タイトル:『ジョーカー』を暴けマスター:風華弓弦

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/01/13 12:57

●オープニング本文


●隠密行動
 UPC本部の斡旋所にあるモニターには、今日も世界で起きる数々の『事件』内容が表示される。
 そのモニター群にまた一つ、新着の『案件』が加わった。
『ドイツ南部より輸送される、『成層圏プラットフォーム』の試作機の護衛を請う。案件を依頼してきた人物いわく、今回は特殊な事情があるとの事。案件の詳細については、オペレータに確認を‥‥』

●挙動不審
『「フリーデンさん。成層圏プラットフォームの実験、いつまで中断するんですか?」
 白衣を着た一人の若い女性が、すっかり研究所の主と化している青年−−ティラン・フリーデンへと尋ねた。
 雑然とした研究所の一角に鎮座している小さな飛行船のような試作機をちらと見やって、長身の男が肩を竦める。
「問題のキメラはもう、退治したんだよね」
「うむ。だが、ちょっと気になる事があるのでな」
 答えたティランへ、ヒゲ面の年配の男が眉を寄せて顎のヒゲを撫でた。
「ふむ? 何か、技術的な問題でもあるのか?」
「そんなところであるな。実は、実験地を変えようと考えているのだが‥‥」
「え? 変えちゃうんだ」
 最年少の小柄な青年が、きょとんとした表情で目を瞬かせる。
「ここじゃ、ダメって事なの?」
「ダメという訳ではない。だが、必ずしも良くもない。先のキメラは撃退されたが、相手に場所を知られている以上、第二第三のキメラが放たれている可能性も、捨てがたいでな」
「フリーデンさんにしては、随分と慎重ですね」
 からかうように、最初の白衣の女性が笑った。
「まぁ‥‥いささか慎重にならざるを得ない、厄介な事情があるのだよ」
「気になる事、かぁ。こりゃあ明日は雨だね、間違いない」
 長身の男の言葉に他の三人が笑う中、ぼしぼしと髪を掻きつつティランは『試作機』を眺めている−−』

 短いやり取りのビデオを、オペレーターが止めた。
「このティランさんが、前回のキメラ退治の連絡をしてきた方で、今回の依頼者でもあります。『試作機の飛行実験の都度、狙いすましたように現れたキメラの行動に、いささか疑問を感じるところがある』‥‥だそうで、気になる事を極秘裏に調べてほしいと、連絡がありました。その内容ですが‥‥」
 オペレーターが手元のキーを操作すると、ビデオを表示していたウィンドウが小さくなり、モニター上に別のウィンドウが現れた。

●伏せられた『ジョーカー』は?
 別のウィンドウには先ほどのビデオより切り取った画像で、ティラン以外の四人の顔画像が名前と共に表示されている。
「この四人は、いずれもプロジェクトの初期段階から研究に参加されていた方だそうです。この四人の中に、実験情報をリークする人物がいるのではないか‥‥というのが、ティランさんの気がかりのようです」
 画像と共に、オペレーターは各人についての情報を説明する。

 最初の女性は、アイネイアス。
 気象関係のデータに詳しく、研究所では上空の気象状況の予測を行って、試作機を飛ばせるコンディションのアドバイスをしている。事実上実験日を決めているのは、彼女だといっても過言ではない。

 次の長身の男性が、ベルナール。
 プランを元に、設計図面を引いている『図面屋』だ。実は、彼が『内通者』が存在する懸念をティランに打ち明け、今回の依頼の発端となった。ただ、『告発者』が『内通者』という事態もありうる為、今回の調査が行なわれる事は知らされていない。

 三人目のヒゲの人は、チェザーレ。
 試作機を作る為の資材集めのような事務方を担当している。度重なる失敗による資金の食い潰しと、最近の戦況による資材の入手難に愚痴と苦労が絶えず、ベルナール曰くは「道楽の実験なら、プロジェクト自体を早くたたむべき」と陰で批判しているらしい。

 四人目の一番若い人が、ドナート。
 無線の中継局に関する事を手がけているが、専門家ではない。改造趣味が高じた結果だが、逆に言えば思わぬ相手と連絡を取っている可能性も捨てきれない。

