●リプレイ本文
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人々の悲鳴の中に、突如響き渡る尺八の音色。
負傷した岡っ引きを庇い刀殿の前に立ちはだかるは、尺八奏でる一人の虚無僧。
「ここは拙僧に任せられい。御用聞き殿は、皆と共にあちらへ避難を」
岡っ引きに言い放ち、脱ぎ捨てた天蓋が宙に舞う。深編笠に隠されていたその正体はゴールデン・公星(
ga8945)だ。ここ商家区は時代劇村の出入口へと繋がる大通りを有する要所。この地の確保無くして退避する人々の安全は確保できない。
尺八を腰に差していた横笛に持ち替え、握ったそれを抜き放つ。内部に仕込まれていた刃が現れ、こちらも真の姿をあらわにした忍刀「鳴鶴」。
避難せずその場に留まった芸妓は、紅い髪が映える黒い着物の胸元を開けて艶やかに着こなしていた。
「成敗成敗って、うるさいねぇ」
ふっと紫煙を吐き出すと、煙管と共に着物をばさりと投げ出した。現れたるは黒地に緋牡丹咲く忍装束に身を包んだくのいち。
「緋牡丹の明衣、見参! 貴方の胸に緋牡丹の花を咲かせましょう」
空間明衣(
ga0220)が抜き放った刀、紅から発せられた衝撃派が刀殿に命中する。
「馬の突進に気をつけて!」
左手に夕凪と二刀を構え、明衣は刀殿へ斬りかかった。
逃げ惑う群集から走り出て、薙刀殿の行く手を塞ぐ姫一人。
「お前の相手は、凛達だ‥‥さぁ、今のうちに逃げて!」
煌びやかな赤い着物に身を包んだ姫君は勇姫凛(
ga5063)。番組収録の為に訪れていた凛はスタッフに避難誘導を頼み、雲隠れを構える。時代劇村を楽しんでいた人々を恐怖に陥れた殿キメラ達への怒りを、その手に込めて。
大きく横に振るわれた薙刀を跳んでかわし、着地と同時に地を蹴った。一気に間合いを詰め、振袖を華麗に舞わせて斜に刃を斬り上げる。
サムライを自称するほど古き良き日本文化を愛するゴールデンにとって、この度の戦闘。熱の入りようがいつものキメラ討伐の比ではない。
ゴールデンを踏みつけんと、嘶きと共に振り上げた白馬の両足は地面を踏んだ。ゴールデンは流れるように馬の側面へ移動し、馬の腹に鳴鶴を深々と突き立てた。
「父上の仇! ‥‥が、多過ぎだな」
能力者達と立ち回る三体の殿に呟いたのはリュイン・カミーユ(
ga3871)。彼女は白紺絣の小袖に黒袴、手甲に脚絆、風呂敷で背負った荷物を肩から腰に結んだ旅装束。扮するは仇討ち道中の武家娘だ。
突進で三人の囲みを突っ切って駆けて来る刀殿に逃げ惑う一般人が悲鳴を上げる。
「案ずるな。我らがしかと守るゆえ」
避難の誘導をしていたリュインは、懐からフォルトゥナ・マヨールーを取り出した。
「的が大きくて助かる」
馬の身体を狙って放たれた二発の弾丸を受け、馬はたたらを踏んだ。その隙に回り込んだ明衣の紅が弧を描く。
「これ以上近づかせない! 唸れ、紅疾風!」
技の名前まで考えていた明衣の流し斬りに、刀殿は馬ごとその場に崩れ落ちた。
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隣接する町人区は、比較的細道が多い。中央の城型歴史資料館を囲む堀を渡る橋から続く通り以外は、町人達の長屋などの立ち並ぶ木造建築が入り組んだ細道を生み出している。
「成敗してくれるわ!」
逃げ惑う人々を追い回し無頼を働く刀殿の前に、白と桃色の可憐な着物に身を包んだ姫が立ちはだかる。結い上げた髪に煌びやかな簪を挿し、襷掛けに薙刀を手にした神代千早(
gb5872)が言う。
「殿、これ以上の狼藉はなりませぬ。早急に城へと御戻りくださいませ」
敢然と言い放った凛々しい姫は、未だ覚醒はしていない。他人の眼から見た覚醒時の自分が、場合によってはキメラより恐ろしいと自覚している。せめて避難が済むまで――。
刹那、金属のぶつかり合う音が周囲に響いた。上段から振り下ろされた薙刀を、両手で支えた薙刀の柄で受け止めた千早。
「うふふっ‥‥」
突然笑い出した千早の全身は薄く紅い光に包まれていた。命の危機に晒された時はエミタが反応し、能力者は自動的に覚醒状態になるのだ。
