●リプレイ本文
「しかし、あの程度の敵に豪勢な布陣ですね」
倉庫周辺をガッチリと固めるUPCの力の入れようを見て周防 誠(
ga7131)は苦笑と共に呟いた。
「獅子は兎を狩るのにも全力を尽くすという、まぁ、準備しすぎていても舌打ちで済む、力を入れすぎて困るということはあるまい‥‥とはいえ、我が娘ながら困ったものだ‥‥」
傭兵たちを出迎えた大尉は実直な口調で切り出したが、言葉の最後でつい愚痴が漏れた。
「心配するな、無事に私が連れて返ろう」
ひとり言のようなその愚痴に答えた御巫 雫(
ga8942)が「だが‥‥」と言葉をつないだ。
「新米一人抑えられないのでは、その階級章が泣くぞ? ‥‥部下に示しもつくまいし、彼女の立場も悪くなるだろう。本当に彼女を思うのならば、公私混同はしないことだな」
「ああ、君らには迷惑をかけるが‥‥すまない」
大尉は自分どころか自分の娘よりも若くみえる御巫に頭を下げた。
「まぁまぁ、実際のところ俺も‥‥熱い人は嫌いじゃない」
ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)が大尉の肩を叩いて言うのとほぼ同時に軽い爆発音、続いてフランス軍が採用している小銃独特の連射音が響いた。
「あれ、もう始まってるの?」
「届いたばかりだわ!」と着装した「リンドヴルム」の試運転をしながら話を聞いていた沙姫・リュドヴィック(
gb2003)は、隣で銃器の最終確認をしていたイスル・イェーガー(
gb0925)に耳打ちした。
「大丈夫‥‥銃声の数は突入した人達の数と一緒‥‥皆‥‥無事」
無表情の中に少し安堵の表情を見せつつ少年はチェックを終えた拳銃をホルスターにしまった。
「そっか、じゃ、急ぐよ!」
「リンドヴルム」が進めと言うように手を振り傭兵たちもその言葉に従う、だが‥‥
「――今は、前を見て走る時、だからな」
その場にいた誰にも気づかれずに物陰から彼らの様子を見ていたUNKNOWN(
ga4276)が誰とも無く呟いた。
○ベアトリス少尉と愉快な仲間達
「少尉殿! そっち行きましたよ!」
「りょ、了解っ!」
広い貨物倉庫の中で不定期に銃声が響き、キメラの悲鳴があがる。
一個小隊、現在の総勢42名が作戦行動を行っているのだ、いくら広いといえども、万事物事には限度というものがある。
「少尉殿‥‥分隊で分散して当たりましょうや、これじゃかえって動きにくい」
新任の少尉が任された小隊と言えど、彼等はヨーロッパ戦線を生き残ってきた歴戦の士である、先ほどは勢いで引っ張られてしまったが、いざと言う時の判断力は信用できる。
「そ、そうね‥‥」
どちらが上官かわからないそのやり取りに軍曹は苦笑したが。
「大丈夫っすよ、訓練通りやればこの程度のキメラは野良犬同然じゃないんですか?」
突入寸前に彼女が言った言葉を返し軍曹は全員に号令をかけた。
「聞いたな、お前ら! 記念すべき少尉殿の初陣だ、変な泥つけんじゃねぇぞ!」
「おっと、こちらの御仁も熱いね」
その言葉と共に全員の背後、倉庫の入り口から現れた数人の人影に視線が集中したが、人影はそんなことはまったく意に介さず近寄ってくる。
「傭兵?」
ベアトリス少尉の当惑しきった表情に入ってきた傭兵たちも苦笑を隠せなかったが、ゆっくりと周防 誠(
ga7131)が切り出す。
「数が多いので何匹か取り逃がすかもしれません。倉庫の外からそういった敵を倒していってはいただけませんか? お願いします」
