●リプレイ本文
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「‥‥き、九州の戦況は‥‥二転三転‥‥です、ね‥‥」
菱美 雫(
ga7479)は唇を引き締める。
(「福岡の情勢は、今はどうなっているのかな‥‥」)
揺れ動く情勢に翻弄される地域住民のためにも早く九州を平定させたいと、福岡での任務にも何度か向かった。そんな折に舞い込んだ隣県でのこの依頼に、後ろ髪を引かれながらも参加したのだ。
「と、とにかく‥‥今は、急いで‥‥救護に、向かわないと‥‥!」
須佐 武流(
ga1461)も続いて高速移動艇に乗り込む。
「到着するまで‥‥持ちこたえていられるか。‥‥急ぐぞ」
「‥‥間に合う‥‥かな‥‥。んーん‥‥間に合わせる‥‥!」
表情こそ変わらないものの、フィー(
gb6429)は銀色の瞳に意志の光を宿らせていた。
「これぞ乗りかかった舟というヤツだな!!」
孫六 兼元(
gb5331)は唐津市避難キャンプの防衛作戦に『URTF』のメンバーとして参加していた。事態を見届ける意味も込めての参加である。
そんな彼にシェリー・神谷(
ga7813)が声を掛けた。
「この前の依頼、KVの扱い流石だったわ。今回は生身だけど、頼りにさせてもらうわね」
「おうとも! 今回は見知った顔が多いな!!」
「雫さんとは【DR】作戦以来だけど、同じクラス同士よろしくね」
シェリーの笑顔に、雫も柔らかに微笑んで答える。
「はい‥‥よろしく、お願いします‥‥」
傭兵達を見送る綾音は、最後に乗り込もうとしたソリス(
gb6908)の表情を見て笑顔で呼びかける。
「ソリスさん、頑張ってきてくださいねぇ」
「ご心配なく、言われたことは出来ますので」
ちらとだけ視線を送り、彼女は淡々と返事を返した。
‥‥悟られた、のだろうか?
移動艇の中、綾音の事を思い出し、ソリスは唇を噛んだ。
もっと気を引き締めなくては。ここにいる皆にも、避難者達にも、抱いている恐れを悟られないように‥‥。
(「不安に思うのは、私だけで十分です」)
傭兵になって初めての仕事。せめて、皆の迷惑にならないようにしなくては。
近づく目的地を窓から眺めていたフィーが言った。
「‥‥沢山いると‥‥気持ち、悪い‥‥」
ソリスは思わず息を呑む。降下を始めた高速艇の下に広がるのは、山間を流れる佐志川中流。そこから無数のヤドカリ型キメラが溢れ出ている。
「‥‥いっぱい居るんですね、話は伺ってましたが‥‥」
「これは、片付けるのに余り時間は掛けられないか」
白鐘剣一郎(
ga0184)の眼は、川沿いの道に足止めされている六台のトラックを捉えていた。
「銃の最終作動確認をしたい所だけど、そんな暇も無さそうだね」
ウラキ(
gb4922)は静かに双眸を閉じる。
(「僕が戦闘で目立つ必要はどこにもない。ただ精確に、引き金を引く」)
「彼らと私達に幸運がありますように」
アリオノーラ・天野(
ga5128)は祈りを捧げながら、これから繰り広げられる戦いへの加護を願いGoodLuckを発動させ。
覚醒により朱金色に染まった瞳を、扉の外に広がる戦いの場へと向けた。
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避難民を乗せたコンテナ型トラック四台の前後を挟む護衛のオープントラックからUPC軍が展開し、ヤドカリに向けて弾幕を張る。
体長1mはあろうかというヤドカリキメラは進軍を止める事無く、包囲を完成させつつあった。
銃弾の音に紛れ、エンジン音が響き渡る。最後尾のトラック周辺のUPC兵が振り向くと、見借方面から現れる白銀のAU−KV。バイク形態のミカエルに跨った鍋島瑞葉(
gb1881)だ。
