●リプレイ本文
●秘密の花園
ラスト・ホープの兵舎は、傭兵である能力者の住処として貸し出されている。基本的にはマンションだが、中には道場を開いたり、図書館やバーといった、それぞれのくつろぎの空間へ改装する者も少なくない。
ULTの看板オペレーター、リネーア・ベリィルンド(gz0006)の部屋は2LDKで、玄関扉だけ見れば普通のマンションタイプの部屋だ。
「意外と近くに住んでいるんですよね、リネーアさん」
スナイパーの奉丈・遮那(
ga0352)は、廊下の角からリネーアの部屋の扉を眺めていた。偶然かも知れないが、遮那とリネーアの部屋は同じ棟の中にあり、意外と近かったりする。
「部屋掃除かぁ‥‥ドッキリお風呂イベントとかであれば隊伍を組んで行きたいところですが。しかし想像逞しくさせるよね? オペレータのあのコのお部屋ってのは」
「そうなんですよ〜‥‥って、のわ!? シロウさん」
「やぁ、あなたの背中が煤けて‥‥いや、哀愁を漂わせたストーカーのように思えたのでね」
遮那は返事をしてから、声を掛けたのがビーストマンの鈴葉・シロウ(
ga4772)だと気付いた。彼の接近に気付かない程、凝視していたらしい。
「リネーアちゃん! お久しぶり〜今日は夜までよろしくね♪」
「ナイレンさん、おはようございます。今日はよろしくお願いしますね。頼りにしてますから」
「ふふ、乙女の心を持つと言う事でOKしてくれてありがと♪ 頼りにされちゃうから、高い所の拭き掃除や重いものを運ぶのは任せて!」
グラップラーのナレイン・フェルド(
ga0506)が呼び鈴を鳴らすと、扉を開けてリネーアが出てくる。普段見慣れたULTのオペレーターの制服ではなく、タートルネック・カットソーに上着を羽織り、セミタイトスカートというラフなスタイルだ。
ナイレンはリネーアの言葉に満面の笑みで応えハグした。
「おはようございます。お手伝いに参りました」
「お部屋のお片づけに来たニャ〜☆」
続いて、カンパネラ学園の制服を着たドラグーンの水無月 春奈(
gb4000)とビーストマンのアヤカ(
ga4624)がやってくる。アヤカは赤いシャツに白い上着を羽織った普段着だが、エプロンを付け、赤いツインテールを三角巾で覆い、万全の態勢で臨んでいる。
アヤカはナイレンに負けじとリネーアにハグし、頬を刷り寄せた。
「へぇ、これがリネーアの秘密の花園ね。どれだけ散らかっているかと思ったけど、足の踏み場は十分あるから、それ程でもないじゃない」
「教祖‥‥私は片付けられない女じゃないですよ。単に片付ける時間がないだけです」
「‥‥凶器に出来るような本が転がってないだけマシね‥‥」
「これだけ酒瓶が転がり、空き缶が積み重ねられていれば、十分凶器になると思うけどな」
微乳教教祖のファルル・キーリア(
ga4815)の言葉に、リネーアは微苦笑しながら弁解する。いまでこそULTのオペレーターの数も増えたのでリネーアの負担は減っているが、ラスト・ホープが出来た当時は24時間勤務も少なくなかった。
スナイパーの鷹代 由稀(
ga1601)の部屋はもう少し酷い。リネーアの部屋の現状に、考古学関連の書籍とゲームが山積みになっている。とかく考古学関連の書籍は分厚いものが多いし、アイドルグループ『IMP』のメンバーの1人である彼女は、傭兵としての出撃以外にもアイドルの仕事が多く、買った新作ソフトがそのまま積みゲーになってしまう事も少なくなかった。
とはいえ、ダークファイターの風間・夕姫(
ga8525)が言うように、転がっている酒瓶自体に破壊力もある。
「リネーアはんがお酒が好きという事で、お土産をお持ちしましたが、台所でしたら邪魔にならないようですね。こちらに置かせてもらいますね」
「ありがとう。中が楽しみですね」
ダークファイターの櫻杜・眞耶(
ga8467)は、可愛らしい花柄の風呂敷をビン包みにして風呂敷ごとリネーアへ渡した。中身は酒類である事は明白だが、中が見えないとつい想像を掻き立てられてしまう。
キッチンは、リネーアが休みの日は自炊をしているせいか比較的綺麗なので、眞耶はそこへ風呂敷包みを置いた。
「お掃除等も大切ですが、やはり女性たるもの飾り付けも忘れてはいけませんよね。私も百合の花を持参してきましたので、飾って」
「へぇ、百合の花、ねぇ。ふふ、あなたも?」
「‥‥い、いえ、深い意味はないです‥‥」
ドラグーンの直江 夢理(
gb3361)もお土産を持ってきていたが、それは部屋に飾る百合の花の束だった。ビーストマンの羅・蓮華(