ベアトリス少尉は最初こそ目を白黒させていたが‥‥
「い、いいけど、私と選任軍曹のチョーク(班)は同行させてよ? 」
「‥‥貴様か、新米の少尉殿というのは。蛮勇は結構だが、功を焦る軍人に未来は無いぞ」
少年の背後から急に現れた雫の物言いに、ベアトリスは反論したそうに口を開いたが、単なる口げんかに発展しそうな勢いを感じ、その言葉が形を成す前に軍曹とホアキンが割り込んだ。
「倉庫内はコンテナ等の遮蔽物も多く、大人数では思うように動けないようだ。あなたの小隊から精鋭を選び出し、少人数で一緒に突入しないか。他の方々は大尉殿の中隊と連携し、倉庫を封鎖していただく方が良いと思う」
「了解しました、では、こちらで兵を選抜します」
軍曹は馴染みの部下を数人呼び寄せると少尉に「いいですか?」と確認をとり、他の者は現最高指揮官である中隊長の命で動くようにと命じ、外に出させようと暗がりに背を向けた。
「危ないっ!」
ベアトリスが叫びコンテナの陰から飛び出してきたキメラに銃口を合わせるが、撃てない‥‥射線上に味方が重なってしまう。
スパパパッ
スコーピオンの銃声が響き、ほとんど直上からキメラを仕留めた。
「やれやれ、油断大敵だぞ‥‥あなた程の古参がこの程度の雑魚にやられては立つ瀬あるまい?」
傭兵たちが頭上を仰ぎ見ると骨組みに腰掛けた男、UNKNOWNが一同に笑いかけた。
「影ながら参加させていただくつもりだったのだがね‥‥まぁ、よろしく頼むよ」
○暗中の掃討戦
倉庫の最奥部へゆっくりと前進するベアトリス少尉率いる一個分隊と傭兵たちが先頭を歩く軍曹のハンドサインで停止した。
「見つけた?」
駆け寄ったベアトリス少尉の声に倉庫の奥を示す軍曹、そこには致命傷を負った仲間をかばうように7体のキメラが取り巻いていた。
少尉からの合図に一度頷くと傭兵たちが物陰から飛び出した。
「行くわよっ!」
急に飛び出してきた傭兵と、物陰に潜んだUPC兵から浴びせられた銃撃に泡食ったようにキメラは立ち上がるが、元から負傷していた2体のキメラがフォースフィールドを貫かれ絶命した。
「悪いけど接近戦は苦手でね‥‥」
ズドンっという重い銃声と共にアラスカ454が火を吹き、1体のキメラを反対の壁まで吹き飛ばす。
「さ、犬っコロ、沙姫サマが遊んであげるわ♪」
味方の銃弾の波に乗るようにリンドヴルムを着込んだ沙姫が駆け寄り、振り回すようにはなった裏拳一振りで、なんとか態勢を組みなおそうと飛び掛ってきたキメラを弾き飛ばす、しかし、キメラはうまく空中でバランスを整え着地と同時に飛び掛ろうと身構える、が‥‥無防備な横っ腹を銃弾が襲い完全に沈黙させた
「窮鼠猫を噛む。って‥‥言うし。注意したしたほうがいいと思うよ。‥‥これ、父さんの口癖だけど」
「あ、ありがと‥‥」
人類側の精鋭とバグアの中でも劣兵中の劣兵である、このキメラ達では、数でも質でも傭兵達に分があった。
「このまま一気にっ!」
ベアトリス少尉が隠れていたコンテナから飛び出し瀕死のキメラに銃口を向けるが‥‥
「駄目だっ、伏せろ!」
強い語調で軍曹が彼女を引きずり倒し、その腕に飛び込んできた最後のキメラが爪を立てる。
「痛ぅっ!」
「一瞬の気の緩みが命取りになるのだ、莫迦者っ」
近くにいた雫がキメラを切り伏せ、ベアトリス少尉を叱責した。
「ぐっ、軍曹‥‥」