「四人ともプロジェクトの初期段階から関わってきて、『過去の実験について実験日を知りうる事ができ、実際に全ての実験日を知っていた人』だそうです。ティランさん自身も誰がスパイ行為をしているかは判りませんし、もしかすると依頼は杞憂であって、実際には『情報をリークしている人物』はいないかもしれません‥‥できれば、その方がいいんでしょうけどね」
 重い溜め息をつくと、オペレーターは画面を切り替える。
「ともあれ、ティランさんは問題の人物をあぶり出す為に、リンダウから北部にあるブレーマーファーフェンまで試作機を運ぶ事になりました。運搬手段は列車を使い、36時間をかけてノンストップで移動しますので、皆さんにはこちらに乗り込んでいただき、事態にあたって下さい。現地での捜索方法や判断は、お任せしますので」

●参加者一覧

藤川 翔(ga0937
18歳・♀・ST
愛紗・ブランネル(ga1001
13歳・♀・GP
流々河 るる子(ga2914
25歳・♀・FT
潮彩 ろまん(ga3425
14歳・♀・GP
嶋田 啓吾(ga4282
37歳・♂・ST
雨霧 零(ga4508
24歳・♀・SN
佐竹 優理(ga4607
31歳・♂・GD
リャーン・アンドレセン(ga5248
22歳・♀・ST

●リプレイ本文

●役者は揃う
 リンダウ中央駅には、六両編成の列車が停車していた。
「列車だー! 長距離列車の旅って、ボク始めて!」
 目を輝かせた潮彩 ろまん(ga3425)が、真っ先に列車へ駆け寄る。後を追う愛紗・ブランネル(ga1001)もまた、パンダのぬいぐるみとはしゃいでいた。
「愛紗達が乗るのって、これ? 楽しみだね、はっちー!」
「いやはや、子供ってのは無邪気だね‥‥あっはっは!」
 楽しげな二人を、面白そうに佐竹 優理(ga4607)が見物する。
「仮にも護衛なんだから、それを忘れるなよ」
 首を横に振りつつ、リャーン・アンドレセン(ga5248)がそれとなく釘を差した。
「だが能力者といえど、やはり歳相応の童心を忘れてはいかんしな。人が人たる所以は、やはり『遊び』に関して理解と許容があるか否かと思うのだが」
 貨物車から現れたティラン・フリーデンへ、藤川 翔(ga0937)は軽く頭を下げる。
「お久しぶりです。今回も、よろしくお願いします」
「それは、こちらの台詞だよ。今回の実験地変更では、面倒をかける事になるが‥‥そうそう、プロジェクトの研究スタッフを紹介しよう。それから、プロジェクトとは関係ない同行者もいるのだよ。このご時世、満足に旅行をする事すら難儀であるからな」
 説明しながら案内するティランに続いて客車に入れば、座席には七人の先客がいた。

 車両の構成は、先頭から乗務員車両の機関車、寝台車二両、食堂車、客車、貨物車となっている。
 乗り込むのは、乗務員を除いて十三名。
 まず、プロジェクトの関係者が五名。
 依頼人であり、『成層圏プラットフォーム』プロジェクトの中心的人物ティランに、バグアに通じていると疑わしいアイネイアス、ベルナール、チェザーレ、ドナートだ。
 それから、『ラスト・ホープ』より足を運んだ能力者が八名。
 前回のキメラ退治で関わった翔と愛紗、ろまんの三人は顔が割れている事を考慮し。加えて、優理とリャーンの二人を合わせた五名が、「試作機の護衛」という名目で同行する。
 そして残る三名は、素性を隠して『潜入』していた。

