●リプレイ本文
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東青 龍牙(
gb5019)は、この異世界の空に浮かぶ凶星を見上げた。
(「ここの世界にも、赤い星が‥‥」)
「オルトラウテ‥‥いつの間にそんなケダモノに‥‥牛‥‥?」
ミルファリア・クラウソナス(
gb4229)の前にいるのは、ロビンを思わせる白銀色の身体の鋼翼獣だ。
つるりとした白い仮面の欠けた左眼部から見えるのは闇に浮かぶ赤光の眼。そこだけではなく関節部や生体部分は全て漆黒の闇が包み、足元まで伸びた黒い長毛の上に冠した金の角と黒い尾は、ミルファリアの言葉通り牛のそれだった。
「カトブレパス‥‥? 牛ではないのか」
鋼翼獣とはテレパシーのようなもので意思疎通が可能らしい。
「突然ファンタジーの世界に呼び出されて、いきなり戦えって言われても正直困るんだけどな‥‥まあ、この子が一緒だから何とか戦ってみるしかないよね」
そう言って香倶夜(
ga5126)が振り仰いだ姿は、宗教画の天使をディフォルメした姿。純白の六対の翼を持つが、その身にまとっている鎧は本来のシュテルンの原型を留めていた。
烏丸 八咫(
gb2661)も皆と同じく置かれた状況に戸惑ってはいるが、飛行形態のR−01パーツをちりばめた八咫烏を前に決意を固める。
「私の声に応えてくれた貴方がいるというのに、救いを求める切実な声を見捨てる事など出来ない」
ルカは兵士に何事かを命じ、皆を振り返った。
「御使い様方は武具をお持ちで無いご様子。すぐに用意させますので、戦の御支度を!」
「‥‥小さい」
前にいるルカを見て思わず出た呟きで当人が振り向いたので、龍牙は慌てて笑顔で取り繕う。
「何でもありません! つい心の声が口から‥‥」
「‥‥面倒な さっさと‥‥終わらせるか」
西島 百白(
ga2123)は溜息混じりにルカの後に続いた。
皆、促されるままに身支度の為の部屋へ通される。
「まぁ、情報は判ったけど‥‥」
朔月(
gb1440)が唯一気掛かりなのは姿が変わってしまった愛機で戦わなくてはいけないと言う事。ともかくこの格好のままでは戦いにくい。朔月は直前の依頼で身につけていたメイド服を脱ぎ始める。
香倶夜も用意してもらった百合の紋章が縫い付けられた純白の貫頭衣に袖を通しながら呟く。
「能力者になった時から大概の事では驚かないつもりだったけど、まさかライトノベルみたいな展開が待っているだなんてね」
細やかな刺繍が鮮やかなサッシュベルトを腰に巻き、そこに揃いの装飾柄を持った長剣を剣帯で提げた。
「これ‥‥地味に露出高くありませんか‥‥?」
そう言うミルファリアは、両腕に肩までを覆う白銀のガントレットを身につけている。
が、タイトな黒のタートルネックは短く腹部が、同じく黒のロングスカートは左前面部に大きくスリットが入っており、ダークブラウンのニーハイブーツを履いた脚が露になっていた。
フェリア(
ga9011)は革の旅装束に軽鎧をつけ、その上からマントを羽織りRPGの勇者風の姿に。
(「この世界で果たすべき、我が役割‥‥それは世界を救うこと、それは世界を守ること! 己の命すべてを賭けて、この世の全て、護りて救うッ!」)
城内で一番大きな大剣を装備しマントを翻すと拳を握り締めた。
「世界を救って、王女も手に入れて、次代の国王の座はいただきでござる!」
口から飛び出したのは、とても城の者には聞かせられない台詞だった。
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身支度を整え、朔月はテラスで鋼翼獣を呼び出していた。