「うふふふふふっ‥‥殿、御戯れが過ぎましてよ、うふふっ‥‥」
千早から発せられる只ならぬ気配に、避難者達の間に更なる混乱が広がっていく。
「皆さん、落ち着いて。避難はこちらへ!」
人々の悲鳴に負けないよう声を張り上げる彼だけが、和風姿の皆から浮き出た異国情緒溢れる姿。
ジェイ・ガーランド(
ga9899)はブローチで止めた白いスカーフを首に巻き、刺繍入りの革とベルベット製コートの下にはシャツにベスト。海を越えて商路を開いた南蛮商人に扮している。
「アリカ、避難は引き受ける。奴らは頼むぞ」
「‥‥ええ」
頷きすらりと抜刀するは洋刀ガラティーンと名刀「羅刹」の二刀流。黒地に金糸の織り込まれた華やかな着物の、はだけた襟元からはさらしをのぞかせている。黒髪を若侍のように高く結い上げた傾奇者の浪人姿の紅アリカ(
ga8708)。
「成敗してくれるわ!」
叫びながら力任せに刀を振るう殿の攻撃を、アリカは交差させた二刀で受け止めた。
「‥‥成敗されるのはそちらの方よ。その首、頂くわ‥‥敵は二体。囲みこんで一気に倒しましょう」
「うふふふっ‥‥殿、お覚悟!」
果敢に攻めるアリカと千早。
その一方で殿の機動力を削ごうとちくちくと馬の脚を狙う地味な攻撃を繰り返すのは夜十字・信人(
ga8235)だ。
信人は納刀したままの黒刀「炎舞」の鯉口をカチカチと鳴らしながら。隙を見ては抜刀するが、すぐに刀を納めてしまう。
そんな彼は紺地に銀刺繍を織り込んだ袴に黒い着物。白に金糸の羽織りを引っ掛けて、左手は扇子を持っている。派手派手しいその姿は、どこから見ても高貴な侍、というよりは悪代官である。
「搾取先である民を守るが余の定めよ‥‥。が、是と言ってやる気は無い」
そんな信人に、すすすとジェイが歩み寄る。
「お代官様。南蛮渡来の黄金のお菓子に御座います」
こっそり差し出されたものを信人は袂にしまいこんだ。口元を広げた扇子で覆うとおもむろに言った。
「くくく、お主も悪よのう」
「いえいえ、お代官様には適いません」
悪代官と商人が揃ったならば欠かせない二人のやり取りの間に、アリカは殿の刀を潜り抜けて懐に飛び込んで馬の首筋に二つの刃を突き立てた。
「‥‥まったくもう‥‥、貴方たちも成敗されたいのかしら?」
呆れた様子のアリカだが、袖の下にやる気を出した信人は扇子をしまう。駆けて来る殿に向き直り燃え盛る刃に乗せるは両断剣。
「で、お主は割るよ、脳」
殿の顔面に向かって振るわれた刃の衝撃波が、予告通り殿の頭部を破壊した。
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町人長屋から続く職人街は、刀鍛冶や細工師、仕立屋などの仕事場を兼ねた住居が並ぶ。
その屋根の上には双眼鏡を覗く悪代官。
「なんぞ、文明機器は素晴らしいが、今使用すると、興が削がれるなぁ‥‥兎に角、不届き者を発見じゃー。であえー、であえー!!」
これまた仕方なく、信人は無線機で同志に殿発見を通知する。
袋小路に逃げ込んだ殿の前に立ちはだかるのは、蒼い陽炎をその身に宿した傾奇浪人。
「‥‥蒼炎纏いし剣の舞、その目にしかと焼き付けなさい。闇闘士が一人、紅アリカ‥‥いざ、参る!」
両の双刀を構え、突進してくる刀殿めがけ踏み込んだ。身を屈めたアリカの一閃が、馬の右脚を奪った。たまらず均衡を崩し勢いのままに倒れる馬の頭を、屋根の上からライフルがぴたりと狙う。
「一発必中一撃必殺‥‥いざ、撃ち貫く!」
南蛮渡来の商人から狙撃手と化したジェイの銃口が火を噴いた。強弾撃を纏った銃弾は、見事馬の眼から脳を撃ち抜き。ほぼ同時にアリカの二段撃が殿の頭部を叩き潰した。
「うふふふっ、こんな狭い所に迷い込むなんて。狼藉を働く殿には‥‥ふふっ、お仕置きですよ。うふふふふふっ」
湧き上がる笑みを押さえられない千早に対し、表情一つ動かさず。殿は刀を振りかぶる。突進してくる殿をひらりとかわす。
聞こえた悲鳴に千早が振り向くと、隠れていた家から逃れようとした男女が恐怖に立ち竦んでいる。そこへ刀殿の刃が振り下ろされた。この距離では、間に合わない!