「お二人は、ティランさんのお知り合いですか。細かい状況は判りませんが、日本も大変そうですね。一般人では本国へ帰るのも難しいでしょうし、気の毒ですわ」
 嘆息するアイネイアスに、髭面のチェザーレが「どうだか」とがしがし髪を掻いた。
「考えようによっちゃ幸運かもしれない。少なくとも中欧から北欧にかけては、空襲に怯えずにすむ」
「それも、一山越えられたらどうなるか、判らないけどな」
 お手上げという風に手を広げて長身のベルナールが天を仰ぐと、最年少のドナートはぶぅと頬を膨らませた。
「早く実験すればいいのに、なんでわざわざ‥‥」
 口の中で、ぶつぶつとドナートは文句を言う。
「でも同行させていただけるのは、助かりますよ。お世話をおかけしますが」
 研究スタッフと話を合わせている嶋田 啓吾(ga4282)が軽く頭を下げた。彼と雨霧 零(ga4508)の二人は『霧島』という姓の夫婦と名乗り、旅行を装っている。その為、『妻役』の零は口を挟みたいところをぐっと堪えた。
「本当に、有難い‥‥です。せっかくの機会だから、いろいろ話を聞きたい‥‥ですね」
 言葉遣いに苦心しながら、彼女はぎこちない笑みを見せる。
「そうね。成層圏プラットフォームについても、詳しく伺いたいわ。あ、遅れたけど、取材をさせてもらうルルコ・ペックよ」
 六人の会話を聞いていた流々河 るる子(ga2914)は、『たまたま取材に来た記者』に扮し、用意した偽名の名刺を研究スタッフ達へ渡した。
「懇親を深めているところ申し訳ないが、そろそろ出発である。各自、忘れ物などないだろうな」
「試作機、ちゃんと積んでます?」
 声をかけるティランにアイネイアスが冗談で返せば、客車に笑い声がおきる。
 やがて列車はゆっくりと動き始め、リンダウを出発した。

●舞台は疑惑に踊る
「はーい。それじゃあ、点呼を取りまーす」
 昼を迎えた食堂車では、愛紗が指折り数えて『点呼』を取っていた。
「ごはん、ごはん♪ ボク、こういう所初めてなんだ。嬉しいな♪」
 無邪気にろまんが喜ぶ一方で、ぐるりとドナートは顔ぶれを見回し、足りない顔に首を傾げる。
「あれ? 霧島夫妻の姿が見えないね」
「呼んでこようか。旅の食事は、皆で食べた方が美味いしな」
「あーっ! 待って」
 席を立ちかけたチェザーレを、慌ててろまんが引き止めた。
「御夫婦だし、邪魔すると‥‥悪いかも?」
「声だけかけておいても、問題ないと思うが」
「では、私が声をかけてこよう」
 まだ気を遣うチェザーレへ、立ち上がったリャーンが座るように身振りで示す。
「貨物車で待機している翔にも、昼食を届けなければならないしな」
「う、うん。そうだねっ」
「食事がテーブルへ届く前に帰ってこないと、冷めちゃうからねー」
 テーブルの間を抜けるリャーンの背中に、ドナートが声をかけた。
「能力者の人も、大変ですね。貨物車だと窓もなくて、風景も見えませんし」
 苦笑するアイネイアスは、頬杖をついて車窓へ目をやる。幸い天候に恵まれ、窓の外には冬の少し淡い空と、緑の田園風景が続いていた。
「あの人達は、それが仕事だから‥‥でも、アイネイアス達も大変だったね。バグアのキメラに、何度もプロジェクトを邪魔されるなんてさ」
 他人事の様に紅茶を飲みつつ、るる子が話題を変える。
「そうですね。ドナートは、自分が担当する通信システムのテストすら出来ない状態ですし。かといって、雨天では打ち上げも‥‥気象観測用の気球と違って、成層圏プラットフォームは中継局を風に流されるわけにもいかなくて。長期使用の為にも、推進器とそれを動かす動力源が重要なんですよ」
「じゃあ、壊されると作り直しも大変なんじゃ?」
「ええ。ですから、材料を集めるチェザーレさんは大変で‥‥私なんかは、データから気象予測をするだけですから」
 話をしている間に、順番に食事が運ばれてきた。

「これで、よし」
 ティランから借りた盗聴器を個室の固定座席の下に仕掛ると、零が膝を払って立ち上がる。
「盗聴器の準備はOKだ。そっちはどうだ?」
「特に目ぼしい物は‥‥というか、怪しい物が多過ぎて、見当がつけられません。下手に引っかっき回す訳にも、いきませんし」
 部屋を荒らさないように荷物を調べていた啓吾は、お手上げだという風に肩を竦めた。
「ドナートのこれは通信機でしょうし、チェザーレの荷物は工具だと思います」
「実験に行くんだから、仕方ないか」
 腕を組み、零は唸って考え込む。そこへ、誰かがドアをノックした。
 二人は顔を見合わせ、扉へ近付く。
 僅かにスライド式の扉を引けば、隙間からリャーンの姿が見えた。
「おや。私とした事が、夫妻の部屋はドコだったか‥‥皆で食事を取ろうと、スタッフ達の伝言を伝えねばならないんだが」
 一瞬ちらと隙間を見たリャーンは大きめの声で独り言を口にし、別の個室のドアへ行く。
「これ以上は、怪しまれますか」
 振り返った啓吾に、零が無言で頷いた。

