タイトル:【妖幻】氷雪に舞うマスター:きっこ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/01/06 00:15

●オープニング本文



 髭に覆われた口から吐いた息は冷気に白く色づき、鋭く頭上を覆う葉の無い枝々を目指し昇って行く。それを追った視線は、枝の奥に見える重い灰色の空を睨み上げた。
「今にも降ってきそうだな、雪」
 既に足下は一面の白。前に進むべく足をおろす度に、降り固まった雪が苦しげな悲鳴を上げて冬靴を飲み込む。
「本当にいるんですかね、雪女なんて」
 背中から聞こえた不安げ声に、髭の男は振り向いた。
「なんだ、お前びびってんのか」
「え、いえ、そういうんじゃないですけど」
 ハンディカメラが入ったバッグを小脇に抱えた細身の青年は彼の言葉を否定した。しかし落ち着かない視線がそれを裏切っている。
 青年の様子を鼻で笑い、太った中年男が投げやりに言った。
「いるわけないだろ。いなくても、噂とそれらしい映像さえあれば視聴者は満足する。お前、未知の生命体とやらを確実に発見したドキュメンタリーなんて見たことないだろ?」
 三人は日本の地方テレビ局のクルーだ。今行る場所は地元の山奥である。
 噂の真相を追うという企画コーナーに『この山で雪女らしき影を見た』という情報が寄せられた。番組として採用されたその放送用の映像を撮るために、こうして冬の雪山を訪れているという訳だ。

「ここが、雪女が出現したという峡谷ですね‥‥」
 髭のレポーターが峡谷の奥を目指して踏み入る様子を、青年がハンディカメラで追う。
「谷を風が吹き抜けているからか、雪が降り始めたからか、ずいぶん気温が下がってきたように感じられます」
(「それにしては、ちょっと寒すぎるよな‥‥」)
 青年はカメラの画がブレぬよう震えを堪えて力を込める。
 左右に切り立つ断崖を絶えず駆け抜ける風は雪を含み、寒々しい音を奏でている。鋭い寒気は防寒具を抜けて肌を刺す。
「おい、今影が横切ったぞ‥‥!」
 二人から数m離れた位置にいた中年の男が切迫した声で崖の上を指したのを、カメラが追う。しかしそこには左右の崖と、その上に垣間見える雪雲だけしかない。
「何もないですね」
 青年が安堵の声を出し、リポーターも言う。
「鳥か何かじゃないのか?」
「いや‥‥もっと大きな‥‥」
 中年の男は険しい表情で首を傾げる。
 と、強風に乗せた雪はさらに酷くなり、すぐに眼も開けていられない程になった。
「わっ、これ‥‥ホントにこのまま奥へ進むんですか?」
「何だって急に‥‥うわぁっ!」
 中年の声が悲鳴に変わった。遠くから、どさりと重たい音が風音に混じる。
「ヨシさん? ヨシさん!」
 青年がカメラごとそちらを向くが、白に閉ざされた視界には何も写らず、もはや音も聞こえない。
 刹那、吹雪を抜けて黒く大きな影が迫った。
 カメラは宙を舞い小さくバウンドした。
「ひ‥‥ぎゃあぁぁ!」
「うわあぁっ」
 半ば雪に埋もれた画面は、吹雪にさらわれる悲鳴だけを記録し。
 振り積もる雪に閉ざされていった。

