●リプレイ本文
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「ふむ、ミンダナオですか‥‥最近なにかとこの名前を耳にしますね」
秋津玲司(
gb5395)は眼鏡を上げて資料を閉じた。
「とにかく流風さんを早く助けてあげましょう。できればKVも回収してあげたいところです」
「まったく、軍では子供に危険な仕事をさせるのか?」
孫六兼元(
gb5331)は憤りながら流風の写真を資料に挟み直す。確かに、写真を見た限りでは子供にしか見えない流風である。
「不時着か、急がないといけませんね」
ヴァイオン(
ga4174)が言うと、菱美雫(
ga7479)も頷いて、
「少尉が不時着した場所にはキメラがいるようです、のんびりはしていられません‥‥!」
先日も撃墜により不時着した能力者達を救助したばかりの雫だが、今回はそれに増して急を要する。KVに乗り込むために滑走路へと向かう足も自然と速まった。
狭霧 雷(
ga6900)も愛機に乗り込み操縦桿を握る。
「本当に、ほっとけない人ですよね。彼女は」
LHから八機のKVが離陸した。目指すはフィリピン。ミンダナオ島に属する小さな無人島だ。
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碧く広がる海の上、先に目的地が見え始める。
雫は巡航中も流風と通信を行い、墜落地点や撃墜時の状況などを聞きだしていた。
「すぐに救出に向かいますから、待っていてください」
「はいっ」
救出作戦の流れを雫から聞いて安心したのか、流風は元気な返事を返す。雫は思わず笑みを零した。
「少尉のいる地点は、地図で言うとJ−18ですね」
雷がディスプレイに表示されている地図を参照する。地図は、雷が現地の地図を100m四方に区切り英数字を当てはめたものだ。皆の手元にも同じデータがある。
J−18は、島を覆う森の南部。東西で言えば丁度中心辺りだ。
両機と編隊を組むのは、ドッグ・ラブラード(
gb2486) と玲司の計四機。これを2班とし、2班の前を行くのは1班。ヴァイオン、兼元、 林・蘭華(
ga4703)、 紅月・焔(
gb1386)の四機で編成されている。
流風の話では、島の上空に差し掛かると種弾が発射されるという。
「すまんな‥‥空中は苦手なんだ」
早々に高度を下げたのは、空戦兵装を一つも積んでいない焔の雷電。それにヴァイオンのアヌビスと兼元のミカガミが続く。
「1班、ジェリー。D−16地点に向かう」
「こちらOgre。これより着陸態勢に入る」
着陸地点は島の南西、砂浜と森の間にあるという平地だ。
「菱美氏、キミが後ろに居るのは心強いな!」
兼元の言葉を受けて、
「お気をつけて」
雫は煙幕装置の発射桿を引いた。彼女のウーフーが煙幕を撒くと同時に、雷のウーフーからも煙幕弾が発射される。煙幕が天蓋の如く森を覆う中へ、1班の最後尾、蘭華のアヌビスが消える。煙幕に異変を感じ取ったのだろうか。森の中から黒い影が飛び始めた。それを牽き付けるべく、雷機が煙幕の切目とキメラの種弾の間に割って入る。
飛来する種を回避する雷機を、ドッグのS−01Hがヘビーガトリング砲で援護し種弾を撃ち落す。
「1班、全機現着した!! これより状況開始するぞ!!」
兼元の無線を受けて、玲司のロングボウが旋回する。
「我々も着陸しよう」
晴れかけている煙幕に、玲司機とドッグ機の煙幕が重ねられる。
煙幕に隠れた目標に狙いを定められないキメラの種弾をかわすのは難しくは無い。放たれる種弾の間を縫うように、四機は着陸地点を目指した。
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動けない愛機の中で待つ流風に通信が入る。ドッグの声だ。