金属音。舞う鮮血。
男女の前に屋根から舞い降りた信人が立っていた。木造物が多く狭いこの場所では、炎に包まれた刃は振るえない。両手の苦無では防ぎきれず、受けた傷を活性化で回復させながら背中越しに男女に言う。
「べ、別に、下々の者を守るわけじゃないんだからな。お前たちが納める税を守ってるんだからな!!」
こんな時でも悪代官振りを忘れない信人。千早が馬の前足に薙刀の柄を絡ませ転倒させたところに踊り込み、身体を旋回させ苦無の斬撃を連続で叩き込む。
「よいではないか、よいではないか。偶には俺が回っても良いではないかー」
流石に姫を帯で回らせる訳にも行かず、自分が回転するに留めた悪代官だった。
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地面についた馬の足跡を追って、明衣は武家屋敷の脇を駆ける。四人は既に同区で薙刀殿を一体片付けていた。
その時聞こえた馬の嘶き。屋敷の塀が途切れる脇道から駆けて来る男女数人に明衣が告げる。
「この道沿いに商家区へ向かって。大きな通りは避けて、なるべく細道を!」
細道へ逃れる彼らを見送る間も近づいてくる蹄の音。両端に瓦の乗った白塀がそびえる道を、殿が颯爽と馬を駆ってくる。この道幅、どう避けても殿の間合いに入ってしまう。
「各々方、塀の上へ!」
ゴールドの声に、他の三人も塀の上へと跳躍する。突進をかわされた馬は急停止し踵を返す。その隙をリュインとゴールドは見逃さなかった。
塀の上から身を舞わせたリュインの鬼蛍が殿の髷を切り落とし、そのまま馬の腹部を縦に斬りつける。
「髷は武士の命だろうに、うろたえるくらいの芸は見せて欲しいものだったがな」
仮にそれだけの知能があったとしても、殿にその暇は無かっただろう。ゴールドが屋根の上から振るった鳴鶴の衝撃派に、殿はぐったりと身体を折っていた。
リュインが着地と同時に返す刀で馬の脚を狙った横薙ぎはするりとかわされた。倒れながらも馬上に固定された殿をなびかせながら、馬は駆ける。
「こいつ、殿と馬と繋がってるんだ!? 怖っ」
狙って振り下ろされた蹄をかわした凛は、一気に馬との距離を離す。
「さあ、凛についておいで!」
二体が合流し三体となった殿は、姿を見せては消える凛を追いかける。瞬速縮地を繰り返し奉行所までたどり着いた凛は、開け放たれた門の中へと駆け込んだ。
お白州へと殿三体がたどり着いたその時。座敷の襖が開き番傘を肩に乗せた見返り美人、凛が艶やかに現れた。咲いてはいないが、脳内補正で桜吹雪を舞わせる事推奨。
振り向きざまに脱ぎ捨てられた着物。瞳と同じ真紅の忍装束を纏った凛は、忍刀「颯颯」を抜き放つ。
「勇姫七変化‥‥弱きを泣かす不届き者、天に変わって成敗なんだからなっ!」
白州の外塀の上から狙ったジェイの銃弾を受けていた柄は容易く折れた。動きの止まった薙刀殿の馬の首を、薙刀の遠心力を生かした千早の一撃が叩き落す。
跳び掛かった明衣の居合が紅蓮衝撃を放つ。
「年貢の納め時だ! 必殺・紅蓮天翔!」
身体もろとも旋回させた刃に薙刀殿の首が飛んだ。同時に錬力の切れた明衣の覚醒が解ける。
「‥‥早く座敷へ」
彼女を庇い、アリカが刀殿の前に立ちはだかった。
裏口から駆け込んできたリュインは懐から仇討免状を取り出し、殿に突きつける。
「父上の仇!」
その声に反応したのか、突進してくる刀殿の懐にリュインは瞬天速で飛び込んだ。