ga4706)が目聡くその隠された意味を探ると、意味ありげにころころと笑う。
蓮華は可愛い男女を口説く癖があった。その笑みと流し目に夢理はドキッとしてしまい、慌てて視線を逸らす。
「からかっちゃダメですよ。あんなに慌てているじゃないですか」
「ふふ、あれだけ可愛いのだもの、本人がOKなら食べちゃいたいくらいだわ」
スナイパーの楓華(
ga4514)が蓮華のチャイナ服の裾を引っ張りながら軽く窘める。
「夫もリネーアさんの酒蔵コレクションは楽しみにしていたのですけどね。手伝いに協力出来ない夫の分も頑張って手伝わせて戴きますので、協力して片付けましょう」
「人数もいるし、これならそんなに掛からないかな? さ、ちゃっちゃとやって時間開いたらダラダラしましょ」
「こんな事もあろうかと、その道のプロを連れて来たのニャ!」
サイエンティストの水鏡・珪(
ga2025)が掃除を促すと由稀が袖を捲る。
アヤカが連れてきたのは、パフスリーブの赤いメイド服に身を包み、レースカチューシャで髪を留め、フリルで彩られたサロンエプロンを付けた、見て目からしてメイドのビーストマン、ヒカル・マーブル(
ga4625)だった。
誰とはなしに感嘆の声が挙がる。拍手すら聞こえてきていた。コスプレではなく本職のメイドを見る機会は滅多にないからだ。
「掃除の方をしっかりとやりまして‥‥この後に控えている新年会の料理の方もついでに作ってしまいましょうかね〜。取り敢えず掃除の方は‥‥これはメイドの本職ですから頑張ってやる事にいたします」
本業の仕事らしい事が出来るとあってヒカルは上機嫌だ。
「先ずは必要な物と不必要な物をリネーアさんに聞きながら分別して、要らないものは処分してしまいましょう。その後に、必要な物でも洗ったり纏めたりと処理が必要な物はそのようにして、綺麗に整理整頓をしながら掃除と洗濯もする事にしましょう」
「中身の入っていない空き瓶や空き缶は取っておくつもりはないから、全部捨ててしまって構いません。衣類は明日着ていく必要があるから、オペレーターの制服は早めに洗濯して欲しいですね。それ以外の服は後回しでも構わないです。後は‥‥雑誌とかは特にないですし、でも書類がありましたら、それは私に見せて下さい」
流石はメイドの達人だ。ヒカルが場を仕切っても、その的確さと効率の良さ故に全員納得してしまったし、リネーアも掃除の段取りがよく分かり、要るものと要らないものを即座に応える事が出来た。
「‥‥取り敢えず、私は空き缶と空き瓶を片付けますね」
春奈がそう切り出すと、ナイレンと由稀、蓮華とファルル、夕姫が担当した。とにかく数が多いので、このくらいの人手は必要だろう。
「んじゃ、あたいはこっちを片づけるのニャ〜☆」
アヤカは脱いだままソファーなどに掛けられているオペレーターの制服やらを拾って行く。
「では私は台所を担当しますね」
「あ、私も手伝います。これでもペット兼実験用にゴキブリを飼育していますので、ゴキブリが出ても平気ですから。むしろ、新たな実験サンプルとして持ち帰りたいですね」
「出・ま・せ・ん! お酒がありますから、そこまで不衛生にはしていないですよ」
眞耶が固く絞った雑巾で、台所に置かれたビアサーバーの掃除を始めると、珪が冷蔵庫を拭き始めた。
「私は忍術を駆使して整理整頓しますね」
夢理は寝室など誰も手を付けていない部屋の掃除に回ると、楓華がとことこと付いてきた。
リネーアはビアサーバーの手入れをしつつ、必要なものかそうでないかを聞かれると応えるようにし、ヒカルは全体を見て手が足りなそうなところを手伝う。
「お、あんたら2人して、そんなところで何やってるんだ?」
そこへグラップラーの霧島 亜夜(
ga3511)が通り掛かり、遮那とシロウに背中から声を掛けた。扉が開け放たれたリネーアの部屋から聞こえてくる女性陣(1人乙女の心を持つ男性あり)の声に、思わず聞き入っていたようだ。
(「彼女と話をしたいけど、掃除の邪魔になるといけないから、また別の機会にお誘いして話せれたら良いのかな‥‥その前に、少なくとも部屋に上げてもらえる関係にはなりたいですが‥‥」)
「いえ、最近、ドロームの模型部門と歩み寄っているので、繁華街をゴロゴロして新作プラモといった模型類のチェックでもしようと思いましてね」
「じゃぁ、行き先は同じだな。俺はリネーアさんから今日の新年会の店の場所を聞いたから、打ち合わせに行こうと思ってさ」
「ご一緒しますよ、これからラスト・ホープの観光案内のボランティアがありますから」