「少尉。全機島へ着陸しそちらへ向かっています。我々2班が到着次第、狭霧機へ移動を」
「了解ですっ」
流風が返事を返すと、ドッグはこう言い足した。
「雨康さん‥‥でしたか。どうぞ、大事に」
流風は雨康を包んでいた両手に、きゅっと力を込める。
と、何かを感じ顔を上げた。
周囲を取り囲む木々のずっと奥、大きなうごめくものが二体近づいてきている。
北――島の中心側からやって来たのだろう。風景の緑の中、異彩を放つ毒々しい色合いを持つ大小の蕾。その下に続く太い幹は動きに合わせて揺れている。5m以上はゆうにある体躯を動かすのは、根とも蔓ともつかぬ太い触手だ。
「あれがこの種を飛ばした人なのかな? こっちに向かってる‥‥どうしよう、雨康っ」
「エネミータリホー‥‥吶喊開始」
通信機から聞こえた蘭華の声。同時にキメラ群の中心に放たれた滞空式ラージフレア。乱れた重力波にキメラ達が動きを鈍らせる。
覚醒によりもう一人の自分・アイスマンとなっている焔は、ツングースカ・ショルダーキャノンで牽制射撃を行なう。
銃弾をその身に受けながらも、敵は怯む様子を見せない。緩やかな歩みとは対照的に、根と茎間に収納されていた蔓状の触手を素早く伸ばし振り回す。
周囲の木が軒並み倒れ、予想以上に広範囲への触手の攻撃が各機の装甲に火花を散らす。蔓に生えた鋼の棘が装甲を削っているのだ。
二体の触手の重複範囲にいた蘭華機は避けきれず絡め取られた。触手の主は巨大な蕾を大きく開かせる。内側には無数の牙を備えた花弁で獲物を食いちぎらんと近づいてくる。
「林氏!」
兼元が行く手を塞ぐもう一体を含め、レーザーバルカンの弾幕を浴びせる。ヴァイオンと焔も銃器で蘭華機を援護する。が、蘭花機への被弾を避けての威嚇射撃は効果が薄く。もう一体の触手に阻まれ、これ以上近寄る事ができない。
「大丈夫、このくらい‥‥」
蘭華は触手の締め付けに軋む機体を何とか動かし、脚甲「シュリガーラ」で腕を捕える触手を根元から切断。自由になったルプスとシュリガーラで迫る触手を次々薙いで束縛から逃れた。
触手を失ったその一体に、ブーストをふかし急接近した黒に金縁のアヌビスがスパークワイヤーで絡め取った。
「生憎と、僕のは犬じゃなくて大鴉ってね」
ヴァイオンの言うとおり、カスタマイズにより鴉の如き姿の愛機S・Crow。右腕にはルプス・ジガンティクスとスパークワイヤー、左腕に金曜日の悪夢を装着した姿は黒金の魔人だ。
電撃に弾かれたように蔓をうねらせ、キメラは方向を変えてヴァイオン機へと向かう。元より効果は期待していない。注意をこちらへ向けるのが目的だ。
「KV抜刀【斬奸】!!」
声と同時に、兼元は『雪村』を発動させる。神剣にあやかりフツノミタマと名づけた銀のミカガミ。その腕に発現した高出力エネルギーの剣を、近接仕様マニューバによる素早い斬り降ろで炸裂させる。
絶大な威力が花弁を袈裟懸けに切り裂いた。その隙を狙ったかのように、黒い弾丸が数発飛来する。
木々の間を縫う、予想していなかった方向からの銃撃‥‥いや種撃に、咄嗟に焔が迎撃したが全て撃ち落とす事はできず。相対していたキメラが、増援に乗じて放つ種弾が兼元機の肩へ被弾する。
「ワシの『鬼』を起こしたな!!!」
兼元は半身で腰を落とし、逆手に握ったBCナイフを前面に構え。忍を思わせる動きで新手めがけて駆け出した。
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1班の戦いを遠目に見守る流風の元に2班が到着したのはその頃だった。
「少尉のアヌビスを発見。それと、1班と対峙している三体と別にこちらへ向かって来るキメラ一体」
玲司の声で、流風に良悪同時にもたらされた報せ。