「お命頂戴仕る!‥‥とかな」
鬼蛍を馬の首に滑らせ、そのまま突進の勢いを利用して殿の横腹まで斬りつける。後ろ立ちになり嘶く馬の腹に、信人が炎を纏った黒い刃を叩き込む。
「一つ‥‥人の世の生血を吸う為に。二つ‥‥不埒な悪行を三昧する為に」
二撃目は刃を上に深々と突き立てる。最後は刃を上に振り上げ馬と殿を裂いた。
「三つ‥‥醜い浮世の鬼を、散るまで貫く為に」
ジェイの馬脚を狙った銃撃に足止めされているのは、一体残った刀殿。そのの前に凛が走り込む。
「行くよ、公星の金さん!」
「心得た!」
刀殿を挟んで反対側から駆け寄るゴールド。その手に握るは黒刀「炎舞」だ。
「凛達の桜吹雪、散らせるものなら散らしてみろっ‥‥成敗!」
舞うような凛の円閃による横薙ぎと、ゴールドの竹をも割る勢いの両断剣の縦一閃が十字に殿と馬を切り裂いた。
鮮血を白州に散らせ、どう、と倒れるキメラに背を向けて。
「白州に血の桜とは‥‥無粋なものよ」
ゴールドは血振りをした刀を鞘に収めて呟いた。
「最後はやっぱりアレかな?」
明衣の悪戯っぽい笑みに皆は顔を見合わせ、高らかに宣言する。
「「これにて、一件落着!」」
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かくして、時代劇村を襲った突然の騒動は、偶然居合わせた傭兵達の活躍によって終幕を迎えた。
千早の提案で10人の殿の成敗記念に皆で記念写真を撮影後。明衣は大きく身体を伸ばして言う。
「思わぬアクシデントだったけど、無事終わってしまえばいい思い出ね」
全員一枚ずつサービスしてもらった写真を眺め、千早は嬉しそうに微笑んだ。
「こういう格好も、普段とちょっと違って良いですね」
いつもの巫女服も和服と言えば和服だが。華やかな姫着物に包まれると、気持ちも華やぐように思えた。着替えてすぐに殿騒動に巻き込まれたため、ようやくゆっくり姫姿を堪能できる。
同じ姫でも、脱ぎ捨てた姫着物をスタッフに着せられた凛は顔を真っ赤に染めて。
「りっ、凛、好きでこんな格好してるわけじゃ、無いんだからなっ!」
誰にとも無く宣言して、テレビ番組の罰ゲーム『ヒメにお姫様の格好を』の撮影に戻っていく。
ゴールドは何故か浮かぬ表情。
「それにしても悔やまれる‥‥奉行所では奉行姿で立ち回りたかった‥‥!」
流石に虚無僧から着替えていたのでは戦闘が終わってしまっていただろう。
リュインは着物の襟元を直しながら溜息をついた。
「全く、人の偶の休暇を邪魔してくれるとは、バカ殿キメラめ! まぁ、観光しやすくなったのは怪我の光明か」
負傷者のみで死者も出ず、施設にもさしたる被害は出ていなかったためすぐに時代劇村はいつもの姿を取り戻した。
が、避難後すぐに帰宅した観光客が大半を占め、混雑していた時代劇村はある意味観光しやすくなっていたのだ。
「さて、デートの仕切りなおしと行こうか、アリカ」
「‥‥そうね。折角来たんですもの」
二人並んで歩き出し、ジェイは思い出したようにアリカに笑顔を贈る。
「‥‥そうだ、言い忘れてた。よく似合ってるよ、綺麗だ」
一人残った信人は、ばっと扇子を広げ。
「さて、俺も守った税源を堪能して回るとするかな。一つ、人の世の生血を吸う為に。二つ‥‥」
悪代官も口上を呟きながら、戻り始めた町民の中に紛れていった。
その後時代劇村では、悪代官率いる一団がご乱心の殿を成敗するという殺陣演舞が人気となったそうな。