現実の世界ではハヤブサなのだが、こちらでは漆黒の羽を持つ鷲のような姿をしている。風を起こし死者を運ぶという北欧神話のフレスベルグを模しているようだ。
「あぅ‥‥やっぱり‥‥」
予想通り現実の愛機同様、輸送運搬・偵察等の支援向きの能力を備えていたのだ。それなら、と朔月は鋼翼獣・紅珀に乗り空へと舞い上がった。
同じ頃。
「‥‥何処だ‥‥ここ?」
男一人、別室で準備をしていた百白は城内で迷子になっていた。
「‥‥面倒な」
「あ、西島さん! ルカ王女が呼んでますよ」
溜息をついて角を曲がった所で龍牙と行き会い、彼女の後について広間へと向かう。
集まった皆に、心配顔のルカが言った。
「ロアンナ様が、お熱を出されて‥‥」
異世界の空気が合わなかったのか、ロアンナ・デュヴェリ(
gb4295)は原因不明の高熱に侵されていた。見送りだけでも、と無理を押して床を抜け出してきたのだ。
「このような時に申し訳ありません。この身で戦に向かっては足手まとい‥‥皆様の御武運を祈っております」
ロアンナは一人一人の手をしかと握り想いを託した。
ルカは御使い達を引き連れ、数万の兵達の前に姿を見せる。
「敵は大軍をもってこの城を目指しておりますが、御使い様方が我らと共に在る‥‥恐れる事はありません!」
兵達の歓声の中、ミルファリアは前へ進み出た。身の丈の倍はあろうかという両手剣の黒い刀身を高く掲げて言う。
「ここが正念場ですわ‥‥自らの剣に掛けて魔獣達を排除するのです‥‥!」
伝説の御使いの言葉に士気の上がる兵達の前で、フェリアは手を天に掲げ声高に叫ぶ。
「イヌミミネコミミウサミミくいっくいっ、ロウラァーン!」
光と共に空に現れたのは全身純金に包まれたアヌビス。が、その犬型の頭部には犬耳の他にも猫、兎の耳までついている。
「黄金獣身狼嵐! 今宵、魑魅魍魎を一網打尽叩き斬る為、あの赤き月へと出陣致すッ!」
颯爽とその背に飛び乗ったフェリアに八咫も続く。八咫は元来身につけていた眼帯を覆うサークレットに鎧、両腕のガントレット、手には洋弓と全て銀で統一している。
「ルカ様、必ずやこの世界をお救いいたします。白銀の魔女の名にかけて」
笑顔で鋼翼獣に乗り、城外へと翼を向ける。御使い達が次々と城を発つ中、ぐるりと戻ってきたフェリアはルカに告げた。
「この戦いに生きて帰ってこれたら、お主のみそ汁を毎日食べてみたいわけで」
「はいっ、頑張って作ります! ですから‥‥どうかご無事で」
飛び去る御使い達の姿を見送りながら、ルカは護衛の兵士を振り向いた。
「みそしる、とはどのような食べ物なのでしょう?」
折角のプロポーズも、本人には伝わっていなかったみたいなわけで。
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大きく旋回し御使い達の一団に合流したのは紅珀に乗る朔月だった。単機敵情視察に向かっていたのだ。
「魔獣軍はすぐそこに‥‥地上の城兵達と接線するまでそう時間は掛からないはず」
「敵の数は?」
問う龍牙が乗るのは龍の右肩。東天を司る四神、青龍と人が融合したような龍人の姿だが、その背にはミカガミの機翼の面影を残した大きな翼がある。
「地上の魔獣軍の数は、恐らく城内兵力の倍以上‥‥」
朔月が答える間にも、大地を揺るがす魔獣の大群が見え始める。魔獣は、現実世界のキメラに酷似していた。
城を護るための陣を敷く兵達の先頭、鋼翼獣の背に乗った百白が砂塵を上げて近づくそれを見据える。相棒となる鋼翼獣は西天の守護・白虎の姿だが、機械の尾を見れば阿修羅が変じた姿であるとわかる。
「さぁ、始めようか虎白‥‥俺達の‥‥『狩り』をな!」
「ガアァァァァァ!」