 雪の白に紅い色が鮮やかに咲く様子に、彼女は妖艶な笑みを浮かべた。
「馬鹿な人間達‥‥ふ、うふふ‥‥」
 堪えきれずこぼれた笑いを聞く者はいなかった。


 UPC本部内、依頼斡旋所。
「雪女‥‥ですか」
 少し驚いた様子で呟いたのは、傭兵の八丈部 十夜(gz0219)である。彼の言葉に、オペレーターの綾音が頷く。
「そうです〜、雪女なんですよ〜」
 いつもと変わらずのんびりほんわかした口調だが、その表情は真剣そのものだ。
「雪女が出たというのは、日本のこの山ですねぇ。奥の方にある峡谷で出たそうなんですが〜‥‥」
 綾音は十夜に依頼の資料を手渡しながら先を続ける。
「このテレビ局からの捜索依頼で、うちの傭兵さん達が三人の遺体を発見。現場に残されていたカメラに、それらしき姿が残されていたというわけでして〜」
「なるほど、これがその雪女ですか」
 十夜は資料に添付されていた画像に、夜色の瞳を細めた。
 雪に白く煙る中、カメラに迫る人型の影。長い髪が風になびき、細身の体躯は確かに女性のようにも見える。しかし──。
「これでは、どんな姿をしているかはっきりしませんね」
 不謹慎だとは思いつつも、十夜は少し残念そうな笑みを浮かべた。
 生家が神職だから、という訳ではないが、妖怪などといった伝承には非常に興味があり。それが縁を引き寄せるのか、今年の春に傭兵になってからというもの、赴く依頼はすべて妖怪めいたキメラ討伐ばかりだった。
 そして今回も──。
「姿を見るには、実際に現地で確かめるしかないわけですね」
「やっぱり行きますか〜。映像を見る限りでも、吹雪いて非常に視界が悪くかなり寒いみたいですから〜。気をつけてくださいねぇ」
 口ではそう言いながらもさほど心配した様子もなく、綾音は年下の幼馴染みの名を雪女討伐依頼に登録した。

●参加者一覧

来栖 祐輝(ga8839
23歳・♂・GD
八葉 白雪(gb2228
20歳・♀・AA
ドッグ・ラブラード(gb2486
18歳・♂・ST
依神 隼瀬(gb2747
20歳・♀・HG
ゼフィリス(gb3876
16歳・♀・DF
長谷川京一(gb5804
25歳・♂・JG
ナンナ・オンスロート(gb5838
21歳・♀・HD
ダグ・ノルシュトレーム(gb9397
15歳・♂・SF

●リプレイ本文


 高速移動艇は開けたなだらかな斜面に降りた。峡谷までは、ここから雪の中を歩いて向かわなくてはならない。
「しかし、このご時世にこの手のドキュメンタリーを撮るとはチャレンジャーですね‥‥ニホンはまだ平和ということでしょうか」
 ダグ・ノルシュトレーム(gb9397)が呟くが、その口元からは白く曇った息が昇る。
「雪女って意外に多いんですねぇ‥‥」
 つい最近雪女絡みの依頼に赴いたばかりのドッグ・ラブラード(gb2486)が言うと、来栖 祐輝(ga8839)も、
「雪女ってったら美人と相場が決まってるが‥‥良く見たらビッグフットだったって落ちじゃないだろうな」
 冗談めかして言う彼に、ダグは表情一つ変えずに淡い期待を口にする。
「確かに嫌な予感しかしませんが、別嬪であるに越したことはありませんね」
「お、じゃあどんな雪女か賭ようか? ま、どちらにしても村に危害を加えられる前に始末しとかねぇと」
 言いながら、祐輝は探査の眼とGooDLuckを発動する。
 峡谷からそう遠くないところ──峡谷へ向かって背にする方角には村があると聞く。雪女が村に向かおうとするならば、道中遭遇する可能性もある。
 冬の雪山は積雪もそれなりに深く、雪崩や滑落の可能性も考慮して各人ロープで2〜3mの余裕を持って腕を繋ぎ隊列を組む。
 周囲への警戒・索敵に長けたドッグ・祐輝を先頭に、白雪(gb2228)、ゼフィリス(gb3876)、長谷川京一(gb5804)、十夜、ダグと体力順に続き、殿に依神 隼瀬(gb2747)、ナンナ・オンスロート(gb5838)とAU−KV組が続く。
 京一は転倒しないよう雪をしっかりと踏みしめて歩く。バイク形態のAU−KVで進むナンナを気遣い、やや広めに足場を固めていく。
「やれやれ、こんな雪中行軍はロシア大規模以来だぜ」
 京一の言うとおり、皆大規模戦で活躍したであろうウシャンカやコート、マフラーといった防寒具に加え、吹雪に備えたゴーグル、足周りも雪道に強いもので身を固めている。
 スタッフの残した映像から、雪女出現時に気温の低下と吹雪の発生が予想される。それに備えてのものだ。
「八丈部さん‥‥同業の方?」
(「‥‥そうみたいね? 苗字も聞いた事あるし‥‥」)
 白雪の問いに答えたのは、彼女の中に存在する姉の真白だ。双子として在りながら生を受けなかった姉は妹の中に宿り、二人でこれまでを生きてきた。
 平安から続く退魔師『八葉』である彼女に対し、八丈部も社を守りながらそういった事にも従事してきた家系である。
 彼女の声が聞こえた十夜は、それが自らに向けられた物と思い返事を返す。
「実家の方は。残念ながら、僕はその力を受け継がなかったものですから‥‥」
「にしても、八丈部さんは相変わらず妙な案件に愛されてる様で」
 振り向き口端を上げる京一に、十夜は穏やかな笑みで答える。
「ええ、まぁ。喜んで良いものかどうか」
 実家では関わることができず、それ故に選んだ能力者としての道でそういった事象にばかり出会すとは、何とも複雑な心境である。