迫るキメラの反対側に現れた玲司機とドッグ機が流風機を越え、近づくキメラに向かう。
「ここから先へは行かせん」
玲司が20mmガトリング砲をばら撒き牽制すると、敵も負けじと種弾を放ってくる。
「あの花か、美しいな」
揶揄ではなくドッグが呟く。生物に対して造詣の深いドッグは、生物の外見に対しても寛容なのだ。
「だが散ってもらわねばな。Garm、彼女達を守れ」
愛機に呼びかけながら発動するのはブレス・ノウVer.2。構えたストライクシールドで飛来する種弾を受け止める。流風の保護が終わるまで、背後には僅かも攻撃を通さない構えだ。
距離を詰め伸ばしてきた触手を盾で受け止め、
「さぁ、食いちぎれ」
その先端に触手を挟み込んで引きちぎった。
二機の援護を受けて、ウーフーから降りた雷が流風のアヌビスに駆け寄る。
「狭霧さ‥‥はわっ!?」
雷はコクピットから飛び降りた流風を抱き上げた。拍子に零れかけた雨康をキャッチし、自機へ向けて駆け出しながら流風に手渡す。
「落とさないように注意していてくださいね」
「は、はいっ」
抱えられている気恥ずかしさから顔全体を真っ赤に染めて、流風が頷く。前の任務でも、同じような状況があった事を流風は思い出す。
ウーフーの元へ戻ってきた雷と流風を、自機から降りた雫が迎えた。
「少尉、怪我はないですか? ちょっと診せてくださいね」
本業が開業医である雫は手早く、しかし確実に流風の状態を確認する。
「膝に、少し打身‥‥練成治療で治しておきますね」
流風が自室で椅子に打ってしまったのだと言い出す間もなく、雫は流風の傷を回復させる。
ドッグと玲司がライフルで三度目の種弾幕を迎撃した所で、雷機からの通信が入った。
「少尉の回収完了しました。これより参戦します」
コクピット内補助シートに流風を据えた雷機と、雫機が戦線に展開する。雫はウーフーの電磁支援を意識し、流風機を守る雷機よりもやや1班寄りに展開する。
こちらから積極的に近づく事はしない。自機の最大の目的は、流風の載っている雷機の護衛だ。
「この距離なら‥‥」
雫はドッグ機と玲司機に3.2cm高分子レーザー砲で援護射撃を行なう。距離を置いてドッグ機に絡みつく触手を、雫機からの銃弾が分断した。
自由になったガトリング砲で、ドッグは残る触手を散らした。そうしながらも、相手の動きに好きや弱点を探る。
雷機は流風のアヌビスの前に陣取り、自らの前にキメラへの射線が開けた瞬間を狙ってヘビーガトリング砲を放つ。
「狭霧さん、右からもう一体近づいてます!」
流風の声に、雷は右へ機体を振る。迫る種弾をヘビーガトリング砲で迎撃し、伸ばされた触手をGFソードで切り落とす。
「少尉の救助は完了か。後はキメラを倒してアヌビスの回収だな」
玲司は地面に萎れる一体を確認しつつ1班側へと回り込み、スナイパーライフルRで僚機の隙を埋めるように触手の無力化を狙う。雷機、雫機と戦うもう一体にはドッグが向かい、大勢は決しようとしている。
ヴァイオンは種弾を回避し、打ち下ろされる蔓をルプスで受け止めた。開く巨大蕾に捕食される前に、蔓を金曜日の悪夢で斬り落とす。
蕾を開いて捕食するのなら、本体にある袋の中身は‥‥外皮を破壊すれば自らの消化液により自滅するのではないか。蘭華は距離を詰め消化袋にルプスを叩き込んだ。
「‥‥メタボ?」
思わず口をついて出たのは、厚い脂肪の詰まった腹のような弾力で衝撃を吸収したからだ。
「‥‥これなら‥‥どう?」
アヌビスの拳が消化袋を打つと同時に電磁波が炸裂した。消化袋の弾力も、試作型電磁ナックルでの非物理攻撃は受け流せないようだ。
兼元は蘭華の作った隙を見逃さなかった。
「我が一撃に、貫けぬモノ無し!!」
機杭「エグツ・タルディ」が蕾に炸裂し、キメラはぐったりとその身体を横たえる。