「なぁに、かすり傷っすよ‥‥一応消毒はしておいたほうが良さそうですけどね」
軍曹の腕には三本の赤い筋が刻み付けられていたが、本人の言うようにあまり深くは無いようだった。
○父の怒り 娘の想い
「――人は、な。1人でやれる事に限界がある。だからな、人を頼れ。目標をしっかりと持って、な」
作戦は一人の犠牲者も出さずに成功し、包囲網を形成していた少尉の部下も大尉の指揮下で死体の回収作業に当たっている。
「は、はい‥‥」
子どものようにしょぼくれる少尉の頭をUNKNOWNが優しくなでた。
「さって‥‥親父さんも首を長くしてお待ちだろう、元気な顔を見せてやりに行こうじゃないか?」
ホアキンが提案するが少尉は首を左右に振った。
「でも‥‥軍曹が」
「チラッと見ただけだが傷は深くは無かった、まず大事には至るまい」
雫に言われ、少しほっとした表情を見せたが、やはり天幕へ向かう足取りは重い。
「自分のことを心配している親がいる‥‥それは素晴らしいことですからね‥‥」
しばらく入り口の前で立ち尽くしていたが、その言葉に頷いてしぶしぶとだが天幕の入り口をくぐる。
「ベル‥‥」
「パパ‥‥」
娘の無事を確認して、一瞬安堵の表情を浮かべた大尉だったが、その表情はゆっくりと引きつっていく。
「わかっているとは思うが、命令不服従だからな‥‥査問委員会の前にここで理由を聞いておこうか?」
父親から上官の顔になった大尉に少尉も肩を落とす。
「そ、それは‥‥」
背中に傭兵達の視線を感じて、少し言いにくそうに少尉が呟いた。
「パパ‥‥今日が誕生日でしょ?」
その答えに一同ポカンとした表情を浮かべたが、一番最初に我に返った大尉が長机が壊れんばかりに叩いた。
「くぅのぉ馬鹿娘がっ! そんな理由で部下と自分の命を危険に晒したのか!!」
「ぅ、ご、ごめんなさい‥‥」
机に打ち付けんばかりの勢いで、頭を下げた少尉の脇を通り、ホアキンが大尉の肩を叩いた。
「理由はともかく彼女の行動力はたいしたものだ、いずれはあなたにも劣らぬ、良い隊長になる」
大尉は少し考えていたようだったが、「馬鹿娘が‥‥」と再び呟くと椅子に座りなおした。
「ベアトリス・クラヴェリ少尉、異例だが件の判断は上層部に仰がず今ここで処分を申し付ける」
「えっ‥‥は、はぁ」
怪訝な表情をした少尉の背中を雫が小突き「しっかりしろ」とささやいた。
「今後24時間、就寝時間と食事を除きベアトリス・クラベリ少尉に休憩を認めない、わかったらさっさと部下を指揮してこいっ!」
怒鳴り声ではじかれるように天幕から飛び出して行った少尉の背中を大尉は優しい瞳で見つめていた。
「随分‥‥甘いんだね?」
イスルが普段は見せない表情で首を傾けたのとほぼ同時に腕に包帯を巻いた男が飛びこんできた。
「大尉! 少尉殿も今回の件は深く反省していると‥‥」
「軍曹?」
「で、ですから少尉の前途を考え‥‥いえ、軍法は厳格であるべきというのは確かに‥‥」
「軍曹!」
傭兵たちでさえ割り込む暇が無いほどの必死さで熱弁していた軍曹は、大尉に一喝されやっと止まった。
「もう処分は言い渡したよ軍曹、心配せずとも今後には影響せんだろう」
「は、はぁ」
少尉とまったく同じ反応に爆笑が起きる。
「無茶だと感じたら、誠心誠意止めろ。それが隊のためならな」
ホアキンが笑いの中で軍曹に呟き、軍曹は力強く頷く。
「‥‥うむ。ともかく、皆、無事で良かった」
雫のその一言で今回の事件は幕を下ろした。