シロウが応えると、亜夜も行き先は繁華街だった。リネーアが懇意にしている居酒屋へ、今日の新年会の準備に行くという。シロウと遮那は彼に同行してこの場を去っていった。
「あっ‥‥これは酒蔵が競合地域になって入手困難な幻の大吟醸じゃない‥‥よく手に入ったわね?」
「‥‥ウィスキー、ワイン、シャンパン、焼酎、大吟醸にその他諸々‥‥あぁ!? コニャックまである!?」
「流石は酒豪で枠と言われる、“あの”リネーアさんだけあるわね」
「それを呑んじゃうんだから、ある意味、凄いわよね」
酒豪で通っているだけあり、世界各地の銘酒の空き瓶が出るわ出るわ。ファルルや夕姫、蓮華や由稀は、製造場所が競合地域やバグアの支配地域になってしまい、今では入手困難な銘柄のラベルを見るたびに見入って手が止まってしまう。
「ニャ?? これは‥‥リネーア姐さんの‥‥ブラニャか?」
アヤカは紫色の物体を発見すると、掲げ持って目線まで持ち上げ、思わずじ〜っと見つめる。紫色の物体は確認するまでもなくリネーアのブラジャーだった。近くにはお揃いの下の方も落ちている。
鬼の形相で微乳教教祖がリビングへ顔を出して確認すると、85といったところ。覚醒するとバストが一回り大きくなるので一部誤解が生じているが、リネーアの通常時のバストは85cmと某社長のように常時巨乳ではない。
「下着類は下着類で纏めておいて下さい〜。服とは別にお洗濯しますから〜。それと、服も洗濯機に掛けられるものと、クリーニングに出すものがありますから〜、タグを見て分けておいて下さいね〜」
アヤカは掃除や洗濯はメイドに任せているので、ヒカルに聞いて服を分けていった。
「あっ、これは、リネーア様が遠く離れたアダーラ様の事を想いながら、1人でお身体を慰めている証拠‥‥ぽっ」
「そ、そうなのですか!? ‥‥これが‥‥」
「はい、間違いありません。普通、ベッドスタンドに飾っておく写真は制服や普段着ですが、これは露出の多いサンバの衣装の写真です。そしてこのシーツの乱れた、淫らで甘酸っぱい痕を見れば、リネーア様はこの写真で毎晩のように‥‥ぽっ」
寝室を片付けていた夢理は、枕の下に隠されていた写真を見つけた。それはリネーアの妹、アダーラ・ベリィルンドの写真だった。しかし、夢理が言うように、映っているアダーラは露出が多く煌びやかな装飾のサンバの衣装姿だ。それが枕の下に置かれていたのだから、夢理の妄想は加速し、爆走してゆく。
楓華もそれがどういう事は分かっているので、頬をほんのり染めて彼女に聞き返した。といっても、蓮華がその手の雑誌やらDVDやらを持って来ては部屋で見ているので、耳年増になっているだけだが。
「こらこら、大人の女性は、コレは見なかった事に‥‥ね」
ナイレンが夢理の手からアダーラの写真を取ると、めっと可愛く怒りながら、苦笑して元の場所へ戻した。珪もアダーラの写真を見つけている。というより、リネーアの部屋には、彼女がよく使う場所に妹の写真が貼られてあった。見てはいけないものはこの事かもしれない。
「こんなところですね」
説明書を見ながらビアサーバーの内部まで掃除をした眞耶がリビングへ戻ってくると、粗方片付いていた。
人手が多く、且つ効率的に分担したので、お昼前には終わっていた。
「‥‥それにしても、この空き瓶と空き缶の量が問題ね。瓶なら酒屋へ行けば回収してくれるか‥‥でも、何往復しないといけないかしらね‥‥?」
「そういう事は、あたしにお・ま・か・せ♪」
ワイン蔵へ改造した部屋を覗いていたファルルが、ごまんとある空き瓶と空き缶の処理方法に溜息を付くと、そこは男手のナイレンが快く応じた。
「みんな、ありがとう。お礼だけど」
「美人オペレーターのリネーアさんの部屋に入れただけで十分です。緑茶かジュース1本でも十分ですから」
「ううん。ここまで綺麗にしてもらったから、それなりのものをあげないと私の気が済みませんから」
楓華が遠慮すると、リネーアはまだ着ていないULTのオペレーターの制服を全員に渡した。
部屋の掃除が終わったので、ここで解散となったが、ヒカルと夕姫は引き続き、リネーアの部屋で新年会用の料理を作る事にした。
●昼下がり
「こんにちは、リネーアさん達も訓練かい?」
スナイパーの水無月 湧輝(
gb4056)はUPC本部の地下にある射撃訓練場でハンドガンを借りて射撃の訓練中、リネーアと楓華を見掛け、声を掛けた。
楓華は長弓「黒蝶」に矢を番えて弓術の練習を行う。
「やはりハンドガンは性に合わないな。コツなんかあるのかねぇ」
「スナイパーも、得物には得手不得手はありますからね。私は弓術がからっきしですし。やはり自分に合った武器を使うのが一番です」