百白の殺気に応じるが如く、虎白は咆哮と共に駆け出した。上空では仲間達が接敵に備え展開する。
「少しでも減らさねば‥‥オルトラウテ!」
ミルファリアは友軍を囲むように左右に広がる魔獣軍へ一気に下降し、右翼の敵軍へ立ち塞がる。留まる様子も無い魔獣共へオルトラウテが掲げた両腕に黒い電撃が走るや否や、周囲に伸びた黒雷が一帯の敵を弾き飛ばす。
ほぼ同時に左翼に飛び込んだ百白が駆る虎白の鋭い爪が、火花と共に加速し次々と魔獣を蹴散らしていく。
「大地に、雄叫びを‥‥響かせるだけだ‥‥」
百白は敵陣深く切り込み、魔獣の攻撃をかわしながら虎白の爪を振るう。倒しても倒しても群がり虎白に取り付く魔獣に舌打ちし巨大な両手剣で薙ぎ払う。
「‥‥面倒な!」
突如、降り注いだ無数の光矢が眼前の魔獣達を撃つ。見上げた上空を、八咫の鴉が滑空して行く。
ほぼ同時に後方で、龍牙の青龍神機の風を纏った小太刀が十体程を蹴散らした。
「助太刀します!」
「ああ‥‥眼前の敵を‥‥喰らうだけだ‥‥」
世界最後の砦であるラスト・ホープ城を背に兵達も善戦し、何より御使いと鋼翼獣の活躍により地上の魔獣は半分以下に減っていた。
「紅珀?」
鋼翼獣の様子に朔月が気づくや否や、紅珀は俊敏な動作でそれをかわした。
遠方から発射された巨大な火玉は後方、城の一角を撃ち崩す。視力の良い紅珀だからこそ察知できた新手の存在を、朔月は皆に知らせる。
「二時の方向、巨大魔獣!」
空にはドラゴンやグリフォン、地上にはケルベロスやゴーレム等、鋼翼獣と同等の体躯を誇る魔獣が近づいてくる。
「そっちが遠距離攻撃ならこっちだって」
香倶夜は飛来する火玉を翼から発せられる八条の光で迎撃する。セレーネは次々起こる爆発の中ドラゴンとの間合いを詰め、すれ違い様に羽根の弾幕を撃ち込む。
「見てください! 赤い星が‥‥」
龍牙の声に皆が天を振り仰ぐ。遠くにあったはずの凶星はすぐそこまで近づいてきていた。凶星の一部に黒い穴が開き、人を乗せた有翼の巨大魔獣が四体現れた。
「魔獣使い‥‥巨大魔獣の投入だけでは劣勢と見たのでしょうか」
そちらに向け舞い上がる八咫に続き、地上にいたフェリアは狼嵐に両手の二刀「玄双羽」「白双羽」で群がる敵を蹴散らし空へ飛び上がった。
友軍と御使いの援護を主としていた香倶夜もそちらへと方向転換する。
「ようやく中ボスのお出ましか。頼むよ、セレーネ!」
相手が射程に入ると同時にセレーネはかざした両手に光を生んだ。光から飛び出したのは四人の幼い天使だ。小さな翼をひと羽ばたきさせたかと思えば、高速で目標へと向かい空を翔ける。
巨大魔獣はそれぞれの方向に逃れたが、天使達はそれを追い短弓から光の矢を放つ。香倶夜は楽しげに呟く。
「ファンタジーだと、ミサイルもこんな風に演出されるんだね。面白いものを見せて貰ったな」
光と爆風に動きを止めたドラゴンもろとも、魔獣使いは蒼い雷を宿した光剣に貫かれた。光剣を持つ青龍神機の右肩で、龍牙が凛と言い放つ。
「青龍神様の力、甘く見ないで下さい!」
爆発にダメージを受けながらもグリフォンを駆り体勢を立て直す魔獣使い。その前に現れたのは金色の三獣耳狼嵐。脚に備わった爪がその片翼を切り落とす。
バランスを崩したグリフォンの背に大剣を構えたフェリアが跳び移り駆けた。魔獣使いが剣を抜き発した耳馴染の無い言葉に叫び返す。
「我が名はフェリア! この世界を、護りし者だッ!」
高く掲げ振り下ろした刃が、防ごうとした剣ごと魔獣使いを両断した。
同じく爆発から逃れたドラゴンを襲うオルトラウテ。両手に発した黒い雷渦は短剣の姿を取り魔獣使いの乗るドラゴンに突き刺さった。
ドラゴンが断末魔の咆哮を上げると同時に、オルトラウテの背から横一線振るったミルファリアの大剣が魔獣使いの胴を分断する。