 渓谷への道はTVクルーが行けるだけあってさほど険しくもなく。だが細心の注意を払って渓谷を目指す。
「ただでさえ寒い雪山で雪女‥‥聞いただけで寒そう」
 そう言う隼瀬だが、彼女自身はその身に纏ったリンドヴルムの空調のおかげで、体感温度は−4度よりも下がる事は無い。
 犠牲者も出ている上、このままでは近くの村も落ち着いて年を越すこともできまい。恙無く新年を迎えてもらうためにも雪女を退治しなくては。隼瀬はまだ見ぬ雪女の気配を周囲に探す。
 最後尾のナンナは、前方の警戒はエキスパートの二人に任せて側面と後方を警戒しながら黙々と進む。
 スタッドレスタイヤに交換済みのリンドヴルムは、いつでも装着できるように準備してある。皆が滑落した際には
即座に装着し、その重量と体力で支える心づもりだ。
 峡谷が近づくと雪がちらつき始めた。
「静かね。こんな日は雪に埋もれて夢にまどろみたいわね」
 そう呟いたのは白雪‥‥いや、真白だ。皆とは違い一人軽装の彼女だが、零下五度前後の気温も意に介さない様子で微笑む。
「今日はよろしくね、ゼフィリスさん。とてもいい雪の日ね」
「‥‥ええ‥‥よろしく‥‥お願い‥‥します‥‥」
 ゼフィリスは途切れ途切れに声を発する。喉の疾患のために続けて声を発するのが困難なのだ。しかしその顔には微笑みを湛えている。
 先頭を行くドッグは後続の皆に道や足周りの情報を投げかけながら進む。女性恐怖症な彼にとって、すぐ後ろが祐輝だったのは幸いだったと言えよう。
 ダグはストックホルム出身なだけあって、雪道にも慣れた様子だ。
 峡谷の中は奥から吹き付ける風が断崖に当たって巻き上がる。雪が少ない内はいいが、降雪量が増えると視界は絶望的に悪くなるだろう。
 地図によると渓谷内には川も流れているというが、凍った川面は雪に埋もれて判別がつかない。誤って足を踏み入れたりしないよう事件現場を探す。
「この辺りが、雪女の出現したという場所でしょうか」
「ああ‥‥だが、それらしき気配は無いな」
 十夜に祐輝が答えた通り、周囲には雪女どころか生物の気配はまるでない。
「‥‥今の‥‥内に‥‥備えて‥‥おき‥‥ましょう‥‥」
 ロープを外し、足場を踏み固め始めるゼフィリスに皆も続く。
「行軍中に遭遇戦にならなくて良かった。ここならある程度広さもあるし」
 隼瀬は自らの足とバトルスコップを活用して雪を固めていく。峡谷には狭い箇所もあったが、ここは幅約20m強。川を除いても戦地として10m近くある。
「この雪が雪女の仕業となると、近くで様子を窺っているのでしょうか」
 そう言ったのはダグだ。
 確かに雪女が降らせているならばそう遠くない場所にいるのだろう。様子を窺っているか、雪は雪女とは無関係なのか──。
「雪女か。異種婚物なんかだと話せたりするんだが‥‥ま、おっかない奴の方が多いのも事実だがね」
 京一は吹雪に備えてランタンや自作のフラッシュライトをすぐ使えるよう用意している。
 ゼフィリスは瓶の口に詰布をしてジッポライターで点火する。中に入っているのはスブロフだ。白雪に分けてもらった分も同様にし、雪の下を探っては瓶を埋め込んでいく。
「火が‥‥灯っている‥‥場所は‥‥川がありますので‥‥火より先に‥‥行かないように‥‥注意して‥‥ください‥‥」
 ある程度の範囲を踏み固め、白雪は運んできた木の板をそのさらに外側に配する。板の上ならば踏んでも足を取られたりはしないだろう。