「実際ハンドガンで全弾ど真ん中ってのは凄いよ。と、そういえば、妹さんを案内するらしいな。このへんで喫茶店をやってるんだ。気が向いたら寄ってくれ。閑古鳥が鳴くほど人はいないから、静かに話が出来るぜ」
湧輝は自身が経営する喫茶「Flugel」の場所を告げると、一足先に上がった。
ラスト・ホープの高速移動艇発着所は、高速移動艇がひっきりなしに世界各地へ飛び立ち、また帰って来ており、多くの人出で賑わっている。
「あれ? リネーアさんじゃないですか」
ラスト・ホープの観光案内の仕事を終え、空港に見送りに来ていた遮那は、アダーラを迎えに来たリネーアを見つけると駆け寄った。
「アダーラさんはこれからですか?」
「はい、予定では次の便ですね」
「お2人の再会は、それは素晴らしいに違いありません‥‥そう、キスの嵐とか‥‥それはそれは深いキスとか‥‥ぽっ」
「ははは‥‥僕は新年会へ行く前に寄るところがあるので、この辺で」
頬に手を当て、身体をくねらせながら妄想が暴走する夢理の姿に、遮那は乾いた笑いをしつつ、新年会に持っていくデザートを注文しにこの場を離れた。
「リネーアお姉様」
「アダーラ!」
到着ロビーにアダーラが姿を現した。彼女は通っている全寮制のお嬢様学校の制服姿だった。
そして夢理の予想通りと言うべきか、2人は抱擁し合い、お互いの頬にキスを落とした。
リネーアが妹の身体を離した後、アダーラに楓華と夢理を紹介した。2人とも握手を交わす。
楓華が学園生活がどんなものなのか聞くと、去年の秋に開催された文化祭の話題が上がった。女子校なので男性の目がほとんどない事から、アダーラのクラスではタンガを着てサンバを踊った事を話した。
「そのリボン、素敵ですね」
「ありがとうございますわ。ローズマリーも喜ぶと思いますわ」
楓華がアダーラのポニーテールを結っている赤いリボンを褒めると、彼女は亡くなった親友の形見だと話した。
(「ある意味、私に似ているかもしれませんね‥‥」)
ローズマリーとは石化ウィルス『ジェダイト』を開発したバグアだ。夢理はローズマリーが大阪の日本橋でジェダイトの実験を行っている時に一度会っており、一戦交えている。また、アダーラの学校がより改良されたジェダイトの実験場となり、リネーアによって倒され、アダーラが彼女の形見を身に付けている顛末も知っている。
バグアになってまで愛情を求めるローズマリーに、夢理は身分によって叶う事のない想いを抱く自分の姿を重ねていた。
「想い出を大切に過ごしていけばいいと思います。アダーラさんの思い出の中に私も加えてもらえませんか?」
「ええ、喜んで」
楓華とアダーラは微笑み合いながら再び握手を交わし、友達になった。
「ふふ、やっぱり生クリームたっぷりのクレープは美味し♪ 特にお仕事の後は格別よね。あら? あそこにいるのは‥‥響?」
公園のデリバリーでクレープを買い、ベンチに座って至福の笑みを浮かべて食していたナイレンは、噴水の側で趣味の奇術を行き交う人々に披露しているエキスパートの美環 響(
gb2863)を見つけた。
「深窓の令嬢よ、僕のアシスタントをお願いできますか?」
「わたくし、ですか?」
「もちろんですとも、可憐な一輪の百合の君よ」
響は通り掛かったアダーラを、奇術のアシスタントに指名した。彼女は戸惑いながらも姉に背中を押されて、響の元へ来ると、ロープマジックやカードマジックにタネがない事を確認したり、次の奇術の準備をした。
最後にシルクマジックのシャワー・オブ・フラワーが披露され、花弁がアダーラ達へ降り注ぎ、辺りに甘い香りが立ちこめ幻想的な空間を作りだした。
「またお会いしましょう。汝らの魂に幸いあれ」
リネーアは響の依頼のオペレーティングをした事があるので知っていたが、彼は面識のないアダーラへ、意味深な言葉とミステリアスな微笑を残してその場を去った。
「いつもながら素敵な奇術だったわよ」
「ありがとう、美青薔薇の君。自分が楽しむのも周りの人が楽しそうにしているのを見るのも好きなんですよ」
「お、リネーア嬢、その娘が妹かい?」
「リネーアの妹の、アダーラです。いつも姉がお世話になっています」
ファイターの榊兵衛(
ga0388)は、行き付けの酒屋へ行く途中でベリィルンド姉妹と会った。
「傭兵の榊兵衛という。見知りおきを頼むぞ。しかし、その若さで挨拶がきちんと出来るとは、良く出来た妹さんだ。俺も一介の傭兵として、リネーア嬢には色々助けられている。そんな姉の事を誇りに思って良いぞ」
「榊さん!」
