥‥何?」
『個体、死亡、間近』
 続いて、脳裏に直接浮かび上がるような単語の羅列に、アンドレアスは眉をひそめた。
「こいつ‥‥『情報伝達』か!?」
 問いかけた言葉を、遠くない場所からの爆発音と不穏な振動が遮る。
「自爆装置‥‥?」
「キメラの吐いた火が、何かに引火したのかも」
 幸乃とケイが戸惑う間も、爆発音は連続し。
「脱出しましょう!」
 躊躇なく硯は動かぬ男へ近付き、背に担ぐ。痩せ細った相手は、機械の分の重さしかないのかと思うくらいに軽かった。
 気遣うシャロンと目が合えば、硯は頷き。
「急げ!」
 後ろを守るルーガの叱咤と爆発音を聞きながら、一行はリフトへと駆け出した。

●選択肢
「もし部外者の同席を望まぬなら、私は先に引き上げるが。彼には会った事もないからな」
「でも‥‥事情を知らないからこそ、独り言を聞いてほしい事があるかも‥‥」
 ルーガの気遣いに、幸乃は看護婦や見舞い客が行き来する廊下の向こうにある病室を見やる。
「告知‥‥難しい事ですね‥‥知らないからこそ過ごせる時間、知ったからこそ選べる時間、どちらも間違いじゃないから。‥‥ただ、どちらだったとしても、それは時間の中で昇華されていくもの‥‥当人にとっても‥身近な誰かにとっても‥‥」
 少なくとも、私はそのどちらでもないけれど‥‥と。
 言葉を切った幸乃は目を伏せ、小さく頭を振る。
「その人たちが一緒にいられるように、大切な時間を過ごせるように、周りの雑音を減らす事が、私にできる事、かな‥‥」
「‥‥そうだな」
 自ら積極的に関わる事はなく、それをすべきでない状況だとルーガもまた経験的に理解していた。腕組みをした彼女は椅子の背に身を預けて、目を閉じ。
「お‥‥ルーガ君は、寝てしまったのであるか?」
 そこへ、飲み物を買ってきたティランが小声で訊ねた。
「寝てはいないと、思いますけど‥‥」
「ふむ? とはいえ、邪魔をするのも悪いのだ」
 そっと紅茶の紙コップを傍らのテーブルに置き、ティランは幸乃の隣に座る。かけたロザリオが揺れるのを見ていると、彼女にも紅茶が差し出された。
「お疲れさまなのだよ」
「‥‥ありがとうございます」
 受け取った温もりに、少しだけ幸乃はほっとする。
 その後は互いに、何を話すでもなく。唯一、二人に背を向ける形になるよう、僅かにルーガが身を動かした。

「ねぇ、イブン。一人で悩んでいるんじゃないかしら? その大切な大切な事、少しだけ。あたし達にも持たせて」
 柔らかくケイが聞けば、沈痛な面持ちのイブンは重い口を開いた。
「俺、まだ‥‥コールの容態を皆に伝えられなくて。どうしても‥‥」
 あれから自分の内にずっと押し込めていたのか、責任感の強い青年の背にシャロンがそっと手を添える。
「一人で悩まないでね。私にはコールも、イブンも大事なんだから」
「けどな‥‥俺は、判んねぇよ。道半ばで終わっちまう事を突きつけるのが、正しいのか‥‥」
 くしゃりと髪を掻き、ずっと悩んでいたアンドレアスもまた呻く。
「俺は‥‥自分の容態なら知っておきたいですし、話した方がいいのかなと思ってます。コールさんだって心残りも、やりたい事もあるでしょうから」
 ゆっくりと硯が選んだ言葉を反芻しているのか、煙草を咥えたアンドレアスは友人を凝視し。
「確かに、やり残しは俺達が受け継いでいく事を伝えられるなら、少しでも安心して逝ってくれるなら‥‥」
 わだかまる迷いを潰すように、灰皿へ煙草を押し付けた。
「伝えるべきなんだろうな、やっぱり」
「そうね。告知は‥‥したいと、私も思うわ。これまでの事、これからの事。彼自身に決めて欲しいから」
「私もケイと同じで、事実を伝えた方が良いと思う。伝える時は一緒にいたいし‥‥イブンが言えないのなら、私が代わりに言うわ」
「うん。俺の方から伝えても‥‥」
「シャロン、硯‥‥ありがとう。ケイとアンドレアスもごめん。俺がしっかりしてないから、皆に迷惑‥‥」
 声を震わせて謝るイブンの肩を、軽くアンドレアスが叩く。
「伝える勇気は、俺も余程かき集めないと出てこないが‥‥受け継ぐ覚悟だけはあるぜ、ここに」
 そしてトンと自分の胸を‥‥服の下に隠された、覚醒した時に浮かぶX型の傷を親指で突いた。
「俺だって、それが正解かは判らねぇ。ただ‥‥イブン一人で全部を背負い込ませなくて、よかった」
「そうね。イブンもコールも皆、大事な友人だもの」
 元気付けるようにシャロンが笑み、小さくイブンは頷く。

 コールの病室を訪れた四人は、単刀直入に話を切り出した。
 真っ直ぐに硯は目を見つめ、原因がエミタにあり、余命も残り僅かだろう事を誤魔化さず正直に説明する。
「コールさんの心残りが無いよう、やりたい事はしてほしいですし、バトンタッチできるものは受け取り受け継いでいきたいです」
 かつて自分達がそうであったように、リヌや少年らは言葉を失い、動揺を隠しきれず。
 本人だけが、いつも通りだった。
 沈黙を持て余すようにアンドレアスが煙草を寄越せば、コールは一本だけ抜き取って口に咥える。
 火は点けないまま、大きく嘆息し。
「辛い思いをさせたな。すまなかった」
 そう一言、短く――詫びた。