コカトリスを操る魔獣使いは地上で戦いを繰り広げている兵達を狙い滑空する。その背後に迫る気配を悟った時にはもう遅い。
「これ以上貴方達に命を奪わせはしません」
八咫の放った矢が、魔獣使いの喉を貫いた。同時に紅珀の羽ばたきが生んだ風が三叉槍となりコカトリスを撃ち抜き、朔月が言う。
「強い力を持つ者は強者にはなれるが、勇者にはなれないのさ」
無残に引き裂かれたケルベロスの骸を足元に敷き虎白が咆哮を轟かせた時には、地上にはおびただしい魔獣の屍が敷き詰められていた。
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凶星の内部はまるで凶星自体が生き物のように壁が蠢き、行く手には魔獣がひしめいている。
香倶夜が皆を庇うように魔獣達の前へ出、セレーネが広げた翼から放つ無数の羽根で敵を薙ぐ。
「ここはあたしが食い止めるから、皆は先へ進んでよ」
彼女の言葉に頷き、皆は中心部へ。巨竜を操る魔獣使いが行く手を塞げば、百白が虎白と共に立ち向かう。
「うまそうな、奴が‥‥いるじゃねえか。コイツは‥‥狩らせてもらうぞ?」
先に行け、と語る背中に魔獣使いを任せ、皆は魔獣を蹴散らしながら凶星の中心を目指す。
「そこは、通らせて貰いますよ」
八咫が言えば、鴉は三本の肢から三つの光矢を連続で放ち道を開き、
「一気呵成に突破する!」
先頭を行くフェリアが薄暗い通路を抜け光の下へ出た。
そこは凶星の最奥部。広い球状の空洞の中心には、不気味に鼓動を打つグロテスクな球体が浮いている。
「これが本体?」
朔月が呟き、八咫が頷く。
「恐らくこれを破壊すれば‥‥」
皆は互いの視線を合わせ、鋼翼獣達は自らの力を発動すべく光を集約させた。そして――。
「赤い星が‥‥!」
城の祭壇で祈りを捧げていたルカは立ち上がる。星に入った無数の皹から放たれた光は膨張し、炸裂した。遅れて訪れる轟音と爆風に煽られながら見上げるルカの顔に笑みが満ちた。
「御使い様方――お帰りなさいっ!」
この世界で最初に降り立った塔の最上部に舞い降り、朔月は紅珀の首を撫でる。
「お疲れ様。これで、この世界も平和になるね」
爆風が黒雲も全て吹き飛ばし、深く澄んだ青色を取り戻した空の下に民達の歓喜の声が響き渡っていた。戦いを終え凱旋する兵達の先頭を、オルトラウテに乗ったミルファリアが先導している。
「私は彼と一緒にいられる時間を、大切にしたいのです。ルカ様、いいがですか鋼翼獣に乗ってみるというのは」
八咫に誘われ彼女の手を取ろうとしたルカを、フェリアが横から掻っ攫う。
「王女は私が娶ーる! ふははは、これぞ幸せ家族王国なのでござーる」
驚くルカの隣で、フェリアの身体は光に包まれ天へと昇り始める。
「って、ぎゃー滞在時間短すぎー」
「皆様お元気で! このご恩は決して忘れませんっ」
遠ざかるルカの声を聞きながら、御使い達は再び激しい光の渦を抜け。気づけばそこは現実世界。ルカ達の世界に運ばれる直前、光に呑まれたその瞬間に戻って来たようだ。
「おかしなものですね。私の住む世界は此処だというのに」
八咫は思わず微笑んだ。異世界に運ばれたという証は、自らの記憶のみ。夢だったのか現実だったのかすら曖昧であるにも関わらず、自らの手で救えたあの世界に愛着が湧いていた。
朔月は高台からよく晴れた空を眺める。
「空は綺麗なんだけどな‥‥」
初秋の抜けるような空に浮かぶ、赤い月――。
あの世界で御使い達がそうしたように、いつかこの世界で真の青空を取り戻す日が来るのだろうか。
「‥‥でも、いつかは必ず――」
ロアンナは鋼翼獣から元の真紅のアヌビスに戻ったアルナの機体を撫で、緑玉の双眸で蒼天を仰いだ。