 ジリジリと目覚まし時計が煩い音を立て、空を泳ぐ手が面倒そうに止めた。
 むくりと起き上がると、仮眠から目覚めた優理はテーブルに置いた眼鏡をかけ、寝癖のついた髪を撫で付ける。
「時間‥‥か」
 大きく欠伸をして立ち上がったところで、個室の扉がノックされた。
「起きていたんですね」
 顔を出した翔に、シャツの襟を整えながら優理が頷く。
「出発からたっぷり六時間、寝させてもらったよ。起こしに来たなら、残念だったがね‥‥あっはっは!」
「いいえ。貨物車へ護衛の交代に来たリャーンさんから聞きましたが、厄介な事になったそうです」
 緊張を帯びた翔の様子に、さすがに優理も眉根を寄せた。
「厄介な事?」
「ドナートさんが、自分の個室から盗聴器を見つけたんです」
 翔は手短に、リャーンから聞いた状況を話す。
 昼食の後、個室で受信機を使用したドナートが奇妙なノイズに気付き、不審に思って部屋を探し回った結果、盗聴器を発見した。更に研究スタッフ達の個室を確認し、他の盗聴器を見つけ出したという。
 二人は急ぎ足で、他の者達が集まる食堂車へ向かった。

「だから、説明しろっつってんだろ。ナンで、こんなモンが仕掛けてあんだよ!」
 二人が食堂車へ着くと同時に、ドナートが怒声と共にテーブルを叩いた。その拍子に、テーブルクロスの上で小さな三つの機械が跳ねる。盗聴器の一つをベルナールがつまみ上げ、手の平の上で転がした。
「子供もいるし、怒鳴るなよ。ただ、非常に不愉快だね。どういう理由で、誰が仕掛けたかは知らないけど」
 じろりと見やるベルナールに愛紗やろまんは答えが返せず、るる子も口をつぐんでいる。別のテーブルの啓吾と零もまた、用心深く様子を窺っていた。疑われているのは、能力者達と記者の『ルルコ』だ。
(「こっちへ盗聴器を仕掛ける可能性は考えてたけど‥‥発見される危険は、考慮してなかったわね」)
 心の内で悔いつつ、るる子はそれとなく研究スタッフ達を観察する。
 アイネイアスは心配そうに話の行方を見守り、渋い表情でチェザーレが腕を組んでいた。比較的落ち着いた反応の二人に対し、盗聴器の発見者であるドナートは憤慨した様子を隠さず、ベルナールは苛立たしげにるる子や少女達を睨んでいる。
「まぁ、待て。何も、彼らが仕掛けたとは限るまい。仕掛ける必要性も、低いしな。もしかすると‥‥そう、計画変更を知った何者かが仕掛けた可能性も、ゼロではないだろう」
 言葉を選びつつ、ティランが間に入った。ベルナールは「ふん」と鼻をならし、やってきた翔と優理を一瞥する。
「ここでこうしていても、致し方あるまい。盗聴器はこうして排除されたのだし、これでプライベートに聞き耳を立てられる心配もなかろう?」
 膠着した状態にティランが促し、その場は解散となった。

「何故、ドナートさんは盗聴器に気付いたんでしょう?」
 寝台車へ戻りながら、用心深く翔が声を落とし、ティランへ尋ねた。
「ああ、彼はそういうのが趣味なのだよ。ラジオ放送か、あるいは列車とセンターのやり取りか。それとも、周辺の通信を拾おうとしたか‥‥だが、お陰で成層圏プラットフォームでは、そっち方面の協力をしてもらっているがね」
 小声で説明するティランに、翔は黙って頷く。
 通路を歩きながら重い表情で外へ目を向ければ、景色は既に黄昏を迎えていた。

●幕切れは深夜に
 和やかだった昼食と打って変わり、研究スタッフは能力者達と離れたテーブルで、言葉少なに夕食を取った。
 食事が終われば声もかけずに寝台車へ戻り、自分の個室に引き篭もるか、あるいは別のスタッフの部屋に訪れるかして、彼らの目が届かない状態となる。
「まずいな。これでは四人の動きも判らないし、内通者を警戒させたんじゃないか?」
「そうですね」
 座席へ腰を下ろす零に、啓吾もまた低く唸って考え込む。『能力者』や『ルルコ』や研究スタッフ達から疑われている状況では、うかつに仲間と接触も出来ない。
「スタッフ達が寝静まる深夜を、待ちますか」
 窓へ目をやれば外には夜の帳がおり、風景の代わりに彼の姿が映っていた。