「ははは。また新年会でな」
褒められるのは悪い気はしないが、面と向かって言われると照れるものだ。
リネーアが可愛く両手を振り上げると、兵衛はサイドステップでかわし、何事もなく歩いていった。
「良く来たな。ほれ、珍しく客が来たんだ。しっかり仕事してくれ」
「いらっしゃいませ、ご注文がお決まりになりましたらおよびください」
一通りラスト・ホープの案内を終えたリネーアは、新年会の時間まで喫茶「Flugel」で過ごす事にした。
河川公園の近くにある喫茶店の扉を開けると、湧輝が文庫本を片手にカウンターに座っていた。リネーア達の姿を認めると、新年会までの時間をアルバイトで費やしている春奈へ接客を促した。
「この店は趣味でやってるんだ。勘定は気にするな。それよりも、ゆっくり話していったらどうだ? 新年会では2人だけの会話というのは無理だろうしな」
「お言葉に甘えさせてもらいますね」
「お待たせしました、こちら紅茶とケーキのセットです。最近、お菓子作りに凝っていて、このケーキも私の手作りなので、後で感想を聞かせて下さいね」
リネーアとアダーラは紅茶とケーキのセットを頼み、お互いの近状を報告し合った。
「美味しかったですわ。でも、もう少しメレンゲにふわふわ感を出し、甘みを抑えると、お代わりしてしまいそうですわね」
「ふわふわ感と甘みを抑える、と。ありがとう。次までの課題にしておくわ」
アダーラの通うお嬢様学校は、一流のお嬢様を育てる為、料理も一流のものが出される。ケーキなどもそうで、アダーラは舌が肥えており、春奈に的確なアドバイスをした。
●新年会
「リネーアさんの妹さん‥‥アダーラさんもいらっしゃるんですね。これは楽しい飲み会になりそうだ!」
ファイターのテミス(
ga9179)は待ちきれないとばかりに、リネーアの行き付けの居酒屋が開店すると同時に入店していた。
紫陽花の咲き誇る落ち着いた浴衣の上にコートを羽織り、ブーツ履きで、ひょっとこの面を縁日よろしく側頭部に付けた出で立ちだ。また、ビニール袋に市販のペットボトルに入った紅茶を入れてきている。
「あら? 開始1時間前ですのに、もういらしていたのですわね」
ダークファイターのソフィリア・エクセル(
gb4220)は、台車を押しながら入ってきた。時間が時間だけに、一番乗りだと思っていたので、テミスが居たのは意外だったようだ。
「大勢で楽しむ新年会か‥‥今日はいろんな人と会って、いろいろ食べて‥‥ふふっ!」
グラップラーの金城 エンタ(
ga4154)は、ルンルン気分で兵舎の自室を出て居酒屋へ来た。
「こんばんわ〜‥‥って‥‥あれ? 僕を見て、指をワキワキさせて、何か企んでいる2人がいるんですけど‥‥」
「ふふふ、絶対に似合いますわよ☆」
テミスの髪の手入れをしていたソフィリアは、エンタの姿を認めると瞳がきゅぴーん☆と輝いた。台車より“それ”を取り出すと、テミスと2人して半包囲網を形成しながらエンタへ躙り寄る。
「ちょ!? それ、セ、セーラー服!? な、ちょ、ちょっと待って、わぁぁぁぁぁ!? お、お婿に行けなくなるぅぅぅぅぅ」
エンタはその外見から女性に間違われやすいが、れっきとした男の子だ。美少女と美女に服を剥かれ、あわやボクサーパンツまで脱がされそうになったが、それは間一髪守った。
「ノ、ノーメイクはダメですって‥‥よ、予定外ですしぃ‥‥や、やっぱり‥‥ちょっと恥ずかしいですよぅ」
セーラー服を無理矢理着せられ、ソフィリアにナチュラルメイクをされると、そこにいるのは紛れもなく褐色の肌の、エキゾチックな魅力を醸し出す美少女だった。
「何か女の子3人楽しそうだな。流石に女の子に装飾を手伝ってもらう訳にはいかないからなぁ」
(「‥‥引かれて‥‥ないですよね?」)
「ちょっと着飾ってもいいわよね〜」
そこへ亜夜が『LHへようこそ!』」と書かれた看板を持ってやってきた。続くチャイナドレスで軽く正装したナイレンがウインクしたところを見ると、少なくとも引かれてはいないようだ。
「こーんにちわぁ〜。カワイこちゃんと美人ちゃんと新年会と見てやってきました」
その後、響、シロウと遮那と兵衛、由稀とファルル、アヤカとヒカルと夕姫と眞耶、湧輝と春奈、蓮華、夢理と楓華とリネーアとアダーラが続々とやってきた。
「アダーラさんは毛先までキューティクルでしたのに、こんなに痛んでしまってはお仕事を理由にするには無理がありますわよ」
「トリートメントとか結構気を遣っているのですけどね」
「睡眠不足も髪を傷める原因ですから、オペレーターがお忙しいのは分かりますが、きちんと8時間は睡眠を取られた方がいいですわ」