 周囲の警戒を怠らず作業を進める中、ドッグがいち早くその気配に気がついた。
 彼が峡谷の奥へ向けて駆け出すと同時に、白雪が突き立てておいた氷響が共振音を鳴らす。
「来た‥‥!」
 彼女が血桜を抜き放つ間にも、ドッグが放ったソニックブームが雪上を滑る。断崖の上から高速で落下してきた何かが川を挟んで対岸と思しき地を蹴り、着地点を狙った真空の刃をかわす。跳び渡るその足元で割れた氷が川へと沈む。
「速い──!」
 隼瀬は迫り来る敵に相対すべく竜の翼で前衛へ出る。
 既にスブロフが埋められたラインを越えたそれは、青白く長い髪をなびかせている。しなやかな女性そのものの身体は鱗のような氷片に覆われ、蒼い双眸を宿したその顔は──。
「姉さんに似ている‥‥」
 少女の面影さえある可憐な美しさにダグが思わず呟く。しかし気を取られたのは僅か、機械本「ダンダリオン」を掲げスキルを発動させる。
 ドッグは漆黒の全身に闇のヴェールを纏い、拡張錬成強化を受けて発光する蛇剋を繰り出す。
「一番槍、もらったぁ!」
 身体を開いてかわした雪女の左腕を刃がかすめた。仮面の如く表情の無いまま、鋭い爪を振るう。ドッグも受けた傷を物ともせずに連撃を放つ。
「そらそらそらそらぁ!」
 そうしている内にも周囲の気温は急激に低下する。剣戟の音が無ければ、空気中の水分が凍てつく音が聞こえただろうか。
「ビッグフットじゃなかったのかよ!」
 小銃「ルナ」を構え、先行したドッグの背後から影撃ちで援護する。
 それを確認し、ドッグは雪女と対峙したまま後方に数歩跳んで皆と合流する。単身での猛攻は皆が隊列を整える間の時間稼ぎだったのだ。
 雪女は真っ直ぐドッグを追う事はせず、自らの周囲に鋭い数本の氷柱を発生させる。
「雪女‥‥伝承のままでいれば良いものを‥‥」
 現れたと同時に高速で迫るそれに、白銀の戦士と化したナンナはドローム製SMGを向けた。
「ドッグさん、左へ跳んでください!」
 特性を生かした連射による弾幕は、ドッグがいた空間を抜け飛来する氷柱を砕く。
 雪女は断崖を背に右へ回り込むように跳び駆けながら、矢継ぎ早に氷柱を放つ。
「──!」
 氷柱を後衛に通さぬようサベイジクローを構えるゼフィリスだが、
「ゼフィリスさん! 跳蔓草『重』‥‥!」
 真白が放った真空刃が彼女を氷柱から守る。
 隼瀬も薙刀「昇龍」で打ち落とし。叶わぬ分は竜の鱗を付与した装甲で受け止める。
「〜〜っ、結構な衝撃だね」
「‥‥ほう、これは製氷機要らずですね。ウチの冷蔵庫に欲しいところです」
 ダグは前衛による盾の後ろで錬成弱体を放ち、雪女の動きを注視する。跳躍を主とした移動は猿のそれにも似ており、しなやかな動きは豹等の肉食獣を思わせる。
「吹雪が来る前にぶち込む! さぁ、夜行さんのお通りだ!」
 京一の長弓「百鬼夜行」から放たれた四本の矢が、ナンナの弾幕と十夜の矢が氷柱を砕いた破片の中を翔けた。
 雪女は上に跳ぶ。刺さった二本の矢を抜き捨てながら断崖を蹴り、三角跳びの要領で頭上から迫る。
 全員が直撃を避ける為に散った。刹那、雪女が唇から吹く息が十夜とダグの足元を氷で束縛する。
 迫る雪女の両爪を受け止めたのは、間に割って入った祐輝の天剣「ウラノス」だ。
「これ以上行かれると困るんでな、悪いがここで終わらせる!」
 返す刀での斬り上げは上体を反らしてかわす。その雪女にドッグが斬りかかる。
「お次はこっちもお相手してくれや!」
 同時に懐に飛び込んだゼフィリスの爪が舞う。たまらず後退すれば、ナンナの掃射とダグの電磁波が襲う。
 形成不利を補おうと雪女が呼んだか、天が彼女に味方したか。まばらに降っていた雪は瞬く間に吹雪へと変わっていった。