「ぅゅ‥‥眠いよ、ダディ〜‥‥」
 眠そうに、愛紗が目をこする。というか、半分寝かかっているようだ。
「もう遅いし、無理はしないようにね」
 気遣うるる子に、パンダぬいを抱いた愛紗はこくんと頷いた。
 愛紗とろまんの個室には、零を除く女性能力者五人が集まっている。優理は貨物室、零と啓吾はスタッフに疑われていない為、まだこの場へは合流していない。
「怪しいという点ではベルナールさんもそうですが、やはりドナートさんも気になりますね」
 ティランから聞いた話を翔が伝えると、事の次第を聞いたリャーンが嘆息した。
「誰でも黙って盗聴器を仕掛けられるのは、いい気がしないものだ。彼が怒るのはもっともだし‥‥だが、私達もそれが仕事だからな。だがスタッフから互いの仔細を聞く前に、こちらの信頼が薄くなったのは痛手だが」
「でもドナートさん、どう見てもただの趣味人っぽいよ?」
 小首を傾げたろまんは、指折り数えてスタッフ達の印象を明かす。
「ベルナールさんは‥‥内部の疑心暗鬼を狙った可能性があるけど、もし内通者なら告発者になるメリットよりも隠れたままの方がいいと思う。チェザーレさんの影での批判も、なんか愚痴を言ってるだけじゃないかなってそんな気がする。アイネイアスさんなんかは、日程を決められる怪しさはあるけど、それだけだよね」
「それだと、内通者がいない事になるね」
 肩を竦めるるる子に、ろまんが困った風な笑顔を返した。
「ボクは、その方がいいけど‥‥」
 その時。
 ろまんの言葉を遮って、荒々しくドアが叩かれた。
「みんな、いるか!?」
 扉越しに聞こえた零の声に翔が鍵を外せば、すぐさまスライド式のドアが開け放たれる。
「気付いたか、列車が止まっている!」
 零の言葉に、すぐさまるる子が窓のカーテンを開く。暗くてはっきりとは判らないが、目を凝らすと何処かの街が見えた。
「停車する予定とかは?」
「ないはずだ」
 ろまんの質問にリャーンが即答し、慌しい空気に愛紗が目を瞬かせる。
「‥‥どしたの?」
「列車、止まってるんだって」
「貨物車は、啓吾が様子を見に行った」
 説明するろまんの頭越しに、零が状況を付け加える。
「スタッフの安全を」
 翔が立ち上がり、彼女らは迅速に行動を開始した。

●夢は空へ
 北海の上に広がる空は、澄んでいた。
 能力者達は空を仰ぎ、スタッフが忙しく機器類を操作する。
「ベルナールを捕まえられなくて、本当に申し訳ない」
 申し訳なさげに謝罪する啓吾へ、計器の数値を見ていたティランは頭を振った。
「いいのだよ。誰も失わず、試作機は無事。行方をくらませたベルナールは、おそらくは二度と我々の前に現れる事もないだろう。君達の思う最善ではないだろうが、結果として問題は排除されたのだからな」

 能力者達が六両の車内を確認した結果、ベルナールの個室にて同室のティランがシーツでぐるぐる巻きにされた上、昏倒しているのが発見された。
 また機関車では、列車の運転手達が同様に気を失っており。
 駅に止まった列車からは、ベルナールの姿が消えていたのだ。
 寝入っていた研究スタッフ達が、知らせを聞いて茫然としたのは言うまでもない。

「告発者がすなわち、内通者だった訳か。定石だったねぇ‥‥あっはっは!」
 明るく優理が笑い、じーっと真剣に何かを考えていた愛紗が顔を上げた。
「あのね。人は誰でも、重要な選択を迫られる時があると思うの‥‥ティランお兄ちゃん、『変態』と『変人』どっちがいい?」
「何故にーっ!」
 驚愕するティランの後ろで、ドナートが遠くスウェーデンの電波を拾った事を、声高に伝えた。