予想通り、リネーアの髪はかなり傷んでいて、ソフィリアは念入りにヘアーセットを行った。
「良かった、まだ始まっていませんね。やはり3時間前くらい前に目的地へ向かうと丁度良いようです」
スナイパーの水鏡・シメイ(
ga0523)が、妻の珪とドラグーンの千祭・刃(
gb1900)を伴ってやってきた。
シメイは地図を見ても道に迷う程驚異的な方向音痴で、珪に道案内されながら3時間掛けてきていた。しかし、怪我の功名とも言うべきか、新年会の時間まで繁華街を探索していたが、初めて来る場所なので迷子になってしまっていた刃と偶然出会い、その後更に1時間掛けてこの居酒屋に辿り着いたのだ。
(「よかった、遅刻しなくて。リネーアて女王様気質っぽいから、遅刻とか厳しいし」)
刃は内心ホッとした。素のリネーアはそういった性格ではないが、オペレーターとしては別だ。高速移動艇は時間通りに出発する為、遅刻して乗り遅れれば依頼へ向かう事すら出来ない。彼は今まで傭兵とULTオペレーターという仕事上の付き合いしかないので、時間に厳しいという印象を抱いているようだ。
「これで全員揃ったな。飲み物が届くまで、全員の自己紹介と今年の抱負を語ってもらおうか。まずは‥‥刃から」
亜夜は飲み代と引き換えに名札を渡すと、最後にやってきた刃へ話を振る。自身は使い捨てカメラを取り出すと、席の様子を撮影し始めた。
「いきなり僕からですか!? え〜、ドラグーンの千祭刃です。銃撃戦と古武術を嗜んでいて、古武術を活かした戦法を使用しています。地球の平和は僕が守ります!」
「頼もしいですわ」
刃の自己紹介を聞き、アダーラが拍手を贈った。
「初めまして‥‥の方が多いですね。水鏡・珪と申します。今日は夫のシメイさんと夫婦で参加させて頂きました。夫婦共々宜しくお願い致します。今年の抱負は‥‥もっと夫婦で過ごせる時間を増やしたいですね。なかなか任務等の都合もあり時間が合わないのですが、共有できる時間を増やせたらと思っています」
「水無月湧輝。抱負か‥‥酔生夢死‥‥とでもしておこうか」
「えと‥‥水無月春奈です。こ、今年の抱負? ‥‥無病息災ですね」
「楓華です。新年の抱負は、アジア方面、中国か日本の依頼に携わりたいですね〜」
「羅・蓮華よ。ラスト・ホープでリネーアさんの背中を追いかけられるくらい上達する事ね。いずれば追い越してみせるわよ♪」
「成層圏の向こうまで狙い撃つアイドルこと、鷹代由稀っ。IMP共々今年もヨロシクしてくれなさい! 今年の抱負は彼氏か彼女を作る! ‥‥は、年明け早々達成されたから置いといて‥‥芸能活動でもっとでっかくなって皆を楽しませてやるから、覚悟しときなさいっ。以上っ!」
「か、彼女ですの‥‥」
由稀の抱負にアダーラは頬を赤らめた。夢理や蓮華はピンと来たようだ。
アヤカはそれを誤魔化すように、アダーラとリネーアの顔と胸を見比べて感想を漏らす。
「本当に似てるニャね〜。あたいはアヤカニャ〜☆ 傭兵以外にもアイドルタレントとして活動してるのニャ〜☆ 今年も唄って踊れるアイドル傭兵で頑張るニャ〜☆」
「私はヒカル・マーブルと申します。見ての通りメイドでして‥‥あ、一応メイドアイドルというのもやっています。今年もメイドとしてメイドの正しい知識を広める為頑張っていきたいと思っていますので、よろしくお願いします」
「愛の武将の(自称)子孫にして忍者の末裔、直江夢理‥‥愛称ゆりりん、です。今年の抱負は、ご先祖様に倣い、(百合)愛の為に頑張ります!」
「風間・夕姫だ、今年の抱負‥‥そうだな‥‥一人身なんで良い男を見つける‥‥とでもしておこう」
「奉丈遮那です。傭兵としては簡単なお仕事が多いです。今年は‥‥もう少し積極性を出せたら良いですかね。その割りに、ですけど」
「カラダは男、心は乙女のナレインよ〜。絶賛恋人募集中〜、なんてね♪」
しばらく抱負に恋愛沙汰が混ざる。
「知り合いの方と一部の同志諸君にはご存知のシロウさんですが。お初の方はコンゴトモヨロシク。ビースト白熊マンの鈴葉です。ヲタ傭兵とかキス☆クマとか色々字がありますが、今日も元気してます」
「見知った顔も多いが、改めて自己紹介しておく。槍使いのファイター、榊兵衛だ。よろしく頼む。今年の目標は更に自己研鑽を積み、エース級の仲間入りをする事だな。後はうちの小隊を誰一人欠けることなく、生還させ続けたいと思っている」
「ダークファイターの櫻杜・眞耶です。今年の抱負は心身共に強くなりたいです」
「楽しい事はするのも見るのも大好きな美環響です。マイブームは奇術と変装、よろしくお願いします」