焔も消化袋の強度には気付いていた。銃弾で攻撃を仕掛けながら、敵の特性を探っていたのだ。花弁や触手と違い、茎とも幹ともつかぬ袋状の部分だけは銃弾も斬撃も効果が薄い。
「‥‥こいつの威力‥‥試させてもらう‥‥」
焔の雷電が手にしたのは鎖の先に巨大な鉄球を連結したハンマーボールだ。鉄球の重量と遠心力を利用して振り下ろされた鉄球がキメラの花弁を裂き、消化袋を叩き潰す。
その重量が生み出す攻撃力に、キメラはひとたまりも無い。花弁から消化液を振りまきながら地面をのた打ち回り動かなくなる。残すは後一体。
種弾を乱射するキメラの小蕾に三発の誘導弾が被弾した。強化型ホールディングミサイルを放ったのは玲司機だ。
「発射器官を破壊されては、もう種も発射できまい」
更に雫機のレーザー砲と兼元のBCナイフが触手を落とす。これまでの戦いの中でダメージを蓄積してきたキメラに、ヴァイオンがフレキシブルモーションにブースターを加えた三次元軌道からの金曜日の悪夢を最上段から叩き入れた。
「じゃあね、さようなら」
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ヴァイオンは倒した巨大植物キメラの組織を回収する。研究サンプルとしてULTに提供するためだ。
その後蘭華の提案で、流風機を着陸地点まで移動させた。2班の4機がKV回収用のワイヤーで吊り上げて、LHまで輸送する。そのために機体錬力も温存してある。
流風は白い砂浜の向こうに広がる南国の海を眺めた。
「綺麗‥‥ここをバグアから開放できたら、遊びに来れたりするのかな」
「初めまして少尉‥‥あなたはこのフィリピンの美しい青い海が霞むほどの‥‥」
声を掛けられ振り向いた流風は一瞬固まった。そこにいきなりガスマスクの男が立っていたのだ。無理もない。
流風を驚かせた焔は、逆に驚いて、
「あれ? 少尉あれっすか? 組織の薬か何かで縮んだんすか?」
「一体どこの少年探偵ですか」
突っ込むヴァイオン。流風は困ったように笑った。
「確かに、見た目は子供で実際は24歳ですけど‥‥」
それを聞いた兼元は流風の頭に大きな手をポンポンと置いて豪快に笑う。
「大人をからかってはイカンな! ガッハッハッハ!!」
その後、流風がいかに説明しても全く取り合ってくれる様子は無かったという。
LHに到着し、流風のアヌビスは修理へと回された。
思わず溜息を漏らした流風の頭を、蘭華が優しく撫でる。
「大丈夫、確かに撃墜されちゃったけど‥‥貴女がキメラを見つけてくれたから‥‥他に被害が広がる前に始末できた」
「蘭華さん‥‥」
「大事なのは‥‥今回の失敗を忘れず、反省して同じ失敗をなるべく繰り返さない事‥‥」
雫も流風に微笑みかけた。
「大丈夫、すぐに飛べるように‥‥なります、よ。体を張って少尉を守った強い子ですから‥‥ね?」
二人の気遣いに流風は笑顔で頷いた。ドッグは心配していても女性恐怖症のため上手く伝えられず。
「そ、総合対策部、頑張ってくださいね!」
と言うので精一杯だった。
「総合対策部とは、どういった事をしているのですか?」
ふと玲司が尋ねる。全く聞き覚えの無い部署名が知識欲をくすぐったようだ。
「え、えっとそのう、色々というか‥‥」
流風自身、どのような部署なのか聞かされていないのだ。そこへ雷が助け舟を出す。
「傭兵を戦力とした作戦展開をするための部署、でしたか。少尉」
「そうです! そう、なるといいです」
雨康を抱きしめ、流風は微笑んだ。こうして傭兵達の中にある事を、流風自身が望んでいた。
次また任務に向かう事があれば、今日助けてもらった分、皆の力になりたい。
「‥‥一緒に飲茶でもどう?」
「わぁ、行きますっ!」
蘭華の誘いに、流風は今日の不幸も忘れる勢いで眼を輝かせた。