「ち、吹雪いてきやがったか」
 京一は吹雪を受け流すべく身を低くしフラッシュライトのスイッチを入れる。
「あ”〜〜ダメだな、こりゃ」
 自身の位置を知らせる効果を期待したが、気休めにもなりそうもない。冷気や被弾で壊れる前にと仕舞い込む。
「応変徒労か‥‥雪女かと期待したのにがっかり」
 久方ぶりの本業と思いきや肩透かしをくらった真白は、般若面で顔を覆い目元を吹雪から護る。
 雪女の姿は白の中に消えた。どこからか機会を窺っているに違いない。
 互いに無線で連絡を取り、川に足を踏み入れぬよう留意しながら集合を図る。踏み均した範囲から極力外れぬように――。
「──! やられたっ」
 氷に動きを縛された祐輝を氷柱が襲う。二本に傷を受け、残る二本はウラヌスで砕く。
「させません!」
 氷柱に続いて迫っていた雪女に、祐輝のカバーに入ろうとしていたナンナが両手剣ヴァルキリアで応戦する。
「少し痛いかもしれませんが、動けないよりはましでしょう」
 ダグが自らも脱した方法を用い、電磁波で祐輝を束縛する氷を砕く。
 ナンナから間合いを取ろうとした雪女の退路をドッグの莫邪宝剣が断つ。
「ナメんじゃねぇ!」
「誰か一人でも見失わないでいりゃあ──はっ!」
 祐輝はドッグの声を頼りに吹雪に霞む影に接近し気合いの声と共に斬りつける。
 矢を番え構えていた京一が狙いを定めた。
「見えなきゃ射てないと思ったか? 甘ぇ! 風向きと声の通り具合からして‥‥そこだ!」
「大当たり! ナイスフォロー!」
 京一の援護射撃が命中した事を知らせ、隼瀬は雪女の怯んだ隙に薙刀の重みを生かして斜に叩き入れる。
「八葉流‥‥七の型」
 真白が投じた雪兎を辛うじて避けた雪女に、迅速の四連撃が打ち込まれた。
「‥‥六花血招」
 鮮血が舞う事は無い。雪女が受けた傷はすべてその身が放つ冷気によって凍りついているからだ。
 雪は先刻までの勢いを失い、視界も開けつつある。
「因果応報、貴女もこの幾禍刀の贄となりなさい」
 幾禍刀を抜いた真白の前から雪女の気配が消えた。
「うふふ‥‥ずいぶんかわいがってくれたみたいね。酷い人達」
 峡谷を抜ける風音に響く女の声に違和感を覚える。
 そう、雪女はどれだけ攻撃を受けようとも悲鳴一つ上げる事は無かった。
 声を振り仰いだ先には、黒レザーのタイトなボディスーツの上に白衣を纏った女がいた。艶やかな黒髪を肩口で切りそろえ、切れ長の黒瞳と紅い唇が妖艶な美しさを漂わせている。
 片腕に衰弱した雪女を抱えた彼女は対峙する能力者達を断崖の上から見下ろす。
「残念だけど、この子はお気に入りの作品だから。これ以上はお預けよ‥‥また会いましょう。その時まで、貴方達が生きていれば」
 雪のちらつく風に白衣をはためかせ、女は姿を消した。


 ダグが拡張錬成治療で、皆が雪女から受けた傷や凍傷を治療する。
「北欧育ちですが、寒いのが好きというわけではありません。早くコタツに入って丸くなりたいものです」
 下がっていた気温は元に戻ったが、冷えた身体はすぐにとはいかない。
 ドッグはコーヒーで身体を温める。
「あ、よかったら飲みます?」
「おう、悪いな」
 相伴を受けながら祐輝は雪女を連れ去った女を思い出す。
「あの女、バグアか強化人間か──奴さえ現れなきゃ、とどめを刺せてた」
「彼女が、あの雪女を生み出したのかな」
「悪趣味ですね──」
 隼瀬が言うと、ナンナは厳しい表情で呟く。人の感情を喚起させるようなものは好きじゃない。
「また、依頼で一緒になる時があったらよろしくね」
 真白が言うと、ゼフィリスは頷きを返す。
「‥‥その時は‥‥また‥‥」
 仕事後の一服を味わっていた京一は無言のままの十夜に気づく。
「八丈部さん、どうした?」
「あ、いえ‥‥大丈夫です」
 笑顔を返す十夜は、繕いきれない顔色を寒さのせいと言い訳した。
 雪女を生み出したであろう、あの女性。
 おそらくこれまで出遭った妖怪をモチーフにしたキメラも、全て彼女が造り出したものなのだろう。
 遠目ではあったが、間違いない。だが、見間違いであってくれたらと祈らずにはいられなかった。
(「まさか、こんな形であのひとと──」)
 知らず唇を噛みしめる。
 望んでいたはずの再会は、凍てつく氷の冷たさと厳しさで十夜の心を貫いた。