「この地を、バグアに奪わせたりはしません!」
彼女にとって佐賀は生まれ故郷。今この手には守るための力がある。逃げることしかできなかったあの頃とは違う。
自らの小銃「S−01」の銃撃とUPC軍の援護射撃で開けた僅かな道を縫うように進み、UPC軍と合流を果たした瑞葉は半円を描いてミカエルを止めた。
「現着した。状況開始!!」
瑞葉の後ろから飛び降りた兼元は無線連絡を入れながら、兵達の間を抜けてトラックの側面へと回り込む。
「ここはワシが押さえる。今のうちに負傷兵を!」
先行した瑞葉と兼元を追って、全員がキメラを確認できる距離まで駆けてきていた。
(「随分広く展開している‥‥これでは前に進めない、か」)
ウラキは狙撃眼を発動しライフルを構える。ヤドカリは最後尾のトラックさえも囲もうとしている。
「まずキメラの包囲を突破して合流を果たさなくてはなりませんわね」
アリオノーラもエネルギーガンの射程に踏み込み次第ヤドカリを狙い撃つ。
二人の放つ銃弾の間を、残る六人が駆け抜ける。
「覚醒は武器を取ってから、でしたっけ‥‥」
瞬天速で一歩先行したソリスが奇剣「シザーハンズ」を左右に分け、全身の回転を載せてヤドカリの脚を斬りつけた。
覚醒時に変じる声が嫌いな為、発声を控えているつもりだが、必死に武器を振るうその口からは知らず呟きが漏れている。
後方からシェリーは練成強化を発動する。
「さぁ皆、がしがし攻撃してちょうだい!」
「道を開けてもらいます!」
突破に先んじてヤドカリに練成弱体を掛けていく雫。フィーはヤドカリの鋏を跳んでかわし、そのヤドカリの殻を踏み台にさらに跳ぶ。
「‥‥上、失礼‥‥」
下から突き上げられる鋏をかわしながら最後尾の護衛トラックの荷台に跳び乗った。背に浮かぶ黒き四枚の翼は堕天使マステマを思わせる。
フィーは、車の下で戦う兼元のフォローをしつつ、近づこうとするヤドカリを狙って撃つ。全弾撃ちつくした所でヤドカリは脚の大半を失い動きを止めた。
「‥‥タイヤ‥‥狙わせない‥‥」
「その足で近寄れる気でいるなら‥‥間違いだ、いい的だよ。」
再装填するフィーの隙を埋めるように、護送車側面にたどり着いたウラキが射線をフィー側へ寄せる。放たれた銃弾は、狙い通り本体と殻の間を撃ち抜く。
剣一郎、武流、ソリスは最前列へ向かい、瑞葉と合流を果たした。
予想以上の速さで近寄り振り下ろしてくる鋏を、武流はタイガーファングのナイフ部分で受け止める。
「難民の乗ったトラックには近づけさせねぇぞ?」
そのまま鋏に腕を絡め、関節を逆に曲げてへし折った。敵が一瞬怯んだその隙に首を掴み反対側へ捻り上げる。強度のある外骨格も稼動域外に曲げると意外と脆い。弱点を的確についた攻撃だ。
「硬さだけが自慢なら‥‥俺を倒すのは不可能だ」
「敵にはこちらで対応する。いつでも出せるように準備を」
「すまない‥‥!」
キメラとの間に割って入り剣一郎が告げると、UPC兵は負傷した同士をを回収しつつ護衛トラックへと引き上げていく。
ソリスが振るう鋏状のシザーハンズ。二つに分けた右刃を握る手に、僅かな痺れが走る。殻が覆いかぶさるように本体が中へ収納され、剣が弾かれたのだ。
「くっ‥‥」
横合いから伸びる別の個体の鋏がソリスの脚をえぐる。
「天都神影流・斬鋼閃っ!」
剣一郎の、鋼をも断つ剣閃一刃。ソリスへ連撃を繰り出そうとした鋏と脚の関節部を斬り裂かれ、ヤドカリは機動力を失った。刃が通りにくい時の事を考え機械剣も所持しているが、背中の殻以外を狙えばこのまま行けそうだ。
「‥‥ありがとうございます」
声を気にして小さく言い、ソリスは右手の中で刃を半回転させる。殻から出てきた本体と殻の隙間を狙って、逆手に握ったそれに瞬即撃を乗せて力いっぱい突き立てた。