「お初の方は初めまして。最近桃色が暴走してんじゃないのって評判のファイター、テミスです。今年はもう少し弟を大事にします。皆さんよろしくですよ!」
「旦那様、お嬢様、ソフィリア・エクセルと申します。本日は一杯楽しみましょう☆ですわ♪」
一通り自己紹介と抱負を終えてゆく。
「一種類でも多く食べますっ!」
「え〜、日本酒は飲み放題に入らないの〜。しょうがない、追加で料金は払うから、一本美味しいのを選んで持ってきてもらえる?」
その中、エンタは運ばれてくる料理を食べる気満々、ファルルは追加料金を払って日本酒の飲み放題もオーダーしていた。
「今日は集まってくれてありがとう。日頃の疲れを癒して、明日への英気を養って下さい。乾杯!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「乾杯!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
「よっしゃあ! 飲むぞー!」
亜夜に促され、リネーアが乾杯の音頭を採った。テミスが生き生きと大ジョッキの生ビールを煽る。
「よかったらこれもどうだ? 俺好みに仕立ててあるので、好き嫌いはあるだろうがな」
兵衛がエンタの前に自家製のイカの塩辛と松前漬けを出した。
「珪さんもどうですか? まろやかな口当たりで美味しいですよ」
「本当、美味しいですね」
エンタの対面で並んで座っていたシメイが松前漬けを口に含むと、ほくほく顔で妻へ勧める。珪は鬢の髪を掻き上げながら一口含み、こんな時の為に用意しておいた遮那の持ち込んだ日本酒をお猪口で煽る夫へ微笑み返した。
「魚介類を肴にする限り、日本酒が最強だろう。煮ても焼いても揚げても、生でも合わないという事はないからな。日本酒の美味さを知らない人間は酒飲みとしてはまだまだ半人前だな。それに酒は心の栄養源だ。気持ちよく、美味しく飲もうじゃないか」
「ふふ、酒の飲める歳の人はあたしの酌を一回は受けなさいよー」
「あたいはこれ持ってきたニャ☆ 日本酒にピッタリ合うニャよ〜☆」
その光景に満足した兵衛も、リネーアが持ってきた秘蔵の日本酒をお猪口で煽った。今度は由稀が自身がCM出演していた日本酒「バグア殺し」を、アヤカが豚ホルモンの土手煮に手羽先、鶏レバーの生姜煮をテーブルの上に置いた。その横では眞耶が鍋の用意をしている。
今度はシロウが手を伸ばす。彼は特定の酒類でなく、全般の広い知識と舌の持ち主なので、兵衛やシメイ達日本酒に特化した人の会話に興味深く耳を傾けている。
「おーい、あんちゃーん、こっちお酒足りないよ〜!」
店員に向かって空いた大ジョッキを掲げるテミス。「ひょっとこのお面」を斜め被って上機嫌だ。傍らには白い肌をほんのり桜色に染めた蓮華が、彼女に半ば身体を預けながら日本酒や焼酎割りを中心に、今日水揚げされた魚の刺身を口に運んでいる。
2人はお互いにお酌し合っており、周りには空いた大ジョッキのほか、持ち込んだ焼酎やウイスキーの空き瓶が溜まり始め、ヒカルや眞耶が片付けている。
「一升瓶ごとの方がいいかしら‥‥」
その飲みっぷりにはお酌に来たソフィリアも驚いている。
「そう、あなたもあのウィルスにやられたの‥‥」
「ほとんど覚えていませんが、ローズマリーさんの事だとお姉様から聞いておりますわ」
「‥‥ローズマリー、か。私があの時に捕まえていたら、危険な目に遭わせないで済んだんでしょうけど‥‥ごめんなさいね、こんな席で湿っぽい話になっちゃって。さぁ、どんどん飲むわよ〜」
ファルルとアダーラには、ローズマリーという共有の話題があった。
「趣味で時々ショーの物まねみたいなものをしているんですよ」
響は話題を変えるように、飲み終えたワイングラスに一度ハンカチを被せて取ると、グラスの中にトランプが出現する。彼がそのトランプを手に取ると、花吹雪となってアダーラの周りに舞った。
「お姉ちゃんから一本貰ったニャから、これを飲むニャ☆」
彼女や楓華は感嘆の声と共に拍手する。楓華は下戸なので、お酌は基本的に断るが、夕姫やアヤカ、ソフィリアがお酌すると断れず、軽く一口‥‥ほどなく肌が淡い桜色に染まり、火照る身体をどうにかしようと、ちょっと胸元と太腿に風が入るくらい着崩していた。
「‥‥やっぱり日本とは違いますね。アダーラさんは親しいボーイフレンドとかいらっしゃらないんですか?」
「女子校ですからボーイフレンドは作れませんわ。それに‥‥」