シェリーは後ろに控える群れを狙って試作型超機械を作動させる。増幅された電磁波がヤドカリ群を襲う。
「私達は最後の砦だからね、そう簡単に抜けさせないわよ!」
アリオノーラは振るわれる鋏をエンジェルシールドで受け止め、キメラの顔面から本体へ突き抜けるようにエネルギーガンの連射を浴びせた。トラック列の側面を守りながらも常に戦局の全体を見渡すよう心がける。
到着時、トラックのすぐ脇まで迫っていたヤドカリの包囲網はかなり押し返す事ができていた。
「そろそろ、抜けられそうかしら?」
「ここまで片付ければ何とか通れるか?」
最前列で戦っている剣一郎も同じ呟きを漏らす。行く手を塞ぐヤドカリは粗方片付き、包囲も道端から数m離れた所まで引き剥せた。
既に最前列トラック上からの狙撃に切り替えていたウラキが、運転席へ声を飛ばす。
「車を出してくれ」
滑り出した護衛トラックの荷台に、駆け寄った傭兵達が次々と飛乗った。前後のトラック上にいるウラキとフィー、UPC兵がヤドカリへの威嚇射撃で撤退を援護する。
前トラックに飛乗ったアリオノーラが運転手へ言う。
「もっと速度を上げて!」
「しかしまだ‥‥」
「追いつかれてしまいますわ! 避難民の安全が優先でしょう」
アリオノーラの厳しい口調に、運転手はアクセルを踏む。彼が躊躇ったのは、バックミラーに二人の傭兵が残っているのが映っていたからだ。
瑞葉と兼元は去ったトラックとヤドカリ群との間に立ち、互いに死角を補える距離を保ってキメラを迎え討つ。
二刀小太刀「牛鬼蛇神」を逆手に構え、兼元は襲い来る複数のヤドカリに刃を振るう。
「助けを求める声がする。それを救う為に戦うのがワシのレスキューだっ!!」
「ここは通しませんよ!」
イアリスを振るう瑞葉は、広く浅く攻撃するよう心がける。トラックが離れるまで、二人で敵を惹き付けるのが目的だ。
しかし多勢に無勢。距離を稼ぐ間にも二人はヤドカリに包囲されていき、受け切れない攻撃も増えていく。
「二人とも、もう十分ですわ!」
無線からアリオノーラの声が響く。瑞葉は兼元を振り向いた。
「退きます!」
「ぬおっ!?」
瑞葉は兼元を肩に担ぐと、竜の翼で包囲を突破する。その後再びバイク形態に戻したミカエルでトラックとの合流を果たした。
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雫とシェリーはそれぞれ護送トラックに乗り込み、持参した飲物を配りつつ負傷者や体調不良者の処置を行なう。
トラックは丁度市街地に突入した所だ。湾岸にある避難キャンプまで、街中に分散した豹型キメラからトラックを護衛せねばならない。
見通しの良さや戦闘領域の確保を考慮し、道幅の広い国道を選んで移動してもらっている。トラックの側面には、瑞葉のミカエルが併走し警戒に努める。
最後尾のトラックに乗っているフィーから無線が入る。
「‥‥豹、いた‥‥みんな、気をつけて‥‥!」
「まだ、こちらには気付いてはおらんようだ」
兼元が補足すると、アリオノーラが答える。
「やり過ごせそうなら、こちらからは手を出さずに行きましょう」
前トラックの荷台で、ソリスはほっと息をついた。
(「休んで少しでも錬力を回復させておかないと‥‥」)
キメラとの交戦が日常的に続くこの辺りは住民の避難も進み、見かけるのは軍関係車両がほとんどだ。上手く布陣の厚い箇所で豹と遭遇したなら、彼らに任せて突破する事もできるだろう。
避難キャンプまで後1kmを切った時。前トラックでウラキが家屋上に過ぎった影を察知した。
「60度の方角、キメラ‥‥!」
言いながら、屋根から塀へと跳び移って来る三体の豹へ威嚇射撃を行なう。フィーも遠い距離を狙撃眼で補い狙い撃つ。