その間、春奈とアダーラはハイスクールの話で盛り上がる。前のテーブルには遮那が用意したお菓子やデザートが置いてあり、主に未成年の女性陣が集まり、話が弾んでいる。
「北米のお嬢様学校に通ってるんだって? あっちも安全とは言い切れなくなってるからな。姉に心配を掛けたくないなら‥‥ラストホープの学校に転校してくるって最終手段もあるな、ふふ」
ボーイフレンドという言葉に、リネーアの表情が強張る。夕姫はニヤニヤしながらアダーラへラストホープへの転校話を持ちかけた。とはいえ、お嬢様学校にはアダーラの友達がいるので、彼女はその話を断った。
「お耳汚しになっちゃうかもだけど‥‥よかったら聞いてみて」
「ありがとうございます」
由稀はアダーラへのお土産に、自分のサインを入れ、ラッピングしたIMPのCDセットを渡した。
「その‥‥私もお姉さまと慕う方がおりまして、けれどお2人に比べると色々とまだまだで、羨ましい気がして‥‥私も、もっと仲良くなりたいです‥‥」
「リネーアちゃん、そう腐らない腐らない。私が注いだげるわ〜ささ、飲んで♪ ‥‥ひゃう!?」
「美青薔薇の君の驚いた顔も素敵ですよ」
未だに妹立ちできない素直な姉を夢理が羨望の眼差しで見つめ、ナイレンがお酌する。そこへ響が頬をぺロっとなめる。
「ひゃっほーい! なんだか楽しくなってきちゃったなー。お姉さん踊っちゃおうかなー♪」
テミスはテミスでドジョウ掬いを始めていた。
その後、伝言ゲームや男性陣は王様ゲームで盛り上がった。
「リネーアさんのフィギュアを作る為にも、覚醒前後の違いを見てみたい気持ちがあるのは確かなんだぜ」
「あ、あの‥‥一緒に、どうですか?」
シロウは亜夜へ酔っ払いの下ネタトークを繰り広げ、遮那は刃の誤解を解こうと、リネーアの魅力を切々と語っている。
エンタは2人の間に座ると、残った料理を盛った数枚の小皿を差し出した。
「‥‥さすがにリネーア嬢には勝てる気がしないな」
「大体、あなたはいい歳をして毎日毎日ぶらぶらぶらぶら‥‥聞いてるんですか!!」
「‥‥ああ、聞いてるよ」
間違って湧輝の日本酒を飲んで酔っ払った春菜はお説教モードに入っていた。湧輝は相槌を打ちながらスルーしていた。
「今日は1日ありがと♪ みんなと一緒に楽しい時間が過ごせて良かったわ。また、こ〜やって穏やかな時間を過ごしたいわね」
ナイレンの一言で新年会はお開きとなった。
楓華と夢理はアダーラに寄り掛かって酔いつぶれて眠り、蓮華は夕姫の膝枕で寝息を立てている。
水鏡夫婦は寄り添って帰り、エンタとソフィリア、眞耶にファルル、テミスと由稀にアヤカとヒカルも混ざり、数十本に及ぶ空き瓶や空き缶の片付けに入った。ソフィリアは持参した荷台に乗せて運搬しようとするが、段差に引っ掛かって転んでしまい、ひっくり返してしまうのはご愛敬か。
遮那とシロウと兵衛と刃は二次会へ行くという。ナイレンと響、会計を済ませた亜夜も誘われていた。
「黙ってれば、かわいい顔してるんだがな」
「‥‥兄さん‥‥少しはお酒を控えて下さい‥‥」
湧輝は酔い潰れた春奈を背負って帰路に付いたのだった。
●宴の後
リネーアはアダーラを自分の兵舎の部屋へ案内し、寝室を提供した後、外へ出た。
新年会という事で能力者達をもてなす方を優先し、あまり妹に心配を掛けたくないので、あまり飲んでいなかったからだ。
「酒は温めの燗がいい、とね――ん? 珍しいな。リネーアがここに飲みに来るとは」
夜更けの屋台で酒を飲む黒ずくめの男。肴はおでんの大根、酒は温めの燗。咥え煙草をしたその人物はスナイパーのUNKNOWN(
ga4276)だった。
「‥‥ああ、そういえば。新年会だったのか。そういう依頼があったな‥‥」
軽く横の椅子を引き、ポケットの中の赤いチーフを広げて置くとリネーアも座った。彼女は熱燗を頼む。UNKNOWNは軽く微笑み、もう1本、と屋台の親父に頼むと、煙草から紫煙立ち昇らせた。
「また、いつも通りの射撃訓練かね? 癖、とは抜けないものだな」
「ふふ、オペレーターとはいえ、能力者ですからね。スナイパーの腕を錆びさせる訳にはいきませんから」
「なるほど。私は――相も変わらず、銃は嫌い、さ。ならば、どう撃つかって? そうだな――頭の中で計算している、のだろうね。それで理想の曲線が見えている気がする。昔から私はそうでね」
彼は笑って言いながらも、脇のホルスターに吊るした銃を服の上から軽く叩いた。
「では、今年も‥‥ゴッド・スピードで」
軽くお猪口を上げ、ちんっと2人で軽く合わせた。
UNKNOWNは本名、経歴共に不明のまま、どこまでもダンディズムを愛する謎の男だった。