銃弾を受けながらも、豹は路上へ降りトラックへ駆け寄る。瑞葉がミカエルを寄せ小銃を放ちつつ一体を足止めした。地を蹴り、前トラックの荷台へ跳び乗ろうとした豹は、剣一郎がカイキアスの盾で押し返す。
「さすがに素早いな。だが、やらせんっ。天都神影流・虚空閃!」
刃から放たれる衝撃波に豹は空中で体勢を崩し転倒する。が、すぐに起き上がり尻尾の先に仕込まれた銃を撃ちつつ再び距離を詰めて来た。
走行するトラックからの攻撃はままならず、相手の速さを鑑みるに振り切る事もできない。
「一度停めて迎え討ちましょう」
アリオノーラの無線連絡を受けて、停まったトラックから前衛が飛び降りた。
「よく動く‥‥けどこれはどうだ‥‥?」
トラック上にいるウラキが放った影撃ちが片目を貫き、豹は一瞬動きを止めた。その尻尾を、ソリスが鋏形態のシザーハンズで切り落とす。
「囲い込んでしまえば、折角の速さも宝の持ち腐れですわね」
豹の爪を後方に跳んでかわしざま、エネルギーガンを数発撃ち込むと、豹はその場に倒れ伏した。
最後尾のトラックに向かってきた一体は兼元の身体を強靭な四肢で引き倒し、跳躍して荷台に跳び移る。
フィーはククリナイフを抜き放ち、振るわれた爪を受け止めた。豹を追って跳んだ武流は宙で身を捻り、その勢いのまま刹那の爪を脇腹に叩き込む。たまらず転倒した豹の尻尾を両手で掴みあげる。
「尻尾に仕込んだ銃が得物らしいが‥‥それが俺に通用するかな?」
武流はそのまま豹をトラックの外へと放る。空中で体勢を立て直し着地した豹の目の前には、二刀を構えた鬼神の如き形相の兼元。
「ワシの鬼を起こしたな!!」
渾身の斬撃二閃が豹の身体に刻み付ける。
「‥‥ないす‥‥」
フィーは兼元と武流に親指を立てて見せた。
近づく豹から護送トラックを守るのは雫とシェリーだ。
「近づかせない、やらせない‥‥あんたたち、なんかに‥‥っ!」
家族を失った彼女が胸に抱くその想いの全てを。傷つく者を癒す力に、敵を討つ力に変えて戦う。
動きが素早い相手も、範囲攻撃の超機械で捉えるのは容易い。しかし電磁波の消えた瞬間、豹は地を蹴り雫へと襲い掛かる。
「雫さん!」
思わず声を上げたシェリーの前で、鋭い爪を銀色の装甲が受け止めた。竜の翼で駆けつけた瑞葉が割って入ったのだ。弾かれ、着地した所へ、瑞葉は一気に距離を詰める。
「はっ!」
地を薙ぐように払ったイアリスが豹の前肢を奪った。駆けつけた剣一郎の月詠が、抜刀と同時に鋭く弧を描く。全スキルを乗せた必殺の一撃。
「‥‥天都神影流『奥義』断空牙」
剣一郎の声は最早キメラには届いていなかった。
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その後も警戒を怠らず。市街防衛中のUPC軍とも連携を取り、うまく豹キメラをかわしながらキャンプへと到着した。
護送トラックから降りた住民の無事とキャンプの安全を確認し終え、兼元は笑顔で言う。
「状況終了。安全確認ヨシ!!」
「今度も俺は‥‥守れたのか?」
武流は自らの拳を見つめ呟く。
目立った怪我も無くキャンプ入りを果たした住人達は、疲弊してはいるもののも安堵の色が広がっている。
(「彼らを救えたのだとしたら‥‥僕の持つこの力にも意味はある、か」)
避難民を見つめるウラキにフィーが並んだ。
「‥‥みんな、無事‥‥」
「ああ。フィーちゃんもお疲れ様」
人目を避けたコンテナの影で、ソリスは小さく震える肩を両の義手で強く押さえる。
「‥‥思ったより怖がってたんですね、私‥‥」
市内ではUPC軍とキメラの交戦が続いている。キメラを掃討するまでは危機が去ったとは言えない。
皆が戦いで受けた傷に雫とシェリーが治療を施し、傭兵達は戦う為にキャンプを出る。
住民をバグアの脅威から救う為に、この地を訪れたのだから。